境界線上の守り刀   作:陽紅

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 上手く反映されていれば、あとがきにて止水(配刀解除ver)のラフ画が表示されます。

 あくまで、大体こんなかんじかな? くらいですので、「イメージと違う!」という方は、どうかイメージのほうを大切にしていただければ嬉しいです。




三章 刀、静観の事 【上】

 例え、の話をしよう。

 

 例えば――ずっと離れ離れであった想い人と、やっとの再会を果たして数日。これからたくさんの思い出を作るのだと想っていた矢先に……その人が力なく、横たわっている――としたら、貴方はどうするだろうか。

 

 何があったのか、理解ができない。

 

 

 ……理解が出来ないから、解決したくとも、しようがない。

 

 

 

「ホライゾンッ!?」

 

 

 それは――トーリが、惚れた人の名前。これから一緒に、平行線にあり続けながら、境界線上へ行こうと約束した大切な人。

 

 彼女は倒れ、しかし床に激突する前に正純に抱き止められたのだろう。近くにいる直政やネイトは傍で心配そうに立ち、その四人より船尾側に立つ止水と二代も、三征西班牙(トレス・エスパニア)の追撃を警戒しながらもホライゾンへと意識を向けていた。

 

 そんな中に、トーリが駆けてくる。

 

 普段の、この世の法やいろいろなものに喧嘩を売っているような態度はどこにも無く、彼女の名を呼ぶ声は心配一色だ。それが珍しいだけに、駆けつけるトーリを一同で見て――。

 

 

 

 

 ――ホライゾンが静かに瞼を開き、そちらを見た。気だるそうな動きで上体を起こし――それを見てホッと安堵するトーリに向け……。

 

 

 

 

 

 

 ……拳撃を、放った。

 

 

 

 ――軟らかい、【 名状しがたい何か 】をぷちっとする音が、また聞こえた。

 

 

 

 

「――――…………」

 

「ふぅ……服を着なさいと命令します。お願いではありません。命令です。お腹を冷やしては大変でしょう」

 

 

 

 ……さて、ここで一つ『どうでもいい情報』をお伝えしよう。

 

 ホライゾンがまだPー01sという自動人形であった、約一年間。トーリが "ホライゾンだ" と確信したのは、長く見ても一月前のことだ。反面、止水は武蔵に来たその時に確信しているのである。

 

 つまり、止水はトーリに先んじて、Pー01sではなくホライゾンとして彼女に接してきたわけなのだ。

 会話然り、日々のやりとり然り。たった一年だが、それでも一年もあるその差は……まあ、ある面からアドバンテージと思われる事柄だろう。

 

 

 その日々のやりとりで、ホライゾンが強化されてしまったものが、少なくとも一つある。

 

 

 ――寝坊をさせまいと、長い階段の最上部付近から突き落としたり。

 

 ――やりようが無いからと言って投擲物扱いされた仕返しに、渾身の拳を鳩尾に叩き込んだり。

 

 

 ……もう、お分かりだろう。

 ホライゾンの(物理)攻撃力は、相当な上方修正がかかっているのだ……!

 

 もちろん、筋力は自動人形のスペック上のものでしかない。踏み込みや拳の回転。インパクト時に "めり込ませる" などのテクニカル面の学習だ。

 

 

 そんな、決して侮ってはいけない一撃をノーガードコカーンにぶち込まれたトーリの衝撃は筆舌にしがたい。

 顔色は青く、そして白く。更にだんだんと土気色に変化していく。顎がカクカクと震えているのは常時として。

 

 

「ぼ、ボケ術式、をッ、超えてきた、だと……ッ!?」

 

「なるほど、注意誤差には無反応なのですね。……これからはこの手で行きましょう」

 

「ひぃッ!? だ、ダム……? もしも、もしもだぜ? ……俺が女の子になったら、その、もらってくれっか……?」

 

 

 ……その言葉を聞いてか、それとも警戒を解除してもいいと判断したのか……そのダム侍の肩が、ガクリと下がった。

 

 隣に立つ二代が、なにやら男二人(片方尊厳のピンチ)を交互に見て驚いた顔をしている。

 

 

「なんと……! これが『ぷろぽーず』でござるか!?」

 

「「「んなわけあるかあッ!」」」

 

「Jud.コレがお昼に性懲りも無く放送されているドラマにある『三角関係』というものですか。ですが、しばらく二角関係でお願いします。

 ――それでは皆様、Good night(ぐっない)

 

 

 言葉の終わりか、サムズアップの終わりにか。ホライゾンの瞼が閉じる。眠ったことで脱力したからか、慌てて正純が抱えなおしていた。

 

 

「く、クックック……! 行動の一切に予想がつかねぇ……なんて女だホライゾン! 流石だな! ――ちょっと誰か、腰叩いて、軽く。お願い」

 

「あの、我が王? 意味がわかりませんわよ? あと服を着るべきかと。……人として、ええ」

 

 

 腰叩きに関して、ネイトは全力でスルーした。それを薄情と見るか賢明と見るかは各人の自由だが、間違っていないと心からネイトは思っている。

 

 

「……かといって、この輸送艦に都合よく代えの服が在るわけが無いしな。とりあえず――あ、直政、まだあるか?」

 

「ん? ……ああ、なるほど。あるよ、たんまりと」

 

 

 正純の主語を欠いた要求だが、その視線の先を見ることで何を求めているのか、直政は判断できたのだろう。

 

 

 

「――お、おいおい直政! おめぇいまどっからそれ出したんだよ!? ……セージュン? セージュンさん? "よし" っておめぇ何がよしなんだYO!? "まて" 俺されてない……ッ?

 

 お、落ち着こうぜ? な? なっ!? そんなんじゃ入らないって、待とうZE! いやほんと、冗談抜きでっ!

 

 

 

 

 いや、ちょっ、まっ……ア――っ!?」

 

 

 

***

 

 

「キュピーン――はっ!?」

 

「……あの、喜美? なんですか今のわかりやすい覚醒の音は」

 

「知りたい? ねぇ知りたい? 本当に知りたい? ――クフフ♪」

 

「なんでそんなテンション高め……あ! それより喜美! さっきの発言はなんですか!? 規制が入ったから良かったものの……ちょっとそこに正座! お説教です!」

 

「ンフフ来たわよ久々のカーチャン巫女がっ! さては盛大にズドンできたからご機嫌ね!? あっ、やん! ちょっと優しくしてよねもう!」

 

 

***

 

 

「なあ正純……何で俺も正座?」

 

「教員団【スパルタさん】をはじめとした連盟からの要請だ。なんだお前これ! 真面目に "数日絶対安静が必要――いやほんとマジで" って診断されてるじゃないか! 

 ――まあ、その、確かに助かったが……これ以上はダメだ。現状が落ち着くまでそこで大人しくしていろ……いいな?」

 

 

「ぬぅ――Jud.」

 

 

 止水は言い返そうとしたが、見上げた先でうんうん頷く直政とネイト、そして一歩も譲らんとしている正純を見て了承する。

 

 

「やーい叱られてやんのー!」

 

「うるさい黙れ馬鹿」

 

「お、温度差激しいなおい!? ってかセージュン! なんだよこれ『裸リード』って!? こういうネタはネイトの分野だろ!?」

 

「……ち、違いますわよ!? わたくしにそんな趣味は……? あの、二人とも? 今の頷きはなんですの? 違いますわよ? 人前で裸になる趣味なんてありませんわよ?」

 

「「「リードはいいんだ……」」」

 

 

 否定するべきことが間違っているわけではない。ただ少し、まるっと一つ分ほど足りなかっただけだ。

 三人の静かな指摘に、しまった、とまた顔を赤くするネイト。

 

 

「それに、俺のリードは繋がれてるのにダムのリードは何でセージュンが持ったままなんだよ? あれか? お持ち帰りすんのか? しちゃうのか!?」

 

「は、はあ!? 何で私がそんなこと、を……」

 

 

 ――幾度となく空腹で倒れて、自宅まで真面目にお持ち帰られている正純が、少なくないダメージを受けているとはトーリも思うまい。

 

 

「……? 正純?」

 

「ンン! ……お前と止水なら、立場上トップのお前の身の安全を真っ先に考えないといけない。それなら、動き回られるより一箇所に固定したほうが対処しやすいんだ」

 

 

 正純の言葉は、もっともらしい正論だ。他教導院の学生や他国の住民が聞いたら、誰もが納得するだろう正論。

 

 ――武蔵の住民が、そんなお綺麗な正論如きで納得などしようはずもない。

 

 

「で、本音は?」

 

「作業の邪魔だ。動くな。大人しくしてろ」

 

 

 『 (´・ω・`) 』と表示された通神を顔面の前に出すトーリを無視し、腕に抱いたホライゾンを見る。

 呼吸は浅く、長い。それも穏やかで――自動人形も同じかどうかはわからないが、ただ眠っているようにしか見えない。

 

 …… "大罪武装の影響を受けた後" と "いきなり倒れるように" という二つの前段階が無ければ、ただ眠っているだけ、と判断できただろう。

 

 

「あ、いたいた。セージュン? いまんとこ、この輸送艦に乗ってる人たちの所属の確認とか終わったよー。……ケガ人も少し居たみたいけど、軽傷超えない感じで、処置とかは全部済んでるみたいだよん」

 

「こちらもでござる。この艦の破損状況云々の確認、終わったでござるよ。――おそらく、乗り上げた時でござろうな。船尾底に亀裂が走ってござる。あとで直政殿に見てもらったほうが良いかと」

 

 

 重力航行中であるため、翼を使えないマルゴットがのんびりと合流する。点蔵は瞬身だろうか、『突然その場に現われた』としか表現できなかった。

 

 

「……あれ? 点蔵がなんでここにいんだよ?」

 

「えっ、素!? 今の疑問、声からして完全に素でござるな!? ――あの、ナイト殿? なにゆえそう不思議そうな顔を……?」

 

「そういうのは後にしろ! ……とりあえず、早急に武蔵へ降りる必要性はない、ということか。出来れば、ホライゾンだけは武蔵に下ろして精密な検査を受けさせてやりたいが……」

 

 

 正純の願いに、しかし全員が首を横に振る。

 

 そもそも、重力航行とはその名の通り、重力の力を利用する加速式だ。故に今、武蔵は『前に進む』のではなく、『前方へ落ちている』と言ってもいい。

 武蔵の八艦や輸送艦は別途重力制御を用いて平時のように動けるが、そこからある程度離れれば……前へ落ちていくか、後ろに取り残されるかしかない。どちらにしろ危険だ。

 

 

「この速度なら直に英国か……何事も無ければいいが……」

 

 

 

 

「おいおいおいセージュン。

 

 

 

 ……今ので完全に、フラグ立ったぜ? 多分……」

 

 

 

 そんな馬鹿な――という言葉を、正純は返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

  ――時計の針を、少しだけ戻そう。

 

 

「……む、武蔵はこちらの予想通り、こちらに進路をと、取ったようです。さ、さすがの御慧眼かと……!」

 

「Lady、追加の情報で三征西班牙(トレス・エスパニア)が彼らの背後を突いているようです。――彼らにとって交戦はまず愚策。抵抗の意思を示す一当てを終えたらそのまま歩みを速めるでしょう。……出会いまではあと一時間も無いかと。

 ――如何なさいますか?」

 

 

 声が、良く通る場所だった。

 その場が町の喧騒などから遠く離れ、日々の営みからも離れた――どこか浮世離れしていることも理由だろうが。

 

 

 その場に集った者達に、必要以上の言葉を発せさせない気配を滲ませている一人に――誰もが生唾を飲み込んでいた。

 

 

 

「……うれしいのー?」

 

 

 その中で、一人の例外がいた。

 緊張した空気をやんわりとほぐしてくれるような声は、どこか、長閑な田舎町を彷彿とさせる。

 

 『間の抜けた声』とは誰も言わないし、きっと思いもしない。

 言えば間違いなくこの場から物理的に消えるだろう。思ったことが顔に出ても、おそらく物理的に退場することになるだろう。

 

 

「フッ……敵わんな、セシルには。しかし、嬉しい、か――そうだな……そうだ。この感情は『嬉しい』というもので合っているのだろう、きっと」

 

 

 ふぅ――と脱力するようなため息をともにした言葉には、少なくない苦笑が含まれていた。

 それにともない、言葉を禁じていた空間が消えていく。

 

 

 ……隠しに隠した安堵の吐息と、出てもいない汗を拭うのが一人二人いた。

 

 

「うれしいならいいのー。……でもなんでなのー?」

 

「ふむ……何故か、わからんか? ――であろうな。私も正直な、わからんのだ。如何に言い表し、如何に体現すればよいのか、見当も付かん」

 

 

 厄介なものだな、という割に、その言葉は確かに嬉しそうに弾んでいる。

 返されたセシルも『?』をしばし浮かべていたが、困っていても嬉しげな雰囲気を感じて笑みを浮かべた。

 

 

「で、では手はずどおりに――とい、行きたいのですが――女王陛下。どどどうしてもお考え直しはし、していただけませんか?」

 

「ダットリー……その話は幾度も議論を交わしたはずだぞ?」

 

「女王陛下の『だが断る』で一切議論になってませんでしたが……Tes.何でもありません申し訳ありませんそのロープを御放しください。

 ……で、ですが私も同意権です。先立っての要請は、幾分性急が過ぎたかと……あちらの生徒会会計に突き返されてしまいましたが――恐れながら、もっと、慎重になられたほうが宜しいかと……」

 

 

 汗を拭いながら、不敬だと内心を抱えながらも、自身の主君を注するのはチャールズだ。

 

 それに対しても、英国女王は不遜に笑う。

 

 

「フン。何を言うかと思えば……慎重だとも。その上に万全を期す為に、この『妖精女王』自ら赴こうというのだ。何一つおかしなところはあるまい?」

 

「Lady……おかしなところしかないです。友好国の代表が来るならばまだしも、極東武蔵は未だその情勢を不安定としている――」

 

 

 

 

  「緊急伝令だぜッ!!」

 

 

 

 いよいよ議論が白熱するか、というときに、両開きの扉をこじ開けるようにして現われた、『これ以上ないほどに狼男らしい存在』が息を荒げ、声を荒げる。

 

 

「むっ。You! 騒々しい上に遅刻だぞ!? 『上位からの招集に遅れるのは部下たちに示しがつかない』といったのは君じゃ――」

 

「それどころじゃねぇ!」

 

 

 批難を遮る。

 

 荒れた呼吸を戻すように大きく吸い込み――そして、吼えた。

 

 

 

 

「――三丁目のゴールデンタマちゃんが産気付いた! もうすぐ産まれるそうだぜ!?」

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

「「「「「「「な、なんだってぇぇえええ!?」」」」」」」

 

 

 

「おい貴様ドレイク! 貴様は顔が怖いからゴールデンタマに近づくなとあれほど言ったろうが! 特に今は気が立ちやす――……待て、貴様……いま、なんと……?」

 

「だーかーら! 産気付いたんだよゴールデンタマちゃんが!」

 

 

 狼顔の、肉食口から発せられる言葉に――妖精女王は目に見えてうろたえ出した。

 ――当人はポーカーフェイスをしているつもりなのだが、実は全くできていなかったりする。

 

 

「お、おのれあのヤブ医者め! 何が『早ければ一週間後』だ! いい加減な診断をしおって……! いや、それよりもすぐに三丁目のオババの下へ……ってちょっと待て! 武蔵はどうするのだ!?」

 

 

 

 ――変な方向に白熱し出したようである。

 

 

 

「――なあ、アタシもう帰っていいか? 娘の宿題見てやんなきゃいけないんだけど」

 

「You! 少し黙っていたまえ! 我らの女王が決断しようとしているのだぞ!?」

 

 

(決断って……片方ネコだよな)

 

 

 色黒――ジョンソンが唾を飛ばしながら猛る。それを木杖で防ぎながら、オマリはゲンナリとため息をついた。

 見れば、彼女達のトップたる妖精女王も、唸るように思考している。

 

 それこそ、その選択が国の未来そのものを左右するような案件を前にしたような……そんなレベルだ。

 

 

 

「……ゴールデンタマだ。私は……新たな英国の命の、その誕生を見届けるぞ……!」

 

「「「「「「「ッ! Testament.!!」」」」」」」

 

 

 騒いでいた一同が膝をつき、最敬礼を示す。呆れていた数名がため息をつき――オマリはジト目を向けた。

 

 

「はいはい……んで、武蔵の方はどうするんだい? もうそろそろ来るんだろ?」

 

「……うむ。そのことだが……オマリ。頼めるな?」

 

「『頼めるな?』じゃねぇよ。娘が宿題抱えて待ってんだっつってんだろ……あ、おいコラ待て! エリザベス! お前逃げんな! ――ドレイクテメェも待て! テメェも個人で艦持ってんだろう!? なんだその『子猫セット王族ver.』っておい!」

 

 

 エリザベスとドレイクには、既に言葉は届かないらしい。途中で野太い悲鳴が聞こえたが、些細なことだろう。

 

 

「……おい」

 

 

 ビクゥ――ッ! ×複数

 

 

お前らは(ヤドリギの)ちゃんと()やるよなぁ(植えつけるぞ)?」

 

 

 

 ――誰が武蔵に対応するのか、という急遽の議案は……オマリの的確な采配により、即座に終了した。

 

 

 

 

 





【挿絵表示】



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