戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第玖話

「私の部屋はど~こっかな~」

 

 長い時間寝ていたみたいで時間はとっくに放課後になってしまっていた。教室には戻ってみたけどもぬけの殻で、仕方なく部屋に行くことにした。

 ここIS学園は全寮制で生徒は付属の寮に入ることになっているんだけど、部屋割りは当日になってみないとわからないようになってる。見ず知らずの誰かといきなり相部屋になるわくわく感が待ってるのだ。

 さっき職員室に寄って、まや先生に部屋の鍵をもらってきたところだ。本来なら終わりのHRに渡されるんだけど、倒れてたので受け取り損ねた。

 

「1020~、1021~」

 

 もうすぐだ。鍵の番号は1025。1024、この隣だ。

 

「あーれー」

 

「よいではないか~、よいではないか~」

 

 と、扉の奥から何やら卑猥な声が聞こえてきます。こ、これは開けても良いのでしょうか? それとも聞かなかったことにしてしばらく立ち去ってあげるのがよいのでしょうか?

 ……私は少し葛藤しなければならないようです。

 

「……ま、間違いがあってもいけないよね……。よ、よし! お、お邪魔しま~す……」

 

 気合を入れて、恐る恐る閉められていた鍵を開け中を覗いて見てみましょう。

 

「……同じ部屋の織斑響でーす。よろし……くぅ……?」

 

 中では一人の少女がぶんぶん振り回されていた。

 

 ……オオカミ少年の尻尾にじゃれつかんがために。

 

「えっと……たしか本音ちゃんだったよね?」

 

「あ、ひびきんだ~。おかえりなさ~い」

 

 キツネのパジャマを着た女の子、布仏本音ちゃんだった。何でそんな格好? と疑問にも思うけど、それ以前に重大な不思議がある。

 

「……踊君はここで何しているの? あとそれどうやってるの?」

 

 どうして乙女の部屋に踊君がいるの? オオカミのパジャマを着ていたのは踊君だった。ふよんふよんと大きな尻尾を振って本音ちゃんの追撃を躱して遊んでいる。

 

「のほほんでいいよ~。む~、ちょっとくらいよいではないか~」

 

「しばらくここの部屋に寝泊まりすることになった。やってみたらなんかできた。あーれー」

 

 のほほんちゃん楽しそう……、じゃなくて!

 

「それ本当なの?! のほほんちゃんもそれでいいの?! あと結局なにをしたいの!?」

 

「千冬嬢の指示だ。勝手に何処か行かれるよりも彼女が管理する寮、それも響の部屋なら安心だそうだ」

 

「いいのだ~。ひびきんもよかったね。やった~! 捕まえた~、もふもふ~」

 

「ちっとも良くないよ!? それと聞き流してたけど、ひびきんは止めて、なんか新種のバイ菌にしか聞こえない!」

 

 踊君が部屋に泊まると言うことは、私は落ち着いて気持ちの整理を付ける場所を失うということになって……。部屋に行けば落ち着けると機体知ったのに、それをそうそう壊されてしまった。

 

「(好きな人と同棲だよ? あ、お邪魔だったら私は出て行くからね)」

 

「(いて下さい!)」

 

 尻尾を離して、ひょこっと耳元に現れてのほほんちゃんはそう配慮して……、って余計な配慮にしかなってない!

 み、みみみみ耳元でなんてことをいうのかな、この子は!? そんな気を使われたりなんかした日には、私倒しちゃう!

 

「はて?」

 

「……こ、この際一緒の部屋なのは仕方ないけど、寝るときはどうするの? ベッドは2つしかないんだよ?」

 

「そんなの当然、ひびりんと「気にしなくていい。俺は向かいに座っている」……えぇ~、それじゃひぃじぃに悪いよー」

 

 ……ひぃじぃ?

 

「大丈夫だ。そちらは二人で使ってくれ」

 

「ちぇ~っ」

 

 ベッドに身を預け寛ぐのほほんちゃんに戦慄した。のほほんちゃんと呼ばれるくらい不思議ちゃんだと思ってたら、お腹の中では結構な策士家ちゃんだったようです……。

 

「うわぁぁあぁぁああああ!?」

 

 うぇひゃっ? 隣の部屋から野太い悲鳴が……。

 

「聖! 助けてくれ!」

 

 扉を開けて飛び込んできたのは一兄だった。そう言えばあまりの驚きで鍵を閉めるの忘れてたっけ。ちゃんと閉めとかないと。

 

「どうしのだ、一夏殿?」

 

「ほ、箒が!」

 

「一夏ぁぁぁぁあああああぁああ!!!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

 扉を閉めた途端、誰かが突撃を噛ましたよう……です。

 

「お、落ち着くのだ。篠ノ之嬢」

 

「離せっ! 私はコイツを成敗しなければならない!」

 

「わ、悪かった! この通りだ、許してくれ!?」

 

 はれほれりゃ~……とと、扉に潰されてないか鼻を確かめながら部屋を見る。鬼の形相をした箒ちゃんが木刀を振り回そうとして、それを彼女の横に立った踊君が慌てて握って抑えるという軽い修羅場になっていた。そして一兄は木刀の下で土下座して子鹿のように震えていた。

 

「だ~いじょ~ぶ~?」

 

 視界の下からにゅぅっとキツネなのほほんちゃんがのぞき込んできた。……うーん? たった今の今までベッドに寝転んでなかった?

 

 

 

「いったい何があったのだ?」

 

「い、一夏が……その、私の……着替えを覗いた……」

 

「有罪であるな」

 

「グィルティ~」

 

「大人しく斬られててくれたらよかったのに……うぅ、まだヒリヒリする」

 

「故意にやったんじゃねぇし、覗いてもねぇよ! 出てきたところに偶然居合わせただけなんだって!」

 

 仕様もない理由で私たちは巻き込まれ、私は無駄に痛い思いをしたみたいです。

 

「またやったの? こりないんだから……」

 

「まただと!? 以前にもこいつはやっていたのか」

 

「うん。何度もやってるよ~」

 

 ついこの間も私がお風呂から上がった時、本人曰く、気付かず侵入してきた。それ以前からも一兄は常習犯です。その度に右腕を唸らせてきたんだけどついに治らなかったみたいで残念です……。ガングニールでやれば治ったかな……?

 

『治る前に死にませんか? あ、でもバカは死ななきゃ治らないって言いますし……』

 

 おお、ナイスアイディアだよ。イアちゃん! その手がありました。箒ちゃんから離れて怯えている一兄の傍に優しく近寄る。

 

「一兄」

 

「お、おう。わ、態とじゃないからな。本当だぞ!」

 

「大丈夫大丈夫、わかってるから。だから、一遍逝ってみよ?」

 

 三途の川で扱かれてきたら治ってくれると、私、信じてるからね!

 

「グハッ!?」

 

「一夏っ!?」

 

 にっこり笑ってその腹部に握り拳をめり込ませて戯れ言を黙らせる。不埒者には制裁を! と言う奴です。目を回す一兄の脇に三指を食い込ませて持ち上げる。

 

「はい、これあげる。箒ちゃんの好きにしてね」

 

「あ、ありがとう?」

 

「む。ベッドの底に1寸先も見えなくなりそうな真っ黒な分厚い布とありとあらゆる縛り方を記した大全が貼り付けに」

 

「おー! お布団の下に身体を縛るには持ってこいなすごく長~いロープがあるよ~!」

 

 何であるか分からないものが阿吽の呼吸で遠慮なくお姫様だっこされた一兄の上に乗せられていく。なんでそんなマニアックな大全がベッドの下に隠してあるんだろう。まさか前年度の利用者の忘れ物じゃないよね……。

 

「では、また明日」

 

「おやすみ~」

 

「う、うむ。また明日だ」

 

 追い出すように帰っていただいたところで明日からのことを考えよう。

 ちー姉からもらった練習期間は1週間、それまでにしなきゃいけなことは色々あるけど優先すべきなのはISに慣れることだ。詳しいことは後で先生に聞くとして、日常で出来ることももっと増やさないと……。

 

「踊君、いいくらいのダンベルとかない?」

 

「ダンベルよりもウェイトのほうが良いだろう」

 

 ドシンッと踊君はパワーリストとアンクルを一組ずつ床に投げて置いた。

 

「凄い音~。どれくらいあるの?」

 

「それは一つで10kgだ。0.1kg刻みで今のところ0.5kgから25kgまで取りそろえているぞ」

 羽織の裾からドスドスと大量の重りが転がり出てくる。

 

「ど、どこにしまってたの~、それ~……」

 

「この羽織には細工がしてあってな。必要不要問わず使えそうなものを引っ掛けられるようになっている」

 

 広げて見せてくれた中には色んなものがはみ出していた。ペンにハサミ、のりにカッターに鋸があって、金槌なんかのいろいろな工具一式、あと紐。

 ……紐?

 興味本位で引っ張って見た。

 ……見なかったことにしよう。ゼンマイ仕掛けの動く爆弾なんか私は見てない。

 

「これはサージェが暇つぶしに作ったファロだ。イチイバルの薬莢から作った装甲に頭の先端しか燃えない紐がチャーミングポイントだ」

 

「ファロ! ファロ!」

 

「そっち!?」

 

 耳のような場所からアームが出て自力でゼンマイを回すファロを出して説明してくれた。

 踊君的には以外と牽制に使えるから重宝してるんだって。

 何故か知らないけど頭の紐に火を付けてその辺を歩かせておくだけでみんな自然と逃げてくれるからだそう。偶に近付かれる前にファロを撃つ人がいるけど、装甲が聖遺物の残骸から作っているおかげで傷はおろか凹みすらせずメンテもほとんど必要ないのもありがたいとか。

 え、何それ怖い。こう思っても仕方がないと思う。いくらなんでもそれは私でも逃げます。例え聖遺物を纏っていたとしても、銃弾弾いてテクテク迫ってくる爆弾とか恐怖以外のなにものでもないです。

 

「もう良いか? とりあえず明日はそれをつけて過ごせばいいだろう?」

 

「う、うん、そうする。毎日2kg増やす感じでお願い」

 

「おう、頑張れ」

 

「闘うかもしれなのに仲良いね~」

 

 まだまだ勝てる気がしないから、稽古をつけてもらう感じで当日は挑むつもりでいる。しっかり裏で少しでも長く戦えるように策は練るけど、だかれってピリピリしたりすることはないのだ。

 

「だって拳で語るのって気持ちいいんだもん」

 

 それに口で話すよりも素直に心からの思いをぶつけることができる。これまでどんな特訓を積んできたのか、どんな生活をしていたのか話したら長いことでも拳なら全部じゃないけどほとんど感じ取れる。

 それにスカッとするしね。

 

「ね! 踊君」

 

「それはない」

 

 残念なことにばっさりと否定されてしまった……。


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