境界線上の守り刀   作:陽紅

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境ホラ二次がにぎやかになってきたー!!


十二章 刀、抜き放たれ 【中】

 

 

 迫る弾丸。それは、武蔵には所持の許されていない銃火器によるものだ。撃ち手だけでも数十人、それが、引き金を絶え間なく引き続ければ、その弾丸の数は優に数百に至るだろう。

 一発でも当たり所次第で命を奪えるのだ。――それが数百と一気に殺到するのである。

 

 当然、身を硬直させるだけの恐怖に襲われるだろうし、とっさに目を閉じて現実逃避してもなんら、恥ずかしいことではない。

 

 

 そんな中――

 

 

「……よいしょっ、と」

 

 

 

 ――そんな、場違いにもほどがある掛け声が聞こえた。

 その声は銃声によってほとんどかき消され、三征西班牙(トレス・エスパニア)の陸上部隊に聞こえることはない。

 

 

「「「「――んなのありかよ……!?」」」」

 

 

 ……だから、その光景を見て、驚愕することにした。

 止水が先ほど斬り開けた、門の残骸。一番大きな、二等辺三角形の形状に切り分けられてもなお、巨大で分厚い木材の塊を。

 

 

 ――止水は、片腕一本(・・・・)で持ち上げて、自身とトーリの盾とした。

 豪雨に打たれるような音が門(現、盾)の向こうから絶え間なく聞こえ、それにやれやれとため息を零す。止水は刀を肩に担ぎなおし、後ろにいるトーリに振り返った。

 

 

「……ほらなトーリ、撃ってきただろ? やっぱり危ないって」

 

 変わらない声。変わらない態度。

 当然の恐怖など欠片も感じず、恥ずかしくない逃避を恥とした、その威風。

 

 

「ったく、空気読めよなぁ!? 名乗り上げの邪魔とか一番やっちゃいけねぇぜ!? ――あ。ダム、今度からおめぇ、握手とかさ、俺みたいな一般ピープル相手にやんなよ? 絶対やんなよ? アイアンクローとか、絶対ダメだぜ?」

 

「いや、さすがに力は抑えるよ? ――ただ、うん。力加減とか間違えたら、ごめんな? 無理に突撃したときに思わず、頭とか掴むかも」

 

 

 木材にがっしりと食い込んでいる五指を見たトーリが釘を刺すが、逆に、『危ない行動をしないでくれよ』と打ち返されている。

 とっさに頭をつかまれてグシャ――という未来はさすがに嫌なのだろう。無理な行動はしない、と、トーリは何度もJud.Jud.と頷いていた。

 

 

 未だ門(盾)を叩く銃弾の雨は止まず。どうしようかと悩んでいる二人の背後に駆け寄る点蔵。

 

 

「ちょっとちょっとお二人とも! 何勝手に開戦してるでござるか!?」

「「……え、まずかった?」」

「おかし過ぎることに気付いてほしいでござるよ!? 追いつけているの自分だけでござるから!」

 

 

 後ろにいる点蔵の、さらにその後ろ。流れ弾を盾で防ぎながら急ぎ足で追いつこうとしているノリキたちと警護隊……が、えらい形相で睨んでいた。

 止水の持つ門(盾)の防御圏に入り、そこを基点に陣を広げていく。

 

 

「――とりあえず歯食い縛れ」

 

 

  ――「……っていうか、若干浮いてない、か? (あれ)

  ――「じゅ、術式だろ? ……術式だよな?」

 

 

「ステイステイステイ!!? ……ま、まあまあ落ち着けって。丁度よくダムの作った盾もあんだし、このまま前進すりゃあ――」

 

 

 いいじゃん――と、胸倉をつかまれたトーリはそれを言い切る前に、自ら言葉を止めた。

 ……大声でなければ会話もろくに出来なかった銃撃が止んでいる。弾切れ――にしては早すぎるだろう。しかし、再装填にしては長すぎるその時間。

 一同はそろって盾であり、そして同時に、視界を塞ぐ壁となっている門を見上げた。

 

 

 

 そこに、【ちょい上げてみ?】と、トーリ・点蔵・ノリキのハンドサインを受けて、止水は立てていた門を水平に持ち上げるようにして、視界を確保。

 

 

 ……その理由を、知る。

 

 

 ……口径からして、今まで撃たれていた銃の、おおよそ十数倍はあるだろう。見るからに鈍重そうな『それ』は、既に標準を合わせているようだ。

 

 

「――そういえば、ネシンバラが言ってたな。……移動式の大砲があるとかどうとか。――あれがそれか?」

「で、ござろう……って、暢気すぎでござるよノリキ殿……!」

 

 

 流石にあれは、止水の持っている門でも防げないだろう。

 そう即座に考えた点蔵が若干焦りつつ、止水をチラリと見る。退避か、それとも防御か。どちらにせよ、即決即断を求められる状況の中で――

 

 

 

「まあ、そう慌てるなよ。点蔵」

「(……笑って、いる?) 止水殿……」

 

 

 高襟と鉢金。その二つによって、いつもどおり目元しか表情を窺えないが――点蔵が見る限りにおいて……彼は、笑みを浮かべている。

 

 とても穏やかで――とても、嬉しそうな笑みだ。

 

 

 その止水は、掲げていた門を腕力だけで、どこぞへと放り投げる。

 ――担いでいた刀を鞘に納め、配刀により肩に現われた大太刀の柄を掴み、刀身だけでも止水の身の丈はあるだろうそれを、一息に抜き放った。

 

 

 

 それと、同時。

 

 

 

「っ()ぇえ!!」

 

 

 目に見えるほど巨大な銃弾――もう榴弾といっていだろう――が放たれ、高速で飛来する。門の破砕を第一と考えていたためか、計らずとも標的は止水に定まっていた。

 

 さらに、それに向かって、のんびりと歩いていく止水。

 

 

 誰かが静止を叫び、誰かが万が一に備えての行動を叫んでいたが――。

 

 

 

 そんな叫びは全て、『カキーン』という快音に、ものの見事に塗りつぶされた。

 

 

 

 直撃のその瞬間、射線から僅かに身体をずらした止水が、大太刀の腹にて――榴弾を思いっきり横殴ったのだ。

 打ち返された砲弾は弧を描くことなく直進し……呆気にとられる三征西班牙(トレス・エスパニア)の軍勢の真上を越えて――止水たちが出口とする大門を大破させる。

 

 

「……うしっ」

「「「「「「「「ええええええ!!!!????」」」」」」」」

 

 

 その絶叫は、はたして三征西班牙(トレス・エスパニア)側か、それとも武蔵側か。――とりあえず、その場にいる梅組のメンバーは絶叫を上げていないとここに明言しておこう。

 ……そしてなぜかホームランを叩き込んだ止水の後ろ姿が、どうしようもなく自分達の教師の背中と重なって見えていたことも、ここに明言しておこう。

 

 

「んー、やっぱり智のズドンのほうがすごい(こわい)な」

「「「――ああ、確かに」」」

「だろ?」

 

 

 うんうんと仲間たちの賛同を得られたことが嬉しいらしい。特に、常日頃からズドンの盾として止水を用いているトーリと点蔵は誰よりも深く頷いていた。

 

 

『……ふぃ。やっと追いつきましたー……何度か転ん――ってあれ、なんか楽しそうな雰囲気……?』

「アデーレおっせぇな! ――あ、お疲れぺーやん」

 

 そして、やっと。ほんとうにやっと、アデーレが到着した。機動殻の後ろにはペルソナ君の巨体もあった。……どうやら、アデーレのサポートを行っていたらしい。

 

 

 

「くっ……また硬そうな奴が……!」

『ちょっと! 硬そうな奴ってどういう意味で……あ、見たまんまですかね』

 

 

 テヘ♪ とする仕草は、どうやらずんぐりむっくりとした機動殻には向かないらしい。

 たまらないのは相手側だ。現状、遠距離武器のない武蔵陸上部隊に対し、有効だろうと思われていた二つの武器(うち一つは兵器)のどちらもが、実質止水一人で完全に無効化されてしまい――損害は零。

 

 

 

 

 

 ……歯噛みする指揮官の通神に、明確な有効打となるだろう吉報が入ったのは、すぐのことだった。

 

 

 

***

 

 

 

「た~っ、まや~っ♪」

 

 

 眼前上空にて咲く爆発に、喜美は何故だかいつもより、テンション高めに叫んだ。

 武蔵中央前艦『武蔵野』。その甲板上に椅子とテーブルを持ち込み、さらにはティーセット一式を持ち出して――完全に『高みの見物』にしゃれ込んでいる。

 

 

「……なんでだろうね、普通なら『今戦争中なんだけど?』っていうべきなのに『ああ、平常どおりだなぁ』って思っちゃうんだけど。

 ――あ。先生、さっき止水君が砲弾返ししてましたけど、元祖として何かコメントは?」

 

「んー先生、喜美はもちろんネシンバラ(アンタ)にも言いたいなぁって思ってるんだけど。

 ――まー、強いて言うなら『どうせやるなら航空艦に打ち返(ホームラン)しなさい』ってとこかしらねぇ」

 

 

 あれじゃ良くてツーベースよねー、と、朗らかに笑ってお茶請けであるクッキーを頬張っているオリオトライも決して注意できる側ではない。

 

 

 

「――……やれやれ」

 

 

 ――そんなやり取りを、隣のテーブルにいるヨシナオが、苦笑しながらも聞いていた。

 止水とトーリに銃弾が殺到したときには椅子から腰が浮きかけ、榴弾に歩き向かっていく止水を見たときなど息を飲んでいたが――。

 

 

 ……不器用であるなぁ、ここにいる……全員。

 

 

 

 心配していない。はずがない。心配で心配で、たまらないはずだ。

 だが、ソレを欠片にも見せない。思わせない。

 

 

 今もなお無差別に飛んでくる砲弾を防ぎ続けている武蔵。――そして、彼女が淹れた至極と言えるだろう紅茶に意識すら向けず、テーブルの下で隠すように、手を組んで祈っている鈴。

 

 

 

(……向井君を不安がらせないように、であるか)

 

 

 

 片や、駆けつけたい衝動を必死に押さえつけ、皆が帰る武蔵()を守らなければならない武蔵。

 そして片や、そばにいたいという思いを必死に殺し――無事を祈ることしか出来ない鈴。

 

 ……この二人がきっと、一番心配しているはずだろうから。

 

 

 そう離しているうちにも、数発。砲弾が飛来し、武蔵の操る防御術式に阻まれて爆発している。

 

 

 

「か~っ、ぎや~っ♪ ……ねぇ、そろそろ飽きちゃったんだけど。ちょっとそこの同人作家っ! いつまでこの状況が続くのかこの賢姉に教えなさい!? 三十字以内で!」

「陸上部隊の活躍と相手の空戦力の出方次第。でもそろそろ動くと思う」

 

 ……ぴったり三十字。文系の意地として収めてみせたネシンバラはドヤ顔を浮かべているが、喜美はスルー。答えだけを受け取って、先ほどから細々した砲撃を繰り返している五隻の戦艦を、つまらなそうに見上げた。

 

 

 

 

(……麻呂の深読みしすぎであるかなぁ、これ)

 

 

 

 

 

 

『武蔵様! ――前方三艦から高出力の流体変化反応を確認! 主砲である流体砲と判断いたします! 術式操作の予兆も視認! ――――以上』

 

 

 噂をすれば、という言葉通り。武蔵たちが見上げる五隻の航空艦の内、進路を塞ぐように滞空している三艦が僅かに船体を傾け――地上にある武蔵八艦を、その主砲の範囲に納めている。

 

 

「――射出口角度から判断しまして、三砲とも直撃コースかと。――――以上。

 ……」

 

 

 流体の供給、そして収束――術式にはほとんど時間が掛からないため――おおよそ、一分とないだろう。

 大破……までいかないまでも、航行不能は確実だろう。さらに居住区が集中している『青梅』や『高尾』に当たれば……。

 

 

 

 それを、刹那。そのうちの思考で済ませ、武蔵は行動を開始する。

 

 ――否、武蔵がしようとする前に、彼女の目の前に八つの通神画面が現われた。

 

 

 

『こちら『品川』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『多摩』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『村山』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『高尾』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『武蔵野』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『浅草』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『青梅』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

『こちら『奥多摩』。武蔵様、御命令を! ――――以上』

 

 

 

「――Judgement. 武蔵総艦長・武蔵より、各艦長へ伝達。全艦艦首にて全力防御術式を展開。……私たちが、誰の姉であるのか。それを世界へと証明します。――――以上」

 

『『『『『『『『Judgement. !! ――――以上』』』』』』』』

 

 

 通神画面が消えうせ、代わりに、喜美たちのいる武蔵野艦艦首にも、前方に巨大な『防』の字を写した術式が展開される。

 

 

 

 しかし、足りない。武蔵自身が力を使役しても、防げて一撃のみ。あと二撃分は、どうあっても彼女一人では防ぎようがない。

 

 

 

 武蔵は、そう判断していた。

 

 

 だからこそ。だからこそ、彼女へと通神を繋いだ。

 

 

 

「――浅間様」

 

 

 通神は真っ黒に――真っ暗な部屋しか映していない。光と音、その全てを無として、彼女は心を澄ませている。

 故に、返事がなくとも……武蔵は、彼女に言葉が届いていると確信して、言葉を続けた。

 

 

 

「……よろしく、お願いいたします」

 

 

『Jud. 』

 

 

 

 甲板の一部が開き――貨物収納用のエレベーターがゆっくりと上がって来る。

 

 

「あら浅間。アンタ何処にいるかと思ったら、そんなとこに居たの? ……真打っぽい登場ね!? 先越されたわ!」

 

 

 膝を付く彼女の姿を見て、鎧。という言葉を想像したのはヨシナオだった。

 少女らしい細さを見せるのは、右腕のみ。左腕はいくつかの装甲に覆われ、重心を嫌でも低くしているスカート状の装甲板。

 

 

 

「もう。……浅間神社は――いえ、浅間 智は! 武蔵を守るために、その力を使役します」

 

 

 

 これで、二撃。

 

 

 あと、一撃分――と、武蔵が思考を巡らせようとして……智の言葉が、ソレを止めた。

 

 

 

「それじゃあ、真ん中(・・・)と、()――もらいますね?」

 

 

 

 

 

 ……振り返った彼女の顔は――それはそれは、惚れ惚れするほど、美しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

喜美が強化されてたんですから、――ええ、はい。

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