境界線上の守り刀   作:陽紅

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二章 刀、揺らがず  【下】

 

 後方から強襲。これは、敵艦の構造上からみた選択でしかない。

 

 ……縦に長く、その重量は都市級。生半可な艦では足止めは適わないだろうほどの正面突破力は脅威だ。ならば、前面を除き、対応面積の広い左右も除き――後方から角度をつけて先手を取る。

 

 

 ……ここまでが、机上の戦論。

 

 

 精鋭たちによる短時間決戦。これも、相手の戦力上からみた戦略でしかない。

 

 ……戦力が豊富、とはお世辞にもいえない相手だが、そんなことは先刻承知のはずである。逆に、それがわかっているからこそ、様々な工夫を持ってそれを"埋めてくる"だろう。

 

 時間をかければかけるほど、その工夫の手段を、考え行動する余裕を与えてしまうことになる。ならば、短期戦。ゆえの、最精鋭たちだ。

 

 

 ……ここまでが、議場の戦論。

 

 

 ――ここからは、眼下に敷いた、戦場の戦論。

 

 

 

「これは……私も名乗りをあげたほうが、いいのでしょうか?」

 

「そうだなぁ。奇襲自体はもう成ってるし、いまさら忍ぶ理由もねぇな。……まあ、いろいろ理由は付けられるけどよ。俺個人的には、名乗ったほうが格好いいって思うぜ?」

 

 

 ――その女性の左にやや離れて座っている、ヒゲ面の壮年が絵筆を咥えて笑う。

 

 ディエゴ・ベラスケス。おそらく、組織の中では最年長だ。

 

 その長い経験を持つ彼が、場の全てを見て判断しても、笑みを浮かべるくらいの余裕はある、ということだろう。

 しかし、戦場で格好をつける――ということの意味がこの女にはよく理解できなかった。名より実。こちらの被害を如何に少なくし、相手に最大級の損害を与えるか……それだけだろう。

 

 

「……あー、なんだ。あれだよ。上が格好いいことやってくれるとだな、下の連中も気合入んだ」

 

「なるほど。だとしたら……あの人ももう少し格好付けさせないといけませんね」

 

 

(うっわすまねぇ大将。帰ったらこれ説教入るかもしれねぇ)

 

 

 ベラスケスが視線を女から外す。

 

 一瞬脳裏に、くたびれた中年男の悲壮感漂う顔が浮かんだ。浮かんだ妄想が文句を言ってくる前に、白い絵の具で上書きし、忘れることにした。

 

 

「――お、どうやら奴さんたちも、気付いたみたいだぜ? お前さんにか、それとも……」

 

 

 高い場所に立っているからと言って、そこが目立つ場所とは限らない。

 

 ベラスケスという役職持ちはいたが、戦闘に参加はしていない。直接的な脅威ではないと判断された彼は後回しにされ――『道征き白虎』や他の精鋭に意識が向けられていたこともあり、相手方にとっては"意識の空白地"ともいえた場所。

 

 だが、真っ先に、そして迷い無く見上げてきたのは『彼女』だ。

 

 

(……互いが引かれ合っている、ということですか)

 

 

 一つに戻ろうとしているのか、それとも、ただ単に勘で気付いたのか。

 

 しかし、相手は真っ直ぐ、女の手に持つそれをただじっと見つめている。

 

 

「名乗ってやんな。……あの嬢ちゃんには、それが礼儀になるだろうぜ」

 

 

 ……ああ、礼儀ならば、名乗ろう。

 

 それ以上の意味は、今のところ必要はない。

 

 

 

「――三征西班牙(トレス・エスパニア)、アルカラ・デ・エナレス教導院生徒会副会長。フアナです。

 

 そして……」

 

 

 構えるのは右手。

 

 その手にあるのは、2mはあるだろう長剣だ。

 

 

 黒白の異形の長剣だ。片刃で、幅広に大きく湾曲した形状のそれは――内包する『力』を発現せんと展開し、刃に隠されたもう一つの刃を、禍々しい光とともに見せ付けている。

 

 

「これが、大罪武装の一つ。『 嫌気の怠惰 』です」

 

「……八大竜王か!?」

 

 

 そんな叫びが聞こえてくる。

 

 それは、フアナを示すことに関して間違いない事実ではあるが、旧派(カトリック)に対して失礼な――と思わせる呼び名だ。

 しかし、地脈路暴走の際に自ら名乗っていたのは彼でしたね、と思い出し――その彼の為に戦場に立っている彼女も思い出し。

 

 

 

 ……嫌気の武装を、強く握る。

 

 すでに"超過駆動を発動している状態"の大罪は、その本来の持ち主が何をするよりも早く、その猛威を成すだろう。

 

 フアナは『 嫌気の怠惰 』を振りかぶり――

 

 

 

 

 

「さあ――己の(嫌気)を、省みなさい」

 

 

 

 

 

 ――その大罪の力を、解き放った。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 武蔵の副会長がビクリと震え、そして、己を守るように手を頭上で交差させている。ほかの面々も大体同じような姿勢で、身を堅くして衝撃に備えていた。

 

 

 フアナが……そんな正純を、ちょっとかわいい、と思ったのは極秘機密なのである。すぐに忘れるように。

 

 

 

「…………あれ?」

 

 

 身構えたが、しかし何も起きない。衝撃もなく、痛みも無く――変化がない。

 

 ホライゾンの持つ『 悲嘆の怠惰 』の力を何度か目にしているからこそ、その拍子抜け感は大きいものだった。

 

 

「まさか、不発……っ、なん!?」

 

 

 周りを見渡そうとして、失敗した。

 最初に感じたのは、胸の重さだ。……決して肩こりを起こす乳房のではない。

 

 胸部の全体が、重いのだ。

 地面に引きづられるような重さではなく、重いものがその場から動き難いような、そんな粘り気のある重さに覆われている。

 

 

 見れば、そう感じる部分を大罪の光が覆っているではないか。

 

 その光は、フアナの構えている『 嫌気の怠惰 』が発しているものと同様のものであり――。

 

 

「……これは、まさか"嫌気"か……!?」

 

「流石に理解が早いですね、武蔵の副会長。……誰にでもある、自身にとって悪である場所にその効力を発揮し、縛します――これが、『 嫌気の怠惰 』の超過駆動の力……」

 

 

 そして、フアナが指定したその効果範囲は、輸送艦そのものらしい。

 

 勢いづき、こちらに乗り込もうとしていたのだろう。

 三河の警護隊も漏れなく縛され、自分の体を大罪の光に締められながら、なにやら言い訳染みた口論をしているのが聞こえてくる。

 

 

(くそ……直接的な攻撃力はなくとも、この動き辛さは厄介だぞ……っ!)

 

 

「な、なんて嫌な大罪武装ですの……!? 流石は嫌気と付くだけありますわ……! あ、あとワタクシ、一応言っておきますけど胸のことなんてこれっぽっちも……ねえ正純!?」

 

「こっちにフ ル ナ ッ! わ、私だってコレは胸じゃなくて……っ! そう、懐だ! 金銭的に寂しい、から……」

 

 

 胸を隠すように縮こまっているネイトから正純に飛び火して、正純が自虐して自爆して。

 

 そして、二人揃って唸るように睨みあげる。

 

 

 

 ……何故か。隣にいる直政を。

 

 

 

 二人の視線のすべてが直政の顔よりもやや下を見ているのは気のせいだ。

 

 

 ――もっとも直政の右肩。義腕の付け根当たりに大罪の光が巻かれているのを見て、言葉をなくしていたが。

 

 

「な、直政……?」

 

「ん? ああ……まぁ、アタシも『女』ってことかねぇ? コレ」

 

 

 ……体の欠損。それを補うための、無骨な機械の腕。

 

 普段見慣れている梅組や、武蔵の住人たち。そして彼女の職場たる機関部の面々は、きっと気にもしないだろう。改めて指摘されたとして、それを補ってあり余る直政自身の魅力を知っている。

 

 だが、初見は必ずこの右腕に視線を送る。そして、同情や疑問を抱いた目で直政自身を見るのだ。

 

 

 ……生身に限りなく近い生体義腕という選択肢があるにも関わらず、無骨で、重い義腕をつけているのは何故なのか、と。

 

 

 

 

 

(心のどっかで、気にしてる――

 

 

 

 

 

 

――わけ、ねぇだろうが)

 

 

 

 ……有象無象の御意見・御感想など、それこそ御無用。自分にとっては何の意味もない。女として場を華やかに~、なんて云々は喜美や他の連中にやってもらえばいい。

 

 義腕は動く。長年使い続けているそれは、直政の思うままに動く。痛覚が無く、そして頑丈なそれは、何気に危険作業がある機関部には必要不可欠なものだ。

 

 

 だからこれは、女としてではない別の自分が、右腕の損失に関して何かしらを感じているのだろう。生憎、ソレがどんな自分で、何に関してなのかは思い浮かばなかったが。

 

 

 だからこそ、直政は負い被さってくる重さ(嫌気)の中、それでもいつもどおりに立っていた。わからない今、気にすることはバカバカしいではないか。わかったときに、正面向き合って抱え込めば良い。

 

 ――煙管から紫煙を上らせ。いつもどおりの顔で、いつもどおりに。

 

 

「な、直政? その……」

 

「正純、ミト。……アタシより心配しなきゃいけないのがいんだろ」

 

 

 直接的なダメージはない、と判断し、即座の危険はないとわかったが――それでも、全身を大罪に覆われ、自身を抱き抱えるように蹲ったホライゾンには脅威なのだろう。

 

 

「「ホライゾンッ!?」」

 

(アタシやミトたちみたいに一部じゃなくて、全身か……アンタは、どれだけ抱え込んでるんだよ――ホライゾン)

 

 

 自動人形である己の身にか、それとも、奪われた感情の欠落を嘆いているのか。

 

 どちらかなのか、それともどちらもなのか。それすらわからず、助ける手段すら思い浮かばない直政は、ただ、悠然と立つフアナを睨むようにして見上げた。

 

 

 ……見上げて、ふと思う。

 

 

 全員が身動き取れない武蔵勢は、絶賛大ピンチ――つまり向こうにとっては絶好のチャンスなわけである。にも関わらず――。

 

 

「次の攻撃の指示が無いってのは、どういうことさね……?」

 

 

 そんな呟きを聞いたからか、ネイトと正純も、ホライゾンを庇いつつフアナを見やる。

 

 その当のフアナは、何故か目を瞬かせて呆けているだけだった。しかも顔の向きからして正純たちを一切見てはいない。

 

 中央ではなく、隅のほう……にいた、その人物を見ているようだ。

 

 

 

 

 

「……あー、吐いた吐いた……喉痛い」

 

 

 胃酸までいったらしい。声が少々かすれているが、気分は幾分かスッキリしたようだ。足取りも軽く、開放されたような気楽さすらある。

 高襟の位置を直しながら、仕切りなおすように正純たちに合流し、周囲を見渡し、首をかしげて第一声。

 

 

 

「……で、これどういう状況なんだ?」

 

 

 体の毒物を出し切って戻ってきてみれば、なんか皆が変な光にまとわり付かれている。しかもそれを苦しそうに抱えていたり、庇っていたり。ホライゾンにいたっては全身その状況で、蹲っているほどだ。

 

 

「お……お前、なんともないの、か?」

 

「何が……?」

 

 

 正純が胸を隠しつつ問いかけても、止水は首をかしげるだけ。次いで、フアナを再び見上げるが、彼女自身も信じられないらしく――人目を憚らずアングリと口をあけていた。

 

 

 

「…………はっ!? ど、どうやら範囲の指定にミスがあったようですね、ええ。

 

 ……あ、あの、もう一回、いいですか?」

 

 

 フアナ女史もそれなりに混乱しているらしい。敵方に対してもう一度攻撃させろ、などと、普通に考えて了承などするはずもない。するはずもないのだから、普通は問うこともしない。

 

 

「ん……? まあ、Jud.なんかよくわかんないけど、いいぞ? ……あ、何するの?」

 

 

 いいのかよ!? というツッコミは後方から響いた。警護隊の面々が雄たけびを上げたらしい。

 

 まあ普通そうですよね、と自分から頼んだフアナも、ツッコミには理解を示す。示すが、相手が態々受けてくれるのであればこれに越したことはない。

 

 

「で、では……!」

 

 

 狙いをよく定め、わずかばかりに出力も上げて。

 

 再び、今度は止水個人に範囲を絞って『 嫌気の怠惰 』を振り下ろした。一応単品で都市制圧が可能な――という大量破壊兵器のはずだがこの際は細かいことだ。

 

 

 

 ……光輪が直進し、止水が宣言どおりに立ち尽くしたままそれを受け止め――。

 

 

 

 

「……?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

 ――三者三様の沈黙が、なんともいえない雰囲気を作り上げていた。

 

 

 大罪の力は、間違いなく直撃していた。

 そして、その術の効果が発動せんと煌いたのも見た。

 

 ――だがしかし、その後何事も無かったかのように消え失せてしまったのだ。

 

 ……信じられない状況は、敵味方どちらも同じなようで、一同が先ほどのフアナの様にアングリと口をあけて止水を凝視している。

 

 

 

「――おい解説役(ネシンバラ)、これ、どういうことさね。止めの字がなんか無敵っぽいんだけど」 

 

 

『一応見てたよ。なんだろうね、そこのグダグダ感。……解説っていってもさ、すっごい単純な話だと思うよ。

 ようは彼、"誰にでもある自分にとっての悪たる部分"っていうのが無いんだよ。つまり』

 

 

 

『ククク! つまりはあれよ! 鈴の家の銭湯とか行っても隠しも屈みもしないほどに大きいのよ! マーベラスよマーベラス!!』

 

『隠、す……の? 屈む……? え、な、に? ……。がっちゃん、だっめ、だよ? 女の子、は男の人の、ほうっ、はいっちゃ、その……。』

 

『か・ら・だ・ですよーぅ! カラダの大きさ、つまりは筋肉勝負的な! っていうかナルゼは何をやっているんですか!? 堂々と突撃とかダメに決まってるでしょ!? 忍んでください少しは!』

 

『『『忍んだらいいのか……』』』

 

 

『あ、もしくは身長ですかねぇ。この前乗った背中が大きくて大きくて』

 

『懐じゃない? それかお財布。止水君て何気に稼いでるクセに使わないから、もーシロ君が吼えちゃって吼えちゃって……』

 

『フフフいやーねー皆純情ぶっちゃって! 何が大きいって? そんなの決まってるじゃない! 益荒男の象徴! つまりはチ――――』

              《規制:エロ:少し残念だけどアウトー》

 

 

 喜美の通神だけが砂嵐に見舞われる。その砂嵐の中、どこかの神様の連なりにいる走狗が『みせられないよ!』と看板を掲げていた。

 

 

『はいアウトもらいましたよぉぉぉ! アウトですよぉぉぉぉお! 喜美、後で超叱りますからね!?』

 

 

 

 緊張感の欠片どころか、辞書にすらその単語を載せていない一同の一連の漫才を眺め、そして、チラリと止水を盗み見る。

 

 自分よりも頭二つほども上回るタッパと、3、4人は楽に納まるだろう肩幅。全身、そして全体重を預けても余裕で受け止めてくれるだろう。

 

 

 ……全身受け止められたところまで想像して――直政は渾身の連続手刀で割り込み通神を叩き割った。

 

 

 

『……あー、と、まあ、聞いたとおり『自分に絶対の自信がある』っていうのが一つ目の可能性だよ。でも、ボク個人としてはコレはないと見てるけど』

 

 

 テンションがメーター振り切ってどこかへ飛んでいった連中は気にせず、苦笑を浮かべるネシンバラに直政は深呼吸を一つ置き、首をかしげる。

 

 

 

「…………。で、その理由は?」

 

 

(直政くん顔赤いよー、って指摘したらバコンかなぁ……?)

 

『……彼、馬鹿でしょ? 良い意味でも悪い意味でも。

 ……自分が誰と比べてどう劣ってる、なんて小難しいこと考えるわけ無いじゃないか。綺麗に言うと『劣っていても自分は自分』って悪とまで思ってないとか』

 

 

 自分の体の自分にとっての悪。早い話がコンプレックスというものだ。それは基本的に誰かと比べるか、平均から比較するかによって生じるものである。

 体格然り、美醜然り。頭の良し悪しも含まれるだろう。

 

 

 そんな中で、ネシンバラは止水のことを『良くも悪くも馬鹿』と評した。

 馬鹿ゆえに気にならない。気にしない。それ以上に、それ以上を求めていないのだ。

 

 体が大きければいい。頑丈であれば良い。あと強ければ、それだけで止水の最大目的たる『守る』は成せる。

 

 

 ――つらつら説明したが、早い話、馬鹿には大罪武装の間接的影響は効果がないか、薄いらしい。

 

 止水を見れば、自分の体を念入りにチェックして、本当に何事も無いことを確かめている。

 

 その後、なんの被害も効果が実感できなかった為に未だ胸を抱えている正純になんの躊躇いも無く問いかけ――『デリカシーを学べ拳(乙女の拳骨)』を顔面にぶち込まれていた。

 

 

 ――それでも一通りの説明を受け、フアナの持つ大罪武装を見、影響下にある一同を身……全身を縛されているホライゾンをみて、ため息を付いた。

 

 

 

 

「流石は姫さんの感情武器。やることがえげつない……」

 

「いや、そういう感想はいい! ――見栄云々はこの際抜きだ。手の届くところにあるなら、ここで大罪武装を奪取もしておきたい。……止水、やれるか?」

 

 

 『止水抜きでの武蔵を力を見せ付ける』――そんな見栄から止水を戦力外に見て始めたこの抗争である。しかし、名より実を取ることが最優先と判断した正純が止水に問う。

 幸いにも止水が『 嫌気の怠惰 』の束縛を受けないことが偶然判明した直後だ。見えやすい位置にいる上に、戦闘系ではないフアナが止水から逃げ切れるとは思えない。

 

 

 ――しかしその止水が駆けていくことはせず、むしろ、三人を守るように背にして重く腰を落としていた。

 

 

「正純――多分、やろうと思えば()()()……んだろうけど、ちょっと遅すぎたな。

 

 ……ここ、囲まれてる」

 

 

 輸送艦を包囲するように、三征西班牙(トレス・エスパニア)の陸上部が、爆砕術式の込められた砲丸を構えている。

 

 

 正純たちも、警護隊の面々も動くに動けない。

 

 

 ……大罪武装の影響下にて、止水が孤軍奮闘しなければならないこの構図は、前にもあったものだ。

 

 

 

「……教皇のおやっさんが持ってた奴もそうだけど、大罪武装ってどうにも面倒なのが多いよなぁ……」

 

 

 

 ――おやっさん扱いされたどこぞの教皇が呆けているのはどうでもいいこととして。

 

 

 止水が刀に手をかけて、この状況をどうするか、と考えようとして。

 

 

 ――手をかけたまま、彼もまた呆けた。

 

 

 

 見上げる。フアナ――ではない、その隣。

 

 ……惜しむらくは、止水が顔の殆どを隠している為に、どこを見ているのか、どんな顔をしているのか、わからなかったことだろう。

 

 その止水の停滞を、『どうすればいいか?』という逡巡とみたフアナが、最後の指示を下すべく、声と動きを見せたのだ。

 

 

「総員、かま――……

 

 

 『――グニュ――』

 

 

 グニュ? ……えっ?」

 

 

 

 

 フアナが振り払った右手が――生温くて、柔らかい『何か』を握った。

 

 

 

***

 

 

 

 着飾ることなくありのまま

 

 

 隠すことなくありのまま

 

 

配点 【ようはただの全裸(バカ)

 

 

 

***

 

 

「アンッ……!」

 

 

 無理矢理な上にわざとらしいその裏声に、それを聞いた男衆は皆一律におえっ、と口元を押さえた。

 

 

 右足と左足の付け根。

 

 下腹部より更に下。

 

 

 基本人前において、隠すことが義務である場所。

 

 

 

「――おいおい、もう少し優しくしてくんね? まだデビュー前なんだからよ俺のリアル派は」

 

 

 

 全裸が言葉を発する。大体にして意味不明。

 

 大変不本意ながら一応味方である武蔵側でさえ、大方が呆けるか、極少数が呆れるか、さらに少数が激怒するか……。

 

 

 とりあえず、巻き添えはゴメンとばかりに、一歩距離を置くのは総意らしかった。

 

 

 ……そして、その一歩すら取れない者がいた。

 

 

 表情というものが一切消えうせてしまった顔で、ただただ己の手とその先を見つめている――フアナである。

 

 

(待ちましょうすべては冷静に考えれば対処対応できます訂正しましょうか "待つ" じゃなくて "落ち着く" のほうが正しいですねええ先程も大罪武装無効化されてしまった時も取り乱してしまいましたし猛省しなくてはそれにしても武蔵との相対というのはこういうものなのでしょうか全く予測も予想もできませんええしたくありませんよどうなっているんでしょうね一体全体そもそも私は大罪武装を与えられてこそいますが戦闘系ではなく事務系ですのでここまで接近されるってダメなのではないでしょうか将棋でいう王手チェスでいうチェックメイト)

 

 

 大国教導院の生徒副会長の役職は伊達ではない。この間の思考時間は一秒を切った0.54秒――世界を狙えるタイムだ。

 

 

「いやー、カサカサしながらフラフラしてたらうちの忍者がどっか行っちまってよー……迷子案内センターに相談しようと思ったけどやめたんだぜ偉くね? いやそもそも無かったんだけどよ迷子センター。

 っていうか点蔵のやつ俺が "ヴィップだー" って自覚ねぇのか?

 まあいいや、とりあえず俺馬鹿だから、頭に『女』と『男』が付く部屋の頭文字入れ替えながら高いところ来てみたんだけど――それ、大罪武装だよな? それ俺にくんね? ただでいいから」

 

 

 全裸はとりあえず、むやみに絶好調な全裸だったらしい。

 行動の大半が迷惑この上ないものだ。

 

 

(落ち着きなさいフアナ落ち着いて現状の確認を行うのですまだチェックメイトはされてないようですしええとまず武蔵に対しては私の指示一つで攻撃が可能ですあちらは大罪武装の影響で一人を除いてまだ動けないはずですからそしてその指示を出す私ですが五体満足で健康そのものですね大罪武装も無事ですしただ大罪武装をもっていないほうの手がいつの間にか隣に立っていた全――裸の……ええとそのバナナトイウカアノソノアワワワワワ)

 

 

 ……フアナ、再起動。

 

 

「きゃぁぁぁぁああああッ!!!!!?????」

 

 

 ――ああ、あれが "全裸の男を見たときの正しい女子の反応" なんだなぁ。と、既に毒されて、最早取り返しのつかない所にまで来てしまった女子勢が、遠い目をしていたそうな。

 

 

「おおう!? 新鮮だな! 良いリアクションだぜ! うちの連中ヒデーんたぜ!? せっかく脱いでんのにため息とか吐きやがってよ! マンネリか!? マン練るのか!? コネコネコネコネ」

 

「いやぁぁぁあッ!?」

 

 

 全裸が腰を振ったのが追い討ちとなり、手に持っていた大罪武装の存在も忘れて、両手で度し難い変態を突き出した。

 半身に引きながらであったため、両手は左右ではなく上下に広がり顔面と鳩尾にクリティカルヒットしたその両手は、非力っ子である全裸を吹っ飛ばすには申し分なく……肌色の塊は場外にまで転がっていった。

 

 

「痴漢っ、痴漢よぉぉぉぉッ!!!!」

 

「待て異議ありぃぃい! 触ってきたのおめぇだろぉぉ……!?」

 

 

 確かになぁ。

 ――そうトーリの反論に賛同してしまったものが、自分たちの異常性に気付くことは当分先か、無いのかもしれない。

 

 

 

 

 そして、場外まで転がっていった全裸は、とくに何かにぶつかることもなく、そのまま落ちる。落ちて行く。

 

 ――その真下、忍び終わった忍者が巻物片手に上機嫌に疾走していた。

 

 

「フフフ――第一戦勲、この点蔵・クロスユナイトが頂くでござる! 時間的に機関部には手が出せなかったでござるが、この三征西班牙(トレス・エスパニア)の軍事機密! 戦でも政でも手札になるでござるよ!!」

 

 

 有頂天、とは行かないまでも、少なからず浮かれているのだろう。頭上からの落下物に気付かなくとも、仕方ないのかも知れない。

 

 ……確認するために広げていた軍事機密(収穫物)に、全裸が降ってきた。

 

 

「うわぁお! 俺の初☆被お姫様抱っこの相手お前かよ点蔵!」

 

「ぬぉあ!? お、親方ぁ! 空から、空から全裸の汚れ系男が! っていうか軍事機密が! 自分の戦果がぁああ!

 というか……待って、"初" ……? ちょっと、待って。これ、まさか自分の人生初お姫様抱っこにござるか?」

 

「え、マジでお前も始めてかよ!?

 

 

 

      ――……いいよ? 優しく、してね?」

 

 

 全裸が僅かに頬を染め、何かに怯えながらそれでも相手を思いやって気丈に振舞う。

 ――全裸で、男でなかったなら。堕ちる男子は多かったろう。

 

 

「あ、浅間殿ぉー! 禊ぎを! 何とぞ御禊ぎをぉ! 神様方にお願いしてコレを無かったことにぃ!!」

『え、ええ!? と、とりあえず打診ハイ!』

 

《規制:無情:……いつかいいことあるよー?》

 

「ぎ、疑問系の慰めでござるよ!? あと規制・無情って何でござるか!? 情け無しって、ええ!?」 

 

 

 点蔵にかける情けがないのか、それとも点蔵が情けないと貶しているのか。

 ――真相は先ほどの連絡通神をそのまま使用してしまったための誤解なのだが、ソレを点蔵が知る由もなく。

 

 成果は破れるは、初めては汚されるは……踏んだり蹴ったりだった。

 

 

「ぬぅ! とりあえず離脱するでござるよ!」

 

「逃避行ね素敵! お、丁度良いとこに金マルいんじゃん! うぉーい乗せてくんねー?」

 

 

「…………。 ……んー、Jud.!」

 

「「――……いまの間は!?」」 

 

 

 ボケ(?)つつも突っ込みつつも、行動を止めないのは彼ら彼女らの優秀さだろうか。

 マルゴットが飛び乗りやすいように艦により、点蔵がすぐさま飛び乗る。

 

 そして――おそらく、万が一に備えて何かしらの手が打てるように両手を自由にしておきたかったのだろう点蔵が、トーリをマルゴットの前に落とした。

 

 ホウキ柄は狙い済ますように、開脚されたその間に吸い込まれていき――。

 

 

 

 

 

 

 ――軟らかい、【 名状しがたい何か 】が、ぷちっとする音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「あのね……テンゾー? ナイちゃんこういうとき、どんな顔すればいいのかわかんないんだ。教えてくんない?」

 

「……嘲笑えば良いと思うでござるよ?」

 

 

「あ、あれだな、俺にもヒロインの座がもしかしたら回ってくるかもぉおおお……! 時間差きたぁぁ!? ふぬぅぉう……!」

 

 

 

 ――表現のしようがないのでこの件の痛みは各自ご想像にお任せするとして。

 

 

 トーリの出場と退場により……場が大きく乱れ、そのまま硬直した。そして狙ったかどうかは定かではないが――フアナに大罪武装を "手放させる" という快挙まで成し遂げる。

 

 

「――嫌気が消えた……? ホライゾンっ!」

 

「はい正純様。このホライゾンのポーズに対して的確な台詞をどうぞ」

 

 

 突然なんだ? と当然の反論はあるが、ホライゾンは答えを待っているようである。

 ……『 悲嘆の怠惰 』を立てて、その影に隠れるように、しかし、顔半分を除かせるように覗き見てくる構図。

 

 

「……ホ、『ホライゾンは見た……っ』?」

 

「……結構余裕だな、正純も姫さんも」

 

 

 言ってみて、正純は想像してみた。無表情で冷めた目の女が扉越しにジィっと見つめてくる。それはもう、昼ドラというよりもホラーでしかない。

 ……暗闇でやられたら悲鳴をあげてへたり込む自信はある。

 

 

「……はあ。ハズレです。正解は『あ、あの泥棒ネコ……!』でした。……全く、このホライゾンの渾身の擬似嫉妬表現が台無しです。そもそも正純様のは台詞ではなく情景描写で」

 

「 い い か ら 撃 て ぇ ッ !!」

 

 

 ――Jud.と短く返答し、大雑把な照準のち、ホライゾンは『 悲嘆の怠惰 』のトリガーを引いた。

 反動を気にかけたのだろう、止水が僅かに後ろへ回るような素振りを見せるが、ホライゾン一人でも問題なさそうである。

 

 

 大罪の掻き毟りが、三征西班牙(トレス・エスパニア)の艦を抉らんと空を奔った。

 

 

 

「甘いぜ武蔵! ……副長忘れてくれんなよぉ!」

「あと、書記もなぁ?」

 

 割り込むのは、二代が離れたが故に完全にフリーとなっていた弘中 隆包と戦況掌握に努めていたベラスケスの二人。

 二人のもつ聖譜顕装が、掻き毟りそのものを削り、さらにはその速度すらも落とす。

 

 

 それでも尚残る力の前に、白き武神が立ち塞がった。

 

 

「備えは万全に、と! 『 道征き白虎 』! 両肩、『二重咆哮』!!」

 

 

 虎の咆哮に、削られた力がまとまりを失い、ほどけていく。それでも指向性はまだ残っており、その先にいるフアナに迫った。

 

 

「――腕の見せ所ですよ? 誾」

 

 

 迫る暴威に、なんの恐れも見せず。防御回避の動きも見せず……私情を躊躇い無く斬り捨てて舞い戻った紅の乙女に、笑みを向けた。

 

 

「――Tes.お望みと在らば、お魅せしましょう」

 

 

 連なる刃を左右へと開き、誾は舞いを始める。

 

 

 身を回す。

 

 刃を跳ね上げる。

 

 加速は止まらずさらにさらに。

 

 

 一度として同じ動きが無いにも関わらず、一切の停滞がない空中の舞踊。喜美がその場にいたならば、目を細めて言葉無く感嘆していただろう程に、それは極まっていた。

 

 

 ――削られ、減ぜられ、更には解けた掻き毟りの手を断ち払うのに、数秒もかからなかった。

 武蔵の攻めを防ぎきり、次はこちらの番だと勢いづく中。

 

 

 戦場を声が割った。

 

 

 

 

『――『 武蔵 』! これより重力航行に移行します!! ――――以上』

 

 

 

 

 牽引帯で武蔵に繋がっている輸送艦が引き摺られるように揺れ、あわせて、その輸送艦に乗られている三征西班牙(トレス・エスパニア)の艦も大きく揺れた。

 

 

「――合図だ! 総員何かに掴まれ! 一気に離脱するぞ!」

 

「――っ、垂直降下! 輸送艦との連結を解いたら全速後退! 巻き込まれないで!」

 

 

 正純の指示と房江の指示は同時であり、双方はその指示に従い迅速に動いていた。

 武蔵は戦域の離脱、三征西班牙(トレス・エスパニア)は、重力航行の際に生じる "荒波" から少しでも遠ざかる為に。

 

 

 その中で、立花 誾だけが行動を別とした。

 

 即時展開した十字砲火(アルカブス・クルス)の即連射。続けて、掻き毟りを防いだ為にボロボロになった両の双刃を投擲する。

 

 

「ッ!? ――結べ! 蜻蛉切!!」

 

(そう、貴方は十字砲火(コレ)を結ぶ……! 爆煙に隠された刃が本命です!)

 

 

 ボロボロの刃では刺さることも斬ることも適わないだろうが、それでも高速で回転する金属だ。直撃すればひとたまりもないだろう。

 

 爆音とともに瞬間的に拡がる煙の中を、せめて一太刀でも――と思いを込めた一投が突入する。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 突入するが――数瞬とたたずにその刃は帰ってきた。

 それも、ブーメランのように帰ってきたのではない。回転は消え、直進の力は山なりの軌道を変えている。

 

 弾かれたように……しかし、弾かれた音は一切しなかった。では何故? と呆然と思考し――

 

 

 

 ――煙が、晴れる。

 

 

 

 

「……なる、ほど。『掴んで』『投げ返した』……と」

 

 

 急発進する航空艦。その甲板上にいて、近くに女子がいたなら、安全の為に引き寄せるだろう。その者の体が大きければ、よりその意識は高いはずだ。

 

 近くにいた二人は、片腕にて抱え。やや離れた二人を、連なった刀群で絡め引き寄せ。

 

 つまり、残る片腕。何かを放り投げた直後のような残身のそれで、対処したのだろう。

 

 渾身の一撃を、事も無げに阻まれる。それも、同一人物に二度連続して。

 

 

 空間に荒波を生じさせ、衝撃で海面を叩き雨を降らせ――武蔵は往く。

 

 

 

 

「……本多、二代。――そして、守り刀……止水」

 

 

 

 

取り戻すための執念と。目にわかる強者に出会えたゆえの猛り。

 

その二つを双眸に宿し、立花 誾は、それ以上語ることなく、去り行く艦を見送った。

 

 

 




読了ありがとう御座いました!


 New!! トーリ の TSフラグが 立ちました!

 New!! 止水 の 強制戦闘フラグ に 立花嫁が入りました!

 どっちかが嘘です。

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