境界線上の守り刀   作:陽紅

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境界線上への挑戦者たち

 

 

 

道を行くは一人。何も出来ぬと自身で言う愚者()

 

行く者を見送るは一人。止めても無理をし続けてきた愚者()

 

 

 その二人の愚者を、苦笑する者。

 

 

配点《武蔵の子》

 

 

 

***

 

 

 こぼれ落ちたため息は意図せず、見事に全員分が重なった。

 それぞれ考えていることは違っても、根幹には同じものがあるからだろう。

 

 

 そして、そんな互いを見やる。

 

 

 苦笑を浮かべている者がいれば、頭をやや乱雑に掻いている者がいる。もう一度ため息をつく者もいた。

 

 

 その中で――真っ先にその一歩を踏み出したのは――正純だ。

 歩くには速く……もう駆け足と言っても良いだろう。

 

 正純はヨシナオを追い越し……少し目を見開いて、嬉しそうに笑った止水に微笑みを返して――階段を下り行くトーリに追いつく。

 

 

 

「おいおいセージュン、なんだよ、お前もくんのかよ?」

 

 

 一瞥すらせず。まるで誰が来るのかわかっていたかの様に――トーリは足を止めることなくそうつげた。

 

 

「……当たり前だ。ホライゾンは、私の大切な友人なんだぞ? ……お前一人じゃ、不安だからな。それに、自分の言葉にくらい責任は持つさ」

 

「ありがてぇ。……でも無茶すんなよ? おめぇ、女の子なんだかんな?」

 

 

 一人は、二人になった。

 

 そして、追いついてくる声は、続く。

 

 

「まったくもう。今朝方『助けてくれー』ってお願いした人の行動じゃないですよ? コレ」

 

「忘れちまったよ浅間。そんな昔のこたぁ――……これからホライゾンの未来奪い返しに行くんだぜ? 昔や今なんざ、関係ねぇよ――だから、『アレ』頼むわ。

 ……もうダムにだけ――アイツ一人にだけ背負わせるわけにはいかねぇからよ」

 

 

「んふふ……愚弟が一丁前に男の顔してる件について! ――大事なこと、ちゃんと覚えてるわよね? じゃなきゃさっきのビンタ行くわよ?」

 

「それは真面目にやめてくれよ姉ちゃん。――高望み、だろ? わすれねぇさ。――なんたって俺、高嶺の女の弟だし? 高望みくらいわけねぇよ!」

 

 

「しかしトーリ殿の忘れ癖は身にしみているでござるからなぁ。――不安ゆえ、お供させてもらうでござるよ」

 

「好きにしろよ点蔵。でも、今日だけは忍ぶなよ? ……ど派手に盛大にやってくれ」

 

 

 

 三人、四人、五人と。長い階段を下りていく足音は増えていく。

 

 そして同時。

 

 

 

「戦場に赴こうというのに、『騎士』をお忘れですわよ? 我が『王』――派手もド派手に、盛大に――参りましょう、友の下へ!」

 

「ネイトも気合ハイってんな! いけてるぜえ? ――頼むわ。麻呂が造ってくれた道だからよ、最後までいかねぇと、あわせる顔ねぇんだ」

 

 

「ほう? 貴様に人に合わせる顔があったとは驚きだ。……バカ一人に行かせれば武蔵は大赤字必至……ゆえに黒字にしてやろう。この私がな。――感謝してむせび泣くがいいバカが」

 

「おめぇもブレねぇなぁ――……けど、それでこそシロジロだよなぁ。……数字のこまけぇこと、全部任せるぜ?」

 

 

「――んー、シロ君のツンデレかなぁ? あ、シロ君と私は一緒に考えてね?」

 

「オゲちゃんオゲちゃん。多分オゲちゃんに何かあったらその守銭奴泣くからよ、無理しない方向で頼むわ」

 

 

 

 六人、七人、八人と。長い階段を下りていく足音はさらに増えていく。

 

 そして同時。

 

 

 

「……俺も行くぞ。やられっぱなしは趣味じゃない」

 

「――分かってるだろーけど俺は言うぜ? ああ、来いよ!」

 

 

「拙僧、異端審問官ゆえ。――許せ。此度、出来ることは少ないだろう――!」

 

「かまぁねぇよウッキー。来てくれるだけでもありがてぇんだ。……ってか少ねぇ出来ることがデケェだろ。ノリキと一緒にリベンジして来い」

 

 

「これ、本に出したら絶対ベストセラー間違いないね。王道だよ。囚われのお姫様を助けに行くとか、最っ高のシチュエーションじゃないか。……期待して良いよね? 主人公」

 

「期待してろよ。みんなが大爆笑級の笑顔になれるハッピーエンド見せてやっから。だからっちゃあなんだけど――警護隊の連中とか、皆の指揮とか頼むわ」

 

 

 

 九人、十人、十一人と。長い階段を下りていく足音はさらにさらに増えていく。

 

 そして同時。

 

 

 

「……! ……!!」

 

「おう、頼りにしてるぜペーやん!」

 

 

「……小生、身ぶり手振りのジェスチャーを見ないで返事した者を初めて見ました」

 

「細けぇことぁいいんだよ! 大体ノリで何言ってんのか分かるぜ俺!」

 

 

「出陣前はー『ビーフカツカレー』決まりデスネー」

 

「おいおいおいハッサン、ネイトとか喜びそうなカレーだなソレ。 あーそうそう――戦勝祝いってんでさ、御広敷とかと準備しといてくれよ。最ッ高のカレー頼むわ! ……甘口で。うん」

 

 

 

 十二人、十三人、十四人と。長い階段を下りていく足音はさらにさらにさらに増えていく。

 

 そして同時。

 

 

 

「フフフ……友を助ける戦とは――腕がなる!」

 

「おいおいネンジー。俺がボケだぜぇ? ボケられても返せねぇよ!?」

 

 

「ネンジ君は多分素だね!! あと……ボクはね、争いごとは嫌いさ。でも、大切な友達が悲しむのは、もっともっと嫌いだ、そして許せない。……だから」

 

「わぁってるよイトケン。……だからこそ頼みてぇ。きっと、初等部とかさ、すっげぇ怖ぇと思うんだ。おめぇ達でそこらへんのフォローやってくれ」

 

 

「ったく。バカだバカだと思ってたけど、コリャもう思えないさね。あたしもいつの間にかバカの仲間入りしてたらしい……世界規模の組織に喧嘩売ろうってのに、何でこんなに嬉しいかねぇ……」

 

「わぁーってんだからバカバカ言うなよ! バカバカしくいこうぜ直政! ――まぁ、おめぇ皆ん中でも結構抱えてたからなぁ。いいんじゃねぇ? おめぇらしいよ」

 

 

 

 十五人、十六人、十七人と。長い階段を下りていく足音はさらにさらにさらに、さらに増えていく。

 

 そして同時。

 

 

 

「いやー、やっぱりこれ、魔女のすることじゃないよねー?」

 

「だよなぁ。……でもよ、魔女じゃなくて、マルゴットとして考えたら――当然じゃね?」

 

 

「恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言えるって、バカの特権よね。――ところで、ちゃんと考えてるの? 告白の台詞」

 

「考えてねぇ。ってか考えるもんでもねぇだろ――でも、いざとなったら知恵借りっから、候補上げといてくれよナルゼ!」

 

 

「……拙者も、連れて行ってもらえるで御座るか? 無理は承知で御座るが……己の使命を果たさねばならん」

 

「付いてくんなよ――俺たちの先陣は切ってくれ。あと、無理ってんなら総長連合(ウチ)の副長やってくんね? 空いてるの気にしてる奴もいてさ。――それとよ、使命とかいうなよ? ホライゾンマジでキレっから。……守りてぇなら二代、おめぇの意思でやってくれ」

 

 

 

 十八人、十九人、二十人と。長い階段を下りていく足音はさらにさらにさらに、さらに、さらに増えていく。

 

 そして。

 

 

 

「……おいおい東! おめぇ、来ていいのかよ? 無理してねぇ?」

 

「無理なんて、していないよ。……コレがきっと余のしたいことだから。ね、ミリアム」

 

「いや、知らないわよ。――っていうか、貴方結構押し強いのね……いや、まあ。嬉しいは嬉しいんだけど」

 

 

 

 二十一人、二十二人。

 

 

 

 階段下で合流した二人を一同が苦笑をもって迎え――トーリは、ニッコリと笑いながら、目を閉じた。

 

 風を感じる様に。自分の中の決意を確かめる様に。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ――ああ、これは。高揚だろう。きっと。

 

 ヨシナオは、一人ひとりの背を見送って、悔しさで握り締めていた杖を、全く別の感情を持って握り締めた。

 

 

「――コレが、君たちなのだな」

 

「Jud. これが俺達だよ、武蔵王。まぁ、教頭と先生の生徒でもあるけどな」

 

 

 胸を張る。ただでさえヨシナオより背も高く肩幅も在るその身体は、よりより大きく見えた。

 

 

「んー、先生ここはニヨニヨ恥ずかしがるべき? それとも恥ずかしがってアンタ殴るべき? そこんとこどうよ教え子」

 

「……あ、あの。それ、け、結局止水、くん、殴ってます――?」

 

 

 幾人かをまた見送りながら、四人は言葉を交わす。

 

 大きな体の放つ、その大きな存在感の傍らに、いつの間にか寄り添っていた小さな少女に気付くのが遅れた。

 ――とは言っても、遅れたのはヨシナオだけで、オリオトライと止水は分かっていたようだが。

 

 

「もー、だめじゃない鈴ー……。先生をからかったイケナイ生徒への罰則なんだから」

 

「えと……ごめん、なさい……?」

 

「罰なの? え、俺別にからかったつもりは全然無いよ?」

 

 

 などと、そんなやり取りをしている。教師の拳が生徒(大)のわき腹に突き刺さっていたが気にしない気にしない。

 

 

「――君は、いや、君たちは行かないのかね……?」

 

 

 ほぼ全ての生徒の背を見送り、ヨシナオは未だ進む気配を見せない止水と鈴に問う。階段はまだ下っている途中のようだが、もう少しばかり離れていてる。その距離は時間に比例してどんどん開いていた。

 

 

「んー。()じゃないからなぁ……まだ」

 

「それはどういう――」

 

 

 

「あぁぁああ!!!??? もう誰もいないじゃないですかぁああ!!!!????」

 

 

 

 ――ことか、と聞く前に。教導院校舎のほうから、なにやら理不尽を叫ぶ少女の声が聞こえた。

 

 

 

「っと思ったけど止水さんと鈴さんがいた! っていうか皆ひどくないですか置いてくなんて。ちょっとくらい待っててくれても良いと思うんですけどねー……」

 

 

 ガチャガチャと大きな足音を立てて、自身の身長と体重を上回る巨大な重槍を携えたアデーレが現われた。

 

 置いてけぼりを受けて、悲しそうに肩を落として落ち込んだかと思えば花開くように笑ったり。――あらあらと王妃が微笑みを強くしていた。

 

 

「あ、アデーレ君? 君はなにを……」

 

「ん、あ、どもです。王様。いやー、自分教室にちょっと重槍(これ)とりに戻ってまして……階段飛ばして降りてたらその、槍が引っかかって、ずてーっとそのまま……」

 

 

 テヘヘ、と笑ってごまかそうとしているが――ようは転んだのだろう。よく見ればおでこや鼻先が少し赤い。――まあ、それはそうだろう。従士用の機動殻――その接続パーツを靴代わりに使っていては――……。

 

 と、ヨシナオは苦笑を浮かべて、その重槍を見て――その中心にあり、鈍く光るエンブレムを見つけて、言葉を失った。

 

 

 

 ――鈍い金色の、獣。『野獣』を象徴とした、その紋章。

 

 見覚えがあった。あって……当然だ。

 

 

 

 かつて――ヨシナオが領主として治めていた領地、そのものなのだから。

 

 

 何故アデーレが、何故ここに、と。いくつもの何故が噴出して言葉を遮っていく。

 

 ……その言葉を失った夫の代わりに――何処までも優しい笑顔を湛えた王妃が問うた。

 

 

 

「……アデーレさん、その槍は、御自分のなのですか?」

 

「え"っ!? 何で王妃様まで自分の名ま――あ、さっき王様呼んでましたっけ。

 えっと――これ、自分の父が遺してくれたものなんですよ、機動殻とかと一緒に」

 

 

 重厚感のあるその槍をポンポンと叩き、亡き父が遺した言葉をそのままに。

 

 

「自分の父はいろいろなところを転々としてたみたいなんですけど、もともといた生まれ故郷はなくなっちゃったみたいで……あ、物理的にじゃないですよ? なんか、その王様が領地を守るために聖連に身売りしてしまった、って」 

 

 

 知っている。というより、当事者だ。だから、それを悔やんで、今度こそ、と――

 

 

「――『守れなかった』って、父は言ってたんです」

 

 

 ――杖を、落としかけた。

 

 幸いにも、アデーレは王妃に意識を向けている。止水と鈴の意識は言葉を紡ぐアデーレに向いていた。

 

 

「自分たちに力があったら、そうでなくても、勇敢であったなら。その王様が身売りすることも、もしかしたら領地を失うこともなかったかも知れないって、ずっとずっと言ってたんですよ。……お酒飲む度にでしたから、もー、一語一句覚えてます自分!」

 

「あらあら……♪」

 

 

 ――嗚呼。望めるならば、望んで良いならば。その杯を、共に交わしたかった。

 

 しかし、遺した、というのだから、アデーレの父はもう、故人なのだろう。ところどころが、過去形なのも、そのためだろう、きっと。

 

 

「だから。『お前はちゃんと王を守るんだぞ』って、機動殻とこの槍をくれたんです。――って言っても、機動殻は最近やっと装着できるようになったんですけどねー……」

 

 

 

 あれ、自分には大きすぎてー、と苦笑するアデーレの声を聞いて。

 

 

 ……堪えた。

 

 堪えることが、出来た。

 

 

 

(麻呂は――今度こそ違えることなく、全うできたのであるか……!)

 

 

 

 アデーレの父は、娘に――次の代に、その役目を譲った。当然無念はあったろう、後悔すらあったろう。それを酒と飲みこんで。

 

 そしてヨシナオ自身も、トーリたちを進ませるべく、道を造り、送り出した。悔しさを拳ともに、後悔をも握りこんで。

 

 

 

 王を守ろうとする、民と。

 

 民を守ろうとする、王は。

 

 

 時と世代を超えて、再び、挑もうとしている。

 

 

 

「……アデーレさん、貴女は、これから――どうなさるおつもりですか?」

 

「Jud.! 自分達の王を守りに行きます! ――ですよね! 止水さん、鈴さん!」

 

「う、うん……!」

 

 

 苦笑しながら肩をすくめるだけの止水と、なにやらぎゅっと両腕を構えるようにして意気込む鈴。

 

 

 

 

 

 ……それをみて、ヨシナオは再び拳を握った。

 

 そして一歩――止水へと、向かって進む。

 

 

「……止水君。麻呂が君に、こんなことを言ってはならぬとは思っている。だが――!」

 

 

 頭に抱いた王冠が落ちるのも構わず厭わず――

 

 

 

 

たのむ(・・・)……! 麻呂の民を、守ってくれ……っ!」

 

 

 恥も外聞もなく――頭を下げて、頼った。

 

 橋上を転がる王冠はアデーレの足元へ転がり、慌てて拾った彼女も、目を丸くして驚いている。

 

 

 

 

(……え、あの、自分なにか変なこといっちゃいました……!?)

 

(あー、大丈夫よアデーレ。男ってね、ああいう生き物なのよ。まぁ……かなり良い例だから、よっく見ときなさい)

 

 

 

 そんなヒソヒソ会話を他所に、止水は頭を下げるヨシナオを見て、頭を掻く。

 

 ほんの一瞬、トーリたちの下る階段を見て、ついで鈴とアデーレの二人を見て。――この二人なら、言いふらしたりしないだろうと判断して。

 

 

 緋衣を揺らし、はためかす。

 ワザとらしく大きく揺らし、その行動を見せ付ける。片膝を付き、右拳を地に当てて――自身の頭を、対者よりも低くする。

 

 

 

 

 

 

「……Judgement. 我が一族の名に賭けて、必ずや……」

 

 

 

 

 

 

 ……そろそろ、決壊寸前であるが、まだ堪えられた。

 

 

 ほぅ、と――息を忘れて見入る(一人聞き入る)四人の女性陣を前に、止水はすぐさま立ち上がり、ガリガリガリと頭を掻いて空気を濁そうとする。慣れないことはするもんじゃない、という言葉が聞こえた気がした。

 

 

 

「……へぇ~? へぇぇぇ~~~♪」

 

 

 オリオトライである。ニマニマと笑いながら、そっぽを向いている止水の顔を覗きこむように回り込む。

 

 

「な……なんだよ?」

 

「んー先生、いっがいだなぁーって思ってさー♪ あの止水が、あんな綺麗に返せるなんて! ちょっと魅入っちゃったじゃないのこの~♪」

 

 

 肘でウリウリと突いてくるオリオトライは、魅入ったか為かは分からないがほんのり赤ら顔だ。見た目完全に絡んで来る酔っ払いでしかない。

 

 

「お、俺だって言葉を選んだりするよ。……そ、そうだ、そろそろトーリたち、下に付いちまうから。鈴、アデーレも、ほら往くぞっ!」

 

「J、Jud.!」

 

「……はっ。ガッデム、録画し忘れた!? っていうか、あれ、もしかして止水さん乗っけてくれる感じですかこれ?」

 

 

 今度はヨシナオたちに背を向けて屈む止水の背に、鈴はいそいそと搭乗。アデーレも乗ろうとして、手にもったままの王冠に気付いて、ヨシナオへと返した。

 

 

「あ、そうだ、王様。さっき、かっこよかったですよ? 教皇総長に立ち向かうとき」

 

「……」

 

 

 ……この子達は本当に。麻呂を泣かしたいのであろうか……。

 

 しかし、最後の意地で決壊は押し留めた。

 

 

「――当然である。麻呂は武蔵王であるぞ? ……格好の一つでもつけねば、武蔵の王など名乗れぬよ!!」

 

「Jud. えっと、では……」

 

 

「Te……っ」

 

 

 行こうとするアデーレを送り出そうとして。Tes(テスタメント).――そう始めようとして。

 

 ……やめた。

 

 民と共に行くのであれば、正しくは――

 

 

「っ、Jud.!! ――発音は、コレであっているかね?」

 

「Jud.!」

 

「……Jud. 行きたまえ。君たちの王を守るために」

 

 

 満面の笑顔を咲かせ、アデーレは行く。止水の背に乗り、彼と共に。

 

 気恥ずかしいのか、一刻も早く離れようとしている止水は、軽い助走の後に、高く高く、飛び上がる。

 

 

 ――その背を見送ろうとして、ヨシナオはあることを思い出した。

 

 

「向井君! 昨日は、すまなかった! だが、悪気は無かったのだ――許してくれるかね?」

 

 

 突然名前を呼ばれて、ビクリと反応した鈴が。ほんのりとはにかんで、小さく手を振ってくれた。重力にとらわれたことを感知して、慌てて止水にしがみつきなおしたが。

 

 

 

 

 

「こふっ。とてつもない威力ですね」

 

「えっふ、ええ、武蔵最強って言われてますからあの子……ってか教頭、どこ行くんです?」

 

 

 萌えたらしい二人の女性を背に、進む。

 

 

「――格好を付けに、である。……こんなところでは、折角の生徒たちの勇姿を見ることが出来んからな」

 

 

 そろそろ地面に付こうという緋色の姿を見て。王は王として、力強い笑みを浮かべた。

 

 

 

***

 

 

守れ 護るべき人のことを。

 

守れ 護るべき人がいるその時に。

 

 

――護れ 守るべき人と共に

 

 

 ……護れ 守るべき人のことを

 

 

配点《二番目の誓い》

 

 

***

 

 

 

 ――ニッコリと笑いながら、目を閉じていて。

 

 軽い軽い着地音を前方に聞いて、笑ったまま目を開ける。

 

 

「はは――いっけね、アデーレのことすっかり忘れてたわ!!」

 

「ひ、ひどくないですか総長!? ……あー、うー、とりあえず、自分も行きますよー、忘れられてもいきますよーだ」

 

 

 すねた。止水の背中から降りつつ頬を膨らませるアデーレに片手を上げて謝罪しつつ、同じく止水の背を降りた鈴を見やる。

 

 

「――ありがとよ、ベルさん。ベルさんがきっかけ作ってくれたから、俺たちこうして、ホライゾン助けに行ける」

 

「え、えと。ど、どう、いたしまし、て? あっ――で、でも無理しちゃ、駄目、だよ?」

 

 

 

 二十三人、二十四人目が加わり――

 

 

 ……王は、最後の一人の背を見る。

 

 

 

「おいおい――おせぇぞ止水。皆、揃ってんぞ?」

 

「よく言うよ。いっつも待ってたの、俺だろ? そんで、トーリと姫さんが毎回毎回遅刻して――また、姫さんは遅刻か」

 

 

 ため息を一つ。

 

 しょうがねぇなぁと苦笑も一つ。

 

 

「――行くか、迎えに」

 

「――ああ、そうだな」

 

 

 二人が、進む。

 

 王と刀が、肩をならべて進む。その背に離れず二十三名。……その進行方向には、全ての始まりといえるだろう後悔通りがあった。

 

 

 トーリは、進む。皆を背に、相棒を隣に。

 

 後悔通りへと一歩を踏み出し、そのまま平然と歩いていく。

 

 

「……なんだよ、どうってことねぇじゃん。俺の後悔なんて。――今の有難さに比べたら、よ」

 

「だな。――見守ってくれる人がいるって、やっぱ、嬉しいよな」

 

 

 笑顔で言ったその言葉は、自分達の後ろに続く仲間達へ向けたものであり――

 

 同時に、石碑の前で待っていた、二人へと向けるものであった。

 

 

 煙管を吹かす忠次と、緋衣を両手で抱えた武蔵――二人が、合流する。

 

 

「各艦の戦時配備、諸々の準備、完了してあります。――――以上。あと止水様、お召し物です……どうぞ。――――以上」

 

「えーっと……あのー、武蔵さん? こーいうときってさ、俺が先に言うべきじゃ――いや、まぁいいんだけど」

 

「……あとさ、どうぞって言うのに渡してくれないのは何で? ……いや、『そーいう風』に広げてるから意図は分かるんだけど……さすがに」

 

「どうぞ。――――以上」

 

 

 『出かける弟に上着を着せる姉』――断固としてその構図を完成させる気らしい。

 

 

「……あー、まぁ、なんだ。トーリ、お前さんあてに『入学推薦書』送っといたから。誰にどう使うかは――わかるな?」

 

「いいのかよ、こんなことして」

 

「いいんだよ、だって俺、学長だしぃ? 使えるもんは使って何ぼだろ?」

 

 

 煙管を吹かし――着せようとする姉と、普通に受け取ろうとする弟のやり取りは意図して無視することにした。

 

 

「姉ちゃん、分かった! 分かったから!」

 

「Jud. いいですか? 無理をなさらぬように。出来るだけお怪我をなさいませぬように。何かあれば武蔵全艦で突撃いたしますので――――以上。」

 

 

 

 冗談だよね? と、改めて配刀をしなおす止水の問いかけに、ツイと視線を逸らす武蔵。

 

 おいおいと苦笑を浮かべる一同だが、それだけのことを、本当にしかねないほどに、心配なのだ。

 

 

 ……同じく苦笑を浮かべていた忠次だが、最後の言葉をつむぐ。

 

 

 

「――俺は、いや、俺たちは、か。もう学生じゃない。学生主体のこの世界じゃ、抗争に参加することだって許されない存在だ。この武蔵には、そんな歯がゆい思いしてる奴らがたくさんいる」

 

 

 だから。

 

 

「お前さんたちは、運がいいんだぜ? 俺たちがどんだけ望んでも、どんだけ願っても立てないところに、今、立ってるんだ」

 

 

 だから。

 

 

「いいか? 戦場じゃあがんばるな。無茶もするな。今までやってきたことを……悔いの残らないようにやってくればいい。

それでもしだめだったら――生きて帰ってこいよ。……俺たち大人が、何とかしてやっからさ」

 

 

 

 

 

 

 ――その言葉を背に、進む。長くも短い後悔通りを抜ければ――始まるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 長き永くに耐えてきた――

 

 

 

「……そんじゃあ、行こうぜ、皆――頼りにしてるぜ?」

 

『Judgement.!!』

 

 

 

 

 極東の、武蔵の――世界への反撃が。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとう御座いました!!

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