戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
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「なんであたしの所に来たんだ……。お前はあいつの元にいくべきだったんじゃねぇのかよ」
「…………ふふふ。何か思い違いをしていませんか? 私の居場所は常にあなたの横ですよ」
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「……助けてくれた事に関しては礼を言う。だが、お前が行くべきなのは私の元ではなく、あいつの隣だ。すぐに行け」
「ふ、間違って等おらぬ。拙者は汝のためにここにおる」
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翼さん……クリスちゃん……、二人とももういないんだ……。学校も壊れて、未来たちもいない…………。私は何のために戦っているの……。
「みん……な…………」
なんだか、全部がどうでも良くなってきた……。了子さんが何か言っていた。そしれ髪の毛を捕まれて、蹴られて、投げられた……。でもそれももうどうでも良い。みんなのいない世界で生きたって意味がないもの……。
もう、いいや。目を閉じてしま……
「――仰ぎ見よ――」
……?
「う……た…………?」
眠らないで……、まだ私たちはここにいる?
「未来、なの……?」
……負けないで。
「何だ? 何処から聞こえてくる、この不快な歌は……歌、だと?」
「……聞こえるよ。みんなの歌」
わかったよ……。未来。
「私を支えてくれているみんなは、いつだって傍に……」
私はまだ眠らない。
「みんなが歌っているんだ。だからまだ、歌える」
みんなが待ってくれているから、眠れない。
「まだ頑張れる!」
ガングニール、もう一度だけで良い。……お願い、力を私に貸して。もう一度立つために!
「戦えるッ!!」
「まだ戦えるだと!? 何を支えに立ち上がる!? 何を握って力と変える!? 鳴り渡る不快な歌の仕業か? そうだ、お前が纏っているモノは何だ? 心は確かにオリ砕いたはずだ。なのに、何を纏っている? それは私の作ったモノか? お前の纏うそれは一体何だッ!? 何なのだッ!?」
私の全てを光が祝福してくれる。みんなの想いが私たちの中に集まってくる。
「私の前で、その不快な歌を、光を、放つなァアアアッ!!」
もの凄い速度で迫ってくる一本の鞭。でも焦りはなかった。
……信じていたから。
「踊……」
「ッ!?」
甲高い音と共に重い衝撃が拡がる。砂の舞う煙の中に桃色の結晶がきらきらと漂った。永遠に留まる煙がないように、風になびかれ砂が晴れる。
「聖、踊!」
「……待たせたな」
「踊君」
踊君が私の前に立っていた。その背はオレンジに光る粒子に照らされている。
「行きな。待ってるぞ」
「……うん!」
身体が自然に浮く。天に登る三つの柱の一つが私を包み、力が湧き上がって、虚ろだった身体全てに漲った。
みんなの歌声が私に負けない力を与えてくれる。クリスちゃんや翼さんにもう一度立ち上がる力を与えてくれる。
だから私は戦う。みんなの想いを力に変えて!
「シンフォギアァァアァアアアアアアッ!!!」
「高レベルのフォニックゲイン……これは3年前と同じ……」
身体が軽い。まとっていた服は白く輝きを放ち、背中から生える一対の光のツバサが大気を叩く。
(んなこたどうでもいいんだよ!)
「念話までも……」
四枚の羽根にバックパックがあった辺りからひらひらと2つのツバサが揺れる。その瞳は力強く、了子さんを射抜いていた。
「ちっ、限定解除されたギアを纏ってすっかりその気かっ!」
了子さんが杖のようなモノを掲げた。禍々しい緑の濁った光が廃退した校舎をや人のいなくなった町、空を塗り替えてしまう。
(あいつは……ソロモンの杖ッ!)
(あれがそうなんだ……)
(ほぅ……)
陸に蔓延り、雲のように空を埋め尽くすカラフルな暗色に唯々驚いた。もし町にまだ人がいたらと思うと恐ろしいけれど、そうじゃないのなら何体いようと恐怖なんかない。
それよりも辛いのは、暴走していたとしても翼さんを傷つけてしまったことだ。
「翼さん……。わたし、翼さんに……」
翼さんの胸に拳を突き立ててしまった。
「ふふ、どうでも良いことだ」
でも翼さんはそう微笑んで、足のユニットから逆巻く二対のツバサを羽ばたかせる、
「立花は私の呼びかけに応えてくれた。自分から戻ってくれた。その自分の強さに胸を張れ」
「…………」
傷のない胸に手を当てて、心強い言葉をくれた。
「一緒に戦うぞ、立花」
「……はいッ!!」
翼さんから伝わるあたたかいもの……、
「クリスちゃん」
「へへ、任せな。まだまだいくぜ!」
クリスちゃんから伝わるあたたかいもの……。
「イケッ!」
地上を這う小さなノイズが針になり、突っ込んできた。でも蒼のツバサを前に斬り伏せられる。
(雑魚は任せろ)
(派手に咬ますぜぇっ! 来い!!)
切り離されたクリスちゃんのユニットが急速に変形を始め紅の兵器になった。丸みを帯びたフォルムに1対の爪と広げた鋼のツバサを持つ巨大兵器。それはクリスちゃんを乗せると火を吹かせ、空のノイズの膜に穴を開けた。
(ファイアッ!!)
--MEGA DETH PARTY--
幾十の太いレーザーがノイズを貫き、自在に曲がって暴れ回る。隙間なく編み込むようにノイズの海を泳ぐ光は伝承に残る龍のよう。
一辺もその輝きは衰えず、むしろ増していく。
(流石だな)
(すごい乱れ打ち!)
(全部狙い撃ってんだ……よっ!)
気合を込めた一発が泳ぐ龍に正面から突撃し、炸裂した。ノイズが細かく散った光に当てられ、消し飛んだ。
(よぉっし! だったら私が!)
拳に想いを乗せて……、
(てりゃりゃりゃりゃっ!!)
大気の圧に叩きつける!
(これが私のォオオ!)
本来不変であるはずの層に作り出した真空の隙間。どんなに大きくともそれはすぐに元通りになってしまう。でもその時、周りの空間を巻き込んで変化は急激。無を埋める為に吸い込まれる余剰の空気に私たちの力が混ざって、一つの礫が無の中を進む。
(乱れ打ちだァアアアアッ!!)
地面に礫が当たる度に、爆発が起きた。どんどんノイズが消し炭になっていく。
(邪魔だッ!)
--蒼ノ一閃--
片手で振り抜いた一閃が低空飛行していた大型ノイズをまとめて突き破り、容易く滅した。
((いくら出ても、今更ノイズで!))
(止められるなんて思わないでください!!)
了子さんに目を向ける。もう諦めて欲しい。そう思ったけれど、了子さんの目は狂気に染まっていて、止まる気配がなかった。そして何かを叫び、掲げていたソロモンの杖を突き刺した。
「あぁっ!?」
「何を!?」
「えっ!?」
……自身の胸の中心に。
(ノイズに取り込まれているのか……?)
(ッ!? 違ぇえ! あいつがノイズを取り込んでるんだ!!)
遠目ではっきりとは分からないけれど、何かをしている了子さんの元にそこら中に残っていたノイズが集結していく。次々集まるカラフルなノイズが捏ねくり回されて濃い赤紫の粘土みたいになってしまった。
(……間に合わなかったか)
(てめぇ、いつの間に!?)
どうやって来たのか、いつの間にかクリスちゃんの外部装甲(?)の上に踊君は立って、ぐちゅぐちゅと嫌な音を立てるどろどろした半液体のそれを見下ろしていた。残っていた全てのノイズを飲み込んだそれは突如膨れ、噴水が湧くように液体を吹き上げ固まった。
(お、大きい……)
飛行している私たちよりも遙か上に頭を持つそれは、なんとも表現し辛い姿だった。強いて言うならウナギとかそのあたりになると思う。細長い辺りは似ているし、エラのようなものもあるし。でもエラっぽいのが4枚くらいあったり首があったりして、例えにあんまり納得がいかない。
見上げて見ていた頭の先端が赤く光った。何か嫌な予感がする……。
(拡がれっ!!)
(散れっ!!)
クリスちゃんと踊君のかけ声を聞いてすぐにその場から離れる。私たちの丁度真ん中を光が通り抜けそのまま町の一角に着弾して、その一角が消滅した。
(ま、町が……)
(大丈夫だ。誰も死んでない。あたりにいた住民も全員無事だ)
目をつぶって踊君は隣に来てそう言った。
「……なぁ、巫女の嬢ちゃんよ。そろそろ駄々捏ねんのも止めにしてくれないか?」
私たちの前に出て、了子さんにそう問う。それは親がいたずらをした子を叱る時のような声色だった。哀愁を漂わせる声に、巨大な怪物は頭のサイドから鋭く伸びた髭のようなものからビームを出すことで返答した。
(止まるものか! 貴様等は逆さ鱗に触れたのだ。相応の覚悟はできておろうな!)
(ただでかくなりゃいいってわけじゃねぇんだよ!)
一人勝手に飛び出すと、武装のカタパルトを一斉に開きレーザーやミサイルを次々撃ち始めた。巨大な的になったことで全弾命中する。けれど爆煙が晴れて見えたのは、鈍い光沢を放ったままの傷ひとつない怪物だった。
(このぉッ!)
(私たちもやるぞ!)
(はいっ!)
少し離れてから一気に接近して技を放つ。蒼ノ一閃と私の拳がその体に深い傷をつけたのを確認した。
(離れろバカ!)
飛ぶ踊君に引っぱられて距離が開いた。慌てて腕のあった位置を見ると傷口は既に肉が盛り上がり綺麗になっていた。
は、離れるのが一歩でも遅かったら呑み込まれていたかもしれない。
(ネフシュタンの能力に、デュランダルのエネルギー。制御にソロモンの杖か……)
(いくら限定解除されたギアであろうと、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具。参機の完全聖遺物に対抗できるなどと思うてくれるな!)
(聞いたか?)
「ああ。チャンネルをオフにしろ」
「おう」
……? 何かを閃いたらしい。そう言うと、二人は案を練るために顔を見合わせた。
「……なら欠片じゃ無ければいいんだろ」
「それってどういう……? ……って、なんで浮いてるの?!」
今更ながら踊君が普通に浮いていることに気が付いた。余波で散っていたんだと思っていたけど、まだ光り続ける粒子も可笑しい。それに念話までも使っている。
(遂にこの時が来ましたねぇ~。あれが彼女たちの奏でる歌が起こした奇跡の形ですか)
こつこつと森の先から軽快な靴音を響かせ、分厚い化粧に覆った灼眼のピエロが愉快げに現れた。
(未来を掴むための新たな一歩を踏み出したのだな)
黒い羽織を靡かせ崩れた町から、白色の骸骨の面を被る凍眼の武士は瓦礫を払いのけ押し進んでくる。
(呵々、やっと俺たちの歩みの終着点だ)
隣でたゆたう雷眼の教師が目を見開き、私たちの前に出た。
(随分とボロボロではないか。そんな死に損ない共に何が出来るというのだ)
(俺たちが出来ることなんかないさ。でもな、誰かを守るために何でもしようとする奴に力を与えることならできる)
(何を言っている……? 出来ることなどありはしない)
(それはどうかな)
(踊君、貴方達は一体、何者なの?)
((…………))
一瞬の間を開け、踊君は深く息を吸い込んだ。
「我等が真名をその胸に刻め。我等が心火をその目に刻め!」
ずっと気になっていた踊君の正体、前に聞いた話だけじゃ、納得出来ないことがいくつかあった。時間がある時に何回か聞いたけれど、結局はぐらかされてきた。それが漸くわかる。
三人を照らす細かな粒子が増幅して、一片の濁りのない澄んだ三色の光で彼らを包み込んだ。ふわふわ浮き上がり、私たちと同じ高さで、私と了子さんの中心に並んで止まる。
星々の輝きに劣らない光が弾け散るその時に、彼らは順に予想を越えた答えを返した。
「第一号
「第二号
「第三号
と……。