戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
それは皆さんがお二人の戦闘をモニタリングしていたときのことです。一つの反応を検知してしまいました。
(そんなまさか!)
その存在は以前から検知されていました。ですがこのタイミングでそこに現れるなんて……!
「――ぅっ!? ん? ん?」
やはり!? その知らせとほぼ同時に響さんが身体を震わせました。何故かはわかっていなくても、第六感とも言える鋭い勘を持った響さんが感じる程となるとこれは……。
――Detect
――Detect
――Detect
――Detect
――Detect
…………
……
ッ! 何度やっても結果は同じですか。いよいよもってこれは現実なようです。
『ヤバいです、ヤバいです、ヤバいです!! ヤバいですぅッ!!!』
「だ、だれだ!」
本来なら秘匿しておかなければならない音声を張り上げました。軍人であるラウラさんがISを構え警戒を始めるのは当然のこと、ですが構いません。このままではお二人が死んでしまうでしょうから。
私個人の存在がバレるくらいのことで躊躇ってる暇はないのです。すぐに与えられた緊急コードを発令しました。
『Emergency! Emergency!』
「な、なによ? 何がどうしたのよ?!」
「イアちゃん!?」
気のせいですませられなくなって響さんが私――胸元のペンダントを目を丸くして見ました。
「響、この声を知っているのか?」
『そんな話をしている場合じゃありません!!』
私の話とかどうでもいいことです。余計な話をし出しそうなので音声を挟んで打っ手切らせてもらいましょう。
『すぐにお二人を撤退させて下さい!』
「「「「はぁっ!?」」」」
その言葉に皆さんが呆れる中で響さんだけは顔を険しくさせました。
「! 何があったの?」
『パターン検知! 過去のデータを元に検索、適合率98%』
眉間に皺を寄せて尋ねた響さんの目がその言葉だけで戦場に立つ防人の眼差しに変わりました。
「っ!? ちー姉、ちょっと退いて!」
「おい、響!?」
私の言葉を聞いて響さんは千冬さんからマイクを奪い取りました。ですが使い方がわからないようで手間取っています。
「うにゃぁああ! 使い方がわかんない! 急がなきゃ行けないのに!!」
『落ち着いて下さい! こちらで起動します!! その間に踊さんに連絡を!』
「うん、お願い!」
こればかりは踊さんが気付いてくれていることを願うしかありません。大急ぎでハッキングを仕掛ける。
「そんな!? システムがハッキングされてる!? すぐに対処を」
『邪魔しないで下さい! 貴女方は一夏さん達を殺したいんですか!!』
掌握に成功。プログラムの書き換えを開始!
「凄い……」
皆さんから見れば突如モニターに黒い画面が現れ0と1の羅列――俗に言うプログラミング言語になる前の機械語というものが高速でスライドされていくだけです。しかしここにいるのは一流の教師で当然技術者もいて、その内の一人が私の作業を見て感嘆を漏らしました。
『箒ィィイイイイッ!!』
あと少しという所で、響さんの耳を通して劈くような切羽詰まる声が聞こえてきました。続いて重く締め付けるような振動がスピーカーを通って何秒間も室内を震わせるのでした。
『一夏、一夏!!』
「そ、そんな……。白式の信号が……消えました」
「う、嘘……」
叫ぶ箒ちゃんの声に混ぜるようにしてそう告げられました。でも一夏さんはまだ死んではいません。
『まだです! まだ脈はありますし、魂だって健在です! すぐに避難させれば! すぐに治療を施せばまだ間にあいます!』
「ダメ、踊君に繋がらない!」
『ああもう! こんな時に何をやってるんですか、あの人は! 仕方ありません。こちらの準備が出来まし……ッ! 急いで下さい! 反応が膨らんでます!』
もう私たちはてんやわんやです。奴等を相手するには他の人たちは戦力外。姿の見えない私の指示は聞いてもらえないでしょうし。
すぐに起動したマイクに顔を近づけて響さんは叫んだ。
「箒ちゃん! 一兄を連れて今すぐ逃げてっ!!!!!』
と……。
「ガァャァアアアッ!!」
甲板に聳え立つ全てを薙ぎ払い、それは初めて世界で産声を上げた。鋼に包まれた隙間からは幾十の濃淡を持つ橙に塗り潰された肌を覗かせ、そんな汚物色ののっぺりした頭部で嘲るように真っ赤な口腔を大きく拡げて。
「ッ!? な、なん……だ……」
丁度一夏の重みで沈んだ頭上を太く赤黒い閃光が空間に穴を穿つ。余波だけで箒の手から主導権を奪う凶悪な一条の光は何処までも真っ直ぐに伸び……彼方先の真っ白なたゆたう雲を跡形無く掻き散らした。
慌てて襲撃者を見て、箒はその頬を引きつらせた。どんよりと鈍い光を飾った鋭利な鉤爪ではなく、両肩に乗った巨大で鋭角な砲でもなく、全身に空いた無数の穴から銃口でもない……、今のを放ったがためだろう煙がその口から零れ出ていることに。
「ガヒャァアッ♪」
「くっ!?」
狂った奴の一歩は船を半ばで折り砕き、海に強烈な波紋を伝播させ津波を引き起こす。だが悠長に驚いている場合じゃない。
既に箒の目の前にそいつがいたのだ。爪を突き立てんと振り翳していた。
(避けられ……っ!)
『箒ちゃん!!』
『篠ノ之!!』
今頃になって漸く繋がった衛星回線で響達の目に映ったのは……
「――これ以上……やらせて、なるものか……!」
「…………カァ?」
「もう……、誰も……俺の前で!!」
隻腕の打鉄を纏い、素手で爪を握り締める踊の姿だった。
「箒、一夏を連れてすぐに戻れ」
その背にいつもの飄々とした様はない。その背が魅せるのは響しか知らない、ただ『子を護る』と誓い拳を握った戦士の後ろ姿。押し切らんと込め続けられる力に屈することなく淡々とそう言った。
「だが!?」
「ここにいられると邪魔だと言っている。ガキは黙って引っ込んでいろ」
「カァァアアアアアァッ!」
「ちっ……ハァッ!」
迫るもう片方の鉤爪を、さらに装甲を解除した細腕で弾きその顔面に掌を突き立て海底に叩き落とす。長い髪は荒々しく乱れるも純白の腕は変わらない。
「急げ!」
「しかし……!」
「……なら、こいつを使え。こいつは俺が巻き込んでしまっただけだから。一緒に連れて帰ってやってくれ」
何かを伝えようとする箒の言葉を遮って、踊は意をくみ取りそう答える。だが言われた方は目を見開いて戸惑った。
当然だ。なぜなら……、その答えが箒の意図とは余りにもかけ離れていたのだから。
「二人を頼んだぞ。打鉄」
箒はただ踊を、訓練機でここに来た踊を置いていくわけにはいかない、その思いで声を発したのだ。
なのにそれを踊は静かに微笑みを向けると、完全に解除した打鉄を箒に投げ渡した。
本来ならぶつかるはずのそれは、あろう事かまだ残量が残っていたにもかかわらず紅椿を強制的に待機状態に移行させ、優しく箒の身体を包み込む。
まるで踊の願いを聞くように優しく護るように、そして踊がくみ取った『赤椿のエネルギー残量は底を付き、帰還することも叶わない』という虚偽を真実に反るように。
連れを失った踊は重力に引かれ海の上に着水し沈……むことなく瞬く間に海面を飛沫立たせ離水していた。
「させないと言ったはずだ」
振り抜く踊の拳が捉えたのは交差した福音の腕。
どうやら踊を前にまだ性懲りもなく福音は子供二人を狙おうとしていたらしい。しかし何の補助も受けず自身の感覚のみで見つけ出し、一対のスラスターでさえ抗うことを許さない打撃を突きつける。
「行け! 箒!!」
「……っ! すまない」
二つの驚異の沈黙の隙に踊は怒鳴りつけた。常人離れした動きに呆け、そして自分がこの場にいても邪魔になるだけだと痛感して、箒はその言葉に従った。悔しそうに、それでいて何処か安堵したような表情を浮かべて箒はその場を後にする。
「ハァアアアアッ!」
「ガァア゙ァアアッ!!」
『敵対機修正。危険度……エラー。完全殲滅モードに移行』
我鳴り轟く衝撃の嵐はまだ始まったばかりだ。