境界線上の守り刀   作:陽紅

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三章 刀、静観の事 【中】

 

 艶のある木製の板の上に、均等に刻まれた墨線の枠。

 それを挟むようにして、二人のオッサンが向かい合っていた。

 

 

「ん――なんとか防いだ、って感じかなぁ。少し危ない場面がいくつかあったけど、まあ及第点でしょ」

 

「――それは、身内贔屓有りきのお話ですかな? それとも……あ、そこ待った、待ったです!」

 

 

 片側、七福神の一角にいそうな好々爺然としたオッサンが、打った直後に盛大に焦る。

 それを待っていたとばかりに、相手たる煙管を咥えたオッサンがニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「だが断る~っと。よっし飛車いただき。んで、身内贔屓? だっけ。んなもんアリアリに決まってるでしょ。俺、これでも身内に激甘って自他ともに分析してるしされてるからね?

 ……奴さんの戦力分析を下方見積もり、そこから来る不透明な慢心、それによって生まれる油断。細かく上げたら切りがないけど……まーなにより」

 

 

 

「――『私情を持ち出し、最大戦力を出し渋った』――で、あるな。酒井学長」

 

 

 

 そこに、さらにオッサンが+1。

 

 もうお分かりだろうが、酒井 忠次と小西商人。そして、麻呂……失礼、武蔵王ヨシナオだ。

 たまたま通りがかった、にしては足取りはピタリと二人の下で止まる。どうやら酒井を探していたようだ。

 

 

 ……盤上の戦局を一瞥し、ここから起こりうるだろう動きのいくつかを思い浮かべ――どちらにしろ商人に勝ち目はないと確信して、嘆息する。

 

 

「『出すタイミングを見定めていた』ってんならまだ良かったんだけど……あれは、まあ、違うでしょ。トーリの馬鹿で有耶無耶になってるかもしれないけど、あそこで実際王手かけられてたしね。

 それに、要所要所で『無しで』って決めてた止水が手出してたし。

 

 しっかし……いいよなぁ、アイツら。守り刀の一族を陣営に組めるとか、羨ましいにも程が有るぜ」

 

 

 あの時にいたら、いや、あの時にもいてくれたなら――と、思い出のページが際限なく捲られ、そして同時に特定の人物に対する怒りが再燃してきた。誰、と個人名を挙げはしない。ただ、事ある毎によく割断していた人物であるとだけお伝えしよう。

 

 

 ……おじさんの皺が心なしか深くなったようにも見えた。

 

 

「ふむ……彼の一族とは、それ程までに強力なのであるか? 三河以降、少なくない文献を漁って調べたのであるが――」

 

 

ヨシナオの渋面を見る限り、その結果は芳しくなかったらしい。

 単語くらいは、と思ってはいたが、武蔵にある『守り刀の一族』に関する情報は、この十数年のもの……つまり、止水に関するものしかない。

 

 

 

「まあ、出ないだろうねぇ、まず絶対に。……世界に呪われてるのかってくらい、文章で書き記した物とかは、事故やら事件で燃えたりなんだりして読めなくなったりしてるらしいから。

 ――人伝、まあ口伝か。そういうので伝わったことか、アイツ自身の言葉で教えてもらうくらいしか守り刀の一族について知る方法はないはずで、っと。……まあ、かく言う俺も、紫華さんのお袋さん――止水のお祖母さんに会うまで伝説とか御伽噺とか、そういうものの類だと思ってたからなぁ」

 

 

 深くなった皺が、今度は浅くなる。

 

 ――懐かしいなぁ、と呟いている辺り、今度も何かを思い出しているのだろう。

 

 

「なるほど。そのような――む……? 待ちたまえ。酒井学長は確か、10年前に武蔵に来たのではなかったかね?」

 

 

 止水の母……紫華が亡くなったのが、情報が正しければおよそ14年前のことだ。ならば、止水の母にしろ祖母にしろ、武蔵にいたという二人に直接会うことは無かったのでは? という、率直な疑問が浮かぶ。

 

 その疑問に対し、酒井は後頭部を掻いた。――昔の話、それも、自分の若いころの話をするのは気恥ずかしいのだろう。

 

 

「あーその……俺、三河にいたときから、っていうか学生のときからなんだよ。俺が三河に転校してからだから……初等部の終わりくらいのときからか。お祖母さんの方に何度か世話んなったんだ。

 

 ……このお祖母さんが激強いくせに、すっごい美人でさ? 母親見て『くそっ、もっと早く産まれてれば!』ってなって、娘見て『チクショウ! あとウン十年遅く産まれてれば……!』って、思わされたもんだよ。

 

 ……あー、でも――よくよく考えたら、どっちにもダンナがいるってことなんだよなぁ……はぁ」

 

 

 老いたり若々しくなったり、そしてまた急激に老けたりと……なんとも年季の忙しいおじ様である。

 

 

「……俺も、武蔵に教導院が出来たときに転入できてればなぁ……当時は『多国籍・多種族を幅広く』って感じで――ハイ王手」

 

「あびゃー……あの……負けるのは分かりきってたんですが、話の片手間でトドメささないでくれませんか?」

 

「はぁ――まだ良いじゃない。俺なんか、だっちゃんとかと一緒に奇襲しかけたのに一瞥もされないで星にされたんだからよ。しかもその直後の言葉が『誰にやられたの!?』だぜ?

 ……ああやばい、なんかいろいろ思い出してきた……」

 

 

 どんよりした何かを背後に、背を丸める酒井。

 

 蘇って来るのは、淡く、どこかほろ苦い黒歴史(思い出)たちだ。

 

 

(うん――時効時効、アレもコレも時効! っていうか覚えてる奴なんかいないんだから大丈夫大丈夫。若かったんだよ俺もウン)

 

 

 と、遠い目で小さく呟き出した酒井を若干哀れみながらも、ヨシナオは唸っていた。

 

 

 

 歴史に記されず。

 

 

 それはつまり……人が語るのをやめるだけで、存在していたことさえ忘れ去られてしまう。それほどに、儚いとさえ言えるその一族の在り方。

 

 ヨシナオが知る守り刀は当代の止水一人きりだが――彼の気質が一族生来のものだと考えるなら、その一族の歴史には多くの、そして様々な偉業があったはずだ。

 

 

(まさしく――松平 元信公の言葉、その通りに)

 

 

 重奏統合争乱。守り刀の一族が、止水の直系祖先を残して絶えた、事変だ。

 

 あの故人の言葉の全てが歴史の真実を語っているのなら、彼らは紛う事なき『英雄』であろうとヨシナオは考える。

 

 そして同時に、最大の『被害者』でもあると。

 

 

 

 謝罪で済む話でも、賠償で済む話でもない。

 

 償いようがないのだ。200年近い年月を経た今、どこの誰にも、そして彼にも、そんな意識はないだろう。

 

 

 

「……。結局、何も出来ぬ……か――歯痒いであるな。それも、この上なく」

 

 

「ははは。まぁ、なんだかんだでしっかりしてるからねぇ、止水の奴は。……実は俺さ、紫華さんが亡くなったちょっと後くらいに、俺が後見人になろうかー、って話を、それとなくアイツにしたんだよ」

 

「ほほう。それはまた、荒れそうな新事実ですなぁ……」

 

「いやいや、中等部上がるまでは結構多かったみたいよ? 後見人や養子とかの誘い。……まあ結局、"迷惑かけられない" って即断られたんだけど」

 

 

 煙管を吹かし――意図しているのかしていないのか。止水たちを乗せているであろう輸送艦がある方角を見上げる。

 

 

 ……あの日、いまでこそ馬鹿デカイが、当時の止水は、酒井の腰にすら届かない―― 一見して、どこにでもいる幼子でしかなかった。

 

 それもたった四歳。母親という存在が世界の全てと言ってもおかしくない幼さだ。その母親を喪った事実は、つまり世界の崩壊にも等しい衝撃だったろう。特に、その母が唯一の肉親であったなら、なおさらに。

 

 

 ――だというのに、止水は一人で立って見せた。

 

 常にあっただろう周りの大人たちの手助けは最低限に、14年。今では『守り刀の一族』の名を、見事に背負っているではないか。

 

 

 

(……見破られてた、のかねぇ。あの二人の血を引くお前に――"親父"って呼んでほしかった、なんて……俺の馬鹿な考えを、さ)

 

 

 酒井は、苦笑を浮かべる。

 

 

 

 何時からだろう。

 

 止水の身長が自分に並び、そして程なく超えていったのは。

 

 

 何時からだろう。

 

 止水の後姿に彼の祖母や母を重ねることがなくなり――今この時、"何故自分は現役ではないのか" と苦笑と共に思うようになったのは。

 

 

 

 ――見上げた空、吐き出した紫煙は風に巻かれ――重力航行の展開が解除されていくのが見える。

 惰性航行でも相当な速度がある、とは総艦長たる武蔵の主張だったから、英国の領海に近づいているのだろう。

 

 

 

 

「――英国、か。時期的にちょいと慌しいかなぁ……一波乱くらいで済めばいいけど」

 

「であるな。 む……ふむ。言ったそばから来るであるか……さて、我々も我々が出来ることを、果たしに行くとするのである。……過去はどうにも出来ぬかもしれぬが、かといってこれからに何もせぬというのは、流石に格好が付かんだろう?」

 

 

 

 了解を示す『Jud.』の応答を最後にし――そこには、投了を迎えた盤上が一枚、ただ残されるだけであった。

 

 

 

 

 

 

「……し、しまった。出損ねた……!」

 

 

 

 訂正。

 

 出遅れたパパが、そこにぽつんと、残っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……前方に艦影補足、数一。英国の所属艦と思われます。総長連合ならび、生徒会の役員の皆様方は、対応のほどを。――――以上。」

 

 

 前に落ちていた武蔵が、その落下速度を少しずつ落としていく。高速で流れていった雲群はその足を緩め――それを狙うかのように、武蔵の声が全艦へと響いた。

 

 

『おいおい向こうからのお出迎えかよ待遇いいな! ……ってかあれ? 武蔵って英国に向かってたのかよ』

 

『……えっと、トーリ? とりあえずさ、今すぐ謝っといたほうがいいぞ? 正純が静かに激怒して……まさずみ!? それダメ!』

 

 

『HA☆NA☆SE!!』

 

 

 

 ……砂嵐を最後に途絶えた通神に、どこかしみじみとしだしたネシンバラ。

 『村山』より『武蔵野』へ全域指揮の為に駆け、一難去ってまた一難を現在進行形で体感中である。

 

 

「う~ん……ヅカ本多君も染まってきたなぁ……『 悲嘆の怠惰 』をハリセン代わりに使うのか」

 

「Jud. 武蔵に来られて間もない頃よりも、笑みを浮かべることが多くなっていますが。――――以上。ところで、ネシンバラ様、英国艦はどうするおつもりで? ――――以上。」

 

「向こうの声明次第、だよ。……葵君の楽観通り、歓迎ならこのまま減速――は、距離的に無理だから英国の周回軌道に入って減速しつつ、向こうの歓待を受けよう。まぁもっとも――」

 

 

 『楽観』というあたり、ネシンバラもそれは毛ほども期待していないのだろう。武蔵も幾度かシミュレートし、今の武蔵の状況と、全く同じ現状の他国が向かってきたなら、まず接近を許しはしない。

 

 

 

 

 ――だからこそ、『常識的に判断した上での指示』がほしいというのに、この眼鏡は。

 

 

 

 

 ――『こちらは英国オクスフォード教導院所属艦、 "グラニュエール"……私は艦長のグレイス・オマリだ。 ……無駄話をするつもりはないので、率直に用件だけ言わせてもらおう』

 

 

 そして響いてくる女の声。しかも、鋭く、重いといった装飾語が付きそうな――どう考えても歓迎という雰囲気の声ではない。

 

 

 ――『極東・武蔵は現時点をもって、武装の解除のち()()()()せよ! なお、これは警告であり、命令である!』

 

 

 まだかなりの速度で進む武蔵の周囲を、一定の距離を維持したまま周回する英国艦グラニュエール。

 ……一体、武蔵の何人が気付けただろう。相手が淡々と行ったそれが、どれだけ難易度の高い航行であるか。そして、それを指揮するオマリの、船乗りとしての技量がいかに高いかを。

 

 

 武蔵は英国艦影を、センサーなどを使わずに、己の眼で直接追う。――即座停止、それが『無理』だとわかりきってオマリは命令しているのだ。

 

 重力航行は速度こそ誇るが、誇るが故に船体にかかる負荷は、通常航行の数倍を軽く超える。――今も智を筆頭にした巫女達が各所の歪みを禊いでくれているが……即座停止などしたら空中分解してもなんらおかしくはない。

 

 

 猶予のつもりだろうか、グラニュエールは武蔵の周囲を、反時計回りに丁度一周する。その間に、武装状態のまま云々、武蔵英国間の協調はない云々――正論たる理を重ねていく。

 

 

 

 ……そして。

 

 それをもって、英国は『警告はした』という不動の大義を作り上げた。

 

 

 

――『(やぁれやれ……まだ青い、か)――いいだろう。そちらが "止まらぬ" というのなら、英国は、実力を持って貴艦を停止させてもらう!!』

 

 

 右舷前方。『品川』の目の前でグラニュエールは回頭し、オマリの言う実力を武蔵へと乗り込ませる。

 

 数は四。それ以上はない。グラニュエールも距離を取るように武蔵から離れた。

 

 

「破壊工作員でしょうか。――――以上。」

 

「それならどれだけ楽だったろうね……ッ! 動ける人……今武蔵に残っている役職持ちは全員『品川』に向かってくれ! 一番近い人は!?」

 

 

 ネシンバラが、梅組全員に対してコールをかける。

 

 各々が各所で作業をしていたのは知っていたが、誰がどこで、とまでは把握していない。

 

 

『こちらマルガ・ナルゼよ。 狙ったわけじゃないんだけど、今丁度『品川』にいるわ。 それより……無賃乗船してきた相手ってもしかして』

 

「Jud. 多分君のご想像の通りだよ……英国の役職持ち――いや、こういったほうが正しいのかな。トランプ――相手は英国の、『女王の盾符(トランプ)』だ。

 ……輸送艦にいる人たちがこっちに来ることは可能かい?」

 

「……かなり危険かと。重力航行直後で、未だ力場が安定しきっていません。――――以上。」

 

 

 最悪、錐揉みになり弾き飛ばされる――と武蔵が付け加える。時間をかければ牽引帯を伝ってこれるだろうが、それでは時間が掛かり過ぎる。

 

 

「はぁ、きっついなぁ。……戦闘系メインの役職持ちの殆どがあっちだなんて」

 

 

 副長の本多 二代を始め、特務勢で上げればの点蔵、マルゴット、直政、ネイト。――そして、止水。

 その上、決して少なくない三河警護隊の面々も、あちらで立ち往生している。現状、武蔵の戦力は大幅にダウンしていると言えた。

 

 

「――武蔵さん。武蔵をこの惰性航行のまま、英国の周りを周回するようにして減速してくれるかい?」

 

 

 頭を掻き、ため息を滲ませながらも、ネシンバラは進む。首を鳴らし、肩を回し――さながら徹夜明けの作家が、気分転換に散歩にでも行くような気楽さで。

 

 

「Jud. 了解いたしました。――あまり無理はなさいませぬよう」

 

「はは。それこそJud. それじゃあ、『大怪我しない程度』に、資料集めにいきますかねっと。―― ≪その風は彼の者を包み、風の後押しを受けて彼は()く翔ける疾風となった≫ 」

 

 

 ネシンバラが何かの術式を体に纏い、ついで、明らかに自然のものではない、下から巻き上げるような風が彼の周りでうねりを上げる。

 

 

 ――ちなみに。

 

 そんな、『巻き上げるような風』を生じさせる術式を侍女服、つまりはスカートである武蔵の傍で行えば、どうなるだろうか。

 

 答えは至って簡単で、当然のように捲れ上がる。そして、武蔵がそんな醜態を曝すわけも、また当然にして無い。

 

 

 ……のだが、やや屈むようにして膝の前後を押さえる『完璧防御(パーフェクトガード) 』 の体勢になるまで……小さくない焦りがあったことをここに明記しよう。

 

 

 

 ――無表情ながらも、どこか批難を滲ませた視線を背に、ネシンバラは戦場へと向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ゆ、ゆるしてミリアム! 何が悪かったのかわからないけど、と、とにかく余が悪かったから! ね!?」

 

「へぇ? へぇ~!? わからないんだ? わ か ら な い ん だ っ ! ? そんな事言って言い逃れが出来るって思ってるの貴方!? い、いきなりあんな、その……」

 

『まま……せっく 「じしゅきせいぃ!!」 ……?』

 

「お、おちついて! ね? ……そ、そうだよ! 余たちだけじゃ不安なら止水君も一緒に――……」

 

「は、はぁ!? なにぶっ飛んだこと言ってるのよ貴方!? ししししし止水兄さんがそんなことするわけなななないでしょ!? だ、大体貴方何でも止水兄さんに頼ろうとして……そ、それに、初めてが三人とかってちーがーうーのーッ! そういう話じゃなくって!?」

 

「み、ミリアム!? だ、大丈夫だよ! 余も頑張るから、ね!?」

 

『……ぱぱとおじちゃんが、がんばるの?』

 

 

 

 

「…………………………………………………………」

 

 

 

 

「……み、ミリアム? あ、あの、今()()が切れる音、が……と、とにかく早く余とセック」

 

「っ! チェリオォォォオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

***

 

 

「フフ、流石ね、東……! 狙ったフラグって大抵失敗モノなんだけど、キチンとこなすなんてやるじゃない……ッ!

 ……そこに痺れもしないし、憧れもしないけど」

 

「あ、貴女いきなり何を言い出すのよ……!?」

 

 

 問われた言葉に対して、なんでもないわよ、とナルゼは嘲るような笑みを相手に返す。

 

 

 ――ネシンバラからの報告で、やってきた相手の所属はわかっている。

 

 だからこそ、『 その中で誰が来るのか 』という予測を、ナルゼは道中にしていたのだが。

 

 

(あーもう……最悪、って口汚く世界の不条理を叫びたいわね)

 

 

 四人はそれぞれ非常に個性が強く、『個性的』を濃縮して更に煮詰めているアリアダスト教導院、三年梅組の中にいても埋もれることはないだろう。

 

 

 一人目は女。肉と潤いを、年単位でどこかへ置き去りにしたかのように痩せている。さらに英国式の女子制服を縛り付けるように締めているので、尚細く見える。何故か厚化粧。

 

 二人目も女。一人目とは真逆で、構造上人として必ずあるはずのくびれている部分が全く無い卵形。英国制服が殻に見えて、余計に卵に見えてならない。

 

 三人目は男。浅黒い肌、日焼けなどではない生来的なものであるそれは、多種多様な種族が多い武蔵でもあまり見かけない。しかしその肌の色よりも、英国の男子制服をかなり改造しているらしく、タンクトップ系タイツという――あれだ。かなり個性的な格好をしている。

 

 四人目は女。引き摺るような白衣と、櫛を久しく通していないような髪を無造作に結い――長寿族なのだろうか、長い耳を保護するガードがそこから突き出している。片手に紙袋を提げ……先ほどからずっと本を読んでいる。

 

 

 

「女子三人はいいとして……それ、なに? 変態なの?」

 

「ひひ否定はしないわ。み身内の恥を曝すようであれだけど」

 

「Maaate!? そこは否定しよう! そしてその発言だと私が英国の恥部になっている! 紳士淑女的にイジメはダメだ! そっちのYouも『それ』扱いはいただけない! せめて "そちら" と!」

 

 

 ――猛る それ に骨子 (仮称byナルゼ) とナルゼが冷めた視線を送り、玉子 (仮称byナルゼ) が疑問符を浮かべている。……読書タイムはゆるぎなく、一瞥すら向けなかった。

 

 

「はんっ! なんにせよ、挨拶も名乗りも無しに無賃乗船してくる連中なんかお呼びじゃないわ。Werden Sie früh zurückkehren(早く帰ってくれませんか)?」

 

 

 もちろん、ドイツ語で言ったのは嫌がらせだ。意味が理解できずに呆けたなら鼻で笑ってやろうとしたのだが……少なくとも半分の二人には理解されているようだ。

 

 黒人の男が場を仕切りなおすように咳を一つ。そして、笑みを浮かべた。

 

 

「やれやれ……そうは行かないのだよ、You' 私たちにも役目があるのでね。しかし名乗りが必要ならば、遅ればせながら――。

 ……英国がオクスフォード教導院、『女王の盾符(トランプ)』の " 9 "。ベン・ジョンソンだ。お見知りおきを頼むよ?」

 

「おお同じく『女王の盾符(トランプ)』 " 10 "の一人、ロバート・ダッドリーよ? よよよよろしくしなくてもいいわ」

 

「てんのひとりー、ういりあむ・せしるー。よろしく――……おかねはらったほうがいいのー?」

 

 

 特徴しかない三人が、これまた特徴に満ち溢れた名乗りを終わらせる。

 

 そしてまぁ……場の流れのままであったなら、四人全員が名乗り上げて、そこから、四対一という武蔵側のナルゼにとって、圧倒的に不利な状況の戦闘が開始――と、なるのだろう。

 

 

「…………」

 

「「「「…………」」」」

 

 

 じぃ、っと見つめる四人の視線にも特に反応することなく、読書を続行。ジョンソンの咳払いに億劫そうに周囲を見渡して、やっと自分に注目が集っていることに気付いた。

 

 

「……ん、もしかしてボク待ちなのかな? この空気は」

 

「ええ、まあ、そんな感じよ。――もっとも名乗ってもらわなくても、今一番英国で売れている作家を知らない文系業者はいないわ」

 

 

 小柄で華奢、そして眼鏡。

 荒事とは対極の位置にいるような見た目だが……彼女の名が、そして立場が。それをさせない。

 

 

 ――トマス・『シェイクスピア』。

 

 

 おそらく歴史上にて、もっとも有名であろう詩人の名。それを、驕ることなく、誇ることすらせず襲名した者。そして、『女王の盾符(トランプ)』の 『 6 』を預かる役職者……それが、彼女だ。

 

 

 

「Tes. そういうそちらは、マルガ・ナルゼさん、だよね? 君の作品は全部読ませてもらってるよ。『浅間様が射てる』の全巻はもちろん、他の非売作品もね」

 

 

 読んでいた本に栞を挟み、閉じる。しかししまうことはせずに、シェイクスピアは言葉を紡いだ。

 

 

 ……書き手であり、しかし同時に読み手でもあるシェイクスピアにとって、他の作者に直接会うということはあまりない。他国ともなればその上更に、だ。

 

 そして、あまりないからこそ、言葉を交わしたいと思うのも、ある意味当然の感情なのだろう。

 

 

 作品の感想や、指摘。数にして数えれば、それこそ山のように。

 

 

「……ねぇ、前から気になったんだけど、商業目的と趣味重視でだいぶ趣きが違うのは何故だい?」

 

「は……?」

 

 

 突発過ぎる問いに、緊張感の抜けた素で返してしまうナルゼ。それを気にするでもなく意見感想は続いた。

 

 

「うん。君が公的に売りに出している作品って、殆どが同姓同士の逢瀬なんだけど……多分趣味で描いている方かな? こっちは異性同士の逢瀬なんだけど――必ず女性のほうが多いよね。でも多いのに、一人しかいない男性のほうはそれを余裕で受け止めてる――シリーズ通してその構図は変わらない……浅間様が射てるの二人も出てたよね確か」

 

 

 淡々と述べていくシェイクスピアに、ナルゼは背筋に嫌な汗が流れるのを感じていた。

 

 『浅射て』はわかる。同姓同士が絡んでいる同人も、いくつか売りに出した記憶もある。

 しかし、趣味で描いたほう。それを、何故他国に住んでいる彼女が知っているのか。

 

 

『ちょ、ちょーっとナルゼ!? ま、まさかあれですか? 『アレ』が出回っちゃってるんですか!? だから私言ったじゃないですか燃やしてくださいねって!!』

 

「――自分の作品を燃やすなんて出来るわけないじゃない。どこにしまったか忘れちゃったけど。掃除か何かの拍子に古本回収されて、ソレが巡って……ってとこかしら?」

 

「Tes.多分そうだろうね。数冊は何とか入手できたんだけど、ナンバーがいくつか歯抜けだから。だから、とても気になっているんだよ……君が本気で描こうとしているモノ」

 

 

 

 ――だから。

 

 

 

「さぁ、時間稼ぎはこれくらいでいいかい? 僭越ながら、開幕を告げるよ。武蔵にある蔵書を、早く読み漁りたいからね」

 

 

 

 シェイクスピアの告げる、時間稼ぎの言葉の、その意味に。

 

 

 ……気付いていない、わけではなかった。

 

 

 

 

 ジョンソンがため息をつきながら、爪先や踵を鳴らす準備運動にもならない予備動作に術式を仕込ませていたことも。

 

 ダッドリーが服を直す振りをして、左手を後ろに隠して『何か』を空間術式で取り出していたことも。

 

 セシルが、その体型からだとおおよそ考えられない状態――つまり宙に浮きあがった。それが、術式発動の撃鉄を起こすための儀式なのだということも。

 

 

 何気ない動作だったろう。特にセシルは、紙数枚分程度の上昇でしかなかったのだ。二人の動きの意図に気付けなかったら、きっと見逃していたに違いない。

 

 

 

「時間がほしいのはこっちも同じよ。むしろありがたいくらい。……そうね、そっちが開幕を告げるなら、私が演目の題名を言おうかしら」

 

 

 

 『 時間を稼ぎ、そして完全準備の不意の一撃で即座に終わらせる 』……その策を考えたのは確実を求めたジョンソンか、それとも事を急がすクセのあるダッドリーか、そのどちらかだろう。

 

 だが、その準備のためにシェイクスピアが語りで作った時間は、ナルゼにも等しく与えられていたわけで……。

 

 

 

「――【最初っからクライマックス】!!  Herrlich(ヘルリッヒ)!!」

 

 

 極東特有の末広がりの長い袖。そこに隠すように展開した収納術式から取り出した大量の試験管やフラスコを、ばら撒くようにして放つ。

 

 

 

 ――盛大な爆音が、品川から武蔵全域に轟き響いた。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

コレまでのお話を加筆修正していますので、少々お時間をいただいております。

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