境界線上の守り刀   作:陽紅

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内容薄めです。ご了承のほどを。


二章 刀、眺める 【下】

「あ、あのさ! オレ、実は、その……ずっと前から言いたいことが、えっと、あんだけど……聞いてくんねぇ、かな?」

 

 

 震える声と、上ずる声音。それでも、必死に、懸命に思いを伝えようとする彼の言葉は、決して、生半可な気持ちで聞いてはならない。そう聞き手に覚悟させるだけの何かがあった。

 

 返事は――しない。

 突然のことに混乱してるのも確かであるが、彼の言葉を邪魔してはならないと思ったからだ。

 

 

 だから言葉ではなく、沈黙の上の首肯にて、その返事とする。

 

 

「っ!? あ、ありがとよ! あ、でもちょっとだけまってくんね? オレもその、なんだ、心の準備とか覚悟とかいろいろあってよ!」

 

 

 ああ、情けない。

 情けないが、目の前で自分の胸に手を当てて、ゆっくり深呼吸して落ち着こうとしている姿は情けなくも、それは逆に、言わんとしていることの、思いの大きさの裏返しではないか。

 

 吸って吐いてを二度繰り返し、大きく吸って――顔を引き締める。

 

 心の準備も、覚悟も終わったらしい。

 

 

「――よし。覚悟決まったぜ! いいか? 一回しか言わないからよく聞いてくれよ!?」

 

 

 しかし強気な姿勢は、ただの強がり。その証拠、よく見れば脚が震えているし、指差してくる手も、震えている。

 

 

「オレ、実はずっと、ずっと前から……!!」

 

 

 

 ゴクリ、と。生唾を飲み込む音。

 おお……っ! と身を乗り出す気配。

 

 

 

 言ってやれ……お前の声で、お前の、言葉で――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帽子とマフラーで顔隠し通すキャラとかねぇわwww ってずっと思ってたんだ!!! 点蔵!!!!!」

 

 

 

 

 

 ――理解する時間がほしい。いや、むしろよこせ。

 帽子で目元を隠し、赤いマフラーでそれ以外を隠した少年の、そんな表情は誰にも分からなかった。

 

 

「……ちょ、え? トーリ殿? なんでござるかこの公開処刑。っていうか自分軽く全否定されてるでござるよな!?」 

 

「いやっていうかさ、どんだけ守秘義務だよお前? 忍者って変装とかすんだよな? むしろお前への変装のほうがすげぇ楽じゃね?」

 

 

 冗談かと思いきや意外と的を得ているトーリの発言に、点蔵は言い返せない。

 (トーリ(バカ)のくせに……っ!)という思いは多分にあるが。

 

 

 

「んー、確かに言われてみりゃ、第一特務の顔は見たことないさね」

「うん。プールとか、そういう行事でも帽子マフラー。キャラとして描写しやすいけどリアルでやられるとね」

 

 

 臨時生徒総会という名目で集った梅組の面々にもひそひそと言い募られ、第一特務点蔵・クロスユナイト――今期最大の危機に直面していた。

 おもにどうでも良いがキャラ立てとかそういう面で。

 

 

「いや確かに自分、顔を隠してござるが……! そ、そうでござる! 止水殿や鈴殿も顔隠しキャラではござらんか!! あとペルソナ殿も!」

 

 びしぃ! と指差された、点蔵曰く『顔隠し組』。

 鈴がビクリと過剰に反応し、止水はいつかのように階段の狭い幅に寝転がって点蔵を一瞥。――バケツを被ったような大男、ペルソナが影からひっそりと覗き込むようにして参加している。

 

 

「いやね、止水のオバカは民族衣装系刀剣キャラよ!!」

 

「鈴は、おとなしい癒し系の、総長達の言い方で言えば前髪っ娘ってやつさね?」

 

「ペルソナ君は――そうだね、心優しい大男キャラってところかな。……まあつまり」

 

 

 喜美に続き、右腕を巨大な機構義手に替えた女傑・直政。最後にネシンバラがそれぞれ三人を見て、仮・顔隠しキャラ組を弁護していく。

 皆弁護内容に納得できるのか、点蔵以外はうんうんと頷いて賛同を示していた。

 

 

「「「アンタ/君とは違う。一緒にすんな」」」

「だから何ゆえに自分ディスられているでござるか!?」

 

 

 周りを見ても、味方はいそうにない。というより、敵対している者も少ない。『どーでもいい』というのが大半だ。

 自分の存在は何か? この世における忍とは何か?

 

 

 マイナス思考のせいでなにやら壮大なことを悩み始める点蔵の肩を――優しく叩く男が一人。

 

 

「あー、点蔵、なんか、わっりぃ!(テヘペロ♪)」

「Jud. ――自分、これのキャラよりはまともだととりあえず自信は持てたでござる」

 

 

 

 ――うんうん。

 一同の頷きは、見事にシンクロした。

 

 

 

「あー、『第一回、ドキッ! 総長、葵・トーリの告白を成功させよう会議』の第一作戦、『告白予行練習VerBL』はとりあえず、失敗――と」

 

 凄まじく棒読みなネシンバラが、『告白予行練習VerBL』という項目に×をつけ――そのまま一文字も見えなくなるまで塗りつぶしていく。

 

「……っていうか、なんで男の子同士なんですか……」

「なんでって浅間がいったんじゃねぇかよ! 『いきなり本番だと失敗するから予行練習でズドンするのはどうですか?』って!!」

「言ってません! いえ、言いましたけど!?」

「ズドンを?」

「『ズドン』以外です! 男の子同士っていうのも言ってません!! 撃ち抜きますよトーリ君!?」

 

 言ってはいないが、言っていてもおかしくない言動である。少々ご立腹の浅間は、ほんのり優しさの篭った半眼で見られていることに気付くことはなかった。

 

 

「ま、どの道浅間の案じゃ駄目よ愚弟ぃ。だってこの女、通算で25回予行練習しても踏み出せないんだから!」

「ちょ!? 喜美、貴女何を……!?」

 

 

「はいはい、女子達の井戸端会議はおいておいて。トーリ君、君が発案者を指定したらどうだい? 当事者なんだから。ああ、男限定で僕以外の人でね?」

「? なんで男限定なんだよ?」

「そりゃあ、君、男女の違いだよ。女子のやり方を男がやろうとしたって駄目さ。男には男のやり方がある……そうだろう?」

 

 メガネをキラリと光らせ、その言い切るネシンバラに全員がおお、と関心する。

 

「んじゃあ点蔵! お前回数『だけ』はこなしてんだろ!? どーいう風にしたら良いのか教えてくれよ!」

「だからどうして自分をディスるでござるか!? 全く……しかし、そうでござるな……ここは一つ、手紙作戦などは如何でござろう?」

 

 

 そう言いつつ懐から取り出したのは、何の変哲もない手帳と一本のペン。

 

 

「うっわそういう時こそ忍術とかでアピールしろよなぁ!(手帳とペン? それで何すんだよ?)」

 

 反転言語、点蔵もそろそろ涙目になりそうであった。

 しかし、ツッコミを入れては更にヒートアップすることは明らか。少々手遅れ感は否めないが、今後のツッコミ役に回される可能性もある。

 

 

「(……耐えろ。耐えるでござるよ自分……!) か、簡単な話でござる。前もって伝えることを箇条書きにして、告白する代わりにそれを手紙にして手渡すのでござるよ」

「えっとつまり、これにどうして相手を好きになったのかを書けってことかぁー……むー難しいなー……」

 

 

 珍しく、本当に珍しくトーリが悩んでいる。止水がこっそり空を見上げ、当分は崩れそうにない天気を見て安堵していた。

 

「難しく考えること無いわ愚弟。簡単な話じゃない。アンタの中の、その子のいいところを抜粋すればいいのよ? たとえば――困ったときにはそばにいてくれる。とか、たまに素ですっとぼけるところが可愛い、とか!」

「おお! さすがねーちゃん!! ってかさりげに自己アピールして……まあいいや! そうだなぁ……」

 

 ちらりと、見ていた喜美の視線は、運悪く空を見上げていた止水の視界には収まっていなかった。

 ……それにほんの刹那、困ったように笑う喜美がいたりいなかったり。

 

 

 

「んお、きたきたきた! 『顔がかなり好みで、うまく言葉に出来ない』『しゃがみ込むとインナーがパンツみたいに見えて、美味く言葉に出来ない』『ウェストから下のボディラインが凄すぎて、最早我慢ができない』――できた!!」

 

「「「取り押さえろぉおお!!!」」」

 

「ちょ、なにすんだよてめぇら!!」

 

 全員の脳裏に朝の『武蔵新聞』の一面が浮かび、トーリの顔写真が棒線引きで登場。教導院の、しかも同期から犯罪者など出してなるものか。

 

「すらすら出すぎでござるよ! かなり即物的なものが!! しかも最後のはもう犯罪を匂わせるのはやばいでござるって!」

 

 ツッコミ役就任という危機を感じながらも、全員を代弁してくれた点蔵・クロスユナイトに敬礼。

 ――点蔵、ノリキを筆頭にした近接戦闘系にあっけなく取り押さえられ、ジタバタと暴れるトーリを見て、ウルキアガが一人首をかしげていた。

 

「して、トーリ。拙僧、一つ疑問が浮かんだのだがよいか?」

「うん? どうしたよウッキー。あ、点蔵、ノリキ、離してくんね? 地味にっていうかめっちゃ痛い!」

 

 

 

「貴様、オパーイ県民であろう? 何ゆえ相手のバストに対する言葉がないのだ……!」

 

 

 

 

「「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」」

 

 

 

 全員が息を飲みこみ、言葉をなくす。ノリキ点蔵の両名は戦闘時のような身のこなしで距離を置き――全員も何かしら身構えていた。

 止水は変わらず、空を監視していた。天候の変化ではない。刃物や砲弾の可能性がある。

 

「……いいかウッキー、よく聞けよ?」

 

 

 

 

 おつぱいは

 もんでみないと

 わからない

 

          とおり

 

 

「……」

 

 

 言葉が、出なかった。

 

 

 あまりのバカの、バカらしさに。

 

 そんな弟を見て、さすがに姉として言わなければならないと思ったのだろう。

 

 

「ンフフ、よく恥ずかしげもなく暴露できたわねよくやったわ愚弟! アンタはオパーイに関しては一切の妥協を許せないってわけね!!」

「ああ、こうみえてオレ、真面目だぜ? 局所的に! 首から下鳩尾から上を限定して!!」

 

 

 この姉なのか。それとも弟なのか。どちらにしてどちらありなのだろうか。それは武蔵永遠の謎だろう。だれも解明しようとも思わないだろうが。

 

 

「――止めの字。付き合い最古の友人として、なんかコメントでもあるさね?」

 

「ん? ああ。――今日も武蔵は平和だ、うん」

 

 

 雨にもならない。槍もきっと降ってこない。

 二人はあれで、平常なのだから。

 

 

 

 

「……貴方達は何をやっていますの?」

 

 姉弟はなにやら声高にオパーイオパーイと声高に叫び。大半は苦笑、もしくは我関せず貫き。止水・直政は遠くの空を見てたそがれていて。

 

 

「――いや、本当に何がありましたの?」

 

「何だよネイトじゃねぇか!! お前はオパーイ派か!? チパーイ派か!? ――あっ(察し)」

「ぐっ愚弟!? アンタなんてことを! 永年チパーイのミトツダイラになんてことを!! うまれてこのカタ!! ノーブラを貫いているネイト・ミトツダイラに!!! ぬぅわんてこっとをー♪!!」

 

 

 賢姉さまが絶好調である。

 

 

     ――が……を

 

 

「……直政、離れておいたほうがいい。そこ若干危ない」

「はいよ。……鈴、ほら、アデーレたちもこっちきときな。止めの字の後ろからでるんじゃないよ」

 

 よっこいしょと移動を始める直政に続き、鈴とアデーレ、そしてネンジやイトケン等の非戦闘系も続く。

 

「小生思いますに、チパーイ派ですな」

「御広敷君は保護解除でいいですよねー」

「「「「「Jud」」」」」

「嘘です冗談です!! ご加護を! なにとぞご加護を!!」

 

 

 

「人、がっ!!! 気にしていることをぉぉおおお!!!!!」

 

 

 右腕は砲弾である。踏み込んだ足は地に同心円状の皹を刻みつける。

 

 トーリの顔面を捉えた一撃は凄まじく――先ほど全員が座っていた木製の階段を粉砕し、それでもなお勢いは止まらず。

 

 教導院校舎にトーリがめり込んで、やっと止まった。

 

 

 

「おいおい何だ今のばかでけぇ音は――って階段ぶっ壊れてるし。まぁた梅組か?」

 

 倒壊一歩手前の橋の惨状に苦笑し、その場にいる一同を見回して――教導院の長である酒井が煙管を咥えながら苦笑する。

 

 

「? この面子で、トーリがいないのは珍しいな、まさか、もう告白しに?」

「Jud.総長ならあそこで前衛芸術になろうと頑張ってる最中ですんで、無視しちゃってください」

 

 アデーレが指差した方向を眺め――。

 

 

「うん、頑張れよトーリ。あーミトツダイラ、見送り、ここまででいい。代わりって言い方はどうかと思うんだが……」

 

 

 苦笑を浮かべつつ、酒井が見たのは止水であった。その足元を見て、また苦笑を濃くする。

 

 

「止水、ちょっと三河までついてきてくれねぇか? 三河ボスの松平が、なんかご指名なんだよ、お前さんを」

「……」

「そうあからさまに顔を顰めてくれるなって――っても変な話なんだよ、最悪会えなくてもいい、関所あたりまで来てくれればーってな……当然、拒否権もあるが、どうする?」

 

「Jud. 関所までで、いいなら……」

 

 

 それでも、相当嫌そうな雰囲気のまま。まるで境界線の如くはっきりと別けられた、瓦礫のない地面から瓦礫だらけの地面へと。

 

 その一歩を踏み出した。

 

 

 

***

 

 

 

予想して 予想が外れた

 

 

予想して 何も起きなかった

 

 

 ……予想すら しようともしなかった

 

 

配点《油断》

 

 

 

***

 

 

 

 気まずい。

 

 何が気まずいって、いろいろ気まずい。

 

 

 そしてムカつくことに、その気まずさを感じているのが自分だけということが腹立たしい。

 

「……なんで、お前がここにいる?」

 

 知り合いが聞いても、他人が聞いても、棘だらけにしか聞こえない声と言葉。自分を真ん中に右側を歩く学長も目を丸くし、左側の緋色は――どこか、寂しそうというか、悲しそうというか。

 

 

(ち、違うだろ私!? まずは『服をかけてくれてありがとう』とか、からだろ!?)

 

 

 不機嫌そうな本多 正純は、内心では凄まじく大慌てだ。心の中でライフカードを必死に探し、カードをぶちまけては拾いなおし。

 

 

「えっと、悪い。学長について来いって言われて――その……」

 

「ふん……」

(どんだけ嫌なやつだ私は!?)

 

 

 違うのだ、まずは、ありがとうと言いたいのだ。

 今朝のことも、そして、今までにいろいろと助けてくれたことにも。

 

 

 ただ、それだけなのに。

 

 

 

「……」

 

 

「(――なあ、正純。止水が表に出さないようにしながらしょんぼりしてんだけど、何? お前ら喧嘩でもしてるの?)」

「(ち、違うんです酒井学長! 私は別に怒っているわけではなく――その、は、恥ずかしい、というか)」

「(……何がよ?)」

 

 

 下着を見られたかも知れないことが恥ずかしい。

 

 さて、どう説明しろというのだろうか。

 

 

「(と、とにかくこの状況は私としても大変不本意なんです! なんとかしてください!)」

「(はいはい……)そういや止水。確かお前さん何時だったか三河の近くでやった各国の親善試合に出――」

 

 たことあったよな、と。そう言い切る前に、言葉を閉ざす。

 

 止水が足を止め、顔を必死に逸らし、進行方向にあった三河を視界に入れないようにしていたからだ。

 

 

 

「そういや、さっきもマジで嫌がってたけど……何をされたんだよ三河勢に」

 

 止水に、あの(・・)止水にここまで苦手意識を持たせる何か。

 

 

「……聞かないでくれると、助かる」

 

「わ、分かった……」

 

 ありがとう、と深いため息をつく止水に、二人は互いの顔を見合わせた。

 

 

 

「――そ、そういえばさっきからおかしいとは思いませんか酒井学長!」

「お、おう、なんだ正純!?」

 

「?」

 

 

 止水の気が僅かに三河から逸れた。

 

 

「先ほどから武蔵へ向かう荷ばかりで武蔵からの荷が一切ないのですが! ……一切というより、前後に一台も……」

「――真面目にすれ違うだけだな……積荷になんか問題……は、あるわけねぇな。武蔵さんがそんなミスするとは思えねぇし」

 

 一気に流れを変えようと話題ごと転換し――それが真剣な話となった。

 

「Jud.シロジロもそんなことを言っていたぞ。『三河から』のものはあっても『三河へ』のものがないって――なにか、おかしいのか? それ」

 

「……簡単に説明すると、ありえないんだ。輸入と輸出、この両方があって初めて貿易は成り立つ。片方から一方的に送られるのは貿易じゃない。援助か、あるいは……」

 

 武蔵と、三河。上下はほとんど無い。僅かに合ったとしても、一方的に物資を要求することなどできはしない。

 

 

「武蔵さんが言ってた、『いろいろ起こってる』ってこれのことかね……これのことだけならいいんだが……」

 

 

 

 酒井がつぶやいたその一言の懸念が。

 

 最悪の形になって現われるのは――数時間後のこと。

 

 

 当然それを知らぬ三人は、結果としてギクシャクとした空気が無くなったこと、ただそれに、ほっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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