戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第陸拾話

「同じ轍は踏まねぇよ」

 

 間に合った。まだ、守れる。俺の為したいことはまだ終わってない。

 

『まったく……遅いですよ。どれだけ寝かせたら気がすむんですか』

 

「い、いち……?」

 

 どんな理不尽からでも守ってみせる。信じて託してくれた踊のためにも気付かせてくれたあの子のためにも。

 

「俺の仲間は、誰一人もやらせねぇ!!」

 

「一夏、なのだな……。体は、傷は……!」

 

「わりぃ。待たせたな。……て、なんだ、泣いてるのか?」

 

「泣いてなどない……」

 

 何でもないように目元を拭って振る舞う箒なんだが、その目は赤くなっていた。心配させちまったんだな。優しく頭を撫でてやる。

 

「やっぱ持ってきて正解だったな」

 

 箒の髪は乱れていた。意識を失う直前に見ただけだから自信はなかったけど、その髪にはいつものリボンがなかった。

 俺がもう少し上手く庇えてたら燃えちまうことはなかったんだけどな。

 

「……リボン?」

 

「誕生日おめでとう。こんな誕生日にしちまって、悪い」

 

 話に上がんなかったし、響でさえ忘れてたみたいだけどさ。この臨海学校二日目ってのは7月7日で、七夕の日でそして箒の誕生日なのだ。

 このまま延々としてたんじゃ、祝う時間が無くなっちまう。せめて晩飯くらいは普通の時間を……て、IS学園に入った段階で普通ってのも曖昧か? まぁ、いいや。

 笑って過ごせる時間は作ってやりたい。

 だから、

 

「話は聞いてる。さくっと片付けて、パイロット救って、とっとと帰ろうぜ」

 

 向かってくる福音を視界に捉え、翼に携えた特大スラスターに烈火を灯す。

 

「再戦と行くか!」

 

 互いに迫り合い、俺は右手で掴んだ雪片弐型を振り抜いた。

 それを福音はひらりと高飛び上を行く。

 

「まだだ、雪羅!」

 

 左手に思いを響かせると、白式の腕が震えた。そして鈍い音を立て深蒼の爪がセットされた。

 誰かに渡される新武装なんて、ちゃちなもんじゃねぇ。こいつは、第二形態移行(セカンドシフト)した白式が作り上げた俺のためだけの新武装で、名は『雪羅』。俺の意思でいくつもの姿に展開し……白夜を纏う。

 

「ハァァアアッ!」

 

 雪片一本を振る半分の間隔で抜いた爪が福音のシールドを削ぎ、展開した零落白夜の閃光がエネルギーを一気に無効化していった。

 だが浅い。

 確実に止めるにはもっと深く、より広く削らなければ意味はねぇ。

 

『敵機の危険度を修正。最大攻撃を展開する』

 

 目標は逃げ、エネルギー翼から光の弾を……ていうには竜巻状に蠢く団塊を広範囲に放出し始めた。

 

「だったらこっちは……」

 

 視界に映る雪羅の項目を操作しモードを変更する。開いていた爪が閉じ甲から光の膜が浮かんだ。

 

――雪羅、シールドモードへ移行。相殺防御開始。

 

 甲高い音を鳴らし仇為す光をなかったことにしていく。

 多変式武装『雪羅』が光を放つ時、全てが零に落ちる。……その分、自身も零に落ちていくって問題はあるが……それは俺の使い方次第だから気にしない。

 

『――危険度をさらに上昇修正。最優先排除機体に選定する』

 

「そう来なくっちゃな!」

 

 雪羅の爪を開き、そのまま甲にくっつける。中から現れるのは丸い筒だ。それを福音に向け命じる。

 

「撃て!」

 

 ブラストモードとでも言えばいいか?

 筒から飛び出したのは荷電粒子の塊だった。近接オンリーで困ってたから大助かりってな。

 さしもの福音もこれには予想外だったらしい。一度ぶつかってたのが功を奏して、射撃がないと判断していた福音に諸に突き刺さった。

 だがこれは一回キリの使い捨て。俺の腕じゃ二度目は無理無理。

 さっさと爪に切り替えて飛行を開始する。

 

「ちっ!」

 

 小回りはやっぱり羽根の翼の方が容易でまっすぐ一辺倒じゃ当たらなかった。けどな、そんなもん踊に嫌と言うほど叩き込まれたんだ。

 大型化した4機ものスラスターは伊達じゃない!

 

「行くぜぇえええ!!」

 

 瞬時加速で一気に接近する。当然福音がほぼ直角に曲がるだけで無駄になってしまう。だがそれは以前までの俺たちだったらの話、今はもうその限りじゃ終わらない。その次がある。

 

――二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)

 

 これが俺なりのやり方だ。

 最高速度をそのまんま維持し、俺の体が鋭角に曲がる。いくら動きが複雑だろうとこっちも複雑に動く。

 油断した福音の装甲に傷を増やす。

 

「あぶねっ!?」

 

 二振り目はエネルギーの翼とぶつかって弾かれた。こいつの翼は近接武器にもなるらしい。厄介すぎんだろ……。

 高速で変わっていく景色の中、福音の縦横無尽に二段階加速は追いついてくれている。だが如何せん攻撃が全然通らなかった。

 エネルギー残量にはまだ余裕がある。これなら零落白夜との併用も可能だが……俺に扱いきれるか?

 

「……迷ってても仕方がねぇか! やるぞ、白式。雪片弐型――零落白夜発動!」

 

 刃渡りが倍に伸びる。

 本当なら一瞬だけの展開がしたいところだが、生憎俺にそんな高等技術はない。だから扱い慣れた剣だけで気持ち節約する。

 ピピッ、と不意に謎の通信が割り込んできた。……IA? 無視するのも悪いので繋いでみる。

 

『一夏さん、聞こえますか? 私は響さんのアシストをしてるイアというものです。これより雪羅さんと零落白夜のモニタリングと効率化を図りますので、思う存分やっちゃって下さい』

 

 響のアシスト? 初耳だが嘘ではないらしい。

 通信が切れるのと同時に現れた予想稼働時間が思っていた以上に長く、今も秒単位で減っていくはずのそれが1.1秒くらいかけて減っている。

 

「なら、お言葉に甘えてこっちに集中させてもらうぜ」

 

 さっきまで感じていた焦燥が晴れていた。それに併せて動きが1回目と2回目の間隔が気持ち短くなる。

 その差はでかく、福音を的確に捉えれるようにまで俺を推し上げていた。

 

「おりゃあああ!」

 

 初めて片翼を斬り捨てた。

 

『――!』

 

「ぐっ!?」

 

 しかしもう片翼はすぐに反転されて刃が届かない位置まで逃げられ、そして次に接近できた時には両翼で羽撃いていた。

 次こそはと意気込み、斬る。

 ――再生。

 

 斬る!

 ――再生!

 

 斬る!!

 ――再生!!

 

 斬る!!!

 

 ………………

 …………

 ……

 

 ――再生!!!

 

「しぶてぇ!?」

 

 いったい何回同じ行為を繰り返したのかわからないくらい斬りまくった。なのにこいつは落ちない。

 

「翼とはいってもエネルギーの塊を切り落としてんだぞ。いい加減エネルギー切れを起こしても良いんじゃねぇのかよ。こっちが先に尽きちまいそうだ」

 

 どんだけなんだよ、軍用ってのは!

 8割強あったはずのエネルギー残量はもう優に2割を切って、予測稼働時間は持って3分だけ。

 しかも強制転換で蓄積した負荷が全身を蝕ばみ焼けるように痛い。

 いっそのこと全員で撤退して後はお偉いさんに丸投げでもするか?

 ……あぁ、それが一番確実で安全だな。

 

 

 だが、俺は千冬姉(ブリュンヒルデ)の弟だ。この背には俺の誇りだけでなく織斑千冬の名が乗ってんだ。

 そんなみっともないマネだけは絶対できねぇ、したくねぇ!

 

「九分九厘失敗するとしても、一厘の大成功に全てを賭ける」

 

 爪状の雪羅にも零落白夜を発動させる。これで稼働時間が一気に短くなった。逃げるだけのエネルギーは消え去った。

 そこからさらにエネルギーを消費し、4機のスラスターに許容限界までエネルギーを集約する。

 

「一回で良い。最後まで持ってくれたら……っ?!」

 

 がくん、と全身が重くなった。

 そして視界に表示された文字は――

 

――Empty

 

 エネルギー切れを示していた。

 

「(くそっ、クソッ! あとちょっとだってのに! みっともねぇな……俺ってやつは! アイツがここまでお膳立てしてくれたって言うのに……、あの子が応援してくれたって言うのに……、箒にあんな格好つけたって言うのに!」

 

 全部無駄にしちまった。

 俺がいくら足掻こうと白式は鋼の塊となって落ちていく。深海に沈んでいく。

 ……もうどうしようもない。

 

『なんだ、不貞寝か? 呵々、もう諦めたのか。軟弱なものなのだな、今時の若者というのは』

 

――うるせぇ。仕方ないだろ。どうかしようにも、白式にエネルギーが残ってないんよだ。

 

『ほう。エネルギーがのぅ。この若者はそんなことをほざいておるが……。呵々! 寝言は寝ていえ、だそうだぞ』

 

――は?

 

『ほれ、空を見上げてみい。耳を澄ましてみい。目のない耳のない()にも見えて聞こえているのに、目があって耳もあるお前に届かないわけがないだろう?』

 

 そもそも俺は誰と話しているのだろうか? 普通なら思うはずのその疑問は、その時の俺には浮かばなかった。

 ただ言われた通りに、空を見ようと顔を上げていた。耳を澄ましていた。

 そして目に映ったのは、日だまりのように暖かな一面に広がる黄金の光、聞こえてきた旋律は儚げでありながら優しくも心奮わす歌だった。

 

「まだ、終わってない! 手を伸ばせ、一夏!」

 

 光の中で箒が俺に向かって右腕を懸命に伸ばしていた。

 だから俺も剣を手放して腕を伸ばす。

 そして両手が確かに触れた。

 

――ドクンッ。

 

 全身が脈動した。力が湧き出してくる。溢れてくる。確かに尽きたはずの白式のエネルギーも復活し満タンになり満ちている。

 滾り震える心が全身の痛みを消し飛ばした。

 

「これならやれる! ありがとな、箒。聞こえたぜ、みんな」

 

 中途半端で燻っていたスラスターを噴かせ、箒を連れて空に上がる。

 島を見ると血を流しながら二本の足で立ち、手を組んで歌を歌う響達がいた。

 今度はもう失敗しない。絶対成功させてやる。

 警戒する福音を前に、吐き出してすっからかんのスラスターを再チャージする。そして余りあるエネルギー全部を駆使して雪羅と雪片弐型を……て、

 

 し・ま・つ・た!?

 さっき手放して海に置いてきちまったよ、どうすんだ俺!?

 

 くそっ、こうなったら雪羅の爪……で、てなんだこれ? 槍?

 俺の左手が俺の知らないうちに白式の全長よりも長い山吹色の槍を握っていた。……何それ、怖い。

 

『やれやれ。とことん締まらん若者だな。老骨に鞭打って声を掛けてやったというのに、まだ鞭打つか。このドSめ』

 

「誰が、ドSだ! てか、槍が喋った!?」

 

『んなこたぁ、どうでも良いんだよ。雪片の代わりくらい()がしてやる。だから、さっさとあの嬢ちゃん達を止めてやれ、一夏!』

 

 槍の中程まである穂が真っ二つに縦に裂け開くと、先端の刃がスライドして前後を護る鍔となる。かと思いきや穂が回転を始め、次に動きを止めると先端のないランスのような形に変わっていた。

 呆然としていたら大口の開いてしまった先端のド真ん中から見慣れた青白い光がちらついているのが見てた。

 何がどうなっているんだか、聞きたいこと(あと文句もだ。俺はノーマルだ!)は山ほどあるがこの槍の言う通り今はいい。

 

「うぉおおおおおっ!」

 

――瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

 一息で懐に入る。だがすでに福音は移動していてそのライン上には存在しない。

 

――二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)

 

 ここまでは同じ。さっきまでの繰り返しに過ぎない。だからさらに先に進む。

 

――三段瞬時加速(トリプル・イグニッション)

 

 体が挽肉になりそうだ。ここまでくると空気の質量ってのが如何に恐ろしいものなのかわかる。

 支払った代償に結果は応え、福音の一歩先に出た。でもまだ足りない。もう一つ限界まで堪ったスラスターが残っている。

 

「これで、終わりだぁあああっ!」

 

――四段瞬時加速(クアドラプル・イグニッション)……。

 

 完全に副因の虚を突き、目の前に躍り出る。

 何がどうなり、どこまでいくのか。謎の槍に全てを委ね槍を振り搾った。

 留められていた零落白夜の輝きが解き放たれ穂先から一直線に刃が姿を露わにした。……何十メートルかつ幅も数メートルという鬼畜仕様の姿を。

 

『……回避不能。絶対防御、機能……す…………ぅ』

 

 横一文字に振り抜いた槍はすっぽりと光の中に福音をご招待し、機能停止に追いやった。光がなくなった後に残ったのは一人のパイロットだけ。

 慌てず騒がず……て、わけには流石に行かず大慌て大騒ぎで落ちる前に抱えて死んだりしてないか確認する。

 振った俺が言うのもなんだけど、あれはない。パイロットごと消し去る気なのかと振ってる最中生きた心地がしなかった。ちゃんと完全な零落白夜で良かったぞ。

 任務……じゃねぇな。むしろ背任行為で拳骨もんか。

 でも濁しちまった自分の跡を綺麗に片つけられたんだ。満足して俺たちは全員(・・)揃って帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで横一文字に振り抜いた時、なんか微妙に尋ねられたような気がしたのは俺の気のせいだよな? ……よな?


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