サバイバル生活は順調に日を数え、仮定している日数の折り返し地点である一週間を超え、十日目。
異国、未体験のサバイバル──などの様々なマイナス要素があるにもかかわらず、百名に満たない一同は見事に順応。忍と刀の二名の手助けを必要とせずとも、今後残り半分もない生存生活は、きっと楽勝だろう。
……とある一人の女性警護隊員が気まずげにした、一報がなければ。
『何事もなく』……そう、言えたかも知れない。
***
「……『のぞき』が出た?」
──聞いた言葉をそのままオウム返しにして、最後に疑問符を添える。聞いた言葉が衝撃だったのか、はたまた何も考えていないのか、見開いた眼はパチパチと瞬いていた。
「Jud. 女衆にはもう大体広まっちまってるさね。まあ、内容が内容だからな──今実質のリーダー格は止めの字と点蔵だろうけど、どっちも男だからね。そいつも軽く相談ってわけにはいかなかったんだろうよ」
そして、同僚である他の女性警護隊員に相談し、特務女子連の耳に入るに至った──らしい。
さらにそして、その相談された者たちから順次広まっていった──らしい。
「『らしい』だらけだなぁ……」
「やかましい。あたしだってほとんど又聞きなんだよ」
そんな会話を交わすのは──川辺に座り込み、手製の釣竿から川面に糸を垂らす止水。そして、その隣に立つ煙管を銜えているだけの直政だ。
食料集めや正純の代理授業がないときは、趣味などに興じて時間をつぶすようにしている。
「ところで止めの字。さっきからアンタ、どーしてこっちを見ないのかねぇ?」
「……いや、俺ほら。釣りしてるシ? だからまぁ、うん」
……現状、衣類の物資支援はゼロなので、文明人として活動するためには着ていた一着を使いまわすしかない。ので、必然的に薄着になる。
男子はそれでも問題ないだろう。上半身裸でもぜんぜん大丈夫、という連中も多い。現に止水の上半身は白い肌着一枚な上に、前をあわせてすらいなかった。
女子も男子同様──とまでは行かなくとも、袖やらのパーツをはずしているので、肩やら腋やら……肌面積はどうして広くなる。当初こそ恥ずかしがっていたようだが、それも次第に慣れていった。
「ほーう? ……人と話すときは目を見て話せ、って教わんなかったかい? ん?」
しかし、現在進行形でなにやらニヤニヤしている直政は、普段から薄着だ。右肩から義腕ということもあり、常日頃左肩も晒すような服を着ている。
それがさらに薄着になる──ということは、だ。
「なあ直政……それ、もうほとんど、その……なんだ。水着ってあれじゃないか……?」
上半身、胸を支える黒帯。首の両側についたハードポイント。
──以上。
……下は普通に着ているためだろうか、上のその露出部分が殊更強調されている。『水着』と表現した止水だが、相当濁しているのは確かだ。
「そうかい? 暑い日の機関部仕事なんざ、大体こんな格好さね。第一、見せて減るようなもんでもないし。なぁ?」
顔をそらし、極力彼女を見ないようにと心がける止水の反応を見て、直政は満足げだ。
──以前抱き寄せられ、いろいろと押し付けていたのに無反応だったときの溜飲が、少しばかり下がった気がした。
「……んなことより、話はその『のぞき』のことさね。なんか心当たりないかい?」
「(んなことって……話変えたの、直政じゃなかったっけ)……って言われてもなぁ。今こうやって聞くまで、何にも知らなかったわけだし──ってかいつの話だよ、その『ノゾキ』が出たってのは」
「昨日の夜、明けるかどうかっていう時間帯だって話さね。あたしは寝入ってたから知らないんだけど、見たやつが言うには女部屋の前に息の荒い『でかいの』がいたってよ」
女部屋の前で息を荒げる者──そんな人物を見たら誰だって怪しむだろう。
止水は、こりゃあマジだなぁ、と苦い顔。釣竿の反応にあげれば、片手では持つに余るだけの大きさの魚が上がる。
──難しい調理などせず、遠火でじっくり塩焼きを……とまで考え、ふと今の直政の言葉を思い返す。
「待った。でかい、の……?」
「Jud.
……で、止めの字。あんた昨日のその時間帯、どこで何してたんさね?」
──直政が来た理由は、報告だけではなかったらしい。なるほど。腰に束ねてある見覚えのありすぎるロープは、そのための物だったようだ。
「……いや、まぁいいけどさ。昨日の夜だろ? 俺寝ず番だったから川原にずっといたぞ? ……証明しろ~ってのは、一人だったから流石にできないけど……」
「ん、Jud. ……悪いね。実は言うほど疑っちゃいないんだ。ただこっちで一番体デカイのっていったら、比べるまでもなく止めの字だろ? 念には念を……ってやつさね」
直政はそう言って、怒りを鎮めているつもりなのか止水の頭をポンポンとはたく。叩かれるままに叩かれ、容疑は晴れたと一安心し──再び川面に糸を垂らした。
そうして、一安心したからだろうか。ふと、いつもなら思いつかないことを思い……いつもなら言葉にしないだろうに、あえて言葉にしてしまった。
「……しかしまぁ、もし本当に覗きに行ったやつがいたとしたら。度胸あるよな、そいつ」
「へぇ、なんでさね?」
「いや、だってさ。直政がいて二代もいて、マルゴットもネイトもいるようなところに覗きに行ったら、まずただじゃ済まないだろ? そうまでしていくかなぁって……」
俺だったら、命令されてもいやだなぁ……と。
──ポンポンと叩かれていた手が止まる。……そして、左右の手が変わる。
「……被疑者『S』、確保。んじゃあ、ご同行願おうかね」
「……あれ? 俺何か地雷踏んだ……? って直政、痛い。マジ痛いそっちの手で米神グリグリはいたいって!」
……釣り上げた魚は、いつの間にかリリースされていたそうな。
***
──「お、俺は無実だぁーッ! メガネをかけてない女子なんてなんの価値もないじゃないかぁー!!」
──「あ"あ"!? てめぇ今何て言ったぁ!? 顔 覚 え た ぞ ! スレンダーなめんなこら! 余計な脂肪そぎ落としてやろうか!?」
──「ババァしかいない場所なんぞ覗きませんよ! なにゆえ小生が捕まらなければならないのですか!? これだから自意識過剰な年増どもはぁ!」
……etc.etc. 以下略でも可。
即席に作られた丸太十字に磔にされた疑わしき数名が、声高に己の無罪を主張している。
己の性へ──失礼。自身の好みを盛大に暴露しており、それを囲む女性陣の視線は冷たいものだ。
──その中で、巨体と重量ゆえに丸太に磔にすることができず、鎖で雁字搦めにされているのが、いつかぶりになる鎖蓑虫の止水だ。
「おーい、止水殿ー。そちらも捕縛組でござるかー?」
「おーう見てのとおりだー。……いや、一度は晴れたんだけどなんか地雷踏んじゃったっぽくてさ……そういう点蔵も容疑者組か」
「Jud. 無実でござるが、アリバイの証明ができなかったでござる。その上、特務女子陣を欺ける隠行ができるということで……」
……お互い苦労するなぁ、と雰囲気だけでシミジミと語り合う。願わくば、これ以上の被害が来ないことを祈りたい。たぶん祈りは届かないだろうが。
「で、一応『アリバイのない』かつ『目撃情報の要素を持つ』男子を捕縛したわけだが……この中にいるのか? その……ノゾキをした者が」
正純にしても、深夜の全員が寝入ってるときにアリバイがそもそもあるのか? との考えもあるが、今はおいておく。
その言葉に対し、槍を立てて──さながら執行人のように在る二代が答えた。
「ひとつ質問で御座るが、のぞきとはそもそも何で御座るか?」
「「「「お前そっからかよ!?」」」」
実は前科持ちだった二代。異性の風呂・厠・寝所に忍び込むという三大覗きはすでにクリアーしている。
そんな幼馴染を見て、近いうちにいろいろと常識を叩き込もうと決めて……磔&鎖縛られ衆を眺めた。
「まあ、二代の話は置いておくとして……この後どうするんだ? こんなことにあんまり長々と時間をかけたくないんだが」
「Jud. 梅組でよくやる一番手っ取り早い方法が『全員有罪』ってやつさね。『疑わしいやつが悪い』って精神で、容疑者全員に厳罰フルコースってな。……人数が多いのは小さな誤差だ──ってのが担任の方針さね」
青空に、キラリと歯を輝かせてサムズアップしているアマゾネスが幻視された。
連帯責任とでも言えばいいのか……完全なトバッチリを幾度となく受けたことのある数名が、目じりにきらりと光る物を浮かばせている。
確かに直政の言うとおりにすればスピード判決となるだろう。しかし、人道的──ではなく、労働力をむやみに削るのは、という大変リアリストな思考の下にその案は却下。
ではどうしようか、となり、各自が意見を言い合った。以下が簡単なダイジェストである。
──テンゾーが犯人でいいと思うよ!
──マルゴット殿! 清々しいまでに私怨でござるなッそれ!?
──全員を蜻蛉切で一斉に割断して、生き残ったら無罪というのはどうで御座る?
──やめたげてよぉ……!
などなど、たださえついていなかった収拾がさらにつかなくなりだしたところで──ふと、直政が、ある人物が気づく。
「──そういえば、ミトのやつどこいったんさね? 今朝から見てないけど」
ミト。ネイト・ミトツダイラ。不思議と響いた直政の言葉に一同が周囲を見渡すが、あの豊かな銀髪ロールを見つけることができない。
そして、ミト……ネイトがいない、という情報がもたらされ……非常に珍しく、止水の思考が早い回転を始める。というより、忘れていたことを思い出した。
「……あ。やばい、かも……」
──ある意味、最悪と呼べるかもしれない、その答えを。
「な、直政。この鎖解いてくれ。早く……ッ!」
「は? 何をいきなり──」
「いいから! 点蔵も縄抜けでそんなの簡単に抜けられるだろ!? 急っ──……」
止水の必死の言葉を、しかしかき消したその『音』。
……ズドンといえば、巫女。
……バコンといえば、姉御。
そ し て 。
ドガァァァアアン!!!!!
と行くのは──銀色の、騎士。
……樹木をなぎ払い、巨石を弾き飛ばし。荒ぶり様を隠そうともせず、彼女は現われた。
「あー、遅かったかー……みんなー逃げろー。いや、本気で、逃げろ……!」
「お、おい止水!? いったいどうなって……あれミトツダイラなのか!? 目がやばいくらいに血走ってるぞ!?」
その息の荒さは、運動によるものではない。これから動くために、全身に酸素を行き渡らせているのだ。
正純の言うように、爛々と血走る金眼が、忙しなく周囲を見渡している。それは数いる獲物のうち『どれにしようか♪』と悩む、獣そのもの。
「オォ……ニィクゥ……!」
「なんとも、理性がギリギリでありそうな、なさそうな呻き声さね……ミトのやつ、ありゃなんかの禁断症状か?」
「Jud. まあ、そんなところ……かな? よくよく考えたら、十日だもんな……相当我慢してたのかもしれない。──やばくなる前に、深夜にこっそり抜け出して狩りでもしようとしてたんじゃないかな」
己を律するように、深呼吸を繰り返せば息を荒げているようにも見えるだろう。
ほんの少し前にかがめばその銀髪が大きく広がり、暗がりではさぞ巨体に見えることだろう。
事の真相はそんな感じで、ひっ捕らえられた男子全員の身の潔白が証明されたところで……。
新たな問題が……体を左右に前後に大きく揺らしながら、タイミングを計りつつ距離をつめてくるネイトだ。
人狼異族とのハーフであるネイトは、獣化こそできないものの、その細身からは考え付かない類稀なる怪力を発揮する──のは周知の事実だろう。
……今回の問題は、その体に流れる人狼の血──狼としての本能が暴れているのだ。
要約すると──。
「早い話、肉が食べたいけれど状況的に我慢して、でも我慢していたんだけど限界を超えた、ってことか……?」
「んなアホな……」
「危ない要素全部抜けばな……ただ、ああなったネイトは……俺たちにも見境なく噛み付いてくるんだよ」
人狼ハーフの、本気の噛みつきでな。
……そして狼は、獲物を定めた。
「ぐるるるるっ♪」
「「「「「い、いま絶対『いただきますっ♪』って言ったっ!!!」」」」」
「な、直政……早っ……ってかなんだこの鎖、すごい硬いっていうかなんか締め付けて……ってお前まさか銀鎖か!?」
ずいぶん綺麗な輝きの鎖だと思っていたが、まさか銀鎖と思いつくはずもなく。そして、『 銀鎖 = ネイト 』という一同の認識も正しく、止水を縛る傍ら、一本の鎖がネイトに向かって飛んでいった。
「ば、番外特務を救えぇ! あの人が真っ先にやられたら後がないぞ!?」
「いやまって! ここは逆に、礎になってもらうのよ! ほら、歯ごたえありそうなお肉たくさんあるから食べ応えMAX! あとは順次いけに……じゃなくて礎を!」
「「「本物の外道がここにいたぞ! そうなったらお前が逝けよ!」」」
救うか生贄か。迷っているうちにも鎖は狼の腕に巻きつき、その怪力によって止水の巨体は吊り上げられていく。
……その光景に、誰もが手遅れか、と手を合わせ十字を切った。
「あー……銀鎖、取引だ。あとで俺の流体好きなだけ『食わせてやる』から、解いてくれないか?」
だが、最悪にいたる直前、空中にて鎖の一部がうねり、器用に『!?』を形作る。
そのまま巻きつきは緩まり──銀鎖全体が脱力するように、地面に緩やかに横たわっていった。
そして開放され、止水は何事もなく地上へ帰還。
「が、がる!?」
「いや、たまに腹(?)空かせて俺のところに来たりしてるからな? 銀鎖のやつ。……結果的に、餌付けみたいなことしてたのかもなぁ……」
そのまま考える。もちろんネイトをどうするか、ということを。
今から山に突撃して、何かしらの肉を確保すれば手っ取り早いのだが……初日の猪以降なぜか獣の姿が見れない。かなり大物でもなければ、今のネイトを鎮めることはできないだろう。
海で肉類を探すのも難しい。というより、海で肉というと愛らしい連中が大半であるため手を出すのは忍びない。
うーん、と唸りながらしばし考えていたのだが、これといって妙案は浮かんでこない。
ので。
「うん……これ無理だな。ってことでみんな……自己責任で生き残ってくれよ?」
投げた。
「「「「「ええぇぇぇぇぇぇ(;゚Д゚)ぇぇぇぇえええ!?」」」」」 ×全
一同は異口同音の絶叫を上げる。……口ではなんだかんだ言いつつも、大体いつもやってくれる止水が丸投げしたのがよほど予想外だったらしい。
しかもその当人はそそくさと無数の刀で全身を隙間なく覆い隠し、繭のようなものを作り上げて自身の安全を確保していた。
……目の前の獲物が消えた飢狼はというと、新たな標的を定め直すように、再度一同を見渡す。
「……ぜ、全員撤退!」
そう指示だけ残して、消えたのは忍者。一応のリーダー格だが、己の命の惜しさの前に形振りなど構っていられないのだろう。
「ちょ、ちょっと待てぇぇ!? これって私が一番まずいんじゃないか!?」
「その言葉、小生たちの現状見ていってやがりますか貧田君! この状態完全に供物ですよ!? だれかヘーループ! 貧しいだけの年増に襲われるなんてイヤーッ!」
親とはぐれた小鹿の正純と、あとは火にかけるだけの丸焼き待ちの御広敷ほか数名。彼らがこの中で一番『狩り易い』面々だろう。
「お、おい! スレンダーの中のスレンダー来たぞ! よかったな! だからお前が先だぞ!?」
「……え? イヤダナァなんのことですか? 僕はグラマーな年上スキーですからええ。お先にどうぞ……!」
「じ、時間稼ぎよろしくぅ! ……奥義! 『未来への
「貴殿らの尊い犠牲、拙者──数日は覚えているで御座る……伸びろ! 蜻蛉切!」
反面、自前の
「ったく……あんたら、頭使いなよ。ようは噛み付けないようにすりゃいいだけさね……!」
そういって、男らしくザバリと……『機械油』を肩からかける直政。慣れている直政は良いとして、嗅覚に優れるネイトにはたまらない。その上、理性がないとはいえ機械油を口に含む気はないようで──早々に直政をターゲットから除外した。
残るは、既に四方に散っている警護隊の面々と、いまだ磔の覗き容疑者(元)の数名。そして、正純だけだ。
「な、なぁ。これ、本気でやばい感じ、か?」
「……小生、絶望情報をお届けします。彼女は骨付き肉をそうとは知らず、骨ごと食べて、それを砕いたそうです」
確かに絶望情報だ、と頬をひくつかせる。ジリジリと距離をつめてくる狼は完全に正純たちをロックオンしていて──いま、飛び掛った……!
「きゃあっ!?
……ぁれ?」
らしくない悲鳴だった、とあとで本人が反省する声を上げたのだが──予想した衝撃というか痛みは一向に来ない。
着地の音は目の前でしている。つまり、ネイトは目の前にいるはずなのだが……。
「……くぅん」
正純を見て、上から下まで何度か眺めて──非常に悲しそうな声を上げる。
「オイ待てお前いまどこ見た? 絶対体の一部を見て判断したろ今!?」
正純の訴えも空しく、どこか責めるような拗ねるような視線を向けてから、ほかの獲物を探す。
すぐ近くに捕まっている連中を品定めし、『違う、こういうのじゃない』と不機嫌になりながら他の獲物を追いかけ、しかし駄目出し。それをずっと繰り返した。
「……理性、失ってるんだよ……な?」
「Jud. 止水君が言うにはそんな感じでしたけども。小生たち的には命拾いしたので万々歳ですよ。
しっかし、何かこだわりでもあるんでしょうかね。自虐ではありませんが、小生が一番危ないと思っていたんですが」
また一人捕まり、悲鳴を上げるのだが、やはり噛み付いたりはしない。匂いを嗅いで、これじゃないと放り投げて次の獲物へ。
……そんな意味不明の鬼ごっこが、日が暮れるまで続いたそうな。
《 おまけ 》
「……そろそろ終わったかな?」
「がる♪」
「……え?」
《 おまけ2 》
「……ミトツダイラのやつ、どうしたんだ? 頭抱えてゴロゴロ転がってたが」
「ん? ああ、止めの字の服剥いて、首筋を噛んでるときに正気に戻ったんだとよ。頬とか胸とかにいろいろ噛み跡つけてたらしいさね」
読了ありがとうございました!