境界線上の守り刀   作:陽紅

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いままで上下、もしくは上中下に分けていましたが、力量不足ゆえに、この七章より漢数字にて分けさせていただきます。


七章 刀、悩まず 【弐】

 

 

 閉じていた瞼を、微かに開く。何かに焦点を合わせることなく──されど、しっかりとその両目は『なにか』を見定めていた。

 

 

「……もう、五日か。食っちゃ寝してると、やっぱり早いもんだなぁ」

 

 

 五日。これは、シロジロが交渉により、文字通り稼いだ時間──その前半部分に当たるものだ。

 武蔵・英国合同による春季学園祭と言うこともあり、準備の段階で両国がお互いに負けるものかと意地を張り、競い合うかのように出店などの準備を続けた。

 

 

 指示に忙しい者がいれば走り回る者もいて、飛び回る者がいれば蹴り飛ばされていく馬鹿もいる。

 

 そんな──てんやわんやの五日間ではあったが、皆の顔には笑顔がちらほらと垣間見えていた。

 それもそうだろう。なにせ、自分たちの働きの先に、『祭り』という行事が待っているのだ。

 

 ……末世を筆頭にした難事続きのご時勢にあって、それは束の間の──しかし貴重な『楽しみの場』となるだろう。

 

 

 

 

 ──それ、なのに。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 気配が、変わってしまっている。張り詰めている。……息を潜めているのだ。戦いを前にして。

 

 何が目当てなのか、何が目的なのかはわからない。考えても、自分の頭ではきっと辿り着かないだろうから、考えもしない。面倒だし、なにより時間の無駄だ。

 

 

「だけどまぁ──……やれるだけ、やってみるか」

 

 

 寝ているときに背を預けていた……それは結晶の台座に突き刺さった、一振りの剣。

 

 古めかしくも厳かなその一振りを一頻り眺め、そして大きな欠伸を一つ。

 

 

 

 ……いろいろな関節を小気味よく鳴らせば、眠気も消え──守り刀は、万全となる。

 

 

 

「……さて、と。なんかわかんないけど、追いかけてくる妙な気配もなくなったし……俺もそろそろ動くかな」

 

 

 そういや──とりあえず言われた通りに逃げ回ったけど、あれって一体なんの意味があったんだ……?

 

 

 そんな呟きは……跳び出した空に消えていった。

 

 

 

 ***

 

 

 人々が行きかう大通り。常でもそれなりの人々が行きかうそこは、祭りともあって『ごった返している』というほどに混雑していた。

 出店では、より稼ごうと客引きの声が高らかに。子供たちは縫うように駆け回る。……怒鳴り声も少なからず聞こえるが、やはり往々にして、笑い声のほうが多い。

 

 そして祭りの雰囲気に当てられてか。

 

 ──『火遊び』に手を出そうとする者も、少なからずいたりするものだ。

 

 もっとも。

 

 

「──25回目ね?」

 

「は? え……?」

 

「だから、25回目なの。紳士(ジェントルマン)に『一緒にどうだい?』って問いかけられるの。だからこれも25回目のお返しになるわ。

 

 『他の男も一緒にするけど、いいわよね?』」

 

 

 火が燃え盛る炎になることは、その一行に限ってはあり得なかった。

 

 

 止まった足は特に間をおくことなく再び動き出し、人並みを割っていく。

 

 明らかに露出過多な服──もはや布だろう。それを纏って行く喜美を先頭に、智にネイト、双嬢のコンビが続き、最後尾に直政が続く。武蔵の、武力女衆が進んでいた。

 

 

「ほんっとうに詰まらないわね。何? この国って女の口説き方も教科書で教えてるわけ?」

「あはは……真ん中くらいで来たあの男の子だけだもんねぇ、喜美ちゃんのお眼鏡にかなったの」

 

「んふ、そんなこと言って、アンタたち目当てもかなりいるわよ? どうする? 一人になったら大漁旗立てられるくらいに釣れると思うけど」 

「「……絶拒でお願いね?」」

 

 

 苦笑と無表情の×サインをJud.Jud.と受け取り、喜美はなおも先頭を行く。

 

 

「ったく……なんでアタシまで巻き込まれてんだい……」

 

「まあまあ、そう言わずに。マサは今までかなり働き詰めなんですから、しっかり休養しませんと。──地摺朱雀のメンテナンスも、機関部の人たちに取られちゃって暇してたんですし。気分転換ってことで」

 

 

 それなら尚のことゆっくり寝かせてほしかったさね……と呟き、煙管から煙を昇らせる。

 サバイバルの二週間の直後、休む間もなく祭りの準備だ。約二十日も休みなしの働き詰めだったのだから、祭りそっちのけで寝ていたかった。

 

 そして、寝ていたところに、先頭を行く姉に容赦なく叩き起こされたのだ。……この祭りの中にあって、一番のローテンションは間違いなく直政だろう。

 まあ、そんなテンション低めな彼女にも、男衆の視線はかなり向けられているのだが。

 

 

「──しっかし、デートで国の方針を決めるって、どうなんだい? ……トーリのやつとホライゾンは、ちゃんと上手くやってるのかねぇ」

 

「ふふ……武蔵らしい、そして、総長らしいと言えば総長らしいですわ。それに──ええ、大丈夫。この先の広場ですわね。時間的にも、事前調べのコースはキチンと進めているようですわよ?」

 

「んふ。この究極賢姉が完璧と太鼓判連打するスペシャルコースよ? トチようものなら一週間芸禁止の刑を叩き込んでやるわ! ……あら、また来たわね」

 

 

 直政の言葉に答えたのはネイトだ。僅かに顔を上げたと思えば、スンスンと鼻を鳴らし──事も無げに、相当離れている広場に二人はいると断言する。

 ……喜美が二十六回目の断り台詞をさっさと言うのを尻目に、一同は嘆息一つ。

 

 

「まあ、愚弟たちは愚弟たち。私たちは私たちで祭りを楽しめばいいじゃない。

 ──と・言・っ・て・も~……ここにいる連中は、誘いたい『お目当て』にすたこらさっさされたから心からとは言えないんだけど~っ!?」

 

 

 ビクリと、最前と最後を除いた四人全員の肩が跳ねる。

 わかり易い連中め……と楽しげな笑みと苦笑に挟まれて挙動不審だ。

 

 

「きききき喜美ちゃん! 声おっきいよ!?」

 

「そうですわよ! いきなり何を!」

 

「言ってるんですか!? お目当てなんていませんよーう!」

 

「……あ、私は括らないでね? こっちの三人と一緒にされると自分がいろいろと染まってるって一層……」

 

 

 そんな感じに喜美に言い募る四人(実質三人)をよそに、直政は末尾から全体を見る。そして、明らかに『変化』があって、納得した。

 

 

(──なるほど。周りの男衆への()()ってわけかい……上手いことやるもんだ)

 

 

 呆れか、感心か。そんな感じの視線を直政が送っていると、喜美はイイ笑顔で片目を閉じた視線を返している。

 

 ……思った以上に言い寄ってくる連中が多かったのか、それとも単に喜美が追い返すことが面倒になってきたのか。どちらにせよ、煩わしい視線が少なくなったのはありがたい。

 

 

 

 

「……で、アタシらはこれからどうするんさね? さっきからこうしてただ練り歩いてるだけだが。目的地でもあるのかい?」

 

「もう……えっと。とりあえずトーリ君たちのデートを見守りつつ、って感じですね。武蔵・英国合同の祭事ですけど、明確に友好を結んだわけではないので。有事にはトーリ君とホライゾンを拾い上げて武蔵へ脱兎です」

 

 

 きっぱりと言い切った智だが、その言葉の内容に直政はただでさえ低かったテンションを墜落させる。

 言った智は、弓矢で援護などができるだろう。双嬢の二人は空を飛べば機動力は十二分。喜美なんて一般生徒の癖に、防御力の最大値は武蔵トップクラスだ。

 

 ──それに比べ、武神乗りとしての主戦力ではあるが、その肝心の朱雀が絶賛修理中である自分が連れてこられた意味が、直政には本気でわからなかった。

 

 

 そんな直政を放置して、まじめな話は進行していく。

 

 

「……自分の粗だからあんまり言いたくないけど、英国が人質を取る可能性は十分に有り得るわ。白兵戦闘力皆無の副王二人、しかも片方は総長兼生徒会長──むしろ、狙わないほうがおかしいわよ。

 その上、自分たちの国土内(ホーム)で気を抜いてくれてるんだから……」

 

 

 ──手を出さない理由がない。ゆえに、必ず何かしらのアクションがある。

 

 

 ナルゼがそう続けようとして……出来なかった。

 

 

「っ!? 喜美!?」

 

 

 鋭く叫んだのは、その喜美に一番近かったネイトだ。ギリギリ手の届く範囲に居た喜美の腕を強引に引き、『自分と入れ替えるよう』にして智のほうへと押し出す。

 いったい何を、と誰かが問う前に赤い光が輝き──……そこに、彼女の姿はなかった。

 

 

 ──消えたのだ。文字通りに、忽然と。

 

 

 

 状況を理解するよりも早く、智がその気配を察知して振り返れば、三人──マルゴットとナルゼ、そして直政の足元に、ネイトの時と同じ色の術式光が輝いている。

 

 

(……ま、まさか狙いは、トーリ君じゃなくて私たち……!?)

 

 

 そしてその光は、自分たちの足元にも輝き出している。なんらかの干渉があるのだろうか、双嬢の二人は互いに手を伸ばそうとして何かの力に弾かれ、そして、消えた。

 

 

「くっ、【 奏 上 】っ!!」

 

 

 智はとっさに異空間式の結界術式を打つ。

 四人は消えはしたが術式の構成を見る限り直接的な害はない。転移に近い術式だった。ならば、移動させられる前に、空間単位でこちらから動いてしまえばいい。

 

 

 その判断は正しかったらしく、智と喜美は、四方を鳥居で囲まれた……個室のような空間に難を逃れていた。

 たたずまいを直しつつ、周囲の鳥居を確認しつつ。喜美は深く嘆息する。

 

 

「んー……してやられたわね、これは。向こうの狙いは愚弟たちじゃあなくって、周りの役職者連中だった、ってことなのかしらね」

 

「な、何を落ち着いているんですか!? この状況、トーリ君たちが一番危ないんですよ!?」

 

 

 詰め寄って捲くし立てる智だが、この場合においては彼女が正しいだろう。

 

 

 智たちは当初、英国側によるトーリとホライゾンへの直接的な行動を考慮していた。

 

 先ほどもナルゼが言っていたとおり、不可能男とまで言われる総長兼生徒会長に、大罪武装所持者とはいえ、戦闘に関しては素人でしかない三河君主だ。……目の前にぶら下げられた餌……とまでは言わないだろうが、目に見えるわかりやすい結果に手を伸ばすだろうと。

 

 

 だが、英国はそうしなかった。

 

 

「トーリ君たちを守るはずだった私たちがこの状況なんです! つまり今の二人には……!」

 

 

 王にいたるその前に。騎士を兵を、遠ざけたのだ。

 ……そして現状。王と姫を守るものは、誰も居ない。

 

 

 今この瞬間にも、トーリとホライゾンの元へ英国の手が伸びている可能性は十分に──

 

 

「もう。すこしは落ち着きなー、さい!」

「へみゅ!?」

 

 

 両側の頬を両手で挟み、追加で親指を口内に突っ込み、左右へと広げる。……変顔巫女の完成だ。

 

 

「な、なにひゅるんれふかひみ(するんですか喜美)!? あひょんれる(遊んでる)場合じゃないんれひゅよ(ですよ)!?」

 

「いや……ふつー、しゃべる前に抵抗しない? まあいいけど。

 

 ……慌てすぎよ浅間。そんなにオパーイ揺らしてもしょうがないでしょう? あんたはズドンと構えてりゃいいの。だって事はもう起きちゃったんだもの。先手を打たれたことグチグチ言うより、後手を返すために何をすればいいかよわかった!?」

 

 

「……ちなみに、どうするつもりなんですか?」

 

「んふふ! このスペシャルパーフェクトな賢姉に聞いちゃう!? でもここは浅間の代案で動いてあげるわ感謝しなさい!」

 

 

 ──この女、言うことに書いて全部こっちに丸投げしやがるつもりですよ。と丁寧語とスラング合成の謎言語で呻いた智。

 

 だが、狂人の言葉にも一理はある。先手を打たれたなら、後手で倍返しにしてやればいいのだ。

 

 

 

 ……そのためにも、まずは情報がいる。

 

 

 

「ふぅ──……先ほどのミトたちを飛ばした術式ですが、結界系の術式も込められていました。単純に移動させる目的ではなく、結界の内側に誘導するためでしょう。それも、個別に」

 

「……でもそれ、変よね? 個別に~、なんてことができるなら、愚弟たちだけその術式で捕まえちゃえば手っ取り早いわけじゃない。それに、閉じ込めておくにしたって分ける必要なんて──」

 

 

 喜美は、細い顎に指を沿える。

 

 それを他所に、智も智でいくつかの表示枠を開いていた。

 

 

「──英国の街に、広範囲で異空間系結界が張られています。ミトたちは、そこに飛ばされたと考えて間違いないでしょう。飛ばされたのは、さっきの四人に、ウルキアガ君たちと正純……それに、止水君です」

 

「あら、外交官側は止水のお馬鹿だけ? じゃあ鈴たちは無事ってことね。……でもこれ、愚弟たちも無事っていうのは──」 

 

「……Jud. 英国は、トーリ君への正式な相対権を得るつもりです。特務たちに相対してそれに勝てば、下位者でも総長・生徒会長との相対権を得られますから」

 

 

 裏を返せば、この一件に英国側の総長クラスが出てきていないということになる。

 だがそれでも、ネイトたちが一人でも相対戦に負ければ──。

 

 

「まずいのは貧乳政治家よねぇ……あの子、戦闘力どころか体力云々も皆無なのに」

 

「直政やナルゼも危ないです。二人とも、いま限りなく戦闘力が落ちてますから。武蔵に一人残しておくと危ないと思ったんですが……完全に裏目に出ましたねこれは。

 

 ──走りましょう、喜美。至近距離まで近づけさえすれば、私のこの結界に引き込むことができるはずでず。そうすれば、相対そのものをなかったことにできます」

 

 

 走る──ただっ広い英国の街を、一人ひとりの間隔も遠く離れている仲間たちの下に。

 

 

「はあ──それしかないみたいね。……言いたくないんだけど。これって、止水のお馬鹿がここにいたら超楽勝案件になるわよね?」

 

「あー……ですよねぇ」

 

 

 最高速度こそ点蔵に劣るものの、持久力・搭載量ともに他を圧倒する止水がいたのなら。喜美と智を背負って軽く駆け抜け、回収した仲間たちも乗せても駆け抜くだろうに。

 

 だが、ないものねだりだ。当の本人は頑固発動させて外交組になり、さらに今では結界に捕らわれ組にもなっている。

 

 

 

 ──つきたくなるため息を堪え、二人は走り出す。……これが終わったら、絶対文句を言ってやると、心に決めて。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……い、今なんか、すっごいイヤな予感が……」

 

 

 背筋に感じた悪寒に身を震わせながら、止水はいきなり変わった景色を眺める。

 緑色の芝生、白い雲と青い空。それらすべての色が、濃い赤色に染め上げられている。

 

 ──だが、直接的な危険は見当たらない。どうやら悪寒は気のせいだったようだ。

 

 

「……しかし、三河の──姫さん助け出した時のやつみたいだな──……あ。ってことはこれ、結界みたいなもんなのか?」

 

 

 その言葉は当たらずとも遠からず──なのだが、当然誰も応じはしない。

 

 

「……って、アンタは三河にいなかったから、答えようがないか」

 

 

 そう、高襟の奥で苦笑を浮かべ──自分から距離を置いて立つ、一人の男を見る。

 

 ──英国式の男子制服を、まるで和装の様に改造し着崩している。前髪がやけに長く、目元を完全に覆い隠すほどの長い黒髪だ。

 

 

(……トーリたちが言ってた『前髪枠』ってやつかな……?)

 

 

 馬鹿の感想はさておいて──説明を続けよう。

 何よりも特徴的なのは、その肩に担いだ、1mはあるだろう長大な刀の『柄』だ。鍔はあるのだが、肝心の刀身はどこにもない。両の肩に備えるように、普通の大きさの柄もあるのだが、こちらにも刀身らしきものはなかった。

 

 

 ……だが、彼は剣士だ。それは間違いない。

 そして、この英国の中でもかなり上位の実力者なのだろう。

 

 

「…………」

 

 

 ……沈黙したままの男は口を開くことなく──しかし、行動で示す。

 

 

 足をやや開き、体を沈め──刀柄を振り下ろすために担ぎなおす。……その上で叩きつけられるように向けられた剣気は、それだけで宣戦布告になるほどのものだ。

 

 

「……『口』じゃなくて『刀』で語れ、か。刀使わないで済むなら、それに越したことはないんだけどな……」

 

「…………」

 

 

 引かない。──ならば、引くわけにはいかない。

 

 

「──武蔵アリアダスト教導院所属、総長連合【番外特務】……止水だ。アンタは?」

 

 

 止水の問いにも、男は無言だった。しかし答えを拒否したわけではない。左腕を押し出し、袖につけている腕章を見せる。

 

 

「…………」

 

 

 それを見て、しかし今度は止水が沈黙してしまった。じっと、じぃっっとその腕章を睨むよう見て……三十秒。

 

 

 

「あー……ごめん。ちょっと、タイム……」

 

 

 

 話は簡単だ……『 Walter Raleigh 』。これが止水には読めなかったのである。

 

 ちなみに余談だが、昨年度の学期末における止水君の『ある教科』の点数は……ギリギリセーフ一歩手前だったりする。

 

 

 

  ──『ワ』……違う? あ、『ウォ』か。 ウォ、ルター? ら、ろ? ろれ……? 

 

 

 

 そんなやり取りを数分ほどかけて、ようやく目の前に立っている男の名前が『ウォルター・ローリー』なのだと判明し、ついでに『 女王の盾符(トランプ) 』のNo1を預かる者なのだと理解する。

 

 

 ……止水がオバカなのも悪いだろうが、無口すぎるウォルターにも問題はあるだろう。

 

 

 

 

 ……多少のグダグダはあったが──仕切り直す。

 

 お互いの名前も、そして立場も明確になった二人の『剣士』が向かいあったのなら……。

 

 

 

「……っ!」

 

「速いな……!」

 

 

 

 

 

 合図はなく。しかし、互いに示し合わせたように、止水とウォルターが同時に踏み込み、振るい──互いの立ち位置を交換して立っていた。

 

 その攻防は一瞬で終わり……また一瞬の後に、止水の左肩が浅く裂ける。

 

 

「やっぱりそれ、重力刀か。……見えない上に間合いは変わる、しかも刀身は止められない──やりづらいな。やっぱり」

 

 

 厄介な、というよりは面倒な、という思いをこめたため息をつく止水。紙一重で避けたと思ったのだが、刀身が『伸びた』──とっさに身を捻らなければ、肩から先が地面に落ちていただろう。

 肩が裂かれた止水に対し、ウォルターは無傷で──

 

 

「……っ!」

 

 

 ……その膝を、ついた。

 

 ……片手でわき腹を押さえ、呼吸が乱れている。しかし即座に立て直し、重力刀を構え、止水を、そしてその右手に握られた一般的な長さの刀を見る。

 

 

「…………………っ!!」

 

 

 止水は斬ったのではない。『打った』のだ。刀を鞘から抜くことなく、しかし刀を振ることで斬撃ではなく打撃とした。

 止水が肩で、ウォルターは胴……行動に支障のない軽傷と、わずかな時間とは言え行動を阻害されるほどの一撃だ。差は、言わずとも明白だろう。

 

 

 だが、そんな事よりも、ウォルターは気に入らなかった。

 真剣勝負にあって刀を抜かないなど、剣士に対する侮辱以外のなにものでもないのだ。

 

 無言だが、明らかに怒気を滲ませるウォルターに、止水は苦笑いを向ける。

 

 

「あー……悪い。無礼は百も承知だ。──けど、俺は武蔵の『番外特務』だからさ。武蔵を守る以外の戦闘で、刀は抜けないんだよ」

 

 

 " 武蔵を、そして武蔵の民を守る " その役目を果たすために止水は武装の許されない武蔵にあって、武装の所持・使役を許可されている。

 ……なにが理由か明白になっていないこの戦闘で、刀を抜くわけにはいかないのだ。

 

 先の三河では、ホライゾンという武蔵の民の救出が大前提にあったからこそ、止水は刀を抜けた。

 

 それ以降も、武蔵そのものや誰かしらを守らなければならない状況が続いていたため抜刀条件がクリアできていたが──今回はわからない。

 

 

 だから抜かず──その上で、勝つ。

 

 

(……力なら俺が圧倒してる。でも、速さでは向こうが若干上……しかも、ただ純粋な剣士ってわけでもない)

 

 

 右手にいまだ残る、打ち付けた瞬間の妙な手ごたえ。意識を刈り取るつもりで放った一撃はかなり減じられ、痛撃程度になってしまった。

 ……剣士としてではない。点蔵の動きに近い体術による衝撃の()()()。──あと、懐にいろいろと『仕込み』がありそうだ。

 

 

「……長引きそうだな、こりゃ」

 

 

 言葉の終わりを皮切りに。

 

 

 見えない刀と、抜かれない刀の──連撃の応酬が始まった。

 

 




読了ありがとうございました!

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