境界線上の守り刀   作:陽紅

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 本編をご覧いただく前に、今回の件で皆様に多大な御迷惑と御心配をおかけしてしまったことを、心から深く、お詫び申し上げます。

そして、凍結と打ち刻みながらも、今再び、恥知らずにもこの場に戻らせていただくことを謝罪させていただきます。


 正直に言えば、まだ憤りが消えたわけではありません。
 ですが、熱意を失ったわけでも、ありません。


 故に、描き続けようと思います。


 ――今後とも、この拙い文書きにお付き合いいただけると幸いです。



十三章 刀、至ること『千』 【上】

 

「――ねぇ、あれってもしかして、止水君の走、狗……かい? いや、でも走狗にしたら……」

 

 

 

 通神を覗き込むようにして、止水の肩越しに現われた、初めて見る姿の走狗を観察する。

 ハイディの走狗であるエリマキのような動物型ではない。どちらかと言えば、智の走狗であるハナミや喜美の走狗であるウズィのような人型――それも女性を模していると思われる。

 

 ……しかし、その二柱とも明らかに違う。ハナミとウズィが二頭身――まるでマスコットのような姿をしているのに対し、止水の元に現われた走狗はデフォルメこそされているものの、四頭身ほどはあるだろう。

 

 ――はるか昔の、なんの機械化も施されていない巫女服――だろうか。それを腰を曲げて払う仕草など、普通の走狗はまずしない。

 

 

 

「っというわけで、専門家の浅間くん。説明お願いできるかな?」

 

「……いや、あの。私もぉ、知らないんですけど……? あんなすらっとしている走狗なんて初めて見たんですけど? むしろ説明プリーズ? みたいな……」

 

 

 ネシンバラと同じく、止水を映している通神画面を挙動不審に凝視している智も知らないらしい。――その問題の走狗(仮)は、伸びをしたり首を鳴らしたりして身体をほぐして、結構自由そうだ。

 ……明らかに走狗に当てはまるだろう。しかし浅間神社の娘である智が何も知らない。これは相当なイレギュラーではなかろうか。

 

 

「――御安心を、皆様。止水様が【(つるぎ)】様を出された以上、あの場におけるこちらの敗北はございません。――――以上。

 ……ぶっちゃけ、かなりのオーバーキルになるかと。――――以上」

 

「えっと、武蔵さん? あの走狗について何か知ってたりします?」

 

 

 ただの走狗ではない。それも、止水にとって、あの戦場を終わらせるだけの要因をあの【(つるぎ)】という名の走狗は持っているということである。

 ――智は武蔵の口調から、彼女が少なくない情報を知っていると判断できた。

 

 

「Jud. ――【(つるぎ)】様は正確には、走狗ではございません。止水様が奉じる神仏とは一切関係がありませんので、中位契約の証である走狗契約とは全く別種のものになります。表立ってお姿をお見せになられたのは十四年ぶりになりますので、浅間様が御存じないのも無理はないかと。――――以上。

 ですが、浅間様、喜美様の走狗と同じように、術式の補助をなさることが出来ます。強いて言うなら、守り刀(止水様)の『守護霊』……とでも、御紹介すればいいでしょうか。――――以上」

 

 

 その説明を聞いた全員が、取り敢えず思ったこと。

 

 

 ――武蔵の言葉遣いが、いつにも増して、丁寧なのは気のせいだろうか。

 

 

 

「守護、霊……?」

 

 

 

【やあやあ。懐かしい声が聞こえると思ったら、久しぶりだね武蔵ちゃん(・・・)

 

 

 

(((((ちゃん……!?)))))

 

 

 

 今度は気のせいではない。絶対に聞き間違いでもない。

 武蔵の前に軽い破裂音と共に現われた【(つるぎ)】があの武蔵を。

 

 

 『あの』武蔵を、ちゃん付けで、呼んだ――。

 

 

 

「――Jud.今、何か、聞かれましたか? 聞かれてませんね? ――――以上」

 

 

 ……流石の武蔵も、流石に恥ずかしかったらしい。自動人形ゆえに態度には一切出ていないが、『聞いた』と愚かしくも名乗り出る者がいたなら――と、一同の顔色を軽く青く出来る何かを発していた。

 

 

 

 そんな発端を拓いた【(つるぎ)】を、眼を丸くして凝視している智。

 

 

(ち、地脈移動……!? そんな、契約者の下に行くわけでもないのに……?)

 

 

 本来ならありえない事象に対する驚愕もそうだが、それと同時に、ここにいていいのか? という疑問もある。止水の補助をするために現われたというならば、止水のそばにいなければならないのでは――。

 

 

 

「ンフフ。ちょっと愚衆共? 賢姉の目がおかしいのかしらコレ。――止水のオバカの肩にも同じ姿がいるのだけれど」

 

【ああ、あっちが本体だから安心していいよ。私はちょいと挨拶にきただけだから】

 

「……いや、えー……?」

 

 

 分身できる上に、おそらく契約者である止水の認識外の行動をとる。……走狗にも自我はあるのだが、余りにも――自由すぎやしないだろうか。

 そんな疑問を持ち、続けて問おうとした智だが、【(つるぎ)】本人(?)の意味有り気な視線と、また意味深な笑みの前に、逆らい難いなにかを感じ、沈黙する。

 

 

 

 

【それで、コレがぼーやのお仲間ってわけかい……いい面してる子が多いねぇ。あの子のときより大分いい。……これなら私たちも、大盤振る舞いできそうだよ――しっかりと見ておくがいいさ。

 

 

 ――私たちが脈々と繋いできた守り刀の一族……その集大成の、その業をね】

 

 

 

 再びの破裂音とともに――、その姿は消えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 なんのために戦うのか

 

 

 己が為か他が為か

 

 

  ――そんな問答、とうの昔に終えている

 

 

 

 

配点《守るが為に》

 

 

 

 

***

 

 

【――ふふ♪】

 

「ん? ……随分機嫌よさそうだな【(つるぎ)】。どこ行ってたんだよ」

 

【いやなに、ぼーやのお仲間の何人かの所にね。いい子が揃ってるじゃないか。……良い娘も揃ってるみたいだけど】

 

 

 ふふふっ♪ と、ご機嫌に微笑む【(つるぎ)】をやや見上げ、その眼をすぐに逸らす。……少しばかり、嫌な予感を感じたので何のリアクションも取らない。

 

 ……取ったら最後、盛大にからかわれるのは必至だろう。それは自分にとってまず間違いなく悪手になる――それだけは止水にもなんとなく分かった。

 

 

【……つまらないねぇ。どうしてこう、守り刀の男共はどいつもこいつも機微に疎いのかね。最早呪いだよ、呪い】

 

「――呼ぶ奴、間違えたかなぁ……コレ」

 

 

 結構真剣な止水の声音に対し、まあそう言うな、と苦笑を浮かべつつ彼の頭をポンポン叩く【(つるぎ)】。止水はそんな彼女をまた見上げ――そして、眼前に並ぶ、2500の兵を見る。

 

 止水の怪力やら砲弾返しやらを警戒しているのだろう、西班牙方陣(テルシオ)本来のある形である防衛に徹しているため、位置は不動だ。

 

 

 

【さてと、ぼーや。覚悟は出来てるだろうね。……私を、いや、私たちを呼ぶってことは――その信念を貫き続けるってことだ。その信念が破れ、命尽きるまで走り続けるってことだよ。

 ……いまなら、まだ間に合う。こんなの、ぼーやだけの力でもどうとでもなる状況なんだ――だから】

 

 

 僅かな発光を始めた【(つるぎ)】が、最後の確認として問う。

 

 最初に呼ばれたのが自分で良かったとつくづく思う。他の連中や他の子達は、止めようとしないだろうし、強く止めることも出来ないだろうから。

 

 

 

 

 

「……そんな覚悟、十年前からとっくに出来てるよ。突き抜ける覚悟も、敗れていく覚悟もな。それによ――」

 

 

 

 しかし、それでも止水は笑う。止めの一字を名に冠しながらも、止まる気配を微塵にも感じさせることはなかった。

 

 

『「――道は前にしかねぇんだ(ないんだ)。盛大に、決めていこうぜ(いこうじゃないか)?」』

 

 

 

 

 

 ――全身の配刀を排し、一軍を前にして、完全な無刀となる止水。大胆かつ不敵なその行動に、三征西班牙(トレス・エスパニア)はもちろん武蔵側ですら眼を見開いている。

 

 

 

 だれもが注視する、その姿に。

 

 

 ――同じ緋色の衣を纏った一人の女傑を、【(つるぎ)】は幻視した。

 

 

 

【ふ、ふふ――問答は最早不要、か】

 

 

 

 

 言葉は不要。――彼女も、そうだった。

 

 

 言葉ではなく、その一刀とその背中で。守り刀は万言に勝るものを示してきたのだ。

 

 

 そしてその血を、その血刀を。……この男も、確かに継いでいる。

 

 

 

 

 

【……いくよ、ぼーや!】

 

「Jud.!!」

 

 

 

 

 

 

「【――《初めの口上》】っ!!」

 

 

 

 

 

 【(つるぎ)】が頭上高く、その身を緋の焔に煌かせ、高らかに、楽しげに謡いだす。

 

 

 

 

  【   さあさあ皆様お耳を拝借! 未だ『宴も酣(エンモタケナワ)』には程遠く! 『宵の序の口』にすら至らぬところ!  なれどここらで御手をお借り 重ね重ねの締め始め!  】

 

 

 

 

 焔は猛り、止水をも包む。止水を巻き込みさらに猛り、天へ届けといわんばかりに、渦巻く緋焔は空を目指した。

 

 

 誰がそこにいるのか。誰がそこにあるのか。

 

 

 

 世界へと証明するかのようにはるか高く。

 

 

 

 

 

  【  遠くの此方も近くの彼方も! 男も女も老いも若いも! 画面の向こうの誰彼も!

 

 

  ……さあ、いくよ? いよぉーっおっ!】

 

 

 

 

 

 

 ―――拍手―――!

 

 

 

 

 

 

 現場から、武蔵から。両の手を弾く、短くも景気のいい音が響き――

 

 

 必要な拍手の数(・・・・・・・)を十二分に過ぎるほど得られた【(つるぎ)】は、笑みを浮かべた。

 

 

 止水の身体を起点としていた緋焔は拍手と同時に、空中に無数の火の粉となって留まり――術式鳥居を出現させる。

 柱を意味する縦は二本、しかし、貫きを意味する横は三本という――智が用いる術式鳥居とは明らかに別種のものだ。

 

 

 そこから出現したのは、柄――刀の柄だ。視界一面を埋め尽くすように展開された術式鳥居から、刀が柄だけを覗かせ、その号令を今か今かと待ち焦がれている。

 

 

 それに答えるように、止水は静かに腕を掲げた。

 

 

 

 そして、その光景が、その行動が何を意味するのか。青くなった顔色で理解した三征西班牙(トレス・エスパニア)側の隊長が改めての防御指示を飛ばそうとして――

 

 

 

 それよりも先に――止水の腕が、振り下ろされた。

 

 

 

 

 術式鳥居から緋の流体を推進力として爆発させ、鞘から飛ばされる無数の抜き身の刀剣。柄を頭に、三征西班牙(トレス・エスパニア)の頭上へと『射出』された刀たちはその重力により、刃を下にして――雨が如く降り注ぐ。

 

 

 盾を持つ外側の兵は何とかなるだろう。盾をそのまま頭上へとかざせばいいのだから。しかし内側にいるものはそうは行かない。数分かけても数え切れないだろう刃から身を守る術などないのだ。

 

 密集していた陣形も仇となり――回避も絶望的だろう。

 

 

「お、おおう……こ、これはかなりエグイ攻撃でござるな……っ!?」

 

 

 ついつい釣られて手を合わせた――拍手後の状態でそんなことをつぶやいたのは点蔵だ。忍として数多の道具を使う彼には、状況に応じて最適なものを即座に選べる勘には梅組の中でも特化しているという自負がある。

 

 その点蔵から見ても、止水と【(つるぎ)】の『一撃』は最良の手だと唸るしか出来ないものだった。

 

 

 

 最良の手だが――しかし同時に疑問もあった。刀を、容易く人を傷つけることが出来る刃を――止水が何のためらいもなく、敵とはいえ、なんの躊躇いもなく使役するだろうか。

 ……あと手を合わせて見るような光景でもない。

 

 

 

 そんな中――降り注いだ刀の一本を、両足の間に刺したままの三征西班牙(トレス・エスパニア)勢の隊長――抜けそうになる腰に活をいれ、四方に視線を飛ばす。

 

 

「――くっ、各部隊被害報告っ! どれだけ残った!?」

 

 

 ――死者がいないことを、心の底から祈る。大事な部下であり苦楽を共にした仲間達なのだ。

 眼に見える範囲で、自分達の装甲にある赤以外の『赤』はない。しかし、その向こう、自分の視界に入らない部隊は無事なのか――

 

 

 

 

 『さ、左陣、被害ありません……!』

 

 『後陣同じく! 避けようとした奴がぶつかり合って鼻血を出しただけです!』

 

 『前衛部隊、砲台が今しばらく使用できませんが人的、被害は……?』

 

 『右陣陣形が崩れました! ――被害は、その……ありません』

 

 

 

 ――おかしい、と思ったのは、その隊長だけではないらしい。報告を上げて来る前後左右の部隊長も、相次ぐ自分達の無傷という報告に訝しげだ。

 

 

 ――無事である、それは喜ばしいはずなのに……無傷すぎて、素直に喜べないという、矛盾。

 

 

 結局、止水と【(つるぎ)】のやったことは西班牙方陣(テルシオ)の中に、数え切れない刀を飛ばしただけ――ということ……になるのだろうか――?

 

 

 

 

『――ちょ、ちょっと止水君!? あれだけ大見得きって相手無傷だよ? っていうかこれこのままだと相手に武器与えただけになっちゃうよ!? 敵に塩どころか無数の刀送ってどうするのこれ!?』

 

【ふふふ。無数じゃないよ、眼鏡のぼーや。『999本』さ。あそこに飛ばしたのは999本の刀だよ。そこんとこ、間違えないどくれ。……いや、けっこう難しいんだよ、999本を限定させて飛ばすの】

 

 

 

 はっはっはと快活に笑う【(つるぎ)】、そして、よしとばかりに頷いている止水は、打ち出した刀を外したことになにも感じていないらしい。

 

 

「――なあ、ネシンバラ。999本じゃあなんか、アレだよな、中途半端だな」

 

 

 

『……え? いや、そりゃあそうだけど……っ!? ま、まさかこれって伏線なのかい!? 待って、ちょっとまって! 今から画像録画するから!』

 

『Jud. 抜かりはありません。――――以上』

 

 

 

【え、録画してんの武蔵ちゃん? ――ンン! ……ああ、そうだねぇ。中途半端だ――何を足せば、すっきりするのか、分かってるだろうねぼーや】

 

「お前急に顔澄まさなくても……いや、バカだという自覚はあるけど、さすがにそこまでバカじゃねぇよ……コレで――」

 

 

 そして、止水は再配刀を行う。日頃行われている、無数の刀を全身のいたるところに配置するものではなく、腰に差しただけのその一刀。

 

 ソレを抜き放ち――999、加えることの、1。

 

 

 

準備(・・)完了だ」

 

 

 

 ―― 千。

 

 

 

 千の、刀。

 

 

 

 

 ……銀閃一刀に、今再び隊列を組みなおしている西班牙方陣(テルシオ)を映し――止水は一歩を刻み、進む。

 

 

 

 

「終景《千刀巡り》―― 一型『宵も序の口』。……身構えろよ。さもなきゃ、あっという間に――

 

 

 

 

 

 

 ……終わっちまうぜ?」

 

 

 

 

 


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