境界線上の守り刀   作:陽紅

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十三章 刀、至ること『千』 【下】

 

 

 

 唐突に、トゥーサン・ネシンバラは『負けた』と痛感させられた。

 眼を閉じ、首を振り。両手をおどける様にしてあげる、完全降伏の意を示した。

 

 しかし、負けているのに悔しいという感情が一切無い。むしろ清々しいとさえ思っていた。

 

 

 ――自分は確かに負けてしまっただろうが、それは逆に『自分を完膚なきまでに負かす者』がいるということの、証明だ。そして、自分の学友の言葉を借りれば『負けっぱなし』は趣味ではない。

 

 

 また、挑んでやろう。勝つまで、それこそ何千と。それこそ何万と。

 

 

 

「ははっ、どうしたらいい? 『すごい』って言葉しか浮かんでこないんだけど!?」

 

「ちょっと同人作家ー? なに一人で高ぶってるの素で気持ち悪いわよ?」

 

 

 地味に引かれていたが、ネシンバラにとってはどうでもいいことだ。喜美の発言やら周囲の視線やらをガン無視して、通神画面の映像を食い入るように見つめる。

 

 消える。現われる。そしてなぎ倒していく。

 緋色の炎を纏わせて、地面から刀を取っては薙いで、回収して。

 

 

 こんな稚拙な、それこそ箇条書きのような言葉しか出てこない。詩的に表現したいのに表現できないもどかしさ。それを越えて興奮させる光景。

 

 

「ちょっと武蔵さん、これ本当に録画できてる!? 出来てないとか今更言われたらボク多分一週間くらい寝込むよ!!」

 

 

「Jud. この武蔵、抜かりはございません。――――以上。ですが、録画したものを公開するとは一言も申しておりませんので、ええ。あしからず。――――以上。」

 

 

 

 空に残った航空艦二隻を警戒しながらも、武蔵は少し誇らしげだ。誇らしげに暴露してネシンバラを硬直させていた。

 

 緋炎がまた猛り、人が二桁単位で吹き飛んでいく。それを女教師が眼輝かせていたり、王がそれをポカンとしていたり――。

 

 

 

 

 ……指揮所兼観戦席は、混沌としていた。

 

 

 

 

「ンフフ。この賢姉がちょっと唖然とする空間を創造するなんてやるじゃない愚衆共! 褒めてあげるわ!」

 

「……はっ!? 麻呂は『衆』で――ではなく! ……オッホン。……麻呂自ら頼んだ身ではあるが――あれが彼の本来の実力なのかね? オリオトライ君」

 

 

 ヨシナオは日頃遠目にではあるが、機関部などでの手伝いで、止水が相当のバカ力の持ち主であることを知っている。脚力に関しても、見送りのときにもふざけた跳躍力やらを見ているので、身体能力は梅組随一だと確信していた。

 

 ――が、なによりもあの性格である。暴力を良しとせず、それによる解決も生来的に望まないだろう。

 

 

「お、私に聞きますか……それじゃあ僭越ながら、止水のことをちょっと『御高説』しましょうかね」

 

 

 だからこそ、武蔵でも有数の戦闘能力を誇り、かつ止水当人の担任教師であるオリオトライに問うた。

 その彼女は、品のいいカップからがぶがぶ紅茶を飲み干していたが――この際はいいだろう。茶葉は高級品なので、飲みすぎた場合は天引きも視野に入れるが。

 

 

 一息に飲み干し、グイと口元をぬぐう。

 

 

「ケフッ。えー、今のあの子は……そうですね――簡単に言ったら、日頃からつけている『あんた馬鹿でしょ?』ってくらい重たい枷を外した状態なんですよ」

 

「枷、であるか? ――なるほど、全身に帯びている刀は確かに無いが――」

 

「Jud. 止水が常時配刀している刀は、私が把握している最多で――えっと、確か3000本越えてます。っていうかそれも一年前ですから、今は多分、それより増えてるはずですよ?」

 

 

 ヨシナオが再びポカンとした。いや、ヨシナオだけではない。武蔵を除いたその場の全員が、目をパチパチさせてオリオトライを見ている。

 

 

「さんぜ……っ!? 待ちたまえ、それはマジな数字なのかね!? いや、しかし」

 

「いや、コレがわりとマジな数字です。まあ、実際私たちから見て帯びているのはそりゃもっと少ないですけど。刀の重量負荷を増やしてるってことで――……『お姉さん』なら今の正確な本数、知ってるんじゃないですか?」

 

 

「Jud. 当然です。昨日の【早朝ヤクザ討ち入り】の際、めでたく4800本を記録いたしました。――――以上」

 

 

 つまるところ、常時、4800本の刀を背負っているだけの負荷を身体にかけているらしい。

 その事実を前に……平然としているのは二人だけで、その二人は当然、予想本数を軽く上回っていたことにうわぁおって感じのオリオトライと、若干誇らしげな武蔵だけであって。

 

 

 ありえない。と――ヨシナオたちは、全くもって理解できないでいた。

 

 

「――この一年。止水様はまるで急き立てるように一気に負荷重量を増やされました。以前まででしたら月に一度、数本のペースだったのですが。この半年に至っては日毎になります。――――以上」

 

「増やしてるなー、とは思ってたけど、そんな急いでたのね……守り刀としての勘かなぁ。こうして戦うことになるって確信してた――と。

 ……で、まあ、話を戻しますと。4800本の刀の負荷と、それに加えて全身の行動を制限する帯刀を解除しているわけですから――速いですよ? 今のあの子」

 

 

 まあ、見ての通りですが……と、顎で差した通神を覗けば――右肩から先を霞ませて、全方位から打たれた銃弾を切り落としている止水がいる。

 

 

「ハイ、先生! 質問があります!」

 

「んー、面倒だけど、Jud.言うだけ言ってみなさい。答えるかどうかは気分だけど」

 

 

 おい教師。という視線を上司であるヨシナオと質問者であるネシンバラが向けるが、何処吹く風だ。

 咳払いを一つ、ネシンバラが問う。

 

 

「止水君って、カテゴリ的に純粋な人間ですよね。ミトツダイラ君みたいに獣人とのハーフとかいうんじゃなく」

 

「先生の知る限り、あの子に犬耳とか尻尾とかが生えてるところは見たこと無いかなぁ。角とか肌の色が赤かったり青かったりとかもね。――まあ、言いたいことは分からなくも無いけど。

 ……スペック的に普通の人間である止水が、どうしてそんな超重量を常時支えられるか、ってところかしら。あ、あと言っておくけど、実際に重さが掛かるわけじゃないわよ? あくまでも止水個人に負荷が掛かってるだけ」

 

 

 犬耳――と武蔵がつぶやいていたが意図して全員がスルー。……自分達に被害が無ければ無問題。若干鼻息を荒くしている女子が一人二人いたがこれもスルー。自分に被害が以下同文。

 

 

 そして、概ね質問の内容を言い当てられたネシンバラが頷いて回答を求めた。

 

 

「Jud. 僕ら、初等部の終わりのほうくらいに本人からそういう感じの話を聞いたんですけど――ストレートに言うと、彼自身が単語を全く理解してなかったので全く分かりませんでした」

 

()ストレートだと『バカの説明じゃ分かりませんでした』よね。……んー、それじゃ、もう少し掘り下げましょうか。じゃあ、はい、鈴。 止水が『 何の神様を奉じてるか 』――知ってる?」

 

「……え、わた、私、ですか?」

 

 

 ……鈴はきっと、私が答えるんですか? という意味で、そう言ったのだろう。しかし残念(幸い)なことに、そんな彼女の隣は、クフフ笑う姉だ。

 

 

「クフフ、流石は鈴ね! 自分を鈴神様として足元に平伏せさせる気ね! 常時オンブが奉納! 御利益はM・O・E! ――需要がありそうで怖いわね。わりとガチで」

 

「Jud. 喜美様、私ども艦長、総参加でお願いいたします。――――以上。会員番号的な序列は無視して634番で――」

 

「……ふぇっ!? ち、ちが! ま、まって、私、そんなつもり、えっと……っ、も、もう!」

 

 

 鈴が拗ねた。そして、それを通神越しに見ていた各国の、決して少なくない老若男女が吐血していた。

 

 

 

「――コホ、喜美。ナイスと言いたいけど軽く自重しなさい。一応つけなくても、抗争中よ? 分かってる?」

「クッフ。いいじゃない暇なんだもの。――拗ねて今にもお持ち帰りされかねない鈴に代わってこの賢姉が答えてあげるわ! あのオバカ曰く『刀』だそうよ? フフフ全く刀バカにも程が有るわよねー!?」

 

 意味ありげ、そして意味深な笑顔で言う喜美を見て、ワザと『刀』と強調して言っていると確信し、オリオトライは苦笑を浮かべた。

 ――苦笑を浮かべて、それでも間違っていないために、訂正しない。

 

 

 

 

 

 止水が奉じている神――神々は、偽り無く、刀なのだから。

 

 

 

 

「刀の神? ふむ――侍職の戦闘系か、鍛冶の治神であるか? 珍しいといえば珍し――いや、彼が?」

「それじゃあ赤点ですよー教頭。刀そのものが本当に神様なんですよ、止水にとっては。ちゃんと分類としてきっちり分けられている上に結構メジャーな神様なんですから。

 ――さあて、ここでさっきの名誉挽回よ、浅間。あとの説明よろしく!」

 

 

「……あの、先生? 面倒だからってこっちに振って……はい、Jud.やります。やりますから良い笑顔で指を鳴らさないでください」

 

 

 この人は本当に教師というよりリアルアマゾネス……っ! と心の奥底でつぶやいて、通神画面越し――にではなく、己の義眼を用いて、直接止水を見る。

 

 

 彼の身体を包む緋炎が軌跡を描き、その軌跡が消える前にまた彼がその場所を通過して上書きされているため、まるでそこだけ何も燃やさない炎に包まれているように見えた。

 未だ一撃ももらっていないようだが――それでも剣林弾雨の中を丸腰で駆けているようなものだ。

 

 ――不安は、尽きない。

 

 

 ( ――無理しないで、っていう言葉は、もう言いませんよ? その代わり、私たちも、無理しちゃいますから)

 

 

 否とは言わせない。言ったらそっちがまず止めろと言い返してやる。

 

 

「……はぁ。……教頭先生、『付喪神』という神様は、御存知ですか?」

 

「今のため息は――いや、うむ。確か、『長く大事にされた品々には神が宿る』というものであったか?」

 

 

 

 ヨシナオの模範解答に、その場の全員が頷く。

 

 ――物を大切にする、という行動は国境や人種を問わず、誰もがほんの少しの意識で容易に実現可能なものだろう。しかし、長い年月を経た物に神が宿るという『付喪神』たる言葉や概念があるのは、おそらく極東側くらいなものだろう。

 

 

「……待ちたまえ。話の流れからして彼の奉じる神というのはまさか……?」

 

「Jud. ――教頭先生のお察しの通り。止水君の契約している神は、付喪神です。

 ……何処の派閥にも、それどころか、系列にすら属さない多種多様の神々。名前すらなく、総称して『付喪神』とくくられてしまった神様達ですよ」

 

 

 一応、止水の契約に浅間神社が『介入』しているが――止水の契約以降十年間、智は『付喪神』を対象にした新規契約の手続きをしていない。止水の契約の内容も十年前と変わっていないので、管轄しているとはとても言えなかった。

 

 

 止水の契約している神を知り――それでも、疑問符を浮かべているものは多い。通神を通してであるが、何故? という視線が向けられている気さえした。

 

 

「すまぬ、浅間君。こういっては失礼なのかも知れないが……麻呂の知る限り、付喪神というのは――」

 

「うん。僕も王様と同じ意見かな――ぶっちゃけると、神様の中では最底辺だよね……?」

 

 

 

 雑多なもの――それこそ万物と言っていいだろう――に宿ることの出来る付喪神であるが、雑多すぎる上に神としてなるまでに時間がかかり、たとえ運よく至ったとして、その力は神々の中でも最弱クラス。

 ヨシナオとネシンバラの言葉ももっともだった。

 

 

 信仰などあるはずもなく、有名所の神々と比べたら何の力も持たない微々たる存在だ。

 

 ――そんな、あってもなくても変わらない様な契約を何故? という、ある意味当然なその疑問。

 

 

「ええ、それが『ただの付喪神』なら、きっとそうなんでしょうけど――止水君の契約している付喪神は、とても『ただの』なんて付けられない付喪神たちなんです。

 ――途方も無い時間を、それこそ数千年というの年月をかけて蓄積された代々の奉納。代々受け継がれてきた数え切れない刀に宿った神は、上位の主神と比べても遜色ない力を持っているはずです……!」

 

 

 しかし、その力を持っている刀の神たちは決して己の位階を上げようとせず、『刀神』とでも改めれば箔がつくにも関わらず、最下位だからこそ融通の聞く付喪神であることにこだわった。

 智が一息つき――。言葉を選ぶように、少し間を置く。

 

 

「――浅間神社が関与したのは、もともと在ったそのいくつかの奉納と加護による恩恵のやり取りなどを形骸化して――いろいろと調整しやすいようにしただけなんです。

 あとは、付喪神と止水君の双方の同意があれば、いつどこでも、彼は契約そのものを増やすことが出来ます」

 

 

 故に――今現在、止水が一体どれだけの付喪神と契約しているのか……止水本人の口から知らされる以外、確認する方法はないのだが。

 止水の姉を宣言している武蔵によれば、4800柱。絶対に破られない同時契約の記録に、苦笑するしかなかった。

 

 ――智が、これでいいですか? とオリオトライに視線を送る。

 

 

「うん、浅間の知る限りだとそんなところね。……ただ、ちょいちょい感情的になってて大切な『契約の内容』がそっくりまるまる抜けてるけど。まあ、そこは先生が先生らしく補完しましょうか」

 

 

 まさか厳罰? と僅かに顔を青くした智に苦笑を返し、オリオトライはテーブルに立て掛けた長剣を掴む。

 

 しばし考え、なにかを例えるように、柄頭を上に、柄に限りなく近い鞘を握った。

 

 

「あの子が付喪神の一柱と結ぶ契約は三つ。まず一つ目が、『()として大切に扱うこと』よ」

 

「何言ってるんですか、大前提ですよねそれ。それおこたったら即行で契約不履行じゃないですか」

 

「厳罰るわよネシンバラ。先生、今結構格好つけようって思ってるから。

 まぁ……前提だけど大変なのよ? 刀として大切にってことは、手入れもそうだけど、常に行動を共にし続けるってことなんだから。武器からしたら、倉庫にしまわれ続けるのなんて嫌ってことよ。

 ――とはいっても、常識考えたら契約している刀全部をそのまま持ち運べるわけがないから……加護? っていうのかは微妙だけど、一契約につき刀一本分の収納空間を無償で使用できるの。かなり使い勝手悪いらしくて、重さはそのまま負荷として身体に来るらしいわ」

 

 

 明らかに止水の体積を超える刀郡を使用した『変刀姿勢』、見慣れていたが故に疑問に感じなかったが、言われてみればの謎が一つ解けた。といわんばかりに、ネシンバラが手を打つ。4800刀の負荷というのも、ここから来ているのだろう。

 

 オリオトライが長剣の持ち手を変え、鞘に近い柄を掴む。そして手首を軸に一回転させ、航空艦の一隻に向けピタリと剣先を止めた。

 

 

「で、二つ目。『刀にふさわしい剣士であり続けること』。刀が持ち主に相応しい力量を求め続けるのよ。一つ目で体は常に鍛えられ続けるけど、同時に技を磨かないといけないわけ。

 ――そして、その奉納に対する加護が、付喪神からの流体供給よ。それも普通の流体よりずっと生体になじみやすいの。あの緋色のがそれね。あの子は、それを身体の中で内燃拝気に変換して、負荷のかかる体を動かすだけの力と、酷使し続ける肉体の修復に向けているってわけ。

 ……日頃の怪力は、その余剰の流体を身体能力に当ててる副産物ってところかしら」

 

 

 

 

 人の身でありながら、人ならざる身体能力の秘密。

 

 

 余談だが、シロジロがこの場におらず、裏方に徹している原因がコレだったりする。借り受けた力はほんの一部であり、かつ極僅かな時間での使用であったのだが、その流体から齎される力が強すぎたがために体が耐え切れなかったらしい。

 

 そんなシロジロはハイディに介護されつつ、重度の筋肉痛でプルプル震えながら金融手続きを行っているのだが、そんなことを欠片も話題に出さず――。

 

 

 

 

 

 

 

「そして三つ目は――『守り刀としてあること』。……教頭も知ってますよね、10年前の、あの子の『アレ』です」

 

 

 

 

 

 

 オリオトライが、それを告げた瞬間。

 

 

 

 戦場の爆発やら、叫びやらを――やたら、遠くに感じた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

負けて、膝を折る

 

 

敗して、空を仰ぐ

 

 

 

 その経験の多さが、いつかの勝敗を分けることもある

 

 

 

 

配点【今度は勝つ】

 

 

 

 

***

 

 

 999刀目を、今静かに納め――止水は千刀目となるその白刃を大地より抜き、その切っ先を最後の一人へ……意識して残したその一人の喉下へと、突きつける。

 

 

「くっ……化け物め……ッ!」

 

 

 おそらく、この部隊の指揮官だろう。陣の中央よりも前におり、全兵に向けて幾度となく指示を飛ばしていた上に、一人だけ他と違う頭部装甲で分かりやすい。

 

 2500対1は――既に1対1。いや、状況だけ見れば、勝敗は決していた。

 

 

「降参してくれよ。勝負がついてるのは、分かるだろ?」

 

 

 緋炎は衰えることなく。むしろ、慣れてきたように、当初ほど荒々しさが薄まり、精練されているようにも見える。

 負けを認めても認めなくとも、負けることが確定しているにも関わらず『降参』を促して来る止水に、男は怒りを覚えずにはいられなかった。

 

 

「――殺せ……一人おめおめと生き残っては部下にも、本国にも顔向けできん……!」

 

 

 2500人いて、傷一つすら。……見れば、大して疲れすら見られない。軽く走ってきたか? 程度の呼吸の乱れだけだ。

 

 

「――はぁ」

 

 その止水はというと、収納空間から鞘を取り出し――己の手で刀を納める。それと同じくして、身体に纏っていた緋炎も霧散していった。

 

 

【――生き残りしかいない戦場で一人死んで、一体誰に顔を向けるんだい? アンタは】

 

「は……?」

 

 

 やれやれ、といわんばかりに首を振る【(つるぎ)】を見上げ――。

 

 

「っ!?」

 

 

 男は、大砲が煙を上げ、折れた槍や砕けた盾が散在する戦場を慌てて見渡す。

 災害でも通過したのではないか、と思うような惨状に顔を顰めるが――よく耳を澄ませば呻くような声が、あちらこちら、そこかしこから――かなりの、正確には分からないが相当な人数分。

 

 

「全部峰打ちだよ。加減もしたから、寝てても死ぬような怪我人も一人もいない、はず。……だよな【(つるぎ)】?」

 

【最初のほうおかっかなビックリだったんで思わず笑いそうだったよ私は】

 

 

 ニヤリと笑い、役目は終わったとばかりにポンと消えた自分の走狗を恨めしげに見送り、しかし口では勝てないだろうとまたため息をつく。

 

 ……そのやりとりは、とてもではないが、戦場で行うものではない。

 

 

 

「ふ、ざけるな!! 情けをかけたつもりか!?」

 

 

 

 傷を負う覚悟も、死ぬ覚悟もあった。当然だ。戦場なのだから。

 

 ――それを目の前の、18かそこらの青二才にバカバカしいと覆されたような気がした男は、勝てないと分かりつつも挑み掛かる。

 

 

 

「いや? 本気だよ。姫さんの命が掛かってんだ。情けをかけてる余裕なんか、ないよ俺には」

 

 

 しかし、その止水は全身に配刀を終え、すでに先へと進もうとしていた。

 

 

「それに、アンタ達の矜持のほうこそ俺にはわからないよ。生きてんだろ? 終わってないなら、次を見ろよ。負けたけど生きてるなら、また挑んで次勝てばいい」

 

 

 それによ、と。

 

 今度は、しっかりと男を見て。その上で、子供のような笑顔を浮かべた。

 

 

 

「俺らは、正純――あ、ウチの副会長なんだけどさ。そいつが言うには、これから末世を解決しにいくんだぜ? アンタらだって見たいだろ? 【末世がない世界】ってやつ」

 

 

「…………」

 

 

 開いた口が塞がらない。これが、男の現状を的確に表現してくれるだろう。

 

 

「じゃあな。……あ、目覚ましてもトーリたちのこと、追いかけないでくれよ。追いかけてきたら――今度は入院くらいはしてもらうからな」

 

 

 

 それだけ言って、止水は本当に前へ……友が先を往く道を進む。

 

 

 

 

「……それでも殺しはしないのか――?」

 

 

 舐めている。戦場を侮っている。

 

 そんな甘い考えで列強の国々と渡り合えるはずがない。

 

 

「くそ……っ!」

 

 

 ばたりと仰向けに、伸びている部下たちと同じように倒れこむ。

 

 部隊は全滅、幸いにも死者・重傷者はなし。――と、始末書の内容を思い浮かべながら。

 

 

「――次は、時間稼ぎなどではない三征西班牙(トレス・エスパニア)の本当の力を見せてやる……!!」

 

 

 

 ――再戦を強く、誓い立てた。

 

 




止水の無双は――? アレ?
 と、書き終えてから思いました。はい。

読了ありがとうございました。

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