戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第十四話

 日は沈み、月が顔を出そうとしていた。

 傷付き赤き血を流しながらを、風鳴翼は立ち上がった。

 

「繰り返してなるものか……!」

 

 固く覚悟を決めた様子で口を開いた彼女の背は、正しく防人と呼ぶに相応しい逞しく鋼の意志を灯した戦人の背であった。

 

「この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに、あの日無様に生き残ってしまった……」

 

 でも……それは自身を省みぬ諸刃の覚悟。

 

「出来損ないの剣として恥を晒してきた。……だが、それも今日までのこと……奪われたネフシュタンを取り戻すことでこの身の汚名、そそがせてもらう!!」

 

「ハッ、出来るもんなら……なッ!?」

 

 少女は、翼の叫びを無視しさらに追撃を加えようとしたが、何かに縫い付けられたように体が動かなかった。後ろを振り返るも誰もいない。

 

 ― 影縫い ―

 

 翼の呟きを聞き慌てて自身の足元を見ると、そこには一振りの小刀が抜けないように深々と影に突き刺さっていた。その名の通り少女の影はその場に縫い付けられ、彼女自身の動きすら止めてしまったのだ。

 

「月が顔を出す前に、決着を付けましょう」

 

「歌うのか……絶唱を!」

 

 何をするつもりなのかに気付き、その大きな覚悟に少女戦慄し、頬から一粒の汗が流れ落ちた。その様子を見て満足げに翼は微笑む。そして、

 

「防人の生き様、貴方に見せてあげる」

 

 翼は響に向かってそう言った。何をする気なのと、問おうと響は口を開こうとしたが、既に翼は次の言葉を言い放っていた。

 

「貴女の胸に、焼き付けなさいッ!!!」

 

 翼は刀を持つ腕を天に向け翳す。響はその姿に見覚えがあった。そう……3年前のライブ事件の時、薄っすら残った記憶の中で天羽奏は同じように自身の武器を天に掲げ歌っていた。

 

「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」

 

「え? ……この歌って…………」

 

 あの日の奏と同じ姿。そして、あの日奏が歌った歌。

 

「--Emustolronzen fine el barusl zizzl--」

 

「止めてください! それって奏さんと同じ!?」

 

 響の静止も聞かず、翼は歌い続けた。体は紫色淡く光り、剣からはほとんど明りの無かった地上すら染めるほどの強い光が放たれる。そして少しずつ少女のもとに近づいていく。

 

「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」

 

「翼!! 命を無駄にするんじゃねぇ!!」

 

 その時、森の奥で戦っていたはずの踊が戻ってきた。だがその姿は悲惨なものだった。既に右肘から先を失っていた踊はさらに左腕を肩から失い、右足も深々と切り裂かれている。立っていることすらやっとの重傷だ。

 

「--Emustolronzen zen fine zizzl--」

 

 最後の一節を翼は歌ってしまった。口から血を流し、動けない少女の額に触れるかどうかというほどの距離まで迫る。そして笑みを深めた。

 

 漸く月が姿を見せた時、月すら上回る光量を持った一筋の蒼い柱が天に伸びていった。

 

「グァァアアアッ!!?」

 

「クリス!!」

 

 悲鳴が響いた。完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』を持ってしても、絶唱の威力は計り知れないようで鎧が砕ける音が聞こえる。永遠にすら思える一瞬が経ち、光は薄れていく。離れたところでサージェがクリスと呼んだ少女を抱えていた。鎧は砕け、身に着けていたスキンスーツの脇腹の片方が破れているのが見える。

 

「凄い……」

 

 響は初めてはっきり見た絶唱の威力に呆然と翼を見ていた。翼は絶唱を使ってもまだ立ち、響にその背を見せている。けれど翼の顔を見た響は反射的に後退ってしまった。流れ落ちる滝のように血涙を流しながら、笑みを浮かばせるその姿に恐怖したのだろう。

 

「私とて人類守護の務めを果たす防人、こんなところで折れる剣じゃ……」

 

「翼!!」

 

 翼が崩れ落ちるように地面に倒れた。それをすかさず残った右腕の一部で踊が受け止め寝かせる。するとすぐ傍で待機していたのだろう二課の医療班が駆けつけ、翼を運んで行った。

 

「何してるの!? 踊君も早く病院に行かないと!」

 

「俺は行かない。行っても意味がない」

 

 響は踊にも救護班を呼んで連れて行って貰おうとしたけれど、踊は優しく微笑むとそれを断った。

 その時、弦十郎が厳しい顔をしながら近付いてきた。

 

「…………」

 

「はっきり言ってください。私は答える覚悟が出来てますから」

 

 久々に踊は自身のことを私と言った。もう既に癖となっていた一人称を戻すことで、自身の覚悟を示した。その言葉の意味と覚悟を感じ取った弦十郎は重くなった口を開いた。

 

「君は、何なんだ?」

 

「今まで黙っていてすみませんでした。何時か言わなければと思っていたのですがずっと言えず、こうなるならもっと早く話しておくべきでした」

 

「はぃ?」

 

 そんなに頭が良くない響はぼんやりした話についていけず、奇声を発した。

 

「響君、可笑しいと思わないか? ノイズが人に触れると炭になる。それに人はこんなに血を流せば死ぬ」

 

「あ……!」

 

 今もまだ流れる血を見て弦十郎は言った。最初に腕を無くしてから、今まで止血する間もなくサージェと激しい戦い、さらにディバンスを巻き込んだ三つ巴の中、もう一方の腕を失い、足にも重症を負っている。少なくとも致死量の3Lは失っているはずなのに、それでもまだ会話し立っていた。それは異常なことだ。

 

「もう一度聞かせてもらう。踊君、君は何だ?」

 

「呵々。私は人ではありません。私はアンドロイド、いわゆる機械体です」

 

 二人とも唖然としていた。通信で聞いていた他の局員も動きを止め踊の言葉に耳を傾けた。

 

「アンドロイド!?」

 

「ヒューマノイドの方が正しいのかな? この体はどんな傷を負おうと潰えぬ限り死ぬことはないんです。それにノイズは人にしか影響がないので、私には通用しなかったんですよ」

 

「機械か。確かにそれならばさっきのことは理解出来る。だが、君は響君と共に成長してきた。それはどういう仕組みだ?」

 

 三年間、踊は普通に成長していた。機械にそんな高度なことはできないはずだ、と弦十郎は考えたのだ。

 

「可笑しなことではないでしょう? 私よりもより大きな変化をするものがあるじゃないですか」

 

「聖遺物……か。しかしあれは過去の遺物だ。今の技術に……まさか君は!」

 

「呵々呵々、はい。私は聖遺物と同じ時代、バベル最盛期に造られました」

 

「……信じられんが、事実なのだろうな」

 

「ね、ねぇ。機械なら何で踊君は三年前入院してたの?」

 

 今度は響からの質問だ。踊は三年前の怪我をゆっくり直していた。そのことが不思議見たいだ。

 

「それを説明するには私が生まれた時代を説明する必要があるから、長くなるよ。響は小日向と約束してるんだろ? 本部でしかできない話もあるし、明日にしたらいい」

 

「でも……早く話して置けばって……!」

 

「大丈夫。明日は大丈夫だから、行きな」

 

 踊はそう確信していた。

 

「……。わかった。じゃあ行くよ?」

 

「ああ、行って来い。風鳴のダンナ、お願いします」

 

「君はどうするんだ? そんな怪我だ。置いていくわけにはいかんぞ」

 

「私は平気です。しばらく夜風に当たりたいので」

 

 踊にそう言われ、弦十郎はしぶしぶ響を車に乗せ、家まで走らせた。漸く顔を見せた真円の月は空を優しく照らしていた。踊はしばらく月を見て不意に言った。

 

「そこにいんだろ? 木の後ろにいないで、出てきてはどうだ?」

 

「…………」

 

 そいつは姿を見せた。

 

「……呵々。どう言われても……私は貫くことしか出来ないんだ」

 

 踊の呟きを聞いたそいつは闇に溶けて行った。


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