スマホからの投稿になるので、いままで以上に遅筆となります。
ご了承ください。
「ン~♪ ふふふ~ん♪」
少し調子の外れた鼻歌が、夜の武蔵に響いて消える。
誰もいない通りを抜けて、普段は使わない階段も、足取り軽やかに、甲板まで。
──潮の香りの強い風に僅かに目を細め、鼻歌は止まった。
「とーうちゃく! って、あら。先客……? しかも勢ぞろいって感じ」
「おっ、来た来た。……にしても、いつになくご機嫌だねぇ、真喜子さん」
言われたとおりご機嫌な様子のオリオトライに、そんな言葉を送ったのは酒井だ。
甲板の外縁。そこに並ぶ一同を代表するように、いつもどおりゆらりと佇んでいる。その隣には武蔵王がいて、僅かに振り返ったが、すぐに視線を外へと戻した。
軽く見渡せば十数人が、外から来る青白い光に照らされて立っている。
後ろ姿だけだが、正純の父の姿や葵姉弟の母。浅間の神主、武蔵艦長連合と言った……"学生ではない"武蔵の代表者は基本的に揃っている。ノリキや、病み上がりだろう点蔵などの梅組メンバーの姿もあった。
「ほら、真喜子さんもこっちきて見てごらんよ。……なかなか、お目にかかれない光景だぜ?」
そうして、場所を譲るように立ち位置を変え──そこから、促されるままにオリオトライは英国の本土を見下ろした。
「おー、絶景絶景……」
「でしょ?」
視界いっぱいを埋め尽くす、それは軍勢。
一体一体が仄かに発している青白い光が、集まり集まって昼間の様に明るくなっていた。
……ひしめいているのは、総じて骸骨。
前田 利家の召喚した、総数二万にも上る──死者の軍勢だ。
「暢気であるな……本多副会長がどう判断を下すのかによって、あの軍勢が攻めてくるか否かが決まる──というのに」
「正純が動かなくっても、仕掛けてくる可能性はありますけどね?」
ヨシナオの警告に対して、オリオトライは上乗せして警告する。ヨシナオはヨシナオで、そうとわかっているならば──とムッと顔をしかめていた。
そんなヨシナオは杖を、明らかに『杖本来の使い方ではない持ち方』にて持ち、備えている。
(んー、やっぱり『仕込み』かしらね──)
以前からヨシナオが杖を突くときの音に違和感があったオリオトライが、ニンマリと笑みを浮かべて確信を持つ。そもそも杖自体を必要としない健脚である。権威を示す意味もあるが、それだけではないだろう。
日ごろの動きからも達人──とまではいかないが、それなりに腕に覚えのある人物の気配があったのにも納得がいく。
そして、そんな気配を見せるのはヨシナオだけではない。
「やる気満々ですね、お二人とも」
「ん、いやぁ……まぁね? 送り出した手前さ、キチンとやんないと。大人としては格好悪いじゃない」
羽織に隠れる、護身用の短刀。そして後ろ手に隠すように、身の丈ほどの槍が握られている。
「……校則法的に大丈夫なんですか?
「んー、まあ、大丈夫でしょ。何せあれだけの軍勢だ。武蔵に一気に攻めて来たら、間違いなく学生だけじゃ済まないよ。少なくない一般市民にも被害行くだろう──それなら、校則法に引っかかる。つまり俺たちが迎え撃っても無問題、っと」
「──だからこそ、学生でない面々が最前線に立っている、と。『非学生が巻き込まれた』って証拠のために?」
苦笑。
それをもって、酒井は『正解』と応じた。
改めて見渡せば、集結している各々は、それぞれ自分の影になんらかの武器を隠している。だが、その中に業物と言えるだけの品はない。無名の大量生産品だ。
……二万という数の前にして、それらはあまりにも頼りない。
だが、青白く照らされた一同の顔は、『決して退かぬ』と覚悟を決めていて。
「……うわー。なんか、すみません。私一人めっちゃ場違いみたいで」
オリオトライは左手に持った『それ』を、こっそり慌てて背中に隠す。
……明らかに、いつも彼女が持っている長剣よりも短い。そして動いた拍子に『チャプン』と、耳触りの良い澄んだ水音がした。
「……真喜子さん?」
「……オリオトライ君?」
「いやー、あっはっは♪ ……なんでもないですよーう? これはその、そう。ちょっと慌てて、咄嗟に手に取るものを間違えちゃった♪ って、そんな感じで」
二人の懐疑な視線から逃れるように、それを隠したままジリジリと下がるオリオトライ。右の端のほうから「それうちの娘のマネだよね……」と弓を携えた男が苦笑していたが、些細なことだ。
純度100パーセントの貼り付け笑顔のまま下がる、オリオトライの背後。フラリと現れた影が、その後ろ手に隠された品をスリ取った。
「あっ!?」
「Jud. 先日止水様から押収した『緋の雫』の中ビンですね。────以上。」
「いやいや、違うわよ? 押収なんてしてないから。 厳罰の内容を誘導して、まず答えられないご高説やらせただけ」
「「うわぁ……」」
職権乱用だよなそれ……。リアルアマゾネス、マジリアルアマゾネス……。真喜子ちゃんらしいっちゃらしいねぇ。
などなどの呟きが左右からちらほらと。
酒井も酒井で、呆れるような苦笑を浮かべていたが、ふと、冷静になって考える。
自分たちは──声を大にしては言えないが──戦うつもりでこの場に集っている。精々が時間稼ぎがいいところだろう。英国に赴いている学生主力が武蔵に戻るまで、早ければ数分。それだけの時間ならば簡単に稼げるだろう、と。
だが、オリオトライは違う。気分よく、酒瓶片手にのんびりと。──日ごろの彼女を鑑みれば「やりかねない」と信頼の評価を出せるが、自分から「場違い」と評しているのだ。
──彼女だけが、この場に戦いに来ていない。
「……真喜子さん、何しにきたの? いや真面目に」
「いやー、そのー……純粋に、酒盛りに……」
テヘペロ♪ とアマゾネスがやっているがスルー。……少なくとも酒井には、『獲物を前にした肉食動物の舌なめずり』にしか見えなかった。
……呆れの視線が自分に集中したことを察したオリオトライは、言い訳を続ける。
「いや、まあ……その。これでも、あの子の『姉貴分』ですからね。『弟分』の成長というか、なんというか、それを肴に一杯やろうかなぁと」
そして、どこか恥ずかしそうに。照れを隠すように頭をかきながら、オリオトライはそう告げた。
──弟分の成長を肴に、弟分の作った銘酒を楽しむ。確かに、美味いだろう。
「真喜子さんはさ……
「むしろ、来ないと思います?」
「私共も当初からそう言っているのですが。酒井様を筆頭に男性方々はなにやら少々興奮気味でして。────以上。」
「いやいやそう言わないでよ武蔵さん。いや、俺だって同意見なんだよ? でもさ、こう、滅多に無いじゃん。こんな状況」
こんな状況──と。改めて二万の骨軍を眺める。それが向かってくる現状は、非学生が戦える、もとい、戦わざるを得ない状況だ。
そして当然、現役の学生も戦えるわけであって。
「あー……なるほど」
──『一緒に戦いたかった』と。
「……真喜子さん? なにその温かい視線。違うからね? 俺はほら、学長だし? これでも昔はブイブイ言わせてから前線に立とうって考えただけだから 。それだけだから。ほら、こういう状況にでもならないと俺ら戦闘行為できないじゃない? ねえ聞いてる? 武蔵さんも」
「「はいはい。Jud.Jud.」」
温かい視線に、なにやらニヨニヨとした笑みが追加された(オリオトライだけだが)。続けて弁明しようとする酒井をよそに、武蔵がある一点に視線を向けた。
二万の軍の、その端。
英国オクスフォード教導院に、程近い場所。
「私どもの想定より、三分二十七秒も早くお越しになられるようです。これは、皆様の出る状況にはならないかと。────以上。」
「はぁ。やっぱりなぁ……まあいいか。あ、真喜子さん。雫さ、俺にも頂戴」
「だが断る。ほらほら、ちゃんと見てないと、見逃しちゃいますって」
──人間の視力では、いまだに点。ゆえに、武蔵が映し出した大画面の表示枠を見ようと、左右に広がっていた一同が集まってくる。
そして、その姿を見た。
走るというよりも、『横方向に跳ねる』という表現がふさわしいだろう。一歩踏み込む毎に加速を重ねていき……止まることなく二万の軍勢へと、激音と共に突撃した。
──表示枠から視線を外した、軍勢の一角。そこにはまるで、指向性を持たせた爆発でも起きたかのような現象が巻き起こっていた。骨兵とそれらが装備していた武具が広範囲に広がり、間接的にもその被害が広がっていく。
「んー……今ので700ってところかしら。これは相手のミスね。……いくらなんでも、密集させすぎよ」
「……ちなみに、今の数字は何を見て数えたのかね?」
「え? 何をってそりゃ、飛んでる
……数秒後、オリオトライが「うそですよ?」というまで、一同は本気にしたそうな。
そして、再び表示枠の向こう。
舞い上がった粉塵を吹き飛ばすように、大太刀を頭上にて回転させて風を巻いた大男が一人。
──その場所はすでに、後方を除く三方を敵に囲まれている死地である。にも関わらず、大太刀を担ぐようにして平然と立つ姿からは……そして見える限りの表情からは、焦りも緊張も見て取れはしない。
「はぁ──血だね、こりゃ。紫華も紫華で、戦ってなると途端に大胆不敵になったもんさ。その上本人にゃ自覚なしってんだから性質が悪いよ。似なくて良い所まで、そっくりだありゃ」
「……お、奴さんたちも動くぞ」
突然の『災害』に、呆然としていた骨兵たちも我に返ったようだ。そして普通であれば自滅しかねない遮二無二の突撃をもって、三方から津波のように押し寄せる。
対して大太刀は──ゆっくりと、動く。
肩担ぎから、左の腰溜めに。……素人から見てもわかるだろう。次の一撃は、『左下からの上がりがけの切り払い』だ。
……溜めて、溜めて、溜め込んで。
それを、一気に解き放つ。
……圧倒的なまでの、破壊力として。
「「「……変 だな/だね/ね」」」
「……計測完了。いまのを合わせまして、1856体となります。────以上。」
疑問の声は、ヨシキと酒井、そしてオリオトライだ。
初撃よりも明らかに広範囲に広がっている戦果に目を見開いていたヨシナオだが、その三人の呟きを聞き逃すことはなかった。
「……何が変なのかね? 酒井学長」
「ん? ああ……なんていうか『 刀の振り方 』……って言えばいいのかなぁ? それがいつもと、今までとか? 全然違うんだよ。
今までのアイツなら、早く鋭く──つまり『速度と技』で刀を振ってたのに、今のは違う。『力』だけだ。しかも、あんなに『溜める』ってのもおかしい……怪我してるわけでもねぇってのに」
酒井の説明をよそに、戦況は進む。
自軍の仲間が吹き飛ばされているにも関わらず、突撃の足は止まらない。むしろ、開いた穴を塞ぐ勢いで殺到した。
──右上に放たれた大太刀を、またゆっくりと、上段へ運び。
またもや、溜めて、溜めて……そして、解き放つ。
叩きつけられた大地が負けて、いくつかの巨石となって隆起した。
そして、叩き付けた姿勢のまま体を回し、また溜めて、溜めて、横へ凪ぐ。隆起した大地ごと斬り払い、数多を骸を巻き込んで。
「……2273。続けて──3205。────以上。」
単純計算で三太刀。三河で行った2500人を、超えた。
そして、三人はやはり首をかしげて訝しがる。
おかしいのだ。
わざわざあれだけ力を溜めずとも、込めずとも。止水ならば同様の戦果を叩きだせるはずなのに、と。まるで──。
「はは……まさか」
「いやいや、まさかでしょ? いや、でもなぁ……」
「やり、かねないんだよねぇ……あの子なら」
そんな三人の呆れるような独白を他所に、表示枠の向こうでは新たな動きが生じていた。
「っ!? ……何を……っ」
風を唸らせ、天へと高く。止水がその大太刀を投げたのだ。
そこに敵がいるわけでもなく、ましてや、『弾かれた』などと言うこともなく。
なによりその上で、新たな刀を喚ぶわけでも……ない。
「「「あ~……」」」
敵陣の真っ只中で武器を手放すなど、もはや自殺行為でしかない。ヨシナオは顔を険しく、そして声を上げようとして……止める。
──止まって、いない。絶えずその身は動いている。
……姿勢は低く、腰から深く沈んでいる。
──踏み込みは強く、地面に減り込むほどにだ。
上体の捻りは力を伝え、腕はうなりを上げ。
……その右の拳は、固く硬く……強固に握られていた。
彼には、懸念があった。
昨日のことだ。
あれは、相対の最中、刀を失った末の、咄嗟の一撃だった。
体重の移動もろくにしていない。踏み込みも斬撃の時のそれ。ただ腕力でのみ打ち出した、不様極まりない一撃。
──だと言うのに、人よりも明らかに優れているだろう人種のその相手は、吹き飛んだ。
吹き飛び、家屋の壁をいくつか貫き……それが、決め手となった。
「──あの『負け』が、相当応えたのかしらねぇ……当人もきっと、無自覚なうちに」
「負け……というと。まさか『王賜剣二型』であるか? しかし、あれは……」
……あれを、負けと見てしまうのであるか。とヨシナオは一人呟くが、周りは苦笑を浮かべるだけだった。
「Jud. それで急いだんでしょうね。……でも、急ぎ『過ぎ』ちゃった、と。まあ、多分そんな感じですかね。そして、丁度良いタイミングで、手加減の必要のない連中が現れた……っと」
──さあ、打ちますよ。
オリオトライを始めとする一同が、その言葉に身構えた。
そしてその一撃は……殺到していた骨兵の一体に呆気なく着弾する。──静かに、むき出しの胸骨へ吸い込まれるように。
……きっと、その骨兵の彼 (もしかしたら彼女) が、生前のままであったなら、幾度となく瞬きをしていたことだろう。
なにせ、何ともないのだ。拳は当てられているだけで、大した衝撃もなく……自分の体のどこにも損傷はない。異常なし、オールクリア。
思わず、自分の体を空っぽの眼で見渡して確認した結果だ。間違いはない。
そして……自分の無事を確認したところで、違和感に気付く。
──自分の後ろ。そこに続いていた同胞たちの気配が、消えている。
恐る恐る振り返れば──関節非関節を問わずバラバラになった数えきれない骨兵が、夜の空に吹き飛んで行くところだった。
『…………』
見えなくなるまで同胞の成れの果てを見送り……また、背後。空からうなりを上げて落ちてきた物をパシリと握る肉の音に、また振り返る。
『……んー、大体、掴んだ』
その言葉が、なにを意味するのか理解する間もなく。
──いつ降り下ろされたのかも分からない一刀の下に、その骸兵は左右に両断された。
「……武蔵さん、いまのでどれくらい行った?」
「少々お待ちを。──……計測完了。10356……1増えましたので、10357に訂正いたします。────以上。」
「つまり、今ので七千って感じか。やれやれ……数だけで見たら最盛期のダッちゃん超えかよ。こりゃあもともとなかったけど、俺らの出る幕はないかねぇ」
軍勢の真ん中。左右におおよそ半分ずつの形で残された骨兵たちも流石に混乱しているらしく、お互いの顔を見ていた。
……そして、幾度幾度の撃音が続いた、数分の後。
「……もう、計測するまでもありませんか。それでは、皆様ご一緒に……」
「「「「「 二万 」」」」」
……青白い燐光は完全に消え失せ、夜に星空の微かな明かりが戻ってくる。
その薄明かりに照らされて─アリアダストの校章紋を背負う白羽織が、ただ悠然とはためいていた。
読了ありがとうございました!