境界線上の守り刀   作:陽紅

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15/07/09 マルゴットのセリフにある『ゼロ距離』のルビを、英語からドイツ語に修正


十五章 刀、不折 【中】

 

 

 自身を自身で分析した場合、真っ先に、自分は『学者』であると断言しよう。――否、『研究者』でもいいかも知れない。

 

 未知を未知のままにすることを良しとせず、ありえない事象をありえないままにしておくことなど言語道断。理を敷き、式を律し――解明探究することに生きがいを感じる。

 

 

 そして、それと同じ程度に、教え導くことにも、生きがい――否、やりがいを感じている。

 長き時を生きた経験からくる言葉をヒントに、若き者の背をそっと押すこともあれば、強い力で越えるべき壁として立ちふさがったことも少なくは無い。

 

 

 故に、自身で自身を何かに当てはめるとして、自分は――ガリレオは、こうも断言するのだろう。

 

 

 

 

 ――『 教 授 』、と。

 

 

 教え授ける者である、と。

 

 

 

 

 

「ふむ――先ほどぶり、という言葉が正しいのだろうか。……君はどう思うかね、少年」

 

「…………」

 

 

 無言で睨んでくるその少年の態度に、思わず『減点』と言おうとして、考え直す。彼は確かに学生であるが、別に自分の教え子というわけでも、そもそもが自分も、今は学生ではないか。

 さらにさらに、今は抗争中。敵対する相手に軽々しくしゃべりかける自分のほうこそ、どうかしているのかもしれない。

 

 しかし、問わずにはいられなかった。問いかけずには、始められそうに無かった。

 

 

 

「……君は、一人で私に挑むというのかね?」

 

 

 

 少年――ノリキはまた黙して語らず。そして、言葉以上に、両の拳を構えることでその返答とした。

 

 

 

 "お前の相手は俺だ" ……と。

 

 

 

「なにゆえ、特務ではない――それどころか生徒会の役職就きですらない君のような、何の力も無い一般生徒がこの私に単身で挑むのか……まさか、勝てるなどと思っているわけではないはずだ」

 

 

 そんな無理はしない。そのような無謀な行動を取るわけが無い。

 

 そう確信できるほどには、ガリレオはノリキを――延いては武蔵勢を評価していた。

 

 

 しかし、評価したからこそ分からなかった。

 

 ノリキの無謀としか思えない行動。そして、それを止めることもせず、真っ直ぐホライゾンの救出へと向かっていった梅組と三河警護隊の面々。

 

 

 うぬぼれるわけではないが、事この場において、ガリレオ自身は、自分が武蔵勢にとって強敵であると自負している。当然、手放しに放置できる存在ではないのだ。

 しかしだからといって、時間をかけてもいられない。ホライゾン・アリアダストの自害の時刻まで、残り僅か。

 

 ……その他、諸々の事情を考察する、までもなく。

 

 

 

「なるほど――君の役目が理解できた」

 

 

 ノリキの役目は……時間稼ぎ。これに尽きる。彼が時間を稼ぐそのうちに、武蔵本体がホライゾンを奪還――という流れなのだろう。とガリレオは確信に近い推測を立てる。

 

 推測を立てて……ため息をつき、落胆した。

 

 

「……ふむ。どうやら私は、君たちを買い被りすぎていたようだ。元教え子の言葉のままだったとは――甘い。甘すぎるぞ少年。希望的観測が過ぎる。

 ……戦場においては最悪を想定して行動することが」

 

「おい」

 

 

 語ろうとするガリレオを、今まで無言を貫いていたノリキの言葉が遮り――。

 

 

「――四の五の御託はいい。アンタはアンタの仕事を黙ってしろ。俺は――」

 

 

 構えた拳を、さらに強く握り締めた彼は、

 

 

「アンタを倒すためにここにいる。俺一人で、十二分に釣りがくるからな……っ!」

 

 

 ガリレオへと一人、突撃した。

 

 

 

 

「……遅いな。君は、先の攻防でなんの学習もしなかったのかね……?」

 

 

 その後は――まさしく、橋上相対戦のときの、焼きまわしと言えるだろう。殴りかかった先に巨体はなく、拳を打ち出したノリキの背後――丁度彼が駆け出した位置に、ガリレオは何事もなく立っていた。

 

 

「……『地 動 説』。対象を中心とし術者――つまりは私だが、それを公転運動により移動させる術式であるよ。……移動速度は天体運行そのものだ。見切れなかったからといって、恥じることはない」

 

 

 後半の説明は、舌打ちをして顔を顰めたノリキに対するものだろう。

 それでも、戦意を衰えさせることなく、再び拳を構えるノリキにガリレオは幾度目かのため息を零す。

 

 

「……君一人で私を倒す、そこは良しとして置こう。戦場に『不測の事態』はつき物だ。――しかし、やはり君たちは甘い。

 ……見たまえ。元教え子の『策』が成る。()の勝敗が、これで決まることだろう」

 

 

 ガリレオに言われたノリキが警戒しながらもほんの僅かに空へと注意を向けたその瞬間を……それを狙っていたガリレオが、見逃すはずもなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ――赤い色が嫌い。でも緋色は好き。あいつの色だから。

 

 ――赤い色が嫌い。綺麗な緋色を、我が物顔で染めていく赤なんか特に嫌い。大ッ嫌い。痛くないのに痛くなる。

 

 

 ――身体を汚す赤も、大ッ嫌い。だって、だって。

 

 

「――っ!」

 

 

 もし、『勝ちに急いでいたんじゃないか』――と指摘されたとして、マルガ・ナルゼは悔しく思いながらも……きっと、きっと否定できなかっただろう。

 

 武神三機。それも、情報によれば国のエースクラスが搭乗している過剰戦力だ。たとえ一機でも武蔵の防御域の内側に入られれば、武蔵本艦の撃墜は必至。

 

 焦って、当然だ。そして、そのうちの二機も落とせたら当然、少しくらい浮かれもするだろう。

 

 

 勝ちに急ぎ――飛ばし過ぎた(・・・・・・)。急ぎすぎたのだ。

 

 

「下がって! マルゴット!!」

 

「どうし――っ!?」

 

 

 ギリギリ、本当にギリギリのところで黒嬢を急降下させたマルゴットが、その砲弾を回避――その爆風に煽られながらも体勢を保ち――さらに殺到する弾幕に顔を引きつらせた。

 

 視線を少しずらせば、艦体突撃でもするのかという速度で、空域に侵入している三征西班牙(トレス・エスパニア)の航空艦だ。まだ距離があるために砲撃の精度は甘いが……。

 

 

 

「自分とこの武神ごと私たちを落とそうっての……!?」

 

 

 武神にこそ直撃していないものの。爆風に武神も煽られている。いや、むしろ武神を座標として砲撃を行っているとしか思えないほど、武神と、そしてその周辺にいる双嬢が爆風に煽られていた。

 

 

「っ! 自分の仲間をなんだと……ッ!」

 

 

 武蔵では考えられない、考え付こうとも思わないふざけたやり方に、ナルゼは怒りを感じる。だが、効果的だと思えた自分にも腹が立った。

 

 武神と、双嬢。重さも、耐久力も。比べてしまえば圧倒的にこちらが劣る。一撃でも直撃すればアウト、爆風ですら、この高度で煽られ落とされればそのままいい的になってアウト。

 

 ――武神はそんな二人を悠々と落とせばいいのだ。ただそれだけでこの砲弾地獄から抜けられるのだから、さぞ気が楽だろう。

 

 

「一旦下がるわよマルゴット! 空域を変えな」

 

 

 

 いと――という指示は、最後まで続かなかった。

 

 ただ、マズイ、という言葉が頭に浮かぶ。

 ナルゼの頭上。はるか頭上。ナルゼとは別の解決策に挑んだマルゴットが――爆風に煽られ、体勢を大きく崩していた。

 

 その、彼女を狙って――

 

 

 

 武神と、無数の砲弾が、迫っていた。

 

 

 

 通神を開いている暇はない。ゆえに助けは呼べない。そもそも間に合わない。

 間に合うのは……サポートに特化した白魔術を使えるだけの――ナルゼのみ。

 

 

 計算をする。式をくみ上げる。策を練り、勝算を導き出した――僅か、一瞬。

 

 

 

(――やって、やるわよっ!)

 

 

 

 

 

 『ゼロに近づきつつあるメーター』にほんの一瞬苦い顔を浮かべたが――ナルゼは白嬢を加速させた。おそらく、最後となるだろう最大急加速。それによる急上昇。

 

 全身に襲い掛かるとてつもないGに歯を食い縛りながらも、砲撃郡が殺到するより数秒早くマルゴットの元へたどり着く。

 

 

「だめ、ガッちゃん、逃げ――!?」

「黙って! ……白嬢(ヴァイスフローレン)!!」

 

 

 ペンを彷彿とさせるその愛機に、術式を刻むためにペンを走らせる。

 

 ナルゼに残された、なけなしの僅かな拝気。それをつぎ込み、加速と、白嬢本体の強度を強化する。

 

 

 

「ごめん……っ! 行って! ……白嬢(ヴァイスフローレン)!!」

 

 

 そして――自身の翼で浮力を得たナルゼは、最後の術式を刻み――白嬢のみを突撃させた。

 

 ……いまこの瞬間にも、流体集速砲を放たんとする武神の、その銃口に。

 

 

 異変に武神も気付いたようだが、その時はすでに遅い。砲身に溜めていた流体は行き場を失い、強固な装甲を膨張させ――爆散した。

 

 

 

 

「……ま、そうするわよね、普通は……!」

 

 

 とっさに武装そのものを手放し、ほとんど被害のない武神を悔しげに睨み、ナルゼは舌打つ。

 

 

 武神の主兵装を破壊し、最たる脅威は排除したが――迫り繰る砲弾群への対処方法が、欠片も思い浮かばない。

 

 

 ナルゼは白嬢を失い、戦うすべはおろか機動力さえも失った。

 やっと黒嬢を手元に戻したマルゴットだが、個人用である黒嬢にナルゼを乗せ、高速機動ができるはずもない。ましてやナルゼ以上に動き回っていた彼女に、負担増しでの高速戦闘が出来る体力があるとは思えない。

 

 

 

 つまり、離脱は当然にして、回避すら不可能ということだ。

 

 

 

 

 

「――ごめん、止水――

 

 

 ……本当にっ……ごめん……!」

 

 

 

 悲しそうに、悔しそうに――ナルゼは、マルゴットの前に行く。

 

 眼は反らさない。意地でも反らしてやるものかと睨むように――両手両翼を大きく広げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 君がため

 

 

 最早、惜しまぬ

 

 

 

  『命』さへ

 

 

 配点 【術式-最大稼動《承認》】

 

 

***

 

 

 

 

 夕焼け空に、今抗争でもっとも大きな爆発が巻き起こる。流体を溜めていた武神の砲と、航空艦の一艦分の総攻撃――無数の破片が煙を引いて地に落ちていった。

 

 強い風でも吹けば、大きな球を作る煙も直ぐに晴れるだろう。

 

 

 自軍の勝利を確信した武神は滞空を維持したまま、本丸に向けて腕を掲げる。航空艦も速度を一気に落とし――。

 

 

 

 完全無欠に、『気を抜いた』。

 

 

 爆煙の中、墜ちていく残骸に、『人の姿』を確認していない。落ちていくのは、武神の武装残骸と、拉げた艦砲の弾頭だけだ。

 

 自分達が、何を相手にしていたのか――直撃したという事実を前に、すっかり忘れてしまったらしい。

 

 

 

 

 煙を纏い、金翼が。

 

 煙を纏い、黒翼が。

 

 

 

 それぞれ、武神と航空艦に。それぞれ速度の差を持って、突撃していく瞬間になるまで。

 

 

 

 金翼のマルゴットは、いつも絶えず浮かべている笑顔をどこかへ落としてしまったらしい。視界が歪んでしまうことのないように、大きく大きく眼を見開いて――大粒の涙を流しながら。

 それでも、呆ける武神へ突貫する。

 

 黒翼のナルゼは、泣いてこそいない。ただ涙を見せていないだけで、今にも泣き出してしまいそうなほど、唇をかみ締めていた。

 

 

 

 二人そろって、魔女の正装はボロボロだ。ところどころ破け、或いは焦げていて――本来守るべき綺麗な肌色を曝している。

 

 

 

 ――武神のパイロットが画面越しにそれを呆然と眺め――

 

 

 ……『無傷である』という有り得ない結果に気付いたときにはー―二人の準備は終わっていた。

 

 

「マルゴット!! これで『空』を決めるわよ! ……全部、出し切っちゃって!!!」

 

 

 ペンを十字に振りぬいて、遅まきながら砲塔を動かす艦に『目印』を刻み付ける。

 

 ――そのマルゴットは、武神の首元。

 

 

 

 頭を支える無数のコードの一本を掴み、黒嬢を突きつける。

 

 

 

「……ナイちゃん今ね、とっても悲しいんだ。でもそれと同じくらい、怒ってるの。だから――」

 

 

 泣き顔を、大泣き顔に。術式で飛ばした十本の棒金をホウキに飲み込ませ、拝気を、ありったけの拝気を流し込んだ。

 

 

 

「絶対に、許してあげないんだから。今度こそ受け取ってよね、平均日給……っ!!」

 

 

 黒嬢の強度限界が近いらしい。握る柄や、いろいろな部分がミシミシと嫌な音がマルゴットの耳に届いている。だが、もう少し――もう少しで終わるから、とマルゴットは祈るように、自らの相棒に最後の一撃を命じた。

 

 

 

 

 

 

「 NULL( ゼロ )ENTFERNUNG( 距離 )……ッ!! HERRLICH( ヘ ル リ ッ ヒ )!!!!!!  」

 

 

 

 

 轟音。そして、衝撃。

 

 武神のパイロットが認識できたのは、それが最後だった。

 

 

 先に友が潰した二機の武神から、ある程度の弱所はすでに見つけていた。そこへマルゴットの『絶対に当てる。絶対に砕く』――その強い信念の篭ったその一撃は、十の重なりのまま武神の核を、穿ち貫いた。

 

 

 

 ――それだけで、当然終わるはずもない。

 

 

 核を破壊した十の連なりは、そこにて十の個と分散し、武神の全身を貫き破り、体外へと飛び出す。

 飛び出した直後、引き寄せられるように航空艦へ――正確には、ナルゼの刻みつけた目印にへと、殺到する。

 

 

「ガッちゃんの白の魔術はプラスの力……!」

 

「その上をマルゴットの黒魔術が生み出すマイナスの力が通ると、どうなると思う……!?

 

 答えは――その身をもって知りなさい!!」

 

 

 十のうちの五は、更にはじけて小さな五百へ。五百は艦の装甲を削るように穴を通し、その穴に残った五が殺到し……!

 

 

 

「「SCHING(命中)……!!」」

 

 

 

 砕けては弾け、弾けては更なる破砕を連鎖させ――操舵室を、機関部を、砲塔を、出力翼を――ありとあらゆるものを穿ち喰らい……航空艦を大地へと沈め。

 

 

 

 ……空戦の勝利を、武蔵がもぎ取った。

 

 

 

 

 

 

 

「……ネシンバラ。武神と一艦、きっちり落としておいたわよ」

 

『……Jud. ああ、見てたよ。――後の事は気にしないでいいから、今は、その。……マルゴット君のそばにいてあげてくれないかな』

 

「あら、随分気が利くのね? ……言われなくても、そうするわよ」

 

 

 

 

 ネシンバラに向けた、一応の状況報告を淡々と終えたナルゼが――ゆっくりと墜ちていくマルゴットに追いつき寄り添うように、堕ちていく。

 黒嬢はいつの間にか《見下し魔山》に送還したのか、彼女の両手が空いていた。

 

 

 その空いた両手で……目元を強く抑え――声を押し殺して、彼女は震えていた。

 

 

 

「ガッちゃんっ、あや、まらなくちゃ……! しーちゃん、に、私……っ!」

 

 

「……私『たち』よ、マルゴット。勝手に一人で背負い込まないで? ……『任せろ』って大見得切っといて、このざまだもんね……いい女になるのって難しいわ」

 

 

 ……張り切っていたからなぁ、と。ナルゼは思い出す。

 今日の始まりで、止水とトーリが、梅組の全員に願い頼ったとき――強い喜びを感じていたのがマルゴットと、ナルゼだった。

 

 

 やっと、やっと。……やっと、お礼が出来る。そう意気込んで……見栄を張って、その結果は辛勝だ。

 

 

 ――『魔女』というだけで迫害されてきた歴史があった。

 ツアーク教譜が、恐れ敵とし、滅ぼすことを優先してきたその歴史――。それ以前であっても、魔女は忌まれる存在だったのだ。

 

 

 それでも武蔵は、そんな二人をあたたかく迎え入れてくれた。帰るべき、場所となってくれた。

 

 

 

 ――それでも少年は、そんな二人を『守る』と言ってくれたのだ。

 

 『魔女』を守るといった『人間』が、長い永いこの歴史の中で――果たしてどれだけ居ただろうか。そして、その有言を実行してきたものは……。

 

 

 

「大丈夫よ、止水なら。だって止水よ? むしろ忘れてるわよ。……忘れた振りして笑うバカだもの――だから」

 

「ふぐっ、うえっ……!」

 

 

 体当たりするように抱きついてきたマルゴットを、優しく抱きとめる。よしよしと背中を撫でれば、嗚咽はいっそう強くなっていった。

 

 

「だから、ありがとう、って。笑顔で言いましょ。二人で。

 だ、から、泣いてちゃ、駄目っ、なんだから……っ!」

 

 

 

 ――私は、赤い色が嫌い。身体を汚す赤色が、大ッ嫌い。

 

 

 だって、だって。その赤は。

 

 自分の赤じゃ、ないんだから――。

 

 

 

***

 

 

 

「まさか……」

 

 

 ガリレオは再び、自身で自身に問うた。

 ――しかし、答えを出す以前に、目の前の事象を受け入れることが出来なかった。受け入れられないがために、その頭脳が役割を果たすことはない。

 

 

 爆散した武神と、今地に落ち――炎を上げる艦を、信じることが、できなかった。

 

 飛ばしすぎたペース、消耗した空の戦力を叩き――制空権を抑えた聖連が一気に武蔵を蹂躙する。というのが、教皇の投じた一つ目の策だった。

 

 

「有り得ん……確かに直撃したはずであるが……」

 

 

 それが、根底から覆された――この流れは拙い。武蔵の勢いが更に増す……――そう判断したガリレオは、現状の修正をすべく行動を開始せんと……。

 

 

「ばか、な……」

 

 

 今度こそ、本当に思考を止めた。

 

 

 ある点から、ある点まで。

 ガリレオを中心に弧を描くように立てられた砂煙。

 

 その終点に立つ、ガリレオが思うに自身の『足止め』に無謀にも挑んだノリキが、立ち上がる。

 

 

「……何を、した?」

 

 

 『 全身は砂泥に汚れ、服は所々が破れながら――平然と立ち上がっている 』

 

 

 ……否。これだけでは、少し足りない。

 

 

「君は一体、何をしたのだね少年……っ!?」

 

 

 『ガリレオの天動説を受けてなお無傷のノリキが』、平然と、立ち上がっていた。

 

 

「二度も見ておいて、分からないのか? ……なら、分からないまま……地に沈んでろ……!」

 

 

 無傷であるにも関わらず、その顔は怒りに満ち、悔いに溢れているが――真っ直ぐガリレオを睨む眼から戦意は欠片も失せていない。

 

 

(今の天動説の手ごたえからして完全に決まった……だというのに何故立てる!?)

 

 

 そして、ノリキの言葉にあった『二度』――そうだ、とガリレオは記憶を呼び起こす。あの時は二人だったが、今と同じような状況だったはずだ。

 

 怒りのままに拳を固め、悔いを払うように駆け出し――未だ混乱から抜け出せない無防備なガリレオの巨体に、『三発目』を叩き込む。

 

 

 

「これで三発目……創作術式『睦月』――完了……!」

 

 

 その宣言とともに。脆いガラスがあっけなく崩れるようなその音に、僅かに思考を戻したガリレオは慌てて地動説にて距離を取る。距離を取り――再び混乱に陥ってしまった。

 

 

 自身のくみ上げた術式『天 動 説』、己が身を異端とした術式……それが、()()()()()()……!

 

 

「く、地動説……!!」

 

 

 ガリレオは一度、冷静になるためだけに距離を大きく取る。

 

 

(天動説を砕いたものは――睦月……? 彼が創作したオリジナルの術式と見て間違いはない……睦月――旧暦の読み方で、たしか一月を意味する語――『三発目』ということは、弥生月(三月)如月(二月)を遡り……あの相対戦での二撃はこのための布石か……!)

 

 

 体重が軽い、確かに、そうかも知れない。

 しかし、二撃の奉納を終えたノリキにとって、軽さはそのまま高い機動力の裏返しとなるのだ。

 

 

「まだ、俺が脅威に見えないか? ――『三発殴ってガリレオを倒せ』と、馬鹿な王の命を受けた、この俺が」

 

 

 

 そう言い、ノリキは肩を回し、拳をまた構える。

 

 

 その所作の中――ガリレオはあるものに気付いた。

 

 

 

それ( ・ ・ )は……!? いや――有り得ん。しかし、説明がつく! だが、どんな神経をしているというのだね……君たちは――!?」

 

 

 

 正確には、ある『色』に、気付いた。

 

 夕焼けの中に溶け込むようであったため遅れた、その『緋色』。

 

 

 

 その色を特徴とする人物は――。

 

 

 

 

「――友に一切の負傷を、押し付けるというのか……!?」

 

 

 

 守り刀の止水、ただ一人。

 

 

 

 

「……はずれだ、ガリレオ……。押し付けてなんか、いない。はずれついでに、俺からも一つ教えてやる。

 

 

 ――敵対している奴の言葉を、バカ正直に信じるもんじゃないぞ?」

 

 

 

 

 

  ――「アンタを倒すためにここにいる。俺『一人』で、十二分に釣りがくるからな……っ!」――

 

 

 

「まさか……!?」

 

「それとな……お前の天体は、机の上のものだからつまらない。……夜に夜空を見上げることもしないのか?」

 

 

 

 その言葉の意味を正しく理解したガリレオが、即座に上を確認したが――その時は既に、彼は最高速にいたっていた。

 

 

 

「汚名返上・名誉挽回……拙 僧 参 上っ!!!」

 

 

(速いっ!? だがまだ『地 動 説』で……!)

 

 

「加えて助言だ。――『頭上注意』と『足元注意』は同時に行うのが現場の基本だ……よく、覚えておけ――っ!」

 

 

 ノリキの一撃が、ガリレオの腕――『地 動 説』の起点としていた腕に快音を響かせ――地動説をも打ち砕く。

 

 

 天地砕かれ、最早戦うすべを失ったガリレオに。

 

 

 

「……異端、ガリレオ……! 討ち取ったりっ!!!」

 

 

 

 迫る大地に対する恐怖を噛み砕き、なおなお竜砲を轟かせるウルキアガの重撃に対処する方法などありはしない。

 

 

 

 

 

 

「最後に一つ、教えてやるガリレオ。……俺たちは押し付けてなんか、いない。

 

 

 

 ――返せといっても、あのバカは返してくれないんだ――」

 

 

 

 ……最後の三撃目。教えの通り、対角線上の位置に。

 

 最早触れるというべき速度の拳を受けて――副長・ガリレオは、その巨体を大地に静めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それと、ほとんど同時であろうか。

 

 

 

 

 

『――のむ、頼む!! 誰でもいい! 直ぐにきてくれ!! 止水が、っ! おい誰か!!』

 

 

 

 悲鳴のような、懇願のような。

 

 

 そんな、正純の懸命の要請が、武蔵勢全員に届いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

 次回やっと、止水の秘密を語れます。

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