「さあ、武蔵のよい子の皆ー! こん……ばんは? にちは? まあいいや! 今日はイトケンお兄さんとネンジの旦那が特別授業でやってきったよー!?」
『ふっふっふ! いくぞ子供達よ……! ヌルヌルとねばねばの貯蔵は十分か!?』
「ちょっと!? 貴方達! 真面目にやりな――」
「「「「わーい!!!」」」」
「……え、これってまさか、私がアウェーなの……!?」
ネンジを帽子の様に頭乗せたイトケンが、とてもいい笑顔を振りまいていた。――武蔵アリアダスト報道部の一組を拉致。さらには、ー武蔵子供チャンネルを通神ジャックして、と注釈がつく『いい笑顔』だが。
真面目にやれと注意しようとしていたミリアムが、武蔵の子供達の方向性をポイした逞しさに絶望し……近くで『はい!』と真面目な顔をした男の子が手を挙げたのを見て、武蔵の未来に希望を抱き――
「イトケンのお兄さん! お兄さんと旦那は戦わないの!? お役立たずなの? あ、戦力外通告なの!?」
――もういいや、と。ミリアムは車椅子の上で頭を抱えた。その頭を件の幽霊幼女に撫でられて、その子を思わず抱きしめてしまったとして、誰が咎めようか。
「おお! 難しい言葉を知ってるねマー君! でもイトケンのお兄さんとネンジの旦那は役立たずでも、ましてや戦力外通告なんて受けてないよ!
なーぜーなーらー!!」
溜め、溜めに、溜めて。
「お兄さん達が戦っちゃうと! 武蔵の過剰戦力になっちゃうからね! あ・え・て!! 戦わないのさ!!」
『真の強者とはその力を振るわぬからこそ、真たりえるのだ少年……! それを心に刻み、強くなれ……!!』
おー!? と、感激半分、理解してない半分の歓声を受け、二人(実質一人)は胸を張る。
――それに、と。戦況を伝える本命の通神画面。そこに写り、懸命に戦う級友を見た。
「……お兄さんと旦那の友達にね、頼まれているんだよ。『皆を頼む』って……! だから……だから! お兄さん達の戦場は『ここ』なのさ! ……さあ皆っ、皆も、応援してくれるかい!? 僕たちの友達を……いや、僕たちの仲間たちを!!」
あくまでも、子供たちに呼びかけるように言葉を選んだのだろう。しかし、その心奥にあふれ出さんばかりの熱はほとんど隠せていなかった。
姿形は、たしかに真面目とは言い切れないものがあるだろう。
それでも、やっぱり本当は一緒に戦いたいんだ――と、可愛らしい雄たけびを上げる子供達に釣られてか鼓動を強くするミリアムが、膝に抱えた少女を強く抱き……。
「さあ! 今日の『いんきゅばす体操』は応援アレンジver.だよ! まず隣の子の手を壁に付かせて後ろから抉るように――っ!! はいっ! ワン・ツー! ワン・ツー!!」
「待ちなさいっ!?」
……下げて、上げて、また落とす。目の前で放送禁止の規制が掛からなければおかしいほどの行動をしているのが自分の級友なのである。
さて、――なんの冗談だろうか? これは。
「ど、どうしたのミリアム!? 大きな声――だし、て……?」
各所を見回っていた東が帰還し――一人だけで阿鼻叫喚の絵図を描くミリアムを前に、ハテナ顔を浮かべる。
「あ、東 いいところに……貴方も手伝って!!」
「へ!? え、あ……? う、うん! わかった! あれ……えと、でも、この場合って余が壁に手を――?」
「張っ倒すわよ貴方!? そっちじゃなくて……! ああ、もう! 放送部の人たちもそんなの写したら駄目!! 貴方達もそんな卑猥な体操しちゃ駄目っ!!」
この子にだけは見せるものか、と膝に抱えた幽霊少女の視界を塞いでから叱りたてる。
えーと不満げな子供達を諭し、級友三人をしっかりと叱りつけ、きびきびと拉致された報道部に指示を出し。――という忙しそうで大変そうな、彼女のおかげか。
――誰一人、泣く子はおろか、不安におびえる子も、いなかったそうな。
「しょうがない……! こうなったらインキュバス一族に伝わる門外不出、僕の取って置きの体位を――」
「……ちぇりおっ!!」
「ミリアムっ!? 車椅子で人……? を殴ったら――っていまどうやったの!? ねぇ!?」
残念なのは、誰一人として、それを意識してやろうとしていなかったことだろう。
――さてそれでは、中継を現場にお返しします。
***
空を翔るから、翼を求むのか
翼があるから、空を翔るのか
――空から探すと、早く見つけられるから楽なのだ。
配点【二人の特権】
***
む、っと不機嫌そうに頬を膨らませた彼女は、吹き付ける風にその長い銀髪を揺らしながらも、茜が目立ち始めた空を見上げる。
「――まったく。そんな遠くから、レディのエスコートを全うできるとお思いですの? 世は肉食の時代……もっとガッツリ来て頂きたいですわね」
見上げた空を、一瞬にも同じ場所に留まるものかと、二機の武神が縦横無尽に翔け抜けて行く。時折撃ってくる牽制か、時間稼ぎかの砲撃は銀鎖で難なく対処できるため、損害も損耗も大してないのだが――。
「引き摺り落とす、って策が使えたのは、最初の一機だけだしねぇ! っと、大見得きってみたけど……制空権ってのはバカに出来ないさ、ね!」
重武神、地摺朱雀の肩に乗る直政も大体同じような状況である。砲撃は朱雀の手にした巨大レンチで器用に防ぎ、その辺に転がっている岩やら建築残骸やらを投げつけて応戦しているが、そんな物が当たるはずもなく。
最初の一機こそ銀鎖を介したネイトを、投げ縄の用に朱雀が投げて引き摺り落としたものの……やはり単調な連携のせいか、一度見られては簡単に回避されてしまう。それどころか、最悪失速して身動きの取れないネイトが良い的になりかねないのだ。
――故に、戦場の主役は、ごくあたり前の様に、二人の魔女となっていた。
白きを身に纏い、空にて描くはマルガ・ナルゼ。その名、"
黒きを身に纏い、空にて穿つはマルゴット・ナイト。その名、"
二人が空を共にし、その名を合わせ"
「『そろそろ今月どころか来月まで白米とお塩の生活が確定したよ』……
……その片割れであるマルゴットは、なぜか涙目の笑顔で攻撃を続けている。砲門から放たれた千円分の十円硬貨の棒金、それが十本。計一万円の砲撃は、二機の武神に撃ち落されるか回避されて霧散するか……。
攻撃が無駄に終わって――マルゴットが、今日幾度目かの悲鳴を上げていた。
「落ち着いてマルゴット! たかればいいのよ!! もしくは点蔵あたりを揺すれば……!!」
「でもでもガッちゃん! ナイちゃんそろそろ本気で泣いちゃうよ!? ただでさえ昨日の肝試しの請求が……っ!」
((……案外余裕そうさね/ですわね))
高速変態機動をやりつつの会話じゃねぇ、との地上に半ば取り残された二人の感想は同じものだった。
空の戦力差は二対二。しかし、実質攻撃能力を持つのは黒魔法を使えるマルゴットだけなので、二という数字そのままとは行かないだろう。
それでも、魔女二人のコンビネーションがあるからこそ――二機の武神と、対等に渡り合えていた。
そしてなによりも――。
「っ! 来た……ミトっ! 用意しな!」
「分かっていますとも!!」
秘匿通神を通して送られてきた添付の付きの文書板――そこに、少し荒い簡素な文字と、地形図に描かれた四色のライン。
「それじゃあ皆……二機目っ! 落とすわよ!!」
「「「Jud.!!」」」
この場においての指揮官ナルゼの即席の作戦立案が、何よりも重要であった。
「さぁてミト! もういっちょ行ってきな!!」
「Jud.!!」
気合一声、地摺朱雀の手による本日幾度目かのネイトの投擲。一瞬武神二機が警戒するように視線を送るが、彼女は鎖を一切伸ばしていない上に、二機のどちらとも検討違いの方向だ。
そして、そのほんの僅かな隙を。
「女の子の相手をしてるのに、余所見はいけないんだよ!? っ……
空中ドリフト――それも、垂直方向にて行われた荒業だ。それによって武神の頭上を取ったマルゴットが、幾条もの魔術砲撃を連射する。
二機のどちらも巻き込めるような、大きく弧を描く射線の中で、一機は回避を、そしてもう一機は銃撃による相殺迎撃をおこなった。
足を止めなかった一機と、止めて
それが、
……一体、誰が思いつくだろう。空における唯一の戦闘力を持つマルゴットを、足止めのためだけの遊撃手に抜擢するなど。
そのマルゴットは回避した武神を追い立てる。アイコンタクトを交わしたわけでもなく、自分の片割れならば自分をこう使うと確信しての行動だ。
そして、ネイトを空中で拾ったナルゼが、また片割れの思い描いた行動に気分を良くしながらも――首級を取るべく、白嬢にて突貫した。
「ちょっ! あんた重過ぎるわよ!? ちょっとダイエットしなさい!!」
「こ、これは銀鎖の重量ですわよ! っ! お行きなさい《銀鎖》!!」
そんなネイトの号令のもと、四本の銀がさながら牙のように。
一本は弾丸にて弾かれ、二本はギリギリの差で交わされ――それでも、一本の銀鎖が、その身に届いた。
「……とちらないでよ?」
「
白嬢を足場に鷲へと取り付いたネイトが、不安定なその武神の身体を器用に駆け上がり、背面の主翼を銀鎖で雁字搦めに巻きつける。
そして、力のあらん限りを込めて、鎖を引いた。
重力に抗うため翼は、打って変わり大地へ加速する――ネイトを、作戦開始の最初の場面まで送り届けていった。
そして、当然そこにいるのは……
「――まさか、あたしにトドメをくれるとはねぇ……!!」
巨大なレンチを肩に担いだ地摺朱雀と、その肩で煙管を噛んで笑みを浮かべる、直政。
あとは、簡単だ。担いだレンチを掲げ――タイミングを合わせて――
「バコン、っと!!」
――形容しがたい、硬質な物体同士が衝突し、片方が拉げる、その濁音。絶対にバコンという単純な音ではない音が響き――空の武神は、地に堕ちた。
「……つい、やっちまったけど。ミト、アンタ生きてるか?」
「……指示書をみて、私の以後だけ書かれていなかったのにはツッコミませんでしたけど。ええ。問題ありませんわよ? ――軽く、軽く本当にヒヤッとしましたけど」
引きつった笑いのネイトに、直政は一応場所を選んでバコンった、と手を挙げて軽く謝罪する。
銀鎖を収め、少し乱れた髪を軽く直し――ネイトは告げた。
「――それでは、この後は手はずどおりに。私は、王たちの下へ。」
「あいよ。そんであたしは武蔵へ一旦戻りゃぁいいのか……ったく。空を飛びながら、随分先のことまで考えられるもんさね、ナルゼの奴は」
残った最後の武神。それを翻弄している二人の魔女に視線を向け、送られてきた文面につづられた、最後の一文を思い出す。
『無茶をする
……文法はおかしい上に、ところどころ単語を抜けている一文であったが――各々の行動を指し示す地図の中で直政を示す赤いラインが武蔵へ伸び、ネイトを示す青い線がトーリたちが向かうであろうホライゾンの元へと伸びているのを見れば、彼女が伝えたいことは大体分かる。
止水の無理を止める様に空戦組に加わった直政とネイトの二人だが、彼女達が本領を発揮できるのは、やはり白兵戦――つまりは地上だ。
しかし、空の戦力も当然無視できるはずもない。ならば、無視できるまで戦力を削り、彼女達をそれぞれの戦場へ向かわせるのが得策だとナルゼは考えたのだろう。
そんなことを、まだ二機――もしかしたら、三機の武神の脅威があった段階の空で描きぬいていた白き魔女。
そして、ついぞ彼女からの指示文を見ることなく、二つの作戦の中で、完璧に行動して見せた黒き魔女。
「二人掛りの強敵ってわけさね。今更だけど――ちとずるいんじゃないか? あれ」
「それこそ、今更ですわ。強敵ばかりですわよ。最初から分かりきっていますけれど……――まあ、とうの本人が、きっと一番の強敵ですわね」
――違いない。と直政が煙管を揺らしながらカラカラ笑い、ネイトも苦笑を浮かべる。
そして、二人は己の役割を果たすべく、己の戦場へと駆けていった。
空を翔る――ナルゼが内心にて悪態をついていることに、気付かないまま。
読了ありがとうございました。
そして、更新遅くなりました。