戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第二十五話

 連続で鳴り響く金属音。舞い散る幾千の火花。酷く香る硝煙の匂い。そして大気を揺るがす破裂音。激しさを増す戦闘に辺りに残されていた瓦礫の内、タンクがある鉄塔を除いた全てが砂と化していた。

 

「貴女達、本当に人間ですか?!」

 

 サージェが疑問に思うのも仕方がない。サージェの撃った弾丸が翼には尽く切り払われて、響に至っては目で見て躱していた。そして今新たに撃った4発の弾丸までも躱してみせた。

 

「ハイッ!!」

 

「どうなってんだよ?! コイツは!」

 

 隙を突いた背後からの鞭を裏拳で弾き返す。さらに軸足を入れ替え、前に踏み出し前回見せた走りと遜色ない、いやそれ以上の速さで迫った。

 二本の鞭で張られた盾をその拳でこじ開け、響はクリスを殴り飛ばした。

 

「撃ち手が相手を近付けるとはな!」

 

 響の異常な動きに目を取られた一瞬で翼はサージェの懐に潜り込んだ。そして刃を瞬かせ切り飛ばした。だがサージェはやられたままで終わらせない。斬られざまにスーツの裾に隠していた小さな爆弾を大量に散蒔いていく。

 装填を終えていたS&Wの引き金を引いた。まだ振り抜いた勢いのまま動けない翼は、それを甘んじて受けるしかない。

 

「ガァァアアアアッ!!!」

 

 ……はずだった。咆哮が辺りに轟く。次の瞬間、虎のような細く鋭い目をした響が銃弾を握り潰していた。

 

「クソッタレッ! 化け物か?!」

 

 不規則に震う鞭の乱舞に爆弾を切り抜けた翼が割り込み、打ち払う。

 

「日々成長していると言うことですか……ッ!」

 

 こちらでは響が飛び交う銃弾を叩き落としていた。

 

「…………クリス、もう隠してはいられないようです。本気で行きますよ」

 

「五月蝿ぇ! あたしは使わねぇ!!」

 

 サージェが囁いたが、クリスはそれを拒んだ。何を隠しているのか二人が知る由もないが、翼は背筋を冷やす予感に警戒を強めた。さらに翼は別の不安も抱えている。

 

(何かをされる前に、一気に終わらせなければ……! これ以上は立花が危ない……)

 

 翼の中には戦いが始まった時からずっと気になっていたことがあった。昨夜の戦いから響が変わりすぎていることだ。何か対策が練れたわけでも、特訓したわけでもないのにも関わらず、二人を圧倒する今の響は翼の目から見ても異常だった。

 刀を構え直し、仇なす全て斬ると強いイメージを組み立てる。長時間の集中が必要で隙は出来るが、響の翻弄でついに銃弾1発通らなかった。

 

「これで決めさせてもらう!」

 

 極限まで高められた力の波がハバキリを青白く輝かせ、変形させた。

 

「蒼ノ一閃!」

――蒼ノ一閃――

 

 振り下ろされた刃から注ぎ込んだ力が離れ斬撃になる。狙いは当然、雪音クリス。これ以上厄介なことをされるのを止める目的もあったが、それよりもネフシュタンの鎧を取り返すためでもあった。

 轟音と共に舞い上がる砂埃が辺りを覆う。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をする翼はまだ気を抜かない。まだサージェもいる中で刀を下ろす程愚かではない。だが、クリスに対する警戒は怠っていた。

 

「-- Killter ichaival tron --」

 

 砂塵の中から聞こえたのは、

 

(歌? ……!? そんな歌だと!)

 

「歌わせたな……あたしに歌を歌わせたなッ!」

 

 紅を基調にしたスキンスーツを着ていた。腕には独特な形をした赤いラインの入った黒の篭手を付けている。

 

「教えてやる。あたしは歌が大っ嫌いだッ!」

――QUEEN's INFERND――

 

 クリスが腕を振るのに合わせ両手の篭手が変形を始めた。機械音と共に部分ごとに伸び縮みを繰り返し、出来上がったのは二丁のクロスボウ。弓も番えぬまま徐にそれぞれの先端を向けたかと思うと、突如5本の桃色に光る矢が現れた。

 引き金が引かれる。

 

「グゥウウ!?」

 

 矢に見えるだけでその実体は当然ただのエネルギーの塊だ。聖遺物のエネルギーが途切れない限り何本でも精製できてしまう。何とか翼は驚異の剣捌きで当たらないように弾いていたが、響はそう簡単にはいかない。如何せん素手なのだ。

 一本の矢を弾くだけでも手に痛みが走り、気にならない程度ではあるが僅かな遅れが出てしまう。今はそれが幾十、例え小さな遅れでも積み重なってしまえば致命的になる。

 響は対応しきれず、腕を交差させて耐えることを選んだ。

 

「立花ッ!!」

 

 剣で捌くのを止めずに、響の様子を伺うことができたのは感嘆に値する。だが敵と同じ過ちを繰り返してしまったことに気付かないのは頂けない。

 

「撃ち手に距離を取らせてしまうとはね!」

 

 前方から矢と矢の間から放たれた銃弾が飛び出した。当たると確信したクリスは唇の隙間から歯を見せニヤリと笑う。しかし、それはすんでのところで止まった。

 

「甘い!」

 

 なんと飛び交う矢と一緒にまとめて斬り払ってしまった。

 

「貴方もです。言ったはずですよ。本気でやると」

 

「カッ!?」

 

 サージェの声は前から聞こえる。なのに翼は後ろから飛来した数発の弾丸に肩や背の肉を削られた。

 理解が出来なかったが足下の体に当たった数よりも遙かに多い銃弾を見て何をしたのかを悟った。

 

「跳弾か……!」

 

「ご明察です」

 

 サージェにとって、クリスの光を放つ無限の矢とそれを打ち払う時の破裂音は非常に有利に働いた。他よりも遙かに強い光の矢が銃弾がぶつかり合う時の光を塗りつぶし、破裂音が金属の打ち合う音を飲み込んでくれた。

 

「これほどの技術を隠していたとは……」

 

「別に隠していたわけではありませんよ。今くらいでしか余り有効ではありませんからね。クリス、早く終わらせましょう。……私はこれ以上戦うのは些か厳しそうです」

 

「わかってるよ」

 

 聖遺物かそうでないかの差が出始めていた。戦闘を始めてから既に1時間、歌い続ける立花や翼にも疲れの色は見えているが、それ以上に問題を抱えているのがサージェだった。

 もう手持ちの弾が全くと言って良い程残っていないのだ。完全フル装備で来ていたが、開幕から一時も途切れさせることなく打ち続けたことで予備の弾も、もしもの時用の換えの銃も全て打ち尽くした。

 残っているのは手慣れた二丁に残るたった6発だけ。

 

「ブチ抜くッ!!」

――BILLION MAIDEN――

 

 両手のクロスボウがさらに変化し白くなる。そして出来上がったのは2門3連のガトリング砲が二つ。クリスがトリガーを押すのと同時に各門ごとに高速回転を始め12の砲身から一斉に実弾が発射された。

 先のクロスボウよりも高密度かつ高速な弾速。さらに翼と響が近付くように展開される。今の響達ならば躱せないこともないが、そこで効いてくるのがサージェに残された6発だ。

 

「1つ! 2つ!!」

 

 精密に計算された弾はぶつかることで自身だけでなく周りの軌道を変化させる。刃が当たる直前で曲がられては流石の翼でも対応は不可能だ。誘導されるままに動いてしまった。

 

「立花、無事か?」

 

「……何、とか」

 

 響の限界が近い。焦燥が翼を襲う。

 

(私が弱いせいで……。もう翼さんを苦しめないように強くなるって、誓ったはずなのに! 私にもっと力があれば、翼さんに迷惑を掛けずにすんだのに!)

 

 響の渇望に答えるように背後で黄金の輝きが目を焦がす。出所は持ってきたアタッシュケースからだった。ケースは自然に震えカタカタと音を鳴らす。

 

「今度は何だ!」

 

 苛立ちを募らせた翼の怒鳴りにも気付かず、響は光に目を奪われた。振動に耐えきれず壊れたケースから現れたのは起動したデュランダル。

 

「おいおい、マジか。何で起動してんだよ……」

 

 驚いたのは当事者だけではない。それを映像で見ていた二課の構成員も驚きを隠せないでいた。

 誰も動かない中で、たった一人響だけが動いた。

 

「お願い……。私に……私に、力を貸して!」

 

 威風堂々と天を刺す剣の柄を握りしめた。響の中に沸き上がる力が始める。だが次の瞬間、響の内にあったナニカが暴発した。

 一瞬のことだった。今まで器用に混ぜてきた理性と本能の交響が、全く別のドス黒いナニカに塗り潰されてしまった。

 

「たち……ばな……?」

 

 そこにいたのはあらゆる全ての色の絵の具を混ぜたような得体の知れない不吉な黒い獣。黒でないのは、赤しかない目と真っ白の鋭利な牙。

 

「ガァァアァアアアアアッ!!」

 

 黄金に輝く剣と漆黒の主、対照的な二つが示す結末は……。

 

「全力で跳びなさい!」

 

 ……消滅。響はただ剣を横に振っただけだ。たったそれだけで辺りに積もっていた砂や、離れている森の一角が跡形もなく消え去った。

 予想外な破壊力に目を疑わずにいられない。

 

「ラァァアアァアッ!!」

 

 咆哮と共に響はデュランダルを掲げた。漆黒の獣から金色の光が天まで突き刺す。

 

「……ッ!? これは不味い!?」

 

 響が狙ったのはクリスだった。一斉の躊躇も見せず問答無用で振り下ろした。

 

「ネフシュタンではないというのに! クリスを守りますよ!」

 

 誰かに向かってサージェは叫び、何処からともなく先端に何かを付けた棒状のものを取り出す。その時、返事が空から返ってきた。

 

「分かってる! 響を止めるぞ!!」

 

「蒼き防人よ! 一時、下がれ!」

 

 降ってきたのは二人。縛られているはずの踊と死神ことディバンスだ。二人も同じようなものを手にしていた。

 

「せーの!!」

 

 誰かのかけ声に合わせるように同時に三人がそれを光にぶつけた。誰もがそんなもので止められるはずがない、折れると思っていた。けれど、それは耐える。激しく火花が飛び散っても、どれ一つ在り続けることを止めなかった。

 空中で受けた二人は勢いに負け地面に叩き付けられるも両足で地面を踏み抜き、後ろのクリスをサージェと共に庇う。

 

「……クリス、下がるのです。そう長くは……我々も、持ちません」

 

 狂い咆え叫ぶ響から力が緩まる気配が一切しない。三人がかりで止めに入っているのにも関わらず押されていた。

 

「援護する!」

 

 その時、光の側面にサイズは劣るが巨大で青白い光を放つ大剣が新たに叩き付けられた。垂直に下ろされていた軌道がほんの僅かに歪んだ。それが唯一の好機。

 

「デェェェエエエエエエィッ!!」

 

「ハァァァアアアアアッ!!」

 

 気合の怒号がデュランダルを左に追いやった。それと同時に鎌を放り捨て踊が駆け出す。転けそうな体勢になりながらも響はデュランダルを振るのを止めない。

 ……踊の意識が急速な加速を始めた。世界が遅くなる中で記憶に甦ったのは何時も響が戦う時に大切にしている言葉。

 

「届け! 全身全霊、この想いよ!」

 

 先に届いたのは…………

 

 

「心配掛けて、ごめん。…………ありがとう。届いたよ」

 

 機械に宿る魂の拳だった。


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