戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
「シャドウ? これはまた可笑しな名を付けられたものだ」
今日はもう上がるつもりのなかった舞台に、残念ながら俺は降り立っていた。
まったく、やれやれである。やっとお茶ができると準備していたのに……、全てが御破算になってしまった。
むしゃくしゃしてつい下りる際に眼下で綺麗に整列していた長蛇のノイズを一掃してしまったが、こんなところにのこのこ来るから悪いのであって、俺は悪くない。
「貴女の存在は政府によって抹消されていたのでね。便宜的にそう呼ばせてもらっているわ。ルナアタック……月の破片落下を阻止した真の立役者さん」
「む? そうだったのか。なら仕方がないのか」
「真面に教えてはくれないでしょうけど、一往聞いておくわ、貴女の名は?」
「私は聖、聖踊だ」
「やはり応えては……、て、え? そ、そんなに簡単に明かして良かったのかしら?」
「一々隠すようなことでも…………あー、そう言えば政府の者たちが何か言ってたか? まぁ、私には関係のない話だ。私としたら変な呼び方を増やされるほうが困るのだよ。逃げも隠れもする気はないのだから、本名で呼んでくれたほうがわかりやすい」
なにか遠くの方で踊君!? といつものツッコミが聞こえてきたような気がしないでもないが気のせいだ。
「そ、そう……」
「て、私のことなどどうでもいいんだ。そんなことよりももっと重要なことがある」
それは入れ立ての紅茶が飲めなかったとか、休憩時間が台無しになってしまったとか、お客さんのテンションが下がったとか、紅茶が冷めるとか色々ひっくるめてもまだ足下に及ばないほど大切なことだ。
「じ、重要なこと?」
ふふふ……、ああ重要なことだ。本当の本当に大事なことなのじゃ。
「……なぜ、何故このタイミングで事を起こしたのかということじゃっ!? 今日この日のために何十日も練り続け、最初から最後まで皆を驚かせる仕掛けを用意しておったのに! なんで寄りにもよって初っぱなで止めおるかのぅ!? ライブが終わってからだって問題なかったじゃろうに!!」
響たちが楽しみしていたライブだからと、張り切って細部の細部にまで拘り準備を施していたのに……、全て無駄になってしまった……。
「…………………………うぅっ」
「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」
「なによ! その目は!? くっ! わ、悪かったわね」
「いや、いいのじゃ…………」
沈んでしまった思考を切り替える。少々目の焦点が遠くピントが合っていないが直に納まるだろう。
折り曲げていた膝をゆっくり伸ばしてマリア嬢に視線を向ける。
「何でこんなことをしたのか、じっくり話を聞かせてもらって納得できれば許すから」
そして肩に乗せて差していた傘を閉じた。
急募、踊君の怒りを静める方法!
「何でこんなことをしたのか、じっくり話を聞かせてもらって納得できれば許すから」
「ひぅっ!?」
踊君の目がいつか見た少し頭冷やそうかな目なんですが!? あと何か口調がのじゃ娘になってるのはなにゆえ!?
いつかの死神さんへのお怒りよりは十分マシなんだろうけど、無表情でゆらゆらと一歩一歩踏み締めながら歩くもんだからプレッシャーが洒落にならない。
……マリアさんから変な声が聞こえたのは
「くっ、できるものならね!」
やっぱり気のせいだよね。あんな人前に出て堂々と言ってのけるような人がひぅっ! なんて可愛らしい悲鳴をあげるわけがないよね。観客の誰かが上げたに違いありません。
マリアさんがマイクで突きを放った。……て、この言い方だと滑稽な光景ができあがる。改めて、マリアさんがマイク付きレイピア(逆だけど)で突きを放った。
「甘い!」
なんとそれを踊君は閉じた傘ではたき落とす。そして返す刀で手首を捻ると、より洗練された鋭い突きを見舞った。
けど惜しいところでマント……私と奏さんには付いていなかったそれを体に巻き付けるように大きく広げることで弾いた。私だったらマントの異常な堅牢さに驚いて足が止まってたかもしれないけど、生憎なことに相対してるのは
だから驚いたりしない。
「くっ!」
即座に間合いを開け、死角の攻撃から事前に身を引く。そして地を踏んで攻めに転じた。お互い切断系じゃないからぶつかっては鈍めの音を立てて仰け反る。
『踊さんからの伝令! 注意を引きつけている間に観客の避難をとのこと!』
「わかった。皆、今のうちに離れるよ!」
もともとどうしようか考えていたから、イアちゃんの知らせですぐに行動を始められた。目を奪われちゃって忘れてたけど見張っていたノイズはもう全滅してるからね。安全の確保は既にできていたってわけです。
師匠にも連絡を取って会場内の避難誘導をお願いして指示を仰いでおく。て、もう返信がきた。
『了解した。客の避難は任せろ。響君は会場から速やかに脱出し出撃に備えておいてくれ。もうすぐクリス君達が到着する』
師匠、文字打つの速っ!? 携帯を使いこなす師匠に驚きを隠せないけど、とりあえずラジャーです。
「他の人たちは大丈夫なの?!」
「国の人たちが引き受けてくれてるから、大丈夫!」
「じゃあ、私たちは誰よりも安全なところにいたんだから誰の手も借りずに脱出したほうが良さげだね!」
「屋内にノイズはいたりしませんよね……?」
『響さん、見つからないよう静かにお願いしますね!』
「「「「「マジ(か)!?」」」」」
そっからは口ずさむような聖詠とこそこそ声の歌声でちゃんとバレないように乗り切りましたよ! こんちくせう!
「意外だな」
「なんのことかしら?」
切れ味抜群のマントを突きで返したりと忙しない攻防の途中だったが、動き出した会場を確認して言葉を挟んだ。
「観客を普通に逃がすことさ」
屋内は別として会場内でも邪魔しようと思えばできるのだ。先程の口上が目的の事実であればなおのこと自身等の武力を見せつける意味でやっても可笑しくない。……いや、させはせんが。
「君らの目的はいったい何だ? なにゆえこのような災事を起こした?」
「……」
「応えない、か」
あえて言うならマントの裾。
「ちっ!」
まったく、拒否するにしても口で言って欲しいものだな。
たかがマントの裾と行ってしまいたいところだが、なんとも厄介なことにこの端っこは相当な切断力を有していたのだ。
しかしそれは本来ならば有り得ない話だ。
主神の武器としてガングニール、もといグングニルが聖槍の一つというのは一般的に知られた話だろう。
しかしその槍の本質となると認知度は極端に減ってしまう。よほど神話に興味を持っているか、ある病を一度でも患ったことのあるものが大抵を占めているくらいだ。
不思議なことに多くの者が槍と聞くと"突いて良し切って良しの長物"というイメージを勝手に抱くのだよな……。
「敵を前に考え事とは余裕だな!」
「突くことには自信があるが猪ではないからな」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
それはそうと話を戻して……ガングニールの本質というのは投擲槍、それも製作段階から投げることを前提して作られた完全な投げ専門の槍である。斬る必要はほとんどなく切断するなんてことはなおさら不要な種類の武器である。
現に奏が使用していたころのアームドギアは形状はランスに近く貫通に長けた性能だった。響は言わずもがな突貫だな。ぶち抜く力は桁外れでたまに怖いくらいだ。
なのに目の前のそれは切断特化、なんとも危険極まりない。
「それは失敬。でも考えねば先には進めぬ故、な!」
回転によりマントがトグロを巻きながら斬りにきたが、俺からすれば好都合。何せその攻撃法は自分から視界を塞いでいるのと同義だからな。目の前にいる者をマントで斬るには自分の前に布が行くわけで、しかも回転するから背も向けてくれている。色も黒と透けない残念仕様。
褒められる点は貝独楽のように回転している事で連撃になっているところだな。ただ残念なことに今の俺が無手でないせいでその優位は無意味になってしまったが。
軽く離れて傘を投擲、俺がしたことを端的に言うとそれだけだ。しかしタイミングを計って放った傘は丁度回転を緩めてただの布然としたマントごとマリア嬢を穿ち飛ばす。
「聖!」
「まだ動くな! 俺個人ならともかく、翼嬢がシンフォギア装者だと世界に知られるのは良くない」
「この状況で何を!」
「戦況を見誤るな。風鳴翼の歌は戦うための歌ばかりか? 違うだろう。傷ついた者を癒し勇気を分け与えるための歌だろう。そして」
俺の信念は一度たりとも変わっていない。
「俺は誓ったのだ、もう誰にも子どもの夢を穢させぬと。今は俺に任せろ」
それに忍者の末裔が裏で動いてくれているだろうし、響たちだって突入の準備をしている。
「っ! まだ78%も!?」
「……?」
弾いた少女が謎なことを言って一人驚愕してるんだが……、これはどうしたら良いんだ? 笑えば良いのか?
この少女、戦場で敵を前にしながら何をしてるんだか。
「一先ず眠ってもらおうか。話はベッドでも聞けるよな?」
くるくると空中から落ちてきた傘を回収し一息で迫る。いくらシンフォギアを纏っていようと無防備なものの意識を刈り取るくらい訳な――、
「っ!?」
蹴ろうとしていた足の方向を急遽左直角に変え飛び退く。さらに後ろに振っていた右手から左手に傘を移す。
得物が軽いが何とかなれ、そう祈って奮うはかつての友の技。
「爆砕斬!」
舞台が砕け無数の破片が舞い上がり、飛来した何かを弾く。硬い床に叩き付けたことで傘の芯から嫌な音が聞こえたが、直撃よりはマシだと自分を納得させるのは忘れない。
「行くデス!」
-- 切・呪リeッTぉ --
正面で誘導し左右からの同時攻撃……連携が上手い! なんて思っている場合じゃない。滞空中で叩き付けを行ったせいで今だこの身は浮いている。
……完全回避は不可。
「だからとてっ! ぎっ!?」
右腕だけは庇いきる。
「危機一髪」
「まさに間一髪ってやつですよ」
不意討ち同然で現れたピンクとグリーンの二人の装者がマリア嬢を守るように降り立った。
油断したわけじゃなかったのだが、やはりそうなったか。
「……呵々、ちゃんと探し人には会えたようだな」
「……? それはどうい、う……」
「あーーっ!?」
「「さっきのお姉さん!?」」
彼女たちはつい数十分前に出会った子たちだった。
物凄く久し振りにシンフォギアの技が登場したよ!
ついでに踊君がテイルズの技を使うのも久し振りな気がする。
タグにテイルズってあるのにも関わらず久し振りとはこれ如何に(笑)
それもこれも使い手の踊君が戦わないし、鎌ばかり使うから悪いんだ。
これからはちょいちょい出てくる、はず。
踊君たちの今後に乞うご期待あれ!