境界線上の守り刀   作:陽紅

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一章 刀、居らず  【中】

 

 

「…………」

 

 

 絶対など、無い。

 あるわけが無い。

 

 不変のものなど無く、ゆえに常に備えなければならない。

 

 

 ――立花 誾は、『立花』という武家の姓の元に産まれ、さらに『誾』と名付けられ。

 そして、その意味を理解したとき、そう、自身に言い聞かせてきた。

 

 

 

 

 

 ……聖譜の下、歴史再現を行うこの世界で、襲名者という存在は無くてはならないものである。

 

 

 歴史どおりに英雄となり、歴史どおりに王となり。

 

 歴史どおりに敗者となり、そして歴史どおりに――死んでいく。

 

 

 聖なる譜述の下に。

 

 

 ……ただ人が、再び神々の住まう天へと、還るために。

 

 

 

 

 

  ――――「立花 宗茂の襲名を解除することを、生徒会として決定しました。……この意味が、わかりますね……?」

 

 

 

 

 

 ええ、わかりますとも。自分は無愛想で面倒くさいですが、莫迦ではありません。決して。

 ……だからそんな、女教師全開で物分りの悪い生徒に言い聞かせるように言わないでいただきたいのです。それで喜ぶのは総長だけだと以前―――

 

 

 

 ――失礼。閑話休題でした。……この話題は後ほど議会で。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 襲名の解除。つまり、名が失われる。

 

 さらにつまり、その名を名乗っても、世界においてその名が意味を持たなくなる。

 

 

 そして、その名に意味を再び持たせるために、別の誰かが……『立花・宗茂』となる。

 今まで隣に立っていた人が、言葉を交わしていた人が、同じ時を過ごした人が。

 

 

 ……違う誰かに代わっていて、それが『正しい形』となるわけで。

 

 

「……っ!」

 

 

 砕かれた双の脚。【神速】の名を、文字通り支えた脚の治療のため、自然ではない眠りに深く落ちている――いまはただの青年。

 

 名を失ったことを、どう考えるだろうか。

 

 

(――宗茂様のことです。きっと笑って「しょうがないですよ」とでも言う……のでしょうか……?)

 

 

 わからない。

 自分との別れを、別離を、彼がどう受け止めるのか。どう思ってくれるのか。

 

 

 ……それを理解してしまうのが、怖かった。

 

 

 ――だから。

 

 

「……取り戻します」

 

 

 西国の無双を。

 

 

「――私が勝つことで。――そうすれば」

 

 

 すべてが、今までどおりにもどる。

 

 隣に立つ人が、言葉を交わす人が、同じときを過ごす人が。

 これからも、変わらない。変わらずに、あの人になる。

 

 

 ――船首甲板上に立つ西国無双の妻の双眸に、八つの巨影が連なる竜が映る。向こうも気付いている様で、風に流れてかすかな警報音がこちらにも聞こえてくる。

 

 

「極東・武蔵。――いざ、尋常に……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『『『『……よっ、しゃあッ!』』』』』』』』

 

 

 ……。

 聞こえたのは、歓声だった。

 

 

「……おや、そちらもその気だったとは。これまさに好都合。では皆様、突撃しましょう。ええ」

 

 

 背後でなにやら大勢が転んだような音がしたが、気にしない気にしない。

 

 

「なあ……たまに思うんだけどよ、第三特務ってごく稀にさ、こう……突き抜けるよな?」

「はぁ? アンタ突き抜けてないあの人なんて知ってるの?」

「……。あ、ワリ。さっきのカットで」

 

 

 

「…………」

 

「「「――T、Tes.!! 突撃だーッ!!」」」

 

 

 

***

 

 

 

「あっちの艦の速度と角度からして、主戦場は奥多摩の上空かな――武蔵さん、後方三艦の避難誘導は?」

 

『Jud. すでに七割方の避難は完了しております――早朝ということもあり、こちらの警告を無視なさって二度寝していらっしゃる方々が残りの三割です。――――以上』

 

 

 武蔵の報を聞き、ネシンバラが眼鏡をクイと上げ、不敵に笑う。

 周囲が若干冷めた目を向けてくるが、その程度でダメージを負うほど軟弱ではない。

 

「さて、一応皆に聞くけど。――地獄を回避するのと、地獄を見せるの。どっちがいい?」

 

 ……ちなみに、キラリと光るメガネの、彼の視線はとある水筒にまっすぐ向けられている。

 

 

「……こ、この外道……ッ! 選択肢が二つあるようで一つしかないじゃないか……ッ!? いつかあの国とも外交結ぶかもしれないんだぞ!? その時に『以前の毒物テロですが……』とか言われたらどうするんだ!? 嫌だぞ私は!」

 

「まあまあ、そこは正純殿の手腕でござ……いや、うむ。――これは、一応では無くしっかりと聞いたほうがよいかと。誤解が生まれては難儀でござるし、意思統一はしっかりせねば。

 ……主に、誰が責任を取るのか、という感じの」

 

「Jud. そうともです。小生の意見たまに完スルーされてしまいますからね。何故か責任を押し付けられて。……で、皆さんの意見は?」

 

「え、ええと、ここは多数決でいいですかね? はい、公平に。……住民登録引用の匿名挙手制にするので、正純みたいに浅間神社(うち)と契約していなくても参加可能にしておきますから――」

 

 

 全員の視線が智へと向き、彼女は苦笑しながらもハナミを呼び、通神を操作。

 

 

「うーん……だいたいこんな感じですかね。ハナミ?」

 

『 ……うん、うん。いくよー、拍手! 』

 

 

   議題 壱『……三征西班牙(トレス・エスパニア)の奴ら、無茶しやがって……!』

 

   『可:94002名   否:2名   末:1名』 

 

 

 数秒と経たず結果がでたことか、それとも巫女らしからぬ議題をあげたズドンにか。梅組だけのつもりが武蔵全住民がガッツリ参加したことか。

 

 それとも、この武蔵において『なくしたらいけないモノ』を持ち続けている、三人にか。

 

 

 ……一同はしばらく、発するべき言葉を見失っていた。

 

 

「……まあ、『否』の一人が鈴で確実だとして、あと一人だれさね?」

 

「え? えと、なんで、私かく、じつ? なの……?」

 

「んー、ベルさんの人徳だねー♪

 ……ねぇねぇ……未、っていうのは『保留』って意味かな? それとも『押せる状態じゃない』ってことかな?」

 

「……違うわよマルゴット。よく見て。……これ『()』じゃなくて『(マツ)』よ。つまり――」

 

 

 いい奴だったな――と、おそらく"末"期で戦っている仲間の笑顔を空に浮かべ、想う。敬礼とかしている不謹慎な連中も居た。

 

 ……その不謹慎な連中の一人であるホライゾンが、ところで、と言葉を置いて。

 

 

「……現実逃避はこの辺にして。ホライゾンが思いますに、そろそろさっさと迎撃なりズドンなりしないとまずいのでは?」

 

「あ……すみません。弓とか一式持ってきてないので……」

 

「「「「「持ってきてたらズドン(やる)のか……」」」」」

 

 

 

 

「あのね浅間君、そんな『――しまったぁ!』って顔しても今更だからね? でもまあ……これは、大事な決議だよアリアダスト君。結果的にだけど、武蔵の総意で"応戦しよう"って決が取れたからね。一方的な逃げの一手を取らずにすむ」

 

 

 それじゃあ。

 

 

「皆、今から目標と配置を伝えるよ。

 

 目標は簡単だ。『最小限の被害まである程度応戦して、戦域からトンズラする』。全くの無傷だとあっちの面子に関わるし、大きな被害を受けても、英国とのやり取りにマイナスになる。

 ……明確な武装を持つことが許されない武蔵でも戦えることをある程度示しておけば、今後の各国とのやり取りも多少楽になるんじゃないかな? 本多君」

 

「……ああ、まあ」「ん? なんで御座るか?」

 

「……あー、そっか本多君二人いるんだよね……まあいいや、それは後で考えよう。

 ――そして、戦闘職系の皆にとってもある意味好条件なんだよね、"いま"」

 

 

 明確に最後の単語を強調したネシンバラに、ネイトが首をかしげる。――強襲されている状況で、好条件とはどういうことなのか。

 

 

「今、ですの? ……その心は?」

 

 

「……止水君さ。思い出してごらんよ。三河での抗争で、一番目立ったのは誰だい?」

 

 

 2500人斬り。戦艦特攻。戦艦同時撃墜。――他多数。

 いずれの時も、開戦直後の重要な先手や、武蔵勢の窮地などの、所謂『絶対に負けてはいけない』場面での勝利だ。

 ――これら全ては、あくまでも個人の戦績となる。

 

 

「――おーいおいおいネシンバラくぅん。そんなに褒められっと俺恥ずかしいじゃんかよー♪ 俺そんな活躍したっけかなぁ~♪」

 

「馬鹿は一人だけだよね? まあ……その止水君が、いま動けない状態な訳だ。……正直とんでもない戦力ダウンだよね? でも……逆を言えば」

 

「んふふ。『止水のオバカ抜きでも武蔵はこれだけ戦える』って証明よねそれ? そして止水のオバカが『俺もう必要ないのかー……』ってショボンするのよね!? この鬼畜メガネめ! ……やだ、ショボン止水、意外とカワイイんじゃない!? ねぇ!?」

 

「姉弟馬鹿はちょっと黙ろうね? ……まあ、前半は合ってるよ。……いいかい? 武蔵には彼だけじゃないって知らしめるんだ。そうしないと、今後の戦闘での相手側の標的が全部、『武蔵の主戦闘力』と認識されてる止水君に集中することになる。それは――」

 

 

 ――悔しいよね、と。最後まで言葉を作ることはなかった。

 

 言葉を作らず、ネシンバラは確かな手ごたえを感じる。

 

 

(……切り替わった、いや、熱が入った、かな?)

 

 

 

 平時から戦時へ――その、心の入れ替え。いつもどおりの馬鹿げたやりとりからの切り替え。

 強襲という先手を取られている中で、士気を高く、その上で保つことは難しいのだが――。

 

 

 怒りに近く、憤りにも似た――静かな激情を猛らせる。

 

 ネシンバラは、止水を出汁に使うことでソレを見事にやり遂げた。

 

 

「――それじゃあ、出演者(キャスト)を決めるよ。……未だ力弱き若武者が、しかし意地を見せて大国に一泡吹かせ、さらには躍進の足がかりする物語の、ね」

 

 

 ――知らず握り締めた拳を隠しながら、演出家気取りの未熟者が、不敵に笑う。

 

 ……なんてことはない。一同に向けた焔の火の粉は、しっかりと自分の身を猛らせていただけのことなのだ。

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばし、仲間を各地に散らす。

 主だった戦闘職が駆けていき、翔けていく。そうして残った数名の、いろいろな立場をもった数名を前に、一同に向けて、最後の激励を飛ばした。

 

 

「……閉幕の合図(トンズラ)は、武蔵ご自慢の重力航行による急加速だ。つまり、その準備が完了するまでの数分間を凌げば僕たちの勝ちだよ。

 ……ああ、そうそう。土壇場になったら弱音コールもいいからね? ――そうしたら多分きっと、止水君が来てくれるよ」

 

「……おめぇ、そうやってワザとらしく煽るよなたまに。それで「ああ、今の僕格好いい!?」ってやってんだよなぁ……いてぇよ……」

 

 

 なんとも筆舌しがたい表情で、()()を作りながら寄りかかろうとしてくる全裸を全力で回避する。

 ……回避した先、ベチャリと全裸が潰れた。

 

 

「格好つけるべきところで全裸だったりな君に何を言われてもノーダメージさ。……っていうか、素で葵君に役目言うの忘れてたよ。ゴメンねマジで。イヤホント。寝てて良いよ? むしろ寝ててくれる?」

 

「……どうしてお前らは、身内同士の削り合いを合い間合い間に挟むんだ……。まあいい、ネシンバラ。――ここに私とホライゾンを残した理由を教えてくれ」

 

 

 場に残ったのは、知の本多。そして、武蔵の副王。そして潰れている、アリアダスト教導院の総長・生徒会長・副王を兼任している全裸。

 ――武蔵王ヨシナオを除けば、武蔵のトップが揃っているわけだ。

 

 

 その三人――実質二人――に対し、ネシンバラは言葉を作る。

 

 大きくみれば保険として。しかし、相手に深く切り返せるだろう、一手のために。

 

 

 

 

 

 

(良い手、なんだけどなー……)

 

 

 そんな生徒達の一連のやり取りを、ある意味特等席で全て眺めていたオリオトライが、苦笑いを浮かべる。

 ……梅組の面々も、ネシンバラにしても、先の三河の戦いであった『初陣の浮かれ』は薄くなっている。経験不足は否めないが、それでも十分すぎるほどだろう。

 

 生徒達の配置も悪くない。

 止水が戦闘不能とだけあって、大きく戦力は低下し、それに加え、彼の守り刀の術式による継戦力も頼れない状態だ。

 

 だからこそ、守りの深度が浅い面々を前面に出し、そうでないものは後方支援や避難誘導にあてがっている。――そこに問題はない。

 

 

 

(問題は――相手がどれだけ"本気"かって、ことよねー……)

 

 

 少しずつ大きくなっていく、三征西班牙(トレス・エスパニア)の艦影を見る。

 そこから感じる、ゾクリと来る懐かしい感覚に犬歯を露にする笑顔を浮かべた。

 

 

 

「んー。まあ、先生教員だから、何もできな――あら……? そういえば、この後の授業ってどうなんのかしらねぇ。……朝から、いっちゃう? いけるかこれ……!?」

 

 

 ジュルリとした口もとを、男らしく拭う。『シ』と『酉』を左右の目に浮かばせながら店のリストを表示し――。

 

 

『おーい真喜子さーん!! ちょっと手空いたでしょ!? 今から止水運ぶから手伝ってくれない!? こいつとんでもなく重くってさぁ……! あ、これ上司命令ね』

 

 

「……ですよねー」

 

 

 チクショウ、と一言残し――誰も居なくなった公園を見渡して、オリオトライもその場を後にした。

 

 

 

 ――武蔵、重力航行開始まで、後数分。

 

 

 




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