境界線上の守り刀   作:陽紅

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八章 会談前の担い手たち 【王】

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 お互いの間にあるのは、沈黙だった。だが、気まずいわけではない。決して、その沈黙は後ろ向きなものではないのだ。

 噴水の縁に腰掛けるトーリとホライゾンの距離は、握り拳にして二つ分。

 

 ──詰めようと思うなら、十分に詰められる。そんな距離だ。

 

 ホライゾンは、ふぅ、と物憂げなため息を空ヘとつき──

 

 

「──勝ちましたね」

 

 

 と、ただその一言を呟いた。

 

 勝利を信じていた。確信していた。

 だが、どこかで無意識に不安を覚えていたのかもしれない。過程を見守り、結果を見届け──つい、忘れていた呼吸を再開させる。

 

 

「……ああ、勝ったよ、ホライゾン。完全勝利だぜ……っ!」

 

 

 トーリは興奮を抑えようとして、ほとんど失敗している。上ずった声やらにやけた顔やらが、『お前実はもう隠す気ないだろうwww』とのコメント弾幕をいただきそうなほどだ。

 

 

 そんな二人して……空になった手元の袋を握りつぶす。そしてその拳を、天へと突き上げた。

 

 

 

 

「「『青雷亭(ブルー・サンダー)』のパンのほうが安いし美味い……!」」

 

 

 

 

 その後ろで、完・全・勝・利……っ! とデカデカと無駄に凝った表示枠が出現する。何事かと祭客の視線を集めたが、当の二人が何のアクションも起こさないので、すぐに散っていった。

 

 

「これは、店主様に要報告ですね。……武蔵は英国に勝ちました、と」

 

「母ちゃんツンデレだから『へぇ、そうかい』って淡々反応して、内心ガッツポーズ連打だろうな。夕飯二品追加は確定だぜ? 『作りすぎた』って」

 

 

 ──そのまま握りつぶした紙袋を二人して備えのゴミ箱に叩きつけて、そして再度噴水の縁へ。

 

 どちらが何を言わずとも、何を示さなくても。そうであることが自然であるかのように、当然の形であるかの……。

 

 

(おっと……こいつぁもしかして……? いや、落ち着け。俺落ち着けステイ俺ステイ。あれだ。確認だ。行動前のセーブ……できねぇじゃんかYO!?

 いやいや、でもよ? セージュンの言ってた武蔵の方針ってのは決まったろ? ってか三河でのまんまだし。で、俺のウルトラスゥーパーな選択チョイスで、フラグは立ったわけだ。エロゲ的な)

 

 

 この男でなかったのなら、まあ、そちらの展開も少なからず期待してもよかったのだろう。

 

 ……確かに、トーリの説得による功績は大きい。大罪武装の収集は、言い方を変えてしまえば『ホライゾンの負の感情集め』でしかなく、ホライゾン個人でどうにかできる問題でもないのだ。交渉による方法もあるとはいうが、そんなものは建前で……戦争の上で奪取するのが基本となるだろう。

 

 自分の負の感情を集めるために世界と戦争をしていくのだ。

 

 

 ──悲嘆の感情を得て、喪いたくないと思える者達が。

 

 

 それを良しとせず、大罪武装の収集、延いては己の感情すらいらぬと断言したホライゾンのあり方を、『保留』という形に収めたのは……間違いなく、トーリの言葉なのだ。

 

 その辺りはホライゾンも感謝している。二度目は言わなかったが、言葉にもした。

 

 

 ……だが。

 

 手をワキワキさせて、考えていることまるっと筒抜けフリーなニヤケ顔の男の我が物顔を許すわけにはいかない。

 

 武蔵の副王として、他国様の領土内でスキャンダルは断固回避しなければならないだろう。

 正純に返そうとして行方不明になっ、いや、借り続けている本にそう書いてあった。

 

 

 必要な行動を選択。のち、自動人形の高速演算を無駄にフル活用した予測で──タイミングを図る。

 

 

 

「いまですね」

 

「え? 何ぐぁふぉ!?」

 

 

 ──おや、タイミング間違えましたか。

 と、ただ単に立ち上がっただけのトーリのコカーンにスマッシュを叩き込んだホライゾンが失敗失敗と軽く自己反省をしている中。

 どこからどう見てもいきなり殴り上げられた被害者だというのに、微妙に弁護しにくいトーリが、噴水の中に着水した。

 

 

 

 ──「ママ見てー! どざえもんだー!」

 ──「もう、また変な言葉覚えてきて……えぇぇぇ!? 本当に人がいるじゃない!? 大変、早く助けないと……!」

 

 ──「なんだって!? 待ってろ、今助け──……ん? あ、大丈夫です。あれうちの総長っぽいんで。ああいうものだと思ってください」

 ──「あとボーヤ。よく見ろ。上半身だけ水につけて足が水上にあるだろ? ああいうタイプは『どざえもん』じゃなくて『犬神家』っていうんだ。おぼえとけよ? テストに出るからよ」

 

 

(ふむ。英国に武蔵の異文化を伝えられたようで何よりです)

 

 

 なにやら満足げにうむうむ頷いているホライゾンは、きっと見当違いも甚だしい感想を思い浮かべているのだろう。

 

 そして、件の二本の足を改めて眺める。

 突如として水中演技(シンクロ)を始めた犬神足に、周囲は悲鳴を上げて逃走。ホライゾンは情けとして、一通り──呼吸を忘れてジタバタしだすまで──眺めておいた。

 

 

「トーリ様。まだ季節的に、水飛び込み系の遊戯は早いかと思います。簡潔に申し上げますと……さっさとあがりなさい。風邪を引いたらどうしますか」

 

「……およ? ってことはホライゾンは俺のこと馬鹿って思ってくれてない……? ──デレか!? わかりにくいぜホライゾン! 風邪引いちゃうから暖め……」

 

 

 先ほど打ち上げた拳とは反対の拳を、今度は打ち抜くようにして構えるホライゾン。……ノリキの戦闘時の構えが想像できるなら話は早いだろう。

 確実に、そして着実に、パンチャーとしての実力を上げているようだ。

 

 バカは身の危険を感じたのか、言葉を即座に切ってそれ以上の発言を止める。

 

 

「はぁ……それで、どうなさるおつもりですか? この状況」

 

「んー、そーだなー……姉ちゃん's カンペに乗るとしたら、この時間帯は俺とホライゾンが手繋ぎながら『キャッキャウフウフ』してるはずなんだけど……」

 

「Jud.ホライゾンが思いますに、それを本気でなさる方々は正気度がヒャッハーしているとしか思えません。

 ……そうではなく。今、この祭りに乗じて起こっている戦闘行為についてです。先ほども申し上げましたとおり、浅間様を初めとした皆様の反応がいまだ検知できません。何かしらの行動を皆様が取っているのだとしても、そろそろホライゾンたちも相応の動きをとった方がいいかと。

 

 ──幸い、ホライゾンたちが決めねばならぬことは、決まったのですから、最低限の成すべきことは成し得ています」

 

 

 誰々のおかげで……とは言わない。言ってもいいのだが、それはそれで負けた気がする。

 

 

 

「んー……そうだなぁ。ホライゾンがキャッキャウフンウフン……とりあえずやってみようぜ? なんか皆それを見ようとして集まるかも知れねえし」

 

 

 ──とりあえず、三発ほど後払いしておく。先払い用の次弾装填も忘れない。

 

 

「ぐ、くぅ……やるなホライゾン。ガチでいつツッコミ入れたのかわからなかったぜ」

 

「まじめにやりなさい。命令です。次はありませんよ……トーリ様の大切なものが」

 

 

 ホライゾンの冷め切ったその言葉に、周辺の男性諸氏が内股になっていた。

 

 

「ひぃっ!? と、とりあえず、『俺たちの安全的なのを確保したい』。でも、『むやみに動くとむしろホイホイされる』ってんだろ!? うーん──大体こういうときって姉ちゃんかダム呼べばどうにかなるから……一丁、呼んでみっか」

 

 

 よし、というや否や立ち上がり、噴水から離れ、少し広い場所へ。

 

 そのまま珍妙な構えを取り、深呼吸。

 

 

 

 「ダ ァ ム や ぁ ぁ あ あ い ! ! ! ゴ ッ、ハ ン、だ ぞ ぉ ぉ お お ッ ♪」

 

 

 

 ぞぉぉぉお……、ぉぉおお……と。町の中で幾度かの反響を聞かせ──それは次第に小さくなり、数秒後には聞こえなくなった。

 

 

「……トーリ様。すさまじく他人のフリをしたいのですが、情けに情けをかけて伺って差し上げます。

 何をしているのですか? いえ、何をしたいのですか?」

 

「いやいや、アイツ結構これで来るんだって。ガキのころウチでメシ食ってたとき、母ちゃんに似たことやられて、顔真っ赤にして突撃してたし」

 

 

 

***

 

 

「──。この感じ、トーリかね」

 

「ふむ……? 総長兼生徒会長がどうかしたのかね? いや、この場合はご子息と言ったほうが早いか。……確か、今時分だと英国にて、姫ホライゾンと逢瀬中では?」

 

「あー、まあね。喜美が立てた計画通りだと、そろそろ良い雰囲気作ってるはずなんだけど……我が娘ながらまだまだでねぇ。なにせ告白したトーリよりも出遅れてる小娘だし」

 

「言う割には、いい笑顔であると指摘させてもらうのであるよ。……麻呂も一人二人、ほしかったところで──いや、うむ。

 ──並んでいるパンを全種一つずつ頂けるかね?」

 

「はーい、毎度ー♪」

 

 

***

 

 

 そして場所は変わって、浅間印の異空間。女子衆の送迎役に従事していた止水が、その足を止めていた。

 

 トーリに呼ばれたことで、英国側の結界によって不確定だった二人の居場所はわかった。ならば、いろいろを考慮しても今すぐ駆けつけて合流しなければならない。

 

 

「…………」

 

 

 ならないのだが……。

 

 

「おい止めの字。……ゴッ、ハン、だぞー」

「は、はは──まあ、誰にだってあるだろ。食事の呼び出しくらい。あれ、でもこれ、全面に押し出したら私のハラペコキャラ払拭に使えそうじゃないか……?」

 

「……」

 

 

「ンフフ、懐かしいわねぇ。初等部のころよね確か。あの頃のアンタって、まだショタで可愛い系だったから。あ、写真あるけど見る?」

「ちょっと喜美! 人の昔の写真を勝手に見せびらかし──……え、これ? これ止水君ですか? マジですか?」

 

「…………」

 

 

 振り向きたくない。絶対に、振り返りたくない。騒ぎで二人が起きたらどうするのだ。

 ならば、あと一跳びほどでトーリたちのいる広場へ……行くべきなのだろうが、あの呼び出しで来ると思われたくない。絶対に、思われたくない。

 

 

 前にも行きたくない。だが後ろに意識も向けたくない。

 

 

(どうしろってんだよ……)

 

 

 俺なんか悪いことしたかなぁ……? と少々本気でゲンナリしている止水をよそに、後ろは喜美の提供するショタ止水の写真でいやな盛り上がりを見せている。前も前で、トーリのご飯コールはさらに強化されていく。

 

 ……状況悪化型の包囲網が、知らず知らずの内に完成していた。さきほどの英国勢よりも、身内に精神的に追い詰められているのだから本気で笑えない。

 

 

  ──お、おい。この撮り方って明らかに盗……

  ──オホホホホ気にしたら負けよ!? いーい!? つまりこの賢姉が勝ったから正しいのよ! ……ちなみに撮影者は私じゃないから。コードNo.634よ? 覚えときなさい? 

 

  ──ハハ、見なよこれ、腹出して寝てるさね。しかし、まだ色々ほっそいねぇ……こりゃ、小等部のはじめのころかい?

  ──ですねぇ。比較してみると人体の神秘を感じますよね。十数年でここまで進化するなんて……。

 

 

(今、絶対聞き逃しちゃいけない単語あったよーな……)

 

 

 一同にはすでに、今が一応『要警戒』を必要としている時だという自覚はない。──ちなみに余談だが、止水の肉体的な成長が全力疾走し始めたのは中等部に入ってからだったりする。

 

 

「もういいや……よっと」

 

 

 たかが写真、たかが呼び方──と、自分に強く言い聞かせてから思考を放棄し、跳ぶ。

 

 智の作っていた術式結界が解け……原色の世界へと一同は帰還を果たした。

 

 

 

 

「っ! (すぅぅ) ダァッアッムゥゥウウ!!!!!! ごぉおおおはぁぁああんよぉおおお!!!!」

 

「……なあトーリ、お前いま俺のこと確認してから深呼吸しただろ……?」

 

 

 遠巻きに伺っている容赦のない英国住民のヒソヒソ声と、同情の視線のせいでこの上なく居心地の悪い止水であった。

 

 

「いいじゃんか気にすんな! んで、ダムに姉ちゃんに浅間に直政に──っておいおい! ネイトとナルゼはこれ、どうしたんだよ? おめぇの術式どうかしてんのか?」

 

「あー、Jud. 説明面倒だから省くけど……結界に捕まってからずっとおかしいんだ。まあ、あとにでも浅間の親父さんに頼んで調整し直してもらうよ」

 

「止水くーん? 神社関係者がここにもいますよー? いるんですよー? ……ミトとナルゼなら大丈夫ですよ。ずっと止水君の流体を使わせてもらって治癒してますから、明日明後日には傷跡もないはずです。それよりも──」

 

 

 これは自分が問うべきか? と疑問を抱いた智は、本来それを問うべきであろう正純に視線を送る。

 その視線を受けた正純は、了解する様に頷きを返した。

 

 

「……葵。率直に、結論を聞きたい。武蔵の代表としての方針は決まったか?」

 

「おーう! 方針な! もちろん余裕だぜヨユー! ヨユーヨユー!!」

 

 

 そう言ってクルクルと踊りだすトーリをしばし眺め……一同はひとまず、と安堵のため息をつく。

 

 

 結論はどうあれ、王は目指す場所を定めた。

 

 ……ならば、自分たちはただそこへ。進んでいく王の背を全力で押していくだけなのだ。

 

 

「ンフフ愚弟にしてはちゃんとやったみたいじゃない? それじゃあ、愛妹ホライゾン。デートは楽しかったかしら!?

 ……ちゃんと、楽しめた?」

 

「Jud. 『楽しい』というものがどんな感情なのか、ホライゾンにはまだわかりません。わかりませんが……『楽しい』という感情を得たとき、今日の記憶をどう体験するのかには興味があります。

 ……総合的に判断いたしまして、有意義な時間であったと思われます」

 

 

 そのホライゾンの答えに、一同は再びの安堵を得る。

 感情などいらぬと断言した以前の彼女が、積極的に、とは言わないまでも、否定的でなくなっているのだ。この変化は、大きいだろう。

 

 

 それを成したのが、回り過ぎで顔を青くして、止水にオエ付こうとしているトーリというのが、なんとも締まらない話だが。

 早々に止水に、顎と後頭部をホールドされて強制的に吐けないようにされているのがまたなんとも。

 

 

「……よし。じゃあ詳しい話は武蔵に戻ってからしよう。ミトツダイラたちも大丈夫とは言え、安全な場所で休ませてやることに越したことはないだろう。浅間、ここにいる役職者以外で、こちらに来ているメンバーは今どうしている?」

 

「そう、ですね。……ナイトはすでに武蔵へ帰還、ウルキアガ君たちも武蔵へ戻っている最中です。アデーレと鈴さんは、二代と警護隊の皆さんが迎えに行ってくれているので……」

 

 

 えーと、と智は抜けが無いか、ちゃんと全員分報告したかどうか確認する。

 

 そして抜けはない、問題はないと判断して強く頷いた。

 

 

 

「はい。大丈夫ですね! みんなちゃんと──」

 

「──あれ? 智。点蔵は?」

 

 

 

 

 あ……。とつぶやいたのは、誰だったのだろう。

 

 ──いやな沈黙が、いやに広がった。

 

 

 

「あ、あははは、やーですねぇ止水クンわかってますよーぅ!? ええもちろん! 点蔵君ですよね! えっとぉ……」

 

「なんか【傷有り】から『二境紋について話がある』んだとかで、英国の祭りに出る──って、俺聞いてるけど……お前から」

 

 

 完全に忘れてたなコイツ。という眼が智に集う。

 

 

「ちょ、ちょっと抜けてただけでしょう!? なんですかその『容赦のない人間』を見る眼!?」

 

「「「違う。『容赦なく人をズドンする人』を見る眼 よ!/さね/だな!」」」

 

 

 喜美・直政・トーリの三連撃の前に、反論を諦めて智も黙る。

 

 ──ちなみに、この時点でネシンバラもまだ英国領土内にいるのだが……こちらは完全に連絡云々が来ていないので、そもそも英国内に来ていることすら知らない。

 その上、『マクベスの呪い』の件もあったため、武蔵で大人しくしているだろう、という先入観もあったので、この件で彼らに文句を言うのは酷だろう。

 

 

「と、とりあえず、クロスユナイトがどれだけの情報を持ってくるか──というのも肝か……英国との会談の前には、いろいろ煮詰めたいものだな、うん」

 

 

 正純自身も若干忘れていたため、智の追い立てに参加しない。対岸の火事は対岸で済ませておくに限る。

 

 そんな感じで、歪ながらもきれいにまとめ──たと、思ったのだが。

 

 先ほどから頻りに首を傾げている姫が、爆弾を投下した。

 

 

 

「あの、止水様。ひとつお聞きしたいのですが。

 

 

 ……誰ですか? その、点蔵というのは」

 

 

 

 さすがの一同も、その言葉を前に。

 かの忍に、深い同情の念を抱かずにはいられなかったそうな。

 

 

 




読了ありがとうございました。


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