戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
突如襲った目映い光と突風に嫌な感じがして、了子さんを二課の人にお願いしてすぐに現場に戻った。けれどそこにはクリスちゃんやサージェは疎か踊君までいなかった。
瓦礫に埋もれたりしていると思って探し回ったけれどその陰さえ掴めなかった。
『…………響君。戻れ』
「ししょう……」
師匠に促され本部に戻る。
「立花……」
まだ病院服を着たままの翼さんが部屋で待っていた。傍らに金属の棒があり一滴一滴ゆっくりと落ちる点滴が吊り下げられ、翼さんはそれにもたれかかっている。
「まだ寝て無くて、いいんですか?」
「私より今の貴女の方が酷い顔よ」
何も映っていない真っ黒なモニターに映る私の顔は青白く染まり、何処かやつれているように見えた。
『ハ~イ。皆さん元気にデスカァ?』
突然モニターに映像が映し出された。耳障りな人を嘲笑うような声と真っ白の背景、そしてギョロリと動く真っ赤な丸い何か。
『ウフフフ。どうも、サージェデース』
「そんな!? いつの間に、どうやって!? し、システムが乗っ取られました!」
「何ッ!?」
映った丸いものが離れると、サージェの全身が映った。こっちの慌てる様子を知っているのかウフフフと笑い続け、まるで見えているかのように私に向け怖気の走る笑みを向けた。
そして言う。
『こちらを見てくだサーイ!』
サージェを映していた撮影機が右にスライドを始めた。その先にいたのは、頑丈な鎖に吊され、柱に縛り付けられた踊君だった。踊君は意識を失っているようで動かない。巻き付けられた鎖に体を預けていた。
『先ほどの爆発には驚きましたが、彼は間抜けですね。自爆同然でやって気絶、仕舞いにこうして捕まって。オホホホ』
「…………ッ!!」
口の奥でギリリと歯が軋む音がした。
「何が目的だ」
『分かっているでしょう? 明日の夜、デュランダルを持って来てください。そこで交換しようではありませんカ』
どんどん話が進んでいく。暴れ出そうとする心を落ち着けるので精一杯だ。許さない。許さない。許さナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナ………………。
『それではまた明日会いまショウ』
…………ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ。
「立花……」
「ユルサナイユルサナイユルサナイ……」
「ッ!!」
乾いた破裂音が鳴り響いた。左頬が何だか熱い。
「落ち着きなさい! 立花響!!」
そっと手を添える。叩かれたんだ。
「何時もの元気はどうした! こんな処で落ち込んでいる場合じゃないはずよ。落ち込む暇があるなら今、貴女が出来ることをしなさい!」
「今、私に出来ること……?」
「それはね、一秒でも多く体を休めることよ」
体を休める……。
「最初の一対二の戦いで体に深刻なダメージを受けているわ。出来ることなら二、三日は療養してもらいたい処だけど、止まる気は無いんでしょ? だったらすぐにでもぐっすり寝て、明日はとことん友達とわいわい騒ぎなさい。ここ最近、お友達とも遊べてないようだし少しくらい羽目を外した方が良いわ」
そう言えば、友達付き合いが悪くなってしまっている。立て続けに出現するノイズと戦って、休む暇なんてほとんど無かった。
「明日は私も出る」
「そんな! 大丈夫なんですか?」
「怪我の方はもうほとんど問題ない。戦闘の勘も戻っている。それにあの二人相手に立花一人では勝てないだろう」
わかっていた。私一人じゃまだまだダメだ。踊君がいなければクリスちゃんにもサージェにも勝てやしない。
「無理はするなよ」
「はい!」
*****
所変わって、ここは何時もの学舎です。昨日も一昨日だって来ているはずなのに懐かしく感じてしまった。まるで異世界にでも迷い込んだみたい。
「どうしたの? 響が落ち込むなんて、らしくない」
「私にだって落ち込む日くらい、ある……よ」
私がもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだ。
「踊さんはまだ来てないんだね」
「ごめん。私が弱いせいで……」
「え?」
「う、ううん。なんでもない」
あ、危ない。未来を巻き込む訳には……。
「はい、皆さん。席についてください」
先生が入ってきた。その横に何時もの人はいない。
「立花さん。聖先生は今どちらに?」
「え、えっとそれは……そのう……」
当然聞かれた。でも答えられるはずが……。
「その質問、この私が答えましょう!」
無駄に明るい声が窓の外から聞こえてきた。全員の注目が一カ所に集まる。そこにいたのはやっぱりあのピエロ。
「サージェ!?」
「やあやあ、昨日ぶりですね。元気にしてますか」
「何でここにいるの?!」
こんなところで戦うつもりなの。警戒レベルを最大にまで引き上げる。学校の皆には、絶対指一本触れさせない。
「今日は、聖踊の代理で来ましたサージェです。彼は今日非常に大事な用事が入りまして、申し訳ありませんとのことです」
満面の笑みを浮かべてそう言った。皆、呆気に取られる。勿論、私も思考が追いつくわけなくて……、追いついた時には絶叫していた。
く、悔しいけどメッチャ教えるのが上手かった。踊君とは教え方が少し違うけど同じくらいわかりやすい。時間が空くとピエロらしくお手玉(なんと8個まとめて)していたり、玉乗りしたりマジックを見せたりと、見ている人を驚かし笑わせていた。
一番驚いたのは、そこに箱の代わりがあったからというだけの理由で脱出マジックをして、成功させたことだ。何の仕掛けもされていない元々あった掃除用具入れだったのでそれはもう仰天した。ほぼ全方向から見ていて、後ろは壁があったがその向こうもまた教室なので当然人がいた。それでも見たものは一人もいない。下かとも思ったがロッカーの下もただ普通の床が広がっているだけだ。
誰も見破れなかった……て、そんな話はどうでもいいんだ。
「響、あのサージェっていうピエロさんのと何かあったの? 何だか怖い顔してるよ」
「え、あ、ううん。何でもないよ」
未来に嘘は吐きたくないのにな……。なんでこうなっちゃうんだろう。
「まだ、言えないんだね……」
「ごめん……未来。何時か必ず話せる日が来ると思うから」
「わかってる。それまで待ってる。だから、負けないで」
言いたくても言えない。正しくジレンマという奴だ。いっそのこと聞いてくれたほうが……、はぁ……ダメだな、私。未来は私が話すのを待っていてくれてるんだよね。
……もうこれ以上、未来にあんな辛い顔をさせたくない。
だから……、
「明日、必ず話すよ」
私は心に誓いを立てた。教室を出る前にサージェの横を通り過ぎる。
「それでは今夜、約束の場所で」
「分かってる。必ず踊君を返してもらう」
何があっても必ずだ。
*****
「来たようだなぁ! お、アンタも来たのか」
「待たせたわね」
昨日と同じ場所。崩れた廃墟、傾いた無数の柱、吹き荒れる風で舞う土煙。昨日の傷跡がそのまま残されている。
「デュランダルは持ってきて頂けましたか?」
「ここにあるわ」
アタッシュケースを開き、その中に入った黄金の剣を見せつけた。
「聖は何処だ!」
「ハッ。アイツならあそこだよ」
目が指したのは空、ではなく上空にあるタンク。そこに括り付けられた人影は眠っていた。
「さて、それを渡して頂きましょうか」
「それは出来ない相談だ。これを渡したとして無事に聖を話す保証はない」
向かい合う4人の男女。
その者達の名は、
「仕方ありませんね。では本気で行きますよ」
サージェ、
「我が剣に懸けて、貴方達を倒す」
風鳴翼、
「ハッ、イッツ・ショウタイム!」
雪音クリス、
「……守って見せます! 皆を必ず!!」
そして、立花響。
今宵、ついに降ろされた戦場の幕が再び切り落とされた。
二人の影が見守る中で……。