境界線上の守り刀   作:陽紅

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書き上げて、あれぇ? となりました。

まとめようとしてまとまらず、早々に切り替えようとして一万字に迫り……
ライトノベル界最大ヘージ数の下巻は強敵です……。


七章 刀、悩まず 【参】

 

 

 

 息を大きく吸い、そして静かに、時間をかけて吐き出す。

 全身の力を少しずつ抜いていき、リラックスしながら、集中を高めていく。

 

 幸いにも目標(ターゲット)は棒立ちだ。仕留めるなら……今しかない。

 

 

 ──呼吸を、止める。

 

 

 

 無心で引いたその引き金は……とても、軽かった。

 

 

 

「一発にあれだけの時間をかけて、まさか五発連続で外すとは。これは一体どんな芸ですか? ホライゾンの後学(ツッコミ)のために教えてください」

 

「お、おっちゃん! これやっぱ銃身曲がってるって!」

「あんちゃん。……そういって試したろぉ三丁も……そろそろ勘弁してくれよぉ」

 

 

 結果──射的屋の店主が泣いて、折れた。

 ……形はどうあれ、景品はゲットできたようだ。

 

 

「くっそぅ。射的は得意なんだぜ俺本当は。地元ルールで距離が年齢で伸びるとかねぇよ……」

 

「負け犬のなんとやらですね。しかし地元ルールということは、武蔵のお祭りでは違うのですか?」

 

「おう! 馬鹿なやつほど近くで撃てるんだよ。だから俺、弾の数だけ景品取れるんだっ♪」

 

 

 武蔵での射的出店は諸々の理由があって弓矢射的なため、何気に難しい。のだが……ゼロ距離で撃つのだから、外しようがない。

 そして余談だが、トーリの後に大抵一人の巫女がフラリとやってきて根こそぎ景品をズドンしていくので、店主側がそろそろ本気で『巫女禁止』を掲げようか迷っているらしい。

 

「そんで、一回姉ちゃんが、なぁにトチ狂ったのかダムに矢当てたことあってさー……そっから、武蔵で力仕事系の仕事してる連中が弓持ってダム追っかけまわしてたりしてよ」

 

 

 そんで、シロジロが巫女連中買収したりもしたんだぜ? と。

 

 ──ホライゾンがまだ武蔵にいなかった、高等部一年のときの思い出を……トーリは語る。

 

 

 十年前。事故で落命した彼女に、思い出をつなぎ合わせるように。

 

 思い出を共有することで、いなかったその空白を、埋めていくように。

 

 

 小等部のころは、迷子になった鈴をみんなで探して。夜遅くまで遊んで親にしかられて、でも皆で雑魚寝で語り合って。

 

 中等部のころは、遊びすぎて破産して守銭奴に借りて踏み倒して。男女で分かれるようになって、でも荷物もちで結局合流したりして。

 

 高等部では、いろいろやった。楽しませる側として、馬鹿をやった。

 

 

 何気なく、しかし、しっかりと。

 ……一つ一つ、自身も思い出しながら、さりげなく。

 

 

 

 『感情などいらぬ』と──涙を流して拒絶した、彼女のために、語る。

 

 

 

 先の三河の抗争にて、トレスエスパニアが保有する二つの大罪武装の内の一つを取り戻すことに成功したホライゾン。

 しかし──それによって取り戻せた感情は『 悲嘆 』……つまりは、悲しみだ。

 

 

 残る七つの大罪の名を考えても、『 得たい 』と思える感情など一つとしてありはしない。しかも、それらを手に入れる道程は長く、易いものでもない。

 ……そして、その方法は、おそらく戦争という手段が多くなるだろう。大切な友人とも言える正純たちが傷つくかも知れないのだ。

 

 

 ならば、いらないではないか。──と。

 

 悲しくて、苦しくて辛くて、誰かが傷ついてしまうなら……不要ではないか、と。

 

 

 ──それを聞いて、トーリは微笑んだ。微笑んで、語りだしたのだ。

 

 

 『 おめぇは、戦争とか相対とか、そーいうめんどくせぇこと考えなくていいんだよ、ホライゾン。何せ、世界征服は俺()()の領分なんだからな!

 ……おめぇは全部の感情を取り戻した『 先 』のことだけ、考えてりゃいいんだ。な? 簡単だろ? 』

 

 

 ──それに、と。

 

 

 『 ホライゾンは、今も悲しいか? ──悲しくねぇだろ? じゃあそれだけで、『悲しくない』ってだけで、幸せなことなんだと俺は思うぜ? そんで、悲しくない、って時は、悲しいって状態を知らないと、わからねぇわけだ』 

 

 

 

 

 そう言って、ひとつひとつ、語りだしたのだ。

 

 ……笑えて、呆れる。そんな、仲間たちとの昔話を。

 

 

 

 ……今はまだ、このデートのことにも、トーリの語った思い出話にも、何も感じないかもしれない。

 でも、すべての大罪(感情)を取り戻して、それに抗えるようになったホライゾンなら──……。

 

 

 

 

 

「……ところで、トーリ様。話はぶった切ってガラリと変わるのですが」

 

「お、なんだよ? どっか行きたい店とか──」

 

「いえ。現在、この場所を含めて広範囲の結界らしきものが張られているようです。──客観的に申し上げまして、ええ。かなり危険かと」

 

 

 空を見上げ、淡々と異常を告げる。──見守るようについてきていた喜美たちの反応も、少し前から感じられない。

 つまり、今のところトーリたちは無防備とうわけだ。

 

 

「マジでガラリと変わったなぁ……んー」

 

「武蔵に戻ったほうがいいと思います。なにせ、トーリ様はマジ戦闘力皆無ですし」

 

「でもここで俺が捕まったほうが、視聴率的にはおいしくなるんじゃねぇかな……」

 

 

 ──振り上げた手が振り下ろされる前に、馬鹿は土下座していた。

 

 

 

「……武蔵に戻ったほうがいいと思います。なにせ、トーリ様はマジ冗談抜きで戦闘力皆無ですし」

 

「な、なかった事にして繰り返すとか新種のツッコミだな……!

 まー、たぶん……大丈夫だと思うぜ? うちの連中が守ってくれるんじゃねぇかな? 現に今、余裕で無事だし。それに、逃げたほうがいいなら、たぶん何があっても伝えてくるだろ」

 

 

 信頼しているのか、それとも楽観しているのか。

 ──ホライゾンは、トーリの思考ゆえにかなり後者よりと判断しておく。だから、忠告するのが自分の仕事だろうと、ホライゾンは続ける。

 

 

「ですが、それでは危険な方もいらっしゃるのでは? もし万が一があったら……」

 

「……あるだろうな万が一。でもよ、みんなはそれ覚悟して『デート楽しんでこい』ってこの時間作ってくれたんだ。

 だから、思いっきり楽しんで、『みんなのおかげだー』って言ってやった方がいいんじゃねぇかな、って思うんだよ。俺は」

 

 

 それに、と。続けようとした言葉を、トーリは飲み込む。

 

 

(おめぇも多分、そっちにいんだろ? 止水。なら──頼んだぜ?)

 

 

 万が一。それが起こったとしても、彼がそれを、全て引き受けるのだろう。今までもそうであったように、これからも揺らがずに。

 

 

「あっ! おい見ろよホライゾン! この先にパン屋の出店があるらしいぜ!」

 

「言うだけ無駄っぽいですね。……しかし、それをパン屋バイトのホライゾンに勧めるとは。──いいでしょう。敵情視察です。英国の戦力がどの程度が、知る必要がありますね」

 

 

 

 

***

 

 

 

 息が荒れる。心臓の脈打つ音は早く強く──否応なしに己が昂ぶっていることを自覚できた。

 

 

「疾っ!!」

 

「……っ!」

 

 

 ……片や振り下ろし、片やなぎ払う。

 

 風がうなり、大地が削れ──そのどちらもが必殺威力を秘めているそれは、幾十度目かの不発を数えた。

 

 

 ──意識をせざるを得ないだろう。例え刀身が見えなかろうが、刀は刀だ。

 

 刀を使う剣士同士の尋常の勝負。刹那の油断が敗北に繋がり、紙一重の奇跡が勝利の鍵となる──そんな激戦。

 

 

 

「……ッ!!」

 

「なん、のぉ!!」

 

 

 

 立会人がいない。観客もいない。

 

 だからこそ、容易にはたどり着けない境地にいる武人同士の激突という──歓声を上げずにはいられない激闘も、両雄が作る音以外のない、静かなものだった。

 

 

 

「むっ……」

 

 ──腕が浅く裂け、血花が咲いた。

 

 

「……ッ」

 

 ──地面に跡を残して耐えるほどの、衝撃が突き抜けた。

 

 

 そして、お互いに……体勢を整えるよりもまず、距離をつめるべく、全力で踏み込んだ。

 

 鍔迫り合いならぬ『柄』迫り合い、片腕と両腕の力比べは──ありえないことに拮抗した。

 

 

(力は俺が上……速さはあっちが上。 そして技量は……)

 

 

 それが、悔しかった。

 

 

(()()()()()──それでも埋めてくるか……!)

 

 

 体格も、体重も。膂力にいたっては圧倒しているはずの止水が、ウォルターを『押し切れない』のだ。ありえないことに。

 技量で力を埋めてくる猛者も当然要るが、剣士としての技量も、止水は自惚れなしに自分が上だと断言できる。

 

 だというのに、崩せない。

 

 ……なぜか?

 

 

 その答えが、ところどころに見える、剣士の動きではない体術──止水はそれを、よく知っていた。なにせ、友人の一人のそれに大変よく似ているのだ。見間違うはずがない。

 

 

「──忍か」

 

「…………」

 

 

 

 点蔵・クロスユナイト。体捌きや歩法など、細かい部分ではあるが、彼の技術に近いものが見える。

 

 剣士としては止水に若干劣るが、点蔵に引けを取らぬ忍の技術を持って補う──言葉で言うのは簡単だが、それを実行し、また実現するのがどれだけ難題であることか。

 

 止水が与り知らぬことではあるが──英国の陸戦団師範と戦時補佐。それを勤め上げる男こそこのウォルターなのだ。

 

 ……一筋縄で、いくはずもない。

 

 

「はは……」

 

 

 ウォルターが『強敵』であると再確認した止水は、高襟の奥で……口角を上げて笑った。 

 目の前の剣士に勝つ、それはきっと至難のことだろう。もしかしたら自分が負けるかもしれない。

 

 だが、勝っても負けても、この勝負に一切の遺恨は残らないだろう。どちらの結果にせよ得るべき物が──目指すべき場所が見えるはずだと、そう思えた。

 

 

 

 ──乱入者が我が物顔で現れる、その、直前まで。

 

 

 

  『おーぃ、熱くなっていらっしゃるところ悪ぃーんだけどよぉー!』

 

 

 

 

 突然の声。それも、かなりの近距離から突然発せられた声に、止水とウォルターは同様に強い警戒を行動で示す。

 

 だが、聞いたことのある声として、警戒を解いたのは止水だった。

 

 止水の視線の先。彼の顔の真横辺りだろうか、一枚の表示枠が出現している。声はそこからだった。

 

 

「なんか用か? 今、結構忙し──」

 

『おーいおいおい、そんな態度でいいのかよぉ!? せっかくこの俺様が……『お前が守るっていった連中の一人が、壮絶絶賛だぁいピンチなんだぜぇ』ってご親切にご連絡してやろうとわざわざ来てやったんだぜぇ?』

 

 

 表示枠から聞こえてくる、軽薄としかいいようのない声。

 

 その内容に──高まり続けていた天井知らずの熱が、一気に冷めた。

 

 

「いや、何……言ってんだよ──術式は……動いて、ないぞ?」

 

『けひゃけひゃ……お前よぅ、ちったぁ考えてみろよ。おめぇの一個前に完成したばっかりの『出来立てほやほや』が、万事何事もなく無問題でいけるとか、楽観しすぎだぜぇ?

 むしろ十年も、よぉく問題なかったもんだなぁ。前回のお前が消えかけたときなんか、どうして正しく動いたのかわからねぇくらいだ』

 

 

 守り刀の術式。止水が仲間たちの損傷を奪う、自己犠牲の究極系とも言える術式だ。

 止水の母──守り刀の紫華の手によって完成し、しかしそれは一度として使われることなく、止水が用いる十年前まで眠っていたものだ。

 

 

 ──結界という異界。通常の空間とは、さまざまなものが微妙に違うだろう。

 

 

 異常があったとしても、なんら、可笑しくはない。

 

 

「──誰だ!? どこにっ!?」

 

 

 止水が表示枠に詰め寄れば、表示枠は詰め寄った分下がり。ふらふらと明滅しながら、漂っていた。

 

 

 

『おーちーつーけーよー。気配で感じられんだろ? ……ほぅらあっちの方にあるじゃねぇか。

 

 …… 今 に も 消 え ち ま い そ う な 、気配がよぉ』

 

 

 ケヒャ、という独特の笑いを。

 

 ……全力の踏み込みによって生じた爆発が、かき消した。

 

 

「……っ!?」

 

 

 驚愕の気配を、一気に後方へと突き放す。高揚をもって相手していた武士は、今ではただの障害だ。一抹の気さえ掛ける暇はない。

 

 

 ……爆発的な加速によってぶつかって来る大気をも無視し、意識を集中させる。

 

 

 最近ではもっぱら正純用だった、守りの術式を利用した探知方法。本来ならば、うっすらとした線のようなものが感じられるはずなのだが……。

 

 

「なんで線『だけ』向こうに残ってるんだよ……っ!」

 

『ケヒャケヒャケヒャ! ……さぁなぁ! たまたまとか偶然じゃねぇのぉ!?』

 

 

 もしこれを意図的にやられたのだとしたら、それは止水の天敵となろう。

 

 もしこれが偶然の産物なのだとしたら、これは……止水の天敵を生むだろう。

 

 

 線はないが、点は認識できる。英国の都市部のいたるところにその点は在り……激しく動き回るものもいれば、一定の位置に留まっているものもいた。

 

 

 そして……今にも消えそうなその一点を、止水は捉えた。

 

 

 ギリ──と奥歯を強く噛み、大地をさらに強く蹴る。今の位置から、最も遠い位置にあるその場所に、一刻も早くたどり着くために。

 

 

 

***

 

 

 

 ──己のほうが速い。

 

 少なくない斬り合いの中、ウォルターはその事実を半ば確信していた。

 極東人にしては大柄である己の体躯も、この相手を前にしては劣るのだが──この世界ではそれは珍しいことではない。

 

 

 力では負けている。剣士としても、一枚か二枚ほど上を行かれている。だからこそ、速度と戦運びで拮抗を得て──久々に血が滾る戦いとなっていた。

 

 

 ──己のほうが、速かったはずだ。

 

 

 最高速度の点で、ウォルターは止水を上回っていた。剣の速度も、体の動きも。若干ではあるが、しかし確実に上回っていたはずなのだ。

 

 ではなぜ、全力で追いかけているウォルターが、距離を縮めるどころか、逆に距離を離されているのか。

 

 

「……っ!」

 

 

 先ほどまで本気ではなかった……では、少し語弊があるだろう。

 

 先ほどまでは──本気を『出せなかった』……これが正しいだろう。

 

 

 

 守り刀。ただの刀ではなく、守るためにある刀。

 

 ──その刃が真価を発揮するのは、まさしく、誰かを守るその時……ということなのだろう。

 

 

 ウォルターが全力で止水を追いかけるが、差を縮めることができない。

 減速と停止の一切合切を無視しているのだろう。生物学的に常識はずれな脚力を、加速に集中させる。踏み蹴ることで家屋が倒壊しようが、構うことなくさらに、さらに。

 

 

 仕掛けた側であるウォルターは、この結界内での破壊は現実には影響しないことを知っている。だから、自国でありながら『周囲の被害を~』などということを考えずに戦うことができた。

 

 

 

 ……シェイクスピアの術式に、感謝しなければいけない。

 

 もし、現実に反映されるような術式結界だったなら──踏み潰された家屋やら陥没した通りやらが、そのまま残る。やらかしたのは止水だが、自らのホームで仕掛けたのは英国だ。対策不足でしかなく、担当の力不足でしかない。そして──

 

 

 そして、認識を改めなければならない。

 

 

 『守り刀の止水』という、戦術的・戦略的火力を持つ、個人の……その脅威を。

 

 

 

 ──今までで一番多く瓦礫が爆ぜ、一番広く粉塵が広がる。

 

 

「……」

 

 

 ……守り刀が、最後の一歩を踏み込んだのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ──これはどういった状況でありましょうか。

 

 

 と、現在進行形で目の前で起きている筆舌しようのない状況に、立花 誾はとりあえず自問してみた。

 

 

(ふむ。箇条書きです。こういうときは箇条書きで最後に『←今ここ』とやればわかりやすいはずです)

 

 

① 書記と一緒に、近日に迫っているアルマダ海戦のあれこれをしに英国へ。

 

② 書記を出し抜いて出店コンプリートを慣行していたところ謎の空間に囚われる。

 

③ 適当に動いていたら、英国のフランシス・ドレイク閣下が武蔵の第四特務に婦女暴行している現場に遭遇。

 

④ 同じ女子として流石に見捨てるのは忍びないので介入しようと突撃。

 

⑤ 空から何かが降ってきて、私とドレイク閣下の両撃を受け止めた。←今ここ

 

 

 箇条書きにしてみましたが、急展開過ぎて無意味な気がします、と思考による現状把握を諦める。

 

 

 諦めて、己の刃を止めた者を改めて確認する。

 

 人間の平均を大きく上回る身長と体重から作り出される巨躯は、目前に立つ半狼(ハードウルフ)であるドレイクにも劣らない。

 

 所々が破れ、場所によっては血が滲んでいる、緋衣。そして全身に過剰としか言えない数の刀を配備している、顔のほとんどを高襟と鉢金で隠してしまっている男。

 

 

 

「貴方は、武蔵の……」 

 

 

 

 見覚えがある人物だった。

 

 知り合い……というほど知っているわけではない。所属と名前、それに数行の文で足りる程度の情報だけだ。

 どちらかというと夫のほうが意気投合していた感じがする。

 

 

(──ふむ。あの人は何気に同性のご友人があまりいませんから、余計に嬉しかったのかも知れません)

 

 

 まあ、おかげで私と宗茂さまの時間が増えたのだから良しとしておきましょうそうしましょう。

 

 ……閑話休題。

 

 

 

 ……最初は通神越しで挨拶と、短く言葉を交わした程度だった。

 二度目は艦上にて短く刃を交えたのだが、その時はやばいくらいの体調不良にも関わらず軽くあしらわれた事が記憶に新しい。

 

 

 ──その彼に、武蔵の第四特務に伸ばされたドレイクの腕を止めようと、突撃し突き出した連刃が阻まれている。ドレイクの腕も、自身の左腕を盾として、爪を食い込ませて止められている。

 

 戦闘系特務の二人を封殺したというのに、誾にも、ドレイクにも一切意識を向けていない。

 

 ……自分よりさらにボロボロで、意識を失せている第四特務を、ただ見下ろしていた。

 

 口の端から額から、流れた血が泥と滲み顔を汚している。祭りとあって着飾った私服は、もう廃棄するしかないほどになっていて、綺麗だった黒翼も痛々しく──。

 

 

「はぁ。なんだ、乱入かよ……なぁ、邪魔をしないでくれや。今から流した分の血を──」

 

 

 そいつ食って取り戻すんだからよ──と。ドレイクはその言葉を、言い切ることができなかった。この場にいる誰かが、何かしらの行動を起こしたわけではない。

 だというのに、ドレイクは息を飲むようにして黙り込む。黙り込んで、体の重心を下げた。

 

 

 

「……悪いな、ナルゼ。遅れた」

 

 

 

 ──空気が、変わった。

 

 

 ……否。そんなお優しい言葉では、これは足りない。

 

 

 

「ちょっと待ってろ。 すぐに──」

 

 

 

 

 

 

 ──終わらせるから。

 

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 ドレイクと誾が、ほぼ同時に跳ぶ。後方に何があるのか、なんて事を気にもかけない全力の後退だ。幸いにも誾は通りに沿う様に動けたため、全力分の距離を何事もなく得ることができた。

 ドレイクの方はというと結構悲惨だ。頑丈なレンガ造りの家屋に大穴を空けている。それでもその大穴の向こう……総毛立てて威嚇していた。

 

 

 ──いやな汗が頬を伝うのを自覚しながら、誾は義腕で、己の首を軽くなでる。

 

 

(……()()()()()()()()。まさか殺意だけで『斬首の幻』を見せるとは……)

 

 

 跳び下がる直前の一瞬。瞬きにも満たないその瞬間だったが、誾は確かに感じた。

 

 ……自分の首、そこを……冷たい鋼が裂いていく感覚を。

 

 

(刀を抜かず、戦闘態勢にすら入っていない状態の殺意でこれほどとは……)

 

 

 

 斬られた、殺された。と確かに頭かどこかがそれを事実として認識した。

 それが幻で、しかしその恐怖で強張る体を解きながら──大きく開いた距離を通して、止水を今一度見る。

 

 

 退いた二人の追撃を──……するのではなく。倒れ付す第四特務をそっと優しく、まるで宝物を扱うような慎重さで、抱き上げているところだった。

 

 

 

『けひゃけひゃ! 間に合ってよかったなぁほんと! ……いや、ほんとよかった!! まじめにかなり危なかったぜこれおい。俺様に感謝しろよぉ!?』

 

「してるさ……助かった。──術式も見直しておく」

 

 

 通神越しにする誰彼との会話。しかし、止水の視線はただただナルゼに向けられるのみで……。

 

 ドレイクと誾。そして、新たにやってきたウォルターの三人を、堂々と放置した。

 

 

「おいおいおい……久々にカチンと来たぜオレぁ……っ! 無視してくれんなよ! しかしなんだこりゃ!? 気づいたら三国で三つ巴状態とか、入り乱れすぎだろこれ!!

 

 大体……ウォルター! てめえ、何やってやがんだ! 」

 

「…………」

 

 

 血走った眼のドレイクはいまだに興奮が抜けないのだろう。合流するように近くに来たウォルターにさえも吠え掛かっている。対するウォルターは無言だが、軽く頭を下げて謝罪か何かをしていた。

 

 

(英国は二人、その余裕も頷けます。対して、武蔵も彼と第四特務で二人……しかし、第四特務は戦闘できないどころか、意識すらない。

 そして、私はそもそも一人ですから……)

 

 撤退も交戦も容易い、と判断を下す。

 武蔵が一番、数の利で弱い。意識のない第四特務を、彼一人で守り戦わなければならないのだ。1+1が、2ではなく、1としても危うい数字になってしまっている。

 

 

 そして、誾も己の立場を決めかねていた。

 

 先に控える、英国と三征西班牙(トレス・エスパニア)の歴史再現における海戦……『 アルマダ海戦 』。エスパニア衰退の引き金となった戦争だ。

 その内容は、英国領海へ三征西班牙(トレス・エスパニア)が攻め、しかし敗北してしまう。……その後、三征西班牙(トレス・エスパニア)が衰退していく歴史をなぞる。と、大まかに説明すればこんなところだろう。

 

 

 誾と書記のベラスケスは──その海戦の口実を得るために英国へ赴いたのだが、まさか来て早々抗争に巻き込まれるとは誰も予想できないだろう。

 

 

「──……己の立場を考えて行動するのなら、武蔵側に立ち、彼らに助力するのが最善なのでしょう」

 

 武蔵との『先約』はいまだに自分たちにあるのだ。それを無視して武蔵を攻めるという英国の身勝手を許すわけには行かない。そして、大げさに見れば、『 武蔵を英国から守る 』というこれ以上にない対英国への口実になる。

 

 

 だが。

 

 

(それがわかりきっているのに──本当に私という女は、融通の利かない女であります)

 

 

 許せなかった。西国無双の妻であるにも関わらず、ただの殺気で小娘のように逃げ跳んでしまった己が。

 ……認めたくなかった。本能・理性・感情などなどの悉くが、『敵わない』と認識したことを。

 

 

 ──なによりも、挑んでみたかった。

 

 ──あの人が、始めて『戦ってみたい』と言葉にした、その男に。

 

 

 そんな、真っ直ぐすぎる誾の戦意を感じたのだろう。表示枠の声が、耳に障る笑い声をかき鳴らした。

 

 

『けひゃけひゃげっほ!? ごっほ……ひゃひゃ! なんかこれ、三対一っぽいじゃねぇの! いいぜいいねぇ! たぁまんねぇなぁ!?』

 

「なんで、そんなにテンション高いんだよ……?」

 

 

 それには同意します。と止水の言葉に賛同しておく。

 ──三対一と圧倒的不利を告げられたのに、いささかも態度が変わっていない止水にも、疑問や違和感がないわけではないが。

 

 

『べぇつぅにぃ!? 『(なまくら)』と『(つるぎ)』に先越されて腹なんか立ててねぇからなぁ!? あいつらよりダンチ(段違い)()()できる場面に喜んでなんていねぇから!?』

 

 

 と、耳元で叫ばれる大声量に難儀しながら……三人の気配が変わったことを、止水は感じた。

 

 ドレイクなど特に顕著だった。

 ただでさえ猛っているのに、『三対一でも活躍できる』と見下されたのだから。火に油、いや、火薬を投げ入れるようなものだろう。

 

 

 

「……どうすんだよ。お前の言葉で全員やる気になっちゃったじゃんか」

 

『ケッヒャ! テメェを棚上げしてよく言うぜ! テメェだってこのまま終わらせる気なんざさらさらなかっただろぉによ!』

 

 

 ……両腕で抱えていた第四特務を左腕で抱えなおし、右腕を腰の一刀にかける。

 

 

『わかってるよなぁ!? この状況で『どなた様』をお呼びすればいいのか! 

 

 ──守り刀が十三流派、その中で()()()()()()()()されたお方だよなぁ!? ──ご機嫌な前フリご期待だぜぇ!?』

 

 

 

「はぁ……ったく。どんな要求だよそれ……。

 

 

 変刀姿勢・ 戦型一番──敵は三人、守るは一人……遂げる力を見せ付けろ、(かんな)!!!」

 

 

 

 ケヒャ、と連続した『甲高い』笑い声を伴って。

 

 走狗の様にデフォルメされた、緋色の和風メイド服を着込んだ少女が、ハイテンションのまま現れた。

 

 




冥土の蝙蝠だと思った? 
残念! メイドの鉋ちゃんですいませんごめんなさい。

読了ありがとうございました!

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