境界線上の守り刀   作:陽紅

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九章 会談上の着飾り者  【弐】

 荘厳、という言葉が相応しく──また、静謐という言葉もまた相応しいその空間は……足を踏み入れた者たちに知らず知らずのうちの緊張を抱かせることだろう。

 縦と高さに長い造り、そして、建築家たちの技法によって、そこは本来の寸法よりも広大に見える。

 

 そこは──王の間だった。いや、性別が違うのだから、女王の間……と言ったほうが正しいだろう。

 

 英国が頂点にして妖精の女王エリザベスが、その威を示すための場所だ。そして、その最奥にして最高の場に、その主を迎え入れて……この上なく、その世界は完成する。

 

 

「フフ……食事は楽しめたか? 武蔵の者たちよ。──そろそろ刻限だ。招いた側として、事の始まりを告げさせてもらおう。……ダッドリー」

 

「T、Tes. そそそ、それではただいまより、え、英国・武蔵によるごご、合同会議を開催いたします……!」

 

 

 ダッドリーのその宣誓に、その場多くの者が自分の背筋が伸びたことを自覚する。

 

 

 

 

 ──向かい合いの形は、二通りだ。

 

 まずは左右。入り口から入って右側に、武蔵の総長連合特務・生徒会の役員たちが並んでいる。それに対し、左側には英国の女王の盾符(トランプ)のメンバーが勢ぞろいして相対していた。

 昨日の相対戦の名残か、どちらにも若干名の欠員があり、また一人二人の負傷者がいる。特に、牙の半分を失っている半狼と、相棒である武装を半壊させられた人狼は剣呑な気配を滲ませている。

 

 もっとも、半狼のほうはぶつけるべき相手が不在のため、若干燻っているようだが。

 

 

 

 そして、そんな両陣営の中央。

 

 前後と、さらに若干の高低差で向かい合っている六人。おそらく、この六名がこの会談における『主役』となるのだろう。

 

 

 ……英国は純粋に教導院の最上位の三名だが、武蔵は違う。副会長である正純を筆頭に、副王であるホライゾンと、書記代理として智がついていた。

 

 開催に先んじた正純が、胸に手を当てて一礼をする。

 

 

「──では、改めてご挨拶を。武蔵アリアダスト教導院代表、生徒会副会長を務める本多 正純と申します。

 早速ですが、今回の会談における両国の意志を──……」

 

 

 

 「  ──まあ待て。そう焦るな、武蔵の代表よ  」

 

 

 

 確認しよう。そう、続けようとした正純の言葉を、エリザベスは悠然と遮る。

 会議が始まって早々の、しかも、主張でも要望でもない『前置き』の言葉を態々遮ったことに、武蔵勢はかすかな感情の動きを見せる。

 

 その中で正純は……想定していたいくつかのパターンの中の一つを、思い返していた。

 

 

「今回の会議にあたり──我が英国は武蔵に対し、求めるべき要望があり、そして通すべき事項がある。だが、それは当然武蔵も同じことであろう? ……我が英国に対し要求があり、提案があり、そして対策があるのだろう。

 事は個人間ではなく国家間。長い時間をかけ、両国がお互いに納得できるものにしなければならない」

 

 

 エリザベスは語る。朗々と、口端に笑みさえ浮かべながら。

 

 その言葉を聞いた正純は……かつて、シロジロから聞いた話、その内容を思い出していた。

 武蔵が英国に入る──よりも前。武蔵が『英国へ向かう』と決定した、その直後のことだ。守銭奴と名高い彼に個人的に呼び止められ、わずかながらに警戒しながらも聞いたのを、正純は今でも覚えている。

 

 

 

 ……警戒する正純に対し、シロジロは至極まじめに、そして真剣に── ”警告" した。

 

 

 

 

「そこで、だ。会議の形になる前に、我が英国から『最良の提案』をしようではないか」

 

 

   ──『武蔵が英国に向かうことに異はない。だが、()()()()()、正純。……英国は』

 

 

 一息。

 

 そして。

 

 

「……我が英国は、『 武蔵の無理難題を除く全要求を受け入れ、これに全力で応じよう 』

 そして、その見返りとして──」

 

 

   ──『()()()、各国が様々な『難癖』を付けてその身柄を要求する中で、唯一……』

 

 

 

 

 ……妖精の女王が、会心の笑みを浮かべた。

 

 

 

「武蔵アリアダスト教導院に在籍している──守り刀の一族……止水殿の、我が英国オクスフォード教導院への転入を要求しよう」

 

 

   ──『破格の『待遇』を示して、止水の英国オクスフォード教導院への転入を()()してきた国だ』

 

 

 

 ―*―

 

 

 

ウキー『……ほう。止水のやつめ、いつの間に英国でフラグを立てたのだ? しかもこれは、かなりのベタボレフラグと見える』

 

○べ屋『うーん、無理難題っていうのがどこまでのレベルかわからないけど、英国も相当ぶっこんできたみたいね』

 

金マル『 "個人間じゃなくて国家間" って言ったばっかりなのに、個人のために国家傾けかねないよねこれ……? いくら武蔵超有利でもナイちゃん、しーちゃんはあげたくないかなぁ』

 

銀 狼『でも正純はそれほど動揺しているように見えませんわよ……? もしかして、ある程度予想していたんじゃ?』

 

煙草女『止めの字よこせ、って内容をかい? 三河の前でシロジロからチラッとは聞いてたけど……なるほど、守銭奴もグルってわけか』

 

 

 

賢 姉『…………』

 

あさま『……あの、喜美? 無言ならいちいち書き込まなくてもいいんですよ? っていうか通神越しにどえらい怨念感じるんですけど……?』

 

貧従士『ヘルプ! 誰かヘルプです!! き、喜美さんが暗黒面……ひぃっ!?』

 

 ―*―

 

 

 正純は悟られぬように肩の上下を抑えながら、ゆっくりと深呼吸する。……肺を一杯に満たし、さらには腹に落とす深さで吸い続け、上ずりかけた心を、沈ませる。

 後ろと右側が忙しそうに表紙枠を連打してるが、おそらく情報を伏せていたことへのやり取りか何かをしているのだろう。正純自身、聞いた当初は耳を疑ったものだ。

 

 

 シロジロがそれを受け取ったのは三河での決起直前、正純らが武蔵を止める側にいた時のことだという。そのときは生徒会も総長連合もまともに機能していなかったため、責任者不在云々で何とか流したそうだ。

 

 

(しかしまさか……真っ先にその話を持ってくるとはな)

 

 

 ……正純はこの案件に対し、三通りほどだが、パターンを予想していた。

 

 

 一つは今まさに行ったように、開始後真っ先に持ってくるというもの。もう一つは逆に、終了間際に持ってくるもの。

 

 そして最後は、その話にすら触れない、といったものだ。これならば何の問題もない。正純個人の采配で会議に臨み、結果を出してくるだけの話だった。

 

 

 ……前後での違いは、その『本気度』の違いだろう。

 

 後に回せば、『あわよくば』といった程度のレベルでしかないということだ。

 

 止水という、個人にして対軍対艦なんでもござれの単騎戦力は、まずどの国家も欲しがって当然の人材だろう。その上で末世に対する保険に()()()()()()()()のだから、手元において損になることはありえない。

 

 だからこそ……どこの国も欲しがる要素があるからこそ、それは余計な火種になるとも言える。

 

 会議の後で軽く告げれば、本意はどうあれ冗談で済ませることもできる。安全な位置から『あわよくば』の成果を求められるのだ。

 

 

 だが、エリザベスは会議の開始直後。本題の前にそれを告げた。

 お互いの明確な主張を言い合うことよりも『重要』なのだと。その上、破格とも言うべき対価を用意して。

 

 

(それだけ本気……ということか) 

 

 

 無理難題を除くすべての要求を受け入れる──国の長が、軽々しく言っていい言葉ではない。つまり、英国は──エリザベスは、それだけの価値を『守り刀の止水』に見出しているということに他ならない。

 

 

 だが、どんな真意があろうと、またどれだけ武蔵が優位になろうと。

 

 

「……せっかくの提案だが、断らせていただく」

 

「ほう……?」

 

 

 ──そんなふざけた提案、受け入れるはずがない。

 

 

 ―*―

 

 

女 王『……む、断られたぞ? なぜだ、かなり破格だったはずだが……』

 

薬詩人『レディ!? 破格過ぎます! あれほど、あれほど現場判断はおやめくださいと言ったのに! ……言ったのにぃぃぃ!!』

 

地味商『第一に、そのお話は止水氏本人にすべきことではないかと……! わざわざ教導院を通す必要もないと……ぬああ、また胃がぁぁ……』

 

女 王『ふむ、それもそうか……では聞いてみるか』

 

約全員『え?』

 

 

―*―

 

 

「断る、か……随分な言葉ではないか。まるで己の所有物であるかのような物言いは、あまり感心せんぞ?

 それに──この会議の場に来ていない時点で、我が英国に対する無礼ではないか?」

 

 

 

 ……来た。

 

 

 明らかに不機嫌を滲ませつつ見下ろしてくるエリザベスを、しかし負けじと見上げ返しながら、正純は奥歯を強く噛む。

 

 現状武蔵の特務・生徒会役員で正式に欠席している三人は全員が負傷などの理由によって致し方なく、というものだ。

 だが、止水は違う。昨日の一件で、英国領土でかなりの大立ち回りをやっている。負傷らしい負傷もなく……だ。

 

 当然、これに関しても英国から何かしらのアクションがあると踏んでいた正純は、しっかりと回答を用意していたし、それ相応の準備もしてきている。

 

 

(止水をダシにするのは気が引けるが……序盤の白星は武蔵がとる……!)

 

 

 正純は半歩足を前に進ませ、姿勢から、挑む。

 

 

「女王陛下──彼は人であり、また刀です。そして、()()の守り刀です。この場にいないのは、彼が武装解除という前提を行えないのと、『己は刀であるが故に』との当人の強い希望によるものであります」

 

「……確かに、三河での抗争時もどこからともなく刀を取り出していたな。なるほど、不参列の理由は受け入れよう。

 だが、武蔵が個人を縛る理由ではあるまい? 武蔵が本人の意思をないがしろにしている可能性もあるのではないか?」

 

 

 口ではどうとでも言える、とエリザベスは言うが、正純は引かない。それどころか、既に勝ちを得たとばかりに笑みを浮かべていた。

 

 

―*―

 

 

金マル『いっけぇー! セージュンやっちゃえー!! 』

 

銀 狼『……なんでマルゴットはこんなにテンション高めなんですの?』

 

ウキー『金髪・巨乳・異族。……何気に自分とキャラが被っていると気づいたのであろう。そっとしておいてやれ』

 

○べ屋『そんな貴女にこの商品! 猫耳猫尻尾猫ヒゲの『猫なりきり三神器』! いまならなんとこのお値段♪』

 

俺  『おー!? 安いんじゃね? 買った!』

 

約全員『誰得だよ!?』

 

 

―*―

 

 

(やっぱり、みんなも心穏やかに、というわけにはいられないか……)

 

 正純は不意に、右側からくる不穏な気配を感じる。ちらりと見れば、友人の身代のことだから、さすがの外道たちも落ち着いていられないのだろう。正純とシロジロがずっと秘めていたのだから、『手がないのでは?』と不安になっているのかもしれない。

 

 

 だからこそ正純は、内にも外にも示せるだろう、その確固たる証拠を見せる必要があった。

 

 今後、英国と同様の要求を他国がしてこないとも限らない。故に今ここで……この場で。止水の身代を決然と証明する必要があるのだ。

 

 

 正純は懐から──ゆっくりと『それ』を取り出す。

 刹那、左側……ウルオシンガムが警戒するように構えるが、『それ』を要確認して、行動に移すことを思い留まった。躊躇った、と言ってもいいだろう。

 

 なぜなら……正純が取り出したものは武器に類するものではあるが──しかし決して、武器ではないものだった。

 

 

「それは……」

 

「Jud. 守り刀の止水……本人から預かってきたものです。これが何か、という説明は──不要でしょう」

 

 

 

 それは、『鞘』だった。

 脇差よりもさらに短い、おおよそ懐刀ほどの短さだろう刀の……緋一色の、なんの装飾もない質素な、ただの鞘。

 

 それが、それこそが。正純の用意した、確固たる証拠だった。

 

 

「──抜かれた刀は、戦いが終われば鞘へと帰る。ゆえに、鞘のある場所が自分の帰るべき場所なのだと……そう言っていました。

……これ以上ない、明確な証明であると思われませんか?」

 

「…………」

 

 

―*―

 

 

銀 狼『え……と。本当ですの? 本当に止水さんがそう言ったんですの?』

 

煙草女『俄かに信じがたいね……誰かの入れ知恵じゃないのかい?』

 

守銭奴『いや、大変意外なことにこれは大マジだ。どうも、やつの一族の『慣わし』らしい。" 戦場から無事に帰る " といった験担ぎのようなものとのことだ。今回は帰る場所を意図的に『所属先』に置き換えただけだが、まあ無理はあるまい』

 

俺  『あー、まだそういうのあったのか。姉ちゃんも似た感じの聞いて、止水の服引っぺがしてたもんなぁ。内容知らねぇけど』

 

賢 姉『んふふ愚弟? みんなには内緒って言ったのにあんた何ゲロしてんのよ。それよりあの鞘って一時的? それともこれからもずっと貧乳政治家のなの? どうなのそこんところ』

 

守銭奴『知らん。金になりそうにないことなどイチイチ聞いてられんからな』

 

 

―*―

 

 

 ですよねぇ、という言葉が、後ろと右側からため息と重なって聞こえてくる。何があった? と疑問に思うが、それは会議の後だ。

 左側にいるリビングボーンが『です』のあたりでソワソワとし始めたが、これは知らん。

 

 ……正純は一息吸い、畳み掛けるための言葉を作る。

 

 

「そして、これは私個人の話ですが……言われているのですよ──『使え』と。

 

 『自分の力でよければ、好きなだけ使え』……ゆえに私は使います。彼の力を、武蔵を守るために。

 そして、今後このような要求があるだろう。そこで、我が武蔵の解答は変わらないことをこの場を通して英国に、そして全世界に対し宣言させてもらう。

 守り刀は()()の刀であると。そしてそれは今後絶対に、変わりはしないと……!」

 

 

 言い切った。言い切ってやった。

 正純は、己の身が熱くなることを止められなかった。──大国の長に、そして、全世界の識者たちに対して、絶対の宣言をする。……政治家として、これに勝る高揚はないだろう。

 

 ……赤くなった頬でそんな宣言をしてしまったためか、色恋沙汰のそれに見えたどこぞの副会長ファンクラブが狂喜乱舞したのだが、完全に余談なのでスルーしよう。

 

 

 正純の言葉はなお続く。

 

 

「まあ、いろいろと建前を並べましたが……友を犠牲に益を得るなど、私たちは絶対にしない! ……ということです。どうか、ご理解いただきたい」

 

 

―*―

 

ウキー『…………』

金マル『…………』

煙草女『…………』

銀 狼『…………』

貧従士『…………』

 

 

あさま『あー、皆これ、心にグサッと来た感じですか? ……誰かを生贄にして自分だけ助かろう~なんて考えは、これを機に捨てましょう! ね!』

 

葵姉弟『……生贄を差し出される側が何をおっしゃる』

 

 

守銭奴『ふむ──やれはしないが、レンタルくらいならば、うむむ』

○べ屋『シロ君シロ君! ……月額とかよりもやっぱり時給のほうが利率高いかも!』

 

約全員『ゆらがねぇなこの守銭奴夫婦!』

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 場所は変わって、英国オクスフォード教導院の一室。会議には参加しない生徒たちの控え室として武蔵勢に提供されている部屋に、その三人はいた。

 

 

「クッフッフ、見なさいよこれ貧乳政治家が生意気にも乙女してるわよこれ。どこの誰の許可得て誰の所有宣言全国ブッパしてんのかしらねこれ。ちょっと後でこれにお呼び出ししてやるわよ? 呼び出すわよ教導院校舎裏にこれを! ……私はいかないけど!」

 

「っていうか、誰がどう見ても教導院間会議してるとは思えないログですよ。しかもメインの内容に入る前に止水さんのことでどっちも完全燃焼しかけてますし」

 

「し、止水っくん、て転校し、ちゃうのかな? し、しないよね?」

 

 

 一人は先ほどから妖精女王、続いて武蔵副会長に対する嫉妬ファイアーに忙しい喜美だ。真紅のドレスが謎の風ではためいて、本当に燃えているように見える。

 そして、会議開始からの通神ログを見直して呆れているアデーレと、妖精女王の『止水転入話』からずっとオロオロしている武蔵の至宝。

 

 

「……はぁ。英国の意思はどうだか知らないけど、少なくとも妖精の女王様の本命は止水のオバカみたいね。まったく、あんたたちの護衛もしないであの大バ刀はなにやらかしてくれちゃってんのかしらね全く。

 ──もうライバルもライバル候補もお腹いっぱいよ流石に。ねえ? アデェーレ?」

 

「じ、自分ですか!? あ、あはは……えーっと、その、あ! そういえば外交官として英国にいる間もそうでしたよ! なんか女王陛下が一人で突っ走ってるというか暴走している感じで……」

 

 

 嫉妬炎が収まり、やっと平穏が……と思えば、次の瞬間には物理的にも言葉的にも喜美に絡み付かれているアデーレ。

 何とか言い逃れの話題を振るが、後日お呼び出しね? と耳元でボソリと言われ、絶望した。

 

 

「え、えと、わた、私もずっと、聞いてたけど──し、止水くん、ずっと逃、げたり隠れたりしてっ、女お、様とは、直接は会ったり、話したり、は……してなかったよ?」

 

 

 日中は基本鬼ごっこかかくれんぼ。夜には二人のもとへ帰還していたと鈴は言う。

 少し集中すれば、武蔵の一艦の船首から船尾まで網羅できる鈴だ。武蔵よりは広いとはいえ、たかが教導院内。

 

 その背にずっと乗っていて聞き慣れた緋衣のはためきや、無駄に静かな足音。たまにこぼれる愚痴のようなつぶやきは簡単に拾えるのだろう。

 

 

「ふぅん……?」

 

 

 躍起になっていたのは、妖精女王ただ一人。

 ほかの多くは、その女王を止めるために走り回っていた、とも。

 

 

 その情報を聞いて、喜美は思考を回す。

 

 

 

  ── 英国は……否、妖精女王は、止水を欲した。国を傾けかねない条件さえ提示してまで。

 

 

(──なぜ?)

 

 

 三河で元信公が全世界に発信した止水の価値。そして、三河での抗争で知らしめた一騎当軍の戦力。……まず間違いなく、あの会議上にいる正純たちはこの二点が理由だと思っているはずだ。

 

 それも当然で、国政を預かる者ならば手札に加えたいと思う個人だろう。

 

 

 だが、それで国を傾けてしまっては本末転倒。ならば──。

 

 

(何か、別の理由がある、ってことかしら……国を傾けてまで止水のお馬鹿を欲しい、それだけの理由が)

 

 

 極東中を航行する武蔵にいたのだから、過去に数回程度だが、止水も英国に訪れたことがある。だが当然、英国の王族との接点などあるわけがない。

 止水との接点というより、エリザベスが一方的に止水を知っているような……。

 

 

「あ、あの……なんかおかしくないですか? 急に、どっちも黙っちゃったみたいですけど……」

 

「?」

 

 

 考えに没頭していた喜美は、少し焦ったようなアデーレの言葉で戻ってくる。

 そして、全国へと配信されているものと同じ、リアルタイムの映像を覗き込めば──アデーレの言葉通り、正純もエリザベスも、確かに沈黙している。

 

 

 正確には……エリザベスによって、沈黙を余儀なくされていた。

 

 

 

  『……フフ、ハハハ』

 

 

 

 沈黙をやっと破って聞こえてきたのは、そんな笑い声だった。

 喜美の隣に座っている鈴が、身を硬くする。そして無意識にだろう、本能のままに喜美の手を握った。

 

 

『 " 友を犠牲に益を得るなど絶対にしない" か。なるほど。なるほどなるほど……』

 

 

 通神を通して聞こえてくる声、控え室から会議の場まで、遠くはないが離れている距離。

 

 それを越しても──。

 

 

 

 

 

 

  『不愉快だ──嘗てその友を踏みにじり、のうのうと生き長らえたのは貴様ら極東の民であろうが!!』

 

 

 

 

 

 

 ──圧倒的な怒り。憤怒とさえ表現できる、感情の爆発。

 

 

 ……極光が、表示枠の向こうを埋め尽くした。

 

 

 

 

 




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