戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第Ⅱ話

 世界を移してリディアン校内、今日の私はお歌の練習中心でごぜえますです。

 

「La~♪」

 

「凄いわ、立花さん!」

 

「響が以前よりも凄く上手になってる!?」

 

 個別練習ってことで順番が来た時に歌を披露したのは良いんだけど、そしたらなんでかみんな揃いも揃って目を丸くして驚いた。

 前後の人とかだけならともかく何故にみんな振り向くんでしょう?

 そんな姿を見せられると今までの私の歌が酷かったんじゃないかと心配になってくる……。

 

「どうして驚かれてるの?」

 

「うえぇっと……ほ、ほら? 響っていつも元気な曲とか滾るような感じの曲ばっかでしょ。それにクラシック系のゆっくりした曲って苦手にしてたじゃない。だからあまりの上手さにビックリしちゃって」

 

「……ハッ!?」

 

 ……言われてみると思い当たる節しかなかった。初めて歌った歌然り、継いだ歌然り。ライブとかで似合いそうな感じの曲ばっかだったかも。そしてクラシックな曲を授業以外で歌ったことがあったっけ、てなくら朧気にしか歌った覚えがなくて愕然とする。

 でもそうなると私が上手くなってるのは何故って話です。

 小首を傾げていると答えてくれるのはやっぱりあの人だった。

 

「それは呼吸器系が鍛えられているからだろうな」

 

 教師のため無理して大きくなっている踊君が私のお腹を見てそう言う。

 

「響の歌い方は良くも悪くも全力投球。今までは吸い込む量に対して吐き出す量が多すぎたのだ。そのため長音を連続するとブレスでまかなえきれなくなり、音が揺れやすくなっていたのだ」

 

「それを響の腹筋が何とかした、と。そういうことですか? ……わ、硬い」

 

「あぅあぅ」

 

 未来がツンツンお腹を突く。プニッとしてない私の腹筋を気に入ったのか何度も押して弾力を楽しみ始めた。うーん……、痛くないけどくすぐったい。

 

「うむ。ここ一ヶ月で色々あったからな。響の全身の筋肉は一層逞しくなっている。そして異なる呼吸法の練習も取り入れていた分も併せて、肺活量の増加は目覚ましいものがある」

 

「せんせー、それ女の子として嬉しくないでーす!」

 

「呵々、何を今更」

 

「いまさら!?」

 

 豪快に笑い飛ばしてなんと失礼なことを言うんだ。

 そして後ろで見てるみんなもその首の縦振りはどういうことなのか、そこのところ詳しく聞かせてもらって良いかな。

 にこりと微笑みを投げかけると露骨に避けられた。

 

 

 

「むぅ-」

 

「まぁまぁ、みんな悪気があってしたわけじゃないんだから。落ち着いて、ね?」

 

「よぉー。……? バカがしけた面してっけどどうしたんだ?」

 

「バカでわるーございましたねー……」

 

 膨れたまんま廊下を歩いてるとクリスちゃんと出くわした。そして出会って早々バカと呼ばれてしまいました。

 

「……こいつが筋肉バカだ? そりゃないない」

 

「クリスちゃぁーん!!」

 

「ただの肉体言語の扇動者だろ」

 

「クリスちゃん!?」

 

 味方だと思ったらまさかのこっちでも同じ扱いされてるぅっ!?

 向こうでならまだやっちゃった感があったりしたから否定しきれなかったけど、こっちでは変なことした覚えはない。

 

「不良共の喧嘩に割って入った時に何したか思い返しやがれこのバカ」

 

「何って、ちょっとお話しただけじゃん!」

 

「ふざけんな!? 10m以上ぶっ飛ばして喧嘩は素手ですべしとか言ってたのは何処のどいつだ!?」

 

「私だよ?」

 

「さも当然のように頷いときながら何で気付かねぇ!?」

 

 荒れ狂ってクリスちゃんは何を言っているんだろう?

 喧嘩は己が身一つで決めるタイマン勝負と決まってるじゃないですか。

 武器の差なんかで決まっちゃいけません。自らの鍛え上げた肉体のみで意志を徹す、それこそが漢の喧嘩です。

 武器持ち同士でするなんてそんな邪道、殴り止めてどこが悪い。

 

「そこじゃねぇーよっ!? まず喧嘩止めろよ! あの後、そいつらがどうなったか知ってるか?!」

 

「ま、まさか……!」

 

 そんな旨を胸張って言ったら、目を尖らせてがぶっと噛みつかれた。クリスちゃんの怒りっぷりからすると、あの不良さんたちに良くないことが合ったのかも。

 ……お巡りさんのお世話になってしまったとか?

 もしそうならちょっと悪いしちゃっ…………

 

「不良のトップになっちまったんだよ!」

 

「それはごめんな…………へっ?」

 

「しかもあれ以来妙に不良は増えてるし、最近じゃお前、あいつ等の間で不良の女神なんて呼ばれてんぞ」

 

「何と!?」

 

 お巡りさんには迷惑を掛けていないということに予想より下回ったと喜ぶべきなのか、それとも私が女神と言われていることに予想を上回ったと悲しむべきなのか……。

 

「不良が増えてるのを嘆け、このバカ!」

 

「あぅ! 痛いよ、クリスちゃん……。あ、そっか、だからか」

 

 叩かれた拍子にふと気がついた。

 最近、やけに男の人からの視線が多いと思ったら崇められてたんだ。でも『不良の』ってあんまり嬉しくない……。

 

「せっかくなら勝利の~とか、徒手空拳の~とかのほうが嬉しいかったな」

 

「響、響、私はどっちでも構わないけど本当に女の子としての自覚ってあるの?」

 

「はえ? ……未来まで酷い!? 私にもちゃんと女の子としての自覚くらいありますー!」

 

 みんなしてホントに失礼なんだらぁー!

 

「いいもん、いいもん。帰ったらサンドバック君に八つ当たりてやるー!」

 

((何故そこでサンドバック!?))

 

 

 

 微笑ましい……のかはよく分からないが懐かしい背景の元、少女たちが楽しそうに歩いて行く。

 

「呵々、この世界の時間で言えばほんの一月ばかりのことだというのに」

 

 じゃれ合う響たちを眺めていると思わず口元が緩んだ。

 一往言っておくが、偶に響に入る良い角度の鋭いツッコミに笑っているわけではないぞ。ただ響に気を抜いていられる時間を与えられたことにほっとしているだけだ。

 いつでもハツラツでポジティブシンカーに見えてしまうが、実のところ響は結構繊細な子だったりする。

 勝負を楽しんでいられていた頃は問題なかったが、ここ最近は死と隣り合わせの鬼気迫るものばかり。その影響で普段の学校生活まで神経を張り巡らせていた。そんな腕も無いというのに……。

 そんな響に俺は心を休ませていられる場所を用意してやりたかったのだ。そのために俺は色々手を回した。まぁ、この世界に帰ってこられたのは予想外だったのだが。

 

「おいおい。俺をこんなところに呼ぶなよ。一往ここは女子校だぞ? 見つかったらどうしてくれる」

 

「どうもしない。女子校にあんな場所を作ってる時点で有罪だろう?」

 

「ははっ、違いない。……それでどうだ? 響君の様子は」

 

 ちなみにこの考えは千冬嬢とこの人――風鳴のダンナも同意してくれている。

 

「すこぶる良好です。何も考えず一日を過ごしているみたいです」

 

 だが、だからこそあの中に翼嬢がいればと思わずにはいられない。

 彼女は今、本業……でいいのか? まぁ、卒業は決まっているし問題ないか。本業の歌手活動に関することの打ち合わせで現在は休学中なのだ。

 でもそれは悪いことではない。むしろ響にとってはとても良いことだ。

 

「ライブの打ち合わせは滞りなく進んでいますか?」

 

「無論だ。先方とも上手くいっている」

 

 なにしろその打ち合わせというのがこの世界で最大規模を誇る音楽祭典の出演に関してなのだから。

 会えないのは悲しいことだが、翼嬢のファンである響にとってそれは何よりも楽しい時間になるだろう。チケット等も丸っと手配済みで二つの学園の予定も調整済み。

 抜かりはない。

 

「確かユニットを結成するんでしたよね。最近話題に上ってるアーティストとそちらのほうも?」

 

「ああ。楽曲の準備も出来ているし練習時間も君のお陰で十分取れている」

 

「それは良かった」

 

 新進気鋭のアーティスト、『マリア・カデンツァヴナ・イブ』。

 中々に言いにくい名をした少女は翼嬢と並んで若くして世界中で名を馳せているトップアーティストなのだそうだ。

 ……ところでトップアーティストの基準というのいったいどういうものなのだろうな? 翼嬢は世界を行き来したことはないはずなのだが。

 

「そうか……。どうやらまた出たらしい。行ってくれるか?」

 

 鳴り響く携帯を確認するや旦那の表情が曇った。そして苦悶の表情で言外に頼まれた内容に俺はただ苦笑する。

 何故か、などは言うまでもないだろう。

 

「いったい誰に言っているんですか」

 

 するりと黒い布を纏うと、おもむろに腕を振って鎌を手にする。

 

「当然でしょう」

 

 響たちの安息の邪魔を俺がさせるわけがない。




 響を二つの学園に通わせる踊君の真意。
 しかし其れは、真に正しい意向であったのか。
 いくら問いを投げようと、何人たりともその答えを知ることは叶わない。

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