境界線上の守り刀   作:陽紅

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明けましておめでとうございます!

本年も『境界線上の守り刀』、お付き合いいただけるとうれしいです!


九章 会談上の着飾り者  【壱】

 

 

 目の前の金髪に櫛を通し──丁寧に、丁寧に撫で付ける。少し癖があるものの、細く柔らかい髪は触っていて気分がいい。赤ちゃんの頭を撫でているようだ。

 

 

「あはは……な、なんか慣れませんねぇ。自分、あんまり髪とかいじらないんで……」

 

「フフ、駄目よアデーレ。いくら従士だって言っても『女』は磨かなくちゃ。アンタ肩にかかるくらいの長さだから、変に結ったりしないでこのままで行きなさい。いいわね?」

 

 

 前に座るアデーレが落ち着きなく言葉を発すれば、後ろの喜美に軽く嗜められる。──もう少しお金に余裕があったら考えよう。オヤツとかそっち関係が充実した後くらいに。

 

 そんなアデーレは、自分の前にある姿見を見て──つまり自分の姿を見て、改めて戦慄した。

 

 

(にしても、これ……化けましたねぇ……)

 

 

 この人誰ですか? と当人が軽く思ってしまうほどの、劇的なアフターがそこにはあった。

 

 普段から着ている機動殻接続のためのブカブカの制服やゴテゴテした接続機などは、この部屋に入った瞬間に喜美に奪われている。

 そのままあれよという間に脱がされ、あれよという間に着せられ──化粧も施されて、今。仕上げに髪を整えられているところなのだ。

 

 ドレスなんて着たことがないのに、鏡に映っている自分は淡い黄色のドレスを、なんら違和感も無く着こなしている。もちろん主観的には違和感をガッツリ感じているのだが──自分でも似合っていると思えるほどに鏡の中の自分には『調和』というものがある。

 

 

(むむむ、お姫様──は、さすがに無理ですよねぇ。あ、いや、無理かもしれませんけど……ちょっといいとこのお、お嬢様くらいなら、いけますかね、これ)

 

 

 もちろん、アデーレがこれほどの変身を自分一人でやろうとしたら、まずこれまでにかかった数倍の時間を使っても出来はしないだろう。

 

 それを淡々と、一人で全てやってのけた賢姉が、軽く頭を叩いて終了を告げる。

 

 

「はい、完成♪ 『オドオドしてる可憐な少女をはにかませたらお持ち帰りOKコーデ』よ! あとで仕草とかも教えてあげるから待ってなさい!?」

 

「J、Jud.! ……あれ、お持ち帰り……って駄目ですよねそれ!? 普通! 普通でー!」

 

 

 喜美の勢いに釣られて思わず返事をしてしまい、訂正するように慌てて喚くアデーレをすっぱりと無視し、喜美は室内を見回す。

 真っ先に目に入るのは未来妹ホライゾンだ。彼女は、ネイトと智の二人に準備を手伝ってもらっている。その二人も姫を飾り立てるのは中々に楽しいらしく、あーでもないこーでもないと大変に賑やかだ。

 

 二人は和・洋のタイプは違うものの、女子としての着飾りは心得ているので問題はないだろう。経過を知る喜美から見ても、直前に簡単な手直しがあるかどうかといったレベルになるだろう。

 

 

「問題は、あの貧乳政治家よねぇ……そろそろ支度しないといけないってのに、あの子ったらどこほっつき歩いてるのかしら」

 

 

 部屋をグルリと見回すが、黒髪ペターン……正純の姿はない。実を言えば、本日の賢姉の『一番』の楽しみ素材の一人が、ほかでもない正純なのだ。

 丸一年もの間、女でありながら男として武蔵にいた正純。どこか怪しいと思っていたが、結局喜美は終ぞ確信を持つことはできなかった。

 

 長年男子として生活してきた癖は、そうそう簡単には抜けはしないのだろう。だが、ここ最近はよく笑うようになったし、笑みも少女のそれになってきている。

 

 

 聞けば、化粧もしたことがないらしい。つまり完全に、まっさらな状態というわけだ。だが、時折アクセサリー系の雑誌にチラチラ視線を送っていることも、賢姉はちゃんと知っている。

 

 

「クフフ、この賢姉色に染めてあげるわ……!」

 

 

 ああ、時間が惜しい。来るのを待つのは良い女だが、超良い女は自分から掴みに行くのだ。決して、飾りまくった正純の写真をどこぞのパパ政治家や七福商人に売りつけようなんて考えてない。交渉用だ。どこの総艦長とは言わないが。

 

 ──そんな不敵な笑みを浮かべながら、喜美は正純を探しに部屋を後にした。

 

 その、数秒後。

 

 

「……行ったか?」

 

「Jud.Jud. いやー……にしても喜美ちゃん、すっごい気合入ってるねアレ。ナイちゃんもほら見て見てー、『ガチ天使コーデ:……昇天覚悟なら、いいよ?』風だって。──良くないよぉ?」

 

 椅子に座って一息ついていたマルゴットの足元から現れたのは、先ほどから話題の副会長その人だった。装いはいまだアリアタストの制服のままで、見たところ何の準備もしていないようである。

 

 そんな正純は、ちらりと──恥ずかしげに鏡台と向き合っているマルゴットを見る。

 金髪金翼はいつもより艶やかに、純白のドレスと合わせて彼女を清楚に彩っている。今の彼女はどう見たって『魔女』とは思えないだろう。

 

 そんなマルゴットは、なにやら言い訳のような言葉を重ねている。まんざらでも無さそうな、しかし困った笑顔の天使様だ。

 

 

「今日の喜美は何気にマジメモードっぽいですから、そこまで警戒しなくてもいい気がしますけど……」

「い、いや……まあ、そうなんだが……」

 

 

 ホライゾンの身支度をしつつ智が笑う。幼馴染を十数年やっている中で、いろいろ被害を受けてきたが、今日の喜美は比較的に安全だと確信していた。

 正純とて、そろそろ女子としてのちゃんとした装いをしなければならない、必要になってくるだろうとは思っている。三河戦前に自分から『女だ』と名言したのだし、いつまでもあやふやなのは政治家としてはマイナスでしかない。

 

 なのに、だが──と、どうしても付けてしまう正純だった。

 大事な交渉の場で慣れない服装は~的なニュアンスの否定思考を筆頭に、恥ずかしいやら似合わないやら……早い話が、ヘタレているのだ。

 

 

(……お洒落とかそういうのが、私に似合うとは思えないんだよなぁ)

 

 

 これである。男子としての生活が長すぎたらしい。喜美が見ていたアクセサリー本云々は本人も無自覚だったようだ。

 そして、そんな自身のことは一旦忘我の彼方に放置し、現在進行形で着飾られているホライゾンを眺める。黒を基調にしたノースリーブのドレスは、ところどころに金のラインが走っている。白い椿を模した飾りがアクセントなのだろう。

 

 

(何気に手堅いな、葵姉……史実に則ったのか。……ん?)

 

 

 聖譜記述の中で英国女王エリザベスの好んだとされる()と、しかし実際に用いたとされる()。椿という花はこの時代の英国にはない花なので、それが極東・武蔵を示している。

 そんな、『主を立てる客』になって行くホライゾンを見て──正確にはそのある部分を見て、正純は目を瞬かせる。

 

 

 ……彼女の腰の、すぐ後ろ。空間に波紋が生じていた。そこから彼女に伸びるように、黒白の異形が──。

 

 

「これって、もしかして『悲嘆の怠惰』の柄……?」

 

「? いきなり何を言っているのですか正純様。これから会談という場面に大量破壊兵器である大罪武装をホライゾンが持ち込むわけが……?」

 

 

 ないでしょう。とホライゾンが振り返れば、その柄もゆっくりとだが移動する。そうすれば当然、智やネイトの目の前に来る形になるわけで……。

 

 

「これは……術式、ですの?」

「えっと、形式としては、止水君の刀の収納と似たものだと思います。収納空間の一種だと……でも、契約なんて何時したんでしょう?」

 

 

 考察をいう智を見て、ホライゾンは体ごとではなく顔だけの振り返りで柄をとり、無造作に引き抜く。柄だけ、ということはもちろんなく、すぐさま巨大な剣砲が出現した。

 

 一同が、おお、と感嘆のような声を漏らす中──。

 

 

 

「……Jud. なくしたと思っていましたが、こんなところにありましたか」

 

 

 

 姫が、爆弾を投げ落とした。

 

 

「なく、した……?」

 

 

 感嘆から、呆然と。そのまま、問題の単語を繰り返す正純。

 なくした。漢字にすると『失くした』である。

 

 

「……あ、いけね。ですがJud. 問題はありません。ええ、結果としてこうしてありますし、万事オールクリアヨーソローで──」

 

「問題大有りだろ!? いつだ!? いつから無いって気づいた!?」

 

 

 仮にも自分の感情である。あまりにも扱いがあんまり過ぎやしないだろうか。

 その上、これから武蔵が行っていく『末世解決』には、大罪武装が大きな鍵となるのである。その事を踏まえてこの会談が終わったら軽く説教を──と正純が決意した。

 

 ちなみにホライゾン曰く、無いと気付いたのは " よっこらせ、クス♪ "事件の直後とのこと。当然正純が吼えた。

 

 

「で、でもどうするんですか大罪武装(ソ レ)。立食会とか会議に持っていくわけにはいきませんし、ここに置いておくってわけにもいきませんし……」

 

「隠し通す、しかないだろう。その収納空間とやらに入れておくしかない。まあ、身体検査云々はないはずだから、バレることはまず無いだろう」

 

 

 ──この場にトーリがいたのなら、建設された旗になにかしら反応したのだろう。

 

 

 

 そのいないトーリの代わりに、と言ってはおかしいかも知れないが……その姉が扉を蹴破る勢いで帰還した。

 

 ……その右手に、どこかうっとおしそうな顔の直政を引いて。

 

 

「あら貧乳政治家じゃない、アンタドコほっつき歩いてたの!? まあいいわ! ちょっと浅間とミトツダイラ! そこのヅカっ子見てあげてくれる!? 私は今からこの不精女魔改造するから!

 ギリギリよほんと! 会場の扉に手かけてる所だったのよ!? 褒め称えなさいこの姉の壮絶ファインプレーをッ!!」

 

 

 肩をビクリと振るわせて一歩引いた正純だが、どうやら自分は難を逃れたのだと知るとあからさまにホッと嘆息する。

 

 反面、面倒くさそうなのが直政だ。

 

 

「ったくなんだってんだい……アンタの用意した服着てんだからいいだろ? 何が不満なのさ」

「O・DA・MA・RI!!! なんなのアンタ、ホントなんなの? 人が折角選んであげた服を適当に着るとか! 義腕も機関部仕様のままとか! スッピンとか! 顔の絆創膏くらい剥がしなさい! っていうかそれ軍手!?」

 

 

 絆創膏について言われ、忘れてたとばかりに軍手のままの手で剥がし、残った粘着剤をごしごしと擦り、これでいいか? と。

 

 

 

 

 ……賢姉の眼が、据わった。

 ついでに、ブチンと、何かが切れる音がした。

 

 

 

「──鏡の前、座りなさい」

 

 

「いや、喜美? アンタいきなりなに──」

「すわれ」

「──……Jud.」

 

 

 アデーレとマルゴットの金髪コンビが、そのあまりの怖さに互いを抱き合う。それ以外の面々も、室内の温度が数度ほど下がったような寒さを感じていた。

 それを真正面から直接向けられている直政は、まさしく借りてきた猫状態だ。本能で『逆らったらヤられる』と判断したらしい。

 

 

「──浅間、ミトツダイラ。こっち来なさい。今すぐに」

「「J、Jud.!!」」

 

 

 矛先こっち向いたぁ! と二人は内心で嘆くが、表に出す愚は冒さない。

 

 ……ズドン・バコン・ドカンが、新参のズパンの前に平伏した、歴史的瞬間だった。

 

 

 

 そして、バコンの魔改造が始まる。

 

 

 

―*―

 

 

「コニタン! コニタンどうしよう! 正純の晴れ舞台だよ! 録画録音盗撮しなきゃ!」

「落ち着いてノブタン! 最後のは犯罪だよ! でも安心して! いろいろ買収はおわってるから!」

「さすがコニタン、頼りになるぅ~♪ よぉし、いざ行かん! 英国オクスフォード!」

 

 

 

 

「──武蔵様、こちら武蔵野です。小西家の不審シーツ、並びに本多家の不審抱き枕カバーを発見いたしました。いかがなさいましょう? ────以上。」

 

『Jud.こちら武蔵。すでに武蔵全域の番屋詰め所員への連絡は終了しております。────以上。捕獲者の方には特別ボーナス支給ですので、ほどなく終わるかと。────以上。』

 

 

 失礼。場面を間違えたようだ。

 

 

 ―*―

 

 

 

 それから、三十分ほどだろうか。そろそろオクスフォードの大広間で立食会が始まる──というタイミングで、武蔵勢が着替えに使っていた部屋があるほうの大扉が両開きで、それも勢い良く開く。

 

 まずは音で、その注目を集める。──その集まった注目を、離さず捕らえ続ける猛者たちがそこにいた。

 男は二名ほどいるのだが……残念ながら、この二人は誰からの注目も得ることはなかった。だが、これは決してその二人が劣っているというわけではなく──。

 

 

 単純に、女たちが突出し過ぎているだけなのだ。

 

 

 ことこういう場において、ヒソヒソと身内だけの会話をするようなものだが──それすらおきないほど、英国の面々は息を飲み、見入っていた。

 

 

 その中でも──男たちの視線を一気に集めた『女傑』が一人。

 

 スッと伸びた背は大胆に肌をさらし、体のラインを強調するような清武田調の紫色のドレスは、彼女のもつ『色気』を隠し切ることができていなかった。

 裾は長いにもかかわらず、横に深く入っているスリット。そのせいで歩くたびに男たちの思わずの視線を集めてしまっている。

 

 

「……」

 

 

 だが、だからこそ──さらされる肌の面積が多いからこそ、彼女がただの女性ではなく、『女傑』なのだと思わせる。確信させる。

 

 ほかの女子たちよりも明らかに小麦色の強い肌には、しなやかながら、しっかりと鍛えられている証拠があるからだ。真一文字に結ばれた桜色の唇と、詰まらなそうに周囲を一瞥する切れ長の瞳も相まっている。

 

 

 

 

「…………(ゴクリ)」

 

 

 

 ……ここでひとつ、余談を挟むとしよう。お題は……『ギャップ』だ。

 

 強いと思っていた者が、ふとした時に僅かに見せる弱さだったり。

 逆に、本来守られる側の存在が、ここぞという時に守るために決意を見せたり。

 

 そのふり幅が大きければ大きいほど、それによって生じる『力』は強くなるのだろう。

 

 

 

 

 話を戻して──その女傑には……片腕が無かった。

 

 

 

 

 左腕は肩から腋から晒されているにも関わらず、右は飾り布で隠されている──隠されているが、明らかに腕を隠すには布の長さは圧倒的に足りていない。──傷を隠すことしか考えていないのだろう。

 

 そしてそれを気負うわけでもなく、半身になり庇うわけでもなく。だからどうしたといわんばかりにまっすぐ立つ、女。

 ──だが無意識なのだろう。誰かが近づいたときに、左側で牽制するように動いてしまっている。

 

 

 それが、男たちの庇護欲をどうしようもなく駆り立てる。女傑ではなく、一人の少女にして、その右側に立ち抱きしめることができたのなら。真一文字の唇を綻ばせ、紫の瞳に潤みを──……。

 

 

 

(なぁんてこと考えてるわよきっと! 見てよあの呆けっ面! ……あらやだ女子からも結構多いかしらコレ……? まあいいわ!)

 

(よかねぇっつの……喜美、あとで覚えときなよ……!)

 

 

 

 その後、英国の紳士(若干名淑女)たちがこぞって来たのだが──誰一人として、右側に立つことは出来なかった──という、わかりきった事実をお伝えしよう。

 

 慣れないあしらいにウンザリとし始めてきたのだろう。

 直政が、逆恨み的に『ここにいなければならないのにいない刀馬鹿』に、内心で罵倒を繰り広げ続けた。

 

 

 ──いつもその馬鹿が立っている()()を、無意識のうちに半眼で睨みながら。

 

 

 

***

 

 

 

「うおっ!? ……あれ?」

 

 

 ビクリと跳ねたかと思えば、怯えるように左側を警戒し、しかし何もなくて首をかしげる──という一連の謎動作を繰り広げた止水に、一同は訝しげな視線を向けていた。

 

 

「どうかしたのかね。止水君」

 

「ああ、えっと。なんでも、ない……?」

 

「はっはっ。何だそりゃ? なんで疑問系なんだよ?」

 

 

 もっとも一同とは言っても、隣の酒井と向かいのヨシナオしかいないのだが。

 武蔵某艦、某所にある蕎麦屋の一卓である。三人の前には三つの笊があるのだが、食後であるのか既に空だ。

 

 そして食後の茶でのんびりとしながら、備え付けの表示枠で武蔵と英国の立食会を眺めている。

 

 

「おいおい、あの青いドレス正純さんじゃなくてトーリか。……あーあ、手にキスしちまった。……しかし、良かったのか? ほかの子たちは優雅に立食パーティしてるってのに、お前さんは質素に蕎麦で?」

「──はは、この喜美多分本気で怒ってるな……。手握ったり開いたりしてる。あー、優雅とか質素とかよくわかんないからなぁ……美味けりゃいいよ、俺は。肩肘張るメシって、苦手だし」

 

 

 どこかげんなりした顔でそう言う止水。参加したことなどないが、自分にはそういう食事会のようなものは似合わない、と確信しているのだろう。

 実際、酒井・ヨシナオともに想像してみたが、ありすぎる違和感に苦笑を禁じえなかった。オニギリやら蕎麦のほうが、止水には似合っているだろうとも。

 

 

「──ふむ。しかし、それだけが理由ではあるまい? 両国会談という大事で、特務の一員である君が欠席する理由としては、それはいささか "軽過ぎる"」

 

 

 ヨシナオが、持参したティーカップで蕎麦茶を飲みつつ、止水に問う。

 問われた止水は、高襟の奥に苦笑を浮かべた。

 

 

「いや……実際『理由』ってほど大層なものはないんだけど……ほら、俺は刀、どこからでも出せるから……さ」

 

「「……。ああ、なるほど」」

 

 

 思わず、といった風に二人が納得する。

 問題となるのは、止水自身だ。より正確に言えば、止水が収納空間に収めている数千を超える刀たちである。

 

 正式な両国間会議に、武装関係を持ち込んでいいはずがない。それも、会場が英国オクスフォードの謁見場ともなればなおのこと。

 

 止水は先の三河でいつでも、そしてどこからでも刀を取り出せることを全国に放送してしまっている。常に配刀している刀からでなくとも、意識するだけで虚空から刀を抜き放つことができるのだ。

 早い話、止水は『武装解除』ができない。もし仮にそれをしたとしても、信用など欠片もないのだ。

 

 今回ばかりはさすがに、いつものように雁字搦めにして参加……というわけにもいかない。

 

 

「あと、正純たちになんかいろいろ言われた気がするけど……そのあたりは忘れた」

 

「そ、そうであるか」

(多分、()()()の方が『本命の理由』だと思うんだけどなぁ。だが、そうなると……)

 

 

 酒井は咥えている煙管を上下させる。

 どうやら、学長である自分が知り得ていない "情報" があるようだ、と酒井は確信する。生徒会、もしくは総長連合──さらにその中で、限られた人間しか知らない情報がある、と。

 

 そんなことを考えて表示枠を見れば、ちょうど、白の男性用の礼服で着飾った正純がチラリと映っている。

 

 

「──お手並み拝見、かねぇ」

「学長。それはどちらかね?」

「そりゃ、まあ。どっちもでしょ。正純たちがどう運ぶか、英国がどんな姿勢をとるのか──でもこれ全国放送だから、下手は打てないんだよなぁ」

 

 

 難しい顔で茶をすする二人に、止水も倣って茶をすする。

 

 もっとも、この刀馬鹿は二人のように悩んだり心配したりしているわけではない。もしこの瞬間にも正純たちに何かがあれば突撃するつもりだし、会談の結果がどうなったとしても、止水が "番外特務" としてやることが変わるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 ──それよりも、止水には気になることがあった。

 

 

 

「ところでさ、二人ともどうしたんだよ? 狙ったように二人してここに来たけど……」

 

 

 食事を共にすることに否があるわけではない。むしろ、あるわけがない。このまま酒でも、と誘われれば二つ返事でついていくだろう。

 だが、武蔵で──扱いはどうあれ『偉い人』に分類される男が、二人そろって止水の場所に来たのだ。それも、明らかに狙ったタイミングで。

 

 さらには、明らかに嵩張るだろう手荷物を持って。

 

 

 ──おっさん二人が、ニヤリとした笑みを浮かべた。

 

 

「いやぁ、ほら。ほかの皆が正装してるだろ? 女の子たちなんか、かなり気合いれて。実際さ、見違えたろ、お前」

 

「え? いや……まあ、そりゃあビックリはしたけど。でも、そういう場だろ?」

 

 

 それがどうかした? と、止水は首をかしげて疑問符を浮かべている。

 酒井に続くように、ヨシナオが口を開いた。

 

 

「酒井学長から聞いたのだが……止水君。君は、礼服や正装の類を持っていないそうであるな?

 ……いかん。それはいかんぞ? 麻呂の自説であるが男たるもの『決意の衣装』の一着や二着、持っていなければならんよ」

 

 

 ヨシナオの言葉に、やたら大げさに頷いて賛同している酒井。

 

 そして、止水が浮かべるのがいまだ疑問符のまま、話は進行する。

 

 

 

「「と、いうわけで」」

 

 

 ──それも、一気に。

 

 

「お前の正装、作ってみたんだわ」

「……え?」

 

 

「うむ。麻呂も思わず熱くなって議論してしまったが、改心の出来である。きっとすばらしい偉丈夫になること間違いなしであるよ」

「……へ?」

 

 

 話を要約すると、正装の類を持っていない止水のために、酒井・ヨシナオが連名でこっそりと製作依頼していた衣装があるらしい。

 今回英国との会談があるとのことで、『よっしゃあ! こいつの出番か!?』とおっさん二人が気合を入れたものの、当の止水が不参加という見事なフルスイング空振りとなったわけである。

 

 今後このような機会がいつあるかもわからない上、今回の様に止水が参加できないという可能性も出てきてしまい、もしや一度も袖を通さずお蔵入りするのでは? と考えたらしい。

 

 

「……えっと、丈とかそういうのは?」

「「武蔵さん/武蔵総艦長」」

 

 

 納得である。どうやって聞き出したのかはさておいて。その際、どんな犠牲を払ったのかもさておいて。

 ……酒井が両手を合わせて、拝みだした。

 

 

「この通り! 一回! 一回でいいからさ──コレ、着てみない?」

 

 

 ヨシナオもそうだが、主導はどちらかというと酒井のほうのようだ。自分が変なことを頼んでいる自覚もあるらしく、苦笑が浮かんでいる。

 

 

 ──酒井にとって、止水は母娘二代に続く恩人の息子であり、同時に『親父』と呼んでほしいとさえ思っていた──いや、今でもそう思っている少年である。

 最も、背やら体格はとっくに追い抜かれているし、さらにはとっくの昔に独り立ちを済ませているようなもので、少年、というと首をかしげてしまう。

 

 だが……それでも。一番近くで成長を見てきた一人としては、何かしらを贈ってやりたいと思うのは、ある意味、当然と言えるかもしれない。

 

 

 当然、そんな親心にも似た何かを止水が知る由もない。精々がいきなりの酒井の行動に目を瞬かせるくらいだ。

 

 だが、『止水が衣装にこだわったらそれこそ末世』とどこぞの姉に言われるほどの止水が、特に断る理由もあるはずもなく。

 

 

「Jud.いや、服くらいなら別に頼まれなくても着るけど──……?」

 

「おっ!? ホント!? よっし、じゃあそれらしいとこいくか!」

 

 

 そういうなり立ち上がり、包みを持って急げ急げとばかりに蕎麦屋を出て行く酒井。ヨシナオもなにやらテンションが高まっているらしく、それに倣って店を後にする。

 そんな二人を、先ほどから浮かべ続けている疑問符のまま見送り──とりあえず。

 

 

 

 

「……あ、ごめんおばちゃん。お会計お願い。──うん、三人分」

 

 ──知り合いを食い逃げ(犯罪者)にはできないと、財布を開く止水であった。

 


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