戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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遅れてしまって申し訳ありません。
ちょいと外が騒がしくなっておりまして……。
「言い訳はいいから、早くなさい!」
分かってます。ではどうぞ 


第拾弐話

「待たせちゃったかな?」

 

 既に飛んでいたオルコットさんと同じ高さに並んで向かい合う。

 

「いえ、大丈夫ですわ。ブルー・ティアーズの修理がつい先程終わったばかりですの。予備のパッケージを用意しておいて良かったですわ」

 

 およ? なんだか雰囲気が丸くなった気がする。

 ほへー、一兄との戦いで何か変わったみたい。何か吹っ切れた感じがして今のほうが好感がもてます。

 

「この間は申し訳ありませんでした」

 

「ほえ?」

 

「貴国を侮蔑するようなことを……」

 

 ああー。確か決闘になった原因だったっけ。

 

「……そう言えばそんなこともあったね」

 

「そんなことって……、もしかして貴女忘れていらしたの?」

 

「うん」

 

「信じられませんわ……」

 

「てへへ、鍛錬が楽しくてついうっかり」

 

 観客の中からも「おい!」とでもツッコミの来そうな空気が漂ってくる。

 

『もういいか。さっさと準備しろ』

 

「はーい」

 

「いつでも構いません」

 

 地表に着地して、動きの制限のために付けていた手足のウェイト(合計88kg)を隅っこに放り投げた。

 

「それじゃあ!」

 

「行きますわよ!」

 

 構えを取る。

 

『初め!』

 

 ちー姉の合図と共に意識を切り替えた。

 

 

 

 響とセシリアの試合が始まった。

 

「なあ、聖、本当に俺たち控え室に行かなくて良いのかよ?」

 

 隣にいる同姓の男と俺の姉に問いかける。

 

「踊でいいですよ。なに気にすることはありませんよ。響が使っているのは訓練機、隠された武装もなくスペックも変わらない、見たところで何も問題ない武装ですから」

 

「織斑兄に関してはそうだが、お前は別だろう。オルコットと闘う可能性もあるんだぞ」

 

「いえいえそれはありえませんよ。響とセシリア嬢の差は大きいですよ。ほら、ごらんください」

 

「う、嘘だろ」

 

 踊に促されて試合に目を向けた俺は信じられないものを見た。

 

『よ!』

 

 地上にいたまま響は四方から放たれるレーザーを全て躱していたのだ。

 

『なっ!?』

 

 セシリアの焦る姿が映る。

 響はまるで後ろに目があるかのように背後から迫るレーザーの射線上から軽いステップで外れ、即座に上から撃たれたものにもしっかりと反応すると身体を捻って逃れた。さらに左右から飛んでくるビームも高跳びをするように背面で飛び越え、また時に下を潜ったりと悠々と躱す。

 そして試合が始まってから、響は一度もブースターを使っていなかった。

 

「どうして使わないんだ?」

 

 使えば反撃も簡単になるはずだ。

 体操の技の一つ、ロンダートからのバク宙と流れるような美しい動きで3本のレーザーの隙間を縫い、さらに着地からの伏せでレーザーに頭上を通らせる。立ち上がり様の渦のような回転で追撃の数本も受け流した。

 そして残心を残しゆっくりとまた構え直す。

 

「地面に足を付けて迎撃する。それが響の基本の戦い方だからですよ」

 

「でもPICとかいう装置で空中でも仮想の地面を用意できたぜ」

 

 空中じゃ腰を入れて踏ん張ることはできないと思ってたんだけど、意識してみたら硬い床を踏んでいるような感覚ができた。

 そのおかげでセシリアとの試合で良い線までいけたんだぜ。

 

「くく、確かに出来るようですけど、今の響のISにはそれができないんですよね」

 

「……肩部の推進翼を取り払ってしまったからな」

 

「なんでそんなことしたんですか!?」

 

「あいつにとって邪魔になるそうだ」

 

 どういう仕組みなのか分からねえけど、あれって4,50㎝ぐらい離れて浮いてるんだぞ? どう考えても邪魔になるとは思えないんだが……。

 俺が初めて起動したISは打鉄だったからどんなんだったか覚えてるけど、あの盾で左右が見えなくなるなんてことはなかったと思う。千冬姉も呆れているので同じ見解を持っていると思う。

 

「訓練機というのはどうしても動きにラグが生じてしまうのですよね。普通なら気にならない程度なんですが、響のような武闘派には致命的になりうるのですよ。それに浮いていると言うのも外す理由です。中途半端に離れていると距離が取りにくくなってしまって、避けたつもりが避けられてなかった、なんてことがざらにありますから」

 

 あー……確かに翼の先端がどのへんにあるかとかが曖昧で避けるときに結構苦労したわ。

 

「まあ、それ以外にももう一つ理由はある、のですが……おやおや、そろそろ終わらせてあげなければ可哀想ですね」

 

 試合を見ていた踊は説明を遮ってそう呟く。

 百式の補助で試合を見るとセシリアが涙目になっていた。

 

『どうして当たりませんの!』

 

 あ、あれは辛いだろうな。

 正確な射撃が持ち味のセシリアにとって当たらないのは凄い屈辱的なはず。アリーナに記されているブルー・ティアーズのエネルギー残量も半分以下でどれほどの数を撃ち、それを避けられたのかよく分かる。

 

「何でだ?」

 

 打鉄のほうは全く減っていなかった。

 喰らっていないのだから減っていないのは当たり前なんだけど1mmも減っていないのは変だ。動いているのだから多少は減っているはずじゃないのか?

 

「織斑教諭、マイクを使わせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「個人間へのアドバイスは禁じられているぞ」

 

「いえ、アドバイスではありません。ただこのままではあの子が可哀想ですから」

 

「あの子ってセシリアのことじゃないのか?」

 

 踊は首を横に振ると、響……ではなくそこにいる別の何かを見る。

 

「わかった。ただしプライベート・チャネルではなくオープン・チャネルで行え。いいな」

 

「構いません」

 

 千冬姉が使っていたものを借りる。

 

『響! 楽しむのもいい加減にしなさい! それ以上はその子に悪いですよ』

 

『踊君?』

 

『わ、悪いですって!? わ、私を侮辱しまてますの!?』

 

 必至に狙い撃っていたセシリアが手を止めてまで金切り声をあげるのも仕方がないな。他人に哀れまれることほど悔しいことはない。でも踊が言うにはセシリアのことじゃないんだよな……。じゃあ誰だ?

 

『オルコット嬢のことではありませんから心配しないでください。悪いとはそっちの……打鉄という少女のことです』

 

 打鉄という……少女?

 

『何を言って』

 

『響、試合直前からPICを切っていますね』

 

『ぎくっ! アハハハ……バレてた?』

 

『当たり前ですよ、戯け。隠したかったらせめてウェイトを外さなければ良いものを』

 

『ちょ、ちょっと待って下さい! PICを切っているとはどういうことですの!?』

 

 1週間で叩き込んだIS関連の記憶を呼び起こす。

 た、確か正式名称はパッシブ・イナーシャル・キャンセラー、だったか? 慣性をなくすような感じの装置らしく、PICがあるからISは重力に逆らい上空に行くことも留まることもできると書いていた。

 鬼のような形相をしたセシリアが詰め寄ると響が一歩後退って逃げる。その時だ。

 

『ウェヒャッ!?』

 

 響が変な奇声を上げた。そのまま後ろに倒れて後頭部を強打する。

 

『おぅぅぅ……』

 

『当前の結果です。ISといえどその素材は所詮金属なのですよ。今までのように闘って耐えられるわけがないでしょう、流石ド阿呆ですね』

 

 突然打鉄の右膝から下が外れたのだ。

 

『ど、どうなってんだ?』

 

 辛うじてマイクは観客の気持ちを代弁した俺の呟きを拾いアリーナ全体に放送される。

 

『PICがあるのでわかりにくくなってますが、あれでも150kg近くの重量があるのですよ。そんな重量の塊が飛んだり跳ねたりする度に、あの小さな間接がどれ程の負担を耐えていたと思っているのです。瞬間的にはトンを越えていたときもありましたよ。流石にこれ以上続けたら打鉄が廃人になる』

 

「「「「『…………』」」」」

 

 言葉が出なかった。

 間接がトンの重圧にも耐えていたことにも驚きだが、よく考えてみて欲しい。それを動かしているのは何だ。……人だ。響だ。それってつまり響も一瞬かかるトンの重圧に耐えていたと言うことになるんじゃないか。しかもそれでいてセシリアの嵐のようなレーザーの雨を軽々躱してたってことに……。

 あと打鉄が廃人になるって言ったけど打鉄は人じゃないだろ。

 

『そ、そっか……。ごめんね、打鉄さん』

 

 どんなものにだって悪いことをしたなら謝るってのは良いことだけど、それでいいのか?

 PICを起動して響は片足で立ち上がった。バランスは腰のブ―スターでとっているみたいでうっすらと響の腰回りの空気が揺れる。

 

『オルコットさん! 悪いけど次で決めさせてもらうね!』

 

『受けて立ちますわ!!』

 

 響は地面を蹴りセシリアに向けて跳んだ。その速度は早くはないがセシリアが逃げられることができる程遅いわけではない。でもビットで狙うには十分過ぎる時間があった。

 重なることなく球状に並んだビットが響を取り囲んだ。

 

『お行きなさい!』

 

 一斉にビットが火を噴く。

 

『ッ! ここだぁああっ!!』

 

 叩き付けるような強烈な突風が吹いた。金属の焼ける音がする。そして爆発の音が木霊する。

 

「響!」

 

 見上げるとまた信じられないものを見てしまった。つくづく響には驚かされてばっかりだ。

 打鉄の左足は焦げて半壊していたが、まだ動いている。大破したのは4つのビットの方だった。

 

『まさかレーザーごと、ビットを蹴りましたの……!?』

 

『うおぉりゃぁああああ!!』

 

 打鉄の腰部や背のブーストが燃え上がる。蒼白い残像を残して響を空に向けて押し上げる。

 

「あ、アリーナのシールドバリアーを踏んでる」

 

 ISの絶対防御機能にも使われている不可視の防護壁に響は何の躊躇いもなく身体を預け深く沈みこんだ。

 そして崩壊していく左足と燃え尽きるブースターを糧に空を切り裂いた。

 

『く! まだですわ!』

 

 腰に隠されていたミサイルを積んだ二つのブルー・ティアーズが顔を出す。俺も掛かった罠だ。

 俺の時はこの白式の御陰で切り抜けられた。ISってのには経験を重ねることでそのパイロットに適した状態に進化するっていう機能があるんだが、それがミサイルに当たる直前で発動したんだ。一次移行という初期の設定待ちの状態から完全に個人専用に変わる現象で、その時にでる衝撃がミサイルの爆破を中和して助かった。

 でも響が乗っているのは訓練機でそういうのが起きないように設定されている。このままじゃダメだ! 逃げないと!

 

『それが……、どうしたぁあああ!!!』

 

 響は止まらなかった。ミサイルに臆することなくセシリアの眼前に迫る。

 

「ほう、正解だ」

 

「呵々」

 

 千冬姉が感心したように言う。踊も笑っていた。でも俺は信じられなかった。

 

「正解ってどこがだよ。当たったらお終いじゃないか!」

 

「今はまだ他に目がないから構わんが、そろそろ敬語を使え。お前の言う通り直撃したらほぼ間違いなく終わりだな。だがあの状況であんなものを撃ってみろ。吹っ飛ぶのはオルコットも同じだ」

 

「それに加えてあのビットは腰にくっつくような形で存在しているでしょう。そのため正面ど真ん中を真っ直ぐ進まれると案外死角になるんですよ。本人はド直球なだけで意図してないでしょうけどね」

 

 二人の言う通りだった。セシリアは撃つのを微かに躊躇い、それが勝敗を分けた。

 その零コンマ一秒の差が響を死角に押し込んだ。遅れてビットから飛び出したミサイルは響の脇を通り過ぎて爆発する。

 

『チェェエエエストォォォオオッ!!』

 

 もうセシリアを守るものはなにもない。全霊を込めて挑む響と悲鳴を上げてでもまだ操縦士のために動き続ける打鉄の拳がセシリアに炸裂した。

 

『勝者、織斑響!!』

 

 そう告げる声と共に打鉄の右腕は脆く崩れる。

 勝者達は背を地に預け、残された最後の四肢で天を指して最高の笑みを浮かべていた。


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