戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
「ここから先は遠さねぇ!」
自分の体がどれほどの数の限界を超えた先にいるのか、理解していた。
10分を優に超える戦闘で酷使し続けた体は崩壊に迫っている。確認はしていないが巡っている疑似神経の大半が断線しているようで、人体形式ではまともに動かすことはできないくらいだ。
今は動くパーツに雷撃を加え体外から強制的に稼働させている。そんなことをしてるせいで崩壊が近いわけなんだが……、問題無い。
既に覚悟は出来ている。
嘗て1度、いや皆の協力を受けたあの日も合わせれば2度、今からやろうとしている同じ事をしているのだ。
やれるさ。
体内の至るところをスパークさせた。
激痛? ――シャットアウトだ。
必要な道を造り出す。強大な力を逃がさないために、動こうとしない力を叩き起こすために。
使い物にならない神経を焼き尽くし、より多くのスペース確保に努める。全身に廻っていたエネルギーを心臓のある一点で塞き止めた。
身体の異常を検知? ――知らぬ。
後ろに居る子供達を守るために、目の前にいるノイズだけは必ず倒す。
ISを身に纏ったノイズの強さははっきり言って異常だった。
50%の機能しか俺は完全聖遺物の機能を利用できないいために、これまで出現したノイズでも数十回のダメージを与えなければならなかったが、こいつには既に百回以上与えている。なのに朽ちない。
以降の稼働に深刻なダメージを与える可能性あり、強制停止――却下だ!
さっきからピーチクパーチク喧しいシステムを黙らせる。イアがいかに有能なサポーターだったのかがよくわかるな。
――さぁ! 暴走の始まりだ。
「共に海に散ろうや」
解き放ったエネルギーが倍となって全身隅から隅まで余すことなく埋めた。今度は外に逃がさない。全ての力を体内で発揮させる。
地面を蹴る。ただそれだけでノイズの許容を超えた。加速した意識の中で俺はノイズの頭に手を掛ける。そして海に……海底に叩き付けた。
「#$)”~!」
「ッ!? ……ゴガッ」
視界が泡で!? ノイズだからと油断した!
さっきから咆えていたとしても所詮は異次元生物。大した量の気体は取り込めないと踏んでいたのだが見事に裏切られた。
咄嗟に腕に力を込め握りつぶしにかかったものの、ほぼ無抵抗なままで鋼の爪が腹を突き破った。
呵々ッ、人間だったら即死ものだな。ドデカい風穴からは淀んだ光の飛沫が噴き出し、脱力感と喪失感が全身を襲い崩れそうになる。
だが……
「(止まって、なるものか)」
まだ俺の左手は諦めていない。必ず倒すと根性見せて握り続けてくれているのだ。これで心が敗北を認める? ……ありえない。
あってないようなものからいくら減ろうと変わらないのと同じだ。今更傷しかない身体に新しく傷が増えたくらいで、魂の誓いを、掲げた誇りを阻むことは出来ない。
「(子供の未来はもう奪わさせやしない。俺の失態なんかで、絶対に!!)」
抜けていくなら抜ければいい。それすら利用するだけだ。
体外に出ても結びつきが完全になくなるまでには時間差があった。そこを突く。まだ生きている演算器全てを持って、道を引く。
何も為せぬ右肩なら全て受け入れてくれると信じ、迷わない。
集った光は輝きを取り戻し深海で羽撃き明るく照らす。確かな感触と共にそれは金色の右腕となった。
「(これで終わりだ!!)」
そして世界は金に包まれた。
「踊くーーーーん!!」
踊君が海に消えたすぐ後のことだ。
……海が金色に煌めいた。青空にある太陽よりも激しく目を焼くような強大で猛烈な瞬きが世界を彩った。
『正体不明機の反応消滅』
わかりきった知らせが耳に飛び込んできた。
あんなのが出来るのは踊君だけで、その一撃は一つの街を吹き飛ばすほどの威力と同等かそれ以上なのは必至です。それにノイズが耐えきれるはずがない。
でもそれは同時に、
『…………聖踊の通信が、切れ……ました』
踊君が暴走させたということ。
前回は運良くクリスちゃん達が見付けてくれたけど、今回は海の中でそう簡単に回収することができない。
消滅はしないと信じてる。けれど踊君の最期に言った、共に海に散ろう、という言葉が頭の中で何度も反芻されていた。
「……そ……ぅそ、……クソ、クソッ!!」
私は何度も拳を叩き付けた。それこそ血が出るほど何度も、何度も、何度も!
「何が大船に乗ったつもりだ! 何が一夏の隣に立てるだ! ……何も出来なかった…………」
力を手に入れたつもりだった。これなら響にも、あの聖とだって渡り合えると思っていた。
しかし現実は私の思い抱いていたものとは全く違った。
確かに姉から貰った赤椿の性能は他を圧倒するほど高性能だ。シールド無効を除けば火力も機動力も白式に勝っていたし、聖の使う訓練機と比べればそれこそ月と鼈ほどの差があった。
私の腕も剣道は全国大会で優勝するほどにあり、篠ノ之流剣術も多少は修めており自信がある。
「……ちくしょう…………!」
なのに私がやったのは一夏の足を引っ張ることだけだった。
気付かないうちに私は自分勝手に赤椿とならできると思い上がっていたのだ。周りを見ることを忘れ、闘う意味も忘れ、己の剣すら見失っていた。
何度も視界に入っていたはずの船には目もくれず、指摘された後でも切り捨てようと思ってしまった。
「私がしていれば……!」
もしもあの時、私がちゃんと対処していれば、一夏が零落白夜を使うことがなかったはずだ。そして直後見た光景――人が灰になる姿を見て思考を止めてしまった私を狙った福音の攻撃を防げたんだ。
さらに後に出現した化け物からは聖に護られた。それも本来なら性能の高い赤椿がしなければならないことを遙かに劣る打鉄を使ってだ。
そして一夏の手当てのためだと言い訳して、私はその場を逃げだした。
『…………聖踊の通信が、切れ……ました』
な……に…………。
会議室は重い空気に包まれていた。
「「「「……………………」」」」
正体不明機を撃破したことに喜ぶ暇もなく、聖踊の反応が途絶したことに。
何処かで聖なら、と期待していたのかもしれん。複数のゴーレムが乱入した事件において多くのゴーレムを破壊し、専用機持ちをまとめて相手にしても渡り合える実力のあるあいつなら倒してくれるのではと。
「響さんは……、大丈夫でしょうか」
聖が人ではないとしても、響にとって奴は一人の義兄なのだ。私たち以上に深い絆を持っていただろう。
そのような人物が海底に沈んだなどどれほど辛いことか。私たちには想像することしかできない。
「各自一度部屋に戻って休め。以降の作戦をどうするかは私たちで決める」
全員を追い出して息を吐く。
響のこともあって強がってはいたが、あいつらも一夏の危篤だけで精神面に大きなダメージを受けていた。汚い大人のやっかみに巻き込むことはない。
「織斑先生も少し休んだ方が」
「何を言っている。私は兵器だ」
「イ、イントネーションがなんか変ですよ!?」
山田もおかしなことを言うようになったな。
「そんなことはどうでも良い。作戦を立て直すぞ。既にここの戦力は大幅に落ちている。今回は学園側からの援護要請や最悪断念も視野に入れて行う」
一夏と聖の脱落で主力が欠けた。さらに最新機持ちの箒は自信喪失。響は茫然自失でさらに火力は激減だ。残っている4名だけで作戦を組まねばならない、か。
「ふぅ……、嘆くの終了。よし、行こう!」