境界線上の守り刀   作:陽紅

31 / 178
風邪引いて寝込んでました……遅れて申し訳ありません……


十章 その華、高嶺につき 【上】

 

 

 ――刹那の瞬間。自身が知る限りの記憶と、自身が知る限りの記録を紐解き、解を探す。

 

 

「ふ、はは……」

 

 

 しかし、無い。

 

 見付からない。見当たらない。検索項目がかすりさえしない。

 

 

 ――半ば以上に分かっていたことだが、もう一度再確認して……インノケンティウスは内心よりこみ上げる笑いを隠そうともせず、さらけ出した。

 

 感情が振り切れて一周すると、真逆になる。そんな久しぶりの状態を実感しながら。

 

 

「……今、その口から吐いた言葉の意味を、本当に理解しているのだろうなぁ、おい……ッ!?」

 

 

 インノケンティウスは激怒していた。激怒させられたことに……憤怒していた。

 

 それだけ通神の向こうで――全世界へと一石を投じた正純の放った言葉が、有効であることを証明していた。認めてしまった。

 

 

 

『――理解していなくば、このようなことは言いません。私達、武蔵アリアダスト教導院は……いえ、極東は……! 末世解決に尽力を尽すことを、ここに誓約いたします。聖下――!』

 

 

 

 そしてまた、インノケンティウスは『手』を塞がれる。

 

 

 教皇総長――旧派(カトリック)の首長は、贖罪を否定してはならないのだ。

 

 ……咎人がその贖罪を自身から望み、さらにその罪を拭うだけの贖罪に十分足りると判断できた場合――その贖罪を認め、赦される機会を慈悲しなければならない。

 

 

 世界を滅ぼしかけたその罪。ならば、その贖罪は世界の滅亡たる『末世の解決』よりほか無い。

 

 そして、聖連が認めてしまった三河君主……ホライゾン・アリアダスト。極東の代表となった彼女は、三河消失の罪よりもまず先に……その贖罪をはじめなければならない。

 

 

 コレを否定してしまえば、教義に背いたとしてインノケンティウスは自分自身を破門させねばならないだろう――当然、そんな手段を取れるわけがなく……。

 

 正純のその一手も予想できただけに、止められなかったことが余計に腹立たしかった。

 

 

 

「――まぁ少し待て。武蔵の副会長。ことの次第は大きい。旧派の首長として、安易にその誓約に頷くわけにはいかんなぁ……時をかけて、慎重に推し進めるべきだと判断する」

 

 

『えっ、と……それを、聖下が言われますか……?』

 

 

 ――痛いところを思い切り突かれた気がしたが、ポーカーフェイスで切り抜けた。

 

 

「ウォッホン! ――まあ、なるほど、そちらの論は『概ね』正しい。だが、いくつもの問題がある。それも、大きく無視できないものばかりだ――それについて、話し合おうじゃないか? ……なぁ、おい」

 

 

 ――ほんの一瞬。通神から視線を外し、全くの別方向を見る。正純たちにはその行動が『思考の中での思わずの動作』としか見えなかったが――

 

 

 そして、正純の応答を待たず――論を並べていく。

 

 

 

「今お前が言った『極東の贖罪』――それを武蔵が代表して行うのはこの際良しとしよう。……だが、それこそお前自身が先ほど言った『先走り行為』そのものではないのか? それが武蔵の民の総意であるという証明は何処にある?

 

 それだけじゃあないぞ?

 

 武蔵、極東は兵器の類の所有を禁止されている。大罪武装もそれに当てはまるはずだ。いかに末世解決に取り組むとはいえ、大罪武装を収集し、その全てを一国が有するなど……他国はそれを武蔵・極東が謀反の力を得ようとしているようにしか見えんだろう。これに対し、貴様らはなんと主張するのだ」

 

 

 当初、聖連側の主張を言うはずだった正純である。ほとんど直前に立場が逆転したため――その事実を武蔵に住む10万人もの民に周知させることは不可能であったはずだ。

 

 今先ほどの公言。それが、初めての通達だろう。

 

 

 

『――民の総意。そうおっしゃいましたか……?』

 

 

 

 

 ――ゾクリと、インノケンティウスの背筋に、冷たいものが走る。

 

 

 かなり有効な返しを打てたと思ったのも一瞬。正純のあげた声を聞き、浮かべた笑みを見て。――教皇は自身の発言を全力で撤回したくなった。

 

 しかし発言を容易に取り下げられるわけも無く……ただの予感のままであれ、と。

 

 

 

『いいでしょう。では、この場にて民の総意を得るといたしましょう。――止水』

 

『ん? ――え、俺?』

 

 

 正純の後ろ。『どうなるかなぁ』の中で、『正純頑張れ』一色の思考しかしていなかった止水は、教皇を見上げるのをやめて、大分下にある正純の顔を見る。

 

 

『今からお前を使う(・・)……その』

 

『……? ……ああ! さっきのか。――いいぜ、使えよ。俺なんかで役に立つなら好きなだけな』

 

 

 ――何をするのか、聞かないのか?

 

 インノケンティウスがそう思うのも無理は無いだろう。しかし、極東――武蔵に住むものたちは、なんの違和感も持つことはなかった。

 

 正純が、深呼吸を繰り返し――

 

 

『武蔵の民よ。どうか聞いてほしい。――かつて極東は、大罪を犯した。二つの、赦されざる大罪だ――……』

 

 

 

 

 

 正純は語りだす。明かされたばかりの重奏統合争乱の、その真実を。

 

 

 重奏神州を支えていた神器を、神州側が――過失か故意か定かではないにしろ――破壊してしまったが故に、二つの世界が衝突。そして起きた戦争である。もっとも、一方的な結果となっているため戦争などと言えるものでは決して無いが。

 

 

 松平 元信の言葉が正しければ、重奏神州・神州とも、世界の衝突により壊滅的な被害を受けていただろう。

 

 しかし、その『壊滅的な被害』は重奏神州の半壊というレベルにまで抑えられた。当時神州にいた(・・)というだけの――止水の先祖達によって。

 

 

 

 ……どうやったのか、何をしたのかなど分からない。今となっては、知る術も無いだろう。

 

 

 しかし、松平 元信の――遺言の様に世界に刻み付けた事実だけで事足りるのだ。

 

 

 

 

『……神州は――極東は、ともに立たねばならなかった! 例え、彼らのような特別な力を持たなくとも。……例え、その行動をしたとして、なんの役に立てなかったとしても……! 彼らを支えなければならなかった――!』

 

 

 ギリ――という、不特定多数の拳から……そんな音が。確かに聞こえた。

 

 

『だがそれをしなかった! コイツの一族を滅亡に追いやったのは、重奏神州の民ではない! 私達極東の民なんだ!

 

 それなのに……!』

 

 

 

 

 ……守り刀(止水)は今も変わらず、武蔵(私達)を守ろうとしている。

 

 

 

 ――正純の言う歴史。

 

 昨夜言われたばかりの新事実もあるため……隠さず言ってしまえば、武蔵の民にはいまいちピンと来ないだろう。なにせ190年前のことだ。自分の何代前の身内のことかも定かではないだろう。

 

 

 

 

 

 だが(・・)それでも(・・・・)

 

 

 

 止水を知っているのだ。彼の十年を。そして十八年を。

 

 一族と言えぬほどの数となってなお、極東と共に歩み続けてくれた――かの一族の190年を。

 

 

 

 そして、止水の母……守り刀の最後の頭領を。

 

 

 

 

 ……武蔵は、知っている。

 

 

 

 

『……止水は、一人でも戦いにいくだろう――そうなって、また……私たちはなにもしないのか? たった一人にそのすべてを押し付けて、それをただ、黙って見ているだけなのか!?』

 

 

 

 感情の昂ぶりのままに、正純は吼える。最早、演説などというお行儀の良いものではないが……今、これが必要なのだと強い確信を持っていた。

 

 ――荒い息のまま、さらに思いのたけをぶちまける。

 

 

 

『私は……いやだ。たとえ無力に嘆くことになっても……何一つ成せず無駄死にすることになったとしても!』

 

 

 

 ――友を見殺しにする、臆病者になるくらいならば。

 

 

 

 

 

 

(……馬鹿、な……)

 

 

 

 

 

 この音は。――否、この声は。通神を通してのものではない。部屋の窓をビリビリと振動させるその声は――鬨の声、そのものだった。

 

 

 

 男たちの。女たちの。

 

 老いも若いも、種族でさえ関係なく。

 

 

 

(ただ一人のために、一つになるというのか……!?)

 

 

 ……もちろん、それで総意かどうかを問えるわけが無い。

 無いのだが――先立って頭に上りっぱなしの血と、信じがたいものを目の当たりにした興奮の相乗効果により教皇がそれに気付けたのは、もっと後のことである。

 

 

「世界への罪と、一個人への罪とを同列に扱うというのか貴様らは――!?」

 

『結論は同じです、教皇総長。世界と武蔵とで、少々(・・)価値観が違うだけのこと。――お聞きになりましたか? 武蔵の意思を』

 

 

 ――返答は、沈黙であった。

 

 

『そして、禁止されている大罪武装の所持――これに関してはもっと簡単です。大罪武装はホライゾン・アリアダストの感情を元に造られた超上級兵器。

 私達は兵器としてではなく、一人の少女の『奪われた感情』を取り戻すだけ……! そして末世解決のその後、武蔵は『大罪武装の完全無力化』にその全霊を注ぐ!』

 

 

 集めるのは大量破壊兵器……ではなく、理不尽に奪われた、友の感情。

 

 そして、全てを終わらせた後――兵器を兵器ではなくすという。

 

 

 粗はある。むしろ、探そうと思えば粗だらけだろう。

 しかし、明確に『平和』を指し示そうとしているその行動指針に難癖をつけることは出来ない。

 

 それこそ聖連加盟国の主だった国に不審を抱かれかねない。大罪武装の恩恵を受けていない国などはこぞって正純の意見に便乗しようとするだろうからだ。

 

 

 

「なるほど――そちらの主張は分かった。……しかし、だ。一国の代表として、旧派の首長として。武蔵の意思には『危うさ』も感じる。全てを成し遂げるその瞬間まで、そちらの意志が変わらないという確証は何処にもないのだ……わかってもらえるな?」

 

『……Jud. では、何を持ってしてその証明を示せば宜しいのでしょうか』

 

 

 まともな相対戦であったなら、果たしてインノケンティウスは勝てただろうか。相対という形をとれず、二手三手を正純に取られた形で――。

 

 

 

「我々は当初の予定通り、ホライゾン・アリアダストの引責自害を執り行う。それまでに武蔵が彼女を助け出すことが出来れば……意思を通すと世界に指し示すきっかけ程度にはなるだろう?」

 

『……武蔵がそれを了承し、聖連が、引責自害を早めない保証は?』

「この俺を見くびるなよ小娘。そのような三下の手段を使うものかよ。――K.P.A.Italiaと三征西班牙(トレス・エスパニア)の連合。そちらにとっては些か(・・)苦戦を強いられるだろうが……これから世界の危機を解決するというのだ。この程度、軽いだろう?」

 

 

 正純が、止水を見て、トーリを見て。梅組一同を見て。

 

 全員の賛同を得て、インノケンティウスに対し、首肯する。

 

 

 

 ――それを受けて。

 

 

 

「そうかそうか、理解を得られて何よりだ……ではまず、その相対戦をどうにかするんだな――なぁ、おい?」

 

 

 

 やっと。インノケンティウスは笑みを浮かべることが出来た。

 

 

 

***

 

 

 

***

 

 

 

『俺の記憶が正しければ、まだ最後の相対の途中だったよなぁ? 一対一の最終戦、実に燃える状況だなおい。――聖連側であるにも関わらず、ホライゾン・アリアダストの生存を唱え、かつその有効性を示してしまったわけだが……この結果はどうなるんだ?』

 

「何言ってんだよオッサン! セージュンがホライゾン助ける大義あるって証明したんだからそれで武蔵側の勝ちじゃねーか!? ……おっさん実は俺側か?」

 

 

 俺側=バカという自覚はあったらしい。若干可哀想なものを見る眼で見てくるトーリに血管を浮かばせながらも、冷静に流す。

 

 

「……あ、もしかして聖連側のもともとの主張ってヤツ?」

 

『Tes. そこの副会長は聖連側として相対に望んでいたはずだ。そして聖連側の主張は『刃向かうことの無意味さを知らしめる』――つまり、引責自害を妨害することを赦さぬ立場。なぜか救う側の対論を重ねていたが……この際は致し方ない。

 

 ――結果として、どちらの勝ちなんだ? まさか、これだけの結果を残して武蔵側の勝ち(・・・・・・)などという世迷いごとは言わぬよなぁ?』

 

 

 

「……あのさセージュン。どゆこと?」

 

「相対の内容では私の勝ち、だが私が勝つと聖連側の意思が勝ったことになって、武蔵側は意思を阻まれたことになる。……これだけやって、私が『負けた』と自己申告することも……」

 

 

 正純がチラリと見たオリオトライが、静かに首を振る。もっとも、教皇総長もそれを赦さないだろう。

 

 

「正純が勝つと、聖連側の二勝で勝ち――でも正純が武蔵に『姫さんを救う大義』があることを、いんの……あー、キョウコウソウチョウに示したから……これって引き分け、か?」

 

「そうなるかしらね。決着を無理矢理つけるとしたら、互いに思うところアリ、って感じの『引き分け』」

 

 

 

 武蔵アリアダスト教導院。一勝一敗一分け

 

 聖譜連合。一勝一敗一分け。

 

 

 

『熱いなぁ……延長戦というわけだ。『聖連側の主張』をするものがいないが――しっかりと決着をつけてから、武蔵の行動を開始してくれよ、なぁ――おい』

 

 

 

 暗に、聖連側不在による不戦勝は赦さない――と告げている。

 

 

 

 ここにきて初めて――正純の思考が、停滞を見せる。

 

 もう梅組に、いや、武蔵に聖連側に付ける人間はいない。先ほどの民の総意で示してしまった武蔵の意思――それはホライゾンを救出に向かうというものであり、それをいまさら阻むとあれば、『八百長』とみなされて効力を生まないのだ。

 

 

(聖連が予定を早める必要は無い……私達がこのまま動けなければ、自害は実行される)

 

 

 しかし、動けない。教皇が態々派遣する必要も無く、適当な理由で却下されるだろう。

 

 

 一度完全に止まってしまったものが再び動き出すのは難しい。

 

 それ以上に、聖連に対する士気が最高潮に達している今――それを損なうことなくこの場を治めることは……。

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 正純には、もう手が打てなかった。伸ばせるだけ伸ばしたところに、その手段は見付からない。

 

 

 

「……。……あれ?」

 

 

 思考を回す。回し続ける正純の肩を、止水がチョンチョンと控えめにつつく。

 

 

「っ! 駄目だ、止水! 必ず、必ず手はある! だから……」

 

「いや、『一人で行くー』とかじゃなくてさ。確認、かな。その延長戦……? が出来ればいいんだろ? ……でも、聖連側に立てる人がいないから決着が付かないんだよな?」

 

 

「あ、ああ……だが、武蔵の住民はその資格がもうない……」

 

 

 先ほどの民の総意で、武蔵の市民権を持つ全員がその立ち位置に立つことができなくなってしまった。

 それ以上に、聖連側に立ち『武蔵を止める』だけの主張を持って相対せねばならない。それだけの主張をもった人物など――。

 

 

 

 

 その説明を受けた止水が、またしばらく考え……やがて頷いた。

 

 

 

「うん、一人いるな。条件満たしてる人」

 

 

 ……――カツン――カツン――……

 

 

「ハァ!? ど、何処だ? っていうかだれだ!?」

 

「……え、正純。本気で分かってない? かなり条件簡単だろ」

 

 

 足腰の衰えを感じさせない、杖の打音。それがゆっくりと近づいて来る。

 

 

 

「武蔵の民でもないし、聖連側に簡単につける人だろ? ――『トーリの夢』の先輩になるのかな」

 

「……俺の夢? ってーと……ああ!?」

 

 

 

 

 

 武蔵の民でもなく。

 

 また、武蔵を止めるだけの主張を持って、聖連側に立てる人物。

 

 

 

 

 

「――【『 我が国 』の民を、危機満ちる戦乱の中へ進ませることは赦さぬ。それでも尚、進むというのであれば、民の全てを守り抜くだけの決意と力を示してもらおう】――コレを主張とし……」

 

 

 

 

 階段を、二人の女性を伴い……上がってくる一人の男。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この武蔵『王』ヨシナオが! この相対戦に決着をつけさせてもらおう……!」

 

 

 

 

 

 

 ……王の一人が、そこに立った。

 

 

 




読了ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。