戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第二十六話

 何とか黒い靄のようなものから解放した響を抱え上げる。出鱈目な力を無闇に使わされたせいで酷く衰弱していた。……もう少しマシな被害で澄むだろうと楽観視していた自分が恨めしい。響の指から零れ落ちたデュランダルを拾う。

 

「……今日のところは引きましょう」

 

「チッ」

 

 当たっていないとはいえ極度の緊張状態で疲弊していたクリスもサージェに体を預けていた。逃がすまいと翼が構え直したがそれを制して見逃させる。

 

「何故、邪魔を!」

 

「無茶するな。これ以上やっても返り討ちにあうだけだ。お前だって装着してるのもやっとだろ」

 

 翼嬢に睨まれたが簡単に言い負かせた。案の定、すぐに天羽々斬は結晶に戻ってしまい制服姿になった。……て、制服で来たのか。よく見れば響もかよ。着替えるくらいすれば良いのに。

 

「それではまた」

 

 えー、なんて言うわけにもいかないので苦笑いで見送った。一息吐きたいがその前に、ディバンスにはちゃんと礼を言っとかないといけない。

 

「さっきは響を止めるの、手伝ってくれてあんがとよ」

 

「別に気にするほどのことでない。拙者にも止めねばならぬ理由があったまでのこと」

 

 言いたいだけ言って、さっさと行ってしまった。もう少しゆっくりしてけっての。今更だがあいつって普段は何をやってんだろう。……そういや、一度も気にしたことなかった。

 

「それで立花の様態は?」

 

「まあ、平気だろう。……肉体的には」

 

『簡易チェックで申し訳ないですが大事ないです。……肉体的には』

 

 イアもこう言ってるんだし大丈夫なんだろう。……肉体的には。

 

「……どれだけ、肉体的には、を強調するの」

 

「あの声を大にして人助けが趣味と宣言出来る響だからな。一切の躊躇いもなく雪音クリスを叩き切ろうとしたり」

 

『なんの迷いもなく翼さんを切り捨てようとしちゃいましたし』

 

「『起きたら後悔で、精神はずたずたのボロボロですね』」

 

「どうして楽しそうなのかしら……」

 

 楽しく何てない。口調だけでも明るくしてないと後悔に呑まれそうなだけなんだ。響の背負った重しのほとんどは俺の責任だ。もう少し多く行動していれば、こんなに響を苦しめることはなかった。

 響のためと一歩引いて見ていたのは間違いだったのだろうか。自分の正体を隠すべきではなかったのかもしれない。全てを話していれば止められていたはずなのに……。

 

「聖。……お前が何を悔やんでいるのかは聞かないけど、それが貴方の信じた道なら貫きなさい。貴方のおかげで奏は今も生きているの。貴方の全てを否定しないで。……ふふ、私は何を言ってるのかしらね。先に戻るわね」

 俺の信じた道……か。

 

     *****

 

 目を覚ますと見たことがない……こともない真っ白な天井があった。

 

「おはよ~ごじゃいます」

 

 この天井、3年くらい前にも見たことあるな~。誰もいないけど取り敢えず言っておいた。……眠い。体を起こしたのは言いけど誰もいないし二度寝しちゃおうかな。

 

「あら。もう起きていたのね。気分はどうかしら?」

 

「だぁいじょぶで~す」

 

 開いた扉から翼さんが入ってきた。歩く度に揺れる蒼く長い髪が可愛い。

 ……えっ? つばささん? ……んへっ!?

 

「つ、つつつつ翼さん!?」

 

「ど、どうかしたの?」

 

 寝惚けと眠気を急いでブッ飛ばす。それと同時に昨日(?)のことがフラッシュバックした。

 

「ごめんなさい!!」

 

 気付けば土下座して、ベッドに頭を叩きつけていた。全力で翼さんやクリスちゃんを切ろうとしてしまったんだ。ううん、もしあの時、踊君達が止めてくれていなかったらたぶん本当に切っていたと思う。それくらいあの時の私はどうかしていた。

 謝ったところで許されるようなことじゃないけど、それでも謝ることだけはちゃんとしたい。

 

「……ふふふ。聖の言った通りね」

 

「踊君の言った通り、ですか?」

 

「怪我は問題ないけれど、精神がボロボロだろうって。私やあの子を切りかけたことを悔いているのでしょうけど、そんなに気にする必要はないわよ」

 

 翼さんが笑ったのを見たのは初めてで、掛けられた言葉はとても優しく嬉しかった。でもだからって気にしない訳にはいかないや……。私がもっと上手く出来ていたら、皆をあんな危険な目に遭わせることなかったんだから。

 自然と手が震えだした。

 ……あれは何だったんだろう。あの剣を持った時、凄い力が湧き上がってきた。でもその後は何が起こったのかさっぱりだ。やってしまったことは覚えているのにあの時何を考えていたのか全くわからない。自分のことなのに自分が恐ろしい。

 

「立花……」

 

「失礼します」

 

「……どうぞ」

 

 突然されたノックに、何も考えず普通に答えてしまった。今の声に凄く聞き覚えがあるような気が……。あ、あれ? コレやばくない?

 

「響? 怪我したって聞いたん……だ……けど…………」

 

「あ…………」

 

「あわあわ!?」

 

 ばっちり翼さんと目が合っていた。未来には話せないからって翼さんと友達(だと思いたい)になったことを話してないから、当然未来は戸惑うわけで……。あ、固まってる。

 

「み、未来さーん」

 

 目の前で手をひらひら動かしてみる。……けど反応なし。何だろ、嫌な予感しかしないんだけど。

 

「お、お邪魔のようね。これで失礼するわ」

 

 つ、翼さん!? ま、行かないで、私を一人にしないで!? 待ってくださ~いっ!? 本当にお願ぁ! ああぁ、行っちゃった……。

 

「うふふふ、ねぇ、響。説明してくれるヨネ?」

 

 ……未来はイッちゃったぁああああ!?

 

     *****

 

「命じたこともできないなんて、貴女はどこまで私を失望させれば気が済むのかしら」

 

 扉を開けた瞬間、冷たく冷え切った目があたしを射貫いた。

 

「フィーネさん! それが漸く帰ってきた子に対して最初に言う言葉ですか!」

 

 初めてだ。サージェが声を荒らげるなんざ。いつもの飄々として好き勝手やるお調子者の影が何処にもねぇ、そこにあったのは瞳の奥に怒りの炎を灯した男だった。

 

「邪魔よ。退きなさい。貴方にはまだやってもらうことがあるの。下がっていなさい」

 

 ……一発の銃声が響いた。

 

「……いい加減にしやがれ。私はクリスの武器であって、テメェの部下になった覚えはねぇぞ」

 

 あたしのすぐ横で、ノイズが炭になっていた。今まで聞いたことがない声を荒げぬ乱れた口調がおぞましいほどのプレッシャーを孕み、部屋全体に重く圧を掛けた。

 息をするだけでも苦しくなるほどの恐怖だった。

 

「……クリス。逃げるのです」

 

「何言って……ヒッ!?」

 

 見ていてイラッとする腹の立つ笑みを浮かべていたはずのピエロの化粧が醜く歪み、サージェの中の怒りを現していた。今のサージェに逆らってはいけない、そうあたしの中で何かが叫んだ気がした。けど、だからってこいつを置いて逃げるなんてマネはできない。

 気色悪い、なんて何かと理由付けて避けてはいたけど、こいつはあたしの祈りを初めて肯定してくれて、ずっと傍にいてくれた奴なんだ。そんな奴を見捨てるなんて!

 

「戦争の火種を消すのでしょう! もう誰かが戦争で涙を流さなくてすむように! 二度と貴女と同じ経験をする者が生まれないように!!」

 

「簡単に逃がすと思ってるの?」

 

「早く行きなさい! そして、生きるのです!!」

 

 サージェが言い切る時には既に、抱えられていたはずのあたしは窓から放り投げられていた。その一瞬で見えたのは数多の召喚されたノイズに囲まれ、手榴弾の栓を引き抜く姿だった。

 

「サージェェエエエ!!」

 

 爆風に煽られたあたしはそのまま海に落ちた。

 


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