境界線上の守り刀   作:陽紅

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九章 会談上の着飾り者  【参】

「──それではお二人とも、何か言い遺すお言葉はございますか? ありませんね? ────以上。」

 

「「て、展開はやっ!?」」

 

 

 状況の説明として、場所は屋外。武蔵の艦のいずれかどこか。

 総艦長である武蔵が、感情のこもっていない冷たい無機質な眼で、目の前に正座させている二人の和洋の中年を睥睨している。

 

 

 ──力関係の差は、一目瞭然だった。

 

 

「あ、あのー、武蔵さん? こういう時ってさ "言い遺す言葉は?"、じゃなくて "弁明は?"だと、俺は思うんだけどなぁー、って……えーっと」

 

「う、うむ! そうである! 今の言い回しではまるで麻呂たちが『明日の朝日を見れぬ』ようであるな! うむ! ……うむ!」

 

 

 二人の言い分を聞いて、武蔵は考えるように沈黙する。

 数秒して──再び二人を、見下した。

 

 

「……Jud. それで、言 い 遺 す お 言 葉 はございますか? ────以上。」

 

 

 ──変化は、ないらしい。彼女の中で、二人の処刑は決定事項のようだ。

 

 

「いや、あのぅ……武蔵さん? お、怒ってる?」

 

「……怒ってなどおりません。ええ、当然です。自動人形ですので。────以上。」

 

 

 怒っていないらしい。では、先ほどから酒井とヨシナオが聞いている、『ゴゴゴゴ……』という謎の音は幻聴ということになる。だんだんと背筋が冷えてくるのも、きっと気のせいなのだろう。

 

 

(鵜呑みにするのは、トーリくらいかなぁ……)

 

 

 和方の中年はふと、底抜けに馬──明るい性格の総長兼生徒会長を思い出す。そして言葉を鵜呑みにして、地雷をおまけとばかりに乱踏みしていくところまで想像した。

 

 そんな現実逃避もそこそこにしておいて……長い人生経験から考えても、これだけの状況がそろっていて『怒ってない』と思えるわけもなく。

 そしてその理由も、なんとなく想像ができるわけで。

 

 

「いや、でもさ? 武蔵さんだって見てみたいと思うじゃない、アイツの正装。今まで誰も見たことないし、アイツ本人もそういうの持ってないしで……。でもさ? いっつもこういうの、武蔵さんたち女性陣がぱっとやってすぐに終わらせちゃうじゃない?

 だから、その、たまには俺たち男がさ? こう『これが男の勝負服~!』って感じでやったっていいじゃん……って」

 

 

 和のおっさんが未練がましく抗議する。洋のおっさんはわかる部分があるのか、しきりに頷いていた。

 

 二人がそんな感じで開き直りを見せ……そして、周囲の気温が、さらに下がる。

 

 

 ……季節的にはもうありえない貴重な氷点下を、二人は今まさに経験していた。

 

 

 そして、執行への秒読みが始まった……そんな時だ。三人の下に、剣呑な雰囲気をものともせず、飄々とした足取りでやってくる女性が一人。

 

 青雷亭の店主である。

 

 

「はっはっは、絞られてるねぇ二人とも。でもまあ、もういいんじゃないの武蔵さん。そろそろ許しておやりよ。みんな考えてたことは一緒だった、ってだけじゃないか」

 

「これはヨシキ様。……いえ、このお二人の計画がすべてこちらに筒抜けで、どうせ私どもで上書き更新されるのですから、今後勝手な行動はお慎みくださいと釘を打てればいいのです。────以上。」

 

 

 ゴ音と温度低下が止まり、安堵。と一息をつこうとして……二人は固まる。

 許されると思った、思ったら自分たちの計画が『食われていた』。まさに上げて落とされた二人は、アングリと口を開けて放心するしかない。

 

 容赦ないねぇ、と苦笑するヨシキ。

 

 

「はぁ……安心しなよ。ちゃあんと、学長とヨシナオ王、二人の用意したのと合わせてあるからさ。きっちりばっちり、こっちで決めといたよ」

 

 

 今日のあの子は武蔵一同の『合作』ってわけだ、と笑顔の女店主。

 

 ──上げて落とされて、しかし希望が残っていたと知った酒井とヨシナオ。後に、店主のその笑顔に後光が見えたと語る。

 

 

 

 

「ほらほらいつまでもそんなとこ座ってないで、ウチに来なよ……みんなで一緒に見ようじゃないか。

 守り刀が、歴史の表舞台に()()()()()()()()、その瞬間をさ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 金色(こんじき)の光が、妖精女王の身に集う──少なくとも正純の目には、そうとしか見えなかった。

 

 それよりも正純は、突如として現れたその強い怒り……それも、まるで己の身内を侮辱されたか傷付けられたかのような激情に対する考察に、思考を裂いていた。

 

 

 ……後ろにいる智が、その圧倒的な流体量と密度。そして、怒りの感情に委ねるがままに猛っている様に絶句しているのを見たなら、それを知れたなら──それが危険なのだ、と理解もできただろう。

 

 それができぬまま……事態は進む。

 

 

「ふ、伏せぇ──ッ!!!」

 

 

 

 そして──甲高い悲鳴の様な警告が届く。

 それが英国の副長が発した物だとわかり、彼女が誰よりも早く地に伏せ、身を丸めているのを確認して……やっと、正純はその危険を察知する。

 

 英国勢はある程度慣れているのだろう。すでに身を伏せるか身構えて、直後に衝撃に備えている。武蔵の皆はというと、戦闘系の面々は直感で何かしらの脅威を感じて身構えているが……それだけだ。

 

 

 もっとも危険な位置にいるであろう正純とホライゾンの救出など、できるはずもない。

 

 

(くっ、なんとかホライゾンだけで……も?)

         ──『    、    』

 

 

 やたらと遅く感じる時間経過の中で、正純たちはやけにはっきりとある音……いや、ある声を聞く。

 

 その声は、聞きなれた……しかし、ここに来ているはずのない声で……。

 

 

 そして、ホライゾンを後ろへ突き飛ばそうとしていた、一同の中で唯一後ろを振り返っていた正純が、それにいち早く気付いた。

 

 

(何だ、あれ……火?)

 

 

 

 そう正純が判断しても、まあ、致し方ないだろう。それは、誰がどう見ても火──いや、『炎』だった。

 

 閉じたままの扉の隙間から僅かに揺らめいたかと思えば、揺らめきは勢いよく吹き上がる。そして渦巻き猛り、大気を唸らせ──大炎は空間を埋め尽くした。

 

 そのまま、爆発するかのような勢いで、瞬く間に正純たちを含む武蔵の総員を飲み込み……。

 

 

「っ!?」

 

 

 直後、本当に爆発した黄金の極光。妖精女王の驚愕と合わせ、その圧力と──激突した。

 

 

 

(お、おい、浅間……! これって!)

(考えているとおりです! でもっ、とりあえず今は『言われたとおり』に!)

 

 

 筆舌にも描写にもし難い、絶え間ない異音。あまり長く聞いていたくないその不快な音だけが、武蔵勢の唯一の被害だった。──炎の外にいる盾符の面々は、押さえつけられるような吹き飛ばされるような外圧に顔を歪めつつも耐えているのに、である。

 

 炎に飲み込まれ……しかし熱さなど僅かにもなく。飲み込まれたというよりも、包まれたという穏やかさの中で、正純は一度落ち着くために深呼吸する。

 

 

 そして──落ち着いて。浮かんできたのは、苦笑だった。

 

 

 炎に飲み込まれる瞬間、そして飲み込まれた後も……正純を含めて誰一人、その事象に対して何もしていない。

 炎が迫ったのなら、普通は逃げるなりの対処をするだろう。無意味と知りつつも防御姿勢をとるかもしれない。

 

 

 だというのに、何もしなかった。

 

 ──する必要を、かけらも考えなかった。

 

 

 

(これも、ある意味課題だな──頼りすぎたぞ、全員)

 

 

 

 ──『そのまま、立っててくれ』。

 

 聞こえたのはそれだけだった。もっとも、聞こえた──といっても、耳を通してではなく、何かしらの伝達方法を使ったのだろう。

 

 聞きなれたその声と、なにより焔の──その色彩。

 

 赤だと言う者もいるだろう。感性によってはオレンジと思うかもしれない。

 だが直前の、声の主を思い出せばその色彩は、おのずと誰も彼も『その色』になる。

 

 ……だから智は、『言われたとおりに』と答えたのだろう。

 

 

 

 そして金光と『緋』炎の形無き力のぶつかり合いは、互いに譲らず拮抗のまま──唐突に終わりを迎える。

 押しつぶさんとしていた金色が、唐突にその威を収めたのだ。

 当の妖精女王はその口端に笑みさえ浮かべ……様子を見るように留まり、やがて役目を終えて戻っていく炎を、じっと見送る。

 

 一同の視線はおのずと、緋の炎をいまだ滲ませる、その扉へと向かった。

 

 

 

 

 そして、扉が開き……腰に手を当て。

 

 

 堂々と立っている下半身半裸の馬鹿に、一同は言葉をなくした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ"あ"……?」

 

 

 思わず響いてしまった濁音の疑問。視界の隅にある表示枠に 薬詩人『レディ!? 淑女! 英国淑女スピリットを思い出して!!』という書き込みが走ったが、エリザベスは無視した。

 

 あの顔は見たことがある。立食会で女装していた武蔵の総長兼生徒会長の肩書きを持つ変態だったはずだ。確か、立食会のはじめのほうで真紅のドレスを着た武蔵の女生徒に『 自主規制 』されて『 自主規制 』れたはずである。

 

 それがなぜか、極東の男子制服──の上だけを着て、下半身は裸という奇抜なファッションで再登場した。

 英国の放送部の生徒がなにやら伺ってくるが、コカーンのあたりには何やら金色のモザイクがあるので、全国放送はまだギリギリ可能なようである。

 ……ジョンソンは悩みに悩みながらも、放送続行のサインを送る。

 

 

「おいおいセージュン! おめぇなに俺に黙ってダム取りあってるんだよ!? 混ぜろよ俺も! 取り合う対象として!」

「……ああ、そうだな。止水武蔵(こっち)でお前英国(あっち)な? よかったな。丸く収まったぞ」

「え、マジかよ!? 俺ってそんなに英国に人気なわけ!?」

 

「「「「「「いやごめん。マジいらない」」」」」」

 

 

 妙に様になっている()()を英国の盾符たちに送るが、全員が綺麗にそろえて断拒(断固拒否)の姿勢を取る。

 

 憤慨しつつ裸足でペタペタと普通に歩いてくる半裸に、武蔵の副会長はあることに気づく。彼を全裸ではなく半裸にしている上着。それが、やや丈足らずで、当人より少し小さめの──自分の物だった。

 

 

「おま、お前!? それ、それ私の制服じゃないか!? しかも直接着てっ……脱げよ! 今すぐ脱げよお前ぇ!」

 

「え、マジで? ちょっと小さいし下女物だからおかしいとは思ったんだよ! でも道理でなんか良い匂いするかと思ったぜ! やっぱセージュンもオンナノコなのな!」

 

「~~ッ! し・ね!」

 

 

 何度もいうが、今件は全国放送されているのである。武蔵の副会長は良い匂いと、当然全国に。

 ──両国一同の同情の視線が、バカに蹴りを叩き込んでいる正純に向けられる。間接的に全国生放送の原因となってしまったアスリート詩人は罪悪感からか、こっそりと両手を合わせて頭を下げていた。

 

 

「落ち着けってセージュン! ちゃんとほかの連中のにも袖通して確認しといたからよ! ネイトとオメェので悩んだんだけど、やっぱ男物でこないとまずいかなって」

 

―*―

 

銀愛会『絶許』

 

正副会『絶許』

 

ノブ誕『絶許』

 

コニ誕『絶許』

 

634『絶許。────以上』

 

 

あさま『混信! 混信しすぎですよ!?』

 

青雷主『あー、うちのバカがごめんね。智ちゃん、正純さん』

 

 

―*―

 

 

 顔を真っ赤にしている正純と、うなだれるか落ち込むかしている武蔵女衆を余所に、半裸はさらに前へ出る。

 

 

「んで、だ。おーい、妖精女王! ……なげぇから妖女でいいか。ちょっと頼みてぇことがあんだけどいいか!?」

 

 

 ──広間が、静寂で包まれた。

 

 

「ほ、ほう。この私に対するあだ名か。い、いささか斬新だが、うむ。まあ……まあ、よかろう。

 それで? 頼みとは?」

 

 

 英国側の表示枠の内容が途轍もないお祭り騒ぎになっていたが、そんなことをトーリが知ることも、気にすることもなく。

 さっきから原因になりっぱなしの半裸はおう、と一つうなずき。

 

 

 

 

「あのさ。武器の持ち込み? だけどよ、今回だけ、一回だけ! 許可くんね?

 ダム──あ、さっきから話してる止水な? 部屋の外で待ってんだけどさ。あんにゃろう、いっがいと細かくってさー……武器持込ダメだと入れない、って」

 

 

 せっかくタイミング計ってたのによぅ、と愚痴をこぼす半裸は、それでも笑顔だ。

 だが、そんな笑顔で頼まれた内容は、英国としてはやすやすと受け入れて良いものではない。例外を認めてしまえば、今後同じ例外を望む国が出ないとも限らないのだ。

 

 

 

「……よかろう」

 

「「女王陛下!?」」

 

 

 だというのに、長自ら許可を出してしまう。

 撤回を求める一同の声よりも早く、エリザベスが続けた。

 

 

「かまわん。『顔を出さぬは無礼』と先に言ったのはこちらだ。この程度の要求、応えずして何が強国か。──それに、武器が持ち込まれた程度で私への害を許す諸兄らではあるまい?」

 

 

 ……その言い方は卑怯だ、と盾符の面々が閉口する。だが、背筋が伸びる。そして表情は揺るがぬ戦士のそれになり──正しく『盾』としてあるかのごとく。

 

 

「ふむ。これで良かろう? さあ──呼ぶが良い。守り刀の一族を」

 

「おう、サンキュな。それじゃあ……。

 

 

 ダッ、ムゥゥウウ!!!! ゴッ、ハッン、だぞぉおおお!!!???」

 

 

 ……誰でもいい。

 

 誰かこの半裸に、『全国生放送』の意味を教えてやってくれ、と。

 

 

 いまだ会議の本題に入ってすらいないにも関わらず、両国は心を一つにした。

 

 

 

 

 だが、『やっと』。

 

 

 そんな思いで開いていく扉を見れば、予想したとおりの緋色が──、

 

 

「え……?」

 

 

 

 ──そこには、いなかった。

 

 

 

 開いた扉。しかしすぐに入ることはなく──その場で一礼し、一歩進み、今度は深く、頭を下げる。ゆっくりと、しかし、よどみなく。

 

 

 そのまま音もなく静かに進むその身が纏うは……緋ではなく、対を成すかのような純白の羽織。

 

 そして、その白に包まれるようにして代名詞たる緋色がいる。その緋の下に鮮やかな色彩で刺繍を施された黒の上着と袴があり、深い紫色の腰帯が緋と黒をまとめていた。

 

 

 ……基本的に緋色単色しか纏っていなかった今までと比べても、その差は歴然としているだろう。決して豊かとはいえない色数でありながら、しかし鮮やかだと思わせた。

 

 

 さらには……常日頃から、顔を隠すようにして備えていた高襟と鉢金も今はない。

 

 髪は幾房ほど残して逆立つように整えられ、目尻などには僅かに化粧も施されているのだろうか、いつものノンビリとした眼差しではなく、どこか鋭さを帯びている。……それでありながら、涼しげな笑みを浮かべているのだ。

 

 

 

 

 ……『精悍な偉丈夫』。そう表現して差し障りない青年が、そこにいた。

 

 

 一同の視線を一身に、そして、直前に相棒のやらかしをも払拭し、正純の隣まで歩み進み、止まる。

 

 

 そして、袴を払い、両膝を付くと──エリザベスに向かい、低頭する。

 その純白の羽織……その背に明刻された、()()()()()()()()()()を、僅かに見せるようにして。

 

 

 

「……っ」

 

「──遅れの参じ。平に平に、ご容赦願いたく。重ねて、刀たる我が身を御前に晒しつける無礼と不敬を、どうか、ご容赦いただきたく存じます」

 

 

 意識しているのだろうか、普段より若干低く、よく通る声が響いた。

 

 ……唖然度合いをさらに強くする正純を放置し、止水は続ける。

 

 

「……お初に御目にかかります。武蔵が守り刀・影打、銘を止水と申します。以後、お見知りおきのほどを」

 

 

 

 ──誰、この人?

 

 そんな正純の小さなつぶやきは、すぐそばのその対象にしか、聞こえなかったそうな。

 




読了ありがとうございました!

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