境界線上の守り刀   作:陽紅

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一章 刀、駆ける 【下】

08:40 name 品川

 情報察知、リアルアマゾネス率いる梅組の皆様がこの品川に武力介入するとのこと。――――以上。

 

08:40 name 奥多摩

 情報発信、リアルアマゾネスも発進。鈴様可愛い。止水様の背に乗られる際のハニカミの撮影に成功。――――以上

 

08:40 name 多摩 

 焼きまわしを希望――――以上

 

08:40 name 村山

 焼きまわしを切望――――以上

 

08:40 name 奥多摩

 Jud.可愛いは共有財産。焼きまわしを了承。――ちなみに、08:00における『止水様転石トラップ事件』において、痛みにて涙目になる止水様の撮影に成功。――――以上。

 

08:40 name 品川

 焼きまわしを希望――――以上

 

08:40 name 多摩

 焼きまわしを切望――――以上

 

08:40 name 高尾 

 焼きまわしを希望――――以上

 

08:40 name 武蔵野

 焼きまわしを切望――――以上

 

08:40 name 浅草 

 焼きまわしを希望――――以上

 

08:40 name 村山

 焼きまわしを切望――――以上

 

08:40 name 青梅 

 焼きまわしを希望――――以上

 

08:40 name 武蔵

 全艦、仕事をしてください。そして奥多摩は全画像データを複製せずに武蔵へ送信するように。――――以上

 

08:40 name 奥多摩

 なん、だと……? ――――以上

 

 

 

 

***

 

 

プロローグ

 

 

配点《こんな感じで、始まり始まり♪》

 

 

***

 

 

 

 

 

 武蔵のどこかの甲板上。無数のモップが忙しなく床を磨き、掃除仕事に精が出ていた。

 

 

「――夜中に見たら軽いホラーだけどなぁ、思いっきり。おはよう、武蔵さん」

 

「Jud.おはようございます、酒井学長……何か御用ですか? ――――以上」

 

 

 従事服を纏い、独りでに掃除を続けるブラシ・モップたちの中心に立つ、一人の女性――彼女こそ、準バハムート級航空都市艦『武蔵』……その総艦長である。艦と同じ名前を持つ、自動人形だ。

 

 その彼女に歩み寄るのは、初老いくばくかの男、酒井 忠次。武蔵アリアダスト教導院の学長である。

 

 つまるところ、武蔵における偉い人にカテゴリされる二人が揃っているのだ。

 

 

「Jud.まあ、散歩かな?」

 

「前日の残存書類処理が未だ残っているはずですが――――以上」

 

 

 半眼になって酒井に視線を送る武蔵。……目は口ほどにものを言う。口以上に語っているのは「このオッサンは」という呆れと諦めの感情だ。

 

 

「ま、まあまぁ、俺のことはその辺にポイしとくとして、武蔵さんは、朝からお掃除かい?」

 

「Jud.ではその辺にポイされた『仕事をサボっている誰か』を掃除したいと思います――――以上」

 

 これはまた手厳しい、と苦笑する酒井から視線を外すが――残念なことが一つある。

 

 ――ジャキン、と。

 

「あ、あのー、武蔵さん。何故モップやブラシが一斉に俺をロックしていらっしゃるんでせうか?」

 

 ――自動人形は、冗談を言わないのだ。内心でせっかく掃除しているのに煙管の灰を落とすな、という紫煙だけに私怨も含まれているが。

 武蔵が、右手を挙げる。あえて例えるならば、『一斉射撃、構え!』から発砲許可を出す直前の指揮官のようだ。

 

 

「――やる! 必ずやるから!! 今は勘弁してくれ!」

 

 もうお分かりだろう。この二人の力関係は 酒井<<<越えられない壁<<<武蔵 だ。事実、諸事情により自衛以外の過剰戦力を有することを諸国に禁じられている『武蔵』の、生命線とも言える防衛の要は何を隠そう武蔵(彼女)なのだ。

 

 もちろん、防衛以外の業務も相当な数をこなしている。仕事量も、先ほどの力関係の式と同じである。

 

 

 そして、酒井が必死に言い訳の弁明をしている中、市外の一角が土煙を巻き上げた。

 

 

「ま、また盛大にやってるなぁ!? 真喜子君のとこのクラスだっけか!?」

「Jud.話を流そうと必死ですね。――――以上。歴代の生徒会・総長連合の中でも、群を抜いておられるかと。――――以上」

 

 武蔵の眼が、吹っ飛んでいく金髪の少女と、それを空中で確保する緋色を確認。――それを見て、僅かに武蔵が微笑んだ。

 

 

「まー、歴代を越えるのも当然だろうねぇ。というより、今年のが煮詰めて抽出したようなくらい濃い面子な上に、『守り刀』までいるんだから」

 

 

 咥えた煙管を揺らし、乗車客を二人に増やした緋色が更に速度を上げていく。平地ということもあるだろうが、とんでもなく早い。

 

 

「……おいおいおい、って言うかあれ、また速くなってねぇか?」

「――Jud.局所自重計測で測定したところ、重量もお二人分以上にアップしています。――――以上」

 

 

 また増やした(・・・・)のかよ、と苦笑する酒井をよそに、武蔵は梅組の行く末をただ見守っている。オリオトライも余裕そうに笑っているが、発汗や心拍の乱れから、少しひやりとしたところがあるようだ。

 

 

「『守り刀の一族』……正史に記されぬが故に、聖譜に縛られぬ、か……そのくせ裏じゃぁ凄い有名なんだから、ちぐはぐな一族だよなぁ……」

 

 

 歴史再現――という今世において、聖譜は絶対のシナリオといっても過言ではない。歴史の再現をするために偉人の名を『襲名』し、過去あった事件戦争その他諸々を、演劇の様に再現するのだ。

 

 ――再び、ドカンと土煙が舞う。

 

 

「んでも、アイツ。何でかバックアップに徹してるように見えるな……まだ刀剣、一回も抜いてねえし……」

 

「Jud.遅刻の罰則として刀剣使用不可・刀剣取外し不可・鈴様ご送迎の三制約を遵守しているようです。――――以上」

 

 Jud(なるほど).と苦笑する。剣士に剣を使うな、というのであればそれは些か以上に問題であろう。だが見る限り『剣が使えない』から攻めないのではなく、どちらかと言えば攻める気そのものがなさそうだ。

 

 守り(・・)刀だから――というわけではない。

 

 

(ただ単に、めんどくさがってるだけだなありゃ)

 

 

 浅間の射が終わった際にも、距離をつめようと思えばつめられるだろうに。まるで順番を守るように速度を落として、ほかの面々に場所を譲っている。

 

 そしてしばらく逃走劇が続き、連結縄で大きな爆発。

 

 

「っ。止水様に遠隔魔術師の砲撃術式の着弾を確認。『品川』、止水様鈴様の安否確認。――――以上」

『Jud.こちら『品川』。止水様への着弾を確認。お着物前面に煤汚れをJud.なお、鈴様、止水様ともに外傷はなし。煙を引き払って登場する止水様をムービーでJud.武蔵様、PV作成お願いいたします。――――以上』

「Jud.PV作成ヨーソロー。――――以上」

 

 

 かと思えば、一行の危機になると誰よりも前に出て厄払い。酒井にしてみれば、その辺の『押し』がもう少し強ければ、と思う反面、そこが彼らしいとも思っている。

 

 

(ま。こっちのブラコンっぷりも相変わらずだしねぇ)

 

 止水が砲撃を受けた瞬間、隣の武蔵がビクリと反応した。ほんの一瞬だが、駆けつけようとする気配もあり、そしてまた次の瞬間には品川にいる自動人形に対応させたほうが迅速だと判断しなおした。

 

 自動人形らしからぬ、無駄なプロセス。それに、『変わらないものがある』と確認できた酒井は、少し年寄りじみた笑顔を浮かべる。

 

 

「Jud.酒井学長、不気味な笑みを浮かべておりますが、いかがなさいましたか? ――――以上」

「……いや、さすがに酷くない?」

 

 変わってほしいものもあるわ、うん。

 酒井は心の目頭を押さえつつ、品川へと突入した梅組一行を観察する。

 

 

「……それより、もうすぐ三河だけど、艦橋にいなくていいのかい?」

「Jud.重奏領域の多いことで難所とされるサガルマータ回廊は抜けています。三河入港の準備は既に完了しております――ので、ぶっちゃけるとかなり暇です。――――以上」

 

 人の仕事の心配をするなら自分の仕事をちゃんとやってほしい――的な視線を感じた酒井はまた目を逸らす。

 

「にしても、三河ねぇ……俺、昔の仲間から顔出せって言われてるんだよねぇ……」

「――今の三河は、いろいろとございます。十二分にお気をつけください。――――以上」

「はいはい……ったく、武蔵と極東を取り巻く環境も、果てしなく面倒くさくなってきたねぇ……あの子達は、一体どうやって生きていくのか。直に末世――世界の全ての滅びだ」

 

「Jud.推測はいたしかねます。――ですが」

 

 

 梅組一同が品川の船頭付近の倉庫街に突入し、オリオトライが今日一番の爆音を響かせる。

 

 

「……いえ、何でもありません。――――以上」

 

 なんでもない。そう言い切った武蔵は、とても優しい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 ***

 

 

「んでんで、やってきました品川艦! 貨物艦だから暫定移住区って名の『市場街』があるわけ。管理もざるだから自由業の連中の事務所とかがあって……こらこら! 後からやってきて勝手に寝ない!」

 

「……最後の一撃で狙ってたくせによく言うよ……」

 

「はっ! それを悠々防ぎ斬った(・・・)子に言われたくないわよ! んで、生存者は鈴と止水だけ……でいいわね?」

 

「はい? で、でもあの。わ、私はただ運んでもらっ、て、いた、いただいただけですので、は、はい……」

 

 

 息一つ乱していない、止水と鈴。その周りには死屍累々と言わんばかりに梅組の面々が座り込むなり倒れこむなりして息を荒げていた。

 

 

「いいのよ、私がそう指示したんだし。それに、それも大切な《チームワーク》ってヤツよ。途中リタイヤもきっちりバックアップ、戦線復帰できてたし。一年のときなんか全員止水に回収されてたことを考えたら遥かにいいわ」

 

 

 オリオトライの評価に、鈴はなんと答えていいかわからず、隣に立つ止水を見上げ、またオリオトライに注意を向けて――を繰り返している。

 

 そんな中、オリオトライの後ろにある建物の、資材搬入用と思われる巨大な扉が、荒々しく開いた。

 三メートルは軽く越えているその扉を、頭を下げて潜り出てくる、巨漢。

 左右二本の四腕、米神より捻じ曲がりつつ伸びる鋭い角。そして、なによりも遠目からでも容易く分かる赤い身体。

 

 だれがどうみても、人間でないことは明らかな大男が現われた。

 

 

「うるせぇぞおらぁ!?」

 

 

「ふひっ!?」

 

「鈴、落ち着け。ほら、深呼吸深呼吸」

 

「オイこら、ウチのクラスの良心おびえさせないでくれる? ったく、魔神族も地に落ちたわねぇ……あ、位置的には空……だけどまあいいや」

 

 自分の言葉に矛盾を感じ、その巨体の前に歩み寄りながらも首をかしげ、自己完結にいたるオリオトライ。

 

「ああ? 何だてめぇは。ウチの前で遠足か、ああ!?」

 

「……あー、先生。一応念のため聞いておくけどさ、代わろうか?」

 

「いーや♪ 授業と称した八つ当たり兼報復が出来なくなるじゃない」

 

 

 うっわとうとう言い切っちゃったよこの先生。との梅組一同の視線は敢えて無視。――自分が女だから、という理由で代行を言い出した止水に、ちょっぴり満足気だが。

 

「んで、『コレ』が魔神族よ! 体内器官に流体炉に近いもの積んでるおかげで、内燃拝気の獲得速度が半端じゃないの。皮膚も重装甲並に分厚いし、筋力にいたっては軽量級の武神とだってサシでいけるんだから! ……普通に労働力として重宝されるだろうにヤクザなんてやっちゃってるもったいないやつよ!!」

 

「おう、いいぜ、喧嘩売ったよな今。いいぜ買ってやるぞおい」

 

「先に喧嘩を売ったのはそっちよ。この前の高尾の地上げ、忘れたとは言わせないわよ?」

 

 

 魔神が見下し、オリオトライが見上げる。全員が高まりつつある緊迫した空間につばを飲み込んだ。

 

 

「はっ! そんなんいつものことでおぼえてねぇよ!」

 

「あらあら大変ねぇ、理由も分からずにぶっ飛ばされるなんて」

 

 

 鈴の耳が。ブツン、という、何かが切れる音を聞き取った。

 

 

「てん、めぇ!!」

 

 

 三メートル越えの巨体、体重も比例して数百キロはくだらないだろう。振りかぶった右腕は二本。単純に、二倍の手数だ。

 

 しかし大振りなそれを、オリオトライはヒラリと危なげなく回避する。

 

 

「遅い遅い――いい? 生物の須らくに、頭蓋があって、脳があるの。っと。頭部を揺らせば脳も揺れて、脳震盪がおこる。そして、頭蓋を効果的に揺らす方法、魔神族編は――ここ!」

 

 長剣を鞘から抜き放つことなく、大振り直後の隙だらけの中に踏み込み、片側の角に一撃を叩き込んだ。

 

 

「ぬがっ、く、て、めぇ……!?」

 

 

 ガクリと膝を付いた魔神族の正面に立ち、再び生徒達へと向き直る先生。

 

 

「そして、魔神族とか大型系の生き物によくあるんだけど、身体の各部に神経塊っていうのがあって、軽い状態なら回復がバカみたいに早いの。だから、回復しちゃう前に、本命の渾身を、対角線上の位置に強く打つ!!」

 

 一撃目より、遥かに強い音をカチ鳴らし――魔神族は目を回して、その巨体を沈めた。

 

 

「これが、魔神族並びに有角の生物に対する制圧法よ! はい、実技は終了。んじゃ、次は実践いってみよう!!」

 

「「「「「「「出来るかぁ!?」」」」」」」

 

 

 

 一同の斉唱(-1)に、オリオトライが不満そうに渋面になり――勢いよく閉じて術式施錠された扉を見てため息をつく。

 

 

 

「はぁー、しゃーない。止水ー、ちょっと手伝いなさい」

「……はぁ。――Jud.」

 

 

 

「おいおいおいおーい! 何深いため息込みJudってるんだよダム侍! ってか主人公だよなオレ? 何で主人公が実質四話目になるまで鍵カッコなしとかどんだけなんだよ!」

 

 

 底抜けに明るい、考えるという行為をどこかへ不法投棄して久しい。そんな声。

 一同が振り返り、野次馬達も振り返り――その名を口にする。

 

 

「葵・トーリ――?」

 

「不可能男だ……」

 

濡れ手の男(ウエットマン)!?」

 

「あれ、総長?」

 

 

 割れた人ごみ、開いたのは道。

 

 そのど真ん中を、なんの気負いも躊躇いも無く、進んでくる一人の青年。どこかヘラッとした笑顔のまま、菓子パンとなにやら紙袋を抱えている。

 

 

「おうおう、オレ葵トーリはここに……ねえ待ってくんね? 三つ目なに? ウェットマンとか、うるおいたっぷりで女の子に人気そうじゃんか採用!」

 

「んふ愚弟? 完全無欠の悪口よそれ? しかもエロ系の。いいわどんどん濡れてきなさい! でも近づかないでね!!」

 

「さり気にひでえなねぇちゃん! まあいいや! でもみんなどうしたんだよーこんなところで。奇遇じゃんか。――っ!? さては、みんなも授業抜け出して並んだのかよ! 酷いぜオレだけのけ者にして!」

 

 

 

 つまるところ、簡潔に状況を説明してみれば。

 

「ほうほう……早い話、授業サボって何に並んだってぇ?」

 

「先生マジかよ……オレの収穫物に興味あんの!? いいぜ教えてやるよ! ぬるはちって知ってるか先生! 今日発売のR-元服のエロゲーだぜ! イヤマジであの長蛇の列やっべぇよ! ……あ、点蔵。お前の親父も並んでたぜ!? 限定版を確保するでござるとか叫んで忍者走りでどこかへ消えたけど」

 

 

 父上殿……っ!? と膝を屈する帽子忍者がいたりいなかったり。

 

 そして、鈴の耳が、先ほど聞いたばかりの聞きなれた音を拾った。

 

 

 ブツン。

 

 ついで、捕獲も完了。

 

 

 

「あのさぁ……今先生が何言いたいのか分かる……?」 

 

「あ? 何言ってんだよ先生! 当たり前だろオレと先生の仲だぜ!? ツーカーで通じてるって先生の言いたいこと!」

 

「そっかそっか通じてるかー、でも通じてたら君は今すぐこの武蔵からノーロープバンジーしなきゃいけないんだけどなぁ……!」

 

 

 ちなみに、現在武蔵は地上から数百メートル離れている。もれなく現世とさようなら出来る距離だ。

 そして総員、止水の守護下に入るために、彼の後ろへと退避完了している。

 

 

「ええ!? 先生の胸パフらせてくれるんじゃなかったのかよ!? ……汚ねぇ、大人って汚ねぇよ。誘惑しといて総長殺人計画練ってやがった……!」

 

「おいこら君、何か変なもの見えてない? 眼科行く? その眼に見えちゃいけないもの見えてない!?」

 

 

 

「うん。とりあえず今はこれだな♪」

 

 

 

 

 ムニュリ、と。そして可愛らしい悲鳴が聞こ――――

 

 

 

 

 

 ―――――しばらくお待ちください。――――以上。―――――

 

 

 

 

「っかしいな、筋肉か骨かで驚愕する予定――んまあいいや!!」

 

 

 

 女性の胸に触れておいてまあいいや。この男、外道である。

 

 

 

「あのさみんな、一個聞いてくんね? 実はさ、オレ――明日、告白(コク)ろうとおもうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――は?

 

 

 たっぷり間を置いた、全員の反応だ。

 コクる。告白。つまるところ、意中の異性に思いを告げるということ。

 

 

「ンフフフ……この愚弟。いきなりオパーイ揉んだかと思えばコクり宣言なんて、エロゲ持ってる人間の思考とは思えないわ素敵! 止水も見習いなさい! 前中盤ガッツリカットして後半だけ! そして主語にこ、このベルフローレの名前をいれて!」

 

 どもるくらいなら言わなければいいのに、という男子勢。出し抜かれたと焦る女子勢。しかし上手いっ、と戦慄して止水に眼をやり……。

 

 

 

「なぁ鈴、ビックリするからさ、いきなり耳塞ぐのはやめてくれよ」

 

 未だ背負われたままの鈴によるファインプレイ。両手で止水の耳をしっかりと塞いでいた。そのまま、止水の後頭部に小突くにしても弱い頭突きを数回、特定の回数ぶつけていく。

 

 

「いや、まあ眼も見えてるし、気配とかでも分かるけどさ、トーリがなにか……」

 

「えっ、と、一、回、三回」

 

「……Jud.」

 

 

 

「……んふふ、やるわね鈴。防ぐと同時にイチャるとかさすがだわ。あとでそのテク教えなさいよお願いだから。それで愚弟。そのコクる相手はだれなのかしら!? さっさとゲロしなさいこの賢姉に!」

 

「ばぁかだな知ってるだろー……ホライゾンだよ」

 

 

 

 

 何気なく告げた、名前だった。

 

 誰もが知っている、名前だった。

 

 

 そして、既に喪われている、名前だった。

 

 

 

「バカは返すわよ。愚弟……あの子は死んだでしょう? ……十年前に、アンタの嫌いな後悔通りで――墓碑だって、父さんたちが作ったじゃない」

 

「分かってるよ、姉ちゃん。――ただ、『そのこと』からもう逃げねぇ。……告白(コク)った後、きっとみんなに迷惑かける。オレ何にも出来ねぇからさ!」

 

 

 それに、と。全員と一人ひとり、顔をしっかりと向け、眼を合わせる。

 

 最後にあわせた止水に向けたまま、言葉を続けた。

 

 

「何しろ、その後にやろうってことはオレの尻拭いだし――どう考えても世界に喧嘩売るような話だもんな。……でも、明日で丁度、10年目なんだよ。ホライゾンがいなくなってから。だから、明日。告白(コク)ってくる。もう逃げねぇ」

 

 

 その言葉は、全員に向けているのだろう。しかし、顔と眼だけは、止水から外そうとしなかった。

 

 

「それじゃあ愚弟、今日はいろいろ準備の日ってことよね……そして、今日が最後の『普通』の日?」

 

「はっはっは! 安心しろよ姉ちゃん! オレは確かになーんにも出来ねえけど!」

 

 

 親指を立てる。そして、当人からして、最高の笑顔を見せる。

 

 

「高望みだけはわすれねぇから!」

 

 

 何がおきても、オレは変わらない。そう宣言し、いい話っぽいまま終わる――

 

 

 

 

 

 ……わけが、ない。

 

 

 

「あー。トーリ? とりあえず後ろ」

 

「あんだよダム侍、ベルさんとイチャコラ――ってベルさん耳塞ぎっぱなしじゃんかヤダー!! んで後ろ後ろ。Oh! 先生、聞いてたかYO! オレの恥ずかしい暴露話!」

 

「ああごめんごめん人間って怒りが頂点に達すると音が聞こえなくなるって知ってた?」

 

「おいおい先生、もう一回だサービスだぞー? 今日が終わって――」

 

 

 参

 

 

「無事明日になったら――」

 

 

 弐

 

 

「オレ」

 

 

 壱

 

 

「――告白(コク)りに行くんだ♪」

 

 

 零。

 

 

 重心は低く、左足は重く。振り上げる右足は()く、衝撃は一点に。

 

 戦士が長年の経験とその他諸々を注ぎ込んだ渾身の一撃は、葵・トーリのわき腹にクリティカルヒットを叩き込んだ……!

 

 

「よっしゃあ!! 死亡フラグゲットぉ!! ふっ、飛べぇええええ!!!!」

 

 ヤクザの事務所の扉にあたってぶっ壊し、貫通し、事務所ごと倒壊させてトーリが貫通。後ろの巨大な倉庫にめりこんで、やっと止まった。

 

 

 

 誰も口を開かない。しかし、一同はただただ、心を一つにしていた。

 

 

 ……前途多難、よーそろー。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ふふん♪ ふふふん♪」

 

 

 

――守りの刀は人となり。

 

――この世に守り刀の血を生まん。

 

 

 

一 あらば万軍に並び

 

十 あらば一国を落とし

 

百 あらば大陸を手に収め

 

千 あらば天下を安泰へ導かん

 

 

 

敵とするなら覚悟せよ

 

千日千夜 万の兵で攻めたとて 先に進むこと適わない

 

ただただ命を散らすのみ

 

刃を交えるその前に 踵を返して去るがよい

 

 

 

味方とするなら心せよ

 

誇りと仁義を忘れたその刹那 その者たちの首は無し

 

畜生修羅に落ちたなら 守りの刃は罪斬と化さん

 

刃に手を伸ばす其の前に、己が穢れを確かめよ

 

 

 

なれどもなれど 守り刀は刃とて

 

人の心を持つなれば

 

 

 

杯交わした友の危機 万里を経ても駆け付けん

 

契りを交わした者のため 黄泉の鬼すら切り捨てて

 

血を交わした者なれば 最早言葉にするまでもなく

 

 

 

 

天よ 知れ

 

地よ 聞け

 

人よ 謡え

 

 

守り刀の一族を

 

 

 

美しく 強き孤高の一族を

 

 

 

 

 

「いやぁ。楽しみだ。面白いね。会えるといいが、会えなくてもいい。合わなくてもいいし、でも合えば重畳。さあさあ」

 

 

 

 

 

 ――授業の準備を、始めようか。

 

 

 

 

 

 




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