境界線上の守り刀   作:陽紅

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八章 会談前の担い手たち 【忍】

 

 ……空はどこまでも青く晴れ渡り、申し分なしの祭り日和。行きかう人々は楽しそうに笑いあい、次はどこへ行こうか、という相談や、あれはよかったこれがよかったの感想話は尽きることがない。 

 

 男も女も、老いも若いも。

 人も異族も、武蔵も英国も。

 

 一切の関係なく、人々はその祭りを存分に楽しんでいた。

 

 

「──……」

 

 

 ……ただ、一人。

 

 何の感情もなく歩く、一人ぼっちの忍者の例外を除いて……だが。

 

 

 

「──楽しかった、で……ござるな。うん」

 

 

 一人の忍者はそう呟いて、言い聞かせて。またフラフラと、祭り通りを進んでいく。

 

 ……点蔵・クロスユナイトという男を知る者が見たら、それは異様な光景だろう。動いて機敏、(パシ)らせたのなら並ぶモノ無しと云われるほどの彼が、こんな緩慢な動きをするなんて、と。

 ──なお、点蔵・クロスユナイトという忍をさらに良く知る者が見た場合。そんな動きながらも誰にぶつかることなく、さらには気づかせることもなく進んでいる彼の動きと気配の殺しを当然だと評価するのだが。

 

 

 そんな点蔵は、思い返す。

 今日一日で起きた、人生のすべての運気を使い果たして手に入れたような、ありえないほど幸せな時間を。

 

 

 

   ──あの、点蔵様? その……お腹、空きませんか? 実は私、朝食を食べ損ねてしまって……。

 

 

 

 そう言って、照れながら提案してくる『彼女』。だが提案が少しばかり遅く、キュルルーと鳴ってしまった腹を押さえ、真っ赤な顔で言い訳してきて……大きな白身魚のフライを、二人で分けて食べた。

 

 

(上手く、誤魔化せなかったでござるなぁ……)

 

 

 鳴ってしまったとき、フォローしようと何かを言った気がする。実際のところは噛みまくって新言語を構築してしまっただけだが。

 

 思い返せば、誰かに食事を買ってきてもらうのも、ましてやそれを分け合って食べるのも──初めてのことではなかっただろうか。

 

 

 

 

   ── ふふ、Jud. ありがとうございます、点蔵様。

 

 

 ……咄嗟に、『装いを褒める台詞』を出せた自分の口にまず驚いた。そして、その直後『花が咲いた』という表現どおりの笑顔に、言葉を失った。

 

 

(あれは反則でござるよなぁ……こう、直前まで破廉恥なことを考えてた自分が酷く穢れて……うむ)

 

 

 胸派、その中でも巨乳派だと宣言している点蔵が、宗派を変えても問題ない(いける)と──……そんな考えでさえ浄化されてしまった。

 

 今にして思えば、なんともあきれるほどに浮かれていたものだ。と点蔵は自身を笑う。

 

 実際、本来の目的の、本命をその目にするまで、夢見心地だったことを否定できなかった。

 

 

 

「──あれが、二境紋。でござるか」

 

 

 知識としてだけ知っているのと、実物を知っているので大きな差がある、という事実を再認識させられた。

 

 ……その紋が刻まれて、短くない年月が経っているはずだ。にもかかわらず、目の当たりにした瞬間全身に走った怖気。思わず本能的に身構えた己の判断が間違っているとは思えない。……つまり、あの紋にはそれだけの『何か』があるのだろう。

 

 

 そして、その紋の()()に刻まれた()行の英文。

 

 

long time my friend.(久しぶりだ、我が友)──」

 

 

 英国の元総長、ヘンリー八世が三征西班牙(トレス・エスパニア)教導院アルカラ・デ・エナレスとM.H.R.R.教導院A.H.R.R.S.の総長を兼任していたカルロス一世に、初対面にして告げた言葉だ。

 

 

 そして──。

 

 

 

 

  ──「おーぉい!! テンゾーォ!」

 

 

「いや……なんで、語尾上がりなんでござるか……?」

 

 

 聞こえてきたのは、底抜けに馬鹿──失礼。能天気な声だ。しかも自分を呼んでいる。

 点蔵にして、聞き覚えのありまくる声がした方角に意識を向ければ……。

 

 

「おおう、大所帯でござるなぁ、なんとも」

 

 

 先頭を、駆け足程度の速さでもって向かってくるのは止水だ。その彼の肩に手をついてトーリが手を大きく振っている。さらにその後ろに、止水の変刀姿勢で作られただろう刀の籠に、梅組の女衆が座っている。

 

 

 そういえば、トーリ殿とホライゾン殿が英国デートで武蔵の方針を決めるのでござったなぁ。と、自国の大事さえ今の今まで失念していた自身に、少々本気の呆れを覚える。

 

 だがまあ、様子を見る限り……丸く収まったのだろう。

 

 点蔵がいい加減考えを切り替えようと、頭を左右に振っているうちに、武蔵勢は合流を果たす。

 

 

「点蔵! ……ほら見たことあるだろホライゾン。こいつが点蔵な」

「ああ、この方でしたか。濡れ獣系の匂いをさせていたので、ホライゾンは新種の珍獣かと──いえ、なんでもありません」

 

「取り繕いが微塵もできてないでござるよ!? って言うか自分、合流早々に全力でディスられてござるか!? ……はっ、運使い切った反動がもう出てるとか」

 

「クククずいぶんうるさいパシリ忍者ねぇ……ちょっと喉渇いたからジュース買ってきてくれる? 柑橘系ね三分よ!」

 

 

 喜美が言い終わる前にはすでに消えていて、その40秒後に帰ってきた。しかも全員分の飲料をついでに用意している。

 

 

「……まあ、なんだ。点蔵は無事っぽいな」

 

 

 竹筒緑茶を手渡されつつ、止水は苦笑しながらそんなことを言う。点蔵の動きはいつもどおりで、怪我や負傷によって生まれるわずかな劣りもない。

 そもそも英国勢の襲撃自体がなかったのだから、それも当然なのだが。

 

 心配された理由がわからずに首を傾げる点蔵に、止水は己の理解している範囲の説明──をするのだが当然いろいろ足りず、結局多くの部分を智が説明追加することで補完する。

 

 

「なるほど……つまりあの女王の盾符(トランプ)面々は、その相対戦の直後ということでござるか」

「え? 会ってるんですか……?」

 

「Jud. 倫敦塔を出てすぐに……英国女王、エリザベス様と……その、一緒でござった」

 

 

 つい先ほどのことだ。その瞬間の光景を、点蔵はいまだ鮮明に覚えている。

 

 

(はは……よもや、傷有り殿が、英国の王家のお方だったとは)

 

 

 ……英国女王・エリザベスの双子の姉。そして、英国の歴史上、スチュアートの姓とチューダーの姓の、同名の女性の二重襲名者。

 

 

 チューダーとして、三百人の改派を処刑したことの『血塗れ』。

 スチュアートとして、英国女王エリザベスの暗殺未遂で処刑されたことでの『血塗れ』。

 

 

 その双つの血濡れを重ねたその字名と続けて──彼女はこう呼ばれる。

 

 【重双血塗れ(ダブルブラッディ)】・メアリ……と。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 相手は王族。歴史に名を遺す人。

 自分は、忍。歴史に、忘れ去られる者。

 

 釣り合えない。釣り合うわけがない。

 

 歴史再現で、解釈上の処刑をされる彼女は、これから倫敦塔に篭るという。そしてそのころには、武蔵は英国を出ているであろうとも。

 

 

「……なんか、やけに落ち込んでるな点蔵。情報手に入らなかったのか?」

 

「へっ? あ、いやいや。情報はがっちりゲットしてござるよ。メアリ様──ああ、いや、傷有り殿に案内された倫敦塔の上階に、二境紋が記されてござった」

 

 

 これは、英国でも『公主隠し』が起きたという事実でござろう?

 そう暗に告げた点蔵の言葉に、正純や智は考えを巡らせる。この事実は、来る英国との会談の際に、大きなカードとなるかも知れない。

 

 

 そんな中で一人。

 

 

 

 

「……メアリ?」

 

 

 

 ──止水だけが、違った。

 

 

 

「待て、点蔵。お前いま、メアリって言ったか……?」

 

「い、いやその……。

 J、Jud.傷有り殿が、メアリ様でござって──……? 止水殿?」

 

 

 ……止水は、すでに点蔵の言葉を聞いていない。『傷有りがメアリだ』という事実だけで、止水にとってはもう十分な情報だったのだ。

 その止水は次いで、空を仰ぎ、深く深呼吸をする。

 

 

「あー、なるほどな。そういうことか。……悪いみんな。ちょっと降りてくれ。今から傷有り、じゃなくてメアリか? そいつ掻っ攫ってくるから」

 

 

「「「「「……はぁ?」」」」」

 

 

 いきなりなに言ってんだコイツ、と一同の感想が見事に一致する。中でもその思いが一番強いのが点蔵である。何せ、今しがた別れたばかりで──あきらめたばかりなのだ。

 

 

「ンフフ、止水のオバカ。ちょっとキチンと説明しなさい? そのメアリって名前からして女を掻っ攫うとか英国のポッ出に掻っ攫われるとか認めないわよ? わよ!?」

 

「え? いや、掻っ攫うのになんで攫われるんだよ……?

 

 

 

 

 ……処刑、されるんだよ、ソイツ。しかも姫さんと同じ形でな」

 

 

 

 

 ──音が、消えた。

 

 

 

「……ま、待ってくだされ止水殿。め、メアリ殿は確かに、歴史再現の上で処刑され申すが、それは解釈の上で、本当に処刑されるわけでは……!」

「もし仮に、そのメアリってのが本当に処刑されるんだとして、止めの字。なんであんたがそんな英国の機密っぽいことを知ってるんさね。そういうのこそ点蔵の領分だろうに」

 

「あー、えー……まず直政な。俺はただ頼まれただけだよ。『彼女を助けてほしい』ってな。

 で、点蔵。実際処刑場、っていうか儀式上かな。今朝それ見てきたんだけど……三河のときに姫さんを囲ってたのとそっくりだったんだ。『流体に還す』って言えばいいのか。それで、たぶんだけどその還った流体を、あの光の剣の強化だかに使──」

 

 

 

 ……止水の言葉を最後まで聞くことなく。

 

 点蔵は、自身の身体能力のすべてを駆使して、その場を駆け出していた。最短距離を全力で駆け抜けるような、ペース配分もなにもない疾走だ。

 だからこそ、速い。正純や直政には、消えたようにしか見えなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと待て点蔵! トランプって連中がいるなら──……!」

 

 

 止水の叫び──忠告を、最後まで聞くことはできなかった。

 

 点蔵は屋根を足場に、通りを跳び越え、加速を重ねる。

 

 

 

(……いつからでござるか……!)

 

 

 誰になく、問う。

 

 

「いつから、そのような覚悟を決めていたのでござるか……!?」

 

 

 可憐な笑顔だった。その生き方そのものが、美しい人だと心から思えた。そこに死の覚悟など、一片も見ることはできなかった。それだけ、根底からの覚悟ということなのか。

 

 ……縁は切れるだろう。だが、歴史再現の処刑が終われば、彼女は襲名者ではなくなり、自由となる。メアリではなく、ただの『傷有り』になるのだ。

 今このときは離れるだろう。だが、自分が生きていれば、極東中を巡る武蔵のことだ。いつか、いずれ、また会えるだろう、と。

 

 

 ──そんな、甘ったれた考えを持っていた。そう、自覚して……マフラーの奥で、歯を砕かんばかりに食い縛る。

 

 

(まだ、まだそれほど時間は経っていないはずにござる……! ならば、あの近くに……!)

 

 

 別れた場所はとっくに過ぎている。一団の移動速度と、目指すだろう場所がある程度限定されていれば、見つけることはそれほど難しくはない。

 

 そこに点蔵の速力が加われば──。

 

 

 

「……お待ちくだされっ!!」

 

「……っ」

 

 

 呼ばれ、振り向いたメアリは── その一瞬だけ笑顔を浮かべる。だが即座に堪えるように唇を噛み……拒むように、顔を横へ伏せた。

 

 その一連の動きで、点蔵は止水の言葉が事実なのだと確信する。

 

 

 ──彼女は、処刑される。解釈などではなく、本当に。

 

 メアリと呼ぶべきか、傷有りと呼ぶべきか。そんな僅かな悩みが、点蔵の足を止める。

 その上で、自分が改めて、今から何をしようとしているのかを、再認識した。

 

 

 自分は忍だ。影に生きるものだ。決して己を表に出さず、その主命を全うする者なのだ。

 それが自己判断でここまで動いてしまった。そしてここから先の行動を起こしてしまえば、極東の──武蔵の不利益を招くことになる。

 

 それは駄目だ。絶対に、駄目だ──そう、理解しているはずなのに。

 

 

「──ッ!」

 

 

 点蔵は止めた足を、一歩、二歩と進ませる。

 

 三歩目を刻んだときには、思考を捨てた。考えるのを止めた。

 

 

 ……行く。

 そう決めた。不利益だの越権行為だの、後処理だ。そちらに回してしまえばいい。彼女にも言ったではないか。守る友の、先を行くと。

 

 ならば行こう。その先へ。

 

 幸いにも、倫敦塔への幽閉直前であったためだろう。妖精女王エリザベスの姿は無く、女王の盾符の面々も半数以上が欠けている。残っている面々もこちらを今やっと確認しただけで、行動に入れていない。

 

 

 己の身体能力ならば十分掻っ攫える……そう判断した、四歩目。

 

 

 点蔵は眼前に、唐突に気配を得た。

 影だ。メアリから伸びる影が、平面から立体へと上っていく。

 

 それは瞬く間に一人の長身の男となり──点蔵の前に立ちふさがった。

 

 

(これは忍術……!? ご同業にござるか……!)

 

 

 見事、と賞賛するしかない潜影術による隠遁。そして、おそらくこの男がいるからこそ他の面々は大して動かないのだろう。つまりは、それだけの実力者ということになる。

 

 ……真正面から対決していては、時間がかかる。その上、勝てるかどうかの確証さえない。

 そう判断し、点蔵は右へ大きく飛んだ。

 

 それに合わせて男が動いた瞬間に、軸足を地面に叩きつけて急制動を得る。そのまま左へ飛び直せば、男を突破できると踏んで──

 

 

「な……っ?」

 

 

 目の前に『残っている』男の姿を見て、思考を止めてしまった。

 

 確かに追うようにして跳んだ男のはず、と見れば、同じ姿が飛んでいる。二人に『分裂』していた。拝気を用いた虚像の分身などではなく、どちらも確かな実体を有している。

 

 その片割れが振り上げた武器──重力刀を見てその現象の理解を得たときには──点蔵の両肩から、鮮血の霧が花のように咲いていた。

 

 

 ……頭から崩れる。受身を取ろうにも腕は肩から動かず──体は、地面を滑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 傷は深くはない。が、その攻撃性によって一種のショック状態になってしまったのだろう。途切れるような呼吸と総身には痙攣が見られる。

 命に障りはないだろうが、しばらくはまともに動けないだろう──と、その場にいた全員が、メアリでさえも、そう判断した。

 

 さまざまな謝罪を胸に、蹲る点蔵の姿を心に刻む。

 きっと、点蔵は真実にいたったのだろう。その上で、こうして来てくれた。その事実だけで、メアリは十分に嬉しかったのだ。

 

 

 だから──。

 

 

「……っ」

 

 

 

 動けないだろう、と確信さえした点蔵の手が、遅々と微かに……しかし確実に伸ばされてきた時には……かなり、揺れた。

 

 

 揺れて、しかし揺らぐわけにはいかず──顔を逸らした。

 

 故に、終の一撃を振り上げたウォルターに、気づくのが遅れた。

 

 

「っ! だめ、やめてください! ウォルター!!」

 

 

 言葉は遅い。すでに、力は点蔵の頭部へ向けて振り下ろされていた。命を奪うには十分な威力で、止めるには誰も間に合わぬタイミングで……。

 

 

 

 大量の風を唸り上げさせながら現れた緋の色が、ウォルターへと斬りかかった。

 

 

 

 一閃の斬り上げにて重力刀の柄先を跳ね上げ、続く一閃の横払いでウォルターに迫り、終わりの一閃でウォルターに大きく距離を取らせる。

 

 

「あなたは──」

 

 

 その特徴的な姿を、メアリはしっかり覚えている。関わってきた武蔵の面々の中で、唯一極東式の制服ではなく鮮やかな緋色の和装を着込み、無数の刀剣を全身に帯びている。

 点蔵よりは出しているが顔のほとんどを隠して、いろいろと周りに気遣っていたはずだ。

 

 

 

 そして何よりも──今英国の上層部にて、もっとも議題にあがっているだろう存在。

 

 守り刀の一族、止水。

 

 

 

「……」

 

 

 止水は切っ先を予断なくウォルターへと向けたまま、点蔵を確認する。傷の割りに出血は少なく、放置でもしない限り後遺症等も残らないだろう。

 止水の出現にも気づいていないのか──それともすでに意識の有無すら危ういのか。点蔵は前へと手を伸ばし続けている。

 

 

 それに目を細め──改めてウォルター、英国の面々に向かい合う。

 止水からすれば、仲間を害されたわけである。怒気や敵意、触れれば殺意までくるだろうとメアリは身構えたのだが──。拍子抜けするほどに、何も来なかった。

 

 

 それどころか、どこか──失望するような眼を、メアリたちに向けている。

 

 

「あ、あの──……」

 

「あんたがメアリか?」

 

 

 言葉を遮るような問いに、メアリは言いかけた言葉を飲み込み、Jud.と小さくうなずく。

 それを受けた止水は……ゆっくりと刀を下げる。構え続けるウォルターがいるにも関わらず、そのまま躊躇いなく鞘に収めた。

 

 

 

「──悪いな、俺の仲間が騒がせた。本人のこの負傷にて、手打ちにしてもらいたい」

 

 

 そして。 

 

 

 

 

 

「……悪いついでに、一つ聞かせてくれないか? アンタの処刑ってさ……

 

 

 

 

 ──英国って国の『総意』なのか?」

 

 

 

 

「……っ! それ、は……」

 

 

 ──歴史再現として処刑は必要だろう。だが、本当に死ななければならない、というわけではない。実際に『解釈上の死』は今まで幾度も歴史再現の中で行われていたのだ。

 

 当然、メアリだけ死を強要される、なんて話があるわけがない。

 

 

「……これは、私の意志です」

 

 

 望んだのは、自分だと。

 

 生まれるべき母から生まれることができず、双子として妖精女王の力を半分も持てず。

 歴史再現を守らなかったと生母を処刑に追いやり、300という測りようのない命を散らせてしまった自分が、望んだことなのだ。

 

 だから、英国そのものの意思は関与していないのだ、と。

 

 

「……そっか」

 

 

 その答えに、しかし止水は失望に落胆を重ねる。そしてあきらめる様なため息を、肺を空にするような勢いで吐き出す。

 

 そのまま何も言わず……点蔵を肩に担いで、淡々とその場を去っていく。

 

 

 

 

 

 その際──止水はわずかに足を止めて、ある方角を見上げた。

 

 

 

「──悪いな。お前の頼み、ちょっと聞いてやれそうにない」

 

 

 そんな、誰に届くことのない呟きをこぼす。

 

 

 

 ……見上げた先にあったのは、処刑の儀式場。

 

 

 

 ──王の剣が眠る塔が、ある方角だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 これは、完全な余談だが。

 

 

「ど、どうしたんですかその点蔵君!? 地味に死んでるじゃないですか!?」

 

「ンフフダメね浅間! よく見なさい、虫みたいにピクピク痙攣してるわ! つまり──そういうことよ!」

 

「えーっと……ああくっそ! 思い浮かばねぇ!! 俺にもなんか言わせてくれよテンゾー!!」

 

 

「……っ(こ、この外道共め……!)」

 

 

 存外、武蔵は平常どおりであったそうな。

 

 

 




読了ありがとうございました!

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