戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第三十三話

「いい加減! 何か言ったらどうなんだよ!!」

 

 どっかの駐車場に入り込んで、クロスボウのアームドギアが変形した二丁の拳銃でアイツの肩を狙い撃つ。が、当たり掛けることなくさらりと身を捩って躱しやがった。

 

「……ッ!」

 

 嫌な予感に、すぐ横にあった柱の後ろに飛び込んで盾にする。それでもまだ嫌な予感は晴れない。急いで前転で柱から遠ざかった。直後に二発の銃弾が横から弾丸が突き抜けた。

いつもえげつねぇと思ってたけど、敵に回ったことで今まで以上に実感した。

 アイツの跳弾技術と空間認識力とかいうやつは化け物だ。柱の影で見えないはずなのに寸分違わずあたしがいる場所めがけて飛んでくる。

 

「チッ!」

 

 柱を移りながら乱雑に撃つ。特に狙いっていないためサージェはあたしと同じように柱を盾にしたり、そこらに駐めてある車に隠れることでやり過ごすしかない。

本当ならこんなマネしたかないが、あたしがアイツより優位になれんのはこれぐらい。惜しんでなんかいられねぇ。

 

「弾けろッ!!」

 

 付かず離れずの距離で駆け回りながら引き金を休まず引き続ける。でもアイツはそうすることができない。いくら技術が高かろうと弾数はイチイバルと違って有限だ。あたしの気力次第でイチイバルも弾切れを起こすことはあるが、それでも一人の人間が持てる数とは比べものにならない量、ってのは違わない。

 下手な鉄砲数打ちゃ当たる、ってな!

 目算でサージェの位置を測り、向きだけを合わせる。

 

「ッ……。……! ッ!!」

 

 4、50発撃って漸く1発掠った程度か……。ピエロの正装(?)っていうのか黄色いだぼっとした服が僅かに破れていた。

 

「チィッ……!」

 

こりゃ、自信無くしそうだ。下手な鉄砲つっても4~500mくらいまでなら飛ぶ鳥だって当てれんだぞ。それが精々50m程度の距離で当てられねぇとか……情けねぇ。

 

「ッ……うおっ!」

 

 右に躱そうとしたが直前で動きを抑えた。動いてたらやばかった……。動きを完全に読まれ、一歩先を狙われていた。冷や汗が止まらねぇ……。

 流石、あたしの師匠ってことかよ……。そりゃあたしの動きぐれぇ読めて当然か。軽く牽制を加えながらバックステップで急いで離れる。

 

「…………」

 

「どうしろってんだよ……!」

 

 気付けば頬が切れていた。撃たせないためと撃ち続けていた弾を利用された。何度も跳弾させてるため、威力が落ちていなきゃヤバかった。

 両手の銃を少し変化させ堅くする。本当なら腰のアームで鎧とかを作った方が良いんだろうが、動けなくなるとそれはそれで困る。向かい来る弾丸を側面で受け、火花を散らしながらも瀬戸際で受け流した。

 薄く白んできた駐車場内を切り裂くように真っ直ぐ銃弾は進む。立ち籠める硝煙が鼻についた。

 

 ……こうしてガン同士で殺りあってると、あの頃のことを嫌でも思い出しちまう。

 

『止まってはいけません』

 

 ああ……、そういやそれが初めてあいつに言われた言葉だったな。

 

……………………………………………………

………………………………

………………

 

 事の始まりは8年も前のことだ。あたしはパパとママに連れられバルベルデとかいう紛争地帯を訪ねていた。二人とも歌が好きで、歌で世界を救うんだ、なんて馬鹿な夢見て仕舞いにゃ二人とも小競り合いに巻き込まれ、ライフルで撃たれて殺された。

 それからは地獄だ。両親を殺した奴等に捕まったあたしは捕虜になり、牢屋のような部屋に入れられ働かされた。他にも何人もの子供が捕虜にされて食事も満足に与えられず、生きるか死ぬかの瀬戸際の生活だった。

 そんな地獄の生活の中でもあたしらは俯くことがあっても、誰一人泣かなかった。それは物言わぬピエロがいたからだ。あたしと同じように捕虜になっていたピエロはいつもニコニコ笑顔で俯いた奴らを笑わせようと必死で、誰かが小さく微笑むだけでも目聡く見付けて嬉しそうにして、失敗すると悲しそうな表情を浮かべてガクリと肩を落とし悩ましげな顔で次を考える。

 ピエロはずっと周りを見て倒れそうになった奴にさりげなく肩を貸して微笑んで、倒れてしまった奴には誰よりも早く駆けつけて手を伸ばす。頑張ろう、口で言わずに全身でそう語り、いつも支えていた。

 

「どうしてあなたは笑っているの?」

 

 あたしはそれが不思議でならなかった。親を殺され自由を奪われ誰も笑えない、救いのない地獄で何故笑い続けられんのか。だから聞いた。周りも興味があったようで顔を上げピエロを見詰めた。

 ピエロは何も言わずあたし等一人一人を指差す、……皆。

 悲しそうな顔をした、……悲しむ。

 次に自分を指差す、……自分。

 胸を強く握り悲痛な表情を浮かべた、……苦しい。

 静かに微笑んで両手を広げる、……皆笑う。

 両手を胸に当ててもう一度微笑んだ、……自分は嬉しい。

 そして最後にピエロはニコニコしながらあたしの頭を撫でた、……笑う。

 

『皆の悲しむ姿を見ると自分は今よりもずっと辛い。でも皆が笑っているとそれだけで幸せになれる。だから自分は笑っている』

 

 信じられない、そう思っていた。でもそれが真実だったとわかったのはそのことをすっかり忘れた5年も後のことだった。

 

 戦争も終わらず、あたしらの待遇も同じように虐げられ続ける日々。いや、国連軍の介入で戦況が傾き圧された奴等があたしらにより当たるようになっていて、失敗もしてねぇのに難癖付けて殴られた。

 そしてあの日も視界に入ったと言う理由で殴られた。

 5年間ずっと泣かずに従い続けていたけれど、パパやママを殺された悲しみや怒り、自由を奪われた憎しみ、何も出来ない悔しさに、今まで堪えていた涙が殴られた拍子に零れ落ちた。耐えきれず嗚咽が漏れる。

 それを見た奴等はあたしを嘲笑う。でもその笑みは一瞬しか保てなかった。

 

「……ぁあ?」

 

 殴った奴は変な声を上げ、血を噴いて倒れた。奴の後ろには手を真っ赤にしてドクドクと脈打つナニカを持ったピエロがいる。微笑みを浮かべていた白塗りの顔は日本で見た般若の面よりも醜悪で狂気に満ちる漆黒になっていた。

 見張っていた奴等が銃を向けるよりも早く奴等の首を引き千切り、落とした銃器で穴を開けていく。あたしら全員の恨みを晴らすように、容赦なく奴等の全てを蹂躙し始める。

 ピエロの変化に戸惑っていたけど、我を取り戻すと皆逃げだした。でもあたしは逃げなかった。例え逃げ切れてもあたし自身が納得出来ないと思ったからだ。血まみれのライフルを拾って、奴等を撃った。

 

 ――あの日が、あたしが銃を初めて手にし、人を撃った日で……。

 

 反動で肩がイかれそうになっても、構わず奴等からは狙いを外さず引き金を引く。命を懸けた銃撃戦、混乱の中で飛び交う銃弾がいくつか身体を掠った。そんな時、ピエロがあたしを見詰めている事に気付いた。攻められると思って顔を背けようとして、

 

「……止まってはいけません」

 

 そう初めて声を掛けられたんだ。

 

 ――初めてあいつの声を聞いた日だった。

 

 最初は誰の声かわからなかった。でもあたしに声を掛けてくるような奴はその場には一人しかいなくて見るともう一言、

 

「……進むも戻るも自由なのです。でもそこに留まってはいけません。――明日をその手に掴みたいのでしょう?」

 

 そう言われたんだ。

 

………………

………………………………

……………………………………………………

 

 ……あたしは明日を掴む為に戦うことを決めたんだ、他でもないあたしの為に。

 

 戦争の火種を全部ぶっ潰す。それが、あたしが選ぶべき道だと思ってた。けど、そうじゃなかった。あたしには道なんていう敷かれたもんなんかなかったんだ。

 

「そういうことだったのかよ……」

 

 壁に背を預け息を整えて、今更気付いた。

 

 あの時あいつが言いたかった本当の意味を。

今のあたしがいる場所は無限に拡がり何処とでも繋がれる樹海の中心部なんだ。動き出したと思っていただけで、あたしはあの日からずっと進むことも戻ることもできていなかった。ただその場に立ち止まって、見たくないもんから目を反らして、有りもしない道から逃げていただけだった。

 でも今のあたしならちゃんと前を向くことが出来ると思う。何処にでも行ける。前も後ろも、右も左も関係ねぇ。

 どんな場所でも、あたしの歩いた場所が道になる。

 

「……もう突っ立てるだけのあたしとはおさらばだ。誰かに守られるだけのあたしはもう止めだ。あたしの道はあたしが造る」

 

戦場で何を甘いことを、なんてあのバカに言ったあたしがねぇ……。人生何があるかわかったもんじゃねぇな。あいつに言われたように、あたしもどうやらあのバカに当てられてたみたいだ。

ゆっくり立ち上がる。

 

「今までのあたしなら絶対にしなかっただろうな……」

 

隙だらけ、戦場なら撃たれたって可笑しくない。それでもあたしは壁から離れサージェの前に立った。

 

「…………」

 

「第2号聖遺物、イチイバル。奏者、雪音クリス!!」

 

 こんなところで止まれちゃなんねぇんだ。あたしが犯した過ちはあたしの手で清算する。フィーネの野郎が好き勝手してしまったのはあたしが従って、お前を従わせてしまったからだ。

 

「サージェ、お前を倒してあたしは進む。今度こそ! あんたの言った、あたしの明日を掴む為に!」

 

 ……思い出せ!

 

 二丁の銃を一つに纏める。そして創造する、今まで造ったことのない、忘れてしまおうとしていた、あの日あの場で掴んだライフルを。そして両親を殺したあのトラウマでもあるライフルを……。

 

 心を解き放て!!

 

 あの時とはまったく違う深紅の銃が形作られる。銃身が数倍に伸び、後部が肘まで包み込むように大きな篭手が出来上がった。思っていた形と全く違うが手から伝わる感覚はあれと同質のものだ。

 どうしてかはわかんねぇ。けどこいつが……イチイバルがあたしに併せてくれてんだ。

 

「……!」

 

 サージェが構え終える前に軽く後ろに下がり、同時に引き金を引いた。互いの弾がぶつかって弾けて散る。

 

「これで終わらせる!!」

 

 あたしはここで初めて前に出た。距離は約30m、ヘッドギアからバイザーが降り幾つもの文字と数字が視界の一部で縦に流れる。急速に演算が開始された。

 ……たった一度で良い、この一発にあたしの全てを込める。

 サージェの持つ二丁の銃から薬莢が零れ落ちる。でもそれは事故ではなく、故意。覗き見えるそれぞれの銃口の向こうに赤みを帯びたピンクの光が集まっていくのが見えた。向こうもこれで終わらせる気だ。

 引き金を引かれるのが先か、あたし等の演算が終わるのが先か。

 

「そこだッ!!!」

 

「!!」

 

 モニターに赤い印が現れた。そして鳴り響く4発の爆破音……。

 

「………………カハッ!?」

 

 まとまったピンクの光線に飲み込まれ、壁に叩き付けられた。

 

「……」

 

 壁に出来た亀裂のおかげでめり込んでいた背中が外れて尻餅をつく。割れたバイザーの隙間から見下ろすサージェを見上げた。頭から垂れてきた血が目に浸みる。

 

「ヘヘ、やっぱ強ぇな……でも越えさせてもらうぜ」

 

 壁にもたれかかるようにして立ち上がる。

 

「フフフ……やっと、進み出せた……ようですね…………」

 

 原型の残っちゃいない二方向に捩れちまった銃弾を越えて、サージェの横をあたしは通り過ぎる。

 崩れ落ちていくあいつの胸の中央には緋色と化した一発の銃弾が突き刺さっていた。


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