境界線上の守り刀   作:陽紅

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十章 その華、高嶺につき 【中】

 

 

 誰も彼も――その人物の、人物達の突然の登場に呆然としていた。

 清楚。その一言に尽きる妙齢の女性。そして、その反対側……一振りの槍を携え、軽量装具に身を包んだ――女子。俯いているため、その表情はうかがい知れなかった。

 

 

 そして、その二人を左右にした中央。

 

 

「なんだよ麻呂じゃねぇか! ……ってか何だ何だその両手に花状態? 遅れてきたモテ期とか、なあマジ喧嘩売ってんだろ? 売ってんだよな!? いいぜ、点蔵とウッキーが買うぞそれ!」

 

 

 ――訂正させてほしい。先ほど、『誰も彼も』と言ったが、登場を予想していた止水と、彼の言葉で想像できた数名と。

 平常運転の、一人のバカを除いて――呆然としていた。

 

 

「ウッキー殿。これは、バカに乗るほうがいいでござるか? それともスルーの方向で?」

 

「――拙僧はスルーの方向で。おそらく自分が悔しいから拙僧たちを炊きつけようとしたのであろうあのバカは」

 

「……Jud. では自分もスルーの方向で」

 

 

 さっと後ろを向いて短く相談し、またさっと姿勢を戻して、何事も無かったかのように呆然としたフリをする二人。……それを真横で見ていた直政は呆れ顔だ。

 

 

「――……つまんねぇだろぉ、ノレよなぁ。……まあいいや、なんだよ麻呂。麻呂嫁連れて散歩か?」

 

「麻呂のことを、麻呂と呼ぶなとなんど言えばわかるのか……」

 

 

 普段であれば烈火のごとく訂正を求めるというのに――ここにあって平常どおりのトーリたちを見て、安心しているのか呆れているのか。どちらともとれる苦笑を浮かべているヨシナオ。

 

 それに……麻呂も乗ってこねぇ、とトーリは若干寂しげだった。

 

 

 

「――権限無き総長連合、そして生徒会。そこの本多君を除き、今の君たちは一般生徒でしかない。なんの権限も無い生徒たちが引き起こしたこの暴挙、止めさせてもらうために来たのだよ――よろしいですな? 聖下」

 

 

 そして、武蔵王の視線は――彼の登場に、ほんの一瞬。僅かに頬を引きつらせたインノケンティウスへと向けられる。

 

 

『……もっともらしい理由だなぁ、おい。武蔵王ヨシナオ。……聖連派遣のその身であれば、『こちらの意思』に賛同するべきはずだが?』

 

「Tes. 故のこの行動であります。――聖下の大切なお時間をこれ以上とらせるわけにはいきませぬ。であれば、早急にこの相対戦を終えることが必須。……麻呂の行動に、何かしら不備がありますかな?」

 

 

 その表情に、裏があるようには思えない。――思えないからこそ、インノケンティウスは人知れず、拳を硬く握り締めた。

 

 

『不備は、無い。だが確証がないのでな? 武蔵王が武蔵アリアダスト教導院側と結託していないと何故言い切れる? 相対した瞬間に負けを認められては、困るからなぁ、おい』

 

「おいふざけんなよオッサン!! 俺らと麻呂が結託とかあるわけねぇだろ!? 今の今まで麻呂の存在忘れてたんだぜ!?」

 

 

 今度はヨシナオが頬を引きつらせる番だったようだ。

 ……かなり本気で『このまま帰る』という選択肢を選ぼうかと思ったが、止水や正純が身振り手振りのジェスチャーで『忘れてない! 忘れてないから!!』と否定してくれたため留まることにした。――それを見てなにやら王妃はアラアラと微笑んでいたが。

 

 

「……お分かりいただけましたかな、教皇総長。この場は、麻呂に一任していただきたい」

 

『ふん……まあ、よかろう』

 

「Tes. では――」

 

 

『ただし』

 

 

 ヨシナオの行動を阻み――ニヤリとした深い笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

『気が変わった。俺も(・・)試させてもらうとしよう。

 

 

 ……やれ(・・)

 

 

 

 

 

 合図の様に鳴らされた、フィンガースナップ。それにより着地音は隠され、常人の耳には感知できなかっただろう。

 

 

 しかし二人。

 

 盲目であるために、常人よりはるかに優れた聴覚を持つ鈴と、『忍』という気配探知に優れた戦種である点蔵が異変に気付く。鈴がどこに何が現われたか。

 

 ――そして点蔵が、『何が起ころうとしているのか』を。

 

 

「っ、左方にござる!!」

 

 

 点蔵が腰に帯びた短刀に手を伸ばし――その身を盾として、まずなによりも鈴を隠すように動く。

 

 そこで初めて、『敵』を視認した。

 

 

(あの異形――魔神族でござるか……!?)

 

 

 ――点蔵のその思考の最中にも、梅組は臨戦態勢に入ってる。弓を構え、拳を構え、術式の展開を即座に引き出せる段階にまで移行させている。非戦闘系の生徒は立ち位置で邪魔にならぬよう、焦りながらも迅速に行動していた。

 

 

「ほう……これでも隠行には自信があったのだが――対応といい、中々以上に優秀であるな。武蔵の学生よ。K.P.A.Italia所属、総長連合が副長……ガリレオである」

 

 

 魔神族。昨日の朝に聞いたばかりの種族だ――あの時はリアルアマゾネスに軽くのされていたが――あれとは、別格の気配をにじませる。

 

 

 ただでさえ種族的に上位の上に、その中でも見るからに強者。皆では苦戦は必須、最悪は――と止水が直感で判断し、ガリレオに突撃するために踏み出さんとして。

 

 

 

「――貴様は残れッ! 止水!!」

 

 

 その止水を、強く止める男の声。ウルキアガだ。

 

 欄干にその鍵爪のような足をかけ――背の飛翔翼と下腕の加速器を展開。おおよそ航空系半竜にしか出来ない、爆発的な急加速による飛翔にて……

 

 

 

「拙僧、

 

 

 進撃……!!」

 

 

 

 巨躯たるガリレオに比肩するであろう体躯で、突撃を敢行した。

 

 進み撃つ。もしガリレオが来るまでの時間を与えてしまえば、梅組のメンバーがいる間近での乱戦となるだろう。戦えないものもいる中で、それは絶対に避けなければならない。

 

 

 それ以上に、相手は『ガリレオ』――聖譜においてその存在は異端なのだ。異端審問官たるキヨナリ・ウルキアガにとって、その存在は討滅対象に他ならない。

 

 

「(――相手は強者。故に、小細工は不要……真正面から打ち破るのみッ!)異端、覚悟ぉっ!!」

 

 

 初速に加え、更に竜砲を数度炸裂させての加速だ――如何な魔人族とはいえ、単純な体当たりだけでも相当な衝撃になるだろう。

 

 

 もっとも――それが当たれば……の、話だが。

 

 

 直撃の瞬間、ウルキアガの視界よりガリレオの姿が消える。同じほどの体躯とはいえ、魔神と半竜――速度・機動力におけるアドバンテージは圧倒的にウルキアガにあったにも関わらず、彼はその動きを捉えることが出来なかった。

 

 

「ふむ。中々の速度だ。それに思い切りの良い突撃行動も評価できる。――だが、相手が悪かったのだよ、半竜の少年」

 

 

 空を翔るウルキアガのその後ろ。不敵にも無防備な背中をさらしながら悠然と講義するガリレオは未だ梅組側を見ており――故に、気付いた。

 

 

 眼前にて、拳を既に()()()()()()()()()ノリキ。……梅組の中にて何かを投げた直後のネイトがいたが、さすがに確認できなかっただろう。

 

 そのノリキが鋭く速く、術式を展開した左右の拳を巨躯のわき腹に叩き込む。快音が二度続き――。

 

 

「……『攻撃の成否関わらず、第二陣を即座に』――良き師がいるようでなによりだ。……だが、惜しい。減点だな。君の攻撃力では抑えとしては不適格だ。体格などもあるだろうが――君は軽すぎる」

 

「――わかっていることだ。言わなくていい」

 

 

 鋭いステップで僅かに距離を刻み、三度目の術式を付与した拳を打ち出す――と同時、反転したウルキアガが反対より挟撃に持ち込む。

 

 

「いやいや、生徒に講義するのは教師の勤めであるよ――もっとも君たちへの採点は、十二分に合格点を渡せるだろう」

 

 

 しかし、余裕は崩れず。リーチの差からノリキの身体を掴み上げ、ウルキアガへと投げつける。とっさに減速を成功させて受け止めることは出来たが――ガリレオに対し、無防備の死に体を二人そろってさらしてしまった。

 

 

「――ゆえにこちらも使わせてもらおう。……『天 動 説』……!」

 

 

 かざした手。幻視させるは偽りの天体。

 とっさに防御姿勢をとる二人をものともせず――天体の動きは大地をヤスリに見立て二人を削りたてていく。土ぼこりを盛大に立てつつ、校庭の端まで。

 

 

 

「……」

 

 

 ――それに止水は僅かに顔を顰める。しかし、突撃はしない。――否、出来ない。

 

 

「「……オオオオオオ!!!!」」

 

 

 ……二人の友の戦意は、未だ消えていないのだから。

 

 

 

「……追加点を、加算しておこうか」

 

 

 即座に立ち上がり、砂煙の中を飛び出してきた二人を見たガリレオは、淡々と評価を改めたその内面――少なからず驚愕していた。

 

 

 自身の使役する『天動説』。《地球を中心とし天体が動く》……という誤説を術式とし、己を中心として対象を強制的に移動させるものである。

 大地に押し付けられたまま地を滑る――それも数十メートルもだ。二人はそれを受けてなお即座に立ち上がり、戦意を失うどころかより猛らせている。その不屈の闘争心に感心した。

 

 

 しかしそれ以上に……砂煙の中から出てきた二人の身体――その衣服に汚れや破れは見えるが、それだけだ。二人に外傷が一切見られないことに、少なからずの驚愕と……見逃してはいけないと直感が告げる疑問を抱いていた。

 

 だが、ガリレオは今は奇襲者たる身。最優先事項を処理すべく、思考を切り替える。

 

 

「……実に興味深い。だが君たちの採点はもう終わっているのでね――後にしてもらおう。今は――」

 

 

 そう言い――ガリレオが再び消える。ウルキアガは同じ手は食わぬ、と背後を警戒するが――そこには何もいない。

 

 

「ちっ……!」

 

 

 ノリキが舌打ち。それを聞いたウルキアガは――自身の敗北を知った。

 

 往こうとする友を止めておいて。任せろと啖呵を切っておいて。

 

 

 

(何たる無様だ……っ!!)

 

 

 

 今翔けても間に合わない。その距離が、その事実が、たまらなく悔しく、たまらなく歯痒かった。

 

 

 

 ――異形の王の背は遠く、既に橋の欄干の上。

 

 ガリレオに対する役者が、代わっていたことを示していた。

 

 

 

 

「うおデケェェエエ!? しかも角で髭で眼鏡とかキャラ濃すぎるぜコイツ!! ……でも翌日とかに忘れられそうなキャラじゃね?」

 

 

 ……イラッ。

 

 

「ガ、ガリレオ殿! それはバカです! バカですゆえ無視するのが得策ですぞ!?」

 

 

 ……思わず天動説で削りきろうかと手をかざしたガリレオを、ヨシナオがかなり必死に止める。

 場の空気を読むことなくクネクネと珍妙な踊りを始めているトーリは、確かに無視するべき存在だろう。ガリレオは自分自身に言い聞かせつつ、本命たる二人を標的に定める。

 

 

 一人は、現在唯一の権限持ちである正純。彼女を再起不能――もしくは、亡き者に出来れば、武蔵の反抗はそこで潰える。

 

 もう一人は――止水だ。この三回の相対戦を見ればそれが分かる。彼は、武蔵アリアダスト教導院総長連合、生徒会の中でとてつもなく大きな柱を担っている。

 

 

 

 ではどちらを選ぶか。

 

 当然、見るからに戦闘系かつ頑丈そうな止水ではなく、腕の一振りで容易く手折れそうな正純だろう。

 

 

「――先ほどの君の論議、面白かったよ。元教え子が悔しがる姿も久々に見れた。……しかし、いささか目立ちすぎたようだ。外的にも内的にも、な。ここで授業は終了だ。次はきちんと予習しておきたまえ」

 

 

 正純も自身が狙われていると判断したが身構えることも――何をしようとも思わなかった。

 

 振り上げられた腕は見えた。しかし、振り下ろされる腕を見ることは無く。肩に置かれた手と、前へと進み立ちふさがった緋色。

 

 

 そして、横合いから駆けた一陣の風だけをただ感じていた。

 

 

 

 

 

 

「……何の真似かな?」

 

 

 ガリレオが問い……止水も思わず目を丸くしている。正純とガリレオの間に割って入ったつもりが、正純と見知らぬ誰かの間に入ってるのだから。

 

 

 

「『何の真似』?……それはこちらの台詞に御座る。これは武蔵、ひいては極東の問題。ならば、身内のみで決着をつけるのが道理。

 ――で、合っているで御座るよな? 正純」

 

 

 槍――神格武装『蜻蛉切』の切っ先にてガリレオを牽制している、東国無双・本多忠勝が娘……本多二代。実は出るタイミングをこっそり見計らっていたらしい。

 

 ――止水は手持ち無沙汰に、刀にかけようとした手をさまよわせていた。

 

 

「おまえ、やっぱり二代か!? ……あ、止水、ちょっと退いてくれるか?」 

「……あ、うん」

 

 

 どこかしょんぼりしながら下がった止水の肩に、トーリがなぜかドヤ顔を浮かべて手をおいていた。

 

 

「久しいな、正純。そして……」

 

 

   ――「おいおいダムそんな落ち込むなよ、滑っただけだって、な? 滑ったんだよお前!」

   ――「……いや、滑るとか別に――正純無事だし? 俺はそれで、うん」

   ――「おいおいセージュン! ダムがすねてる! すねてっおい離せよいいじゃんかよー!!」

 

 

 ニヤニヤと笑うトーリを、物理的に黙らせようと取り押さえている止水。小等部のやり取りだろそれ、と正純は苦笑を浮かべている。

 

 ガリレオと二代だけは真剣にその姿を、片や観察するように、片や睨むように……。

 

 

(――待て、何で二代が睨んでるんだ……?)

 

「ふむ――奇襲は失敗、かな。ひとまずはこれでいいかね、元教え子。神格武装が相手では些か分が悪い。それに……」

 

『……致し方あるまい。早々に戻れよ。では――武蔵王・ヨシナオ。朗報を期待させてもらう』

 

 

 

 聖連側はそんなやり取りをして、早々に退場。

 

 ――ガリレオがトーリか止水のどちらか、或いは両方か。最後にしばし観察していたが、その巨体を忽然と消した。

 

 

「――ひとまずは安心、か? しかし二代、中等部以来、か? 久しぶりなんだが、でも何故お前がここに……?」

 

 

 

 二代はガリレオが消えてからしばらく槍を構えていたが、完全に気配が消えていることを確信し、構えを解く――こと無く。

 

 ――そのまま穂先を、止水へと向けた。

 

 

 

 

「Jud. 守り刀と決着をつけるために御座る――今度こそ、本気で。そして今度こそ、拙者が勝つために……!!」

 

 

 ――闘志は熱く。真っ直ぐ槍に乗り、止水を射抜いている。

 

 それを見て、正純は幼馴染が相変わらずの幼馴染のままだと確認した。いろいろと難しいことをその辺にポイしているのも相変わらずだ。

 

 

 そしてその彼女を連れてきたヨシナオ。

 

 彼は本気で相対するつもりだった。しかし、本気で『勝とう』とはしていなかったはずだ。事実、勝ちに行こうとしている二代を見て片手で顔を覆い……『こんなはずでは』と唸っている。

 ――変わらず王妃はアラアラと微笑んでいたが。

 

 

 

「おいダム、知り合いかよ? なんかお前のこと、すっげぇ熱烈に御指名してんぞあの武者女」

 

「……」

 

 

 そして、その槍を向けられている止水。なぜかトーリを俵担ぎにしているが、この際はおいておこう。

 

 二代の顔を見て、空を見上げ。

 また二代の顔を見て、首をかしげ……唸り出す。

 

 

 ……もうお分かりだろう。『あの』動作だ。『あれ』以外の何も連想させることのない動作。

 しかし、相手は確信を持って自分を指し示している。

 

 

 それでも、トーリを落として、手をポンと打――とうとしたが、思いとどまる――その顔は、未だに渋面だ。

 

 

 

 

「……え、女だったの……?」

 

 

 

 

 三年振りの男女の邂逅。

 

 

 

 男の台詞は、そんなもんであった。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとう御座いました。


クオリティが駄々下がり……

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