境界線上の守り刀   作:陽紅

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十九章 終の一撃 【刀】

 

 刀剣に限った話じゃねぇんだ。……『刃』の要素を持つ道具に求められる、最たる『もの』ってのは、一体なんだろうな……。

 

 

 ――扱いやすさか? 軽さか? ……それとも、安全性か?

 

 

 そいつは答える奴らにもよるんだろうが……誰が、どんな答えを述べたとしても、俺はその全てを論破できる。なにせ、不動にして唯一つのものが存在することを知っているからな。

 

 

 ……例え、どれだけ扱いやすかろうと。例え、どれだけそれが軽かろうと。

 

 例えどれだけ、持つ自身に危険がなかろうと――。

 

 

 

 ……切れねぇ刃にはな、欠片ほどの価値もねぇんだよ。

 

 

【……ふぁ、ああ……】

 

 

 

 一つを二つに。両断するだけの鋭さを持って初めて、その金属は『刃』になれる。

 

 斬るという使い手の意思を、余さず結果として顕現させられて初めて、その魂は『刃』となれる。

 

 

 ……そしてそれ……『斬る』ことを求め続け……愚直なまでに、病的なまでに鍛えぬいた大馬鹿な連中が、俺たち――守り刀が『鈍』の一派だ。

 

 

 斬り、斬れず。

 斬れずを斬り、また斬れず。

 

 

 そんなことを延々と繰り返して気付けば、『斬れねぇモンはねえ』と言えるようになった俺たちは――その刀と技を持って、そりゃあ多くを切り払ってきたさ。

 

 獣を斬り、凶刃を斬り。

 定めを斬り、人を斬った。

 

 

 そして斬った以上に、俺たちは守ってきた。

 

 でもなんでかねぇ……俺たちは守ってきた以上に、それ以上に多くを……失ってきた。喪ってきちまったんだ。

 

 

 

 ――だから。だからよ。

 

 

 もう失いたくねぇんだ。

 

 

 ……もう、傷ついてほしくねぇんだよ。

 

 

 

 ……だって、のによ。

 

 

 

【……なあ、兄ちゃん。なんで、俺を呼んでんだよ】

 

 

 ……傷だらけじゃねぇかよ。馬鹿野郎が。

 

 

 

***

 

 

 切れぬ刃

 

 

 斬り過ぎた刃

 

 

 

  切れぬものを斬り過ぎた刃

 

 

 配点【 鈍 】

 

 

 

 ***

 

 

 

 正三角形のうちに円を描き、その中に逆正三角形をもう一度描いた図形。決して鳥居の形をしてはいないのだが、用途としては浅間神社の通神と同じ役割を担っているのだろう。

 

 

 その紋から……なんとも気だるげで、なんとも眠たげな走狗が一柱、のそりと現われた。

 

 少しよれた緋の着流し一枚を適当に着込み、墨汁を流したような、艶のない真っ黒な長髪。

 初戦に出てきた『(つるぎ)』と同じ。他の走狗たちとは違う三頭身は尋常でないほどに――眠そうであった。

 

 

「……なんでって言われてもな。この状況なら、お前呼ぶしかないだろ? ……っていうかお前……寝てただろ」

 

【…………。寝てねぇよ。だが、今すぐにでも引っ込んで、転寝したいってのが本音だな。……ふぁあ……】

 

 

 大欠伸を隠そうともせず、不機嫌さも盛大な走狗――『鈍』に、止水は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 

 ……変わらない。初めてあった時からずっと変わらず、非友好的な態度のままだ。

 

 

 

 ――【……俺はな、正直兄ちゃんが嫌いだ。お前の母親も嫌いだ。……だからあんまり呼ぶなよ? まあ大体寝てるから、呼ばれても応えねぇかも知れねぇがな】――というのが、鈍と止水の馴れ初めだ。

 

 初対面で盛大に大嫌い宣言されたのはその時が初めてであったため、止水はそのまま帰っていく鈍をただ見送ることしか出来ず――それ以来だ。

 

 

 

 

 つまり、実に約十年ぶりとなる会話である。

 

 

 

【……俺は、前に言ったな。『俺は兄ちゃんが嫌いだ』って】

 

 

「ああ、そんでもって、俺のお袋のことも嫌いだって言ってたな、確か」

 

 

 覚えてるのかよ、という呟きの直後――『鈍』は深いため息を零す。

 

 

【――悪いがな、それは今でも変わっちゃいない。俺は、お前ら母子が大ッ嫌いだ。

 

 ……人の話をろくに聞きやしねぇし。聞いたところで、歯牙にもかけねぇ。「あぶねぇ」って俺たちがどれだけ止めたって、お前の母親はスタコラサッサと危険な場所に飛び込んでいきやがる。そのガキの兄ちゃんにも、その血がガッツリシッカリ受け継がれていやがるしよぉ】

 

 

 ああ嫌だ嫌だ、と苛立ちを隠そうともしない『鈍』は、片方だけ開けている半眼で、睨むように止水を見下ろす。

 

 

 流体で傷と血を補っている、と聞けば不死身の戦士か何かに聞こえるだろうが、それはとんでもない誤解だ。

 傷はただ塞がっているだけ。治ったわけではない。血だって輸血されたわけではないのだから、単純に酸素を全身に運ぶ役割しか担っていない。

 

 

 

 そうは見えないだけで、満身創痍。……それが本当に、頭にくる。

 

 

 

【……兄ちゃん。兄ちゃんはもっとテメェの『命の重さ』ってのを知らねぇといけねぇよ。

 傷を奪える? テメェが無理して無茶すれば仲間が無事で安全? ……ふざけろよ大馬鹿野郎。お綺麗な自己犠牲の精神なんてそこら辺にでも捨てちまえ】

 

 

 

 言葉は粗暴で乱暴。しかし……その言葉に込められた思いは、止水の周りにいるだろう人間達の代弁だった。

 

 

 ……返す言葉がなく、しかし、それに従うことなど以ての外である止水は黙るしかない。

 

 

 

 

 

【だけどまぁ……】

 

 

 

 

 

 そんな止水を……【鈍】は笑みを浮かべて見下ろした。大変苦味の多い笑いだが――突き放すような先ほどまでの雰囲気は、ない。

 

 

【……途中で投げ出すと思ったらよ、兄ちゃんは十年も貫いちまったんだよなぁ……そんでもって、これからも曲げる気はねぇときた。ガキのころならいざ知らず、こんなデカクなってたら――俺も、さすがに認めなきゃいけねぇよな。

 

 ……兄ちゃんも……紛う事なき、守り刀の一族なんだよなぁ】

 

 

 

 ――そして、俺も、か。

 

 フワリと僅かに上昇し、武蔵の後方に近づきつつある三征西班牙(トレス・エスパニア)帰属の戦艦を眺める。

 

 

 

【にしても。ひぃふぅみぃ、の……おいおい。わざわざ俺を呼んでおいてたったの五つとか、そりゃあねぇだろう。――こりゃあ相手にとって、満足はなしだが……】

 

 

 戦艦から視線を外し――止水の後ろ。

 

 彼を見守るように立つ梅組の一同を、そして彼に向けられているであろう数多くの感情を感じ取り――『鈍』の顔から。眠気が消えていく。

 

 

 

【……ああ。『(つるぎ)』の奴がうるさいわけだ。こんなにも、『戦えることが嬉しく思える戦場』が、あるなんてなぁ……久しぶりだぜこんな嬉しいのは。

 

 それこそ……『おぎゃあ』と生まれたその瞬間以来ってくらいにな……!】

 

 

 

 眼は鋭く、鷹の如く。

 

 口は弧を描き、童子の如く。

 

 

 抜き放つ心は、刃の如く。

 

 

 

 ……守り斬るために、敵対する遍く万象の一切を断つ。

 

 

 その刀の銘は守り刀が一刀……『鈍』。

 

 

 

 その彼の感情に呼応しているかの様に、彼の体を緋炎が薄く包み込んでいく。それを見た止水は、全身の配刀を全て廃し、一般的な長さ太さの刀一振りを改めて左腰に配刀する。

 

 そして、そこからさらに変化を見せたのは左腕だ。腕の通っていた緋の袖はダラリと力なく垂れ、次にガバリと前の合わせから左肩、左胸を外気に曝す。

 

 

 

 

【で、何本で行くよ?】

 

「『五』でならいけるか?」

 

【――馬鹿野郎。そいつは兄ちゃんが万全の状態でもギリギリの数だ。いまなら、そうだな……限界を重ねても『二』だ。それ以上はゆるさねぇ。納得できねぇなら俺は帰るぜ】

 

 

 じゃあなんで聞くんだよ……と言い返すことはしない。

 

 言い返して、本当に帰られても困る。というのもあるが……。

 『鈍』が止水のことを心配しつつも、止水が成さねばならぬことを止水にさせようとしていることに、なんとなく――本人が気付けたからだ。

 

 

 ――左腕を、左へ突き出す。

 

 

 

 

 

 

「んじゃあ……行くぜ? 『鈍』」 

 

 

 

【ああ。……魅せてやろうぜ、兄ちゃん……】

 

 

 

 

 

「【――『初めの口上』ッ!!】」

 

 

 

 

 その左腕に――止水の言葉か、『鈍』の言葉か……そのどちらかに呼応した二振りの抜き身の短刀がどこからともなく現われ、容赦なくその腕に……突き刺さる。

 

 それに気をとめることなく――『鈍』は淡々と、言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

【  見えど聞こえどいざ知らず……近くは人より又に聞け。遠くば文にし眼にも見な……!

 

   『まどろみ』はとうの昔に覚めきって。だから望むは『暁』の刻……!】

 

 

 

 

「ちょ、おい止水っ!?」

 

「黙ってみてろトーリ。……任せたんならさ、俺に任せてくれ」

 

 

【なるほど。あれが兄ちゃんの王か。

 …………。まあ、俺がどうこういうことじゃねぇか】

 

 

 後ろで駆けつけようとした幾人かを言葉で制し、腕を貫く刀に、呼吸を落として意識を集中させる。

 

 噴出すかと思われた血は以外と勢いなく――しかし、裸となった腕に赤い川を作り上げる。

 

 それを一瞥し――『鈍』は自身から上る緋炎を止水の左腕……正確には、そこを流れる血に纏わせ、流れを操る。

 

 

 

 

 

 

 赤い雫の行き着く先は、鯉口を切った刀の――鞘内。

 

 そして止水の構えは、刀を抜かずの唯一たる――抜刀術。

 

 

 

 ……この二つの条件が出揃い――それを見た武蔵勢の誰かが、思わずゴクリと喉を鳴らす。

 

 自分で自分を傷つける自傷行為に理解が出来るはずもなく――さらに、明らかに間合いの遥か彼方にある敵艦五隻に対し既に構えを取る止水の正気すら、疑いもした。

 

 

 だというのに、鳥肌が収まらないのは――本能で理解しているのだろう。

 

 

 ――これから、起こるだろう出来事の、常識はずれさを。

 

 

 

 

【ああ――悪いけどよ。俺は『(つるぎ)』みたいに他の合いの手はいらねぇんだ。そんな、いかにも『待ってます』って顔されても、俺はなんにも言わないぜ?】

 

 

 

 ……武蔵の眼鏡が舌打ちしたような気がしたが、気にすることはないだろう。

 

 なぜならば……

 

 

 

【それによ……剣士に言葉は不要だろうが。更に剣を構えているなら、なおのこと不要。

 ……黙って、その眼に焼き付けろ。そうしたら俺たちが見せてやる。

 

 

 ……全ての刃が夢見る、『斬撃の境地』ってやつをな……!】

 

 

 

(い……今の、決め台詞だよね? しまった! まさかの時間差……!?)

 

 

 

 ……そんなごたごたのうちにも血は流れ――鞘内に溜まっていく。術式操作されているのか、地面にその雫が滴ることはなかった。

 当然それだけの時間をかければ、相手にもこちらが『何かしようとしている』ことに気付くだろうし、武蔵本艦に先んじて沈めようともするだろう。

 

 

 故に五艦からの一斉砲撃は、当然から来る結果と言える。

 

 目測にして二十から三十の砲弾が飛来する中――最前線だけは、慌てない。

 

 

 

 不敵な笑みすら浮かべて、殺到する『玩具』に標準を合わせる。

 

 

 

【それでもまだ足りねぇよ――まあ丁度いいか。兄ちゃん。肩慣らしだ。

 

 

 ……《迎撃指令・絶対領域》……っ】

 

 

 

 【鈍】はただ、その言葉を発しただけ。

 

 止水は動かず、不動。

 

 

 

 だというのに、丸べ艦に殺到していたはずの砲弾は、その道程を半ばにして放たれた数の『倍の数』となり、そして例外なく……全て爆ぜた。

 

 

 

 

「なぁ……眼に焼きつけるのも、無理なんじゃないか……?」

 

【そんなことねぇさ。――光の速度を捉えられるやつくらい、今の時代にはそれなりにいるだろ?】

 

 

 ――いねぇよ。

 

 

 苦笑している止水と楽しそうに笑う『鈍』を見て、一同は内心でツッコミをいれつつ理解する。

 斬ったのだ。刀の刀身より遥か遠くにある数十の標的を、一つも余すことなく。その上、誰の眼にも留まることなく――言葉通りならば、光の速度を以ってして。

 

 

 武神を相手に出来る、と言った止水の言葉に、欠片の嘘もなかった。

 

 恐るべきはその剣速。いままで――全員とは言えずとも――だれかしらその剣閃

を追うことが出来ていたのだが……。

 

 

 抜いたことも、斬ったことも。収めた瞬間も……それどころか、『動いたはずの緋衣の揺れすら』誰一人捉えることができなかった。

 それに唖然とする一同を、『鈍』は笑う。

 

 

【おいおい、びっくりはまだ早いぜ? ……本命は、此処からだ。圧の具合も丁度いいことだし――見せてやるよ。光の速度の、その先を……!】

 

 

 

 

 そして、爆煙が張れる間すら惜しいとばかりに――止水と『鈍』は、その業を『世界』に刻み付ける。

 

 ……とは言うものの、止水自身の変化は体の向きと、姿勢だけ。

 だが一同はその背の向こうを、しっかりと眼に焼き付けることになる。

 

 

 

 

 ――爆煙は余さず、『斬り払われ』。

 

 ――艦上で吹き付けていた風は残さず、『斬り捨てられ』。

 

 

 ――晴れた爆煙のその先にあった五つもの艦体は、落ちて行く。落ちて行く過程で……細かく、バラバラに『斬り堕とされて』……。

 

 

 

 

【……『破国・斬刀狩り』……終型『暁』――()をも()る、光よりも速い斬撃、なんだが……初めての上に、二血でこれか。

 

 ――末恐ろしいってのは、こういう……?】

 

 

 残心を取る止水にそう零し、腕を貫いたままの刀を戻す。即座に流体で埋められ止血されたが――どうにも、止水の反応が鈍い。

 危なっかしい、と覗き込み……呆れた。

 

 

 

【……おーい。すまねぇが、誰か手貸してくれ。……兄ちゃん、気絶していやがる】

 

 

 それを聞き、一瞬呆け――慌てて点蔵たちが駆け寄って止水の体を支える。

 

 

 

 ……だからだろうか。

 

 

 

 誰一人――遥か地平の果ての雲郡の、方位一角分が『斬り伏せられていた』ことに、気付くことはなかった。

 

 

 




読了ありがとうございました!

最初の妄想から唯一はずれているのが、止水がいつのまにか対軍仕様になっている件ですね……どうしてこうなった。

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