戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
「アントラデイカンフジェスニル!!」
「ワゼカヘッセタム!」
開幕一番、サージェと踊が意味不明な言葉を叫び互いの獲物を向け合い、撃鉄を、拳を振った。銃弾は叩き落とされ、殴る腕には幾筋の断裂の飛沫が吹き散る。だがそれでも彼らは進むのを止めない。
それは奇しくも敵同士に在りながら後ろに庇うべきものがいたから。
「響ッ!!」
「クリスさんッ!!」
「「任せて(ろ)!」」
踊を盾に近付いた響は横に飛び出すとクリスに向けて一直線に駆け抜けた。右手のガントレットを触れば、あっさり動いた。
「またそいつか!」
咄嗟の判断で後ろに身聞くと彼女の髪を撫でるように蹴りが掠った。鉄拳が来ると踏んでいた彼女にとって、響の出したサマーソルトは予想外。バク転の勢いを背に飛びかかった。だがクリスもそう簡単にやられはしない。
「キャッ!?」
自在に操ることのできる鞭が響の足に絡みついていた。足を取られた響は為す術なく地面に……、
「させるか!!」
「ガハッ!」
叩きつける前に踊の跳び蹴りがクリスの背を襲った。
「馬鹿、サージェ!! ちゃんと止めて!?」
後ろを振り向くと、無傷のサージェが呆然と踊を視ていた。クリスもそれに気づき踊を視ると固まった。
そう、踊は響を守るためにサージェに背を向けたのだ。態々それを見逃す程優しくない変人サージェは何度も引き金を引いていた。その証拠に踊の脇腹には6㎝程の大きな穴が空き血に似た赤黒い液体が溢れ出ている。
それでもまだ……立っていた。
「踊君?!」
拘束から解放された響は空中で体勢を立て直して着地した。
「気にするな! 俺は機械だと言っただろ!! 痛みなんぞない」
「そんな訳! ……わわっ!?」
何か言おうとしたが豪雨の如く降り注ぐ銃弾の嵐に中断された。さらにその隙間を縫うように2本の鞭が振り落とされる。
「流石に不利か……!」
響の前で堅く拳を閉じ腕で頭を庇う踊が小さく呟いた。
「私は大丈夫だから離れて! シンフォギアも纏ってるから平気だから」
「カッ! 嘘言うなよ。例えそれがあろうと痛いもんは痛いだろうが!」
「…………ッ!」
その通りだ。いくらシンフォギアといえど、ダメージが完全になくなるわけじゃない。響は何も言い返せなかった。でも引っかからないことがなかったわけでもない。
「なら、よ「止まない雨はねぇってな……3、2、…………今! 突っ込め!!」……は、はい!!」
踊のカウントに合わせるように豪雨は止んだ。サージェが弾切れを起こしたのだ。ほぼ反射的に踏み出されたその足は、かつて神の傍らで常に勝利をもたらした彼の槍の名を体現するように、刹那の時で10m以上合った間合いを貫いた。そして引き絞られた拳は敵を射貫く。
――正拳突き
武術における初歩の初歩。見様見真似でも何となくなら出来てしまうほどに単純な技で、けれど初心者でも十分な威力の一撃を叩き出せる始まりの基礎が詰まったものである。
果たしてそれが、人類の中で遙か上に立つ人物を師に持ち鍛えられた人物で、且つ新幹線の最高時速を大幅に超えた速度で繰り出されたとしたら……どうなるか。
「カハッ……!?」
「サージェ!」
答えは簡単だ。さほど大きくない少女の拳から飛び出たそれはサージェの腹に突き刺さるだけに留まらず、余りに余った衝撃がサージェの体を上空に持ち上げ幾つもの建物を塵に返してしまった。
「よそ見してる暇はないぞ」
一歩遅らせた踊がクリスの眼前に迫っていた。既にここは踊の距離だ。鞭に入り込む隙間はない。膝を曲げ体勢を落としながら体を捻る。そこから繰り出すのは遠心力を追加した上回し蹴りは腹に決まった。
「グフッ!?」
「ハァー……ハァー……」
少しは返せただろうか――踊の頭にはそんな言葉が浮かんだ。今のでもまだ被害率は踊>>>サージェ≧響>クリスと言ったところで踊達の不利に変わりはない。脇腹から零れ落ちる赤黒い液体が常に状況を悪化させていた。
そしてそのことに響が気付かない筈がなかった。
「やっぱり……、踊君だって痛いんじゃない!」
「ああ? 俺は機械だって言ってるだろ。痛みなんてない」
「だったら私の顔をしっかり見てよ! 出来ないでしょ!!」
踊は目を向けられなかった。獰猛な笑みを浮かべ猛々しく敵を睨み付けている、ように見えるその顔は、響が感じた違和感の通り、偽りのものだった。その瞳は定まらず揺れ続けていた。その笑みは頬が引きつり固まっていただけで、その堅く固まった拳は痙攣していただけの単なる偶然でしかなかった。
踊の体は疾うの昔に限界を超えていたのだ。機械だから痛みがない? そんな訳がない。人の定を止めたとは言え意識があり極限まで人に近づけられた存在だ。当然、人と同じように体に危機が迫れば危険信号が伝えられる。唯の情報として処理されるはずのそれは、人の魂を持つが故に痛みとして認識されてしまっていた。
常人を凌駕するその罪深きタフさが、子を守るがために走り続けたその鋼よりも剛情な意志が、肉体から離れようとする意識を縛り付け、立ち続けさせた。
「お願いだから下がってよ! もういいから!! 後は私がやるから!!!」
響の泣き叫ぶ声を聞いても彼は倒れない。むしろ、
「ハハハ……」
笑った。
「だい、じょーぶ。……俺は、まだ……戦える」
そして、掠れた声で言い切った。
「お前は、了子を連れて……先に行け!」
「そんなこと……!」
揺れる体で拳を突き出す。
「かっこいいねぇ。けどさ、満身創痍なアンタ一人で、アタシ等二人を止められるとでも思ってんのか?」
多少のダメージを受けたクリス達は高台に立ち各々の得物を突きつけていた。
「…………止めてみせるさ。………………信じてるぞ」
意識を体の奥底に沈めていく。
「はぁああああ……!」
そして、体内を駆け巡る液化した高圧縮エネルギーを震わせる。脇腹から吹き出すこともお構いなしに流れを激化させた。
体中から迸る金色の光は何を示すのか、それは誰にも分からなかった。だがそんなもの、今の踊にはどうでも良いことだ。体の奥底から捻り出した力を従える。
「だぁあああっらっぁあああああ!!」
「うわぁあ!?」
気付いた時には既に高台から半分以上の質量が消え去っていた。慌てて二人が飛び上がると、遅れて残っていた部分が砕けた。でも、それで終わりじゃない。
「奴は何処に?!」
「クリス! 後ろ!」
飛び散る破片を足場に、踊は背後を取っていた。
「でやあああああ!!」
「ぐぅぅううう!?」
足で閃を描く。何の技でもない唯の蹴りが大気を切り裂き真空の刃を生み出した。けれど鎧には罅を入れることすら叶わない。追撃させまいと鳴らされた撃鉄が踊の耳に聞こえる前に、放たれた銃弾は拉げ地面にめり込んでいた。
「行けぇぇえぇぇぇぇぇええええええええええええっ!!!」
心配そうに見詰める視線を背に感じながら叫んだ。視線は消え、遠ざかっていく足音。
「クッ、させねぇ」
鎧から伸びる鞭をしならせ響の後を追わせたが、半分も伸びぬ内に掴み取られた。半死半生どころか九死一生の微かな灯火で、二人を相手に互角以上の戦いを演じる様に、二人は知らぬうちに戦慄していた。
何処かで見た戦闘民族のように留まることを知らない闘気は膨れあがる。
…………………自身の体の限界すらも知らず。
「カハッ……」
徐に血を噴いた。それも当然なことだ。彼の戦闘民族は最初から戦うことを目的にしているから出来ることであって、踊の体は他者の補助が前提条件なのだ。
この力はいったい何処から捻り出したのか?
……答えは一つしかない。
この体になる時、神と何と制約を交わした?
……“踊には”極一部の力しか使えない。
それはつまり、踊以外の者達なら使える力が隠されていると言うことだ。1億を越える時の中で既に見付けていたのだ、封じられているその在処を。そして彼はついにこじ開けた。
……暴走という方法で。
踊にはこの箍の外れた力は使えない。だから、彼は使わない。ただ漏れない様に押さえ込み、押し潰すだけだ。
そして、金色の瞳が二人の姿を視界に入れる。
「何をしようというのですか!!」
「何だよ!? このえげつねぇ感じは!?」
「さぁ。これが俺の最後の足掻きだ」
膨らみ続けた力は臨界に触れようとしてた。これが今出来る最大の奥義。最強の威力を誇る創世の輝き。
「始まりの時を…………」
「ま、まさか! クリス、全力でシールドを張りなさい!」
幾十にも重ね掛けされた盾の前でサージェは色取り取な服の中にしまっていたありとあらゆる重火器類を、踊に向けてぶっ放しては地面に突き刺し即興の防壁をくみ上げていった。そして盾の裏側に潜り込む直前、最後に一番初めに撃ったミサイルに向け愛用のS&W M500の引き金を引いた。
「再び刻め、ビッグバン!!」
「うぐ!?」
踊の内側から解放されたエネルギーの奔流と連鎖式に起こる衝撃が激突した。焼け石に水だったがそれでもないよりはマシだ。さらに防壁がほんの僅かに威力を削った。
残りはネフシュタン製の盾とそれを支えるクリス、サージェのみ。
この輝きは、何を生むというのだろうか。
「踊……君……?」
研究者と聖遺物を抱えて走るガングニールの適合者にもその輝きと押し出された風は届いていた。
時系列が結構滅茶苦茶に……。
まあ、オリさんが裏で暗躍しまくるせいなんですがね。