戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第弐拾陸話

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。まだまだ不慣れなことも多く迷惑を掛けてしまうかも知れませんが、みなさんこれからよろしくお願いします」

 

 おぉ……、まさにザ・貴公子。立ち振る舞いは礼儀正しくて、嫌みのない綺麗な笑みがキラキラ眩しいです。体つきは男の子にしては華奢すぎるような気もするけど、私の基準が普通とは言える気がしないから、スマートと呼んで良いと思う。

 

「お……男?」

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方達がいると聞いて本国より転入してきました」

 

 一兄と狂生君と同じってことなんだ。ということで私は耳を塞ぐことにします。このクラス、だけじゃなく女の子というのはこういうとき大体同じ反応をするので。

 ……一兄の場合は違ったけど。

 

「き……」

 

「はい?」

 

 一兄を見ると何もせず呆けて見ているだけだった。まだ二ヶ月しか経ってないのにもう忘れてるみたい。こういう時のキっていえば……、

 

「「「「きゃぁぁああああ!!」」」」

 

 黄色い悲鳴です。抑えてもやっぱり耳痛い……。クリスちゃんのミサイルとかはへいき、へっちゃらなんだけどなぁ。

 

「はぁー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 うわぁ、珍しいことにちー姉の顔に面倒くさいって感情がくっきり表れてる。

 

「皆さん、お静かに。自己紹介はまだ終わってませんから!」

 

 お隣の煌びやかな銀の髪をした一匹狼ちゃんに視線が移る。銀髪ちゃんは左目を眼帯で被い、開いている右目は兎のような赤をしてる。……その目の温度は著しく低いけど。

 印象は『軍人』かな。身長はシャルル君に比べてとても低く、小柄な鈴ちゃんより少し小さそう? なのに全身を纏っている冷ややかな鋭い空気は威圧を放ち大きく見せてくる。

 

「……………………」

 

 んー、何も語らない。腕を組んだまま前の女の子達を見下すようにして見たと思ったら、ちー姉に視線を固定してじっとしていた。

 えっとー、どう反応するのが正解なんでしょう……?

 

「……挨拶しろ。ラウラ」

 

「はい、教官」

 

 教官? 敬礼するんじゃないか、くらいの勢いで佇まいを正しラウラちゃんは素直に返事した。あ、ちー姉また面倒そうにしてる。

 

「ここではそう呼ぶな。私はもう教官ではないし、お前もここでは一般生徒だ。織斑先生と呼ぶように」

 

「了解しました」

 

 背筋を伸ばし踵をぴたりと合わせる姿はやっぱり軍人さんのそれです。ちー姉を教官と呼ぶってことはドイツ軍の関係者なのかな。この前話したアレ関連で一年くらいドイツで軍の教官をしていたんだけど、その時の教え子の一人なんだと思う。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「「「……………………」」」

 

 ……………………え、それだけ?

 

「え、えっと~、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 ああ、まや先生が折られてしまった。何とも言えない空気を変えようと頑張ったのに、即答でぼっきりいかれてしまった。まや先生、ファイトです。

 

「っ! 貴様が!!」

 

「ん?」

 

 ラウラちゃんの真っ赤な瞳が一兄を捉えたと思うと、つかつかと一兄の目の前まで歩いていた。

 

 

 パシッ!!

 

「ッ!!」

 

「……銃を向けられたわけでもない初対面の者に、手を出そうとは随分と偉くなったものだな、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 一兄を叩こうと振り抜いた平手打ちを踊君が止めていた。

 

「ちっ! 貴様、何様……の……!?」

 

 学園側が座席を用意しようとしてくれているのに拒否し続け立って授業を受け続けている踊君を今の今まで認識してなかったみたいです。踊君の顔を見た途端、暴れようとしていたラウラちゃんは固まった。

 

「ひ、イート特別指揮官!?」

 

「一年ぶりになるか? 彼の戦場以来だな」

 

 踊君、顔広ーい。……とか言ってる場合じゃなさそう。何で軍の人と知り合い!? しかも指揮官って、結構上の役職のはずだけど何をしたの!? あとまた新しい名を名乗っちゃったの!?

 えっと……踊君でしょ、ディバンスに、サージェで、こっちの死神がヴァルファで、今度がイート……。うわ、これで5つ目。もう覚えるの大変です。

 

「踊君、踊君。ラウラちゃんとお知り合いなの?」

 

「うむ。ドイツにいた頃、阿呆の暴動に巻き込まれてしもうてな。事態を収めるために原因であったドイツ軍の膿を一掃したのだが、その後始末のため乗っ取るような形でしばらく軍の指揮を執ることとなってしまったのだ。この娘はその時に主力となってもらっていた部隊の隊長だ」

 

「「「……………………」」」

 

 開いた口が塞がりません。要するにテロに巻き込まれたのでドイツ軍をキレイキレイしてしばらく軍のトップにいたってことですね。

 ……本当に踊君10年近くの間何してたんだろう。知りたいような、知りたくないような……。もやもやする……。

 

「ほ、本当にイート指揮官なのですか?」

 

「であるぞ。だが、我の真名は聖踊だ。聖と呼ぶように。それと敬語は辞めてくれ、指揮官と付ける必要も無い。織斑教諭と同じくもう我は軍の関係者ではないのだ。我とお主は同じ立場であるのだぞ」

 

「は、はい! わかりました、イート殿」

 

「まあ、殿くらいはよいか」

 

 二人の転入生のことが気になりそわそわする空気になるはずが、踊君の深まる謎にざわざわする朝礼になってしまった……。

 

「とりあえず二人は席に、聖も戻れ」

 

 話の展開は予想外な方向にぶっ飛んでしまったけど、ラウラちゃんの一兄に向ける視線が鋭く痛いものなのに変わりはなかった。

 

「これでHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合、今日は2組と合同で模擬戦闘を行う。では解散!」

 

 その指示の後シャルル君は一兄が面倒を見ることになって、更衣室に連れて行かれた。もう一人の男、踊君は羨ましいことに着替えなくて良いので直接グラウンドに。私も着替える必要がないと言えばないんだけど、何するのかわからないのでやっぱり着替える。

 あ、廊下から物凄い騒ぎ声が聞こえてくる。朝礼終わりの僅かな時間だけでシャルル君転入は全校生徒に伝わったみたいです。

 

「(頑張れ、一兄)」

 

 胸の中でそっと呟くと何時ものように安全な部屋で私は着替え始めた。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「え~っと……、え~っとぉ~……」

 

 ただグラウンドで他の生徒を待っているだけだというのに、山田教諭は一人慌ただしく右往左往していた。いや、まあ、理由は分かっておるのだが……。ただ我にもどうしようもなくての。

 

「「…………」」

 

 我は真っ直ぐここに来ただけだ。着替えの必要があるものより早いのは至極当然のことで誰もいない。何もせず待っておると、次に来たのはやはりと言うべきか教師の御仁達。特に会話する内容もない故に黙って今後を思案することにしたのだが、それがいけなかったようなのだ。

 

「早く誰か来て下さ~い……」

 

 織斑教諭は何か考え込んでいるようで時折我を見ては身を震わす気配を噴き出す。懐かしみたくはないが、この気配は開戦直前のよく感じていた空気によく似ている。

 ……戦場を知らぬ山田教諭が怯えてしまうのも致し方あるまい。

 

「お前はいったいいくつの名を持っている?」

 

「はて? 何を仰っているのか分かりませぬが?」

 

「イート、確かにその者は1年余りドイツ軍に協力し一時は先導も行っていたようだな。だがそれ以前の経歴はまるでない。唐突に戸籍が出現しそして以後は忽然と消えている」

 

「…………」

 

 もう調べたか。海を隔てて尚変わらぬ情報収集能力、流石は世界の全てが集う拠点といったところか。……これ以上の詮索は不都合を招くこととなるやもしれん。此処いらで断たせていただくとしよう。

 

「そろそろその威圧を解いては如何ですか? 生徒が近寄り難そうにしておりますが」

 

 校舎の影からビクビク怯える級友がこっちを覗き込んでいた。

 

「……それはすまないことをしたな。だが、貴様からも痛い程に伝わってくるぞ?」

 

「なんと?! それは失敬」

 

 少々大げさに反応して今までの空気を祓い除けた。……しかし驚いたのは事実、我ともあろうものが封じた衝動に屈してしまっておったようだ。

 なんとも情けない。

 

「う、うぅ~、良かった……。まだ私生きてます!」

 

 そ、それほど我は高ぶっておったのか。山田教諭には悪いことをしてしもうた。

 

「山田先生、そろそろ準備をお願いします」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 続々と生徒が集まってきているのだが織斑教諭の命で山田教諭は離れていく。そして響や箒嬢等が余裕を持って来ては整列しているというのに、一夏殿とシャルル()は本令直前になって駆け込んできた。

 二人きりで何をやっていたのやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、そうであった。デュノアの長には、後ほどゆっくりと話を聞かせて貰わなければならぬことがあった。

 何故己が娘を男装させたのかを。




踊さんのちょっとした(?)過去を織り交ぜて二巻突入です。

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