戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第漆話

「失礼させていただく」

 

 壇上でちー姉が黒武者と呼ばれる10年前の英雄――つまりディバンスもしくは踊君が起こしている襲撃事件のあらましを語っている時だった。背後から誰かの声がちー姉の言葉を遮った。

 

「貴様、何者だ!」

 

 誰かが声を荒げ皆の注意が後ろに向いた。

 

「警備は何してるの!」

 

「はっ!」

 

 壁際にいた教師の一人の叫びに、慌てて警備をしていた女性がその人に向かって走り出した。警備員が抑えかかる前にその人は並ぶ生徒全員に言葉を投げかけた。

 

「響、忘れものだ」

 

 と。……て、え?

 

「はて? ここにはおらぬのか? あの御仁が嘘を告げるとは思えぬのだが……」

 

「取り抑えろ!」

 

 見えないところでドタバタと激しい争いが行われているみたい。

 

「響、立花響、もしくはビッキー!」

 

「立花って、確か……」

 

 一兄が私を見る。私は無言で頷いた。急いで生徒に退いてもらって後ろに駆け出す。そして私は思う。

 私の高校生活に平穏はないのだろうかと……。あと泣きそうです。いや泣きたいです。泣いていいかな?

 

「大人しく捕まれ!!」

 

 やっとの思いで集団をかき分けて状況の理解に努める。

 ああ、やっぱり件の原因きちゃってる!? 何でいるのさ、踊君は!!

 警備員の一人がIS――確か打鉄とかいう甲冑のようなものに乗って、踊君を抑え付けようとしているのがわかった。

 すぐに声を上げる。

 

「だめ、逃げて! 警備の人!!」

 

 皆の訝しげな目が私を見るけれど、そんなの気にしてられない。当然、そんな一生徒の理解しがたい声にISを動かす人が聞くわけもなくそのまま踊君に飛びかかる。

 

「む、いたのなら早く返事をしてくれ」

 

「キャッ!?」

 

 口を尖らせて踊君は何事もなく言う。

 

「う、嘘……でしょ?」

 

「そんな……」

 

 だがその真横では警備員の人が床に横たわっていて、踊君の左手にはISの右腕部分が握られている。

 あーあ、逃げてって言ったのに……。

 

「え~っと……まず何でいるの? まさかまた教師になるとかじゃないよね……」

 

「それはない。ただ主の忘れ物を持ってきただけだ。元気そうで何よりだ。それで、こやつはどうすれば良いのだろうか?」

 

「さ、さぁ」

 

 もう一方の空いているはずの踊君の右手を見ると、掴みかからんとがしゃがしゃうるさいパイロットを失い動かなくなったはずISの左手と激しい格闘戦を繰り広げていた。

 

「いい加減にせんか」

 

 踊君はイラッときたみたいで打鉄を背負わず腕一本で反対側の床に叩きつけて黙らせてしまうのだった。

 

「ふぅ、ではさらば」

 

「あ、うん。……うぇっ!?」

 

「まだ某に何か?」

 

 沈黙したと思っていた打鉄が踊君を抱きしめた。そして懸命に持ち上げると人が乗る場所に填めた。

 

「なんだ。お主、某に乗って欲しかっただけなのか。それならそうと最初から言うてくれ」

 

「いやいや、無茶言わないであげて!」

 

 機械に話せって、そんな無茶を……。

 

――キュイ、キュイーン!

 

「……喜んでるね」

 

 うわ、皆の目が点になってる。

 

「どうするの? 踊君」

 

「「「ヨウ……君?」」」

 

「こいつが満足するまでは乗っていてやるさ。子供を放り出して旅するのは本末転倒というものだ」

 

 旅する理由も子供の平和だもんね。1億年前からある機械(踊君)からみたらほんの10年前に出てきた機械(IS)は子供か。よくわかんないけど。

 

「そこの小娘。そいつの知り合いか?」

 

「あ、ちー先生。えと、はい、そうです。お騒がせしてしまって申し訳ありません」

 

 壇を降りちー姉が傍に来る。

 

「織斑先生だ。……そいつは女、だよな?」

 

「え? やだな~、そんなの当然」

 

 皆が何故か安堵の表情を浮かべる。

 

「それなら「男ですよ」……なん……だと?」

 

「そりゃ、みたまん……ま……?」

 

「?」

 

 そこで踊君の姿を改めて見た。そしてその服装やらなんやらがおかしいことに気が付く。まず服装は柄のない質素な黒の着物に金色の龍が背に描かれた煌びやかな紫の羽織、くびれを目立たせるちょっときつめに縛ってある紅の帯。

 着物の重ね目からわずかに見えるすべすべな首筋に、丈が膝よりちょっぴり長いだけで見えてしまうすらりとした足首が妙に色っぽい。そして首元で一つに束ねた髪は腰よりも長く尻尾のように見え、打鉄から噴き出す風でふりふりしている。

 以前見た時よりも女性らしさを推して不思議そうに首を傾げる踊君はいつもより可愛かった。

 おぅ…………これじゃあ男と言い切れない。

 

「どこか変か?」

 

「全部変です」

 

「そうであるか……」

 

 しょんぼりした。たぶんこれでも踊君なりの正装のつもりだったみたい。

 

「……貴様。確か踊といったな。何をしにここに来た」

 

「先ほども述べたようにこやつに忘れ物を届けに来ただけです」

 

 手の空いた踊君は袖口から一つの金属を取り出す。

 

「あ! ペンダント!」

 

「置いていくな、愚か者」

 

「ごめんなさい……」

 

 胸元を触ると確かにペンダントがなかった。どんよりしてて家に置いてきちゃってたんだ。……踊君が勝手に乙女の部屋に無断で入ったとかは気にしないでおこう。

 

「暴れる気はないんだな?」

 

「こやつは知りませんが、某にはありませぬ。精々響を弄るくらいです。しかし、もしかしたら響が暴れるかもしれませぬ」

 

「なら辞めてよ!?」

 

「ふっ、それは出来ない相談だ」

 

 かっこつけても言ってる内容は最低だからね!? 本当に暴れるよ?

 

「ならいいだろう。……その時は私が直々に手を下せばいい」

 

「いくないですっ!?」

 

 横で出席簿を素振らないで下さい。私の頭の耐久値を消す気ですか!

 

「だが、後で詳しい事情を聞かせてもらう。今は後ろで黙っていろ」

 

「畏まりました。響の成長していない姿でも拝むとします」

 

 失礼な! ……いや、まあ、身長も体重もスリーサイズもリディアンにいた頃とまったく変わってないけどさ……。

 

 

 

 奇異の視線を一兄共々向けられて、しかも一人だけ保護者参観になってるから、私のSAN値は大変ピンチです。

 

「おーい、生きてるか?」

 

「一夏、響。久し振りだな」

 

「うぇぇー……」

 

「お前、箒か! 久し振り。6年ぶりか」

 

「覚えていてくれたのか……」

 

「おう、見たぜ。剣道の全国大会で優勝したんだってな。おめでとう!」

 

 あー……何処かで見たと思ったら……箒ちゃんだったんだー。

 

「な、何で知ってるんだ」

 

「新聞に乗ってたぜ」

 

 そう言えばそんなの読んだ気がしなくもない。

 

「箒ちゃぁ~~ん」

 

「な、何をする。や、やめ」

 

 取り敢えずその豊富な胸に泣きつく。

 

「見るな!」

 

「ふげ!?」

 

 うぇーん……。

 

「ふぅ……、こんなに響が取り乱す姿は初めて見た」

 

「あ、ああ、俺もだ」

 

「私の平穏がぁ~……」

 

 踊君めぇー……。

 

「そんなにあの踊って人のことが嫌いなのか?」

 

「そんなわけない!!」

 

 踊君を嫌う理由なんてない。

 

「好き、大好きだよ! いつも子供のために世界中を走り回って、どんなに苦しくても辛くても耐えて、ちょっぴり意地悪だけど優しくて強くて、ぼんやりした顔は綺麗で笑顔がとっても可愛い大好きな人!! でも今はムカつく」

 

 平穏は無理でも穏やかな生活くらいは欲しかった。ISという未知の領域に挑まなきゃいけないんだからさ~。

 

「おま……」

 

「……私もそんなに素直になれたら……」

 

「ふぇ?」

 

 周りを見ると殆どの人が顔を赤らめて私を羨望の眼差しで見ていた。あの朴念仁と呼ばれる一兄までもが同じようにしている。

 ……今、私なんて言った?

 

「…………………………ほにぇっ?」

 

「響さん大胆」

 

「響ちゃんはあの男の子がとぉぉおっても好きなんだね~」

 

 ここは教室。皆いる。私大声。皆聞く。

 

「…………ふみゃぁぁぁあああああぁぁあっ!?!?!?」

 

「ひ、響が壊れたぞ」

 

「げっ」

 

「皆、忘れろぉ!!」

 

「ちょ、辞め!? 誰かこいつを押さえつけるの手伝ってくれ! おい、暴れんな!」

 

 ぬがぁぁぁあああああ!

 

「おう、箒、響。久しぶりだな」

 

「き、貴様は……」

 

「よ、よう。桐生か」

 

「あはは、今虫の居所が悪いんだぁ。すぐに消えてくれないかな」

 

 桐生龍哉、彼は織斑一夏についで二人目の男性適合者だ。響ちゃんとは小学校に通う頃からの知り合いで自称天才、他称屑。

 皆に優しく人助けが趣味の響ちゃんでさえも関わりたくないと思ってしまうほどである。

 人の神経を逆撫でしてくるわ、気持ちの悪い視線をむけてくるわで、視界に入るだけで虫唾が走る。

 響ちゃんたちとは違うクラスのくせに何をしに来たというのだ。

 む?貴様は誰だと?

 私は語り部の円小夜だ。錯乱した響ちゃんのままでは「うがぁっ」や「ぶるぁあ」などしか語らないので出張らせて貰った。

 それでは失礼。

 

「やっぱさっきの踊とか言うクズのせいだろ?」

 

 大好きなのは大好きだけどそれは家族としての好きであって男と女としての好きじゃなくて、た、確かに踊君は強くて格好良くて悲しい時も辛い時もずっと傍にいてくれて応援してくれる優しい人だけど~……ふにゃ~………………、……あ゙ァアッ? 誰がクズだって?

 私の中で何かが切れた。

 

「部外所のくせに生意気だよな」

 

「……ッ!」

 

 ガンッ!と乾いた音が教室内を駆け抜ける。

 

「邪魔だ」

 

「そこまでにするのだ」

 

 桐生を襲ったのはちー姉の出席簿で、私の振りかぶった腕は踊君が受け止めていた。踊君の顔が私のすぐ目の前に……。すぐに顔を背ける。

 

「貴様の教室はここではない。3組の教室に戻れ」

 

「ちっ、何故この俺様が1組じゃねぇんだ……」

 

 何かブツブツ言いながら桐生は教室を出て行った。踊君はそれを見届けるとやっと私の手を離してくれた。

 

「何故彼がここに?」

 

 クラス全員の疑問を代表して誰かがちー姉に質問した。

 

「この男がISを動かすところは全員見ていたな。そのためつい先ほど公式に三人目の男性適合者として学園に入学させることが決まったのだ。そしてこいつを1組で受け持つことになった。挨拶しろ」

 

「承知。お初にお目に掛かる。某の名は聖踊。聖なる踊りと書いて聖踊であります。好きなものは童の笑顔、嫌いなものは童を穢すあらゆる全て。よく分かりませぬが、この学舎に通うことになりました。確かここは3ヶ年通うのでしたね?」

 

 ちー姉は首を縦に振って頷いた。

 

「明くる年以降、どうなるか分かりませぬがよろしくお願いいたします」

 

 そ、そんなぁ!?

 たった今、自覚すらしてなかったことを大声で口走ってしまったところだ。まだ気持ちがしっちゃかめっちゃかしてるのに、踊君がクラスメイトになっちゃうなんて……。

 周りからの生暖かい視線が私の身体を這いずり回る。

 

「織斑先生~、他のクラスではダメだったのですか~? このクラスには既におりむーがいるんですよ~?」

 

 お、おりむーって一兄のことかな?

 改造されてだぼっとしたゆるゆるの制服を着る女の子が格好と同じようにゆるーく聞いてくれた。

 

「それ俺か?」

 

「織斑だから、おりむー。可愛いでしょ~」

 

「確かに布仏の言う通りだ。だがこいつが何者なのかを我々教師陣も何一つ把握できていない。ならば唯一この男を知っている織斑響の傍において監視するのがもっとも安全であると我々は判断した」

 

 それはそうだと思う。私は暮らすため偽造の戸籍を作ってもらったけど、旅する踊君にはそんなの必要ない。何一つ存在の証を持たない踊君はこの世界にとっていないものと同義で、いくら調べても出てこないのは仕方がない。

 

「それなら指導室などがあるではないですか!」

 

「それはできない」

 

「何故です?」

 

「油断や機能の制限があったとはいえISに搭乗した腕利きの警備員を素手で無力化し生身でISを投げ捨ててみせた男だぞ。私以外に監視できるものがこの学園にいると思うか?」

 

「そ、それは…………いません」

 

 そういえば説明していなかったけど、ちー姉は8年前『モンド・グロッソ』というISの世界大会の初代優勝者だ。その次に行われた大会は色々あって途中棄権しちゃって優勝は逃したけど、それでも世界が認める最強の称号『ブリュンヒルデ』を持っている自慢のお姉ちゃんだ。

 この学園にいる他の先生たちのほとんどが国家代表かその候補生を務めていた人たちなんだけど、ちー姉みたいな大会上位入賞者は残念だけどいない。

 

「自慢などする気は殊更無いが、私以外の適任者がいないのもこのクラスに編入した理由だ。もし何かあったら私が責任を取る」

 

「あ、それなら大丈夫です。私も止められますから」

 

「「「え?」」」

 

「あー、昔から響は強かったもんな」

 

「そういえばそうだったな。道場で織斑村先生の稽古に付き合えたのは響一人だけしかいなかったな……」

 

「「「えっ!?」」」

 

 ほとんど勝ったことはないけど踊君とは今まで何度も本気の試合をしてきた。最後にやったのはもう5年も前だけど、その時だって何時間も掛けての惜敗だったんだ。絶対勝てる! ……だなんて自信はなくても、負けない自信はある。

 頭を抑える箒ちゃんに親指を立てて宣言した。

 

「2対1なら絶対勝てる!」

 

「それで負けたら折檻ものであるぞ」

 

 うぇぃ……踊君にぽっきり折られてしまった。

 

「それもそうか。ならそいつの面倒は織斑妹に任せる」

 

「ひゃい!」

 

 と、元気に答えたのは良いんだけど……、あれ? なんか選択を間違えたような気がする。いや、その前に気持ちの整理を付けてしまわないといけなかったんだ……。

 はぅぁ~……。


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