……その日。その世界は異様な静けさを保ち続けていた。
にぎやかなはずの市場はガランとし、自然が生ずる音以外の音は、全て抑えられている。
静寂は、時として不穏を感じさせ……時には不気味にも彩る。
「……それではみなの衆……覚悟は、いいでござるな……っ!?」
「「「「「Jud.」」」」」」「「「「「Jud.!!」」」」」」「「「「「……Jud.」」」」」」
そんな世界にあり、某教導院の、某梅組教室。
そこだけが、異様までの熱気に包まれていた。並べられていたはずの机は積み重なって後方に追いやられ、広い空間が作られている。
そこに、それぞれがそれぞれの椅子やクッションを持ち寄り26人。
不敵に笑うものもいれば、決戦に対し顔を鋭くしているものがいる。淡々としている者もいるが、それは少数だった。
その中――。
「それでは……っ!
第36回! 武蔵アリアダスト教導院三年梅組主催!! 王
「……おい噛んだぜあの忍者」
「かんだね。しゃまって言ってたね。いたしゅって何だい?」
「所詮は犬臭い忍者ってことでしょ」
「……分かっていることだ。いわなくていい」
「あやつ自分から目立ちたいとほざいて司会を立候補したはずが」
「も、もう! 皆毒吐き過ぎですよ? 自爆はある意味忍者らしいじゃないですか! ほら!!」
***
「……む?」
「あなた? どうかなさいましたか?」
「いや、今誰かが麻呂のことを呼んだような気が……いや、気のせいであるな」
***
「ンフフ。目立ちたがろうとして失敗した犬忍者は放置して、先進めるわよ!? 時間はいっぱいあるけど押してくわよ!?」
「あの……とりあえず状況説明してほしい。私いきなり拉致されて気付いたら此処にいたんだが。クロスユナイトの主催なのか? これ」
床に直座りしている正純が、座りなおしながら挙手&質問。彼女が回りを見回せば、梅組のメンバーが勢ぞろいしている。
「貧乳政治家良い質問ね! ――でも答えないわ! 教えてもあげない! わけのわからないまま蹂躙されるがいいわ同人誌みたいに素敵!!」
「あ、そのネタもらうわね!」
――なお当方、手綱は既に放棄した。収集が付かなくても責任は負わないのであしからず。
「っていうか、そもそも『王様ゲーム』ってなんなんだ? ごっこ遊びの延長みたいなやつなのか?」
その正純の反応に――二代を除く全員が絶句する。そしてヒソヒソと隣近所と会話を交わし、時折正純を見て、またヒソヒソと。
「そ、そういう反応やめろよ! なんだ、常識的な知識なのかそれ!? 一般的な知識な感じなのか!?」
「おいおいセージュン落ち着けよ。語呂からして簡単じゃねぇか。王様でゲームする、つまり俺を弄ぶんだ簡単だろ?
――や、優しく、してね?」
「Jud.正純様。優しくこちらの全裸で遊ぶゲームの様です。当たりを引けば、なんとこの全裸の世継ぎ的なのを――」
「え!? おいおいホライゾン! やべぇよそんなこと言ったらこれ全年齢からR元服に移せって――」
「――優しく根絶できる権限を与えられます」
意味ありげに、『何か』を握りつぶす表現をするホライゾン。その隣、全裸の馬鹿が青くなっていた。若干内股気味なのは気のせいだろう。
――エロイ方面ではなく、残酷描写での移設もありえるかもしれない。
「えっと、馬鹿の説明を無視して簡単に説明すると、まず皆でクジを引くんだ。
クジには、今の人数-1、つまり『1から25』の数字の札と、一枚だけある『王様』の札。それで、王様のクジを引いた人は、その数字を指名して命令が出来るんだ。
原則として……拒否権が無い。つまりは
「「「「「中二乙wwwww」」」」
「えーっと、具体的には今の中二……じゃなかったネシンバラ君の説明の通りです。あと、基本的にこの手の馬鹿騒ぎはトーリ君と喜美の主催ですね。
ええ。ということでとっとと諦めてください。……その方が楽ですよ? いやホント」
そう言い切って、どこか遠い眼をし出す巫女服姿の智。――彼女も拉致されてきた口らしい。
遠い眼は途中で投げ出す形になった神事にか、それとも二人に振り回されるようになった過去を回想しているのか。
しかし、おかげでなんとか理解は出来た。教卓の上にあるよく分からない箱。紙片がいくつか入っているようだが、ソレが彼らの言うクジなのだろうと察する正純。
いくつか間を置いて頷いている二代も、おそらく初体験のはずだ。
「淫乱殿、その『王様の命令』というものはどんなものなのでござるか?」
「……フフフ♪」
喜美が、笑う。
うっすらと頬を赤らめ、眼を潤ませる。
一瞬でこれほどまでの艶を出せるのかと戦慄すると同時に――外道ながらも常識よりのメンバーは咄嗟に、円を描く席陣の中から『あるカテゴリ』のメンバーを探す。
一人は、梅組に残された唯一の良心。武蔵の至宝こと向井 鈴。視線が集中したことに首をかしげている。癒された。
一人は、威風堂々。頼れる皆の姐さんこと直政。煙管を吹かし喜美を一瞥し、やれやれと頭を掻く。
最後の一人は、武蔵が誇る馬鹿力筆頭、『物理的最大抑止力』こと止水。しかし物理的に一番頼れるだろう彼はどうしたことか、うつ伏せのままピクリとも動こうとしない。肺の上下で生存は分かるが……。
つまるところ、最後の砦が機能しないまま、暴走は極まっていった。
「ねぇえ? 今までの私って、結構自重してたのよ偉いでしょう? でもしょうが無いわよね? だって皆18歳未満だったんだもの。ええしょうがないわよね愚弟」
「……でもホライゾン厳密に言うと一桁だよな歳」
「ええそうよね、愚弟の言うとおり。18歳。つまり、18禁を超えられるって訳よね? クフフフ……ついに時代がこの賢姉に跪いたのよ!!」
誰が、一番暴走しているか。
――まあ、改めて言う必要も無いだろうが、この姉である。
ちなみに、誕生日的に17歳も当然居る。むしろそちらのほうが多いのではないだろうか。
「だからこそ、この賢姉が応えてあげるわ!
『なんでもあり』よ! そうよ『なんでもあり』なのよ!? 大事なことだから何度でも言うわね!?
『 な ん で も あ り 』 よ、分かったわね!?」
暑苦しいなぁ、と正純が軽くマジ引きする中、陣の中の何人かが、深く考えるように目を伏せる。
それぞれ大体何を望んでいるのか、が用意に想像できるようになって来たのは、梅組に馴染んできたのか。
……それとも、自身も外道に染まってきたのか。
「それじゃあいくわよ第一回戦!」
戦いなのこれ? という誰かの呟きは気にしない。
「「「「王様だぁーれだ!!!」」」」
***
「Jud.!! 麻呂であるとも!!」
「……あなた?」
「……む? なんであろうか。今唐突に……んん?」
***
「キタコレ! 小生です!」
「……はーいそれじゃあ第二回戦を」
「スタァァァアップ!? なんですかそのテンションの急激な落差は!? ええい、コレだから年増の巨乳は……! ルール全無視ですよ肉多らしい!!」
お前もな。と隣のノリキが冷たい視線を送るが、王・御広敷は気付かない。
「はいはい分かったからさっさと番号言って命令しなさいよ。
ああ、そうそう。何でもありって言っても『幼女攫って来い』とか明らかタイーホな内容には拒否権あるわよ当然。あと金銭が絡むのも無し」
ノリキの逆隣――守銭奴が小さく舌打ちした。ノリキはというと両隣がアレ過ぎて早くもゲンナリしつつある。
「く、し、しませんよそんな非人道的な!? 小生は愛でるだけですよ! く、くそう、だれもかれも小生を犯罪者のように……ならば!」
そんな御広敷がぐるりと一同を見渡し、爆弾を投下する。
「八番の方が! リアルアマゾネスに「好きです」告白してきてください!!!」
間。
「きっ、貴様ぁ!? なんという、なんという恐ろしいことを! 友の一人に死ねというのかこの外道!!
――あ、ちなみに。拙僧、五番である」
立ち上がって御広敷を糾弾するウルキアガの言葉の内容は友を思う義憤だというのに、悲しきかな。声音がにやけを隠しきれていない。
「いいわよやるじゃないロリコン! これよ、こんな絶望的な感じが必要なのよ平和ボケした武蔵には!! さぁ! さあさあ! 名乗り出なさい哀れな子羊ぃ!」
喜美の言葉を皮切りに、若干緊張しつつ一同を見渡す。
――が、数秒経っても
「えっと、すみません。鈴さん何番です?」
「ろ、ろく、ばん、だよ?」
鈴の隣のアデーレが確認するが、確かに六と書かれている。目が見えない、というが、音鳴りさん他補助器具があるので、簡単な文字なら読めるのだった、と思い出していた。
死を逃れようと必死に演技をしている――様な人物は、一人としていない。
「ところで、――止めの字は何番なんだい? さっきからずーっと寝てるけど」
紫煙を一噴きした直政が、隣でうつ伏せのままの止水の後頭部に置かれた紙を見る。
それは、折りたたまれたままの、クジだ。
「……っていうか止水のやつ、どうしたんだ? かなり深く寝てるみたいだが……まだ昼過ぎだぞ?」
「あら、止水兄さん、暇なときは基本的に寝てるわよ? ……あの子と一緒にお昼寝してるときなんかもう……!」
「補足すると、刀の付喪神と契約した後はとくに眠いそうですよ? あ、ミリアム? 今度それ写真で。ええ。言い値で構いませんから、一ダースほど」
少し、いや、かなり周りが騒がしかったにも関わらず、止水は四肢を投げ出すようにして眠り続けている。
これはさすがに流すだろ、と誰かが苦笑を浮かべたが――おもむろに立ち上がった全裸が、ソレをぶち壊す一言を告げた。
「おーいダム。
――ベルさん、泣いてっぞー」
守り刀・覚醒。
床に顔をつけている状態から一気に顔を上げ、視線を鋭く左右に飛ばし――鈴を確認、ついで、泣いていない事も確認する。
その間、僅か、1.04秒。
それを成す止水が凄いのか、それともそれだけ彼女が皆に大切にされているのかはさておいて。
――とりあえず、『そこまで大切に思われている』という実況証拠を目の当たりにした前髪っ娘が。顔を真っ赤にして俯いている事実は変わらないだろう。
「……やっといてあれだけどおめぇすげぇな」
「ふぁ……ん? トーリか……あれ、ここ教室……?」
やっと体を起こしつつ、頭を掻きつつ、改めて一同を見渡す。全員揃っていることに軽く驚きながらも、疑問顔だ。
ノロノロと寝ぼけ眼で体を起こし、頭を掻きつつ座る。
「……いや、これ何事?」
「おう! 実はなかくかくじかじか」
「……?」
当然、リアルに「かくかくじかじか」と言われて伝わるわけもない。
冒頭から(点蔵が噛んだことも漏らさず)説明し、やっとこさ状況把握に至る。
そしてクジを開いて『八』の字を確認し……納得。
「で、御広敷の命令が『先生に告白してこい』と。
あー、いま先生職員室にいっかなぁ……」
そしてそのまま――なんの躊躇いも無く、教室を去っていった。
「「「「「「…………」」」」」」
空気がおかしい。
哀れな子羊を嘲笑って見送るはずの雰囲気が、戸を閉めるときの音が異様に聞こえるほどの静まりを作り上げていた。
「……ンフフフフフ。このロリコンめ。後で教導院の前の階段から蹴落としてやるわ!」
「えええ!? 掌返すの早っ!」
「――個人的に、止水君がどういう言葉であの、あ・の! 先生に告白するのかスッゴイ気になるんだけど。
で、どうする? 盗聴する?」
「そんな『お茶飲む?』って軽さで犯罪行為を推奨しないでほしいのですけれど……いえ、それはまあ気になりますが。手は何かありますの?」
手があるのか否か。それはおそらくあるのだろう。
一同が深い意味を込めた微笑みを向けた先にいる、隠密系特化の人物。
「――え、じ、自分で、ござるか?
無理! 無理でござるって! 『いけるいける♪』ではなく真面目にバレルでござる! お二人とも野生の獣なんて目じゃない察知能力というか勘の鋭さというか、あっ、待って、本当に――……。
ら、らめぇぇえええええ!!!???」
***
***
――キーンコーンカーンコーン……。
「うっわベタね」
「う、うるさいな! シュチュエーション演出の効果音だよ!」
「二人とも暴れないでください! ――画面が見えないじゃないですか!」
「素敵よ浅間。欲望に忠実ね! ……アンタ巫女よね。いいのソレで」
「とりあえず皆様、お静かに。画面にオリオトライ先生が映りましたので」
感情無いはずよねこの子……と、喜美と智が思わずアイコンタクトで確認しあうほどに、ホライゾンは食いついている。良い傾向と喜ぶべきか、それとも――いやいや。
「んー当然だけど先生以外にも何人かいるねー……お昼の後かな? 先生、爪楊枝咥えてるし」
「第一特務も嫌がってたわりにしっかりこなしてますねー……あ、あのお弁当限定版のですよ……!」
――『失礼しまー……お、いたいた』
――『……んー、止水? あれ、先生、アンタのこと呼んでたっけ――?』
「……拙僧たち、基本的に職員室に行くことなど皆無であるからなぁ……」
「態々叩かれに行くような殊勝者はこのクラスにはいないでしょ。……担任含めて」
「……それってつまり、行けば叩かれるだけのことを常日頃やらかしているということですわよね……?」
「「「「「え、自覚ないの?」」」」」
――『いや、呼ばれた記憶はない。……はず? まぁ、今回用があるのは俺……たち? のほうだから』
――『アンタは相変わらずところどころが疑問系ねぇ……っていうかなによ、俺『たち』って。……またトーリが何かやらかした?』
「も、物申すっ! 今のは断じて物申すぜ俺! 御指名で上げんなよ先生!! しかもなんかやった前提かYO!?」
――『そういや、この前番屋に捕まったときに、連絡先に先生の家の番号書いたー
とか言ってたけど?』
「……あ、やっべ俺死んだ」
「この前、って確か股間に☆つけて『奥義・金星流れ! 願い事は早口で!』事件だったか? あれ☆に石当てたら願いがかなうって伝わっていろいろ大変だったんだぞ……」
――『へぇ……! 道理で番屋常勤の連中から同情視線受けるわけね……!』
――『まぁ、そっちは置いといて。俺たちの用は別件でさ。今、クラスで『王様ゲーム』やってんだよ。
……それで、まぁ、『先生に告白してくる』って内容でさ』
「……あれ、この流れ。もしかして小生もピンチな感じですか?」
――『ほう。ほうほうほう。んで、その先生とのマンツーマン補修訓練を望んでる自殺志――可愛い可愛ぃ生徒は誰ぇかなぁ……!?』
――『ん? 御広敷だったかな。たしか――あ、これ言っちゃいけなかった感じだったか……?』
「……頑張れよ」
「墓は私たちで立てておいてやろう。……その辺の廃材ならばタダで作れるだろうからな。
――作業費は御広敷名義で請求しておいてやる」
「ロリキャラ系のエロゲを供えてやろう。……迷わず逝けよ」
「外道たちの優しさが怖い!? 誰か、誰かいつもの外道を! 小生のフラグを叩き折れる程度で!!!」
同情的な視線が、御広敷に集中する。『死ぬなら一人で死ね』という視線が果たして同情と言えるのかどうかは甚だ疑問だが。
――『はぁ……今日はやけに静かだとは思ってたけど。ほら、わかったから、止水もさっさと戻りなさい。告白されたことにしといてあげるから』
――『いや、まあ――それなんだけどさ』
盗撮通神の向こう。止水が、言葉を濁すように頭を掻いていた。
視線をさまよわせ、言葉を探し――
――『王様ゲームとか、そういうの抜きにしても、さ。 ……俺、先生のこと好きだぜ?』
言い切った。
そして、うん。と一人頷き。
――『……今までさ、俺は、先生に守ってもらってきた。でも、それももういい。……生意気かも知れないけど……先生に守られた分、それ以上に、今度は俺が守る。
ソレができるくらいには俺は強くなったし、これからも、俺は強くなる。だからさ』
オリオトライがどこか呆けるように止水を見上げ、それに気付いた止水は再び、頭を掻く。
――『け、結構恥ずかしいなコレ……。うん、まぁ、そんな感じだから――じゃ!』
と、呆けるオリオトライを呆けたままにして、止水は逃げるように職員室を後にした。
後にしたと見せかけて、顔だけのぞかせ――。
――『また明日な、
ニシシ、と笑って、今度こそ駆けて行った。
――『? 今止水君が慌てる感じで走っていきましたけど、何かあったんですか? 先輩。……あの、先輩? おーい』
――『んー? んー……特に何も無かったわよ? うん。なにも無かった。
……あ、そうだ光紀』
爪楊枝を取り、口元をぬぐい。何気ない動作で髪を整えるように。
誰かが出て行った扉から、顔を、逸らしながら。
――『その……年下ってさ、アリ――かな?』
――『バッチコイです。って……ええぇぇぇええええ!?』
――『あ、アッハッハ! 嘘よ嘘! ゴメンゴメン。さぁて、今日は飲みにいくわよー!
――ん……?』
ふと、オリオトライが視線をさまよわせる。そして通神に目線を送る一瞬前に、点蔵が逃避した。
「やりきった! やりきったでござるよ自分! ……だというのに何でござるかこの教室の極寒具合……!?」
――最後にチラリと見えた、嬉しそうにはにかむ担任の顔。あんな顔見たこと無い。
「ンフフ。ああああ相手にとってふふ不足はないわええホントよ?
……ねぇ、敵が増えたわよ? しかもコレなんか大きくリードされたわ――!!!」
とりあえず、のところ。
緋色が帰ってきたら尋問が始りそうである。
――王様ゲームは、まだ続く。
オリオトライ先生って何歳なんでしょうかね……
読了ありがとうございました!!