境界線上の守り刀   作:陽紅

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一月近く間を空けてしまい申し訳ありません……


十四章 それぞれの戦場線 【地ノ巻】

 

 

 ――目が、見えないということ。

 

 

 

 

 それは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感の中、およそ八割を占めるといわれる『視覚情報』を得られないということだ。

 

 

 

 例えば、目の前に分かりきった危険があり、そしてそれが、ほんの一歩身体をずらすだけで回避できるような危険であったとしても……『情報』を得る術がないのだから――当然その危機を回避することは、出来ない。

 

 

 例えば、お腹が空いたとして、目の前に出された食事を満足に食べることも難しい。手探りで探して、もし熱々の鉄板を使った料理であれば――自分から火傷を、負いに動くようなものだ。

 

 

 ――例えば、誰もが感動するその景色を……っ。……当然、見ることは、叶わない。

 景色を別の対象と変えても、感動を別の形容に変えても、おおよそ同じことだ。

 

 

 ……今、三つの『例えば』を上げてみたが……これは、ほんの。本当にほんの、たった一部に過ぎない。

 

 

 自分の身を満足に守ることはおろか、その日一日を生きることさえ。《目が見えない》という六字に収まる事実を加えるだけで、超難題へと変貌してしまう。

 

 

 しかし、それが彼女にとっては――向井 鈴にとっては、生まれたときからの常だった。

 

 

 ――人に迷惑をかけなければ、生きることすらも儘ならない。

 物心がつき、『目が見えない』という決定的な『欠点』を始めて知った彼女が知らされた、抗いようのない――現実だった。

 

 

 

 

 話は変わるが……向井家は、決して裕福とは言えない家だった。彼女が着る制服が既製品ではなく、母の手作りという事実からもそれは伺い知れるだろう。今でこそ銭湯を経営しているが――それは彼女が中等部に上がってからだ。

 それまでは両親が朝早く、夜遅くまで共働きしなければならないほどに――家計は厳しいもので――。

 

 

 だからこそ、そんな忙しい両親に極力迷惑をかけないように、鈴は自分を、無意識に押さえ込むようになった。

 子供らしい我侭を言わず、しかし、子供らしい無邪気な笑顔も、また浮かべることもなく――。

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 ……友達が出来た、と。

 

 

 初めて見た鈴の、年相応のその笑顔に――鈴の両親は涙を止めることが出来なかった。

 

 六年分の『ごめんね』と、これから何度も言おうと決めた、『おめでとう(ありがとう)』を伝えて……。

 

 そして、目が見えないという欠点を幼いながらに理解して、迷惑をかけないようにと己を殺してしまった大切な娘――その心を救ってくれたその『友達』に、心の底から感謝した。

 

 

 

 ――思えばそのころからだろう。その友達に連れられる形で……鈴が、少しずつ『外』へと意識を向けたのは。

 

 

 

 教導院までの道にあるお店はなんのお店だろう。元気の良い声がいつも聞こえていたから気になっていた。

 

 家のある通りには、どんなお店があるのだろう。家に帰れなくなった私を、家まで案内してくれたあのおばさんは何処に住んでいるのだろう。あの時のお礼を、自分の言葉でちゃんと伝えたい。

 

 家は、武蔵八艦の、どの艦にあるのだろう。そして他の艦にはどんな場所があるのだろう。どんな人がいて、皆は何処に住んでいるのだろう。

 

 

 

 そんな感じに――鈴の世界は、少しずつ広がっていった。その友達――トーリとホライゾンと……止水。

 そして、それについて来る多くの友人達によって。

 

 

 

 しかし――ホライゾンが事故で落命して……トーリが人形のようになって、みんなが泣いて……鈴の世界の拡がりが、止まった。

 ――どれだけ耳を澄ましても、あの声が聞こえない。知っている世界を歩き回っても、あの足音がいない。

 

 

 それが悲しくて、それが苦しくて――鈴は、いっぱい泣いた。……皆の中で泣かなかったのは止水と皆は言い――皆の中で一番泣いたのは……きっと、鈴だ。

 

 泣いて、泣いて、泣きはらして。泣き疲れて眠って、夢の中で彼女を聞いて、夢から覚めて――また泣いて……。止水に一番甘えてしまったのは、自分だと鈴自身が確信を持てるほどに、彼に縋ってしまった。

 

 

 

 だからこそ。ホライゾンを――たとえ自動人形となってしまっていても――救える最後の機会に、万感の願いを込めて、止水とトーリにその思いを伝えた。

 足手まといはもう嫌で。一人でも大丈夫だと、また心に嘘をついて。

 

 

 それでも、『また』二人は――そんな鈴の心を、掬い上げてくれた。

 

 

 『共に行こう』と。目が見えず、身を守ることすら出来ない彼女に、なんでもないと力強い笑顔を浮かべて。

 

 だから、鈴は待つのだ。

 

 

「……っ」

 

 

 ――時折やってくる砲撃が、防がれる爆音に身をすくませながら。

 せっかく淹れてもらった紅茶に一切手を付けず冷ましてしまったことに僅かな申し訳なさを覚えながら――。

 

 鈴は祈るように手を合わせ、指先が白くなるほどに、握る。

 

 

 

 どうか。どうか無事で。どうか、どうかホライゾンを。

 そう祈りながら、ただただ、待つのだ。

 

 

 

 

『……しんぱい?』

 

 

 机の上、浅い桶の中から黒藻の獣が一匹、顔を出す。鈴には見えないが、縁に止まろうとしてポトリと机の上に落ちていた。

 

 

「えと、その――う、うん。……心配――かな」

 

 

 

 幾度目かの爆音に言葉を途切らせながら、鈴は言う。

 

 

 爆音の、向こう。

 

 地を駆ける無数。その先頭で場違いな元気声を上げるトーリ。

 

 重音とともに戻って来る直政と、かすかな鎖の音を鳴らしながらトーリの元へ進むネイト。

 

 空では双嬢が、武神を相手取る空激戦。

 

 

 そして、諸事情により、誰よりも遅れてホライゾンの元へと進んでいく……独特と言わざるを得ない止水の足音。

 

 

『 どう ?』

 

「う、うん。皆、怪我、とか――してない――?」

 

 

 歩調に乱れはない。それに安堵しようとして――。

 

 鈴の耳が、違和感を聞き取った。

 

 

 

(――だれ(・・)……?)

『 なにごと?  やばいかんじ?』

 

 

 それは、一人分の足音だ。大地を相当な速さ――それこそ、速度を自慢とするアデーレや点蔵らを越える速力だ。その主が、真っ直ぐ……鈴たちの下――つまり武蔵へと突き進んできている。

 

 

 こんな足音、聞いたことがない。少なくとも、武蔵に住んでいる人ではない。

 

 

 

 

「あ、あの――」

 

 

「そのまま真っ直ぐ! トーリくんはもっと下がって! 君ネンジ君よりリアルスライムな戦力なんだからね!?」

『んだよネシンバラ! 舐めんじゃねぇよ! 俺ぁヒノキの棒なんかじゃやられ……ちまうんじゃね? 俺ってもしかしてスライム以下系くさい?』

『『『いいから下がれこのバカ!!!』』』

 

 

 

 

「あ、あの――……っ!」

 

 

「ちょっと浅間ー!? あの汚い花火しか見せない船二隻とも落としなさいよさっきのズドン×2(パイオツー)で!!」

「へっ、変な名前付けないで! いうならバイツーで――」

「クフフオパーイあんなに張っておいてよく言うわこのエロ巫女――男衆の視線釘付けだったわよアンタ! 」

「先生、先生だから生徒の個人情報見れるんだけどさ。浅間、この一年で更に大きくなってるわよね。あ、職権乱用じゃないわよ?」

「乱用です!! っていうかなに暴露してるんですか!?」

 

 

 

 

 

「あ、あのぉ――……」

 

 

「――向井君、なんだ、まぁ……好きに動いてみたまえ。麻呂は学生でない故、直接手を出すことも、口を挟むことも出来んが――君の言葉を疑うものは、あの戦場にはいない。……と麻呂は思うのであるよ」

 

 

 涙目・震え声になった鈴を流石に不憫に思ったのだろう。ヨシナオが、教育者らしくその背を、選びに選んだ言葉でそっと押す。

 

 

「え、で、も、――誰、に言えば……?」

 

「ふむ。――向井君は、誰が適任だと思うかね?」

 

 

 その言葉を受けて、鈴は思考する。誰に頼むべきか、いや、誰に『知らせるべきか』――という数秒。そして、すぐさま、誰かにへと通神を繋いだ。

 

 

 

 そんな鈴が……まるで全てを理解していたようなヨシナオの確信のある言葉に、なんの違和感も持つことはない。

 

 

 そのヨシナオは、自らの手元……そこに映し出された、縮小された戦上図をまた睨む。そこには――彼自身が記したのだろう、いくつかのルートが示されていた。

 苦々しい顔で、そのうちの一つ。鈴が聞いた足音が辿るその場所を、睨むように見つめる。

 

 

 

(このタイミングで出陣()てくるであるか――聖連からの命令か、はたまた自己の判断か)

 

 

 鈴のたどたどしい声と、通神の画面から聞こえてくる声を確認し――杖を少し強く、握り締める。

 

 

 

「なんにせよ――」

 

 

 ――武蔵本丸に、二度目の危機が迫っている。

 心中で、そう小さくつぶやいた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 正しいだろう解答 正しいと思われる解答

 

 

 正しかった解答 正しいはずだった解答

 

 

 

 確実に○をもらうためにはどうするべきか

 

 

 

 配点【答えあわせ】

 

 

 

 

***

 

 

 

 大罪武装。

 

 それは、三河とP.A.ODA間の暫定同盟を正式なものにする際、聖連に恭順を示すために聖譜所有の各国に譲られた、超上たる大量破壊兵器の総称である。

 

 

 『悲嘆』 『嫌気』 『強欲』 『傲慢』 『虚栄』 『暴食』 『憤怒』 『色欲』

 

 この八大罪を原典とし、黒白の――どこか、生物を連想させる意匠に秘められた力は、個人に都市制圧を可能にさせるだけの力を与える。つい昨夜まで――不安定な世界均衡をギリギリ保たせていた大きな要因の一つだった。

 製作者たる松平 元信が今際の際に世界へと宣言した、()つ目の大罪。大罪の中、最大たる悪徳の【嫉妬】。

 

 

 ……総ての大罪()を統べる力をもつ大罪(全竜)――その存在が全世界へと伝えられる、その瞬間までは。

 

 

 

「綱渡りのような、いままでの世界の均衡――これは、崩れるべくして崩れたのでしょうか……?」

 

 

 そう自問するのは、大罪の一つを預かり、八人の竜王に名を連ねる者――立花 宗茂であった。

 その預かる大罪は【悲嘆】。――嘆くような悲しみだ。その武装名に怠惰を加えて――おおよそ、彼には似つかわしくない名であろう。

 

 

 

 そんな彼は、口に出して自問してみたが、答えは……残念ながら出そうにない。

 自分はただ一介の武人である。政治や国家情勢には疎い――とは言わないが、分野が違う。

 

 

 だからこそ。こうして駆ける。考えての結果ではない。戦って結果を見出すために。

 

 

 ――別に、愛する(女性)がここぞとばかりに繰り出してくる攻撃(例 はい、アーン)から逃げてきたわけではない。……断じて。

 

 

 そして、彼女が。明らかに迷っている宗茂を送り出すために、顔を真っ赤にしながらそんな行動に出た……ということにも――当然、気付いている。

 

 

 

 戦えば、分かるはず。

 

(それは――誰と?)

 

 

 戦えば、分かるはず。

 

(一体――何が?)

 

 

 

 そんな、無意味ではないのかと思える自問を繰り返し――宗茂はその答えを、自分の内にではなく、外に求めた。

 

 

 自問他答。

 

 

 ……それでは、答えてもらうとしよう。

 

 

 

「――自問、他()というべきでしょうかね。この場合は――そう、思いませんか?」

 

 

 

 開けた場所……というわけでもない。雑木林で視界は最悪、雑草その他で足場も以下略。その中で、なんの打ち合わせもなく二人が揃うことが、果たして出来るのか。

 

 

 

「へ……? えっと……いや、ごめん。いきなり言われても何のことかさっぱりなんだけど……」

 

 

 

 ――もっとも、それが出来たからこそ。

 

 立花 宗茂と、頭を掻きつつ困り顔の止水が――対立することになったのだろうが。

 

 

 しかし、この緊張感の無さはなんだろうか……夕暮れ時だからだろう、カラスが鳴いたような気がしたが、気にしてはいけない。

 

 

「あ、いえ。Tes.これは失礼しました。

 ――三征西班牙(トレス・エスパニア)所属。『神 速《ヴェロシダート・デ・デイオス》』ガルシア・デ・セヴァリョスの二重襲名をさせてもらっています――立花 宗茂と申します」

 

「……ヴェロ……なに?」

 

「――すみません。立花 宗茂で結構です」

 

 

 やっぱり長いですよねー、と宗茂当人も苦笑を隠しきれていない。

 

 

「……あー、いや、悪い。どうにも昔からカタカナの長いのが苦手でさ。

 っと、名乗り返しだ。武蔵アリアダスト教導院所属、総長連合・番外特務――止水だ。そっちと違って、襲名も何も受けちゃいないよ」

 

 

 ――そうですか。

 

 ――うん。

 

 

 と、どこかほのぼのしたやり取りの中、宗茂は止水を観察する。

 

 全身に数多帯びる無数の刀。そして、宗茂とは真逆の、動き難そうな袖裾の長い緋色の和装。顔は鉢金と高襟によって目元以外ほとんど分からないが、宗茂よりも縦にも横にも一回りは大きな身体と鍛え上げられた重厚な筋肉が、武芸に費やした年月を物語っている。

 

 

 何よりも異常なのは悪道を走ってきたであろうにも関わらず、つい先ほど2500名を相手取ってきたにも関わらず――息一つ乱さず、僅かな汚れも衣服にないことだろう。

 

 

 たった今、武蔵から空でも飛んできた。と言われたなら信じてしまいそうだ。

 

 

 

「失礼ですが……『守り刀の一族』という言葉に心当たりはありませんか?」

 

「ん? Jud. 心当たりも何も、俺がその守り刀だよ。守り刀の止水だ。にしても……昨日からやたら言われるようになったなーと思ってたけど、他国住まいのアンタにまで言われる様になってるのか。

 ――そういうアンタの持ってるそれは、うちの姫さんの感情の一つ、だよな」

 

 

 観察していたのは止水も同じだった。というよりも、止水は宗茂を、通神映像越しにだが知っているのだ。

 ホライゾンを救った後……その先の、最優先事項の八つのうちの一つを持つ、一人。

 

 

「Tes.――大罪武装、悲嘆の怠惰を言うのであれば、相違ありません」

 

「返してくれ……っていうのは、流石に通じないよな?」

 

「アハハ……流石に、通じませんよ。『通してくれ』と私が言って、貴方は絶対に通してくれないのと同じです」

 

 

 未だ、刀に手はかけず。未だ、武器として使いづらい持ち方のまま。

 

 緊張を高め、全身に血をめぐらせる。

 

 

「それはそうと――強かったですか? ウチの次期主力候補は」

「強かったよ。『気が進まない陣形』なんかじゃなかったら、ちょっと苦戦しそうだったし。もっと時間もかかってたろうな、きっと」

 

 

 あとはお互いに武器を取り、戦うだけ――なのだが、戦う準備はほとんど整っているにも関わらず、両雄はなぜか乗り気になることが出来なかった。

 

 

 強い力を持ちながらも暴力を非とし、そもそもが争いを好まない生来的な性格。出来るなら穏やかであれ、そして平和であれと願い祈り――しかし、大切なもの、守るべき人のためならば……躊躇無くその力で戦い抜く者。

 

 

 ……同属を嫌悪する『同属嫌悪』という言葉はよく聞くが、これはきっと、その真逆だ。

 

 

「――私は、私の仲間達の敗北を雪がなければいけないのでしょうね」

「俺もだよ。姫さんを助けるって言ってる手前、アンタから姫さんの感情を奪い返さなきゃいけない」

 

 

 

 戦う理由は、両者あり。

 どちらと無く深いため息をつき――その手を、刀へ、そして大罪武装へとかけた。

 

 

「引く道は……お互いにありませんね」

 

「Jud. 引く理由もないよな。俺にも、アンタにも――ならさ」

 

 

 止水は、深く腰を落とす。左腰の一刀のみ残し、それを左手で軽く引き出し――抜刀術の構えを取る。

 

 

 

 

「『勝ったもん勝ち』――って奴でいいんじゃないか? 俺は頭使うのも言葉ならべるのも苦手だし。なにより、手っ取り早いしさ。……戦う男がどっちも引けないなら、もうコレ(・・)しかないだろ?」

 

 

 

「――Tes. では……いざ」

 

 

 

 宗茂も、姿勢を限界まで前へと倒す。軸足は右、全力の踏み込みと、術式による補助のタイミングを完璧なまでに合わせる。

 

 

「――尋常にっ」

 

 

 

 

 

 言葉は――最早不要……っ!

 

 

 

 

 

 

 

「「 勝「その勝負待ったぁああ!!!!」ぶぇぇえええ!?」」

 

 

 

 

 ……音にすると、ズシャァア。後、ゴチン。

 

 ――なんということだろう。渾身の踏み込みでズッコケてしまった二人は、地面に磨耗される痛みと、お互いに頭頂部をぶつけ合った痛みにバタバタと身もだえしていた。

 

 

 そんな光景を見て、おや? と首をかしげるのは乱入者である――本多 二代だ。息が相当乱れ、髪やら服に小枝込みの葉をいくつもくっつけている姿を見れば、突き進んできたのだろうことは簡単に分かる。

 

 

「あ、あれぇ、おかしいな。あれぇ? 今私たちかなり決めましたよね? もう、誰にも邪魔はさせませんよ的な決闘の雰囲気作りましたよね? ね!?」

 

「この抗争で初めての負傷理由が『ズッコケ』とか。さっきの連中に俺なんて言えばいいんだ? ――っていうか、何で本多がここにいるんだよ……?」

 

 

 

 男二人はお互いに座り込み、頭を押さえて目を爛々と輝かせている二代を見上げた。

 

 

 

「強者の気配を感じ取ったのでござる! そして走ってきてみれば案の定……っ!」

 

 

 と、こんな理由だった。

 

 宗茂はもう頬を引きつらせるしかなく、止水は止水で呆然と二代を見上げ――。

 

 

 

 ……ふと、あることを思い出す。

 

 

 

「……なあ、お前って確かネシンバラに『正純の護衛するように』って言われてなかったか?」

 

「ネシンバラ――? ……ああ、あの眼鏡にござるな。Jud.その通りでござる。正純は戦闘力皆無ゆえに、拙者が万が一の場合の護衛でござる」

 

 

 その正純の役割こそ、宗茂()の前だから言わないが。ネシンバラ曰く、正純の行動による結果が、戦局を大きく変える――らしい。

 

 二代には綿密に練られた戦略など分からないが、とりあえず正純の身を守ることが大切な役割というのは理解していた。

 

 

 

「うん。だよな。じゃあさ、その正純は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………拙者としたことがっ!!」

 

 

 

 と、自身を叱責しているが―― 一向に正純の下に戻る気配はない。

 

 そんな彼女を見て――男二人は言葉無く、二代に背を向ける形でしゃがみ込むことにした。敵と味方が違う、などという細かい指摘はガン無視である。

 

 

 

「あーっと、正純の通神はー。あ、これだ」

 

「誾さん! 応答してください誾さん!」

 

 

『!? 止水!? 良かった、急に二代がどっかに突っ走って――れ、連絡がつかなくて――? おい、お前今、誰といるんだ?』

 

『む? Tes.どうしましたか宗茂さま。――と、どちらさまで?』

 

 

「あ、どうも。立花 宗茂です。――それより誾さん。立場というか正直いろいろと面倒っぽい女性にはどう対処したらいいのか教えてください」

 

「武蔵アリアダスト――いいや、守り刀っていうのの止水だ。それより正純、そのフタヨなら、なんか知らないけど、ここにいるぞ」

 

 

『『……はぁ?』』

 

 

 武蔵へ攻め込もうとした宗茂と、鈴から連絡を受けて急行した止水が対峙。ちょっと格好つけて決闘しようとしたら本多 二代が現われてズッコケタ。

 

 という説明を、かくかくじかじか。

 

 

『なにをどうしたらそうなるんだ……』

 

「俺が聞きたいよ……」

 

『――状況はイマイチ読めませんが、私より面倒な女はそうそういないはずですので、そうですね……1/5誾位の気持ちで』

 

「1/5誾さん……あ、可愛い――ごめんなさい。嘘、じゃないですけど、真面目に考えます」

 

 

 

 覗きこもうとしてくる二代を、二人してチラリと見る。通神越しの二人も合わせて、四人でチラリ。

 

 

 

 

「でも彼女――戦る気、満々ですよねどう見ても」

 

『幼馴染として言うが、申し訳ない』

 

「俺か宗茂のどっちか、残らないといけない感じか?」

 

『二人掛りで宗茂さまを――と、コレは私が言ってはいけませんか』

 

 

 止水か、宗茂か。

 

 止水は味方だが、三年前の一件が。宗茂は敵な上に、今朝方のやり取りもある上に、宗茂としても『武の本多』と決着を付けたいという思いがある。

 

 しかし――宗茂としては、止水と戦いたい気持ちも大きくあった。

 

 

 昨夜の三河消失。松平元信がいうには、あの場にいるはずだったのは止水であり、宗茂ではないのだ。彼は元信を止め三河消失も止めるという選択を選んだが、結局のところそれは失敗に終わっている。

 ならもし、自分ではなく止水があの場にいたのなら――と、どうしても考えてしまうらしい。

 だからこそ、止水と戦い、その勝敗の結果をもって自身の問いに答えを出したかったのだ、と。

 

 

 ――という、内心を。包み隠さずかくかくじかじか。

 

 

「――なんでみんな、俺と戦えば答えが出るとか思ってるんだろう……?」

 

 

『まあまあ。とりあえず、答えを言ってみては如何ですか? 要は、その答えが出れば宗茂さまは本多 二代と戦う理由がつよくなるのですから』

 

『それに、何だ。正直戦場に一人というのは、その。少し……心細いんだ。どっちでもいいから、早く合流してくれると、その……』

 

 

 

 流れ的に、宗茂が残って二代の相手をするらしい。最早誰が敵で味方かごちゃごちゃだが、確かに戦えない正純を一人にしておくも不安である。

 

 

 止水は、頭をガリガリと掻いて――おもむろに立ち上がる。

 

 

 

「答えって言われてもな――俺バカだから、よくわかんないよ。

 ……でも、なんだろう。答えも何も――もう、選んじまった後だろ? 正しいか間違ってるかー、なんて今更過ぎること考えるよりさ、『選んだほうを正しく』していけばいいんじゃないか?」

 

 

 

 言い終わってから自分の言葉を思い返し――うん、と頷き、自分の言葉に納得できたようだ。

 

 

「コレが俺の答えかな。実は俺も、昨日選んで――未だに正しいって残念ながら思えない。だから、ここにいるんだと思うぜ?」

 

 

 

 言い切って、止水は宗茂を見て――満足そうに頷いた。

 

 

 

「それで、宗茂。アンタの相手は俺か? それとも、あそこで仁王立ちしている二代か?」

 

「Tes. ――まず(・・)は、先の決着をつけようと思います。……貴方はその後です。覚悟しておいてください」

 

 

 あ、結局戦うんだ……と肩を落とす止水に、宗茂も立ち上がり――背を向けて、二代に相対する。

 

 

 

「誾さん。御助言、ありがとうございました。……では、行って来ます」

 

『Tes. ……ご武運を。宗茂さま』

 

 

「正純、今何処だ? そっち行くから、場所教えてくれ」

 

『Jud. 今は――』

 

 

 ふと背を振り向けば、緊張を高めつつある両者がいる。敵にばかり塩を送るのもどうだろうか――。

 

 

「……ああ、そうだ。本多 二代ー」

 

「何でござるか」

 

 

 

「姫さんの感情さ、俺の代わりに取り返しといてくれよ。それで――姫さん救えて、お前が取り返せたら――本気で試合、してやるよ」

 

 

 

 

 目に見えてやる気に満ちた二代を見て。憑き物が取れたいい顔の宗茂を見て。

 

 ……このどっちともいずれ試合しないといけないのかなぁと、少し面倒臭そうな顔を浮かべて。

 

 

 

 止水は剣戟の音を背に、一人で不安がる正純の下へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 ……どの戦上も、武蔵の優勢か、最悪でも拮抗を維持している。

 

 しかし、未だ決着は着かず。

 

 

 

 そして時間も、あまりなく。

 

 

 

 ――戦局は、終局に近づいていった。 

 

 

 

 

 

 




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