境界線上の守り刀   作:陽紅

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……あとがきで、すこし調子に乗らせてください。



プロローグ

 

 

 

 

 引受裂傷、大小あわせ465箇所。

 

  同上 、致命傷延べ38箇所。 

 

 総失血量、約5L。

 

 

 

「 そ こ の 大 馬 鹿 を 捕 ら え ろ ぉ ! !」

 

 

「「「「「Jud.!!」」」」」

 

 

 

「え、なに? ってぅぉぉぉお!?」

 

 

 ふと思い返すのは丁度一日前のこと。武蔵からホライゾンを奪いに来た連中に、トーリと止水の二人で突撃したときだったか。

 

 あの時は真上から拘束されたが――いやはや。よもや殆ど同じ場所で今度は横から征圧されることになるとは。

 

 

 

「……飯くらい、ゆっくり食わせてくれよ」

 

「ふっ。今の止水君に人権はないよ。っていうか、僕君に言ったよね? 『真っ先に』『医療棟に』『行く様に』って。

 

 ……ねぇなにやってるの? オニギリ両手になにやってるの? 馬鹿なの? ああゴメン馬鹿だったね」

 

 

 

 

 捕り物の現場となったのは、青雷亭の前通り。シートやら茣蓙やらを引きつめて、酒を交わして食べ競い合う宴会場。

 シロジロ指揮、そしてネシンバラがトドメのように見下してくるのを半眼で見上げつつ――死守したオニギリを一口パクリ。

 

 

 ……その余裕っぷりに、ネシンバラ・シロジロともに、ビギリと血管を浮かせた。

 

 

「――ああ、私だ。商業区の『守銭奴』だ。獲物は現場にいる。いますぐ急行してほしい。確保は既に済んでいる。……なに? 報酬だと?……『好きにして良い』では足らん――……ふむ。切れたか」

 

「おい――シロジロ? シロジロさん? 今誰に連絡を……?」

 

「ああ、皆。止水君の上半身剥いてくれる? うん。ここでやってもらうから。準備準備。僕はシロジロ君みたいな報酬は出せないから、ボランティアで頼むよ?」

 

 

 交わされていたいくつかの杯が止まり、争っていたいくつかの箸が止まる。

 止まり――しかし再開した杯と箸があれば、そのまま置かれた杯と箸があったわけで。

 

 

「さ、さー、しーちゃーん? ぬ、脱ぎ脱ぎしよっか? 大丈夫だよ? ナイちゃんこう見えて上手……違うの待って!? 上手かったらダメだよガッちゃん!?」

 

「フヘヘ落ち着きなさいよマルゴット。酔ってるダケヨ私たちは。上手くなるための練習よJK(常識的に考えて)

 

 

「落ち着くべきです止水君の服装は和装ですからつまり巫女たる私が適任なわけであるわけですよそうですそれに血の汚れは丁寧に禊がないといけないんですよつまりやっぱり巫女たる私の出番ってことでゴー!!!」

 

「危険な発言なんて聞こえないでござる……! でも、とりあえず真面目に脱ぐでござるよ止水殿。血の匂いがすげぇでござる。あと乾く前に洗濯せねば。

 

 ――御母上の形見なのでござろう?」

 

「あ、じゃあ脱がすの自分たちがやっておくので、第一特務は一っ走りタオルか何かお願いしますね? できたらお湯かなんかも」

 

 

「っ! Jud.!! パシリ? パシリでござるなぁ!?」

 

 

 アデーレの要請を受けて、どこか嬉しそうに「もうしょうがないでござるなぁ!」と言って、音も無く消える点蔵。

 

 

「……パシリ忍者を、否定する気はないようであるな」

 

「小生、それが彼の生き様だと思いますよ。……あ、ちょっとちょっと! 小生の前でガチマッチョのストリップとかNGですよ!?」

 

 

「傷を早く治すにはー、傷口にカレーが一番デスネー」

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 それは、ただただ痛いだけではないだろうか。

 

 想像しただけで激痛ものであった。

 

 

 一瞬前まで辛いが美味いと、ハッサン提供のカレーライスに舌鼓を打っていた一同はピタリとスプーンを止める。

 

 

 

「……なんなんだこのカオス」

 

「えっと、止水さんが酔っ払った女子に押し倒されて、それを余興に宴会が起きていて、カレーを食べている人たちが鎮痛な感じですわね? ええ、率直に言うと」

 

 

 状況説明、感謝。

 

 

 既にいろいろと出来上がっている連中の中に遅れてきたのは正純と、いまだ戦闘衣のままのネイト。

 正純は片手で顔を押さえつつ、既に第二装甲まで剥ぎ取られた止水をチラ見。ネイトも苦笑を浮かべているが、その緋衣から漂う濃密な血の香りに生唾を飲んでいる。

 

 

 彼女達に――現状の回復は、期待できそうにない。

 

 

 そして、止水の上半身が全て脱がされ――知らず、息を飲んだ。

 

 傷を、実際に流体で補填しているところを見たものはいない。

 

 

 分かりやすくその状態を表現すれば……止水の上半身のいたる所を、緋色のペンキが塗りつぶしている――そんな感じだろうか。

 

 

 肌色は少ない――というより殆ど無い。つまり、それだけ傷が多いということである。

 止水……というよりも、守り刀の一族特有の生命力の高さと、傷を埋めている高密度の流体のおかげで跡形も無く元通りになるとはいえ――。

 

 

「……ねぇ、しーちゃん。どれが誰の傷とかって、わかったりするの……?」

 

「ん? ああ……その時はなんとなく分かるよ。だけど重なってくるとわかんないし、いちいち覚えても意味ないしな――」

 

 

 そう言いつつ、右肘の少し先。ぐるりと一周する緋痕を眺める。果たしてその傷は、表面上のものなのか、それとも……。

 

 

 

 

 

(……今後のことを考えたら、止水がどこまでやれて、どんなことが出来るのかっていうことも把握しておかないといけないのかもな)

 

 

 あの時――正純が戦場に、止水の背の上にいたとき。

 

 いきなり倒れて、そのうえ意識を飛ばした彼の姿を思い出すと、今でも心臓辺りに氷でも埋められたようにぞっとする。ある程度はその時喜美から聞けたが、本人から詳細を聞くべきなのかもしれない。

 

 

 

 ――……だけど、まあ。

 

 

 

「し、止水、くん。おに、ぎり、追加……?」

 

「ンフフフフ。……ちょっと待ちなさいよ愚衆共。この賢姉に給仕させといて止水のオバカでエロネタとかなに? 寝取るの? いいわよ寝取り返すから!!」

 

 

 少し形がいびつな、しかし一生懸命握っただろうオニギリを乗せた皿を慎重に運んでくる鈴と、夜という本領を発揮するゴールデンタイムに突入している喜美がいて。

 

 

「ネンジ君! ――君はいつまでその大きさなんだい?」

 

「……戻らないのである……!」

 

『 おなかま? 』『 ももいろ…… 』『 だいえっとのぜんご? 』

 

 

 通りの一角を占領しているネンジが嘆きつつ、イトケンがそれを慰め、黒藻の獣達がなにやら審議をしていて……。

 

 

 

 ――誰もが、笑って、和んでいる。ほんの数時間前まで、抗争していたとは思えないほどで。

 

 

 

(明日から……明日から、難しいことは考えよう。今は、皆が無事だったことを喜んでいてもいいだろ……)

 

 

 正純は、明日からの自分の頑張りに期待することにして、隣のネイトと顔を見合わせる。

 青雷亭から続々と運ばれてくるいい匂い。味の保証はお墨付き。――ただ飯、というのも大きな要素となって、今日は食べようと意気込む正純。

 

 

 と。

 

 

「お待たせいたしましたシロジロ様。真打登場です。――――以上。

 

 さてそれでは、止水様。いろいろと。ええ、いろいろと、お覚悟を。――――以上。」

 

 

 正純とネイトが輪に加わろうとしたときだ。

 

 ――武蔵が文字通り、飛んで来た。

 

 

 重力制御で運搬してきたのは大きな赤十字の目立つ、馬鹿が付くほどにでかい救急箱。

 そこから取り出しただろう包帯を――鞭の用に両手で左右に引いて見せつけながら、患者(獲物)に迫る。

 

 

 ……それに、一同がジリジリと後退する。

 

 何が怖いって。武蔵の背後に展開する八つの通神枠の向こうで八艦長が不動のまま待機しているのだ。……武蔵の運行的に大問題である。仕事をしてほしい。

 

 

 

「えと、ねぇち……武蔵、さん……?」

 

 

 言い直した瞬間に。

 

 武蔵の肩が確かに、ビクリと上下した。

 

 

「……皆様。そのまま、押さえつけ、続行お願いいたします。――――以上。

 あれほど、無理をせぬようにと。お怪我をなさらぬようにと……! ――――以上……!」

 

 

 ……地響き系の幻聴が聞こえ始めた中で――誰かが、十字をきったり手を合わせたり。

 

 

 

「……止水様、おしおきです。ええ。有言実行いたします。――――以上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    《   残酷系18禁描写がございます   》

 

 

   《   しばらくお待ちください――――以上   》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンフフ。――ねえ止水のオバカ? アンタちゃんと生きてる? 意識ある? ……やたらイイ声で叫んでたけど」

 

「……ナントカ」

 

 

 袴は死守した。彼の戦果は……それだけである。それ以外は見事に蹂躙されたといっていい。

 

 いたる所に包帯と医療用の術式符を、コレでもかと巻かれて半ミイラ男のような様相の止水。

 疲れきった顔で――額当てと、高襟を取り払われた顔で――深いため息をつく。どちらも包帯を巻くのに邪魔だ、と武蔵に掠め取られている。

 

 

「――なんか新鮮ね。アンタが高襟も額当てもしてないなんて」

 

 

 そんなこんなで……やっと飯が食える――と、隅っこのほうで落ち着いている止水の隣に、苦笑を浮かべた喜美が、酒飲みセットを携えて座る。

 既に飲んでいるらしく、やや赤ら顔。吐息にも熱が多くあった。

 

 

「そうか? 言われてみたら……まあ、うん。確かに、そうかも」

 

 

 鈴が持ってきた、少し小ぶりで、少しいびつなオニギリを一口。――おかかだった。

 そのまま、癖で高襟を戻そうと――苦笑する。止水自身もなにやら違和感があるらしい。

 

 

「……もうダメじゃない。もっと味わって食べてあげなきゃ。 鈴が握ったオニギリなんて、超絶プレミアものよ?」

 

「……そういうのに、なんで最後の一個を喜美が食べるのかと」

 

 

しかも「鈴ぅ? 減塩思考素敵だけどお塩足りてないわよー!?」と鈴に直接批評を届けている。

 

 

 ――しかしまあ、それも喜美の計算のうちなのだろう――。

 

 食べるものが無くなればどうするか。

 時間的には少し速いが、疲れを鑑みてさっさと眠るか……場の雰囲気に倣って呑むだけ。という二択だ。

 もっとも……喜美が持っているものによって、ほぼ強制の一択なのだが。

 

 

 ……胡坐にて座る止水の隣で座りなおし、既に満たされ飲み干された名残のある盃を、そっと、両手で差し向ける。

 

 それを断る理由は特に無い。黙って渡してくる喜美に倣って黙って受け取り、そっと告がれる透明な酒を一呷り。 

 

 

「へぇ……随分、いいやつ持ってきたな」

 

「ふふ。でしょう? こんな良い女に酌された酒よ? 不味いなんて言ったらひっぱたいてやるわ」

 

 

 そしてまた、並々と盃を満たし、止水はそれを呷る。

 

 特に会話は無いが、二度、三度。

 

 

 

 

 

「……ねぇ」

 

 

 

 

 四度、五度目と来て――六度目。

 

 そろそろ半分か、というところで……喜美が注ぎながら、そう切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ホライゾンに告白した、っていうのは……本当なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……場が静まりかえっていることには、気付かなかった。

 

 

 白けたわけではないが、誰もが黙し……聞いていいことなのかと思いつつも、耳を傾ける。

 

 止水は酒を呷って胃に送り――今度は自分から欲するように、喜美に注がせる。

 

 

 

「あー……あの時、トーリが変に慌ててたのって、それのことだったのか」

 

 

 

 ……穏やかな、それでいて優しげで、でもどこか自嘲するような、笑み。

 

 否定は、しなかった。

 

 

 

 呷る。

 

 

 

「……丁度、一年前……かな。あの時は、本当にビックリしたよ。繋がるはずの無い相手に、俺の術式の線が繋がったんだ。慌ててそこに行ったら、今の姫さんが倒れててさ。

 

 ……自動人形、ってのには――まあ、驚いたけど」

 

 

 トーリが確信したのは、本人の言が正しいとしたら、ごくごく最近のことだ。『もしかしたら』という不確定ならもっと以前からかも知れないが――それに比べると、止水は比べるまでもないだろう。

 

 ホライゾンが武蔵に降り立った瞬間、そこですでに彼女をP-01sではなく、『ホライゾン』だと確信していたのだから。

 

 

 注がれ、また、呷る。

 

 

「……っていうか、善鬼さんから聞いてないのかよ? 姫さんを青雷亭で面倒見てくれ、って連れて行ったの、俺なんだけど」

 

 

 初耳である。と荒れはしない。……後で家族会議だ。被告人として実の母が立つことになろうとは。

 

 

 

「……その時に、さ。……姫さん寝てるって思ってたから、丁度いいかなって。いやー……自動人形って、寝てるときもいろいろ覚えてるんだな」

 

 

 

 肯定、した。

 

 とぼけることもせず、少し恥ずかしがって、居心地悪そうに、それでも笑顔で。

 

 

 

 自分は、ホライゾンに告白したのだ、と。

 

 

「……ふふ。やっぱり、ね」

 

 

 喜美も、それなりに酔っていた。

 

 今止水が水かお茶のように次々と飲み干している神酒だが、度数で言えばかなり強い部類の酒である。そんな酒をここに来る前に、喜美は三杯ほど一気に飲み干していた。

 

 

 素面で聞けない。聞けるわけがない、……と。

 

 

 だがその酔いも……一気に、覚めた。

 

 

 止水が、また呷るのを見届けて……見届けたら、笑ってやろう。

 

 ああ、そうだ。皆、皆に失恋したわね! って、自分の分も含めて、盛大に……。

 

 

「っ……それで、オバカはなんて言って告ったのよ? いっそそれも此処でゲロしちゃいなさい? 点数付けてあげるから」

 

 

 どこにしよう。どこで泣こう。枕殴りながら? それともお風呂がいいだろうか。ああでも浅間あたり、巻き込んでもいいかもしれない。

 

 

 でもそれは後だ。絶対に。

 

 

 

 

 

 

「――……好き()()()ぞ、姫さんのこと。……だったかな。確かそんな感じ」

 

 

 

 

 止水は空になった盃を――少しだけ、強く握る。

 

 逆に喜美は、半分ほどに減ったそれを落としかけた。

 

 

 

 『好きだ』と言ったのは、トーリで……。

 

 

 『好きだった』と……言ったのは、止水だ。

 

 

 

 ……その小さくて、とてつもなく大きな違いに気付かないほどの子供は、ここにはいない。

 

 

「……俺さ、最初『トーリと姫さんを守る刀になる』って、決めたんだよ。トーリと姫さんなら、皆を放っておくことなんかしないだろうし、二人を守ってれば、他のみんなのことも一緒に守れるって、そう思ったんだ」

 

 

 子供ながら、真剣な決意だった。

 

 友達を、見守ってくれる大切な人たちを守りたい。特殊な一族であろうとなかろうと、そう思う子供は多くいるはずだ。

 

 

 

 だが。

 

 ――でも。

 

 

 

「……俺は、姫さんを守れなかった。トーリも守れなかった。だからせめて、武蔵を守ろうって……姫さんが大好きだった『 武蔵を守る刀 』になろう、って、誓ったんだよ。

 ――武蔵全部守ってれば、トーリも姫さんも守れる。皆も守れる。今度は、今度こそ全部。

 

 ……それにトーリは、俺たちの王様、だろ? 王様とお姫様で、はなから決まってるじゃんか」

 

 

 

 そう言って、笑う。子供のように。

 

 高襟に隠されること無く、額当てに秘めることなく。

 

 

 

 

「ふ、ふふ。馬鹿みたい……やっぱりオバカねぇ」

 

「……どうして、採点するというから言ったのに、点数の前に馬鹿にされているのだろう……」

 

 

 拗ねるようにそっぽを向いて、盃を弄る男を、皆が笑う。

 

 その盃を取り上げて、逆に酒瓶を付き渡して、催促するように突き出すのは喜美だ。近いのに触れまいとしていた距離間は踏みにじって、体重の全てを、揺るぎもしない包帯男に預ける。

 

 

 

 ……外野女子が絶句している。だが、少しくらい大目に見させてもいいだろう。

 

 なにせ、傷つく覚悟で代表して聞いてやったのだ。そう、これは、正当な報酬なのだ。

 

 

 

「ふふ、乾杯?」

 

「疑問でする乾杯って俺初めて聴いた気がするな……何にだよ?」

 

 

「そうねぇ……二人の門出、かしら」

 

 

 そう言われて、止水が意識を向けたのは青雷亭――の、暗くなっている店内。

 

 そこにいるのは王と、姫。

 

 

 

 ――ああ、確かに。門出だ。

 

 

 二人の……そして、武蔵の。

 

 

 

「……Jud.  乾杯、っと」

 

 

 

 

 盃はないので、瓶を喜美の盃に軽く合わせて澄んだ音を立てる。

 

 静かな乾杯は二人だけではなく、二人に合わせるように、全員が盃を掲げた。

 

 

 

 

 

「……さて、と。悪い喜美。ちょっと行ってくる」

 

 

「もう、ムード台無しねぇ。でも今回だけは許してあげるわ感謝なさい! ……で? どこにいくのよ」

 

 

 

 

 

 

「んー、そうだな……トイレ?」

 

「それこそ疑問で言うかしら普通……まあいいわ。さっさと行っていろいろぶちまけてきなさい!?

 ──隣は空けておいてあげるから、感謝するように」

 

 

 喜美は、酔いかそれ以外の理由でかは分からないが、自分の機嫌がいいことを自覚していた。

 

 

 ……トイレに行く、という男が。

 

 一本の刀を担いで、わざわざ緋の着流しを着なおすわけが、ない。

 

 

 それを指摘する野暮はしない。だから、こころの中で、いってらっしゃいを告げるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ながながと かけたが

 

 

 

   こんな感じで、初まり始まり

 

 

 

 配点 《エピローグのプロローグ》

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「やぁれやれ。一先ずは、安心。ってところかねぇ……」

 

「問題点はいろいろ浮き彫り。思うところ考えるところ多々満載、って注釈が付く安心ですけどね。まあ、あの子達が初陣ってことを考えれば十分合格点上げられるんじゃないですか? 酒井学長」

 

 

 教導院前の階段。昼間、生徒達が戦場へ赴くために下っていった場所を、酒井とオリオトライが並んで歩いている。

 

 事後処理やら根回しやら、戦場に立てず直接関われない自分たちが、唯一手伝えること。それの一段落をつけての帰路である。

 

 

 年か疲れか分からないが、肩をゴキャゴキャと鳴らして呻くオッサンに苦笑し、長剣を担ぎなおして、なおも下る。

 

 

「~っ。……はぁ。ま、出てきた問題点改善点は真喜子さんに任せるよ。俺、見つけるのとかは得意なんだけどそこからどうのこうのするの、ちょっと苦手だし? オッサンは縁側で観戦させてもらうさ」

 

 

「とかなんとかいって、昼間は「教頭が王権つかって格好つけてやがるだと……!?」ってジェラシって権限使ったらしいじゃないですか。ホライゾンの入学届け、あれいろいろ端折ってた部分の訂正さっきこっそりやってましたよね」

 

 酒井の足が止まる。そのためオリオトライに追い越されるが、彼女は気にも留めずにすたすたと行く。

 

 

「えっとー、誰に、聞いたのかなぁ、そんなこと……」

 

「……はっはっは♪」

 

 

 言うつもりはないらしい。ついでに大人の威厳を守る為に財布の紐を解かないといけないらしい。

 

 

 

「……ったく。へんな情報網といい……謎多過ぎでしょ真喜子さん……」

 

「んー、うちの生徒が言うには、『謎が多いほど女の魅力は磨きがかかる』そうですよ?」

 

 

 

 ……はぐらかすねぇ……。

 

 と、やんわり踏み込んでみた酒井は、咥えた煙管を上下させる。

 

 

 

「……いんや、本当に多過ぎるよね真喜子さん。真喜子さんが武蔵に来たときにはもう、止水のお袋さん――先代の、守り刀の頭領だった紫華さんは、亡くなってるはずだ。

 っていうのに、今日の解説なんか凄いじゃない。俺だって守り刀の一族にはいくつかの流派があるって事も、いくつかの『銘』も知ってたけど、あそこまで詳細には知らないよ?」

 

 

 やんわり踏み込んで足りないなら、思いっきり。

 土足で踏み込むような無粋は酒井も大嫌いだが、ことがことなのだ。――恩人に頼まれた一人息子の、生命線とも言える詳細情報……それを握られているとあっては、さすがに飄々ともできない。

 

 

「アレ? もしかしなくても疑われてたりするんですか?」

 

「疑いたくない、っていうのが本音で、信じて任せたいってのが本心。かな? おじさんの」

 

 

 機嫌の良さそうな笑いは、追い越したほうから。

 

 

「じゃあ、大丈夫ですよ。私は、私の生徒の味方ですから。どうして守り刀の一族に詳しいか、っていうのは――私、学生時代にIZUMOでお会いしてるんですよ。紫華様に……その時に、いろいろと」

 

 

 懐かしそうに、思い出を語るオリオトライに、酒井は気の抜けた苦笑を向ける。

 

 疑うだけ無駄だろう。先代も先々代も、人を無意識に()()()()()のだけは凄かった。

 

 

「……悪かったね、疑って」

 

「焼肉で手を打ちましょう。飲み食べ放題で」

 

 

 人は疑うもんじゃない、と切実に思う。

 しばらくの昼餉は青雷亭の菓子パンに決定した。

 

 

 そのまま深いため息をつこうとして――

 

 

「「っ!?」」

 

 

 二人の本能が、最大警鐘を鳴らした。

 

 

 腰の短刀に手をかける酒井と、長剣をいつでも振りぬけるように構えなおしたオリオトライが周囲を探り――。

 

 

「っ!? この気配、まさか……っ!」

 

「っ、真喜子さん!?」

 

 

 『ソレ』に先に気付いたのは、オリオトライだった。ヤクザに攻め込みに行ったときとは比べようも無い速度で後悔通りに突撃していく。

 

 慌てて酒井も追うが、離されないだけで精一杯の彼に、追い越すなど出来るはずもなく……。

 

 

 

 通りの中ほど……石碑のあるわき道で、立ち尽くしていたオリオトライに、やっと追いついて……、頬を引きつらせた。

 

 

 不気味な赤い流体光を夜の光源とし――筆で描かれたような血染めのそれは……『二境紋』。

 

 そして、その二境紋の中央で、二境紋以上に存在感を見せ付けるモノ――。

 

 

「おいおい……冗談が過ぎるぜ……!」

 

 

 

 それは、剣だった。

 

 片刃の、反りをもつ、剣。

 

 

 

 

 いや、正確に言おう――それは『刀』だった。

 

 

 それも相当古く、錆塗れの刃こぼれだらけの刀だ。柄に至っては半壊の状態で、鍔もボロボロだが……確かに、それは刀だった。

 

 

 流体光とともに、地面に突き刺さっているほうから消えていくその刀を睨み――。

 酒井は、その地面に描かれた一文を眼にする。

 

 

 

「Please……」

 

 

 ―― Please Kill me all(私の全てを殺してください) ――

 

 

 

「なんだってんだ……真喜子さん! とにかく浅間神社に連絡を入れといてくれるかい!? 俺は一っ走り――真喜子さん?」

 

 緊急事態であると判断した酒井は、とにかく情報を精査しようとしたのだろう。現状二境紋が出たときは、襲名者が神隠しのように姿を消している。今回だって十分にその可能性があったからだ。

 

 その彼の言葉を無視するように――呆然と、消えていく二境紋と、刀と、その一文を睨むオリオトライ。

 

 

 もし……もしも、酒井が彼女と同じタイミングでこの場に来ていたら、殆ど消えかかっていたもう一文を、読み取ることが出来ただろう。

 

 しかし、そうはならなかった。その一文を読むことが出来たのは、オリオトライただ一人……。

 

 

 

 

(ふざけんじゃ、ないわよ……っ!?)

 

 

 

 

 その彼女は、拳を硬く、堅く……握る。

 

 

 

 

(――これ以上、あの子たちに何を背負わせようってのよ……!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ―― Please Kill me all(私の全てを殺してください) ――

 

 

 

 

               あなたには……その権利がある

            ―― You to have that right ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……武蔵の緊急警報が響いたのは、その直後だった。

 

 

 

***

 

 

 

 武蔵が感知したのは、航空艦だった。それも、戦艦級。

 

 近づいてくる、ならまだいい。対処を講じることが出来る。だが――。

                                     

 

 その戦艦は既に、右舷の上空を、ゆっくりと通過しているところなのだ。

 

 

 それなりの速度を持って運行している武蔵に対し、ただ航路が重なっただけならば、そんな現象は起こらない。

 

 つまり、相手は、武蔵を見ている。見下しにきているのだ。

 

 ステルス航行など、無意味。どこにいようといつでも攻められる、と――。

 

 

 

 

 そんな、牽制とも取れる挑発行為の為に来たのだろう。

 

 その艦上にいる六つの影――P.A.ODAの誇る五大頂の六名。またを六天魔軍とも呼ばれる――圧倒的強者達。

 

 

 

「……」

 

 

 

 その、強者に対して。

 

 武蔵右舷二番艦『多摩』の甲板上に――緋衣をはためかせた止水が立っていた。そしてなにより、笑っていた。

 

 刀を担ぎ、ほつれた包帯を風に揺らし。

 

 不敵に、堂々と――笑みを浮かべていたのだ。

 

 

 

 ……これを両者の初の邂逅とするならば。

 

 きっと、出すつもりのなかった殺意と敵意を抱かされた、P.A.ODAの完全敗北と言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 前途は多難。

 

 ――故にその刀は、どこまでも研ぎ澄まされていくのであった。

 

 

 




読了、大変にありがとうございました!

これまでお付き合いいただいた皆様方に、深く、深く御礼申し上げます。

皆様からのご感想、並び、激励。大変励みにさせていただきました。



それでは皆様……。




 俺「行くぜ!? 俺たち!!」 

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