境界線上の守り刀   作:陽紅

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総書き直し1回。

データロスト3回。


……はは、ははは。


六章 刀、請け負う 【下】

 

「あー、あー……んん! それでは、武蔵アリアダスト教導院生徒会会計のシロジロ・ベルトーニが音頭を取らせてもらおう!

 

 明日より始まる () () () () を肥やすための準備と!

 後にある () () () の荒稼ぎ期間!

 そして、今後の英国が良き () () () になってくれることを願ってぇ……!」

 

 

「「「「「「裏表ねぇな! 裏しかねぇよこの守銭奴!! 」」」」」

 

「おい待て! 周り誰もいないよな!? 最後の外交問題だぞ!?」

 

 

 乾杯! と上げようとした杯を下げ、幹事は小バカにするように……いや、バカめと呟きながら鼻を鳴らす。

 

 

「裏しかない? いいではないか。警戒しやすかろう? そして精々警戒し続けるがいい。どうせ怪しんで躊躇っても最終的には色々と不足して商人に泣きつくのだ。つまり力量関係は明白だ。そして私が勝ち組だ。

 さらにサービスで教えてやろう。『商人が無料でご馳走する』というのはな、大体裏があるのだ。わかるか? 労働力共。とりあえず食えるだけ食え。それが貴様らにとっての唯一の得だ。

 

 ──では乾杯!!」

 

 

 なんとも悲しげ、やるせなさげにグラスたちがぶつかり合う。……これほどテンションだだ下がりの乾杯もそうそうないだろう。

 

 

「フフ……皆様、元気ですね。点蔵様」

「え──? ああ、えっとぉ……その、そうでござるな。うん、少し箍外し──じゃなくて羽目を外し気味でござりゅ、ござるが」

 

 

 乾杯の前に顔を赤くしている教員やら、箸と皿で壮絶な陣取り合戦を繰り広げる副長やら。元気がいいのは確かだろう。……『だけ』という言葉が漏れなく入ってしまうのがなんとも言えないところだが。

 

 ──それを微笑ましいとばかりに、笑顔で見つめる長衣の客人。

 

 

(つ、強い──いや確かに……凄まじい戦闘力でござったなぁ……)

 

 

 その全身を覆い隠す長衣の下。昼間見たそこには秘められていたのは、点蔵の桃源郷だった。

 陽光を受けてキラキラと輝く金髪は美しく、儚げに閏う瞳は宝石のごとく、豊かな母性の象徴はオパーイで。

 

 

(……生きてて、よかった……!)

 

 

 苦節18年……外道共から受けた数え切れない外道の数々は、きっと今日という日のためにあったのだ──なんて、やや大げさなことを、点蔵は本気で思っていた。

 

 

「おーい点蔵、ちょっと……あれ? 点蔵?」

 

「……はっ!? ナナナナ何でござるかぁ!?」

 

 

 突然(本人にとっては)声をかけられ、職業反射的に傷有りを背で守るようにしてばっと見上げた先に──目を瞬かせている止水がいた。

 

 

「……なんでそんなに挙動不審なんだお前……?」

「な、何事もないでござるよーう? 平常通りでござるよーう? ──し、して、何用でござるか? 止水殿」 

 

 

 背のほうから、小さく『この方が、守り刀の──』と聞こえた気がしたが、とりあえず問題は前だ。その前の方から『誰かに私のキャラが真似されている気配……!』とズドンがなにやら戦慄しているが、そっちではない。

 

 

「あー、点蔵に。ってよりも、点蔵の横──後ろ? の人にだな。……この二週間、森やら海やら、いろいろ荒らしちまったからさ。それの詫びっていうか礼っていうか」

 

 

 そう言って、頭を掻く止水。

 

 森であれば、山菜や薪木のための樹木。海でも、少なくない量の海産物を止水たちは採っている。

 それらは当然英国のものであり──ここ第四階層の管理者であるという傷有りの許可を得るか、そうでなくとも最低限一言あって然るべきところなのだ。

 

 しかし、状況が状況だったためにそれができなかった。ならば、状況が何とかなった今、筋を通すのが礼儀というものだろう。

 

 

「──それに関しては感謝も、そして謝罪も不要だ。それに、遠目から見させてもらったが……貴殿が木々の伐採の時に細心の注意を払っていたのは、私も知っている。伐採の後で貴殿が土地に分けていた流体で、むしろ土地が豊かになっているほどなのだからな」

 

「はは……まあ、もらったんだから何かで返さないとな。──アンタがいろいろと黙認してくれたおかげで、俺たちは飢えることも荒れることも無く生き延びれた。要らぬと言われても礼くらいは言うさ。

 

 でも、ここ──英国って凄いんだな。あんなに流体が馴染みやすいなんて思わなかったよ」

 

「Jud.……英国は妖精の国、だからな。ほかの土地に比べれば大地や木々、水の精霊たちがずっと多いから……」

 

 

 だからこそ、と。言いかけた言葉を、傷有りは飲み込む。

 

 ……これは自分が伝えるべきことではない。そして、関与すべきことでも。

 

 

「──まぁ、それが言いたかっただけだよ。ただ飯にただ酒、楽しんでいってくれ」

 

 

 それだけ言い残して、止水は己が座れるだろう卓を探しに行く。その進む先が激戦区からは遠い、安全地帯なのは言うまでもない。

 

 

 

「──律儀な、真面目な方なのですね。止水様は」

 

「Jud. しかしあれで、意外と融通が利かぬところも多ござってな。それに──」

 

 

 

   ──あ、止水くん! いくら大事な決め事だからって、は、HARAKIRIなんてだめだよ!?

 

   ──ん? おー東か、久しぶりだな。いや、あれな、実は大丈夫なんだよ。だって──

 

   ──大丈夫って……もしかして見せ掛け? あ、小刀のほうになにか細工が……!

 

 

   ── ──腹切った程度で死ぬとか、もう中等部のころに卒業してるからさ、俺。

 

 

   ──そっち!? × 多

 

 

「それに──ぶっちゃけ、人から外れていっている御仁なのでござるよ。うん」

 

「人から、外れる……? ですが、異族の気配は感じませんでしたが」

 

 

 体は、平均よりもずっとずっと大きいが、人間のそれ。感じた気配も、人間のもの。

 点臓が言うのだから嘘ではないのだろうが、しかし事実が違うことに傷有りは首をかしげていた。

 

 

(うおわぁなんというピュア……ピュア過ぎでごさるよ傷有り殿……っ!)

 

 

 ……ここで一つどうでもいい余談を。

 

 0から+10を見上げたら、当然0は10の差しか感じられないだろう。しかし、-10や-20からそこを見上げれば、遥か天上に10という数字があるように見えることだろう。

 

 

   ──っておいミトツダイラ! 野菜ッ、私野菜ノーマークだったんだけどってもう無い!?

   ──だめだよセージュン、ここ結構食う卓だから、戦場覚悟しないと! ミトっつぁんの領土からお肉もーらい!

   ──そうよ! 食べて! でも味わって! 今のは牛だからつまり私の足とか腕っ……!

 

   ──てんぞーぉ! ビール切れたぁ! 3分以内ねー!!

 

   ──塩コショウなめんなおらぁ!!

   ──焼肉はタレが王道だろがボケェ!!

 

 

 

 ……特に──意味はないので、早々に忘れてほしい。ちなみにビールは30秒で終わらせた。

 

 どうでもいい話だが。ビールコールから、というわけではないのだろうが──しばらくの間、点蔵が箸を持つことも、落ち着いて座れることも無かった。

 

 

 

 

 

「……さて、と。どっか空いてないかな……」

 

 

 そして、点蔵が給仕に勤しみ出す、その少し前。

 ──礼を言い終えた止水はというと、戦場を練り歩いていた。いくつかの卓を見れば、いまだに熱い激戦を繰り広げている。当然、そんなところに行ったところで満足にありつけないのは目に見えていた。

 

 焼肉もそうだが、智の作る五穀チャーハンや、御広敷の腕を振るった品々も捨てがたい。が、その料理人のいる卓は競争率の高い人気卓となっていて、ちらりと見れば既に満員状態だ。どう考えても、止水の巨体が入り込む余地はないだろう。

 

 

 どうしようか、と空腹を訴える腹に止水が悩んでいると、緋衣の裾が結構な力で引かれる。ただ力で引かれただけなら問題なかったのだが、そこに明らかに『技』の要素もあり……。

 

 ──ストン、と。あっけなく胡坐の状態になるように座らされた。

 

 

「ん──給仕役兼壁役ゲット、ってな」

 

「……直政、お前もう結構酔ってるだろ……?」

 

 

 酔っているかどうか。その答えとしてニヤリと意味ありげに笑う姉御に、止水はため息で持ってあきらめの意思を示す。向かいを見れば、鈴とアデーレがいて……女子卓のようだ。

 

 ──まだ焼かれていない肉の皿も野菜の皿も多い。体格ゆえに人の二倍を軽く食べる止水でも、十分だろう。

 

 

「よっしゃあ! 平和三原者そろいました! これで自分の今晩は安泰ですよー!」

 

 

 腰を落ち着けた止水を見て、お箸片手にガッツポーズしているアデーレ。

 

 ……『 平和三原者 』とは、梅組の鈴・直政・止水の三人一組に、基本外道被害者の連中が勝手につけた名前だ。

 

 まず、武蔵の至宝──鈴がいる時点でその卓が乱れることはない。もし禁を犯し、それによって万が一にでも鈴に被害が及べば……。あとは諸兄のお察しのとおりとなる。四大擬音の炸裂と武蔵全艦の突撃は確定だろう。

 次いで、直政。なんだかんだと言いつつ、やれやれと零しつつも、やはり助けてくれる武蔵の姉御。──未確認情報だが、要庇護対象が近くにいると戦闘力がアップするらしい。

 

 そして、武蔵最強にして梅組の物理的最終防衛ライン、止水。こちらに関してはもはや、説明は要らないだろう。

 

 

 アデーレは思う。……最強ではないか、我が()は。

 

 

「あ、止水さーん、何か飲みます? 一通りはそろってますよ?」

 

「いや、大丈夫。頼んであるから。そろそろ……っと、来たかな」

 

「あれ? む、さし、さん……?」

 

 

 足音か何かが聞こえたのだろう。鈴が顔を向ければ、武蔵につながっている輸送艦から、丁度武蔵その人が降りてくるのが見えた。

 

 その武蔵はかなり大きな──それこそ、一升瓶の数倍はありそうな、白陶磁の(ビン)を抱えていて……。

 

 

 ……それを見た止水が、あからさまに喜色を浮かべ──座った状態で大きく手を振り、己の居場所を告げる。

 

 

「止水様、例のお品、お持ちいたしました。────以上」

 

「ありがと! 武蔵さっ、──あー、姉ちゃん! うん。助かった」

 

 

 言い切ろうとして。今度こそ、言い切ろうとして……あきらめた。

 さ、の発音の時点でもう武蔵は体を捻り始めているのだ。ん、と言い切ってしまっていたら、きっと品を放さなかっただろう。

 

 ……ここまできて『お預け』は勘弁願いたい。

 

 

「Jud. ご指示のとおり、『 蔵 』から一番大きなものをお持ちいたしましたが、よろしかったでしょうか。────以上」

 

「ん、大丈夫。他のはシロジロんとこに卸すやつだから」

 

 

 わかりやすくしておいてよかった、と受け取ったばかりの白瓶を軽く振る。すると、その中身だろう。澄んだ水音が涼やかに響いた。

 

 

「と、止めの字……? あんた、まさかそれ……『緋の雫』……か?」

 

 

 シロジロんとこ、というのは、間違いなくあの守銭奴甚だしい商人のことで間違いないだろう。卸している──と続いた言葉からして、それが丸べ屋で売られる商品なのだろう。

 そして、いま止水の手にある白陶磁の瓶。大きさこそ段違いであるが、以前一度だけ、画面越しに見たことのあるその『 品 』に酷似している。

 

 

 

 

「……なあ、なんなんだ? その、『緋の雫』って」

 

 

 疑問符を浮かべるのは正純だ。他にも数名浮かべているようだが、逆に感嘆符を浮かべて食い入るように止水の持つ白瓶を見ている者も数名いる。

 

 

「……政治家ともあろう者が、よもや知らんとはな。簡単に言えば、『 酒 』だ。完全予約制、その上向こう五年は順番待ちという一品でな……生産力の弱い武蔵の中で、世界に誇れるだろう特産品のひとつ──それが銘酒『 緋の雫 』。

 原価も確かに数万とするが、待てぬ飲兵衛どもが勝手に吊り上げていってな、時には一本で七桁は行くこともある。2対8でも私に十分すぎるほどに利益が出るし、売名効果もついてきて下手な宣伝費もかけずにすむ」

 

「あ、ちなみに、去年の『死ぬ前に一度は飲んでおきたいお酒』と『最期に飲みたいお酒』の二冠とってるの。悪ふざけで『殺してでも奪いたいお酒』って項目もあったけど、怖くなって審査員が廃止したみたいね。あれがあったら三冠いってたのになぁ……」

 

 

 などなどの情報を守銭奴夫婦がここぞとばかりに宣伝しているが──

 

 

「……そんなすごいことになってたのか……いや、入ってくる額とか催促とかいろいろすごいとは思ってたけど……」

 

 

 ──生産者一切知らず。審査とかいつの間にされていたの? というレベルの話だ。もちろん守銭奴が勝手に出品していただけの話だが。

 

 

「……ただ俺が、心底美味い、って思う酒を作ってただけなんだけどなぁ……」

 

 

 止水のその言葉に、逆に一同は納得する。

 

 食べ物に特に拘りがなく、着る物も一族のそれだけ。住む場所に至っては壁なし天井なしのほうがむしろ落ち着くと来ている止水が、唯一と言っていいほどに拘りぬく嗜好品──それが、酒だ。

 

 

 高価安価──貴賎すら問わず、ただただ美味なる一献を。

 

 

 ……しかし買う物では満足できず、ならば作ってしまえと作り出したのが、止水の酒造りの始まりだ。

 

 その酒好きが母親からなのか、それとも守り刀の一族共通なのか定かではないが、たまにしか帰らない自宅には、個人所有では考えられない程の巨大な酒蔵があり、機械も術式も使用していない酒造設備が完備されている。

 

 

 そこで作られたのが、今止水の手にしている『緋の雫』なのだ。

 

 

 

「……っ」

 

 

 ──ゴクリ、という音がアデーレののど元からの響き、隣の直政も白瓶をロックオンしている。体勢は前傾、突撃準備はヨーソロー。

 

 労働苦学生である二人には、高価な酒などとてもではないが手の届かない品である。直政に至ってはかなりの酒好きであり──今先ほどまで口にしていたタダ酒ではきっと満足できないだろう。

 

 

 

「はは……。えっと……飲んでみる、か?」

 

 

 そんな二人の様子に苦笑を浮かべつつ、そこまで必死にならなくても……と『雫』を軽く掲げる。一人で飲むにしてもかなりの量があるのだ。数人に分けるくらいなら、余裕だろう。

 

 

 ──そう。『数人くらい』なら。

 

 

「さっすがダム侍! それでこそ俺の相棒! ──おーい『皆』ぁ! ダムが取って置きの酒、飲ましてくれるってよぉ~ッ♪」

 

「「「「「YAAAAAAAaaaaHAaaaaaaaaa!!!!」」」」」

 

 

 ……まあもっとも、そんな都合のいい優しいオチが許されるはずもなく。颯爽と現れた全裸が見事に止水から白瓶を奪い、無造作に栓を開け。高々と上げて走っていく。

 呆けている間にか、しっかりと直政とアデーレ、鈴のコップに注がれているのはさすがだ。

 

 

「は? え……ちょっ、待て、待ってトーリ!? 頼む、それ作るのに一年近く掛かっ……足に鎖なんていつの間に……っ!? 

 って先生! なに一気飲みの構え取ってんだよ!? ちょ、あぁーッ!?」

 

 

 

 ──そして。

 

 

 

「…………」

 

 

 白瓶を逆さにし、ひたすらにじっと待つ。……だが、名に反して──雫一滴すら落ちてくることはなかった。

 

 

 ──杯に鼻を近づけ、そのまま深呼吸をしてしまうほどに、その香りは優しく芳しく。

 ──飲み込むことさえ躊躇わせるその味は、言葉での表現を諦めさせた。

 ──そして……飲み干してしまった杯を静かに置いたときには、心地よいぬくもりが腹から全身を温めてくれる。

 

 

 ……そんな、とてつもなくも美味そうに飲み干す様を見せ付けられ……しかし己は一滴すらも味わうことができず。

 

 

 

「……はぁぁ」

 

 

 深い、深すぎるため息をこぼし──見ているほうが悲しくなるほどにションボリと肩を落とし、トボトボと卓へと戻っていった。

 

 

 

   ──あの……トーリ様、さすがにあれ、ホライゾンもやり過ぎだと思うのですが……。

 

   ──……俺さ。一人一杯くらいなら、あの瓶の半分くらいは残っかなぁって思ってたんだけど。そこんとこどう思うよ? 三杯飲んだホライゾン。あ、ちなみに俺飲んですらいねぇから。

 

   ──あ、ずるい! 何自分ひとりだけ罪逃れしようとしてるんですかトーリ君! 連帯責任を断固主張します!

 

   ──ンフフ……必死ね浅間? でもあんた、確か四杯いってたわよね? しかも結構大きめグラスで。

 

   ──そ、それは! 私たちの卓最初のほうだったから……! その、ちょっと多めいっても平気かなぁ~って……。

 

   ──見ろ、あの背中を。あれが……憤りや悲しみを、己一人で背負う男の背中だ。酒好きであったからなぁ……止水は。ちなみに拙僧、普通のグラスで一杯である! ……己の罪は認めるが、連帯はごめんだ。

 

   ──小生も一杯です。いやはやしかし、品評に違わぬ美味でした。

 

   ──最後にラッパした先生が、絶対一番悪いってナイちゃん思うなぁ……三杯飲みましたごめんなさい。

 

   ──いや、先生ラッパしたはしたけど、実際二口くらいしか残ってなかったわよ? これはマジで。

 

   ──その二口でも残ってるってわかった時点で返してあげなさいよ……。

 

   ── い や よ 。『緋の雫』を飲める機会なんてほとんどないんだから。

 

 

 止水は背後の様々なやり取り( 主に罪の擦り付け合い )を気にもせず、卓へと帰還する。

 

 

「た、食べましょう止水さん! ね? お酒も焼肉もただなんですから! その……損した分取り戻す感じで! 自分どんどん焼きますんでっ!」

 

「はは……Jud. ──まあ、そうだな。……振舞った自慢の酒が、美味いって言われながらきれいに飲み干された……って考えれば、うん」

 

「う、うん……! おいし、おいしか、たよっ……と、とっても……!」

 

 

 ほんのりと頬を朱に染めている鈴が、いつもよりニコニコ度多めの笑顔で頻りにうなずいている。

 

 それを見て……まあいいか、と自分を納得させる報酬には、十分すぎるものだった。 

 

 

 

***

 

 

 迷いながら進んだとして

 

 その道が、果たして間違っているかどうかは

 

 進んだ者の気持ち次第だろう

 

 

 

 配点 【悩むための時間】

 

 

***

 

 

 

「っと、そうだ。ホライゾン、ちっとネイトの餌付……慰労たのむわ」

 

 

「あ、あの、我が王? 誤魔化せていませんわよ? 今ガッツリ『餌付け』って──」

 

「Jud. ホライゾンもノッテ参りました。では、ミトツダイラ様。続行で、はいアーン」

 

「あ、あのですから、そのええと……はうぅう……!」

 

 

 全裸は、ネイトが再びペタン座りの足の間に両手置き──所謂餌待ち雛になったのを確認し、首をコショコショしたくなった衝動を抑え、一つうなずく。

 

 

「おーい長衣の旦那。なんか、地脈とか流体とか詳しそうだからちょっと聞きてぇんだけどさ──『二境紋』って知らねぇ?」

 

「にきょう、もん……?」

 

「うん。エロいマークの書き損じみてぇなやつなんだけどさ──ほら点蔵、説明説明」

 

「最悪の例えしてから振るとか! 振るとかっ!! あ……え、ええと、こう、円を分断するように一本線がこういう感じで……」

 

(((((((律儀なやつだなぁ……)))))))

 

 

 点蔵が地面に描いた、二境紋の図。それに加え、『公主隠し』という神隠しのような怪異も並べて伝える。

 ──円を、外から真横に割る線が一本。その簡単すぎる図式を見て、傷有りはフードの奥にて目を細めた。

 

 

「これを……そちらでは二経紋と呼んでいるのか」

 

「……『そちらでは』? ということは──」

 

「Jud. ……これは英国でもずっと調べていたことだ。……しかし申し訳ないが、部外者となってしまった私が多くを語ることはできない。これは武蔵として、英国の上層部に掛け合ってもらうほかない。

 だが──『 花園(アヴァロン) 』 ……この言葉を覚えておくといい。きっと、鍵になるはずだ」

 

 

 それが、語れる精一杯だと。目深のフードをさらに下ろすことで、これ以上問わないでくれ、と語る。

 正純はそれに、無理強いはできない、と判断した。

 

 ……ちなみに、所属していた卓の草が肉食獣(ネイト)に根こそぎ持っていかれたので、平和三原者の守護する卓に現在寄生している状態である。

 

 

「(『部外者となってしまった』、か。また、なんとも意味深な言葉を……)……英国に情報がある、とわかっただけでも私たちにはありがたい、か」

 

 

 その情報が、どういったものなのか。根本の解決に向かいうるものか、それとも……。

 

 そんな思考を加速させようとした正純の耳に、それが聞こえた。

 

 

『姉御、終わったド……』

 

「……は?」

 

 

 やたら低い声。それが、やたらと低い位置から聞こえた。見れば、走狗よりやや大きい程度の、おそらく犬をマスコット化したような黒い精霊がいる。

 

 正純には初見だが、知識が正しければ……。

 

 

「直政……それ、犬鬼(コボルド)……だよな?」

 

「Jud. なんか浴場作ってたら、『手伝うど』って集まってきてね。そのまま手ぇ貸してもらったんさね。──お疲れさん、助かったさね。どこぞの 忍 者 が場所の指定だけしてどっか行っちまって 難 儀 してたんだ」

 

 

 ところどころを強調している言葉に、ぐぬ、とうめき声がするが流す。

 

 

『……ほかにやることはないでござるド?』

 

「そ、そこぉ! いま自分のこと貶してござるな!?」

 

 

 続けて流す。

 直政から大丈夫だ、と言われると、犬鬼はそのまま視線を隣の──げっ歯類の様に頬を膨らませている止水を見上げ──その体をよじ登り、頭の上を占拠した。

 

 突然のその行動に黙っていないのが、武蔵の走狗たちだ。ハナミを筆頭に各人のハードポイントから出てきては突撃。頭を陣取っている犬鬼と領地の奪い合いを始めた。

 

 

(……珍しい。コボルドたちが自分から対価を決めるなんて……)

 

 

 犬鬼たちに作業を頼む際、等価ではないが対価を必要とするのだが……それは依頼者側が自由に決められるものだった。

 だが、その常識を覆し──止水の身から得られる流体を対価として求めている。

 

 しばらくして領地そのものが仲裁に入り、頭やら肩やらが大変賑やかなことになっていた。

 

 

「さすがダム。ちっこいのに好かれる天才だな……んじゃあ点蔵、ちょっと長衣の旦那を一番風呂に連れて行ってやってくんね? 情報の礼ってわけじゃねぇけど、ダムたち世話になったりもしたんだろ?」

 

「え、ええ!? いやわかるでござるけども! さすがにそれはマズイというかヤバイというか……!」

 

「はぁ? 何がまずい……あれ、俺言ってることおかしい? 常識外れてる?」

 

「まともです。……ホライゾン的には大変遺憾ですが。ええ」

 

 

 ──しかし風呂、裸の付き合いをしてこいなんて高レベルのイベントを、まさか全裸から言われるとは。

 

 慌てに慌てる点蔵だが、傷有り本人に腕を引かれて立たされれば混乱度はさらに倍だ。

 

 

(えぇ!? まさか、ご本人承諾!? いや、いやいやいや! これには絶対なにか落ちがあるはずでござる! 自分の人生、そこまでハッピー展開なわけがござらん!)

 

 

「の、覗きとか撮影とかなしでござるぞ!?」

 

 

 

 最低限の防波堤としてそれだけを言い残し──ギクシャクと、普段からは考えられないぎこちない動きで傷有りに腕を引かれていく点蔵を一同は見送る。

 

 

 

「……超怪しいですよね、あの二人」

 

「そうね。……ちっ、あの長衣がマジで邪魔よ。描けないじゃないこん畜生。忍へたれ攻? 忍へたれ受?」

 

「あー、テンゾーへたれは変わらないんだねー……まあ、英国は改派だし、同姓でのそういうことも、まぁ、うん」

 

 

 Jud.Jud.と頷く穢れた面々と、いやそうに顔をしかめる面々。首をかしげてハテナ顔、という希少なリアクションは東くらいだろうか。

 

 その東が、そういえば、と何かを思い出し……。

 

 

「ちょっといいかな? ナルゼに聞いておきたい、あ、聞き直したいことがあるんだけど……」

 

「──私? なにか言ったかしら……」

 

「うん。セックスについて、もう少し詳しく教えてくれないかな? なんか、余の解釈だと間違ってたみたいで……」

 

 

 東の発言の直後。

 

 

 ネイトが箸ごと肉を噛み砕き智が弓を取り出し守銭奴夫婦が録音スタンバイでマルゴットが翼を無意味に広げて直政は酒を真横に吹き止水は吹かれた酒をもろに浴びアデーレは眼鏡を光らせ鈴は真っ赤になって俯き男衆は正座拝聴姿勢をとり正純が苦笑し全裸が喜美と無駄に踊りだし……。

 

 

 ……ナルゼの顔が引きつるが、東はまったく気づいていない。

 

 

「なんか喧嘩みたいになっちゃってミリアムに " 余とセックスしよう " って言ったらすごく怒られちゃったんだ……余もよくわからなかったから、" 二人で不安なら止水君も一緒にならどうかなぁ " って言ったら部屋から閉め出されちゃって……何がいけなかったのかなぁと思って」

 

「え、えっとぉ……そぉーね、うん。でもそのー、私の説明ばっかりだと知識偏っちゃうって言うか……」

 

 

***

 

 

 ──生贄検索開始

 

 

 【頭がいい】 【説明上手】 【後腐れない】

 

 

 ──該当者:二名 うち【 犬くさい忍者 】はホモで離席中であるため、次点者を採用。

 

 →【 本多 正純 】

 

 

***

 

 

「……うん、正純よ。正純なら正しいセックスについて教えてくれるわ!」

 

「おい待て何で私だ!? お前いま頭の中でどんな取捨選択をしたぁ!?」

 

 

 正純が吼える。──確かに、バイトで教員をしているから、いずれは初等部の生徒たちに説明することもあるだろう。知識としても当然わかっている。

 

 わかっているが……。

 

 

(……ど、どうしろっていうんだこれ……!)

 

 

 同年代、それも──男子の目の前でできるわけがない。

 

 ちらり……と、盗み見るようにして一番近い男子を見る。そいつは己を後に、酒シャワーを浴びてしまった走狗や犬鬼の世話を焼いていたのだが、視線を感じたのだろう。

 ふと顔を上げて、視線があってしまった。

 

 

 ……心臓から血が上ってくるのがわかる。きっと顔は真っ赤だろう。

 

 知識としてわからない、とホライゾンと二代が本気便乗してきてさらに逃げられなくなってしまった。

 

 

 

 

「よ……」

 

「「「「よ?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、よっこらせっ! ……クスッ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正純が立ち上がり様に、微笑。直後……。

 

 

 

 

 ──空気が、死んだ。

 

 

 

 

「…………」

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 

 

 

 同情か、哀れみか。そんな視線が一気に集中する中、正純は浮かべた微笑のまま移動する。

 

 

 肩や頭に小さい面々を乗せた止水の真後ろに周った正純は、座っている状態の止水から着流しを引き出そうとし、それでも、止水が乗っかっているので引き出すだけの力がー足りず、だんだんと涙目になり──。

 

 

 ……やっとこさ引き出せた緋の着流しの中に、逃げた。

 

 

 

 ……一人分のそのふくらみを、ポンポンと走狗や犬鬼が慰めているのがなんとも言えなかった。

 

 

「あー……えっと、正純? お前は頑張ったよ? うん。あれは、その、なんだ。しょうがないって──? なに? あ、また代弁か? Jud.いいけど……『お互いが、正しい意味で仲を深くすることだ、それ以上でも以下でもない』って」

 

 

(((((……律儀なやつだなぁ……)))))

 

 

「ん、続き? ……いや、それは流石に今じゃなくても……うん。風呂の後とかさ。Jud.

 ──えっと、風呂から上がったら、今後の武蔵の、方針? とかそろそろ決めようって。英国に対してもそうだけど、世界に対してのことも、だってよ」

 

 

「「「「「……まじめなやつだなぁ……!」」」」」

 

 

 

 

 なんともいえない、そんな空気のまま──焼肉宴会は、一応の終わりと相成った。

 

 

 

 




読了、ありがとうございました。

あと、お風呂セットのご用意をお願いします。

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