境界線上の守り刀   作:陽紅

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あけましておめでとうございます!!

さぁ、ラストスパート!!


十八章 刀、未だ世の『鈍』 【上】

 道とはお世辞にも言えない獣道を、僅かな気だるさと、溢れんばかりの高揚感をもって揚々と進む。右手に心地よい相棒の重みと、大きさにしては軽いとは思うがそれでも重い『ソレ』を左肩に担ぐようにしているので両手ともに塞がっているが、構うことなくズンズンと。

 

 思わず鼻歌でも歌ってしまいそうなほど気分がいい。上がりそうになる口角に、何度もイカンイカン、と己を叱りつけるが……余韻は未だに、静まりそうに無かった。

 

 

 ガサガサと茂みを搔き分け、開けた視界に『着いた』と喜色を浮かべ、ついでに見知った顔たる幼馴染も発見。その隣に――名前は忘れたが、確か味方の一人がいる。

 

 

 

 

「くっ……やっぱり……だめ、なのか……?」

 

 

 

 ――喜び勇んで声を掛けようとしたところ、その幼馴染が、今にも泣き出しそうな顔で、震える声を絞り出すではないか。しかも結構な音を立てて登場したが全く気付かれていない。

 

 

「――信じろ、正純。トーリは馬鹿だが、やるべきときにはやる男だ。……止水もそうだ。奴らが重ねた年月は、拙僧たちと同じだが――積み重ねたものは、拙僧たちより遥かに多い……ッ! そんな奴らが……こんなところで終わるはずが無い……!!」

 

「ウルキ、アガ……」

 

 

 

 

 ……静まりそうになかった高揚感が静まったのは良しとして。

 自分以外のすべてが張り詰めた緊張感の中で、固唾を飲むようにして、何かを見守っている。

 

 

 

(……こ、これはどういう状況でござろうか……?)

 

 

 

 ――本多 二代。おそらく、その十八年の人生の中で初めて、『空気を読んで黙る』という行動を取った。

 ……蜻蛉切がキラリと、その成長を喜ぶように輝いた気がしたが。

 

 

 

 そんな彼女にやはり気付くことなく……ウルキアガは睨むようにして、三人が消えた場所を見続ける。ガリレオを討ち取った彼に与えられた次なる役目は、何故か一人になってしまった正純の、護衛である。

 

 しかし、護衛という役割を持ちながら、その姿勢は彼女を背に乗せることなく、今すぐにでも飛び出しそうなものだ。事実、ゴーサインが出れば――直ぐにでも飛んでいくだろう。

 

 その翼で周囲の大気を喰らい尽くし、砲が砕けようとも吹かし、苦難に曝されている友の、すぐ近くまで。――出来るものなら、今すぐに。

 

 

 ……弱気になってしまった正純を励まそうとして、言葉の半分以上は自分自身に言い聞かせているようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 ウルキアガは、彼に限ったことではないが……先ほどのホライゾンとトーリ、そして止水の三人のやり取りを見て……懐かしさに眼を細めていた。

 

 

 ――馬鹿な少年が、二人いて、片方は周囲をかき回して迷惑を駆けつつ笑顔にしていく馬鹿で。

 もう片方は、こっそりやっているつもりだったのだろうがバレバレで色々と無理をする馬鹿だった。

 

 

 そんな二人の手綱をものの見事に操ったのは大人達ではなく、一人の少女だ。前者は言葉で精神的に。後者は拳で物理的に。……いつもはどちらかと言えば大人しいほうで、普段はまさに『木陰で本を読んでいそうな女の子』だったとウルキアガは記憶している。

 ……そして、馬鹿を制圧するときだけやたらと迅速だったことも、しっかりと覚えている。

 

 そんな少女は――誰かが泣いていたり、困っていたりすると必ず手を差し伸べた。泣いていれば馬鹿と共に笑わせ、困っていれば馬鹿と共に助け……。

 

 

 ……でも、やっぱり馬鹿二人にはやたらと厳しくて。……そんな、十年前には見慣れていた光景を、十年を経て――やっと。

 

 

(御免だぞ……! また、奪われるのだけは絶対に……ッ!!)

 

 

 

 ――誰も彼もが、押し黙る。耳が痛いほどの静寂の中、一同はただひたすら、その瞬間を待ち続ける。どこかに表示されている時計の、長針と短針はもう見る意味を失い――最後の秒針でさえ、あと半周を残すだけ。

 

 息をするのも忘れ、祈るように手を組む正純。……の後ろで二代が、通神画面を覗き込み、正純の顔を見。そして二人が注視している処刑場を最後に見て、状況を理解できずに首をかしげている。

 

 

 左肩に担いだモノ。黒白の異形……大罪武装【悲嘆の怠惰】奪還という、どちらの陣営にも、いや、世界的にも無視してはいけない戦果にも関わらず……彼女はスルーされ続けた。

 

 

「……むう」

 

 

 ……彼女は何が起こっているのか理解が追いつかず、周りに倣って黙っているだけだったが。

 

 

『っ、見るでござる!!』

 

 

 沈黙を破る点蔵の声が響くのが早いか、彼が「見ろ」と言った白壁が、白く輝く様子を見るのが早いか。

 正純たちほど離れていても直視するのが難しいほどの光に眼を細め――光の中からトーリとホライゾンが――彼が彼女を引き寄せて、抱きしめるようにして帰還を果たした。

 

 

「か、帰ってきた! あいつら、帰ってきた!!」

「ふっむ! だから拙僧言ったであろう!」

 

 

 ガッツポーズの後、ピョンピョン跳ねて全身で喜びを見せる正純と、動きこそ無いが、相当興奮しているらしいウルキアガ。二人の様子を見るに、上手くいった、と判断できるだろう。触れたら死ぬという物騒極まりない壁の外側にも居る。

 

 

 ――しかし、そこかしこで湧き上がった歓声は……長く続かなかった。

 

 

 光の中から、二人に続いてすぐに現われるものだと思っていた、彼が。抱き合う二人を、守るように現われると予想していた、止水が……光が収まり出した今でも、姿を見せる気配が無い。

 

 

『ちょっと愚弟!! 止水は……止水のオバカはどうしたのッ!?』

 

『姉ちゃん姉ちゃん! せめて余韻に浸ら……待った。え、ダムの奴戻ってねぇの!?』

 

 

 ――戻っていれば、こんなに焦らない。戻っていないからこそ、誰よりもその帰還を望んでいる一人である喜美が、声を裏返して、震わせているのだ。

 

 各所から叫ぶように、戻っていない、という事実を告げられ同時に、どうなっているのかと問われるトーリ。しかし、彼にだって分かるはずも無い。

 

 

『わ、わかんねぇよ! 向こうじゃ俺とホライゾンだけで……!? あ、おい待て消えんな光!? あ、ちょっ……!?』

 

 

 焦り慌てるトーリたちをあざ笑うように……輝きは消えうせ、先ほどまでの白壁に戻ってしまった。そして当然――白壁の向こう側に、誰かが居るということも――。

 

 

 

 

 

『は、はははっ!! ざまあみろっ大罪者共!! 弱い奴らが身の程知らずにも粋がった結果だ!』

 

 

 そんな言葉が、どこからか上がる。

 

 静寂に包まれた場にその言葉はやたらと響き――。

 

 

『よし畳み掛けるぞ! 今の奴らなら容易く仕留め……っ』

 

『……少し、黙れ。祖国の恥さらしが……っ!!』

 

 

 ――その発言者は、その長に、叩き潰された。

 

 槌をイメージされて作られただろう淫蕩の御身、そのイメージ通りの使用法で叩き潰された者を、心底の侮蔑に満ちた目で見下し……適当な通神画面を開いて、時刻を見る。

 

 

 その瞬間のデジタル表記は『 18:00:32 』……直も、右端の数字は増えていく。

 

 

『――若僧だったが、敵ではあったが。……いま少し、語り合ってみたかったとも思う。

 ……見事だったぞ守り刀。貴様は俺の手から、守るべき者を取り返した。誇っておけよ――なあ、おい』

 

 

 それは教皇としてではなく、インノケンティウス自身の、手向けの言葉……戦場で散った者への、最低限の礼儀として。

 

 

 

『――さあ、ケリを付けるぞ武蔵の民よ。友の死を無駄にしたくなければ、立ち上がって戦え。勝敗はまだ決しておらんだろうが……!』

 

 

 

 インノケンティウスの言葉に、武蔵勢は力が抜けかけた膝にもう一度踏ん張りを入れる。

 まだ抗争は終わっていない。予想外のことがおき、停滞してしまったが、まだ、決着は着いていない。ホライゾンとトーリを守らなければ、何の為に――!

 

 

 と、再び一同が身構えた、その矢先。

 

 

 

 

 

『あの、いろいろと熱くなっている中年男性は少し放置させていただいて、一つ疑問なんですが』

 

「…………」×多

 

 

 

 

 その無言の視線は、批難に満ちていた。

 

 仲間が死に失意にくれる中、しかし、そのことに敵大将は正々堂々を重んじ、立て直す猶予さえ譲った。前科諸々で仲良くしろということこそ無理だろうが、『熱くなってる中年』はさすがに酷い。

 

 しかしその発言者ホライゾンは、そんな視線を意にも止めず――自分を寄せるトーリを見上げた。

 

 

『トーリ様。何故貴方は生きているのですか? ――チラッと先ほど聞きました感じ、悲しんだら死ぬらしいと記憶しているのですが』

 

 

 

「――あっ」

 

 

 忘れていた、訳ではないが……止水の一件の衝撃が大きすぎて埋もれていた。その事実が掘り起こされて、皆は更に焦る。

 止水が死んだとして、彼が、悲しまないわけが――

 

 

 

『……』

 

 

 ――ない。はずなのだが。

 

 当の本人は、じっと白壁を見つけたまま……何ひとつ、語ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「――喜美。 アンタ、大丈夫?」

 

 

 いつの間にやら喜美の隣に移動していたオリオトライが、普段からはちょっと想像できない優しげで気遣わしげな声で、問う。

 

「……ねぇ先生知ってる? いい女って、惚れた相手に強気でその他に弱そうか、逆に愛した人に弱気で有象無象に唯我独尊かのどっちかなんですって」

 

 

 深呼吸。

 

 トーリに問うたとき、勢いで彼女は立ち上がったはずだが――今では脱力したのか、深すぎるほどに椅子に座り込んでしまっている。

 

 ――止水の死、それは間接的に、トーリの死も示している。前者は野暮なため心中を語ることはしないが、後者は血を分けた弟だ。『そうなっていてもおかしくない』と思う反面、『ショックの程度が軽い』気が、しないでもない。

 

 

「あー、んじゃあ先生はどっちにしろダメねぇ。どっちだろうと超強気だから――」

 

「皆知ってるわよそんなこと。トトカルチョで『レッツアマゾネス婿候補予想』で『欠損ドンと来いドM vs 先生より強いアルティメットゴリラ』が一番二番人気なんだから。ついでに元締めは武蔵在住の某有名神社の神主よ? またの名をズドンパパ」

 

 

 強がってるなぁ、と蟀谷(こめかみ)に血管を二つほど浮かせながら苦笑を一つ。……とりあえず、抗争とは関係なく一人の男の死は確定している。

 

 ――周りを見渡せど、鎮痛そうな面持ちをしていないものなど居ない。智やネシンバラ、そして武蔵は自失して膝を突いているし、ヨシナオも下唇をかみ締めて怒りにも後悔にも取れる渋面を浮かべている。

 

 

「……今ね、ちょっと悔しいの。だって私、いい女オーラ出せそうに無いんだもの。しかもジェラシーっていうの? まさかそれを男、さらに愚弟に感じるなんて賢姉末世よ?」

 

 

 通神の向こう、丁度、光が収束していった部分の白壁を、何も語らずじっと見ているトーリ。何の行動もしない、というのは部外者の意見で、少なからず関わっていれば『死んでいない』という事実にいたる。

 

 

 トーリと止水は、そこにホライゾンと喜美も合わせてだが、付き合いが一番長いと言えるだろう。何せ互いの母親同士がつるんでいたのだから、物心つくよりも当然前からの付き合いだ。

 

 そんな、幼馴染を超えて……兄弟とさえ言っていい相手の死。コレに悲しみを感じないわけが無い。しかし、『悲しみ』という感情がトリガーとなってトーリは命を失うはずなのに、トーリは、平然としている。

 

 

 ……もうお分かりだろう。トーリは『止水が死んだ』などと、欠片にも思っていないのだ。

 

 

「――ほんの一瞬だけど……でも確実に、絶望したの。悲劇ズヒロインばりに『私も後追います!』になりかけたの。ああもう本当ふざけんじゃないわよって感じよねマジで。

 

 

 ……私が……私が一番アイツのこと信じてあげなきゃいけないのに。なにやってんのかしらね……ほんと」

 

 

 

(いい女、ねぇ……)

 

 

 言葉にして後悔して、そして、今度こそ信じるのだとばかりに、真っ直ぐ眼を逸らさずに見続ける喜美に、オリオトライは苦笑を浮かべる。

 

 

(……いい女オーラ、全開だわこの子……)

 

 

 しかも、しっかりと周りにいるものにも聞こえる声で言っているではないか。

 

 マルゴットが目元をゴシゴシと乱暴にぬぐえば、ネシンバラが膝を叩いて立ち上がり。

 

 ナルゼが深呼吸後に覚悟を決め、武蔵は眼を閉じその時をただ待つように。

 

 浅間はなにやら通神を開いてなにかしらの手を打とうとして、そして鈴が……。

 

 

「……あれ?」

 

 

 鈴は、鈴だけが、これといった変化が無い。

 ただじっと物音一つ立てず――非常にゆっくりと、それでいて()()()呼吸で……。

 

 

『む、武蔵避難所から小生、緊急連絡を通しますよ! ズドンバ……失敬! ズドン年増様はいらっしゃいますか!?』

 

 

 死体が一つ追加。明日の朝刊に被害者・加害者ともに『浅間』の苗字が載ることだろう。

 突然開いた通神に、オリオトライはこっそり南無と呟いた。

 

 

「一ヶ月絶食っていう内容を今後の奉納にしておきますね? で、なんですか?」

 

『ぎゃあコレだから年増はぁ!

 

 って違うのです! トーリ君達が戻った後にいきなり走狗(マウス)たちがどこかへ向かおうと……っ? ってぁぁああ!? だれか、だれか小生のイナちゃん見ませんでした!?』

 

『ウサ耳のッ! 子なら真っ先にど、かへ跳んでいったけど……!? ほら、あなたも落ち着いて! いまお外は危ないのよ!』

 

『やーあー! おじちゃんとこいくのー!!』

 

『NooooOOO!!! イナちゃんカムバァァァアク!!』

 

 

 微かに通神に映ったミリアムの膝の上、今まで大人しくしていただろう例の霊体っ子が、身を捩り手足ばたつかせの大暴れ。彼女の手はそれで一杯なため、現在避難所で起きている騒動を抑えることは出来ないだろう。

 ひっきりなしに走狗たちが通神画面を横切っていて――避難所は大騒ぎだった。

 

 

走狗(マウス)が……? ちょっと待ちなさい御広敷。契約してる連中は何してるのよ?」

 

『なにもしていませんよ! 勝手に端末から飛び出して、そのままビューンと! 皆さん、走狗のオプション能力で現状とかを確認していたんですけど……!?』 

 

 

 つまり今、避難所では広報用の大画面通神板でしか戦況が分からないらしい。よく見れば、御広敷の使っている通神は避難所に備え付けされている物からだ。

 

 

 指揮所の一同は、顔を見合わせる。誰もそんな事例など聞いたことが無く、専門家たる智でさえ首をブンブン振っている。

 

 

「……走狗のストライキとか、あるの?」

「あるわけ無いですよ! そ、そうだ。ハナミ! ちょっと出て来て!」

 

 

 走狗のことは走狗に。避難所に見られる異常の兆候が無い指揮所の面々の走狗ならば、何か分かるかもしれない。それに、ハナミは浅間神社の娘の走狗だ。普通の走狗たちより、ずっとずっといろいろな面で優れている。

 

 そのハナミが肩のハードから出てきて――なにやら更に蕩けた顔になってフラフラとどこかへ……。

 

「ちょ、ちょっとハナミ!? 貴女までどうしたの!?」

『 うー…… 』

 

 

 体をつかまれて戻され、不満げな顔になるハナミ。チラチラと見る方向は、止水が消えた、処刑場の方角。

 

(止水が走狗に好かれてるってのは知ってたけど……)

 

 

 だからこそ、彼を心配して――というようには見えない。どちらかと言えば、今のハナミは『楽しみを取り上げられた子供』のソレだ。

 

 

 ますます訳が分からず、首を捻るオリオトライ。その彼女の隣で――。

 

 

 

 ――武蔵の至宝が、ハッと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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