境界線上の守り刀   作:陽紅

85 / 178
七章 刀、悩まず 【壱】

 

 

 ──鏡の前に立つ。

 

 早朝からサウナで汗を流し、しっかりと磨き上げた肌は、我ながら惚れ惚れするほどにハリ艶に富み、潤いまくっている。化粧など必要ないとは断言できるが、それでも淑女として手を抜くわけにも行くまい。

 

 金に輝く、胸を張って自慢だと断言できる髪にブラシを通す。……通したが、必要はなかった。根元から腰まであるだろう毛先まで無抵抗。だが整える。油断なく、予断なく。

 

 

 そして、着慣れた服に袖を通す。その上に飾られる身分相応の装飾は動きづらいが、慣れれば慣れるものだ。

 

 

 ──すべてを終え……鏡の中の己を、今一度検める。

 

 

 

「……ふん。検めるまでもなく、完璧ではないか」

 

 

 

 自信満々に嘆息しながらそこにいるのは、英国の頂点にして妖精が女王。

 

 

 『 女王の盾符(トランプ) 』の" 12 (クィーン)"──エリザベスその人だった。

 

 鏡の前に立っているエリザベスは完璧と納得しているにも関わらず、右を映し左を映し……できる限り背中も映して──それを二度ほど繰り返してやっと満足したのか、笑みを浮かべてうなずく。

 

 

「……いざ!」

 

「『いざ!』ではありませんじょじょ女王陛下!! ほほ、本日の午前分のご公務がままま、丸まる残っております!」

 

「ぬおあ!? ダッドリー貴様どこから現れた!? ええい離せ! 離さんか!」

 

 

 ヌゥッ……! と、肉や潤いなどを彼方に置き去りにしたような副長が現われ、その細い腰にタックル気味にしがみつく。ちなみに天井裏からのご登場だ。ダッドリー本人の容姿もあって、ほぼホラーであったことは言うまでもない。

 

 

「ははは離しません女王陛下! そそそそ、そもそもどちらへ行かれるおつもりですか!?」

 

「ふん! 知れたこと。今朝より我がほうへ出向いている武蔵の外交官とやらに会いに行くのだ。──私がビシッと挨拶を決めるのが、礼儀というものであろう?」

 

 

 さも、当然! と言わんばかりにその豊満な胸を張るエリザベスに、ダッドリーは頭を抑える。もちろん両腕はしがみ付くのに使っているため、心の中でだ。

 

 確かに、客を迎える国──としてならばその行動は当然のことだろう。しかし、今朝英国側に来た三人は、外交官とは名ばかりの言わば人質に近い。

 武蔵側の会計もそれを堂々と昨日の交渉場で明言していたのだから、自覚もあるだろう。

 

 

 危険が多すぎる。今朝チラリと見たが、三人のうち二人は華奢な女生徒……それも一人は盲目だというから、危険はないだろう。

 だが、三人のうちのただ一人の男。コイツが危険だ。大柄な体格もそうだか、三河の一戦で一軍で出すような戦果を個人でたたき出している。しかも女子二人の護衛とあって、武装解除も出来ずにそのままなのだ。

 

 

 そんなところに、ノコノコと国の長が行こうものなら……人質に人質をとられる前代未聞の状況が生じる可能性がある。

 

 

(いいい、行かせてはいけないわ! なんとしてもここでお引止めしなければ……!)

 

 

 だが、悲しきかな。全力を込めてしがみ付いても体重が軽すぎる。親友とも呼べる副会長がここにいれば、上手いこと説得してくれると思うのだが、彼女は昼食戦に出かけてしまっている。

 

 

 ──かくなる上は。

 

 

「ごごご、ご乱心──ッ! もも者共ぉぉぉ集合ぉぉぉ!!!!」

 

 

 

「「「「Tes.!!」」」」

 

『『『『Tes.!!』』』』

 

 

「「「『『『──Tes.!!!!!』』』」」」

 

 

 ダッドリーの呼びかけに、出てくるわ出てくるわ一般生徒や部活動生徒たち。あまりにもタイミングの良すぎる気がしなくもないが……おそらくきっと、一部始終か余すところなくかわからないが、覗いていたのは間違いないだろう。

 

 

 

「ええい……うっとおしい……っ!」

 

「はっ……!? そ、総員伏せぇぇええ!!!」

 

 

 

 

 ──……ッ

 

 

 

 

「ふひっ……!?」

 

「うわ、なんですか今の……?」

 

 

「…………」

 

 

 ところ変わって、オクスフォード教導院のどこかにある一室。

 

 来て早々からティータイムに興じている外交官・向井 鈴と外交官補佐・アデーレ・バルフェットは、ビリビリとくる振動を伴った爆音と、小さいが無視できない揺れに、警戒をした──いや、していた。

 

 

「んー、止水さんが起きない、ってことは問題なさそうですねー。……あ! これ英国生徒会ご用達の『私のシュークリーム』ですよ鈴さん!」

「ちょ、ちょっ、と。おちっ、落ち着いて、たべよ? あ、あと、さっきの、音、ここから、と、遠いっ、みたい」

 

 

 我が道を行く(ごーいんぐまいうぇい)従士(・おぶ・あでーれ)。日ごろの節約生活の反動か、お茶菓子として用意されている菓子類の2/3ほどすでに胃袋に収めておきながら、なおその速度は治まりそうにない。

 

 鈴も鈴で、部屋に到着して即行『じゃ、おやすみ』とぬかして窓際で横になった止水の、相も変わらぬ寝息を聞いて緊張を解く。

 

 

 ……一応、やたらとでかい寝具もあるのだが、止水はそちらに目もくれずに窓際の床に寝そべっていた。

 

 

(……鈴さん鈴さん、あれって、やっぱり自分たちのこと意識してるんですかね?)

 

(いし、いしき……なに……を?)

 

 

 ──盛大なゲップなんて聞いていない。

 急に顔を寄せてきたアデーレが、ヒソヒソと耳打つ。内緒話かな? 鈴もそれに倣うが、言われた内容に疑問しかなかった。

 

 

(いや、同室っていうのはまあ、『護衛』って立場からしてしょうがないんですけど……一つのベッドを一緒に~っていうのは、流石に止水さんも意識してくれてるのかなぁ、と)

 

 

 大きい──魔神族でも大の字になれるほどのベッドは、案内されて早々にアデーレが突撃ダイブしたときの乱れのままだ。

 ……止水の行動は『俺はベッドを使わない』という無言の意思表示なのかもしれない。

 

 

(そ、そう、かな……)

 

 

 しかし鈴は内心で、初等部のころにあったお泊り会のような──『無意識雑多な雑魚寝』を少し楽しみにしていたので、若干残念そうではあった。

 

 

 

 

「? ……あ、れ?」

 

「鈴さん? どうしまし──」

 

 

 そんな中、鈴が不意に顔を上げる。そして、『何か近づいて来ている』──とアデーレに伝える……その前に。

 

 

 

  『さ、最終防衛線突破され、ぎゃぁー!?』

 

 

  『ここっ、かぁ!!』

 

 

 

 ……ズガァンとも、ズバァンとも聞き取れる音とともに、両開きの扉が勢い良く開いた。

 

 

 ──【 妖精女王 】 さん が ログイン されました。

 

 

「「ふひっ!?」」

 

 

 

 ……外開きのはずの扉が、部屋の内側に開かれている怪現象はさておいて。

 

 

 

 幾多の戦線を突破してきたのだろう、整えたはずの金髪はかなり乱れ、さながら百獣の王の鬣のように猛っておられる。

 

 目はランランと……失礼、嘘をついた。ギラギラと輝き、萎縮して抱き合ってプルプルしている小動物二人を睥睨している。

 

 ──蹴散らしてきたのだろう。肩の上下は呼吸の荒さで、僅かに上気した肌は、頑張れば艶やかに見えなくもなきにしも非ず。──金と白で形作られた服に点々と付いている赤い液体なんて見えない。見えないったら見えないのだ。

 

 

 

「……おい」

 

「は、はい! なななナンデショウか!?」

 

 

 アデーレの声が裏返るが、しょうがない。とっさに抱き合う形から、鈴を守るように手を広げて前に立ち上がったことをむしろ賞賛すべきだろう。

 

 

「二人だな? 三人来ているはずだな? もう一人はどこだ? 挨拶できんではないかこれでは」

 

 ※ 訳

  「突然失礼するぞ、武蔵の外交菅殿。まずは我が英国へようこそ、と言っておこうか。む、三人と聞いていたのだが……二人しかいないな……まあいい。もう一人には改めて挨拶をするとしようそうするとしようところでもう一人はどこに行ったのかさっさと教えてもらえぬかなハハハハハハ」

 

 

 ──訳そうとも訳さずとも、超絶怖いのは変わらないようである。

 

 

 哀れな獲物──もとい、アデーレと鈴なのだが、ふとエリザベスの発言が気になって……ちらりと視線と、意識を窓際に向ける。

 

 

 ──窓が開き、カーテンが風で揺れていた。

 ちょうどその真下で寝ていた男の姿は、影も形もない。

 

 

 この状況だけを見れば、二人をおいて止水が逃げたようにしか見えないのだが……。

 

 

「…………あ、いわ、いわれてた、こと正っ、純」

 

「へあ……? あっ! そうでした!

 すみません! えっと、止水さんはちょっと、そのー……そう! 『風が俺を呼んでいる!』らしくていません!」

 

 

 馬鹿にしているのか。それとも単にお馬鹿さんなのか。どちらにせよ、普通に考えて(考えなくても)そのような話を信じるわけがない。

 

 

「なに……!? 風の精霊たちが先に動いたと──さすがというべきか、悔やむべきか……くっ、こうしてはおれん!」

 

 

 ──つまり、なんの躊躇いもなく『そのような話』を信じちゃったエリザベスは、『普通じゃない人』のカテゴリなのだ。

 

 そして……再びバキャァ、と扉をこじ開け──来たときと同じように去っていく。

 

 

 連続する『ド』の激走音が遠ざかっていったかと思えば、息絶え絶えの、どこかで見たような副長がやっと追いついたと安堵して、また絶望して再び追いかけ。

 

 

「英国も武蔵とそこまで変わらないんですねー……っていうかあれ、英国の女王様でしたよね……? なんか、止水さん単品が目当てだったような……」

 

「まさ、正純の、言って、たとおり、にしたけど……いいのっかな……?」

 

 

 そうですねぇ、とアデーレは思い出す。

 今朝、英国に赴く前に三人そろって正純に言われた言葉だから、苦もなく振り返ることができた。

 

 

(『止水を英国の上位者たちに会わせるな』、と。──詳細は聞けませんでしたけど、上位者、というよりも女王様一人だけのような気が)

 

 

 アデーレは、思考をめぐらせる。

 

 ……止水と英国の役職者たちの接触を避けたいなら、そもそも止水を外交官の護衛になどしなければいいだけの話だ。確かに、単騎戦力的にも、また護衛という守りの役目にしても止水ほどの適任者はいないだろう。だが、従士騎士のコンビでネイトでも、副長である二代でもその任は十二分に全うできるはずだ。

 

 

 ──彼が出て行ったまま開けっ放しの窓を、苦笑を浮かべながら閉める。

 

 

「なのに……止水さんがゴリ押ししちゃいましたからねぇ……」

 

 

 

 曰く、気になることがある。

 

 曰く、確かめたいことがある。

 

 

 ……曰く、『助けてくれ』って、言われたから。

 

 呆れ返る一同の視線もなんのその、止める間もなく決定してしまった。

 

 

「まぁ、過ぎちゃったことを気にしてもあれですし、自分たちは自分たちの役目を果たしましょう。幸い、止水さんが注意を全部引き付けてくれたみたいですし、こっちに何かしらのアクションがあるまで、ノンビリしてましょうか」

 

 

 ──アデーレのその発言、それがフラグになったわけではないのだろうが……。

 

 

 

 

「うおぉぉお!! こ、これ世界ドーナツ十選に五年連続で選ばれた『ホール・D・ロジャー』じゃないですか!? す、すみませーん!! おかわり! おかわりお願いしまぁーす!!!」

 

 

 ──英国が『行動』を起こすまで、彼女たちは完全に放置されていたそうな。

 

 

 

***

 

 

迷わぬための地図

 

迷わぬための案内人

 

 それでも迷ったときに探すもの

 

 

配点 【道標】

 

 

***

 

 

 

 艦橋に立たずむのは、一人の自動人形。

 憂いげに空を見上げ、そして、何かを決意するように瞼を閉じ──決断するように、強く開く。

 

 

「……全艦突撃いたします。────以上。」

 

「やらせないからねぇ!?」

 

 

 中年──酒井が飛びついてきて、突撃指令の表示枠を叩き割った。

 

 

「武蔵さん! 止水とかがいなくて寂しいのはわかった! わかったから頼むから落ち着いてって!!」

 

 

 止水様がいない。鈴様もいない。お世話して楽しいアデーレ様もいない。この自動人形の身にたぎる熱き力をどこへと向ければいいのか。

 ならば迎えにいこう。そうしよう。英国なんぞ知らん。二週間も我慢したのに更に延長とか巫山戯まくっている。

 

 

「Jud.落ち着いています。ええ。民主的にしっかりと武蔵艦内自動人形たちにしっかりと賛否を問いましたので。────以上。」

 

「賛否? いつの間に……えっと……ちなみに、どんな感じで……?」

 

 

 す、と差し出されたのは、一枚の表示枠。

 その内容を見て、酒井は頬を引きつらせた。

 

 

 

 【止水様鈴様アデーレ様お迎え突撃に賛同しなさい。はい / Yes】

 

 

 

「さーて……どれから突っ込もうかな。まず命令形ってのと、返答が二択あるけどどっち選んでも強制賛成っていう時点でもうアウトだからね。

 っていうかさ、止水たちはちゃんと仕事してるのに、武蔵さんがそんな感じだと、なんだ……あいつらが帰ってきたときにさ。がっかりされたりしなかったりしちゃうんじゃない?」

 

 

 ──言ってみたが、これだと弱いかなぁ、と酒井は説得力足らずを感じる。

 第一、全艦突撃なんてしたら、まず『がっかり』よりも『びっくり』が先立つだろう。

 

 

「止水様たちが、がっかり……? っ、いけません。なりません。絶対に。

 武蔵より武蔵艦内にいる全自動人形に上位命令を発信。『これまで以上の精度を持って過去最高の成果を出しなさい』────以上。」

 

 

 各艦のいたるところから Jud.!! の応答が一斉に聞こえ、そして、明らかに活発になった雰囲気の全体を見た酒井の頬は、もう引きつりっぱなしだ。

 それでも、ひとまず『武蔵 VS 英国』を回避できたことに安堵する。

 

 

「ねぇ武蔵さん。どうしたの? ブラコンレベル、上がってない? 上がってるよね確実に」

 

「……Jud.失礼しました。お世話できる対象の方がいらっしゃらないと、なにぶん労働の発揮場所がかなり余ってしまいまして。────以上」

 

(……わからないでもないけど、大丈夫なのかなぁ)

「お世話ねぇ……ほかの子とかどうなの? 正純とかさ、結構危なっかしいから世話焼き甲斐があるんじゃない?」 

 

 

 ……なんなら俺でも、と冗談を続けようとしたのだが、続かなかった。

 

 

 続けようがない。いないのだ、彼女が。武蔵が。

 

 ほんの一瞬前まで、隣にいたはずなのに。

 

 

「い、言っておく。俺ぁ今、武蔵さんの本気をほんのちょっぴりだが体験した。い……いや、『体験した』って言うよりはまったく理解を超えていたんだけど……。

 あ…ありのまま、今起こった事をオジサン話すよ!?

 

 俺は『彼女の隣で普通に話してた』と思ったら『いつの間にか独り言を言っていた』! な……何を言っているのかわからないとは思うが、俺も何があったのか訳がわからなかった……催眠術だとか超スピードだとそんなチャチなもんじゃあない……!

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……!

 

 

 ──なぁ、そこんとこ。どう思うよ、ネシンバラ」

 

「とりあえず、ボクに聞かせてる時点で『独り言』じゃあないですよね」

 

 

 冷静に、的確に。そして淡々と返されて、酒井は苦笑する。

 艦橋の影……そこに、隠れるように寄りかかっているネシンバラがいた。

 

 

 呆れた目──何割かは『なんでそのネタを知っている?』を含んではいたが、すぐに表示枠に視線を落とす。

 

 

「……何か、用ですか?」

 

「Jud. ……いや、ちょいと話をしたくてね。腕の調子はどうだー、とかさ」

 

 

 彼の右腕。過剰、と言えるほどに浅間神社の護符を巻きつけまくった右腕は、それでも時折不気味な光を零している。

 

 シェイクスピアの及ぼした第二悲劇(マクベス)……それはもはや、呪いと言えよう。

 

 

「調子はどうか、と言われたら──『絶好調』って答えますね。ボクは。……直接的に間接的にも、思いっきりトーリ君()を殺しに行ってますからね、この腕」

 

「へぇ……たとえば?」

 

「直接的になら、コークス筆を削ろうとしたカッターナイフ投げつけてましたね。そうしたら何勘違いしたのかサーカスのナイフ投げみたいに彼自分から的になって周りも" 股間にパッジェ~ロ! "って祭り始めるし。

 ……間接的になら、泣き系エロゲの詰め合わせとか、ラブレター偽装の請求書とか。あ、さっき通神で『そろそろ総長の全裸芸を極東の恥部認定するべき』って板立ててました。書き込みすごいですよ?」

 

 

 見ます? と渡された表示枠だが、具体的に『え? いまさら?』といったコメントが延々と今もなお続いている。

 

 

「絶好調だねぇ……授業以外でポツンといるのは、その対策かい?」

 

「──Jud. 葵君は悲しみを抱いたら消失しますよね? ……なら、彼自身を害さなくても彼の周りを害すれば、彼が悲しみを抱き消失する……そして、どこの誰を傷つけても、彼に最も近い人にその代償が行く、と。

 ──それをそろそろ、この呪い自体が察知しそうでして」

 

 

 こりゃあかなり厄介だな……と酒井は表情にせずに唸る。

 梅組でことが起これば、オリオトライを筆頭に何事もなく対処できるだろう。だが、梅組以外の場所で……仮に、何の力もない子供が標的になったのなら。

 

 

 

 

「──ちょっと、昔話をしようか。オジサンらしく」

 

「……?」

 

「俺がまだ現役だった頃の話さ。結構いろいろなところとやり合ったんだよ。現教皇総長のインノケンティウスとか……歴史再現に準じてさ」

 

 

 ──松平四天王。その筆頭であり、『 大総長(グランヘッド) 』とまで呼ばれた男は、のんびり流れていく雲を見上げながら、語る。

 

 

「どいつもこいつも、強敵ばっかりだったよ。格下相手とか、同じくらいってのが全然なくってさ。強敵はゴロゴロ、難敵もゴロゴロ。……歯がゆい思いをしたのだって、一度や二度じゃなかったなぁ。

 ……でも、さ。なんだかんだで乗り切ってきたんだよね、俺『たち』は。

 腕っ節なら俺やだっちゃん……ああ、二代の親父ね? ──戦略奇策の云々は井伊や、榊原の奴がうまいことやってさ。勝ったり負けたり繰り返して……」

 

 

 

 

「……お前さんたちに、なんとか()()()わけだ」

 

 

 

 

 ニッ、と笑い……ネシンバラが右の拳を握るのを、見て見ぬ振りをする。

 きっと、大丈夫だろう。男なら、拳を握り締められる内は、大丈夫なのだ。

 

 

「……一人で出来ることなんざ、高が知れてるだろ? だからさ、あんまり抱え込むんじゃないよ。自分が思ってる以上に、案外弱いもんなんだからさ自分ってやつは」

 

 

 お説教臭くなっちゃったか……と、言うだけ言って、艦橋を後に、しようとして。

 

 

「あー、そうだ。ネシンバラってさ、あやかってんだろ? ……榊を『ネ神』ってちょっと無理やりすぎる気がするけど」

 

「……ほっといてください」

 

「はっはっは。……でもさ。あやかったならあやかったで、きちんとしないと。

 ──俺の知ってる榊原は、面倒くさーい頭でっかちだったけど、くすぶってるだけの男じゃあ、なかったぜ?」

 

 

 

 ──先達のオジサンはここまで。あとは自分で進みなよ。

 

 返事を待たず、期待することなく。今度こそ、酒井は艦橋を後にした。

 一人残されたネシンバラは、ただその背を見送り……一言つぶやいた。

 

 

 

「でも、身近にいるのが外道連中ばっかりだしなぁ……」

 

 

 まんざらでもない笑みだったのは──ここだけの秘密としよう。

 

 

 




読了ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。