境界線上の守り刀   作:陽紅

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前回のあとがきで特別番外編といっていましたが、嘘つきました。先に本編です。

……さて、話は変わりますが、そろそろ……クリスマスですね。
いえ、深い意味はありませんが。


十七章 王と姫と刀。三つ巴の平行線 【下】

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 パタリコ。

 

 

「うきゃあ!? べ、ベルさん! ベルさんしっかりー!?」

 

 いろいろを聞いたせいか、いろんな許容量をオーバーした鈴が後方に向けて倒れ、丁度良くいたマルゴットに受け止められる。

 

 

 ――後頭部に感じる、柔らかな弾力。……そして、ほんの少しの……これは、お日様の匂い。

 

 

「よ……」

 

「よ……?」

 

 

 

 

「陽気、な、クッション――」

 

 

 

 ……ちなみにコレ、全国通神です。

 

 それを理解したマルゴットが顔を真っ赤にして、なんとか弁解を試みるが――鈴がいまだ気抜け状態であるので大した行動が出来ず――陽気なクッションを持つ天使として世界に名を轟かせることと相成った。

 

 

「ククク。さすがはオパーイソムリエ・鈴……私のときは邪悪なクッションだったのに」

 

 

 ……邪悪かしら、邪悪ってどの辺? ねぇどのあたり? と自らのソレを見下ろして、こっそり唇を尖らせる喜美はさておいて。

 鈴が意識を手放して、抱きとめようと駆け出そうとして不発に終わって悔しそうにしている艦長さんもさておいて。

 

 

 武蔵艦内は、大変なお祭り騒ぎとなっていた。

 

 

 教導院のほうからは『ざまぁ』『ぷぎゃー』などのコメントがそれぞれの顔文字つきで弾幕コメントとしてぶっ放され、避難所各所では喜んだり嘆いたりするものが半々。その手には何やら紙片が握られて――喜んでいる者は『散ル』、嘆いている者は『咲ク』とそれぞれ記されている。

 ……倍率は7:3とのこと。元締めは実名を明かしていない。

 

 

「……緊張感ないわねぇ、これ分かってるのかしら。告白失敗=奪還失敗ってことよ? さらに=で、武蔵の敗北って訳なんだけど?」

 

「オリオトライ君。それはその手に持っている紙片を処分してから言うべきではないかね? あとそのニタリ顔も」

 

 

 苦笑を浮かべるオリオトライと、おそらく、内心に焦りを浮かべている数少ない人物であるヨシナオだ。杖を強く握り、そして、口も強く結び――

 

 

「全く……馬鹿者が……! 麻呂たちより先に逝くなど……!」

 

 

 

 

 

 

『お、おい麻呂ぉ! おめ、俺を勝手に殺すんじゃねぇよ!?』

 

 

 

 

 俯いたヨシナオと、面々の正面に大きな通神画面が開き――ドアップで現われたのはトーリだった。半透明というわけでもなく、足先が透けているということも無く、葵・トーリが葵・トーリのまま、映っていた。

 

 皆の『何故?』という視線を受けたからか、少しのドヤ顔を見せる。

 

 

『おいおい俺まだフラれてねぇぜ? だってホライゾンは『理解ができねぇ』だけであって『俺が嫌い』って訳でもねぇんだ。今は理解できねぇかもしんねぇけど、これから理解できるようになりゃあいい! だろ?』

 

 

 それはそうだけど、と誰かが呟き、お互いの顔を見合う。

 指揮所の面々が何かを告げる前にトーリは背を向け――幾度目だろうか、ホライゾンと向かい合った。

 

 

『なぁ、ホライゾン。おめぇは、俺たちに『帰れ』って言うんだよな?』

 

『Jud. ソレが最善だと判断いたしますので』

 

 

 頑な。自動人形の思考は、それを最善とし、また実行しようとする。揺ぎ無く、また、一部の隙も無く。

 

 

『んじゃあ、帰れというお前の、俺は『平行線』に立つぜ、ホライゾン! 俺たちは『帰らない』! おめぇを『連れて帰る』んだ!』

 

 

 白い壁を、境とし。一人と二人の立つその場所を、線として。

 

 互いの立場は、平行線。

 

 

「これってまさか……対論の並べ合い……? 本多君が橋の上でやろうとしてたことじゃないか……!? ムリだよ葵君! 相手は自動人形なんだよ!? 妥協も私情も無い彼女を僕たちが論破できるわけが……」

 

 考え直せ、と提案したい。しかし、そう提案したとして、ネシンバラに現状を打破できる策がすぐさま出せるわけがない。ただでさえ、五分というタイムリミットが存在するのだ。

 

 

(……最終局面は、現場の主人公に任せるしかないのかな……)

 

 

 もとより、大きな抗争を見せているのは本多 二代と立花 宗茂の一騎打ちとトーリたち本隊の対決だけ。

 前者の戦いは白熱しているらしい音情報と、守り刀の加護を受けている彼女が善戦してるという現物証拠が居るためある程度放置でいい。

 

 ……ネシンバラはため息を一つ零し、指揮布陣のために用いていた通神を全て閉じ、腕を組んで――三人の映る大通神画面を見上げる。机の下でこっそり全域地図を展開していたヨシナオも倣い、全てを現場の――トーリたちを信じることにした。

 

 

 

『――おいダム、お前どうするよ。この際『見守る』なんてキザってねぇで、並ぶか? おめぇ、そっちなんか楽っぽいし』

 

 

 と、突然向けられた言葉に、再び銃撃を警戒するように立っていた止水が、ビクリと肩を震わせる。

 

 

『えっと……余裕なの、ばれてた? 俺的には姫さんの説得よりもこっちやってたいんだけど……』

 

『死なばもろともってやつだな!! ……あれ? 死んじゃだめじゃね? ダメだよな。

 ……まぁ要するにだ! ――浅間のズドンとかマルゴットの乱射とか平然としてるてめぇがんなチンケなのに苦労すっかよ。んで、どうするよ?』

 

 

 

「ちょっとソウチョー!? ナイちゃんそこまで酷くないよー!?」

 

「……あの、マルゴット? 私怒っていいですよね? つまり私は『そこまで』行っちゃってるってことですよね!?」

 

 

 さっきから何で私ばっかり!? と涙目のマルゴットに対し、その肩をイイ笑顔でムンズっと掴む智。可愛らしい悲鳴も上がった。

 

 そんな二人のやり足りに苦笑して、そして、トーリを見て頭をガリガリと掻く止水。そのまま、刀を持つ側の半身を残したまま、半身と顔をホライゾンへと向ける。時折刀は銀の弧を描き、何かを切り払っている。それを幾度も。

 

 

『……おめぇも大概バグッてるよなぁ……』

『そうか? でもまぁ、コレが俺に出来ることだよ。言葉は俺の領分じゃない。だからトーリ。そっちはお前がやってくれ。っていうかむしろやれ、頼むから』

 

 

 止水は暗に、俺は面倒だからやりたくないオーラを滲ませる。

 ただでさえ、自分は言葉で何かをするというのが苦手なのだ。口喧嘩で誰に勝てるか、と聞かれたら……まずしないだろうが黒藻の獣(クロたち)くらいとしか答えられないくらいに弱い。

 

 そんな自分が、対論なんて出来るわけがない。それに……。

 

 

(それはお前の、役目だろうしな……)

 

 

 ――昔からそうだった。彼女と手を繋いでいるのは、自分ではない。しかし、その繋がれた手を見ているだけで、自分は十分に幸せだった。その繋がれた手を、その二人を守ろうというのが自分の誓い――役目なのだと勝手に思っている。

 

 そして、そんな思いを欠片も見せずに、淡々と。二人に背を向け、厄払いに専念し出す彼に――指揮所にいる者達が、苦笑する。

 

 

 

「ふふ……ほんと、オバカよね。自分の気持ちにも気付いてないなんて。初等部の卵ズのほうが経験値高いわよきっと」

「あはは……でもほら、それがしーちゃんのいいところじゃないかなぁ? ってナイちゃん思うよ?」

「初心な女の子は人気出るけど初心な男子はどうなのかしらね? 十代ならまだいいけど、二十超えたらただの意気地なしよ?」

「そうなったら女子のほうから押せ押せGOGO! って感じでいいんじゃないですか?」

 

 

 何気に酷い意見が多い気がするが、それでも女性陣の顔は優しげなものだ。――ほんのりと、お互いの顔に見える悲しそうな笑みには、誰も何も言うことはしない。

 

 

「んー、今度男子会でもやってみようかな。飲酒させてさ、べろんべろんにさせて、本心を赤裸々に……」

「……ネシンバラ君? 一応麻呂も教育者であるのだが。その麻呂の前で堂々と未成年飲酒を宣言するのはどうなのであるかね?」

 

「「「「「「許可」」」」」」

 

「待ちたまえ君たち!? 思春期の男子の思いをそう容易く扱っては、ではなく未成年の飲酒は――!」

 

「……記録係として御同行させていただきます――――以上」

 

「武蔵総艦長っ!?」

 

 

 

 赤裸々に語られる内容がなんなのかを妄想しつつ――向かい合う、トーリとホライゾンを一同は見上げた。

 

 

『そんでどーすんだよホライゾン。おめぇの平行線に俺は立ったぜ? もしお前を俺が論破すりゃあ俺の勝ちで、おめぇを連れて帰る。おめぇから始めた平行線から逃げても俺の不戦勝で以下同文だ』

 

『……とりあえずそのドヤ顔をおやめください。いろいろ無視して鉄拳を叩き込みたくなりますので。

 別段こちらに義務などはございませんが……丁度ホライゾンにも確認したいことがありました』

 

 

 そんな……もっともらしい『言い訳』を一つ呟いて。

 

 

『平行線ですね。だからホライゾンは言います』

 

 

***

 

 

 どうなるのか。どうしようもないのか。

 

 どうすればいいのか。どうしようもないのか。

 

 

配点 【心配性】

 

 

***

 

 

「――ホライゾンは、最早、何も望んではいない。と」

 

 

 切り返された言葉は強かった。もうなにも望まない。それはつまり、もう望みはないと彼女が判断を下しているということだ。

 

 ……しかしその応答に、誰も悲観はしなかった。

 

 

 ホライゾンが応答を返したことに、トーリとの平行線に立ったことに、息を呑んだ。無駄なことと切り捨て、時間を待つだけで『自害を受け入れる』という彼女の目的は達成できるにも関わらず。

 

 

 

 

 彼女は、その無駄を無駄のまま突きつけた。

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。俺はお前の何もかもを心のそこから望んでいる、と」

 

 

 だからこそ、無駄の平行線となる対……無駄じゃないものにするべく、トーリは少し言葉を探し、答えた。

 

 

 

「平行線です。だからホライゾンは言います。私と貴方の納得の場所は、どこにもありません」

 

 言葉は早い。まるで、ずっと用意していたように彼女は続ける。

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。……俺は、俺たちの納得の場所を知っている。お前をそこに連れて行くことだって出来る」

 

 だから彼も、言葉という形にはしていなくとも……ずっとずっと秘め続けた思いを言葉(カタチ)にする。

 

 

 

「平行線です。だからホライゾンは言います。『不可能男』とまで云われる貴方に出来ることなど何一つもありません、と」

 

 カタチになっていない問。そして、一歩。

 

「平行線だ。だから俺は言う。俺はお前が望むことを何でもしてやれる。俺についてきてくれる連中もあわせりゃ、世界だって変えてやれる」

 

 そしてそれをカタチにする答。そして、一歩。

 

 

 

「……平行線です。だからホライゾンは言います。ホライゾンは、『死』を望む、と」

 

「平行線だ。だから俺は言う。俺と俺たちの全員が、お前が笑いながら、怒りながら、悲しみながら、そんでもってまた笑いながら、生きていてほしいと願っている」

 

 

 

「……。平行線です。だからホライゾンは言います。……自動人形には、人の命など在りません。感情もまた同じです」

 

「平行線だ。だから俺は言う。お前には人の魂が在る。感情が無いなら、俺が取り返してやる」

 

 

 

「……。平行線ですね。だからホライゾンは言います。――全ては無意味です。全ては無駄なことです。」

 

「平行線だ。だから俺は言う。俺はお前の全てを無意味だなんて思わない。お前の全てを無駄になんてさせない」

 

 

 

「――平行線ですね。だからホライゾンは言います……自動人形の判断は完璧です。間違いはありません」

 

「平行線だ。だから俺は言う。俺はお前の判断を完璧だなんて思えない。間違いだらけだ。赤点だなホライゾン」

 

 

 

 

 紡ぎ、連なり。連綿と。

 

 

 問い、答え。幾重にも。

 

 

 

 

 ――打てば響くその応答が、ホライゾンの番にして、停滞を見せた。目を閉じ、息継ぎにしては深い呼吸。

 

 

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います。――ホライゾンは、貴方の応答を聞きたくありません。

 

 

 ……どうか、このまま……お帰りください」

 

 

 

 それは一方的な拒絶。両手で自分の耳を塞ぎ、何も聞きたくないという、子供のような拒絶。

 

 

 

 

「トーリ」

 

 

 ちらりと振り返った止水が、刀を持たない手を高襟にかける。目下まであるそれを下げて――いつ久しく、その顔を曝した。

 

 術式を通して負傷を奪うようになってから……食い縛る口元を隠すために滅多に外すことのなかったソレを、だ。

 

 

「……今度は、ちゃんとつかめよ?」

 

 

 

「わかってるって。で、……俺の応答を聞きたくない、か。だけどよ、ホライゾン。結局それも『平行線』なんだぜ? だから俺はいう。……俺は、お前のありのままの答えが聞きたい」

 

 

 

「……Jud. ホライゾンから平行線を並べたのですから、ホライゾンには平行線に立つ義務があると判断できます。……それで、貴方はホライゾンに、何を問いたいのですか?」

 

 

 どちらかが手を伸ばせば、容易に届く程度の距離。トーリは……十年を掛けて、やっとここまで来れた。

 

 ……あとは、手を伸ばすだけ。

 

 

 

「平行線だ。俺とお前の全部は。――だから俺は言う。 自動人形であるお前の判断に、間違いなんて無いんだろうな ……と」

 

 

「平行線です。私と貴方の全ては。――だからホライゾンは言います。 ……自動人形でしかないホライゾンはきっと……。

 

 ……間違っている。と」

 

 

 ――止水は下げた高襟を、今度は目元すら隠しそうなほどに、上げる。食い縛り続けた口元は笑みで、しかし目元にとめることの出来なかった、小さな小さな涙を見られたくなくて。

 

 ……トーリの手は、言葉は。彼女に届いた。届いていた……! 最善の判断を下す自動人形が、自身の間違いを認めた。死ぬしかないと判断した彼女が、間違っているのだと彼女が言葉にしてくれた……!!

 

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。お前は、お前の全てを無意味で無駄なものたと思っているんだろう? と」

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います。――ホライゾンは、ホライゾンの全てを無意味と思いたくありません。そして全てを、無駄なものにしたくありません」

 

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。お前には人の命も、感情だって無いじゃないか、と」

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います。――ホライゾンには人の魂が在ると。感情を、持つことが出来ると信じている、と」

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。お前は、死を望むんだろう? と」

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います。――ホライゾンは、貴方と貴方達と共に……笑い、怒り、涙し――そしてまた笑える。そのように生きていたい、と」

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。でも俺は『不可能男』だ。お前はそんな俺に、なにもできやしないと思っているんだろう?」

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います。――貴方はホライゾンの望む何もかもが出来ます。貴方という一人を中心に、皆様で世界を覆すことでさえ」

 

 

 

「平行線だ。だから俺は言う。……俺とお前の、納得の場所なんて……どこにも無いんだろう?」

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います。二人の納得の場所はあると、そして貴方は、ホライゾンをそこへ連れて行ける、と」

 

 

 

「教えてくれよ。その場所を。……俺たちが、お互いに納得しあえる、そこはどこだい?」

 

 

 

 

 

「……Jud. 無限に続く平行線が重なる場所。相容れない二つの思いが交わる場所」

 

 

 

 

 

 

「――天を巡る太陽と月が、目覚めと眠りを迎える場所。それは――

 

 

 

 

 ――境界線上です」

 

 

 

 

 

 

 

 ――沈んでいく夕日に、感情を重ねる。天高くある太陽も、夜空に輝くあの月も、目の高さにあるその境界に在る時があるのだから。

 それよりもっともっと近くにいる二人が、そこにたどり着けないわけが無い、と。

 

 

 

 

「――最後の平行線だ、ホライゾン。俺はいうよ。……お前は、もう何も、望まないんだろう?」

 

「平行線です。だから、ホライゾンは望みます。……連れて行ってください。境界線上まで。貴方が、ホライゾンを」

 

 

 ――わぁ……! とも おお……! とも取れる歓声の中、トーリはニッコリと笑い……何かを思い出したように、付け加える。

 

 

「あとさ、平行線のついで。俺とイチャイチャなんてしたくないよな? 裸族的な感じの」

「 …………………………………。」

 

 

 ――今度は統一された感想が聞こえた。あーあ。その落胆は全国単位だ。

 

 

「へ、平行線どころか返事すらくれねぇ!? っていうか待って、せめて俺のこと見てくんね!? 白目っちゃイヤァァア!!!」

 

 

「トーリ……今のは俺でもダメだと思うよ……?」

『……お前マジ止めろよ。空気読めよマジで』

『見る価値も無い馬鹿ということだろう。ホライゾンの行動が多いに正しい。……ちなみに、今の貴様を株価のグラフ的に言うとだな、少しずつ上がった後にほぼ直角級の下がり値だ。

 よかったな馬鹿。貴様の評価はこれ以上下がらんぞ。何せ0だ。ただより安いものはない!』

『えっ、エッチなの、は、ダメっ、だと……あの、えと』

 

 ……仲間達は辛辣に。しかし御意見は尤もなものだった。

 

 

 

「う、うるせぇよ! ちょっと真面目続いて益荒男ゲージがハッスルしただけだろ!? ……ベルさん、ごめんなさい。

 えっと、あれだ。何はともあれ、ホライゾン説得できたし、後はこのやたらとデンジャーな壁取っ払うだ「あの」ん? どーしたよホライゾン。あ、なんか妙案あるとか!?」

 

「いえ、全くこれっぽっちも思い浮かびません。そうではなく、先ほどの告白の件で」

 

 

 おっと? そう口にしたのは誰だろうか。

 とりあえずトーリでないことは確かだ。彼は今、唐突な状況の変化、しかも思いがけない好転(かもしれない)現状を前に、目を爛々と輝かせることに忙しい。

 

「え、まさか答えくれるとか……オウケイ。待て。ステイ。餅付け。じゃねぇ餅付く。でもねぇ落ち着く。……うんムリだわ。でもドンと来い!!」

 

 

 胸ドンしたせいでむせているトーリを放置し、ホライゾンは淡々と首を、横に振る。告白に対する『ごめんなさい』というわけではなく、『告白の回答ではない』という意味で。

 

 

「少し落ち着いてください。ガッ付く男は女性受けが悪いと『これで貴女も脱〇〇』という雑誌に書かれていました。というのは余談で、とりあえず最後まで話を聞いてください。

 先ほど、ホライゾンは感情が無いために理解が出来ない、と言って一応の回答といたしましたが……もう一つ、理由がございましたので、その御報告を」

 

 

 一息、付いて。

 

 

「どうやらホライゾン、モテ期という期間に入っているようです。武蔵に来て間もないころ、早々に同様のお言葉をいただきまして、はい。そちらの男性ともしっかりお話をしなければ、と」

 

 

 今度こそ。一同はダメだと……本気で『あ、死んだ』と思ったらしい。そしてその当事者は、死を何とか免れてはいたが……石化したように、微動だにしない。

 

 

 よもや自分が、まさか、自分が。二番煎じだと、誰が思おうか。

 

 

 

「は、ハハはハハはハハはッ!」

 

『ケタケタ笑いだしましたよ!? ただでさえ螺子とかいろいろ無かったのにとうとう全壊!』

 

「誰だよどこのドイツだよその野郎はぁ!? でてきやがれ! っていうかマジで誰!?」

 

 

 

「いえ、ですから。

 

 

 ……『 そ ち ら の 男 性 』、と」

 

 

 

 城壁ギリギリのところに手を伸ばし、触れるか否かのところまで指を伸ばし――指し示したのは、緋色。

 その彼は背を向けていて、トーリとホライゾンのやり取りを見てはいない。しかし、突如として静まり返り、銃撃すら止んでしまった現場に首をかしげている。

 

 

 その肩をガシリと掴まれ……振り返った。

 

 

「おい止水ぃ……! テメェ、表にでろ……!」

 

「いや、ここもう(おもて)だぞトーリ。……いや、なにごと?」

 

「なにごともママゴトもねぇよ! え、お前も告ってるってどういうことだよ!? ……はっ!? まさか寝取り系の新ジャンルか!?」

 

 

 肩を掴んだ手は胸倉に。必死に揺するが決して動かず、対し、止水は本気で何のことか理解できていない上に、言われた内容も身に覚えが無いらしく――トーリとホライゾンを交互に見るしか出来なかった。

 

 

 

「……いや、ほんとになんの事……?」

 

「すっとぼけんじゃねぇ! 今、まさに今!ここにいるホライゾンが言っ「「あ……」」……?」

 

 

 

 

 ……ヴォン、という音と、ムニュリ、という感触。

 

 

 現状を見てみよう。

 

 

 トーリの黄金の左手。なんと、ホライゾンのオパーイに埋まっている。彼女の表情が氷の様ではないか。そしてその左腕の肘辺りで、触れたら死ぬといわれた壁をぶち抜いてしまっている。

 

 

 では。

 

 

 トーリの、幻の右腕は何をしているかというと――止水の胸倉を掴んでたりするのである、これが。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

「……おっ……。

 

 

 俺のベッドの下のブツは何も言わずに処分しておい――――」

 

 

 

「「「「「「変なフラグを立てるなぁぁあ!!!!!?????」」」」」」

 

 

 

 ……三人が消えたのは、そんな絶叫の、途中だったとか。




読了ありがとうございました!

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