境界線上の守り刀   作:陽紅

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二巻で【絶対やりたい!】と思ってことのうちのひとつができましたw


六章 刀、請け負う 【中】

 天地が直角に歪んだ甲板。その上に、即席で長テーブルが用意され、その両の長辺に三つと二つの椅子がそれぞれ並んでいる。

 計五つの席はすでに埋まっていて──その席の一つに尻を乗せている正純は、いまさらながらに『なぜここにいるのだろう?』と内心で首をかしげていた。

 

 

 なぜか、と問われれば、正純しかいないからだ、と全員が口を揃えるだろう。

 

 向かいに座る、英国オクスフォード教導院のハワードとジョンソン。正純の隣に座る守銭奴と、その守銭奴の嫁。そして、両国の警護として武蔵からはネイトが、英国からはF・ウオルシンガムが、それぞれ立ち会っている。

 

 

 公式・非公式はさておいて、武蔵と英国の会談なのだ。この場合は英国側が『客』の立場である以上、出迎える側である武蔵側は上位の役職者が出なければならない。

 だが、思い出してほしい。

 

 総長兼生徒会長=全裸

 総長連合副長=武者女

 武蔵副王兼パン屋従業員=コカンパンチャー

 

 

 もう……お分かりだろう。副会長の正純が出るしかないのだ。

 

 

 

 そして正純の膝の上──相手側からは机に隠れるように、一柱の──キツネ型の走狗、エリマキが腹ばっている。

 

 

(……かわいいなぁ)

 

 

 かすかだが重さがあり、服越しに感じるやわらかいお腹の毛並みも、丸みのある体躯も大変可愛らしい。短い手足で正純の膝にしがみつき、一生懸命なにやら通神の操作をしている姿も見れば倍率ドン。

 

 ──こっそりとエリマキの頭を指でなでながら、隣からあがった声を聞く。

 

 

「本日はご足労頂き、感謝する。早速お話を──と行きたいところだが、客人になんの『オモテナシ』もしなければ武蔵商人の名折れ。ささやかながら、我が武蔵のシェフが腕を振るってお食事の用意をさせていただいた。ごゆっくりご堪能いただけると──」

 

 

 ―*―

 

 

○べ屋『さてと、シロ君が時間稼ぎしてるうちに、こっちの意思も統一しておこうかしらね。

 止水君がなんの相談もなしに英国の話を『受ける』って感じで話すすめちゃったから、みんな寝耳に水でしょ?』

 

あさま『きーきーまーしーたーよー? 止水君、言っちゃったらしいですねー? 『俺が相手するぞ』? へー? へーっ!? 私の注意全力無視ですかそーですか!』

 

○べ屋『はいはい智ちゃんどーどー。あ、一応これ浅間神社にお願いしてる通信だから、通信料心配はしないでじゃんじゃん意見出してね?』

 

礼賛者『はいはいはい一品目いきますよー!』

 

 

―*―

 

 

「まずはこちら、英国近海で取れた新鮮な魚をふんだんに使った……刺身カレーライスです」

「「……ふぁっ?」」

 

 

 ―*―

 

 

 俺 『おいおいおい。しょっぱなからメイン料理とか、だめじゃね? 普通軽めのからいかねぇと』

 

全 員『あれ……全裸がまともな事を言っている……』

 

礼賛者『いやー、小生もそうしたかったんですが、シロジロ君から強い要望がありまして。ああ、味については問題ありませんよ。

 ……カレーと刺身を別に。ええ、時間を置いて食べれば』

 

煙草女『あー、話変えて悪いね。あたしはこれから一仕事入るから、抜きで進めとくれ──それよか、点蔵のやつが何処行ったか知ってるか? あの野郎場所の指示だけ残して消えちまってね』

 

影 打『さっきこの辺りの──管理人、って言えばいいのかな? そいつに話があるから探してくるって言ってたな。地盤がどうとか……。

 えと、さ。ハイディ? これって俺もしかして、やらかしちゃった感じ、か?』

 

○べ屋『んー。まぁ、それも込みでこれから意思統一。

 えっと、それじゃあまずは──【英国は何をしに来たのか】ってことね。それはまぁ、私とシロ君、それに正純が並んでる時点でわかるとは思うけど』

 

賢 姉『守銭奴と守銭奴嫁と貧乳政治家──金に汚い連中の集まりね……!』

 

 

―*―

 

 

「んんっ! ……失礼」

 

 

―*―

 

 

銀 狼『書き込めないなりの否定ですわね。まあ……会計と会計補佐、そして副会長が並んでいるのですから──国家単位での交渉ですの?』

 

○べ屋『当たり。そして、武蔵が売る側で英国が買う側っていうのも決まってるの。早い話、『足りない物資があるので売ってください! 値段交渉のあとで!』ってことね』

 

ウキー『物資、とはいうが、何を売れというのだ? 拙僧がその手の情報を知らぬというのもあるのだが、その様な過剰物資があるとは思えんのだが』

 

○べ屋『ところが、って感じであるのよね。──現状武蔵が手に余らせていて、英国が丁度ほしい、って物が』

 

 

 武蔵が手に余らせている物。

 ──ニコニコと通神を操作するハイディの傍ら、正純は頭の中の記録を辿る。二週間前の情報だが、その時間経過も考慮して考えれば……。

 

 

(! なるほど……)

 

 

○べ屋『ずばり、『お肉』なのよ。三河で一気に在庫の増えた、大量の、ね』

 

 

 

 

―*―

 

 

──ドカン!!

 

「ひっ!? い、いまのは……?」

 

「さあ? 輸送艦内ではまだ撤去作業を行っていますので、その音でしょう。ささ、お次はスープ、生魚のコールドスープ・季節野菜のカレー和え」

 

「え? で、ですが今明らかにそちらの騎士殿が……」

 

 

―*―

 

 

 

○べ屋『ワーオ、背後からの殺気がすごいわねぇ……』

 

銀 狼『オホホ、ハイディ? 貴女今なにを売ると? お肉を? それもわたくしの目の前で?』

 

賢 姉『ンフフ。ついこの前男肉貪ってたのにまだ飢えてるのかしらねこの貪欲娘は。

 ──詳しい話、後できっちり聞くから。そのつもりでいなさいよ?』

 

 

 

 ……背後から『ひぃっ!?』 なる音が聞こえたが、気のせいだろう。あの時の屈辱なんて忘れているので仕返し、なんて考えはない。

 

 

 

○べ屋『あ、話戻すね? 三河で仕入れた大量のお肉だけど、ぶっちゃけ賞味期限がそろそろなの。術式込みの氷室で冷凍保存してるんだけど、もってあと二週間が限界ってところね。それを踏まえて、英国はお肉を安く買い叩きたい、武蔵としては二週間後に出るだろう大量の生ごみをどうにかしたい。──つまり』

 

 

 

***

 

 

 

 頭を使うこと。言葉で探ること。

 

 すでに専門家が手腕を振っている。

 

 

 配点【終わったら起こして】

 

 

***

 

 

 通神を開いたまま、打ち込みの文字列を消す。通神には現在進行形でハイディの説明や、ほかの面々の意見やら質問が飛んでいるのを横目に、大きな欠伸をひとつ。

 そろそろしびれてきた足を投げ出し、止水はごろり、と巨体を横たえた。

 

 

(んー……何言ってるのか、さっぱりわからん)

 

 

 かろうじて、武蔵には肉がやたらと余っていて、英国は何やらそれを買いたい──という辺りまで理解できたが、その後に続くハイディの、買い叩かれるだの商品価値だの、既存利益だののくだりからチンプンカンプンだった。

 

 理解しようと数秒がんばったが、英国人一人当たりの食肉消費量から始まる計算式が出始めたところで完全にあきらめた。

 ……余ってるならあげちゃえばいいんじゃないか? と、かなり本気で思っている自分は、余計な口出しをしないほうがいいのだろう。適材適所的に。

 

 

「あ……そうだ……」

 

 

 ふと『あること』を思い出し、個人連絡用の通神を開く。寝転がったままでは数行の文を打ち込み、送信。──数秒とかからずに返ってきた返信を受けて苦笑し……再び、空を見上げる。

 

 

「あれれーいけないんですよー、止水さん。浅間さんからお許し、まだ出てないんですからねー?」

「んっ!?」

 

 

 声にギクリと反応し、恐る恐る視線を向ければ、アデーレと──足場の悪さの対処としてか、アデーレに手を引かれている鈴がいた。

 

 

 うん──セーフ。

 

 

「あ、自分はそこまでうるさく言うつもりないですけど──心情的には浅間さん派なので、女の子泣かしちゃった分はガッチリ反省してくださいね? …… ね ? 」

 

「……J、Jud.」

 

 

 にっこりと笑っているアデーレだが、その笑顔にはどこか凄みがある……武蔵女子名物の『逆らったらダメな笑顔』だろう。

 

 ──通神の向こうでは、シロジロとハワードがなにやら日数を増やしたり減らしたり、便宜やら権利やらを付けるやり取りを始めている。

 

 

「で、二人はどうしたんだよ? 散歩か?」

 

「──……ここを目指して来てる時点で、気づきませんかねぇフツー」

 

 

 アデーレにこれ見よがしに盛大なため息をつかれ、鈴には苦笑され──それから数秒して……ああ、自分に用なのかとやっと気づく刀馬鹿。

 

 

「な、直政、さんのとこ、いこ、って。わたっ、私、通神早いと……なんにもでき、ないから」

 

 秒速で更新されていく通神ログを見て、鈴の音鳴りさんの音読性能をなんとなく思い出し、確かに……と納得。

 

 

 

「えっと、直政のとこに案内すればいいのか──?」

「あーいえ、『労働力連れてこーい』って」

 

 

 ──止水は終点ではなく経由駅だったらしい。しかも、強制連行系のようだ。

 

 若干ある眠気を、体を起こすことで無理やりに押さえ込む。ちらりと聞いたが、直政は温泉を作っているらしい。

 板材やらの運搬か、それとも岩の撤去か──と、ある程度作業内容を予測していると、止水の目の前に一通の秘匿通神が来た。

 

 

 差出人は──『守銭奴』。件名は『インターミドル』。

 

 内容は、何も書かれていない。

 

 

 突拍子もない上に、シロジロらしくもないその要領を得ない一通に首をかしげる。

 交渉の場にいる彼が、止水に何の──。

 

 

 

「……。あ、そういうこと? ──悪い、鈴、アデーレ。先に直政のとこに行っててくれ」

 

 

「ほぇ?」

「はい? え──?」

 

 

 アデーレが何を問う間もなく、止水は大きく、大きく跳躍していた。

 誰かを見送るのに、首をほぼ真上に上げるという初体験を自覚なく終えた二人を後に……。

 

 目指すは……交渉(激戦)の現場だ。

 

 

 

***

 

 

 

 場所は戻り──武蔵・英国間の交渉場。

 春季学園祭、それも武蔵・英国合同。若者らしい斬新かつ有効的な発案にハワードは舌を巻いた。その上で、準備期間やら祭りそのものの開催期間の決定で競り合っていた。

 

 己の交渉勝ちを確信し──しかし、その相手たるシロジロが立ち上がり。

 

 

 ……彼自身が天高く飛び上がったのを見て、呆然とした。

 

 

(い、いったい何を……!?)

 

 

 太陽を背負い──そして目が眩んだ、その刹那……影が、増えていた。

 

 

 真っ先に落ちてきたシロジロが、高速で回転を始める。何かの術式か、それとも純粋な身体能力か。風が唸り、一面を覆う煙が上がる。

 そこへ──先ほど増えた影が、落ちてきた。

 

 

 ……煙が──晴れる。

 

 

「……なっ!?」

「──は?」

 

 

 

「その日数では無理ゆえ……っ! なにとぞ、ご譲歩を……!」

 

 

(──DOGEZA。これが──本家本元の極東式……それ以上に、これは!?)

 

 

 高速回転で『抉られた地面』に己の頭を降ろすことで、地面より尚深く。さらには、両手に持ち掲げるように上げた菓子箱は、頭より当然高く。極東式の、長裾の制服をわずかにも乱すことなく決めたシロジロ。

 

 

 ──その、両隣。

 

 

(こ、これはまさか、伝説の『連名-DOGEZA』……っ!?)

 

 

 

 

 『 連名-DOGEZA 』とは

 

《 ……それは、極東商人が、一生に一度行うか否か……いや、行えるかどうかの、DOGEZA最終奥義である。

 商人個人だけではなく、その友人知人にも願い乞わせる──強固な信頼関係がなければまず不可能であり、そして同時に、その信頼関係さえ壊すかもしれない大技なのだ。連名に選ばれた者も正しいDOGEZAをしなければならず、その成功難易度は計り知れない。 》

 

 

 

○べ屋『──新・DOGEZA解体新書 参照、っと。もう……トリプルアクセル土下座なんてインターミドルで決めて以来じゃない。シロ君たら、私にこっそり内緒で練習してたのね……もうホレ直し!』

 

 

 ハイディが内心にてキャーキャー言っている中、ハワードも内心にて、戦慄していた。

 

 

(右の、守り刀の彼のこれは──! こ、この交渉に、命をかけるというのですか……!?)

 

 

 止水は何も言わない。別に頭を下げているわけでもなく、正座はしているが目を伏せている。ただ、それだけだ。

 

 そんな彼の前に──いつ置かれたのか木の台があり、懐紙に包まれた短刀がそこに鎮座していた。

 

 

(は、『HARAKIRI-嘆願』……!? し、しかし公式では禁止されて──ま、まさか、『武士』としてこの場に赴いたと……!?)

 

 

 かつての戦国時代。主命に逆らってまで友の救援に赴いた一人の武士がいた。その友と家臣たちはそれにより救われたが、逆にその武士が主命に反したと罰せられることとなる。

 それを、止めたのが──その友と、家臣一団の『切腹も辞さぬ』という命がけの嘆願だった。

 

 その数十名からなる命がけの嘆願に、その主命も撤回されたという。

 

 

 止水は無言で二枚の緋衣を払い、白の肌着をさらす。

 

 ──冗談だ、見せ掛けだと冷静な部分がまくし立てるが……その涼やかながらも確固たる佇まいが、ハワードに思わず生唾を飲み込ませる。

 

 

 

 

(そして、左の彼は……!)

 

 

 肌色。全裸。

 

 そして、土下寝。

 

 

(総長兼生徒会長……貴方は、国力の差こそあれど我が英国の女王陛下と同じ地位のはずです! そ、その貴方が、こんな屈辱的な行動をなんのためらいもなく取るというのですか……!?)

 

 

 結構日ごろから、しかも日常的にやってます。──という情報をもちろん知らないハワードは、戦慄し続けるしかない。

 教導院の長、会計、守り刀。三者三様の形だが、それぞれが己のできる最大の形を示している。

 

 

(こ、これは、Mate,どうするのかね!? 特にRightの彼! 彼だけはマジで止めないとまずいぞ!?)

 

 ──わかっています……っ!

 

 商人ではないジョンソンも、三人の覚悟に戦慄しているのだろう。小声のつもりがなかなかに声量が大きい。

 ハワードのDOGEZAを受けて、譲歩する形で始まったのがこの会談である。つまり、英国は武蔵のDOGEZAで譲歩をする義務がある。

 

 

 ……それ、以上に。

 

 

(商人として、いや、一人の『人』として! この覚悟にお答えしなければ……!)

 

 

 女王陛下へ、この失態の謝罪もしなければならないだろうが、致し方ないだろう。

 

 

「……わかりました。では──さらに期日を延ばしましょう。九、いえ、十日! それでよろしいですね……?」

 

 

 ハワードの譲歩に、シロジロが顔を上げる。それに呼応して全裸と止水もその体勢を止める。

 包んだ菓子箱をテーブルの上に乗せ、再度一礼。

 

 

「……ご譲歩、感謝する。いや、見事な交渉でした」

 

 

 そのまま自分の席に戻る手前、全裸と止水に視線を送り、頷きあう。

 

 

 ……言葉はない。そこに当然、来てくれたことへの『感謝』も、来させてしまったことへの『謝罪』もない。

 

 だが、だからこそ。言葉を使わぬ若き男たちの友情を、ハワードは垣間見た気がした。

 

 一跳びで空に消えていく守り刀も、軽いふざけをやってから壁をよじ登ってどこかへ戻っていく全裸も、そして、何事もなかったかのように席に着く武蔵の会計も。

 それが当然であるかの様に──。

 

 

 

「私の完敗です。──ゆえにこちらの全意見を撤廃いたしましょう! 期日はそちらが最初に提示したとおり、『三日』で!」

 

 

 ……当然の様に、友のおかげで得られたようなものである成果を、何の躊躇いもなくポイする外道に、交渉場の時が止まった。

 

 

 

―*―

 

 

俺  『おいシロくぅん! おめぇ、何だそれ? ナンダソレ!?』

 

影 打『……あれ、どうなったんだコレ? なんか三日になってる……?』

 

守銭奴『うむ。インターミドルでできなかった未練が晴れた。感謝だけはしておいてやろう。さぁー、毟り取るとしようか!』

 

○べ屋『やんもーシロ君ちょー素敵!!』

 

 

全 員『やっぱりこいつただの守銭奴だった!!』

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 武蔵英国間の交渉はその結果として、祭りの期日がシロジロの交渉により十二日(内訳:祭七日 休日一日 準備五日)となり、交渉は武蔵の勝利で終えることになる。

 

 その際に、武蔵の至宝──向井 鈴が外交官として英国に赴くことになりその護衛としてアデーレ・バルフェットと……。

 

 

 

 武蔵アリアダスト教導院 総長連合 番外特務──守り刀の止水が、英国に人質としていくことが決定した。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

最後の祭の期間の合計は原作に準拠しています。
7+1+5だと13では? と思われるかも知れませんが、ご了承のほどを。


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