境界線上の守り刀   作:陽紅

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七章 刀、悩まず 【肆】

 

 

 三者三様の感情が込められた、六つの目がそれを見る。

 

 自動人形たちの着る侍女服……よりも、過分にヒラヒラが多い所謂『メイド服』と言われるものだろう。しかも、前あわせの胴や先に広がっていく袖を見るにあたり、和装のものだ。

 

 精霊や走狗たちと同じような頭身体系から判断して、それらと似たような存在なのだと判断しておく。

 

 

 ──それは現れ、何をするよりもまず、身を反らして大口をあけた。

 

 

 

【ケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャ!!!!!】

 

 

 笑う。狂ったように。

 

 

【ケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャ!!!!!!!】

 

 

 ただただ、笑う。気を違えてしまったかのように。

 

 

【ケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャケヒャ────】

 

 

 笑──。

 

 

「そろそろ喧しい。ナルゼが起きちまうだろ……」

 

【けぴゃっ!?】

 

 

 

 

 ──ゴスッとイイ一撃が、真後ろからやって来た。

 

 ……刀、その柄頭による脳天への一撃。三頭身の掌ほどの体は、ボールか何かのように地面で弾み、同じ高さまですぐさま跳ね上がってきた。

 

 

【っ? ……?】

 

 

 よほどその一撃が痛かったのか、それともただ単に予想外だったのか。目を真ん丸にして呆け、プルプル震えて挙動不審になっている。

 そして、前情報からすると、そんな謎生物の名前は『(かんな)』、というらしい。

 

 

 数秒かけて、ようやく何があったのかを理解したらしい。

 

 

【て、てめぇ……! 殴ったな!? 殴りやがったなしかも柄で! 刀を通したら俺たちだって痛ぇんだぞ!? 知ってんだろ!?】 (小声)

 

 

 そんな鉋が、理不尽(鉋視点)に対し物申してくるのだが……チラリとナルゼを見てから、ちゃんと小声で怒鳴ってくるあたり──器用なのか、律儀なのか。

 トーリのような " その手 " の内容に詳しい益荒男たちなら、『つんでれ』と評していたことだろう。

 

 

 止水に烈火の如く物申していたのだが、やっぱりナルゼを見て……拗ねたように口を窄めるあたり……筋金入りでそうなのだろう。

 

 

 そんな、相変わらずな反応に苦笑し──。

 

 

「はは……じゃあ、頼んだぜ?」

 

【……けっ、誰に物言ってやがんだてめぇは。ああ……存分に()()()()()()()()()()

 

 

 

 その返答を聞くや否や。

 

 止水は、ナルゼを()()()()()、英国の二人に突貫した。

 

 

 

「はぁ!?」

 

「……ッ!?」

 

 

 

 普通に考えて、負傷した味方がいたなら、意識のない味方がいたのなら──その者をどこか安全な場所に寝かせ、その場所を守りながら戦うだろう。

 

 だからこそ、ドレイクもウォルターも、その絶対の隙を狙っていた。さらには引き離しさえすれば、二人という数の利も活かせると踏んでいたのだ。

 

 

 ……だというのに、その相手は意識のないナルゼを腕に抱えたまま。全力の踏み込みを持って切り掛かってくるではないか。

 

 

 それが完全に虚を突く結果となり、二人は反撃を捨てて回避した。

 

 

 ……レンガ造りの道が、一瞬の間を置いて爆散する。

 

 

 

【……ケヒャ、狼男の方。なぁんかよくわかんねぇ力使っていやがるな】

 

「ああ。逸れた、いや違うな。逸らされたか……『聖譜なんちゃら』ってやつかな。前に武蔵にこいつらがやってきた時に持ってきてたやつと、形が同じだし」

 

 

 面倒だなぁと止水が呟き、鉋はへー、と至極どうでも良さそうな相槌を返している。

 

 ……一応、現代でもっとも脅威を持つ武装の一角なのだが。

 

 

 ドレイクは『なんちゃら』扱いされた、己の右腕に備わっている聖譜顕装『巨きなる正義・旧代』を一瞥し……今しがたの事象に目を細めているところだった。

 

 『巨きなる正義・新代』の能力は【戦場の武装を操る】という攻撃系の能力に対し、旧代は防御系……【正義を汚す行為を失敗させる】というものだ。

 ナルゼはこれに苦戦し──しかし、身体過強化という裏技と半狼の特性を活かした攻撃を行ったのだ。

 

 

(……今のアイツの攻撃、()()していたか……?)

 

 

 振り上げられ、そして、振り下ろされた一刀。

 

 『逸れた』と本人は言っているが、聖譜顕装の力がその程度で済むわけがない。実際、ナルゼはその効果によって足を払われたように転倒し、押し潰されたように這ったのだ。

 

 

 自国の正義に疑念を抱くわけではないが、完全自動かつ『どういった結果』で発動するか分からない能力だからこその、疑問があった。

 

 

「(ちっ、考えてもしかたねぇ……!) 突っ込めウォルター! う──っ!!」

 

 

 仰け反り、胸に肺に……ありったけの空気を送り込み。ナルゼにやられた名残か、少しばかり奥のほうがジンと痛むが、問題はなく撃てる。

 

 

「──っ、る" ぁ!!!」

 

「……っ」

 

 

 半狼のウォークライ。雄叫びに乗ってまっすぐ進む、それは破壊の叫びだ。その破壊の後ろをウォルターが駆ける。

 

 ウォークライは、まず避けられるだろう。だが、回避した瞬間をウォルターの重力刀が狙う。

 即席のコンビで、即興のコンビネーションとして考えたのなら、十分すぎるだろう。

 

 

 

 

 ──……並の相手ならば、それで、十分だったろう。

 

 だが残念ながら──今回の相手は並程度では、到底納まりのつく相手ではなかった。

 

 

 

【……おい。アレ斬れ。なんかすっげぇ気にくわねぇ……!】

 

 

 口 か ら 吐 き 出 さ れ た 攻撃を見て何を思ったのか、半眼無表情になった鉋が、冷たい声で止水に命令を下す。

 

 ──本能的に逆らったらまずいと判断した止水は、故に迫るウォークライに対し……上へも、左右どちらにも跳びはしない。

 

 

 右に握った刀を左へ運び──形的に、ナルゼをより深く抱くようにして()()()()、構えた。

 

 

 

 ──ああ、これは……『斬ります』ね。

 

 

 

 誾の直感。それにわずかに遅れ──その通りの結果を、止水は成した。

 右下から、左上へ。叫びの力は、切り捨てられて霧散する。

 

 

 ……誾の持つ知識として、半狼のウォークライの対処法は大きく回避するか、強固な壁にて身を守る『しか』ない。

 『物理的な迎撃』──などと言う方法は聞いたこともなかった。そして、その成功例も。

 

 

 ──戦慄する誾をよそに、戦局は移る。

 

 

 

「!?」

 

「よっ、さっきぶり」

【邪魔するぜぇ?】

 

 

 

 

 ……回避後の隙を狙っていた剣士に、銀閃が走った。

 しかし、ウォルターとて歴戦とつく戦士だ。咄嗟にも関わらず返した重力刀の一閃は鋭く、そして速い。

 

 だが、その見えない刃は、止水に触れることはなく──巨大な柄ごとを蹴り上げられてしまった。

 

 

「アンタの剣なら、さっきたくさん見せてもらったからな……」

 

 

 触れられない。見ることもできない。長さも変わるし、当たれば致命の傷になる。重力刀のあらゆる利点だが……それらは全て『刃』に限ることなのだ。

 

 持つための柄も、術式装置である鍔も、触れることも見ることもできる。ならば、そこからどうにかしてしまえばいい……と。それがどれだけ難しく危険なことか、など、この刀馬鹿は気づいてさえもいるまいが。

 

 

「……今度は、俺の番だ」

 

 

 ウォークライを斬った刀が、止水の頭上を通って、振り下ろされる。

 一対一でやり合っていた時とは比べようのないその速さと鋭さを、ウォルターは転がるようにして何とか回避した。

 

 

「……っ」

 

「なっ、ウォルター!? ……ちぃ!」

 

 

 が。……右腕に長い、そして、決して浅くはない裂傷が走った。

 

 

 ……あの時は鞘付き、つまりは打撃だ。より高い威力を出すには、相応の振り方があって然る。

 打撃と斬撃の差。それによってずれたタイミング。致命的に晒した隙……。

 

 

「…………」

 

 

 戦闘の続行は可能だ。可能だが……確実に無理をすることになるだろう。そして無理をすれば今後しばらくの戦闘行動に支障が出るかも知れない。

 

 だからこそ──『 今はそのときではない 』と、決着を渇望する心に蓋をして……ウォルターは静かに、膝をついた。

 

 

 止水は無言の(そもそも一言たりとも彼の声を聞いていないのだが)ウォルターに一瞥すら送らず、次の相手──ドレイクへと突貫する。

 

 

 

***

 

 

 

(トンでもねぇなぁおい! あのウォルターを一瞬か!)

「……いいぜっ、来やがれ!」

 

 

 ウォルターが膝をついたのを見届け──知らず知らずの内に、ドレイクは口角を上げていた。

 

 『巨きなる正義・旧代』を前に構え、ドレイクはカウンターを狙ったのだろう。攻撃の失敗時にできる隙、そこに渾身の一撃を叩き込む……シンプルだが、これ以上にない戦法だろう。

 

 

 ウォークライを警戒したのか、止水は左右に大きく動きながら距離を詰めていく。半狼の動体視力でもギリギリ何とか追える止水の機動力にドレイクは驚愕しながら、じっと待った。

 

 

 

 左右への動きを無理矢理の制動で止め、止水は正面からドレイクへ向かう。逆手に持ち変えられた右の刀。それで振りぬこうとして──

 

 

 

 ──それがすっぽ抜けた。

 

 

 

「──っと!?」

 

「はっ! もらっ──……っ!?」

 

 

 すっぽ抜けて、それに驚愕した止水。

 

 対してその隙を確認し、勝利を確信したドレイクも── それに一瞬遅れて、驚愕した。

 

 

 

 失敗し、普通なら止まるか退くだろうところを……更に、一歩。

 

 

 止水が前へ、ドレイクのほうへと進んだのだ。無くなった刀の分の距離を埋めるように、その一歩を捻り込ませる。

 

 

 そして、すっぽ抜けた刀の分の空洞を、構うものかと硬く握って閉ざしたのなら、原始の時代から連綿と受け継がれてきた、【男の武器】が出来上がる。

 

 

 

 10tを超える武神を悠々と支え持ちあげる力と、一線級の特務に負けぬ速さ。そして、厚さ十数センチの特殊鋼板に当たり勝ちするその硬さ。

 

 

 おおよそにして、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()がドレイクの横っ面に、着弾した。

 

 

 だが咄嗟に、ドレイク自身も跳んだからだろう。その一撃は大きく威力を減じることとなる。

 

 

 ……左側の牙は軒並み砕け、首の筋も軒並みもっていかれ。

 

 ……通りを数十メートルほど水平に飛んでいき……住居六棟を貫通倒壊させた程度で、済んだのだから。

 

 

 

「……死んだのではないですか? あれは流石に」

 

「生きてるよ。力全部通してない──から……あれ? 生きてるよな……?」

 

 

 

***

 

 

 

 ──さて、と。

 

 打った本人の癖に心配になった止水が瓦礫を掘り返して、ドレイクの微かな胸の上下(ただの痙攣に見えなくもない)を確認しているのを眺めがら、誾は呟く。

 

 

 ──濃密な、濃密過ぎる……十秒でしたね。

 

 

 英国オクスフォード教導院の陸と海の戦長が……二人合わせて、たったの十秒。

 質より量。それも、質を十二分に備えていたはずの量の前に、圧倒的な力を持って蹂躙を果たす、個。

 

 

(これは……元信公の遺した言葉も、強ち虚言ではないのかもしれません)

 

 

 『 末世の保険になるかも知れない個人 』……誾は当初、そんな人物がいるはずがないと聞き捨てていた──当然だ。世界の終わりを、一個人がどうにかできるはずがないのだから。

 

 だが、今の誾には……元信の言葉を否定しきれる自信がなかった。

 

 

「で、ドレイク閣下は生きてましたか?」

 

「う、うん。大丈夫大丈夫……たぶん、しばらく肉とかは食えないだろうけど」

 

 

 そう言って己の右手を見つつ開いては閉じてを繰り返す。

 まるで、先ほどの威力が本人の意識したものよりも、強弱のどちらかに違った……それに戸惑うように。

 

 

 そして、一連の行動を見る限りは──……。

 

 

「はぁ……あまり、考えたくないものであります」

 

「──え、何を……?」

 

 

 首を傾げる止水を放置し、誾は観察と思考を続ける。

 

 いまだに気絶……穏やかな表情を見れば、ただ単に寝ているだけのようにも見えるナルゼは、依然として左腕に抱かれたままだ。そのナルゼの頭の上には指定席のように鉋がチョコンと座っていて……誾と目が合ったときにニヤリと笑みを浮かべて──。

 

 

 ……鉋。

 

 守り刀の『 鉋 』。

 

 

 誾は、同様の存在を、二柱、知り得ている。 

 

 

 『 鈍 』は、光速を超える居合いで、超広範囲を両断する一刀を止水にもたらし、五艦を墜とした。

 

 『 鎩 』は、戦場に刀をばら撒き、その間を高速移動することで無謀でしかない一対二千五百を可能にさせた。

 

 

(……かんな、というあの走狗(?)の力は……?)

 

 

 英国の二人を相手にしていたとき。確かに、そのときにも高い実力を感じたが、それはあくまで止水の力。三河で通神越しにも感じられた、あの説明不能の感覚はない。

 

 

(まだ、力を発揮していない……? だとしたら……)

 

 

 対軍、対広域に用いれるような超戦力を、そのまま温存している相手と立ち会うことになるかもしれない。

 

 ──誾の頬を、一滴の冷や汗が伝う。

 

 

 しかし、そんな誾の心配を、当人である鉋が拭い去った。

 

 

【ケヒャケヒャ! そんなに硬ぁくなるなよ嬢ちゃん。──安心しな。俺ぁとぉっくに、力を使ってるんだぜぇ?】

 

「は……?」

「いや、鉋……? お前がそれ、教えちゃうのかよ……」

 

【ケッヒャーッ! いぃじゃねぇか別によ。鉋様は敵味方問わず大盤振る舞い、ってな……大体、なぁんか勘違いされてるみてぇだしな。

 ──『 鈍 』や『 鎩 』と一緒にされるなんざ、俺ぁ真っ平ごめんだ】

 

 

 ナルゼの頭に座ったまま鉋は、いいかぁ? と前にのめる。

 

 

【俺こと鉋様の流派はな、守り刀の十三ある流派の中でも、随一と言っていいほど『守り刀』を体現してんのさ。

 ほかの連中は小っ難しいことを馬ぁ鹿馬鹿しく考えて悩んで いーやーがーるーが──……】

 

 

 笑った。嗤った。

 

 そして、その笑みを殺した。

 

 

【ちげぇだろ? ……ほかの、その辺に転がってる刀共とは違うんだ。

 ──俺たちはな、『守り刀』なんだよ……! 守るためにある刀!! 守ることができなきゃあ、鉄くず以下の棒っきれでしかねぇッ!!!】 

 

 

 誇るように叫ぶ。誇示するように、高らかと……己は間違ってないと、ほかでもない自分自身に証明するように。

 

 

【だから守るんだよぉ……『腹』に『抱』えた、ただその一人を守り抜く『絶』対に折れぬ『刀』。

 

 ──それこそが我が『 鉋 』が唯一の業たる 『 抱 腹 絶 刀 』──!!】

 

 

 

 吼え声に呼応するかのように、目立たぬようにナルゼを包んでいた力場が、緋の色に色濃く染まる。繭のように幾重にも、ゆりかごのように幾重にも、決して傷付かぬように。

 

 

 絶対に守り抜くために。

 

 

【……千難万苦……あぁ、来てみやがれ。俺がここにこぉしている限り、守り刀に負け(守れず)はねぇ……!】

 

 

 

 止水が動くことによって掛かるはずだった負荷は、ナルゼには欠片も伝わっていない。

 攻防の中で飛びかっていたであろう破片は、ナルゼには微塵も届いていない。

 

 ドレイクの持つ聖譜顕装の効果でさえ、止水が転べばナルゼに害がいくと判断され、止水の持つ刀にのみ影響が出たのだ。

 

 ……この世の絶対法とされる聖譜の顕現にさえ、抗い抜く。

 

 

 

 守るために。

 

 ただただ一人を、守るために。

 

 

 

「聖譜の力にさえ、抗えるというのですか……?」

 

【ケヒャケヒャ! ……産まれて高々数百年かそこらの()()()に、良い様にされるつもりはねぇぜ?】

 

 

 規模が違う。規格が違う。──そんな、程度の低い話ではない。

 もっと……それこそ、人などが思考しようのないほど高い位階の問題を見せられているような気分を、誾は感じていた。

 

 

 

【んで、どーするよお嬢ちゃん? やるってんなら相手になるぜェ!?

 

 

 ……コイツが】

 

 

 

 

 

 ──生暖かい風が、吹き抜けた気がした。

 

 止水の肩も、ガクリと下がった気がした。

 

 

 

 

「あのさ、鉋? すっごい格好つけておいて、焚き付けるだけ焚き付けておいてさ。全部こっちに丸投げってお前……この状態、凄い疲れるから早いとこほかの皆と合流したいんだけど……」

 

 

 そう言い、ちらりとナルゼの容態を確認する。

 怪我の悪化はない。緋色の流体に包まれているので、むしろ自然治癒の数倍の速度で癒えている状態だ。それでも、疲れや痛みが消えるわけではないので──。

 

 

(早いとこ、安全なところで休ませてやりたいんだけどなぁ……)

 

 

 この謎空間も、いまだ解除される気配はない。

 

 英国の二人を攻略しても変わらないとなると──最終手段の『流体パンチ』で結界破壊を試みるしかないわけである。

 

 

 なお、止水の知らない話ではあるが、ドレイクは完全に気絶しているが、ウォルターの意識はある。戦闘不能と本人が判断しても結界がそれを認めていないため、結果としてウォルターと止水の戦闘は続いてる、と判断されているのだ。

 

 

 さてどうしようか──と、いろいろと足りない頭で考えようとしたが、止めた。

 

 

「……ほら見ろ鉋。お前のせいだぞ」

 

 

 足は肩幅、臨機応変。重心は深く、突撃仕様。

 対の連刃は鋭く光り。視線は揺るがず、まっすぐに。

 

 

 ──立花 誾は見間違いようも無く、臨戦態勢に入っていた。

 

 

「正直、いろいろとありすぎて私個人で判断できる容量を超過しています。そして、私が貴方とわざわざ戦う必要も、ここにいたっては皆無なのでしょう」

 

「……『ですが』か?」

 

「Tes. 一人の武人として。そして、なによりも西国無双の妻として。強者を前にしたのなら、退くわけにはいきません。戦わずにはいられません。

 

 ……『胸をお借ります』──武蔵が守り刀、止水殿」

 

 

 勝算は──ある。

 途方も無く分が悪い賭けのような勝算だが……一つだけ、あった。

 

 

(……第四特務を抱えている以上、左腕は使えない。故に、普通は左側を死角と見るのでしょうが……)

 

 

 『 鉋 』の存在が、その左の死角を殺す。それどころか、聖譜の力さえ捻じ曲げる力によってどんな反撃があるかわかったものではない。

 

 だからこそ、本来あるはずのない死角が、右に生まれる。

 

 

 連戦直後、その上、この状態を疲れると本人の言葉。腹芸は得意なようにはまったく見えないので、事実だろう。

 

 そこに生じる()()知れない、隙。──おおよそ、勝算などと言えるものではなかった。

 

 

(……本当に、融通の利かない女ですね)

 

 

 それでも、挑む価値があると思っている辺り、筋金入りなのだろう。

 

 ──そんな、『なにを言っても絶対に退きはしない』誾を見て……止水も諦める。

 

 

 

 足は前後に大きく開き、守るナルゼは己の影に。

 右の刀は逆手に握り、特に構えることはしない。

 

 

「──鉋。合図頼む」

 

 

【ケヒャケヒャ……あいよ。

 

 ──いざ、尋常に……!】

 

 

 

 始──……っ!

 

 

 

 ……

 

 

 …………?

 

 

 

「──……おや?」

 

 

 

 ……昂ぶっていた感情が、高まっていた熱が、氷点下まで一気に落ちていく。

 

 『始め』と来たのだろう。来るはずだったのだろう。

 

 

 

 そして、来るはずだった止水とナルゼと鉋が、三人とも、忽然と消えていた。

 

 ……本当に消えていた。

 

 

 隠れた、なんてレベルではない。周囲に気配が、完全にないのだ。

 

 

 

「……ほうほう、これは、これはこれは。

 新手のやり口ということですか。遥か古の決闘で遅れに遅れた武人がいると聞いていましたが、よもやよもやそれを敢えて改変してやってのけるとはいやはやいやはや」

 

 

 そして……氷点下から、灼熱へと駆け上がっていく。

 

 ──止水たちのいた場所にある、『消えかかっている矢』なんぞ……誾、さんの視界には映らなかったのだ……でした。

 

 

「……良いでしょう。次回です。次回やりますとも、必ずええ。勝ち逃げ負け逃げも、勝負前逃げも許しませんともええ……!」

 

 

 やはり夫婦なのだろう。──宗茂()と同じように『いざ……!』 というタイミングで、ぶった切られることになろうとは。

 

 

 戦意をいやおうに一人高める誾を残したまま、シェイクスピア戯曲『カラサワギ』最大の戦場は、あっけなく終わるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

【──め!?】

 

「っぷ!?」

 

 

 目の前が、真っ暗になった。

 意識を失った、とかではなく、まじめに視界が何かに覆われていた。

 

 

「ひーろった! 拾ったわよつまり私のよねこれ! 黙ってりゃばれないわよね!?」

 

「喜美!? ちょっ、はしたないですってば! あと私巫女ですからそういうことできません! 役所届けだと一割ですからバラバラになっちゃうんですからね!?」

 

 

 やけに柔らかい何かが、止水の顔を圧迫している。首固定で圧迫してくる力はなかなかに強く、鼻口が抑えられて呼吸すらできなかった。

 

 だが、聞きなれた二人分の声……一人がやたらと近く、もう一人は少し離れている。

 

 

 ……少し呼吸がキツイが、刀を、注意しながら鞘に納めてから……その柔らかい双子山からなんとか顔を外す。

 

 

「……ぷっは。喜美に、智? ……どうして?」

 

「んふふ。どうして、とは随分ご挨拶ね止水のオバカ。全国盛り男衆の夢かなえてあげたのよ? 感謝しなさい感謝!」

 

 

 そういうことを聞きたいんじゃないんだけど、という言葉は続かない。

 

 ほーらほーらと締めてくる喜美を引き離したいのだが、服がアレなために強く引っ張ったり押したりができない。

 

 

「クフフ、やだなんか楽しくなってき──ひゃん!?」

 

「はーい喜美ー? ちょっとまじめな話するから黙っててくださいねー?」

 

「ちょっ、浅間!? アンタ、脇腹はだめだって知って、ンッ! わかった、わかったからぁ!」

 

 

 耳元で健全とは言いがたい艶声を出され、所々柔らかいのが当てられ……さすがに止水も恥ずかしいらしい。居心地が悪そうだ。

 

 喜美も喜美で、素直に降りればいいものを、ヨジヨジと止水の背中側へ移動している。

 ……苦笑とため息が送られたのは言うまでもない。

 

 

「ひとまず、ナルゼは無事……ですね。止水君が近くてよかったです。一緒に回収できたのも幸いでした」

 

 

 別に近くにいたわけではないのだけれど……説明が面倒なので黙っておくことにする。鉋は何やらニヤニヤと笑って、止水の肩をポンポン叩いてから帰っていく。

 

 

「……ほかの皆は?」

 

「Jud. ミトとマサ、正純が個別に……ウルキアガ君たちは一緒に結界空間に捕われているみたいです。マルゴットはさっき、結界からの脱出を確認しました」

 

「本当は、貧乳政治家のところとナルゼのところで、私たち二手に分かれていこうとしてたんだけど。なんかイイ感じのタイミングでアンタがナルゼのところでヒャッハーしてるみたいだったから、乗り物確保したほうが早いって。

 ……浅間が」

 

「い、言ってませんよーう!? 便利ですよねーって言ったら喜美がヨイショしたんじゃないですか!」

 

 

 弁明しているのか墓穴を掘りたいのかわからない智は放置して。

 もし、ナルゼのように負傷している仲間がいるなら、確かに『止水』という運搬力は有効だろう。

 

 

「そっか──なら、変刀姿勢・移ノ型二十五番 【空荷車】」

 

 

 言葉の後、やや前傾になった止水の両脇から、大量の刀鞘があふれ出し、形を作っていく。背中の喜美と左腕のナルゼには当然当たらないように配慮して。

 

 作られていく形を前に、二人はどこかうれしそうだ。

 

 

「……懐かしいですねぇ……前に先生との体育で、皆を運んだやつですよねこれ」

 

「そう? 母さんの大量買出しにつき合わされてるときに使ってるから、そう珍しいもんでもないわよ? あ、止水? あんたの着流しよこしなさい下に敷くから」

 

 

 ……簡潔に説明するなら、車輪の無い荷馬車だ。当然馬は止水である。

 

 それにいそいそと乗車し……止水の上着をひっぺがし。三人がちゃんと座って寝ているのを確認して──屋根の上をひょいひょいと駆けてった。

 

 

 

「とりあえず、正純のところに行きましょう。ミトは戦闘に横槍入れると拗ねますし。マサはこれ……なんかお酒飲んでるみたいなんで……」

 

 

「なにやってんだよ直政のやつ……」

 

 

 さあ? という答えは、強くなっていく向かい風の中に、消えていくのであった。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。



立花夫戦闘フラグ + 立花嫁戦闘フラグ = 立花夫婦合同戦闘フラグ New!

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