戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第参拾話

 あの人の命令である秘密を持たされて僕はIS学園に転入した。同じような境遇である態を装い、一つでも多く織斑一夏とその専用機の情報をリークするように指示されている。本当ならこんなことしたくない。でも所詮僕はあの人の愛人の子でしかなく、あの人達には逆らえない。

 指示に逆らえばどうなるかわからない。だから僕は織村一夏に近づくため、専用機持ちなのを利用して彼らの訓練に付きあうようにしていた。

 そして土曜、早く懐に跳び込み情報を流せと催促されていた僕にかつてないチャンスが訪れた。

 

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶんと沸点が低いんだね」

 

「……貴様」

 

 僕と同時に転入したラウラ・ボーデヴィッヒが一夏に発砲したのだ。

 一夏は油断もあって反応できずにいて、すぐ側にいた僕がシールドで弾きアサルトカノンを突きつける。

 ――一夏に恩を売ることに成功した。これで今までよりも大きな信頼を得ることが出来るだろう。そうなれば情報も手にしやすくなる。

 …………そんな打算を考えると、胸が痛んだ。理由なんて分かりきっている。利益を求めなければ人を助けることができない自分が醜いと理解しているからだ。

 でもそうしないと胸だけでなく、全身が痛むことになる。だから僕はこの打算を達するために動く。

 

「フランスのアンティークごときで私の前に立ち塞がるとはな」

 

「いまだに量産化の目処も立たないルーキーよりは動けるだろうからね」

 

 目を離さないようにシールドの位置を調整し、カノンに指を掛けた。

 

『そこの生徒! 何をやっている!!』

 

 でも撃つことはなかった。騒ぎを聞きつけたのだろう担当教師の怒鳴り声がスピーカー越しに水を差したのだ。

 

「……ちっ。今日は引いてやる」

 

 興が削がれたってところかな。あっさりと武装解除した彼女はゲートへと去って行った。驚いたけど、ありがたい。銃弾を浪費したとなれば、あの人達の小言を聞かなきゃならなくなっていた。……例え戦闘に理由があったとしても絶対に。

 

「一夏、大丈夫?」

 

「あ、ああ。助かったよ」

 

 一夏の表裏のない笑顔が僕に向けられる。もう僕には出来ない笑みはとても眩しくて、そして羨ましかった。

 

「喧嘩をするな、とは言わぬが場所と状況を弁えることをお勧めする。此度は問題にならぬが、本当に教師がいたらお前達停学処分になっていたかもしれんぞ」

 

「踊も来てたのか」

 

「着いたのは先程である」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと変わるようにゲートから入ってきたのは聖踊という男。世界で3番目の男性適合者ということらしいが、その詳細はこの前本人が暴露したドイツでの活動しか明らかになっていない。

 僕は彼が少し苦手だ。あの全てを見透かしているかのような純粋な金の瞳が、怖い。身振りも手振りも彼の本音でその様には裏がない。だから恐ろしい。

 

「で、本当にってどういうことだ?さっき怒鳴られたぞ」

 

「あれはただの録音だ。先日説教している教師の声を拝借させてもろうたものを流したにすぎぬ」

 

「お、おお。用意周到だな……」

 

 別クラスの桐生龍哉のように不快な視線でも向けてくれれば距離を置けるのに、

 

「世の中何が役立つかわからぬからな。手にできるものは全て手元に置いてあるだけのことよ。世界というのは思いもよらぬ伝手が幸となる。デュノアの若君も励むのだぞ」

 

「う、うん」

 

 この人には暖かい善意しかない。変に距離を取ろうとすると、それが疑惑に繋がってしまう。しかも彼は僕の目的に……秘密に、気づいた上で、僕を心配してくれているんだと思う。

 

「おっと、そろそろ4時か。我は先に戻るが、響よ、頑張りすぎるでないぞ。そろそろハートが泣きそうだ」

 

「げ、もうそんなに経っちゃったの!?PIC戻しとかなきゃ」

 

 Passive Inertial Downerだったかな。特訓大好きっ子な響のために踊が組んだPICの亜種プログラムで、慣性操作の幅を限定し無意識に身体の負荷を無くさないようにより簡単に調整できるようにしたものらしい。

 いつからやっていたのかわからないけど、響はそれを使った状態で色々リアクションしていたみたいだ。しかもつま先立ちで。

 

 いったいあの二人は何なんだろうね。この前僕らも使わせてもらったけど、あれは普通の人間ができるようなことじゃなかった。PICがどれほど大切なのか痛感したよ。たった10%落とすだけで全然動けなくなってしまうなっちゃうなんてね……。まあ、ISの重量を言われてみると納得してしまったけど。

 あと僕の記憶違いじゃなかったら、PICの仕様ってたしか篠ノ之博士にしか理解不能なトンデモ構造で、ISコアのブラックボックスの中にあったんじゃなかったっけ……。

 

「俺たちもそろそろ上がるか?」

 

「うん、そうしよっか。どうせもうすぐ閉鎖時間になるし、これ以上続けると切りが悪くなりそうだしね」

 

「あ、銃サンキューな。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

 その後、一夏から一緒に着替えないかという誘いを受けたけど、何とか理由を付けて

 断り、僕はあの人に連絡を入れるのだった。

 

 

 

 あー、テス、テス。

 こちらフランス領デュノア社前、サージェがお送りしまーす。

 

『ふざけてないで真面目にして下さい、先輩』

 

 はいはい。まったく後輩君は先輩使いが荒いですね~。

 ではではこれまでに明らかになっているデュノア社並びにシャルル・デュノアの出生のご報告を。

 

『お願いいたす』

 

 まずデュノア社に関して、現在はまだ第2世代最後機のシェア率があるお陰で業界内で高い地位にいられているみたいですが、経営状況は劣悪。経営破綻間近ですね。これは第2世代の開発に時間を使いすぎたため第3世代の着手が他企業よりも遅れてしまったことが原因のようですねぇー。

 フランス政府からも形にならないデュノア社に業を煮やし、支援が大幅にカット、さらに次のイグニッション・プランでトライアルに選ばれなければ全面カットという危機的状況にあるらしいですよ。

 それを打破するために選ばれたのが、シャルル・デュノア。本名はシャルロット・デュノア。言わずもがな彼女は正真正銘の女性です。

 デュノアの社長と愛人の間に生まれた子どもだそうで、シャルロット・デュノアが生まれてまもなくデュノアを追われて母親と地方へ移籍。そこで静かに暮らしていたようですが、母親が2年前に他界し顔の知らない父親に引き取られ、非公式でISのテストパイロットになったようです。

 そして今回、中性的な顔立ちだったのを社の重役達に利用され、先の織村一夏の登場に便乗する形で男性適合者と偽りIS学園に転入することに。目的は織村一夏と各国の第3世代型の調査、および男性と振る舞うことでデュノア社の広告塔にすることらしいですよ。

 いやはや、呆れてものもいえませんねぇ。3年もの間ずっと世間を欺ける訳などないというのに……。しかも白昼の元に曝された時の被害を露ぞ考えていない。愚かしいにも程があります。

 

『デュノアの社長はどう考えておるのかわかりませぬか?』

 

 残念ながらまだ接触はできてないのですよ~。

 君もご存じの通り私たちは死神と呼ばれてはいますが、公にはできないもの達の粛清という大義名分を持っていますし、正面切って何故シャルロット・デュノアをシャルル・デュノアと名乗らせたのか、などと聞いてしまえばそちらの「聖踊」という存在との関連が露見しかねません。

 あくまでも断罪のついである必要があるのです。

 

『む、むぅ……。確かにそうであるな……』

 

 ふふふ、シャルロット・デュノアについては私にお任せ下さい。既に不正の尻尾は捕まえていますのでね。ドイツのようにキレイにしてさしあげましょう。

 

『よ、よろしくお願いいたします?』

 

 響たちのことはお願いします……。

 頼りにしてますよ、不滅の戦君。


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